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ふとカンタは、妻の浮気にショックを受けて出奔した男がそのあっま記憶喪失となり、どこかの町のバーで雑用係として働くことになったアメリカの小説を思いだした。あてもなくこんな夜の東京をぶらつくよりは、自分も頭のイカレて誰かに囲われた方がましな気がした。人生に絶望して虎になどならなくても、人は他人の善意で生きていけるのだ。カンタは可能性を模索してみた。はたしてこの喫茶店でそれは可能なのだろうかと。それとなくカンタはテレビを眺める店主を観察してみた。見るからに人のよさそうな男だった。突き出たお腹には黄色いエプロンが良く似合っていた。カンタと視線が合うと、相手は表情を崩して世間話をしてくる。言葉遣いもからも優しさがにじみ出ていて、カンタは好感を抱いた。だが、それでも気になる点はあった。短く刈り込んだ頭に、黒々とした虎髭が目立ち、なにより薬指には指輪が無かった。そのことが偏見の強いカンタに警戒心を抱かせる。仮に、自分がこの店で働くようになったとして、はたして自分は自分の大切なものをこの男に捧げることができるのだろうか? カンタには未知数の問題であった。出す、という行為が主な目的の器官に、あえて入れる、という行為を遂行することが、はたして今の自分に出来るのか否か、カンタには分からなかった。そんな状況になってしまえば案外するりと入るのかもしれないし、逆に楽勝だと構えていてもいざそのような状況になったら全く入らないなんてことも容易に想像できた。カンタの想像力から逸脱した行為に、カンタは頭を悩ますこととなった。ホールデンならまっさきに逃げ出すだろう。だが、カンタはホールデンではなかった。ライ麦畑の捕まえてになりたくもなければ、自分を崖下に落ちないよう捕まえてくれる捕まえても近くに居なかった。結局今ここでどちらかを規定せずにはいられなかった。汗がカンタの頬を伝い机に痕を残した。テレビではニュースが終わり、番組と番組を繋ぐちょっとした番宣が流れたと思ったら、今度はサバンナでチーター走り回り、落ち着いた男の声でチーターの解説が始まった。一昔前に流行った草食系なカンタには、この状況は色々と難しかった。このまま雪の降る東京をぶらついて死を待つか、自らのケツを差し出して生をとるか……未成熟の証とは、大義のために高貴なる死を求めることだ。成熟の証とは、大義のために卑しく生を求めることだ、ウィルヘルム・シュテーケルの言葉がカンタの脳裏によぎった。

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