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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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28.【真・結界殺し】

 湧き上がる歓声が、その魔貌を震わせていた。

 まるで、リングを囲む観客と、そこで拳を撃ち合う格闘者のように。といっても、存外、その評価というものも、間違ってはいなかったのかもしれない。

 ウドガラド国力全盛期時代。といっても、つまりはグランティア整合同盟が今ほど盛んな干渉を行っていなかった頃、そう言った方が正しいだろうか。

 当時のグランティア整合同盟魔獣被害法は、制定されてはいたもののグランティアの端の端、中央国家フラントロウムから途方もない距離に在ったウドガラドには、ほとんど効力を発揮しないものだった。

 だからこそ、ウドガラドの五大都市魔獣防衛戦略にも、綻びがあった。中央都(セントラル)を五つの都市で囲み、全面的な防衛策とするそれは、グランティア整合同盟によって戦争という文字がどこか遠いものとなったその時代、根本的な対象を魔獣としていた。

 つまり、ウドガラドの魔獣被害はその都市群の思いのまま。それこそ、強力な魔獣を確殺することも。非力な魔獣をいたぶることも。ただ、弱々しい人間に、それを掛け合わせることも、可能であった。


「あーぁーぁー、クソみたいな観客野郎皆様さまー」


 気だるげな声が、歓声を割った。もはや罵倒に近いそれに対して、不機嫌そうに顔を歪める者は、観客の中にはいない。というより、むしろそれを聞いて始まった、と言わんばかりに楽しそうに笑みを浮かべる者達ばかりだ。

 そんな観客に美しすぎる薄紫の髪を搔き乱して、その『魔女』は、長身ながらも華奢な出で立ちで、その陰に()んでみせた。

 眼前、己より何十倍も巨大な魔獣に向かって、壮絶に笑みを浮かべた。


「賭け金の九割はアタシが抜くからな?アタシに黙って稼ぎやがったクソ野郎は、『魔女』の力でボロクソにぶん殴ってやるから、そのつもりでなっ!」


 彼女が確かにそこに在る目で見たのは、その巨大な怪物であった。しかし、依然『魔女』の眼が見据えているのは、限りなく酷薄な金への執着。いや、抜け駆けへの忌避であろうか。

 その豪胆な態度と双眸に、グランティアに数人しかいない『魔女』の逸材。彼女にかかれば、本当に、そのクソ野郎を殴り飛ばすこともあながち疑えなくなってくる。殴られるだけで済めばいい方なのかもしれない。なにしろ彼女は、真の実力者。

 結界術師でありながら、単騎で魔獣の巨躯に立ち向かうその姿は。


「結界魔導『アエレラリオン・グァラムテイル』。」


 ふわり、『魔女』が飛んだ。

 それは、跳躍、というには些か自然過ぎた。筋肉の脈動も、地面を踏みしめる硬さも、人間的な機能が何かを成した痕跡がどこまでも見つからない。ただ、そこで浮き上がることのみが自然である、とでもいうように。

 『魔女』はただ、そこで跳んだ。


 眼前、魔獣の巨躯が、腕を振り上げていた。

 果たして、彼女と魔獣との間に、どれほどの対格差があっただろうか。誰もが、その圧倒的な差に言い淀む。躊躇、落胆、戦慄。

 誰もが、その戦力差に苦笑う。

 『魔女』と『魔獣』では、格が違うと。


「討ち抜け……!」


 開き切った瞳孔に、凶悪すぎる笑みで空を切る。

 金属が弾けるような、爆ぜるような炸裂音。

 たわむ、縮小、溜める放つ。ただその手に歪む圧倒的なエネルギーこそが、ただ解き放たれることを願っている。渇望している。

 ブレる。


 接触する瞬間すら見えない。しかし、魔獣が爆ぜたのを、誰もが見た。そこに風穴が空いたのを、誰もが見た。


 どす黒い血液に染まる街並みの中で、結界に守られてその純白の面持ちを濡らさせない『魔女』に、誰もが思わずため息を吐いた。

 結界術師でありながら、最前線に単騎で挑み、守るための結界で、守るために戦う。騎士団序列ならば、片手間で上位に食い込めるほどの実力者。

 結界術師でありながら、その戦闘領域に近距離を選んだ、好戦的の具現化。

 バイオレンスに笑う表情と、それに見合わぬ破壊力。

 空いた風穴から覗くそれを、畏怖と恐怖と戦慄に、とある二つ名を付けた者がいた。

 守護を生業とする結界術師に対してつけるにしては、些か攻撃的すぎて、しかしその『魔女』につけるにはオブラートに包み過ぎて。そんな、チグハグな二つ名を、その『魔女』は持っていた。

