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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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26.【結界殺し】

長らくお待たせしました。よろしくお願いします。

 魔力発益場。

 通常、世界に満ちていることが常である魔力を、無謀にも人工的に作り出そうという冒涜に近しい所業が、その施設の本懐である。文面で聞くと些か背徳的なそれは、簡単に言えばエネルギーの生産工場だ。

 放置しておくと疫病や危険な魔獣を引き寄せる危険な温床、魔獣の死骸や魔力廃棄物などを焼却し、それによって生まれた炎を魔力に還元してエネルギーを生み出す施設である。基本的に魔力というのは循環物質だ。決して消耗品ではない。つまり、その施設は消滅を憂う悪足掻きではなく、成長を渇望する躍進だ。

 さっさと魔力を大量生産して、国家を潤すための財産とする。そのための施設が、この魔力発益場である。


 今となっては糸だらけとなった、惨劇の舞台である。


 管理棟、魔力貯蔵庫、燃焼炉、決して小さい規模で展開されるわけではないそれを、まるで呑み込むように蔓延る白波は、一筋一筋が幾重もの魔力によって練られている極小の糸。わざわざ手作業で糸を巻くような無意味は、ことこのイレギュラーの中では考えにくい。十中八九、なにかしらの魔力的な介入によって変質させられたものだろう。

 つまり。


「この……ッ、クソ野郎が……!」

「言葉遣いを弁えた方がいいですよ、結界娘。どれほど堕落しようと、没落しようと。国民の苦楽は、貴方がた竜伐(サルヴァトス)に委ねられているのですから。」


 思わず漏れ出した、そんな様子で、竜伐(サルヴァトス)第二聖、結界の申し子たる童女、(ふう)の少女アミリスタ・アンドロシアは、どうしようもない現実へと一粒の悪態を垂らした。いっそ清々しいほどに害意に染まっていたそれは、しかし混濁した現実を中和するには至らず。


「その品位を貶めるのは、賢いとは言えない。」


 我が物顔で品位を語る、品性の欠片もない獣も、確かに存在した。

 ただ、一つ魔装を振るい、ただ一度糸を繰り。そこに一人分の肉塊と一つ分の死体を生み出し、おまけに天涯孤独を押し付けられた子供を添える。

 悪趣味すぎるフルコース、皿に盛りつけられた鮮烈な赤は、いっそ食欲すら、戦意すらもこぞって捥いでくる。

 噛み締める。歯根が砕けようとも、その舌を噛み千切ろうとも。ただそこで黙っていることだけが、アミリスタにとっては罪であった。たとえそれが、乗り越えるべき壁ではなかったとしても。アミリスタはその壁に、手をかけなければならない。命を、賭さなければならない。


竜伐(サルヴァトス)第二聖、アミリスタ・アンドロシアが、……アンドロシアの誇りと、アリシアの全生命、そしてこの命でもって、確実にお前を殺す……ッ!」


 その血脈に与えられた、アンドロシアとしての誉れ。そして、その手にリストバンドとして起動を待つ杖に込められた、己の師への全幅の報いのため。なにより、ただ、そこにいる、アミリスタという人間の正義でもって。

 宣言する。


「正義は、僕にある……!」


 いっそ傲慢すぎるほどの口上。しかし、それを奪い合うために流れた血液の量は、もはや二文字では足りない。何度それを賭ければ、亡くした命に報いることができるだろうか。考えても、答えは出ない。結局の所、それを定めるのは自分で、どこまで甘んじられるのかも、自分頼み。

 だから、彼女だけは、律する。その正義は、自分の手に在ると。


「些か優美さには欠けます。が、その覚悟は大したものだ。」


 そんなアミリスタの正義宣誓に、小さく、その声は呟いた。まさか賞賛紛いの声が返ってくるとは思っておらず不可解を軽快に深めるアミリスタに、次なる皿が運ばれる。その皿の上で踊る品目は、


