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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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29.【HALF】


 キュルキュル、と駆動する魔力導線の魔力に、掻き鳴らされる振動の音色。留まることを知らない処理のほぼすべてが、そのたった一つの魔装から生み出されている。重厚なその様相と、武骨な外装によって内包された数々の機巧が、暗闇の中で淡く点滅していた。

 そんな魔力製品に近しい魔装に、小さくため息を吐く者がいた。


 「結界殺し、……結界殺し、懐かしいな……。」


 コツコツと机を叩くその細長い指先が、どこまでも美しく、暗闇の中で映えた。

 勝手知ったように語る『結界殺し』は、遥か果て、ウドガラドの血濡れた白の世界にて、結実した、とある結界術師の名だ。

 別に、グランティア整合同盟から正式な勲章をもらったわけでも、ウドガラドから任命されたわけでもない。ただ彼女が、思い出しただけだ。その意思を、受け継いだだけだ。

 だから、彼女は『結界殺し』だ。


 「脳髄魔装は結実した……っても、アタシにゃ効果まではわっかんねーな。」


 どうしようもない、とでもいうように。どこか呆れるように、その声は頭を掻いて、悪態にも似た愛を呟く。

 しかし、内から滲み出す探求心には際限がない。ぺろり、と唇を舐める音が思考の駆動を宣言する。


「アタシの結界魔導が『対象と同じ魔力を拳に込めてぶん殴って、結界を体内で結実させて風穴を開ける』っていう運用方法だったことを考えると……アイツなら、」


 対象、それが人間であれ魔獣であれ、そこに存在する魔力。それと全く同じ魔力を拳に纏わせ、超速でぶん殴る。超近接戦闘型、端的に言えば脳筋的戦闘でのみ意味を持つ近距離結界結実武闘。

 拳の魔力と対象の魔力が全く同じであるため、拳の速度が速ければ速いほど、対象の魔力が拳に吸い寄せられ、停滞魔力となって結界に結実する。その魔装によって超密度に設定された結界は、一度結実すれば一瞬で対象の体を穿ち、その命に風穴を開ける。

 自身の魔力を鑑みた声は、語りながら遂げた思考を、口語に変換しつつ論理としていく。


「あぁ、ったく、ホントに……もしそうなら、アンタの力は、強すぎる。アタシなんか……いや、騎士団の連中ですら……っくふふ。」


 文面、慄いていた。声音、震えていた。

 その、真意で、嗤っていた。

 我が子を誇る親のように。まるで、自慢の宝物を、見せびらかすように。


「脳髄魔装が『アエレラリオン・グァラムテイル』を模しているとしたら……春刹の魔力を動かすだけで、アタシの必殺を完全に発動できるとしたら。」


 必殺。いや、その全てといっていい一撃。命に吼え、風穴に贖い、そして、その血肉に爆散を強要する。そんな、破壊の権化のような業。どんな破壊系統の魔法にも勝てない、超自然的、ただぶち抜く、ぶん殴るというシンプルな技。

 しかし、だからこそ。其の力は、こと殺すことに関してどこまでも高い適性を持つ。

 そんな力を、もし。彼女の結実した脳髄魔装が模しているとしたら。その力に、一撃が伴うのだとしたら。


「アイツにとってアタシの最強は、アイツの結界の()工程でしかない……!」


 全力を振り絞り、必殺とされる結界魔導『アエレラリオン・グァラムテイル』が、新生・結界殺しのその力では、ただ一つの結界魔導『刹那を穿つ焦界者アドラグリオン・アリシア・クラウン』のたった一つのプロセス程度の労力なのだ。

 発動にかかる労力は同等であっても、そうして起動させてしまえば魔力を流すだけでよくなる脳髄魔装の真価は計り知れない。いちいち頭で魔力を演算していた初代結界殺しのそれとは、真の意味で次元が違う。

 新生・結界殺しのそれは、ただ。魔装の引き金を引くだけで、完成される。


「アタシの結界魔導を核として発動する、極限結界。」


 初代結界殺し、その全力であった結界魔導『アエレラリオン・グァラムテイル』を、全ての根幹、礎とする新生・結界殺し。結界魔導『刹那を穿つ焦界者アドラグリオン・アリシア・クラウン』。


「だからか、……くっ、ふふっ、ったく。馬鹿なことを……」


 穿つ者、貫く者。遂げる者、撃ち抜く者。そして、己で以て鏖殺する者(アドラグリオン)

