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カンタはあたりを見渡した。ヘリボーン式の床は綺麗に磨かれ電灯の灯りを照り返していた。窓には小ざっぱりとしたカーテンがかかり、誰も座っていないテーブルの上にはミルクと砂糖とナプキン行儀正しく並んでいた。火の消えたサイフォンは店主の隣で大人しく番を待っている。乱雑に扱われているものなんて、それこそ入り口横の看板くらいだろう。それの横ではシーリングファンの風をうけて観葉植物が相変わらず葉を揺らしていた。カンタは床に落ちた観葉植物の影を見た。そうしていると、影はなんだか、意思を持った軟体生物のように思えてくる。くねくねと動いてはまた元の位置に戻り、戻ったかと思うともうその位置にはいない。一瞬前に姿を消す影を捉えようと、カンタは躍起になって目で追った。しかし追えば追うほど影は逃げ回り、カンタの元には空虚な塊だけが残った。この、カンタにとってのマロニエの影は、ある種の限界をカンタに提示しているかのようだった。違和感も抱けず、吐き気すら許さない、そんな純粋な袋小路。つまり絶望である。ある種子から生じ、花開いたこの世界は、瞬きひとつも掛からない間に枯れ落ち、薫習の末に新たな種子を残していく。その限りない連鎖、輪廻、終ること無き縁起の反復、そんな世界に自分は否応なしに巻き込まれている。そこに選択肢はなく、嫌だからといって抜け出す手立てもなかった。少なくとも今のカンタにはそんなものはなかった。この複雑に入り組み、絡みあい、因陀羅網の珠に映し出された世界。そんな世界に涅槃を見出せるほど、カンタに達観できる筈がない。世俗の垢にまみれ、動揺し、すぐに本質を見失うカンタには手に余る問題だった。そんなものは金持の道楽者か世捨て人に任せておくべき類の代物だ。どうすることも出来ない問題を前に、それでもカンタは影から目を離すことができなかった。こうしていれば何時か答えが出ると無邪気に信じる小さな子供のように。くねくねと動き回り、揺れては返す影を、カンタは乱視の始まった目で追い続けた。乱視の作り出すすりガラス越しの光景に、カンタは全神経を集中させた。その間にもシーリングファンは回りつづけ、観葉植物は葉を揺らし、影は踊り、店主はテレビを見続け、床は電灯の灯りを反射して、暖房は音を立てて店を温め、サイフォンは新たなコーヒーを沸かすのを待ち、ミルクや砂糖やナプキンは綺麗に整列し、役割を放棄した看板は静かにたたずみ、時代遅れの情報を載せた新聞は沈黙し、窓の外では雪が降りつづいていた。何ひとつとして関係性の感じ取れないこの世界は、それでも確かに現在過去未来と別れ、存在と時間はこの場に溶け合い存在していた。カンタの六つの識は清浄を願い、激しく熱を上げていた。




