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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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27.【結界娘殺し】


「それでそれで~?アッキーはさ、どう思うの?」


 窓から覗く朝日が、木の葉に途切れて明滅した。ベッドのシーツで滑らかに踊る輝きに、口腔で蟠る数時間分の停滞の証。いっそ不愉快なほどにいい朝。それこそ、いい二度寝日和である。そんな日和見主義の代表のような怠惰さで、ベッドに沈む青年は起床を選択した。言わずもがな、もはや二度寝などという享楽が、自分に許されていないと理解したからだ。


「……寝起きで碌に回ってない頭で、何を問われたか推測するのは、むずかし、と、おもわ……な」

「ちょっ、寝かけてるじゃんっ!」

「へぶっ」


 スパァン!と気持ちのいい音で叩かれた頭が、衝撃に覚醒を促された。揺れる意識に不機嫌さと不愛想さを兼ね備える青年に、結界娘アミリスタは、ふふっ、と思わず笑みを溢した。


「なんだ……ょ……ですか?アンドロシア様。」


 条件反射とも言おうか。その精神に染みついた元来の育ちの悪さが、唇の隙間から意図も容易くこぼれ出た。一切の遠慮のない、というより、学も教養もない敬語の欠落に、やっとのことで本人もそれを改めた。取ってつけたような敬語と敬称。しかし、呼ばれた当のアンドロシア様は、そこに不満顔で抗議した。


「別に、もう敬語はいらないって言ってるじゃん!どうせアッキーの処遇も、リデアが悪知恵働いただけだし、もうけーがいかしてるよ」

「そういうわけにもいかないんですよ……俺みたいな蛮族に、竜伐(サルヴァトス)の第三聖たるお方が接触してる時点で、上の人たちも冷や汗が絶えないんだ、……ですから。」

「アッキー、多分人を敬うの向いてないよ……気持ちがうっすいもん……」


 その散々な物言いに、全く自分が妥当な評価を受けたのだと理解したのか、青年は、そこになんの感情も持たずに瞳を擦り、受動的な覚醒に、能動的なプロセスを付け加えた。


「それに、ボクはもう竜伐(サルヴァトス)なんかじゃないよ……結界が使えないボクなんて」

「あーはいはい分かった分かった……碌に魔力も使えなくなった俺を遠回しに馬鹿にしてるのな」

「ち、違うって!」

「それじゃあ、ドラゴン殺しの英雄さんが結界が使えなくなった程度でへこたれるんじゃない。ですよ。」


 コツリ、とアミリスタの額を拳で優しく叩き、あ、しまった。と己の拳を遅まきながらに律する青年に、アミリスタはハッと瞳を向け、そして、その情けない弱々しい表情に、強張っていた精神が弛緩するのを、確かに感じた。

 へにゃり、と破顔したアミリスタは、頬をぽっと染める確かなる熱に、何の束縛も許さなかった。小さくその場で拳を握り、跳ねた肢体をベッドに放る。


「アッキーのそういうとこ、愛してるよっ」


 真っ赤な頬の恋慕を、もはや隠すことすらなく、アミリスタは優し気に己を受け止めてくれた青年に愛を囁く。にへへ……、とあどけない表情で笑う彼女のそれにあてられて、自分も赤面した青年は、それを隠すようにベッドから飛び降りて、ブツブツとなにかを呟きながら部屋を出る。


「むぅ……アッキーも、強情だなぁ……」


 一人、青年の温もりの残るベッドで。その童女、(ふう)の少女は、頬に引いた高揚と、膨らませた不満を重ねて。


「アッキーの昔の女の人は、そんなに魅力的だったわけ…………?」


 青年の視線の先に在る見えない残響に、怨み言を吐いたのだった。



「アミリスタはまた、あなたの部屋に?」


 竜伐(サルヴァトス)第二聖。今となっては剣を持つことすらままならない彼女は、ヴィエラ・アンスタクトは、しかし揺るぎない双眸で、青年に問いかけた。字面を想うと刺々しいその口調も、彼女の柔らかな声音に彩られれば全くそれは見当違い。印象を塗り替えられる。


「あぁ……はい、今日も目覚まし時計の役割を立派に勤めてくれました」

「私の同僚を機械仕掛けの時計呼ばわりとは……まぁ、ご迷惑になっていないのならいいのですが。」


 寝ぼけ眼の抜けきっていない途轍もない失言だが、しかし、青年の性格を直近数か月のそれで思い知ったヴィエラにとっては、ユーモアのある軽口に他ならない。苦笑気味の端正な顔立ち、そして、デコルテに覗く痛々しい傷跡。