 

「だから、アリシア・クラウン。結界の、王。」


 古代帝国語で『結界』を指すアリシア。同じく、『王』を指すクラウン。

 穿ち、貫き、遂げる者。撃ち抜き、ただ、己の力で以て、己の覚悟で以て、鏖殺する者。鏖殺する、結界の王。


「アタシと、アンタ。結界の王と、鏖殺者。」


 結界魔導『刹那を穿つ焦界者アドラグリオン・アリシア・クラウン』によって恒常的なアクティブスキルという異常な発動コストの削減を果たした結界魔導『アエレラリオン・グァラムテイル』。

 初代結界殺しと、新生・結界殺しの強固なる絆によって生まれた最強の魔法。

マキシマム・オブ・イルス。ナンバーワン・グランティア。


 世界最強の、原典魔法。


 作り出された、彼女だけの魔法。

 絶対に後天的に授かることのない彼女が、疑似的にではあるが司った、最強の魔法。

 その本質的には、魔装魔法に分類されるそれは、しかし、魔法でもあり、規外魔法でもある。だがしかし同時に、それは魔装魔法でも魔法でも、規外魔法でもないといえる。

 脳に魔装を作り出し、強引に魔力回路を組む緻密な魔力操作。そんなことが可能なのは、後にも先にも彼女のみ。そんな特異すぎる魔法に、分類なんて与えられない。

 だからこそ、それは世界最強となり得る。

 魔装魔法でも、魔法でも、規外魔法でもない力。


 原典魔法、極限結界。


 『結界魔導』となる。


「ただの規外魔法だったアタシの結界魔導とは格が違う。」


 新生・結界殺しのそれは、オリジナルだ。


「アンタの結界魔導こそ、原典魔法こそ、それ足り得る力がある。」


 規外魔法に分類される結界術が、魔法も、魔装魔法をも跨ぎ、『結界魔導』という新しい魔力変換区分すら作り出す。

 『原典魔法』という新たな魔力の刃を、作り出す。


「アタシの結界魔導に、アンタの魔法を織り交ぜたことによってできたオリジナル。対象に風穴を空ける高密度結界と、それを寸断するアンタの魔法。そして、その衝撃も、寸断された鋭利な結界の刃も、アンタの魔法で一撃に結実させる。」


 それこそが、原典魔法(オリジナル)、極限結界『刹那を穿つ焦界者アドラグリオン・アリシア・クラウン』。


「だから、だからさぁ、アミリスタ。」


 放てば放つほどに、撃てば、討つほどに、その威力を増し、その鏖殺の覚悟を増していく結界魔導に。アミリスタ・アンドロシアの絶対に、『魔女』は語り掛けた。


「アンタは、もっととんでもない資格を手に入れちまったんだよ。その、想いの力だけでさ。」


 眼前、有弦の魔女は、駆動する魔装に手をかざした。


「アンタは、これに名前を連ねる資格を、手に入れたんだ。」


 世界構築階層000000000000000000000000000001。

 月界目録。


「ワクワクするなぁ……、……アミリスタ……!」



 可笑しい。

 脳内をいっそ清々しいほどに席巻する、何の芸もない焦燥の息吹。ただ己が感情によって震わされる両手が、その指先の震えが、意思とは関係なく漏れ出る呼吸が、そしてなにより、それら何もかもを叩き潰す、その圧倒的な猛攻が!

 ただ、ハーリバーという反逆者に、ギロチンの刃を光らせていた。


 今、その少女は何と言った?ただ、恐怖に震えるのみで、一身に己への覚悟を問い続けるのみであった彼女は、童女であった彼女は、どうしてそこで少女を模している?どうして殺意に昂っている?

 何故、最強の結界術師と重なる?

 最弱だ。自分がまかされたのは、竜伐内最弱戦力と目された、ただの弱々しい少女だったはずだ。

 それが、今はどうだろうか?

