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やっぱり何もないなと真鍮製の冷たいドアノブをぼんやり見つめながら呟き、それでもこの場から立ち去りがたく、そうしていると今頃になって寒さが堪え始め、キャリーバックからマフラーを出して巻き、コートの襟を合わせ、迷子の子犬のようにプルプル震え、白い息を手に吹きかけて温め、口の中が焼けどするほど熱いコーヒーが飲みたくなり、鍵穴に鍵を差し込んだところで、なにやら扉の向こうで物音がし、耳を澄ますと誰かがトイレに起きてきたようで、しばらくすると水の流れる音がし、そのまま上を下への大騒ぎなるかと思いきや、何事もなかったかのように静まりかえり、あの愛人は何をやっているんだと訝しくなり、自分が立ち去った後もそのまま寝てしまったのなら憎らしいがある意味天晴れで、ちょっとしたことでビビってしまう自分からすると剛毛の生えた心臓が少しだけ羨ましくなり、いやいやそんな事はと頭を振って考え直し、危機意識の欠けた単なる恥知らずが羨望のまとになるわけもなく、そんな奴は映画だったら真っ先に死ぬ役で、まだまだ生きていたいカンタは、愛人がチェーンソーを持った仮面男に襲われているところを想像し、フフッと小さく笑って、いい気味だと少しだけ心が晴れ、だけどますます寒さは身に染みて、やっぱりコーヒーを飲みに戻ろうと鍵を回そうと指に力を入れたところで、またぞろ物音がし、今度こそウィットでシャーレで洒落が効いてエスプリの香る頓智の機智の機転のかかったユーモアのある展開を期待したが、それは叶わぬ願いのようで、またぞまたぞろ物音一つしなくなり、こうなると台所でコーヒーを飲むのは諦めたほうが得策のような気がしてきて、大人しく鍵を抜いてコートのポッケにつっこみ、もう一度息で手を温めて、仕方がないとキャリーバックを引きずって再度エレベーターに戻り、ボタンを押してもやってこないエレベーターに苛々し、下見の時からこうだったんだとブツクサ文句を言い、だから俺は嫌だと言ったのに、妻はここが良いの一点張りで、どこが気に入ったのかと聞いても答えず、間取りも大したことなければ景観がいいわけでもなく、何だったら日当たりなんて悪い方だし、駅からだってそこそこ遠いし、たまに利用する地下の駐車場は狭くて使いにくいし、商店街だって歩いていくには遠いし、だからといってタクシーを呼ぶほどでもなく、何もかも中途半端な立地で、だから自分は嫌だと言ったのに、妻は頑なにここにすると言い張り、

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