「私は、アタモスファータ……、ミカミの声で復讐を誓い、私の刃で復讐を成す。興国の生んだ化物。」


 悲痛の瞳が、二つ。


「ハーリバー。肩書きも、正当化も。……何も要らない。」


 メインディッシュ。痩せこけた老人の、鈍色の赫灼であった。

 糸だらけの地面を蹴る彼のその動きは、外見の老衰からは似ても似つかないほどに俊敏なものであった。魔術的な関与は、おそらくない。しかし、研ぎ澄まされた戦意と、それを我がものとして決戦の一歩に結実させる技量が、小さな魔力の爆ぜる音すら聞こえさせた。

 中距離から遠距離での戦闘を好むアミリスタを嘲笑うように、彼のその唯の一歩は、彼女のその唯の一歩に、入り込んでいた。


「る、」


 コツリ、と。彼の持っていた杖から引き抜かれた剣、その刃の切っ先が、アミリスタの眼前、数センチのところで虚空に鳴った。

 自動防衛に近しい彼女の結界杖の機能。恒常的に停滞魔力生成可能な状態を全皮膚、またはそこに纏われている衣服から約三センチの所に展開する機能。その結界自動防衛に、ハーリバーの剣は止められたのではない。むしろ、逆である。


 アミリスタはその剣の切っ先を、あてられたのだ。


「ッ!!ドクトルっ!」


 口腔で爆ぜた詠唱が、音として、声として、振動として、ただ牙を剥くのを待ちわびる魔装へと届く。

 アミリスタの細い手首で眠る、リストバンド。普段は目立たない一アクセサリーであるそれが、その瞬間に、人生がいくつか使い潰されるであろうほどの価値がある、宝具となる。

 どぱんっ!と弾けたそれが、螺旋を描き、光線をあてがい、魔力を迸らせて結実する。アミリスタの手首を、先ほどまでのリストバンドと同じような形態で、今度は宙に浮かびながら、魔法陣として。結実する。

 竜をも殺した英雄の全力。その栄光と、いくばかの爆弾を抱え込んだ称号に薄い胸を締め付けられる彼女の、全力での拒絶。果たしてそれが、どれほどに危険なものであったのか、ハーリバーにも理解することができた。全くと言っていいほどに体重を感じさせない流麗な身のこなしで、彼の肢体は一度にアミリスタの近接戦闘用の間合いから離脱。その先の短い人生に延命を許された。


 アミリスタの展開している自動防衛。それは、彼女が真に追い詰められたとき、やっとのことで露呈する機巧である。通常、中・遠距離で戦う結界術師が、近距離でもまだ遠い、ゼロ距離で刃を向けられ、あまつさえ攻撃を強行される。もはや死んだも同然の状態で、やっとそれは真価を発揮する。

 それなのにもかかわらず。今、そこで糸を手繰る老齢の反逆者は、意図も容易くそれに触れて見せた。なんの一合もなく、なんの抵抗もなく、ただそこに存在したアミリスタの最後の砦にのみ、阻まれた。

 彼が全力でもって剣を振るわず、その切っ先を結界に当てただけであったことから、その慧眼にはアミリスタの自動防衛が見えていたことがわかる。


「っ、どれだけ、慣れているんだ……」


 圧倒的なまでの、殺し合いに対する慣れ。もはや日常的な挨拶に近しい一礼のような容易さ。果たしてその力を結界という力無しに受け入れることがあるとすれば、アミリスタは二度とはその斬撃を避けることはできないだろう。

 再三、警戒はした。しかし、所詮青二才の小娘の想定が、果たしてどれほどの意味を持つのかは今の一撃で理解できた。

 それが。


「第四結界『ティエタルト』っ!」


 高速詠唱。音声での詠唱を必要としない結界術に、彼女がわざわざ詠唱というプロセスを挟む理由。それこそが、この咄嗟の眼前の白銀に精密な魔力操作を単純化させるためだ。


「よく止めましたな。」

「そうしないと、死んじゃうからさぁッ!」


 眼前、眼球で跳ねた水分を突く勢いで飛び出してきた切っ先を、アミリスタの興国随一といわれる結界が防いでいた。


(この一瞬で、結界杖、いやドクトルの魔力展開の速さを確かめに来た。戦闘どころじゃない……魔力変換の道具に対する勘が、明らかに常人離れしている……!)


