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やっぱり中原中也は無いなと思い、ウェリギリウスの登場を期待したが、登場したところでイタリア語なんてわからず、そもそも古代ローマで話されていた言語は今のイタリア語と同じなのかすら分らず、まあ日本語にこれだけ翻訳されているのだから、今と変わらないイタリア語が使われていたのだろうと仮定し、今からでも早急にイタリア語の習得に励まなければならないが、見慣れない文法に加え、男性名詞と女性名詞まで区別しろとなると、到底自分には荷が重すぎて、エレベーターが三階を過ぎたところで、ウェルギリウスがどこかからひょっこり現れて、何か言わなければとドギマギしていると、時間がないんで巻きでといわれ、日本語が通じるんだと安心していると、ドカンと巻きの雷が落ちて、いつの間にか自分はアケロンテの川を越えたようで、地獄の第一層でサーラフ・アッ・ディーンが佇んでいたので声をかけると、血肉踊る十字軍との戦いを語ってくれて、こりゃ良いこと聞いたとあたりを見回すと、旧約聖書やギリシャ神話で聞いた名前が並んでいたので、仏教徒である自分はこの人たちとどういう距離感で接すればいいのか悩んでいると、名前のよく分からないギリシャの哲学者だか詩人に、適当でいんじゃねといわれ、神話や歴史の人物を観察しながら歩んでいき、次は色欲で、その次はミノスがいて自分は裁かれるはずだと算段していると、エレベーターは二階をすぎ、どうやらその辺は省略されたらしく、扉が開いて、少し遅れたが我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり、我を過ぐれば滅亡の民あり、義は尊き我が造り主を動かし、聖なる威力、第一の愛以下省略、汝等ここに入るもの一切の望みを捨てよと階数の表示されていた電光掲示板に流れ、あまりの速さに自分にはうまく読むことが出来ず、とりあえず読めたところだけを繋ぎ合わせてそのように表示されていたと勝手に解釈して、そんなこと言われると当然そんな門を潜りたくなくて、足がすくんでいると、はよ降りろと後ろからウェルギリウスが押してくるので、自分のタイミングで降ろさせてと頭を振り、イヤイヤやっていると、遅く帰ってきたこのマンションの住人と目が合い、ヤバい奴だと思われたのか、階段の方へ歩いていき、違うんですと言い訳しようにも、ウェルギリウスの姿はどこにもなくて、電光掲示板も今では階数を表記するばかりで、先ほどの文章はどこにもなくて、俺は疲れているんだろうか自問自答し、多分疲れているのだろうと素直に認め、




