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ちょいと険悪なムードにもなったが、まだ婚約中だという事もあって、こちらが譲歩することで幕引きを図り、何とか喧嘩にならず、新婚生活はスムーズにスタートしたのはいうまでもないが、それでもこのマンションへの不満が消えたわけでもなく、ちょっとしたことでも最熱し、あんなことがあったのなら猶更で、さらにマンションへの不満は募り、事によるとあの愛人と会うためにここを選んだのではないかと下衆の勘繰りをしてみて、だけど僕らが結婚してもう三年だし、あの愛人の若さである、そうなると未成年の頃から付き合っていたことになるし、さすがに嫁の順法精神を疑いたくなかったカンタは、それは無いなと考え直し、じゃあと他の愛人がいたのではないかと再度下衆の勘繰りをし、エレベーターを待ちつつ身もだえし、なんだってこんなに遅いんだと階数を睨みつけ、とっとと来いと念じ、よく見ると表記が五階で動こうとしないことに気づき、こんな日に誰が止めてんだとカッとなり、無駄だとは分かりつつも下りのボタンを連打し、やっぱりエレベーターは動かず、せめて乳繰り合うなら自分の部屋へ行ってからにしろと勝手に階下に住む(と仮定する)アベックのせいにし、架空の悪者を脳内で罵り、ふいの隙間風に身震いし、やっぱりこんなマンションを選ぶべきではなかったのだとあらためて思い、普段であれば自分を立ててくれる妻が、あの時ばかりは決して引き下がろうとはしなかったのはいったいどういう了見だと、愛人路線はひとまず置いておいて、他にどんな可能性が残されているのかと考えていると、やっとエレベーターが動き出し、一安心したのもつかの間、エレベーターは一階上がった所で停止し、うんともすんとも言わなくなり、カンタはボタンを連打し、指にバネも入ってないのに、寒さによる震えも手伝って、一秒間に十六連射という数を記録し、だからといってエレベーターは動かず、いい加減にしろよとカンタは思わず呟き、えれべーたー、えれべーたーと鼻歌を歌い、押しても駄目なら引いてみなということで、ボタンを優しくなでながら機嫌を取ってみたところで、所詮は電気回路の集積である冷たい鉄の塊には自分の思いは届かず、ただひたすら待たされて、だからこんなマンションは嫌だったんだと是が非でも断らなかった当時の自分を罵り、何故ここを選んだんだと妻の真意を推理しつつ、暇をつぶして待っていると、やっとエレベーターは動き出し、イタケー島への帰り道を聞きに地獄まで下って行ったオデュッセウスもこんな気持ちだったのかなと想像してみて、