 先ほど、彼の刃は確かにアミリスタの表面数センチを捉えた。そして、そこに確かなる拒絶も感じ取ったはずだ。それ以上突き進むことはできないという刃の呟きも、それ以下の刃の停滞も、全を知り、その速度ですらまだ足りないと、思い知らされた。

 だからこそ、ハーリバーの再度の剣撃は、アミリスタを震撼させた。

 敵の攻撃を察知して停滞魔力を結実、圧倒的な拒絶を作り出す絶対とも思える防御に、ハーリバーはしかしを突きつけた。腕についている杖が、眼球への攻撃に自動で防衛を行う。つまり、攻撃の察知をしているのは魔装ではない。全身にセンサーを巻きつけているならまだしも、腕に巻き付いているだけの杖が全身への攻撃を察知できるはずがない。

 なれば。


「貴方の反射速度を超えてみる、というのは、中々の名案だったかもしれませんね。」


 魔装が察知しているのは攻撃ではなく、アミリスタ・アンドロシアの危機感である。


「所詮蛮族が名案……?笑わせてくれるね。」


 先の一合とほぼ同じ一合。ハーリバーの刺突に対して、アミリスタの結界が軍配を上げた。それだけだ。

 しかし、その刺突は隔絶した殺意を持っていた。しかし、その結界は戦慄する警戒を伴っていた。

 しかし、その一合は。


「笑っていられるのも、ここまでだ。」


 彼の一戦の、始まりであった。


「ッ!!」


 爆ぜる金属音が、連続する。連続する。間を切り詰めて、連続して。早鐘を打つそれが、もはや一つ一つの音でなくなるほどに明滅して、やがて彼の姿が掻き消える。

 ガァン!と甲高く響き渡る剣撃の音色が、アミリスタの脇腹でたわみながら背後に抜ける。ほぼ聴覚でしか理解することのできなかったその神速の早業が、ハーリバーの剣だということに戦慄することしかできなかった。

 ひりつく首筋の予感を、ドクトルが読み取ってくれたからよかったものの、ここでうまく結界の自動防衛が発動していなければ、アミリスタの体は意図も容易く寸断され、多少小さな肉塊としてその糸だらけの大地に還っていたことだろう。

 まさかこれがたった一度の延命に消費する精神力か。

 額から弾けた冷や汗を切るように、翻るアミリスタの右腕がその手首で回転する魔法陣を輝かせる。


「第二結界『ディウロン』っ」


 片足で着地したハーリバーのもう片足、依然空を掻くそれが地面を食んだ瞬間。もはや、アミリスタに躊躇などなかった。

 第二結界『ディウロン』。

 魔力の流動操作は、その精密さから途方もない集中力を必要とする。それこそ、一から流動操作に自分で指示を出していては時間が足りないほどに。しかし、アミリスタの要する詠唱式結界術は、その根本的な弱点を、半ば克服したといっていい。

 彼女の詠唱は、その音を彼女の脳が感じ取った瞬間に、体に染みついた魔力が呼応して勝手に収束する。つまりは。彼女は、その途方もない努力のみで、結界術というどこまでも使いづらい力を、魔術のような汎用性に富む力へと昇華させたのだ。

 第四から第一、そしてその先の計五つの形態によって形作られる詠唱式結界術は、対個人、対部隊、対物レベル、対軍と数が小さいほどにその防御力を高める。

 第二結界『ディウロン』の防御範囲は『対物破壊レベルの攻撃』を防ぐ程度である。城壁を破壊するほどの上級魔術、その絨毯爆撃を防げるほどの結界展開。それはもはやアミリスタを模した、巨大な()であった。