 寸断され、喰い千切られ、バラバラにされたその肢体。体に残っている損傷こそ、そのたった一筋の傷跡だが、彼女の受けた全ての痛みは、先の防衛戦にて最大級の物だろう。

 圧倒的な精神力を持つヴィエラが、数か月精神病棟から出てこれず、今も剣を握ろうとすればトラウマが再燃するほど、と言えば、それがどれほど壮絶なものだったか、理解できるだろう。

 そんな彼女の言う同僚への気遣いは、しかし青年にとっては、些か疑問の余地が残るものだった。


「迷惑、迷惑……ですか。彼女の精神衛生的に、むしろ迷惑なのは、俺なんじゃないですか……?」


 むしろ迷惑なのは、自分の方なのでは。ただ青年は、そう考えてならないのだ。

 何度も何度も思考して、それでも、ただ夢想するのみであった拒絶を、アミリスタは全く現実という真実で教えてはくれないのだ。


「……アミリスタと一緒に居るのは、苦痛ですか?」

「それは……、……」


 ただ答えの出ない問いに、声が詰まる。

 なにも、苦痛なのではない。ただ、ただ。忘れられないのだ。

 指先に香る彼女の残滓が、眼窩で弾ける彼女の最後が、耳朶で流れる彼女の唯一が、ただ舌先で痺れる想いが。


 触れたくても、二度とは触れられない。ただその事実を、受け入れられないだけなのだ。



 鳴り響く。


「ッ、!」


 世界を蹂躙する、ただ、野蛮であるその革命者気取りの罪人たちに、全て、その小さな体に流れる全てで、軽蔑と、怒りを体現する。もはやその声に、肩書きも宿命も存在しない。

 ただしかし、たった一つ。その声を震わせる原因が怒り以外に存在するとしたら。それはきっと、純粋無垢な。恐怖だっただろう。


「すぅ……特殊魔装『ドクトル』……第四結界『ティエタルト』連続展開っ!」

「特殊魔装『填誅(スペルキャリオ)』。」


 踏みしめる力の出所すら、きっと彼の中に在る『魔』が根源だった。はち切れる地面の糸が爆ぜて、雪景色のようにそれを散らす。ひらりと舞い落ちてくる無数の糸たち、それを僅か数メートルの、僅か半分の人間が、蹴散らす。それほどまでの圧倒的な加速が、右手に剣を、その内に復讐を秘めて向かってくる。

 アミリスタの振るう手の魔装が、展開される。彼女の腕を中心として作られる円が、魔法陣となって展開する。溜めて溜めて溜めて、魔力が結実する。撃ち放たれるは、十発に近い魔力の流れ。


「殺されなんて、しないっ……!」


 魔力の弾ける音が連鎖して、それに脈動する魔法陣が、射出に際した反動によって拡大、戻っては拡大し、戻っては拡大し、次々に結界を、いや、その卵となる魔力たちを、撃ち連ねていく。

 ゆっくりと、水流の如きゆるやかさでその距離を詰めるハーリバーのステップ、しかし、その速度は滝の如き神速だ。気づけば、間合いに割り込まれる。それほどまでに、彼の攻撃は、彼の刃の柔軟さは、人間の認識できる領域にない。

 だから。


「っぁ、……!」


 ハーリバーはそこに、停滞を強制された。

 停滞を強制された魔力が、ただ結界となって射出され、ハーリバーを拒むように結実する。その結界は、途方もない運動エネルギーに乗っ取って加速していたハーリバーの腹部でただ()()()()

 自分の力で自分を抉る、いや抉らされる。アミリスタからの攻撃に、今までほとんどのリアクションを見せなかったハーリバーが、しかし、自身の圧倒的な力には、声を漏らさざるを得なかった。