 結界術師の『魔女』にして、有弦の魔女アリシアに捧ぐ、彼女だけの、彼女だけへの愛称。


 愛され続けた彼女の、その生涯につけられた名前。



 そして、少女は。


「僕がお前を、超えてみせるよ……!」


 再び反逆者へと刃を向けた。


 真っ白な世界で血肉に彩られた魔力発益所は、その主である反逆の懐古に、恭しく不気味を差し出した。醸し出される不協和音の連続音。重なり合う空洞の反響は、その数多の糸によって掻き鳴らされる最悪の風切り音によるものだろう。

 なにがどうあっても不気味さを助長することしかないそれらの事象が、先の泥仕合では絶望すら伴って見せた。しかし、今こそは違う。

 そこで立ち向かうアミリスタに、その絶望は値しない。

 アミリスタ・アンドロシアのそれに、所詮反逆の悪意ごときが適うはずがない。

 少女は、魔装の刃に白銀を迸らせる老躯に、正々堂々瞳を向けた。

 絶望に抗う、最初の一撃。それが、あの童女をヴィエラに託す結界の力だったのなら。今、そうして啖呵を切ったアミリスタのそれは。


「絶望を切り裂く、最強の一撃。」


 びっ、と指さしたアミリスタの先、ハーリバーの嘲笑が嗤う。しかし、そんな油断すらも、そんな慢心すらも。アミリスタのそれに、何かの手心を加える要素になり得ない。


「最強の、一撃。守るだけのそれに、貴方の力に、私を下せる強さがある、とそう言いたいのですか。」

「そう言ったんだよ、僕は。」

「所詮守るためだけの、何かを壊す覚悟もない力だ。私の力には、残念ながら届かない。」

「ふーん、大層な力だね。お前の、()()()()()()()()。」


 平然と交わされるその会話に、しかし、ハーリバーは違和感を抱いた。

 眼前、自信ありげに、いや、覚悟を双眸に宿した少女が、『最強』すら口走った彼女が、先ほどまで絶望に喘いでいた少女だとは思えなかった。

 所詮守ることしかできない力が、命を閉ざす業の力に歯向かおうとする。盾は、剣を防げど骨肉を断つことはできない。そして同じく、剣は、盾を切り崩しても守護になり得ない。

 盾は、守ることでのみその真価を発揮し、剣は、断ち切ることでのみ真価を発揮する。

 アミリスタの結界と、そして、ハーリバーの結界。同じ結界であれど、彼の言う力の方向性は真逆といっていい。

 いっていい、はずなのだ。

 盾が破壊を司ることは、不可能なはずなのだ。

 いや、不可能だ。


「知ってるかい?僕ら、竜を下した竜伐(サルヴァトス)には、ある程度の役割が決まってるんだ。」


 おもむろに語り出すアミリスタに、怪訝そうな顔をするハーリバーはそれでも瞬時に耳を澄まし、彼女の声に真意を探す。


「桃色の髪でスタイルのいい、騎士団の女の子。竜伐(サルヴァトス)最強にして、王剣御三家アンスタクト家の当代当主。ヴィーネの役割は、『攻撃』または『襲撃』。そういう攻めの役割。」


 化け物が跋扈する魔窟、そんな異名を畏怖と戦慄によって付けられたウドガラド騎士団の面々。そんな魔窟の中で、努力のみに磨きをかけた凡才の少女。

 王の劒にして、ウドガラドの剣。通称王剣御三家の一角、アンスタクト家の当主を、女性ながらに勤め上げる奇才。度々グランティアにて出没する、圧倒的魔力とそれに匹敵する異才を持つ女性。聖女や魔女と祭り上げられる彼女たちのように、ヴィエラは才能に生まれた騎士ではない。しかしそれ故、彼女の力には淀みがない。余談がない。余地がない。

 同僚の概要をつらつらと語る彼女は、警戒の目にまさぐられる感覚を意に介さず、その声を続けた。


「綺麗な金髪に興国百人切りの美貌、竜伐(サルヴァトス)第一聖、代名詞ともいえるね。そんなリデアの役割は、偵察、索敵、戦闘、事後処理、何から何までのオールラウンダー。」


 竜殺し最大の功労者にして、竜伐(サルヴァトス)の顔ともいえるリディア。その、手にする魔装の特殊さと、殊更回る頭の冴え、それら全てを使い潰して、ただ興国の糧とする一対を冠す少女。