 加速する。

 ヒュッ、と風を斬ったハーリバーの魔装の切っ先が、白く、その空気を薙いだ。

 コートに隠された細い身体、そこに詰め込まれた筋肉の全てを一身、ただ一つの剣先に込めて。ハーリバーの吶喊が、アミリスタの喉元へと突き刺さる。

 そして、阻まれる。

 停滞した魔力によってその威力の全てを削がれたハーリバーの剣に対して、アミリスタは一瞬の空白の果て。


「ぇ」


 次撃に一切のリソースを割かないハーリバーの停滞に、声を溢した。

 ヒットアンドアウェイ、といえば聞こえはいいが、いままでの数撃、硬いサンドバッグに鋭利なパンチを叩き込み続けていたハーリバーのそれとは違う。初めてもたらされた、近距離での停滞。およそ数メートルであっても、その違和感は計り知れない。

 眼を剥くアミリスタに、余裕綽々と頬を歪めるハーリバー。そうして彼は、カチカチと震える剣へと力を込めるのをやめて、滑らかに言い放った。


「特殊魔装『填誅(スペルキャリオ)』。」


 ボッ!と明らかに剣から放たれるとは思えないくぐもった爆発音が、煙幕と共に吹きすさぶ。

 それは、意図も容易く。

 結界を()()()


「そういうことか……ッ!」


 視界を焼く閃光。衝撃を伴ったそれは、残響、明滅、そして痛痒となって顕現し、アミリスタの小さな体を紙屑のように吹き飛ばす。

 跳ねた痩身は地面を転がり、しかし戦意を終わらせるほど痩せこけてはいない。体内でわだかまる爆風のエネルギー、そのベクトルを、幼い身体で受け流し、跳ねた己を立て直す。両手で地面を食みながら、擦れる靴底の感覚すらも、視覚の酷使に注ぎ込む。


 ハーリバーのそれは、結界術の弱点を的確に付いた、奇しくも、遥か遠くアニマ・アルサーと同じ結界の突破法であった。

 結界術の弱点、その筆頭に挙げられるのは主に二つ。発動難度の高さと、持続性の無さである。

 詠唱式結界術によってそれを克服したアミリスタも、持続性に関しては魔装での補助以外に解決法を見つけられていない。つまり、彼女の結界であっても、待っていれば終わるのだ。その効力は、消えるのだ。

 そこで待っていても、攻撃のリロードを行えない以上、推進力を加えた刺突や斬撃は行えない。がしかし、完全に停滞した状態から、圧倒的な推進力、もとい破壊力を生み出すことのできる魔装があったとしたら。

 結界術師を殺すための魔装。もし、それに名前を付けるとしたら。その魔装に、意志がこもっているとしたら。それは、まさしく。


 『結界殺し』であろう。


 そう例えるならば。停滞した状態から刹那で加速し、瞬きのひと時で最高速に達する必殺の名を冠する特殊魔装『クー・タ・グラス』。刀身魔装形態から、一瞬で魔術杖へと形態を変化させることのできる一対魔装『プロキオン・クルーガー』。

 そして、その特徴的な刀身に開く、五つの気孔。そこから爆ぜる爆撃の一閃。特殊魔装『填誅(スペルキャリオ)』。


「魔力への理解に戦闘への慣れ。どうして……どうしてお前みたいなやつが……なんでそこまで!」

「喚きなさい。咽びなさい。」


 流麗な身のこなしで水のように闊歩するハーリバーのコートが翻り、やがてその武装の切っ先が遅れてやってくる。


「泣けど喚けど、……結末は、変わらない。」


 ブレる斬撃の軌跡が、鈍色に染まっていた。いっそ芸術に近しいその洗練された斬撃は、息を呑むほどに。息を絶つほどに。結界殺しであった。



 竜伐(サルヴァトス)第三聖、アミリスタ・アンドロシア。彼女の師事した結界術師は、『魔女』の肩書を襲名していた。圧倒的な魔力への冴え、そしてそこに対する畏怖。栄光と畏怖と誉れと覚悟。それら何もかもをないまぜにして、ただ一つの称号とする、グランティア整合同盟の『魔女』。彼女は、それに値する素晴らしき術師であった。