 ハーリバーの脳内で、まるで魔法のように結実していく敗北へのビジョンが、やけに現実味を伴って衝撃となる。その顔面を殴りつける。世界を、壊していく。


 ハーリバーには、ただの一瞬も、彼女の魔法の原理がわからなかった。

 原典魔法にして結界魔導。極限結界『刹那を穿つ焦界者アドラグリオン・アリシア・クラウン』に、理解を許されなかった。

 ハーリバーの肉体的な特異さがなければ、もう何度風穴を空けられていたかわからない。そんな圧倒的な不可解の異能に、しかしアミリスタは終わらない。彼女の圧倒的は、その先に、まだ不可解を秘めている。

 なにが、童女だ。なにが、竜伐最低戦力だ。


「どこが、最弱だ……ッ!?」


 内臓が爆ぜた。一体どこが爆ぜたのかは、もうこの際関係ないだろう。しかし、比較的ハーリバーの生命活動に支障のない臓器だったのは理解できた。同時、幸運だった。

 ただ、殺意の覚悟に瞳をギラつかせる鏖殺者の拳に、そう思った。


 こんな昔話がある。

 かつて、世界を統治するグランティア整合同盟ができる遥か昔。

 戦乱に戦乱、虐殺にインモラル、人の命が駒であった、そんな時代。唯一、王座に君臨した国があった。かつての戦王国フラントロウムすら退けた、圧倒的な国力と軍事力。

 その国は、古代帝国と呼ばれている。

 圧倒的なそれらは、しかし、ただ一つの圧倒的によって一夜のうちに滅ぼされた。


 ただの一人の人間によって、一晩のうちに、一国は死んだ。


 圧倒的、という酷く抽象的な単位は、その実。けして人数などとという確固とした算数によって繰ることなどできない。つまりはそんなことを、この昔話は教訓としたわけだ。


 そうして気付いた。

 彼女は、あまりに圧倒的すぎた。所詮、ただ怪物と掛け合わされただけのハーリバーとは、それこそ格が違う。自分は、狩られる側で、殺されるべき害悪で、それでいて彼女の歯牙にかかったという記憶にすら生存を許されない。

 それほどまでに、矮小な戦力だ。


 だから、圧倒的な戦力を持つ彼女に、アミリスタ・アンドロシアに、その猛攻に。

 ハーリバーは己の圧倒をけしかけた。


 アミリスタ・アンドロシアに、古代帝国を押し付けた。



 ハーリバーは、所謂蚕に酷似した魔獣を礎としている。

 魔力を糸に変換し、それを恒久的に世界に残す存在の刻印を、それは容易に押すことができる。ハーリバーの魔力器官は、それを容易に成すことができる。


 通常、魔力として結実した結果、何かしらの物理現象となった魔術は、やがて魔力として霧散する。魔力が結実した炎はやがて途絶え、蟠る雫は蒸発し、稲光る雷撃は瞬きすら許さず消滅する。魔力はあくまで魔力であり、所詮魔術程度では超えられない。

 がしかし、その復讐の豪鬼に植え付けられた最悪の実験の名残は、魔力を、確かにこの世界に存在する者として確定づける。


 人間という形をしていても、彼の中には異形がいる。

 その復讐の舞台である屠殺場に糸を張り巡らせたのは、つまりはその異形で。


「私を縛るのはいつでも、この異業(いぎょう)だ。」


 嗤った魔力が、歪に塗れて。

 ころり、転がった。

 魔力が、越えた。 



 地面を滑る魔力の糸。だだっ広い世界を区切っていくその糸たちが、やがて、タイルのように広がっていく。世界を定義していた魔力たちが、結果でしかない建材たちが、そうしてそこで蟠っているだけの紛れもない世界が、区切られていく。

 糸によって明確になっていく世界の平面が、糸が這っていく軌跡によって、世界がどこまでもわかりやすく解されていく。

 無意識に、触れた地面があった。

 指先、人差し指の爪先が、ふるふると震えながら、堅く、硬い地面を食んだ。


 面白いくらいに、指が沈んだ。

 触れていく先沈んでいく、その不思議な感覚に、やがて己が手首まで蝕まれた時。やっとのことで気づいた。

 どうして、そんな不可解が許される?


 刹那、眼球を振り絞る無意識の緊迫が、凍えるほどに心臓を突き刺して、馬鹿正直に世界を見ていた意識をどつく。

 ねじれる世界が、糸を呑み込む。

 流転する煉瓦造りの地面に、混沌を垂らす。


「ァ、せな、硝……る、かイひ、あレぁ」


 地面に力強く突き刺していた指が、全くもって沈んでなどいなかった指が、腕が、踏みしめられた血液の脈動が、正気という形で戻ってくる。今まで、どうしてそんな気の狂ったような感覚に浸っていたのだろうか。もはや何かしらの薬物に侵されていたほうが健全なほど、それは不可解で不気味だった。