 自身に刻み込まれた罪を露呈して、こんな大立ち回りを演じるハーリバーは、自分の力には、沈黙を保てなかった。

 衝撃に脳を揺らされて、突然の停止を言い渡されたハーリバーの体は、油断を纏っているといっていい。そこを見逃すことこそ、罪といっていい。


「……『ハレア』、第三結界『テルリア』ッ!」


 火属性中級魔術『ハレア』。対複数人防御用、第三結界『テルリア』。

 ドクトルの圧倒的な魔力演算によって並列起動された魔術と結界が、魔法陣で混合されて、混ぜ合わされて、やがて、一筋の力となる。

 引き絞られて、小さく、その腕に縮小されていく魔法陣、それはまさしく『溜める』という言葉の、本領発揮であった。


「撃て……っ!」


 魔術の結合と、結界の魔力結合。同時に発散されたその振動が、混ざり合って、重複した音が。同時、発砲される。反動によって跳ねる魔法陣が、射出されて即座にその大きさを正しいものとする。

 展開する結界に行動を封じられたハーリバーの肉体。もはや人の形をした的であったそれに、病的なまでに精密に練り上げられた一撃が怒った。

 爆裂する。地面どころか、世界すら揺れたと錯覚するような衝撃が、炸裂した。ただ、その結界の中で。


「ッ、……こ、れは」


 炸裂し、黒煙を撒き散らすはずだった中級魔術の爆炎が、その時ばかりは、ほんの少し、たった数立方メートルの小さな領域の中でのみ存在を許された。それこそ、爆炎に埋め尽くされた結界の中に、ハーリバーを閉じ込めた。そんな魔法のごとき現象であった。


「魔術と結界術の、混合発動……っ」


 その身で脅威を実感したハーリバーだからこそ、その結論に至るのに、大して時間は必要なかった。

 発動する前の魔術、そして結界術。それを、ドクトルという超演算機によって織り交ぜて、同時発動させる、魔術と結界術の混合発動。

 つまり、結界によって対象を閉じ込めて、その内部で魔術を炸裂させるという規外魔法並みの一撃。

 アミリスタ・アンドロシアの、深淵の一つ。


「見事な力です……しかし、……まだ足りない。」


 その一撃にリソースを割き切ったアミリスタの疲労困憊の呼吸。息が切れるそれに、一筋。ハーリバーの声が、不穏を誘った。


「っ、な、っ、……っ!」


 首筋に感じた違和感は、滴り落ちる血液が教えてくれた。

 アミリスタの首の裏で、そも当然というようにダクダクと流れ落ちていた、血液が。教えてくれた。


「ドクトルっ!」


 常時アミリスタの周囲全てを覆っている停滞魔力の素が、その前身を逆立たせる警戒心、ないしは恐怖心によって結実する。弾き出されたそれは、アミリスタの背中を掻いて、はりつめていたその感触すらも置き去りにして。

 その糸は、はらりと、地面に落ちた。

 幾千、幾万、幾億。何度紡ぎ、何度千切れ、しかしそれでも蔓延り続けた糸が、そうして世界を覆い尽くした、糸が、悪意が、罪が。アミリスタを切り裂く刃となって、そこにあった。


「私の糸は、ただの糸じゃない、ということですよ。結界娘。」


 伸ばされた魔力製の糸は、鋭利な刃となって。その細い首を掻き切るほどに、その弱々しい肌を突き刺すように、彼女の命に、容易に手をかけるのだ。


「っ、『彼方を刻む焦界者(ラウレン・エニア)』!」


 手刀で断ち切った糸の本数は、一体何本だったろう。空間ごと糸を絶ち切ったアミリスタは、その手に残る断裂の感覚に、再び戦慄した。何本の糸が、今、自分の命を狙っていたのだろうか。

 手に残った魔法の残滓で空間を斬り、世界を飛んだアミリスタは、眼前、再び空間を斬った。


「首、っ」


 自身の喉笛を掻き切るために、馬鹿正直に張られた死を途絶させる。

 手に残った魔法効果が消えるのを確認、眼前、『填誅(スペルキャリオ)』を構えるハーリバーへと左手に光る魔装を向ける。


 怪しげに光る反逆者の瞳に、凄絶を見た。


「これは、本質的に。貴方の結界と同じです。アンドロシア。」


 手首二センチ、頬五センチ、大腿十センチ、上腕四センチ、脇腹五センチ。

 重複した部位を細分化して、被弾した部位全二十四か所。めり込んだ糸によって些かバイオレンスな拘束をされたアミリスタに、大量の血液が濡れていた。


「痛っ……!?ぐ、ぅ……ぁあっ……っ……!」


 下手に動けば、四肢寸断、あるいは、人体切断。糸を伝い、全身を濡らし、やがては纏われた衣服の色を、全く意味のないように塗り替えた赤が、アミリスタのその状態を雄弁に告げる。瀕死、一歩手前だ、と。


