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――この出鱈目な世界にあって、一つだけ確かなことは、我らに人間の中に宿る愛だけである。愛とは、他人を理解しようと熱望する、心の動きに他ならない――ふと昔読んだTSエリオットの詩の一節がカンタの頭に浮かんだ。当時はなんのこっちゃと思ったが、こんな状況に置かれると納得している自分がいた。なるほど、愛とはまことに勝手なものである。相手の都合など関係がないのだから。所詮は悲しい一人相撲、惨めじゃございませんか、と服を畳む手の止まったカンタは一人鼻で笑った。そんなカンタを愛人は不気味に思ったのだろうか、「うっ!」と小さく声をあげたので、カンタはきっと睨みつけた。大体お前のせいで俺はこうなってんだぞ! と声を大にして訴えたかったが、卑劣にも愛する妻はこいつの側に居やがると来ている。今畜生め! 愛が何だろうが、やっぱりカンタは妻を愛していた。手酷く裏切られようが、この気持ちが変わることはなさそうだった。それだけに、やっぱり愛人が憎い、愛人そばで眠る妻が憎い、憎い憎いと呪詛の言葉を心の中で呟きながら、やっと服を選び終わった。ざっと三日分という所か、これだけあればコインランドリーを併用することで着回すことができる。手荷物は少ない方がいい。カンタは服をもって立ち上がると、愛人にバイバイと手をグーパーグーパーした。愛人もおずおずとあげた右手で同じジェスチャー繰り返してきたので、後は頼むと空調の効いた寝室に妻と愛人を残し後にした。キャリーバッグに服を入れると、また尿意を感じたのでトイレでいばりを散らした。思い切り力んで跳ね散らかしたあとで、また妻に叱られるとトイレットペーパーで拭いている自分に気が付いて、俺はどこまで情けない男なんだと悲しくなったが、壁を挟んだ向こうにはさらに情けない光景が広がっていることを思い出し、いったいどこからどこまでが情けなくなくてどこまでが情けない事なのか自分でも分らなくなり、頭がクラクラしてきたカンタは流れる水とともに考えることを放棄してトイレから出た。そろそろ出奔の時である。もうここは(少なくとも今は)自分のいるべき場所ではない。ここは妻の新たな愛の巣で、自分以外の男と乳繰り合う場所なのだ。くやしい……(くやしい!)くやしい……(くやしい!)くやしい……(くやしい! だがこれでいい!)訳の分からないテンションになったカンタはキャリーバッグを掴むと勢いよく部屋を飛び出した。