 結界という力に愛され、しかしその力を愛したとは言えない魔女の彼女は、眉唾物ながらもとある二つ名を持っていた。もはや故人である彼女に、その称号の是非を問うのは不可能だが、当時の彼女を知るものと、彼女のその常人離れした身体能力から、それを疑うものは少ない。

 そう。彼女はかつて、結界という力を持ちながら、その戦闘領域を近距離としていた。

 彼女は、武器を持たない。彼女は、魔術を撃たない。彼女は、異能をもたない。

 ただ一つ、彼女には、掌があった。

 細くしなやかで、握りつぶせば折れてしまいそうなほどに華奢な拳が。

 曰く、彼女は格闘技が堪能だった。

 曰く、彼女は酷く好戦的であった。

 曰く彼女は、こう呼ばれていた。

 近接戦闘を行う結界術師、その二つ名を、



 ハッとした。眼前、たわんだ銀閃を手刀ではじく。ガァン!と金切る刀身の振動に、刹那、心臓を酷く冷やした。


「第四結界『ティエタルト』ッ!!」


 魔力の圧倒的な膨張による、空間を軋ませる音。爆ぜる質量がハーリバーの腹を穿ち、振り切ったアミリスタの拳から更なる結界が顕現する。ボッとくぐもった音でもって吹き飛んだハーリバーは、自身の体を打った不可視が、果たして何だったのか。小さく瞳を滲ませた。


「結界の膨張による打撃……なるほど。」


 中空、ほぼ全てのカラクリを理解したハーリバーは、思考に一瞬を喰いちぎられた。


量産魔弓(シンシエスト)……っ!」


 左腕。華奢なそれに括りつけられていた小さなアクセサリーが、光線の魔力となって小弓を形作っていた。その照準を、確かにハーリバーの頭蓋を狙って。

 射撃、狙いすまされた一撃が、空間を白く波立たせながら加速する。空気を切り裂く風切り音と、しかし滑りゆく矢の輝きが、偏差、確かにハーリバーを捉え。しかし弾かれる。

 流れるように振り切られた彼の特殊魔装は、アミリスタの狙撃の勢いを一切削ぐことなく受け流し、そして、空中で停滞した。


「っ?止まった……?」


 空中で一切の落下を無くしたハーリバーがいた。

 困惑は一瞬。視界をずらす。キラリ、輝くのは細い糸。彼がそのつま先に光らせる、糸。


「糸に……乗ってるのか!」


 息を吸うそのほんの少しの時間すらも、彼女の理解には長すぎる。ただの一瞬で理解を得たアミリスタに、攻撃以外の手はない。つがえた魔術が魔装に溢れ、そして一本として結実する。光らせるのは蒼穹の気色、発散されるのは。


「『キュスタス』」


 水属性上級魔術『キュスタス』。

 結界での疑似的な砲台と、そこにあてがわれた魔術によるエネルギーの充填。膨れ上がる魔力は、水として顕現する。


「ふざけるな、道化が……っ!」


 響き渡る。澄み渡る。結界によって作られた超極細の砲台。そこに注ぎ込まれる途轍もない量の魔力が、果たしてどれほど停滞を保っていられるか。そこからあふれ出る魔力の矢は、もはや視認に気遣わない。

 空間を割いた一筋の氷色。螺旋を描く衝撃波が、遅れて世界に巻き起こる。爆裂の連鎖が、世界に響き渡った。その衝撃に、アミリスタでさえもたたらを踏ませられる。片目を閉ざして風を絶ち、しかし、もう片方の目は未だその敵を離さない。

 吹きすさぶ魔力が霧散する。バッ、と上方へ駆け抜けた魔力の粒たちが、ダイヤモンドダストさながらに空中で輝いていた。

 被弾は、初めてであった。その戦闘で初めて、ハーリバーは。アミリスタからの攻撃を、受け付けた。


「並列展開『アンダイレ』」


 水属性中級魔術『アンダイレ』並列展開。


「魔法付与……『彼方を刻む焦界者(ラウレン・エニア)』……!」


 アミリスタ・アンドロシアの純粋たる才能、魔法『彼方を刻む焦界者(ラウレン・エニア)』。

 アミリスタの眼前から、その上空、ハーリバーへと向けた矢が、魔術を凝縮した水の矛が、魔装を介して量産される。魔術を矢として凝縮し、それを魔力エネルギーによって射出する量産魔弓(シンシエスト)は、ことアミリスタが運用する場合には射出にリソースを割かない。