「対象を定義する、範囲を探る、魔力を紡ぐ、そして『結界』を創る。」


 煤塗れの衣服をはたいて己を取り戻し、爆風によって明らかなダメージを受けたハーリバーは、しかしそれを悟らせない圧倒的な胆力で。いや、肉体の構造でのみ、立っていた。

 語っていた。


 謳っていた。


 激痛、脳を焼き切るほどの痛覚の魔力信号。しかし、その安らぎともなり得る停滞は、とめどない痛覚の安定供給によって機能停止を許されない。痛みからの逃亡を許さない。

 ただそこで、声を聞くことしか許されない。

 それを悟ったアミリスタは、これ以上の抵抗が己の肉を絶つ未来しか見えず、そしてそこでハーリバーが話しているという事実がどこまでも自分の『延命』に繋がるものだと理解して。彼が騙る結界に歯噛みした。


「貴方を定義して、この地を糸に堕とし、絶望を紡ぐ。そして、『結界』は成る。この糸の惨状こそが、私と貴方の結界が、同質のものであると示す格好の場所。」


 その国で、少女は、結界の王であった。どれほどの結界術士であっても、彼女の結界術の前では素人と変わらない。彼女の、アミリスタ・アンドロシアの持ちえる結界の技術と、そこに込められた情熱と愛情の執念は、ほんの少しの享楽でどうにかできるようなものではない。

 ただそんなアミリスタに、愚かにも結界を語ろうという結界の翁が、そこにはいたのだ。糸という結界によって命を握られているアミリスタに、依然変わらないその語り草でいうハーリバーは止まらない。


「しかし、たった一つ。貴方と私の力の根本的な部分は、違う。」

「……っ、……。」

「守ることでしか、防ぐことでしか、拒むことでしか。その価値を証明できない。だからこそ、貴方の結界は、私とは違うのです。」


 ハーリバーの云うそれが、果たしてどんな意味を持つのか。言葉の上では彼の思う事実を述べているだけ。思想の喧伝ともいえるそれは、アミリスタに真意を伝えるまでには至らない。

 それこそ、ハーリバーもそこまでは求めていなかったのだろう。

 片目を閉じて、開いた片目で世界を睥睨する反逆者は、やっとのことで、そこに己を露呈する。

 ただ、自分の結界を唾棄、いや、誇ろうとする。

 曰く。


「私の結界こそが、強い。」


 ピィン、と張り詰める糸の音が、澄み渡る。


「守ることでしか遂げられず、生かすことでしか証明できない。そんな受け身の力とは違うのです。」


 刹那、ハーリバーの目に映った狂的なまでの声への色に、アミリスタは延命すら忘れて声を漏らした。


「殺すことで表明し、殺すことで称えられ、殺すことでのみ許される。」


 曰く、彼の力は。


「殺すための結界。私と貴方の力の差は、その覚悟にある。」


 血の色をしていた。



 覚悟を試される戦いは、何度もあった。

 あの『魔女』のもとへと赴いた日。あの『魔女』のもとを発った日。災厄を煮詰めた、竜を下した日。

 幾度と、覚悟を問われた。幾度と、覚悟を叫んだ。何度も、覚悟を嘆いた。

 自分の覚悟は果たして。そこまで、軽いものだったのだろうか。アミリスタ・アンドロシアは、思考する。


 守るだけの結界。守ることしかできない結界。守ることすら、できなかった結界。


 アミリスタ・アンドロシアは、思考する。

 果たして、自分の力は、今ここで昇華させるようなものであったか?今、ここで、進化させられるほど、中途半端なものだったのか?

 きっと、自分の力は。

 あの日、あの師匠の、あの師事を終えた時点で、あのアミリスタ・アンドロシアは、完成していたはずだ。


 覚悟すら、完成していたはずだ。


 なら、どうして今、アミリスタ・アンドロシアは停滞してる?どうして、今、ウドガラド最強の結界術師は追い詰められている?

