40
などと大仰に構えなくても、たかだか数キロの距離なので、辿りつけて当たり前なのだ。小学生の遠足だってもっと歩くもんである。そんな短い道のりだというのに、カンタは疲れていた。雪ですべる道路にくわえ、寒さだって身に染みる。キャリーバックを握る手なんて感覚がない。さらには妻の不貞ときている、身も心もそりゃ疲れないはずはないのだ。しかしだからといってここでへこたれる訳にはいかなかった。疲れは体を支配するかもしれないが、心にまで入れてはいけないのだ。不条理、不条理と呟きながら、カンタは奮起した。右足を出し、左足を出し、交互に、目的もない行為を続けた。いや、目的に向かって、カンタは前進を続けた。光も届かない、暗い、暗い、真っ暗なトンネルの中を、手探りで進んでいる自分をカンタは想像した。不条理という名のトンネルは、カンタには何も与えてくれなかった。純粋な無意味、無である。そんな中を、有無の理を越え、中観の彼岸を目指してカンタは歩いた。不条理、と一つ呟けばカンタの心は燃え上がり、不条理、と二つ呟けばカンタの足は前へ進んだ。その一歩が跡を作り、跡が集まり轍となった。轍の描く軌跡は、確かに神保町へと向かっていた。部下であるシュウサクの元へまで。この暗闇が開けて、眼の前に広がる光景を熱望しながら、カンタは歩いた。首都高を潜り、日本橋川から漂うドブ臭さに、人間の生を嗅ぎ取り(意訳やっぱり生活排水は温かいのかな)、カンタは神保長治のおひざ元までたどり着いた。まあ、たどり着いたからと言ってどうということもないのだが、とりあえず一安心である。手帖を取り出しシュウサクの住所を確認した。スマホを取り出して調べると、ここから目と鼻の先である。勝ったな、とカンタは意気揚々と路地裏に入った。が、その目論見はすぐにはずれた。路地裏は酷く入り組んでいて、地図道理に進んでいた筈なのに、気がついたら大通りに戻ってきていたり、逆に行き止まりに突き当ったりした。カンタは感覚のなくなった指でスマホを弄り、シュウサクに電話をかけた。しかし待てど暮らせどシュウサクが出る気配はなかった。まさか……カンタは嫌な思いに襲われた。野郎、このままトンズラするつもりなのでは……結局のところ、面倒臭くなったシュウサクは、無視を決め込んで上司を路上に置き去りにするつもりなのかもしれない。なんと非人道的な行為である。三十五歳の可哀そうな境遇の中年男性に対する慈悲の心はないのか、カンタは抗議したかった。