 歌うように、誇るように、踊り出しそうなほどに軽快に、語る少女の称賛は、なにも過大なものではない。彼女のできる最大の仕事、それが積み重なった生き様。それこそが、竜伐(サルヴァトス)リディアを英雄たらしめる。

 そうして、アミリスタはごくごく自然にその手を胸に置いた。

 起伏の少ないそれに、不満こそあれど、その手が掴んだ奥底の宿命は、宿願は、なにも不足などありはしない。


「守りたいものも守れなくて、誰かを助けることもままならない。ずっと弱くて、それでもまた弱くなって。泣いてばっかりの竜伐(サルヴァトス)。泣いていることを知られたくない、なんて、身の丈に合わない強がりばっかの、最弱の竜伐(サルヴァトス)。」


 なんとも脆弱で、どう見ても貧弱で、自傷するそれすらも最弱を冠する竜伐(サルヴァトス)

 盾である少女。盾でありながら、剣の領分を望んだ少女。それでも、盾を手放せなかった、そんな、少女。

 竜伐(サルヴァトス)なんて重過ぎる肩書に縛られて、かつての死に囚われて、目前の死に悲しんで、そしてまた、最弱を露呈する。

 それでも、いや、だからこそ、彼女はそこで『最強』を語ったのだ。

 その絶望すら切り裂いてみせると、息巻いたのだ。


「お前の言う通りさ。僕の力は、お前の力と違って、守ることしかできない力。守るためだけの力。でも、それでも。」


 ハーリバーの言う、殺すための力。殺すことでしか、許されない力。そんな力ではない。アミリスタのそれは、守るため。生かすため。殺さないため、そのためだけに、存在する力。だから。


「この力は、もうただの盾じゃない。」


 魔力への圧倒的な干渉力を許された少女。それを変換させることこそ才能に恵まれなかったが、その魔力そのものを操る力ならば、どんな逸材にも劣らない自負がある。他薦がある。

 なにより、あの『魔女』を超えるというお墨付きがある。

 その『魔女』からの、何物にも代えがたい証明書が。

 だから、もはやそれは、ただの盾にはなり得ない。


「守るための力が、守護するための結界が。」


 魔女から込められた力が。


「傷つける覚悟を持っていないはず、ないだろッ!」


 焦がす世界の変換者(アエレラリオン)、結界術師を司るそれに、彼の魔女アリシアは殴り飛ばす者(グァラムテイル)、という命を掛けた。ただ、それこそが彼女の人生を、彼女の生涯を、彼女の命を表す者であり、なにより、この瞬間、アミリスタの啖呵を証明するものであった。

 守るための力?守護を司る力?当たり前だ。

 結界術師の力は、誰かを守るために在る。守護という天命は、結界術師と共に在る。

 だが、果たしてそれは、結界術師だけが独占しているものであろうか。

 例えばそれがウドガラドの騎士でも、例えばそれがレグリエスタの司教であっても、例えばそれがフラントロウムの雑兵でも、例えばそれがラティアンの冒険者であっても。


 竜を殺した英雄、竜伐(サルヴァトス)であろうとも。それは同じであった。


 殺す覚悟も生かす覚悟も、死する覚悟も縋る覚悟も。皆がそれを持っている。守りたいと願う誰もが、持っている。そしてそれは、結界術師とて同じだった。アミリスタ・アンドロシアとて、同じだった。

 その刃は名前を、アミリスタ・アンドロシアといった。


「全部僕に寄越せッ!!全部、全部全部、僕の脳に、春刹に、寄越せ!注ぎ込めッ!!」


 焼ける。燃えるようだ。

 心身から引き剥がされる魔力たちが、暴れている。結界術師としての才覚と、十余年の歳月をかけて完成されたアミリスタの体には、その力を振るうための魔力がとめどなく溢れている。それこそ、たった一人の体で、魔双師十数人分の最大魔力量を上回るほどに。

 そんな力を、たった一人が、その華奢な肢体でもって制御する。たったひとつの冴えわたる脳に、零れ落ちるほど注ぎ込む。果たしてそれが、どれほど危険なことなのか。

 果たしてそれが、どれほど天才的な異能によって成されていることなのか。


 だから、結実する。


 焼き切れそうなほどの圧倒的魔力導線量、結界という力に収まりきらない魔力量による、視覚すら染め上げる魔力発光。脳への一時的な影響すら捨て置いて、割れるような頭痛を差し置いて。