 足りていないのはなんだ。

 覚悟、実力、覚醒、真価。

 今、戦いに必要なものはなんだ。

 祈り、気持ち?偶然に幸運。全くもってスピリチュアルだ。


 今、アミリスタ・アンドロシアに足りていないもの。

 今、アミリスタ・アンドロシアに必要なもの。

 覚悟でも、実力でも、覚醒でも、真価でも。祈りでも気持ちでもなければ、偶然に奇跡でもない。

 全ての力は完成されて、秘めたる覚悟は充分。


 自戒する。


 今、アミリスタ・アンドロシアに必要なものは、足りていないものは。


「絶望に抗う、最初の一撃。」


 少女は一途(いっと)、童女を想った。



「極限結界、アンタの使えるはずの技の中で、アタシが唯一出来ない技。アタシが勝手に名前つけたけど、ま、その内アンタでも学会の連中でも、適当に付けるでしょ。」


 お淑やかな佇まいの女性だった。薄紫の長髪。眼を剥くほどに美しいキューティクルと、豊満な胸。そして、それら女性的な美しさに対して一切の考慮を捨てた、美脚をあらわに組まれる両足。傍から見ればはしたない格好ではあるが、彼女に意見できるほどに胆力のある人物は、残念ながらそう居ない。


「ししょー、いい加減その座り方やめてよ……僕まではしたいないって思われちゃうじゃんっ」

「あ?アタシに声をかけてこない時点で、男なんてたかがしれてんだ。気にするだけ損ってもんだろ?」


 随分な言い方で己の魅力を褒め称え、周りの男をバッサリ斬った、尊大で美貌の魔女の彼女は、魔貌を歪ませて欠伸をかいた。


「そんなことよりアタシの話を聞け。アンタの魔力の精密操作は、正直アタシより圧倒的に上だ。魔術変換は、まぁ声帯の形に左右されるからもう望みはないが、結界術に至っては最強になり得る。」

「魔力の、……精密操作?そりゃ、結界はそれができないとだけど……」

「ただの結界を使うレベルじゃないんだよ、アンタのは。」

「それって……」

「知識さえあれば、アンタは自分の体の中に、自分の力で魔力回路を組める。」


 自分の体の中に、魔力回路を組める。彼女の言ったそれは、いわば自分の血液を操って、体の中に新たな臓器を作り出せる。そんないっそ狂的なほどの言葉だ。

 思わず疑問符を隠しきれなくても、可笑しくはなかった。


「瞬時に作るのは無理でも、ほんの少し時間をかければ、自分の中に魔装を作れるって言ってんの。演算機でも作れれば、無手で魔装魔法も撃てるし、体外の魔装より、魔力の混合もうまくできるようになる。」


 魔術と結界術の混合。しかし、まだそれでも、彼女の才能の限界足り得ない。


「春刹の魔力は、もっと操作しやすい筈だ。脳髄魔装、うっわこの字面気持ち悪ぃ……」

「確かに……きっもっ」

「……ってまぁ、その脳髄魔装が結実すれば、アンタの魔法を、結界と混ぜ合わせることができるかもしれない。ただでさえ奥義である魔法が、そもそも奥義に近い結界術と融合する。」


 まずその人の固有異能であり、その人以外には使うことも、知り得ることすらできない力。そんな奥義、相伝の秘儀といっていい。そんな魔法は、誰にも代えがたい己の中の最強。そんな最強に、あまつさえ難度が高く、使用者も少ないその結界術を掛け合わせる。

 思わず、震えそうになるほどの全能感。上擦る鼓動と、掠れそうになる呼吸。漲る遥か最強への予感、きっと誰もがそれに震えて、きっと誰もがそれを求める。

 其の力こそ。


「極限結界でも、脳髄魔装でも、なんでもいい。アンタには、その力に名前を付ける資格がある。その力を振るう力がある。」


 ニヤリ、と可憐さの欠片もないいかにも悪そうな表情で。


「アンタの『結界』を、アンタだけの『結界』を、……望んだ力を、手に入れられるッ……!」


 開けた視界に、きっと彼女は未来を視た。

 そうして、彼女は思い知った。

 敵わない。その眼前で、猛々しく笑い、まるで自分の力であるかのようにそれを喜ぶ師匠に、ただそう思った。


「な、ワクワクするだろ?アミリスタ。」


 嗚呼、全く持ってその通りだ。

 準備は整った。自分の掌の大きさを思い知った。

 もう心残りはない。


「ねえ、僕に君を、守らせてほしいな。」


 守れなかったことを嘆くだけであったアミリスタ・アンドロシアに、守れるものを守るための力を思い出させる一撃。それが、彼女に足りないものだった。

 死んだ目の童女は、両親ではないその手に、朧気ながらも手を触れた。


 

