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客としてカンタが入る分には何の問題も無かろう。カンタは向こう三軒両隣を見回した。武骨なビルに囲まれたこの店はやっぱり浮いている。個人的な趣味を言わせてもらえれば、煉瓦に蔦でも垂らせばより雰囲気も出そうだが、時期が時期だった。だからといってイミテーションでもぶら下げては台無しになってしまうのだろう。絶妙な雰囲気を醸し出している店の前にカンタは立って、ははーん……と感覚の無くなった指で顎をさすった。ここまでくると察しの悪いカンタにもこの店がどういう意味合いを持ってくるのか察しがついた。自分はこのお店を起点に新しい世界へ旅立つのだ。きっと中には怪しい本でもあるのだろう。大人のカンタには本を買うお金くらい財布に入っているし、順法精神もそこそこあるので盗むなんてことはしないし、忍び込める学校もないので堂々と店内で読ませてもらおう。そして夢中になって読み進めていくうちにはてしない物語に引き込まれ、テラ・インコグニタへと旅立つのだ。そこはきっと、こんな雪ばかり降る薄汚れた東京とは違い、夢や冒険に満ちた希望溢れる場所なのだろう。そこで緑色の体の少年が自分を待っているのだ。自分はその世界を救うために旅立たなくてはならず、古い体を脱ぎ捨てて麗しの少年に生れ変るのだ。オデュッセイアを無理やり一言で表すのなら、色々あって帰ってきましたと、そんな旅がカンタには待ち受けているはずであった。いや待ち受けている、ここまで来たら向こうから待っていて貰わなくては困る。なにが悲しくて妻を若い燕に寝取られた挙句に雪の降る東京を彷徨わなければならないのか。おまけに部下にも見捨てられ、宙ぶらりんもいいところだ。いい加減物事は動き出さなければならない。自分は大切なものを取り戻すのだ。今のカンタには、この扉の向こうにそんな世界が広がっているような気がしていた。この樫だか唐檜だかで出来た真鍮のドアノブのついた扉が、その象徴のように感じられていた。象徴主義者は訳わからんととモームは言っていたが、カンタもそんな象徴主義者の一人になっていた。今では目に入るすべての物が意味合いを持ってカンタの目には映った。相変わらずうるせー音を立てるランプは誘蛾灯で、煉瓦の壁はこれから行く世界の見てくれを暗示していて、硝子が嵌められているということはそれをつくれるくらいの文明は築いて、蔦がないのは雑草を伸びっ放しにさせるほど無秩序な生活はしてないということだ。

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