 己を、自覚する。

 体中で暴れまわっている何かの正体は、きっと覚醒した極限結界だ。触れるのみで破壊を押し付ける己の手に、それが証拠として蟠っている。

 自分は、竜伐第三聖。守護を生業とし、守護を宿命とし、そして守護を司る殺意だ。

 新生・結界殺し、アミリスタ・アンドロシアだ。

 決して、脳髄を陶酔に浸された薬物中毒者ではない。


 不気味を振り払う。幻覚を引きちぎる。

 己の視界の中でやけに存在を主張する幻覚たちが、世界に敷かれていた糸の光が、視界の端を黒く染める正体不明の息苦しさが、徐々に、徐々に抜け落ちていく。

 消えて、復元されて、その本質を暴き出す。映し出す。

 そうして眼前、不可解は笑んでいた。


「化物……、それが、お前の言う……」


 顔面を覆う羽毛の仮面と、だらりと垂れ下がり、風にたなびく両耳。まるでタトゥーのように、ハーリバーの服から覗く魔力の脈動、その魔力光。細く、痩せこけていた両腕には、彼の用いる特殊魔装『填誅(スペルキャリオ)』が、その腕から伸びたとぐろを巻く黒い刃が、それぞれ全貌すらおぼつかないほどに、ハーリバーの腕と握りしめ合いながら、一体化していた。

 そんなおぞましい姿に、その背から翻るマントのようなものが、騒々しく影を落とす。よくよく見れば、それは翼だった。醜く歪で、どこまでも異物。そんな片羽が、到底翼とは言えないほどにくたびれて、翻っていた。


 進化、というには、おぞましすぎる。退化というには先鋭的すぎて、覚醒というには背徳的すぎる。

 真価であったのならば、それは冒涜であり、何よりもウドガラドが彼に強いた苦行の対価ともいえる。

 だから、それを覚醒としよう。


 復讐の悪鬼ハーリバーの、覚醒。


 古代帝国を滅ぼした圧倒的を夢見て、アミリスタを滅ぼさんとするハーリバーは覚醒した。

 まるで神話の如き、おぞましくも儚い姿は、ただそこに立っているだけで圧倒的な存在感を発散する。


 アミリスタの薄い胸の奥、ひっきりなしに危険信号を鼓動とする心臓は、やがてそれを諦め、役割を血液の循環に限定し始める。もはや心臓でさえも、危機感をかなぐり捨てた。


「もうこっちも限界だよ……ッ!」


 目前に迫るは、得体の知れない巨悪。たとえそれが突如アミリスタの首を刈り取ったとて、彼女は驚きはしない。それほどまでに、知らないということは恐怖に直結し、知っているということは意味となる。牙となる。

 ただ、そんな持論を抜きにしても。アミリスタには、そうして逸る理由があった。


「もう、魔力が……」


 魔力限界。詰まるところ、エネルギー切れであった。

 ハーリバーと会敵してから、その刃を交え、こうして覚醒の応酬をふっかけられるまで。アミリスタの消費した魔力量は、到底少女一人が数十分で消費できるものではない。それこそ、魔法力に秀でた四人組パーティーが浪費する魔力量と同じほどであろうか。

 結界の発動、その運用、魔法に魔装、さらには脳髄魔装に極限結界。そこに注ぎ込まれる勝算は、彼女の繊細な魔力操作によっている。しかし、もし通常の魔双師がそんな暴力的な魔力量を求められたら。手放しで応じられる者が、果たしてどれだけいるだろうか。

 何も、彼女の繊細な魔力操作は唯一の才覚というわけではない。

 まず前提として。

 アミリスタの魔力量は、圧倒的であったのだ。

 そんな彼女をもってしても。その一戦につぎ込まれた魔力量は膨大過ぎた。巨大な彼女の器には、もう。張れるような魔力は残っていない。


「く……ぇオ、いタ、おコ判・ぁえれ」

「わかったよ……わかったよ!お前がなんだかヤバくなってるのは、理解したから少し黙ってくれ!」


 到底正気は保っていないだろう嗚咽交じりのハーリバーの声に、アミリスタは確かなる苛立ちでもって静止を申し付ける。勿論、敵からのそれに耳を傾けるほど、ハーリバーという男の覚悟は脆弱なものではないだろうし、今現在彼にそんな自我は備わっていない。

