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カンタももう三十五歳だし、いくら自分では若いつもりでいても世間一般から見れば立派な大人だ。お釈迦様なら出家をし、ダンテなら地獄天国一周ツアーに出かけた、そんな歳だ。三十五歳とカンタは呟いてみた。いい年齢である。中学生の子供がいたっておかしくはない。それだけの歳月を重ねてきた。それなのに、カンタの中には三十五歳という事実を受け入れ難い自分がいた。自分という存在と時間がまるで釣り合わないのだ。カンタはカップを握る手を見た。皺ができ、シミが浮いていた。先ほど鏡の前で見せた無様な姿は、カンタを混乱させるだけであった。はたして今の自分に中学生三人分の価値はあるのだろうか? カンタは自問自答してみた。が、考えるまでもない、当然答えはNOだ。その証拠に、カンタがこのまま消えたって困る人間はいない。多少は混乱もするだろうが、一週間もすれば各々が日常に戻っていき、カンタの面影はそれっきり消えてなくなるはずである。自分がこの世に残す傷跡は時の試練に耐えうるほどの力は持っていないのだ。そんな極小で矮小な存在の自分が三十五年という歳月と釣り合おうだなんてどだい無理な話だった。それどころか、時という概念はあまりにも観念的すぎて、カンタにはめまいがするほどである。はたして現在過去未来とは何なのか。ギリシャの哲学者がそれについて何か言っていたような気がしたが、カンタには思い出せなかった。コーヒーを啜りながら、そのことについて何か思い出そうと頭の中をかき混ぜてみた。しかしかき混ぜればかき混ぜるほど混乱は増すばかりで、口の中に広がる苦みだけが存在を確かなものにしていた。カンタはクリームを入れ忘れていた事に気づいて、それが黒い液体の中に溶けて広がるのをしばらく眺めていた。ふと、つまりこういうことではないかとカンタは思った。現在過去未来はカンタの中で溶けあい、お互い絡まり合って存在している。それが何かの拍子に、ひょいっと顔をだすのだ。存在と時間は、不確だが確かな、矛盾した関係としてカンタの中に存在していた。だからこそ余計に混乱をする。やはり観念的すぎてカンタには手に余る問題だった。カンタの生起した過去未来は、次の瞬間には現在に溶けて無くなっていた。一晩中降り続くらしいですね、と店主が再び言った。そこで生起された再びという過去は、かつて本当に存在した過去なのか否か、カンタには分らなかった。今のカンタにはそれを証明する手立てが何も無かった。

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