 まだ、ただの一度も成功したことのない力に、全てを賭ける。

 あの日の師匠の言葉を掛ける。

 あまねく結実に、その足で駆ける。


 浮かび上がる魔力光が、人間には到底行うことのできないほどの魔力発散によって脈動する。振動して、周囲に稲妻すら迸らせる魔力量は、まさしく規外魔法。ただの魔力発散のみで魔術にまで魔力を昇華させる賢者にすら届き得る規外魔法。しかし、そんな極論じみた力ですらも、今の彼女にとっては周囲で蟠る雑音でしかない。

 黙れ、静まれ、暴れるな。ただ、僕だけに従え。僕のためだけに、死ね。

 その魔力が、魔術でも、魔法でも、規外魔法でも、魔装魔法でも、月界でもないその力が、結実する。かつての師は、その至高の戦闘力に名前を欲した。ならば、その名前、貰い受けよう。

 怒る魔力をねじ伏せる。


 グランティア至上最強の能動的魔力運動変換。詰まるところそれは。


「……結界魔導『刹那を穿つ焦界者アドラグリオン・アリシア・クラウン』。」


 極限まで研ぎ澄まされた、()()であった。


「ッ!?」


 ハーリバーとアミリスタの間、十メートル近いそこに、足音を刻む。掻き鳴らされるステップが、どこまでの加速を生むことができるか、どこまでの最高速を生むことができるか。

 ハーリバーの目測、もはやアミリスタのそこに、数秒とはいらない。

 ただの一歩目で、そう確信した。だから、アミリスタは踏み出した。


「ぇ、」


 眼前、ハーリバーがいた。


「お前を、殺す……っ!」


 ひん剥かれた双眸に、飾る瞳孔が危ういほどに広がっていた。

 その愛らしい表情に浮かんだ凶悪すぎる笑みと、それを彩る危うい瞳。

 なによりも誰かを守るために、なによりも守護を全うするために。魔女はなによりも殺意を持っていた。アリシアは、誰よりも好戦的であった。

 そしてアミリスタもまた、彼女の弟子であった。

 ()んだ殺意は、何よりも雄弁に告げていた。


 それは、『魔女』の再来だ。


 ブレる。拳に纏われた空気が歪む。もはや視認にすら届かない超速の一撃、神速の一撃。

 絶望を切り裂く、最強の一撃!

 爆ぜた。

 圧倒的な魔力が、結界となって結実し、その結界を切り分ける魔法が彼女の打撃によって炸裂する。

 ロジックもプロセスも、解析するなら後でいい。今自分の脳内に作り出されている脳内魔装も、どんな効果を持っているのかわからない。

 でも、問題はない。発動できたのだから、問題はない。

 もう、そこになにも、存在しない。停滞すらも、存在しなかった。


 ダァン!と弾けた空気から、ハーリバーが弾き飛ばされる。弾き飛ばされる、というより消し飛ばされる、といった方が、その事象には正しかっただろう。

 空中でくるりと回り、しかし着地にはまだ遠い。空を殴ったアミリスタの拳が、再びブレる。

 アミリスタは、またしてもハーリバーの目前に居た。


「まだだろぉッ!!」


 白い世界をぶち壊し、そこにめり込んだ老躯に向かい、真上から拳を叩き込む。

 結界が結実する。魔法が空間を切り裂く。結界によって生み出された高硬度の壁と、それを魔法で空間ごと切り刻んだ刃、そして、そこで切り刻まれた結界から放出される衝撃を、更に魔法で一方向に集中させる結実の魔法。

 ただ一点、撃ち込む。

 くぐもった轟音が噴煙を撒き散らす。伴った衝撃すらも足りない。その衝撃すらも、次の一撃への材料だ。叩き込む連撃の、最高速。最攻撃。

 超至近距離の、圧倒的な殺意。

 一撃、二撃、三撃、続く数撃、全てに十数ものプロセスと同時発動のロジックが必要になる。しかし、それをアミリスタの脳内の魔装で補う。魔法すらも、織り交ぜる。


「僕の結界は、お前の言う通り。守るためだけの結界だ!」


 爆ぜる。土煙が立ち上り、いや打ち上げられ、大空を灰色に染める。


「お前の、傷つけることしかできない結界じゃない……!」


 地面を滑り、大地を泳ぐように、ハーリバーが煉瓦を抉り取りながら爆ぜ飛ぶ。


「守るための結界だ。護るための結界だ!」


 連撃、やがて、その威力は限界値を超え始める。脳髄魔装によって作り出せる攻撃力の限界値に、追い込まれていく。


「そのために、お前を下す。惡を捻じ曲げる結界だッ!」


 結界術師というのは往々にして、穏やかで、聖母の如き可憐さを発揮する中・遠距離での戦闘領域を得意とする術師だ。

 だがしかし、結界術師として名を馳せたその二人は、まるでそれとは似つかない。凶悪な戦闘スタイルで、どこまでも猛々しく拳を振るう。


 竜伐サルヴァトス第三聖、アミリスタ・アンドロシア。彼女の師事した結界術師は、『魔女』の肩書を宿していた。圧倒的なまでの魔力への冴え、そしてその在り方に対する畏怖。栄光と畏怖と誉れと覚悟。それら何もかもをないまぜにして、ただ一つの称号とする。