 しかしそれでも、アミリスタは声を張らずにはいられなかった。


「あと……っ、あと三回……いや、二回だ。あと二回は撃てる。」


 残量魔力と拳の具合に耳を傾け、端から楽観視は捨てる。見積もった三回は、二撃へと切り詰められ、来る一瞬に、敵の撃滅を垣間見た。


「僕が、僕が倒す。そして、僕が守る。」


 脳髄魔装に、魔力を流した。

 再演する。


「極限結界『刹那を穿つ焦界者アドラグリオン・アリシア・クラウン』。」


 飛んだ。靴底が踏んだ空中二センチに、一瞬、いや一瞬すら切り詰めて、衝撃が吹き荒ぶ。

 アミリスタが師匠から師事した格闘術、その歩法が、魔法による空間渡りを用いずにそれを想起させる。

 つまるところ、彼女の身体能力は。

 結界殺し足るものだった。


「っッ!!」


 噛み締めた歯根の端から漏れ出した、声とも嗚咽とも呼吸とも違う空気が、統制する。体中を渦巻いていた力の流動を、掴んで握りしめて、その力の許す限り一点へと練り上げる。

 振り絞った先、アミリスタの一点、結界殺しの鮮烈が


「ウテ。」


 ピュン、と。どこか気の抜けるほどに間抜けな音が、やけに呆気なく空間を通り過ぎて行った。

 まるで声のように瞬く間に過ぎて云ったそれは、寸分違ってアミリスタの頬を切り裂き、美しい鮮血を纏いながら中空で爆散する。

 発散されたエネルギーは、明らかに何かしらの物理的なものではない。

 明快すぎるほどの、魔力だ。


 振り絞った拳撃を一瞬でキャンセル。繰り出すはずだった破壊力を、その先飛び、離脱するための推進力へと変換した。

 ハーリバーの背後に飛び降り、くるりと回って衝撃を殺したアミリスタは、己を殺しかけた閃光の正体に意識を割いた。

 刹那、アミリスタの瞳は、煙を吐くハーリバーの左腕。そこから生えるとぐろを巻く黒い刃に確信した。


「当たったらダメだ。」


 跳ねる。空中、ハーリバーの遥か上で存在したアミリスタは、やがて自由落下によって己に積み重なっていく落下力という名の暴力に全身全霊の拳を纏わせる。


 不気味なハーリバーの仮面が、その黒い刃の切っ先と共に向く。空中、特殊モーションなしに避けられない、孤軍奮闘を強制される、人の領分ではない世界。でも、だからこそ。

 そこでは、アミリスタという存在がどこまでも希薄になる。

 平等に空から降りしきる輝きが、アミリスタに影を落とす。アミリスタの影を落とす。アミリスタを、眩ませる。


 その影は、約二秒。ハーリバーに停滞を強いた。黒い刃に、職務放棄を告げた。

 アミリスタの魔力に、猶予を強いた。


 彼女の足元に展開された結界を踏みしめて、アミリスタが加速する。


 アミリスタの弾丸の如き疾駆は、踏みしめることのできない世界を確かに踏みしめ、届くことのない敵へと刃を知らしめ、眼前に迫る恐怖への覚悟を、抱きしめる。


「ウ、て」


 引いた刃を、無造作に振り上げる。地面を削り、空気を焦がし、なにより、空間に満ちた糸を溶け焦がしながら、刃から放たれた魔力の軌跡が瞬いた。

 色を消し去る純粋無垢なまばゆさ、その輝きが、対象をアミリスタへと据えて、空中へと解き放たれる。


 アミリスタの覚悟した恐怖が、少女の頭蓋に直撃した。


「っがぁぁぁああああアアアアアアアッッッッ!!!!」


 アミリスタの側頭部、血肉と共に弾け飛んだ脳漿と、微かに魔力光となって霧散する撃滅の源が、おびただしく地面を汚す。


 絶叫、叫喚、後悔、不満。なにより、そこに糾弾する、己の圧倒的正義!

 自身の血肉をかき分けた、あれほど欲した脳漿を噛み千切った、弾け飛んだ魔力が煩わしかった。

 そんなもの、くれてやる。

 そこで爆ぜることが、彼らの役割だった。そこで、ただの一瞬、アミリスタ・アンドロシアという人生に一撃の機会を手向けることが、それこそが、彼らの大義だった。

 だから、それに報いる。それに阿る。


 血まみれのアミリスタが、抱きしめる。

 抱いた覚悟に問うた。

 その一撃は、傷跡に贖えるだろうか?