 彼女は、結界で疑似的な砲台を作り出し、そこに自分で魔力を注いで砲撃と化す。つまり、彼女の量産魔装は、ただ魔術を結実させるためだけに存在する。

 だからこそ、そこに展開される数十に渡る中級魔術の矛は、その全てが、魔装によって強化され、魔装によって作り出された魔力弾幕。


「撃て、」


 量産魔弓(シンシエスト)がうなる。魔力の超演算処理によって焼けるほどに駆動する魔力回路が、空を切るほどに響き渡る。

 結界が、そこに注ぎ込まれる魔力エネルギーが、ただ敵を撃ち抜くことにのみ存在を許された魔力の抜身の刀身が、どんな剣技でも足りないほどに洗練され、振り上げられる。はち切れんばかりに膨らんでいた緊迫の糸。

 依然水流の霧散による煙幕に巻かれるハーリバーに、魔術が爆ぜた。

 連鎖する爆撃。氷色の軌跡が、ブレる。直線が曲線へ、曲線は歪曲し、歪曲はやがて正される。四方八方、幾何学の旋律は、しかし最後には一転、一点、目指すべき標的、ただハーリバーにのみ結実する。


「なるほど、それは見事だ。……『填誅(スペルキャリオ)』。」


 空間を歪める魔法が、ハーリバーへの全方位射撃を可能とする。

 待ち構えるは、老体に一本の剣。


業蟲人間(インセルグ)……それこそが、私であり、貴方がたの業だ。」


 爆撃が連鎖した。視界を幾度に渡って揺らされたアミリスタは、常人ならば立っていることすら困難であろう嵐の如き大気の中でただ標的の命にのみ眼を剥いた。

 そして、魔術の純粋無垢な力をただ一本、それを幾重にも張り巡らせた糸によって完全に防がれた、と。

 理解させられた。


「今か……いま、やっと、それを……っ!」

「貴方がたが犯してきた罪です。見逃し続けてきた罪です。見ていないことにした。なかったことにした。ただ、足元に、ごみのように蟠っていた。そんな罪です。」


 かつてウドガラドが行っていた魔術と人間の合成実験。その非人道は、今、確かなる禁忌として、禁忌境界の『禁忌境界』分割線ナンバー0008に指定される最悪の実験。語ることすら憚られる、まごうことなきウドガラドの黒い歴史である。

 誰もが、見ないふりをしていた。そこに、禁忌とされていることを、免罪符にしようとした。もう誰も、そこに義憤すら抱かなかった。誰が、終わった禁忌に触れられるか。誰が、その噤んだ口にメスを刺し込めるか。


 誰が、この闇に、身をやつせるか。


 無理だ。命が、世界が、人々が、誰もがそれから目を逸らす。軋むほどに、たわむほどに、信じられないほどに、そうして闇が具現化することでしか、知らされないほどに。

 今まで目を逸らし続けてきた最悪の結果が、そうして今、目前で立っている。空中で不敵に笑う、その男が、この国の闇が、どこまでも凝縮されて、どこからも漏れ出ている。

 彼のその体こそが、彼のその声明こそが、なによりもそれを裏付ける。


「その罪こそが、今。この国を、壊すのです。」


 醜悪にして最悪の罪が、目の前に立っている。

 遥か結界殺しの異名は、もはや遠く。その牙は、ウドガラドでさえも傷つける。流れ出した血はとめどなく溢れ、まき散らされる血の噴煙は世界すらも震撼させる。

 もはやそこには、秩序などない。


 背後、大空を背負って。憎たらしいほどに流麗な佇まいで。


 その罪は、凄絶に笑っていた。

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