 誇り高きグランティア整合同盟の『魔女』。彼女は、それに値する素晴らしき術師であった。


 結界という力に愛され、しかしその力を愛したとは言えない魔女の彼女は、眉唾物ながらもとある二つ名を持っていた。いや、つけられていた、という方が正しいだろうか。

当時の彼女を知るものと、彼女のその常人離れした身体能力から、その存在は疑うまでもない。


 そう。彼女はかつて、結界という力を持ちながら、その戦闘領域を近距離としていた。


 彼女は、武器を持たない。彼女は、魔術を撃たない。彼女は、異能をもたない。


 ただ一つ、彼女には、掌があった。


 細くしなやかで、握りつぶせば折れてしまいそうなほどに華奢な拳が。


 曰く、彼女は格闘技が堪能だった。


 曰く、彼女は酷く好戦的であった。


 曰く彼女には、とある二つ名があった。


  結界術師でありながら、最前線に単騎で挑み、守るための結界で、守るために戦う。騎士団序列ならば、片手間で上位に食い込めるほどの実力者。

 グランティアに度々現れる、聖女や魔女と祭り上げられる絶対の彼女たち。

 結界術師でありながら、その戦闘領域に近距離を選んだ、好戦的の具現化。拳撃の権化にして、最強の指南役。

 バイオレンスに笑う表情と、それに見合った破壊力。可憐すぎた表情と、華奢であるがしかし長身の、美しさの権化。

 空いた風穴から覗くそれを、血液を爆裂の坩堝に叩き落とす絶望の、希望の一撃へ、畏怖と恐怖と戦慄に、とある二つ名を付けた者がいた。

 全く持って勇敢なその者が、果たしてどのような考えのもとそんな賭けに踏み切ったのかはわからないが、しかし、そこにつけられた名前に、誰もが納得した。感嘆した。称賛した。

 守護を生業とする慈愛の精神において、誰かを守るために命を賭ける彼女に、結界術師に対して付けるにしては、些か攻撃的すぎて。しかしその『魔女』につけるにはオブラートに包み過ぎて。いや、どこか大人しすぎて。彼女の暴れっぷりからすれば、どこか優しいとすら感じられる。

 そんな、チグハグな二つ名を、その『魔女』は持っていた。

 結界術師の『魔女』にして、有弦の魔女アリシアに捧ぐ、彼女だけの、彼女だけへの愛称。


 愛され続けた彼女の、その生涯につけられた名前。


 『魔女』は、武器を持たない。有弦の魔女は、魔術を撃たない。アリシアは、異能をもたない。


 ただ一つ、彼女には、掌があった。


 細くしなやかで、握りつぶせば折れてしまいそうなほどに華奢な拳が。なにより、覚悟に満ちた拳が。


 曰く、魔女は格闘技が堪能だった。


 曰く、有弦は酷く好戦的であった。


 曰くアリシアには、とある二つ名があった。


 近距離戦闘の結界術師。結界で守り、結界で壊す。


 結界で、殺す。

 誰もが、そう呼んだ。

 誰もが、それを叫んだ。

 誰もが、それの再来を、渇望した。


『な、ワクワクするだろ?アミリスタ。』


 かつての師匠の二つ名を。

 今、戦う自分の二つ名を。


 命を賭ける一戦の、輝かしいコードネームを。


「僕が、」


 アリシアは『魔女』という肩書きで呼ばれるよりも、そう呼ばれることの方が多かった。


「僕が……」


 アミリスタは『魔女』という肩書きよりも、そう呼ばれることが羨ましかった。


 曰く、その二つ名を。


「結界殺し。」


 結界を殺す武器に、結界殺し?

 まだ足りない。

 結界で殺す、最強の一撃。


 ボロボロのハーリバーを指さすアミリスタは、馴染ませるように復唱した。

 愛おしいそれに、口づけをするように。


「お前を殺す術師の名前だ。憶えておくといいさ……僕こそが。」


 死んだ、死んだ死んだ。でも、蘇った。


「結界殺し。最弱の、竜伐(サルヴァトス)さ。」


 そうして最弱は、力を求めた。


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