「も、ちぃ、ろん……ッ!!」


 思考がまとまらない。弾け飛んだ脳漿は、そんなにも大事なものを司っていたのだろうか。

 頭の中で反響する耳鳴りと、全く持って救世主足り得ない有象無象の薄情な思考達。でも、そんなノイズの中で尚、一直線振り絞る。


「殺すよッ!!!」


 瞳から溢れ出す血液と、脳髄から溢れ出す魔力。

 ギリギリで形作った脳髄魔装は、しかし確かなる効果でもって己の戦力内を宣言する。弾け飛んだ戦力外に、残りの命を宣言する。

 アミリスタ・アンドロシアに、叩き込む一手を強制する。


 少女は一身、老躯の仮面をぶち抜いた。


 蚕が、鳴いていた。



 クレーター。華奢で小さくて可愛らしい。童女といっても過言ではない少女の拳に、その惨状は引き起こされた。石畳は、殴り、砕かれた。

 拳の下、ひび割れた仮面のフサフサした羽毛の感触が、やけに気持ち悪かった。


 どうにも本能へと警鐘を鳴らすタイプの頭痛が、絶えることなく鳴り響いている。空白と空虚と思考の狭間に、几帳面なほどにそれを敷き詰めてくる。満腹の痛覚に、その味わいを強いてくる。

 ただ、深く、深く呼吸を取り戻し、そして、痛覚を誤魔化すように大きく息を吐く。それだけが、アミリスタの理性に残された最後の行動。


 振り上げる。最期の一撃。

 アミリスタの本能が勝ち取った、最後の行動。


 眼下、仮面は、それが何を意味するのか、分かっていないようだった。

 それが振り下ろされることによって、どれほどの破壊力が生まれるのか。そこに纏われた、魔力が、どれほどまでに恐ろしいものなのか。そしてそれを受け止めるのが、受け止めて、抱擁して、やがて崩壊するのが、誰なのか。それすらも、理解できていないようだった。

 全くと言っていいほどに反応を示さず、避けることすら選択肢にない無我夢中の復讐鬼に、他人事のようにそう思った。


「あぁ……疲れた、」


 極限結界『刹那を穿つ焦界者アドラグリオン・アリシア・クラウン』が、唸り始める。魔力の振動が、やがて知覚することすらできなかったそれに音を纏わせる。人の恐怖心を掻き鳴らす不愉快な音に、やがて破壊力が追従する。そうして、推進力が付加される。突破力が、継続される。


 結界が、爆ぜた。


 土煙とともに大空へと打ち上げられた拳撃の余波は、重力を知らないまま発散され、各々が好きなように蹂躙を始める。煉瓦同士慣れ合って、崩れていくもの、粉砕しあうもの、害すもの。粉塵に塗れたそれらと同じく。

 激震、クレーターの中心で、頭部を無くした死体が一つ。


 言葉を無くした血塊が、小さな体を纏って一つ。


 ごっそりと胴体ごと抉られたハーリバーの頭部からは、チロチロと目障りにたなびく糸が数本。面白いほどに血液の流れ落ちない身体は、ウドガラドのかつての業を見せびらかすように悪戯に放置される。

 その横、頭の半分を吹き飛ばされた少女は、止まっていた。

 脳の半分を失った少女は、止まっていた。


 魔獣の力だろうか、ハーリバーの断面から覗く得体の知れない血肉の数々が、ボコリボコリと跳ねながら、悪足掻きに相応しい醜悪さで生を渇望する。

 もし。その決着の趨勢を決めたのが、人間としてのアミリスタと、魔獣に半身を穢されたハーリバーとの肉体的な強度であったのなら。それはなんとも皮肉で、どこまでも救いがたくて。

 何より不愉快だ。


 ゆっくり、ゆっくりと。

 ハーリバーの満身創痍が、重傷へと舞い戻っていく。致死が、九死に一生、生命、そして五体満足へと塑逆していく。アミリスタの今までを嘲笑うように、舞い戻っていく。

 絶望すら充満できない孤独な戦場で、ハーリバーの繭だけが、ケタケタと嗤うように震えていた。


 アミリスタは動かない。

 竜伐第二聖アミリスタは、動けない。

 アミリスタ・アンドロシアは、動かせない。


 沈黙する。収束する。


 何も諦めていない半分の顔面が、光のない眼を動かした。


 半分だけの歪な脳が、まだやれると、嘯いた。


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