 魔力演算。結界杖『ドクトル』、第一結界《強度》、定義対一個人範囲。魔力充填、継続展開許容時間、十七分。魔法制御コア、オブジェクト内部生命体。


 かつての師の生を冠した特殊魔装、結界杖『ドクトル』が、その内部魔力回路をたわませて、注ぎ込まれる魔力の膨大さを音として教えてくれる。吐き出される結果が、果たしてどれほど規格外の力であるのか。発動したアミリスタにも、想像できない。

 しかし、その力は、師に認められた力だ。師、ですらも、屈した力だ。

 どうしてそんな力を、自分が信じられない?信じられないはずがない。師から受け取った力を、師から受け取った魔装に込める。

 爆ぜるほどに、燃えるほどに、炸裂する。怒る進撃の結界が、やがてその不可解すぎる魔力流動に効果を伴わせ始める。結実を始める。

 今までは、ただ弱々しく、ざっくばらんに詰め込まれていただけであった魔力たちが、整合され、その羅列一つ一つに効果が生まれ始める。始まる。燃え上がる。


「ごめんね。僕が弱かったから、ううん。僕が、傷つきたくなかった。僕が、卑怯だった。だから、君のお父さんとお母さんを死なせた。」


 眼前、結実し始める魔力光に彩られて、両親を失った童女は瞳の光を無くしていた。眼窩を深める絶望の色に、それでも、アミリスタはまっすぐに語りかける。どれほど軽蔑されようとも、彼女の憎しみに切られようとも、そこで言葉を紡がない弱さは、もはやアミリスタにはない。


「だから、今守れるものを、守ることにする。」


 ただ、自分の守れなかった者たちへと贖罪を嘆くのみであったアミリスタの、一転攻勢への一撃。それこそが、今そこで、神々しくも顕現しようとしている結界術だ。


 最後に、童女をぎゅっと抱きしめる。

 もはやその行為が、どれほどその童女に伝わったかはわからない。それでも、それでも。


「僕は、君に生きて欲しいっ!生きて生きて生きて、それで……また君を、始めて欲しいんだ。」


 掻き抱いた童女の柔らかさに、必死で叫ぶ。


「僕を恨むことでも、なんでもいいんだ!生きる意味を、見つけて……何も、諦めないでっ!」


 結界術が完成する。難度で言えば、第一結界を羅列することとそう変わらない。たった一発のためにそれが成されるというのは、ただの一撃にそれがつぎ込まれるというのは、それこそ、なんと純度の高い一撃であろうか。

 結実する。

 結界が、童女を包んだ。弾き出されたアミリスタに、もうそこに干渉する権利はない。ただ、それを眺めることしか、今の彼女には許されない。そんな隔絶した世界で、それでも。その童女を見つめることをやめられない。その未来に祈ることをやめられない。

 なんと無力で、許し難い。その己の無力さに、吐き気すら催してしまう。それでも。


「いつか……絶対っ!」


 弾け飛んだ結界が、煌々と輝きながら白煙を抜ける。糸を、硝煙を、その絶望を、何もかもを抜けて飛び立っていく童女を乗せた結界。遂げられなかった言葉に歯噛みして、それでも、その童女が救われることに全てを賭けて。

 アミリスタ・アンドロシアは、一撃を終える。

 その戦闘を始める。


「守れなかった人たちに詰られるのは、その後でいい。」


 ポツリ、少女は呟いて、白い世界に帰還した。



「心残りは、あの子が無事に送り届けられたか……ヴィーネの徽章の座標に送ったはずだから、大丈夫。大丈夫、なはず……ヴィーネが、負けるはずない。」


 握りしめた掌には、噛み締めた後悔の爪痕。しかし、刻み込まれた最善の傷跡。


「だから僕も……負けられない。」


 白煙が晴れる。

 結界の無差別掃射によって破壊され尽くした世界は、しかしハーリバーの糸によって既に補強され、むしろかつての姿よりも頑強さを増していた。

 その決意も、同じであった。


「負けてたまるか……!」


 白亜、老人が嗤う。


「もう、よろしいのですか?」

「ああ、充分さ。心残りはもうないよ。」


 紫紺、少女が謳う。


 アミリスタ・アンドロシアは、結界を携えて云った。


「僕がお前を、超えてみせるよ……!」


 曰く、彼女の師はこう呼ばれていた。近接戦闘を行う結界術師。

 その、二つ名を。

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