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看板が無いのは題名が無いということで、それでもオープンの札が掛かっているということは、これからカンタが物語を紡いでいくという示唆なのだろう。散らつく雪はカンタの人生が白く染め上げられるぞという暗示で、少々おかしくなったカンタの胸を躍らす期待は次に行く世界での展開を示していた。それにひきかえ、灯の消えた東京はカンタの心のありようで、捕まらないタクシーは修復不可能なほどすれ違った妻との関係性で、凍える指は隠しようのない心の傷で、無駄にデカいキャリーバックは抱えた心の重荷で、この鬱陶しい寒さは現在カンタの置かれている状況の比喩表現で、いつまでたってもたどり着かない部下の家は目的の喪失で、いかれたGPSはそうなった原因までどこかいってしまっているのだ。何もかもが出鱈目だった。理屈すらも放棄されているような、都合よく物事から邪魔なものを排除して、世界を簡略化させてしまっているのだ。出鱈目なレッテルを貼って、ただただカンタを動かしているだけの、そんな物をカンタはこの東京から感じ取っていた。そんなキチガイの巣窟から自分は抜け出すのだ。新たな世界へいき、生れ変るのだ。失われた青春を取り戻し、股間が乾くことのない生活を送り、飽きたら妻ともう一度結婚するのだ。次は浮気なんてさせない、二の轍は踏まない。若い妻を硝子箱に入れて、時間を止めるのだ。自分だけのジオラマの中で、甘い生活を堪能するのだ。千夜一夜の寝物語のよう、沢山の奴隷にかしずかれ、何週間も妻とベッドの上で戯れるのだ。薔薇水の香が漂う中、妻の色香を胸いっぱい吸い込むのだ。好きなだけ寝て、好きなだけ食べて、時折妻が風呂場へと場を外し、体を匂わせて帰ってくるのだ。そんな生活を、カンタは送る予定でいた。世界の危機なんてどうだっていい。緑色の体の少年に催促されてもベッドの上から離れるものか。なんたって、そこには愛する妻が居るのだから。時間を止めた硝子箱の中で、永遠の時を過ごすのだ。でもたまに飽きたらそっと妻の隣から這い出て、外でおいたをして、やっぱり妻が良いなと帰ってこよう。なんたって硝子箱の中の妻は若いのだから。浮気性のゼウスだって、若返ったヘラにだけはゾッコンなのだ。若さとは、最大限の魅力なのだ。男のどうする事も出来ないリビドーに負けたカンタは、妻との関係性が壊れることを厭わなかった。何故ならば、時間は止まっているからだ。変わりようのない関係性を保ついかれた硝子箱の中で、純粋に意味のない生活を送るのだ。




