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カンタは勇気を出して交番の戸を叩いた。しかしうんともすんともいわない。交番の中は空で、よく見ると、ただいまパトロール中です、御用のかたはこの電話で云々かんぬんという看板がかかっていた。カンタはヘッヘッヘと笑い、こうなることは分かっていたさと悪態をついた。そのまま暴れてやりたかったが、斜め上には監視カメラがついており、これ以上ここでなにかやっていると冗談では済まなそうだった。振り返ると、夜の九つ時、心は赤く焼け落ちて、屋根の上に光る玉ねぎがちょろっと見えた。が、すぐにそれも雪交じりの風が吹いて見えなくなり、熱く燃えたカンタの心も同時に冷やされた。こうなったら昭和会館でもいいから入れてくれないかなと思ったが、そちらはシャッターがおりていて一目で駄目だと分かった。カンタは傘をさすと、キャリーバックを後ろに信号を待った。その間も空車のタクシーはないかと目を光らせてはいたが、どれもこれも乗車中であった。どうしてこんなに乗客がいるのだ、とカンタは世の中の不条理に怒りを感じた。そもそも不条理の定義を知らないカンタであったが、その不条理という言葉の響きに、多分世の中への不満を表す言葉なのだろうと便宜的に断定し、不条理不条理と呟きながら信号を待つタクシーを睨みつけた。だってそうであろう、こんなにも通行人はいないのに、なぜ乗客だけは途切れずにいるのだ。最寄り駅からここまでくるのにいったい何人の通行人とすれ違った? 一人か、二人か? カンタには全く思い出せなかった。この東京の路上から人が居なくなってしまったのではないかと錯覚するくらい、通行人とはすれ違わなかった。それなのに空車のタクシーはないときている。まことに不条理であった。原因の喪失である。勿論普通の人はこんな雪の日に路上をぶらつこうなんて思いもせず、大人しく駅前でタクシーを待つであろう。そこで一旦空車が無くなるのは分かる。だが、乗客を目的地で降ろした帰りのタクシーは空車になるはずではないか。それなのに空車が一台もないなんて、いったい、どういう道理なんだい。信号が変わった。カンタは横断歩道を横切りながらタクシーを睨みつけた。カンタの異様な様子に運転手は怯え、思わずハンドルを握りなおしたが、ヘッドライト越しであるカンタにはその様子を眺めることは出来なかった。ただ一つ確かなことは、神保町はすぐ目と鼻の先だということだった。文明の利器などに頼らざるとも、この足一つでたどり着いたのだ。

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