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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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25.【紅いナイフ】


「今、……何をした……?」


おびただしい量の流血を経て尚、そのおびただしい激痛を知らないように、カルバラは唖然とした様子でヴィエラを睨んだ。キッと突き刺された視線を辿れば、そこには、自分の腕を撥ねた女に怒る憤慨だとか、得体の知らない力への不可解だとか、どうしようもない感情に満たされた双眸がある。

しかし、その表層の吐露の奥、奥底で、もっと強く、鮮烈に、それこそ、己の左腕さえも、痛覚さえも削ぎ落すほどの何かが、怯えるように漂っている。決して、確固とした、力強いものではない。

もっと人任せで、決断すら億劫で、憮然とした、そんな感情。

カルバラは、その少女の魔に、何の姿を重ねたのか。どうしてその言葉を重ねたのか。どうして、失敗を重ねたのか。

簡単だ。


その時、カルバラ・グリフィルトは本物と遭遇した。

その瞬間、少女は本物なり得るものを本物とした。

その刹那、カルバラ・グリフィルトは本物を悟った。

あの日、本物となった力が、この日、本物を超えて、継承されて、その腕を撥ね飛ばした。


(つるぎ)に込める、魔力の力、……魔剣(まけん)だ。」


重なる。

まるでノイズのように視界の色彩を焦がし、かつての景色を想起させるその輝きは、紛れもない、魔力をその手に下した、絶対的な支配の輝き。そう、アンスタクト家が引き継いできた本物で、それすら超越した、『ヴィエラ』の本物だ。

そんな本物が、大嫌いだった。

この模倣が、それに穢されるのが、何よりも許し難かった。それがこの模倣の力を凌駕することが、信じ難かった。

本物を持たない空虚が、忘れ難かった。


「『ディス・バニッシュ』」


傷だらけの右腕は、複雑怪奇な魔力運動を粒の一つ違えることなく忠実に再現し、傷すら消え、存在すらなくなった左腕を捉え、魔法を発動した。再現されるのは、かつて模倣された破壊力。全方位から握り潰されるようにひしゃげたカルバラの左腕の断面は、その強引どころか効果すら不鮮明な止血によって命の流出を抑えた。

自分勝手な流動から出口を排除し、その流れを体内にのみ制限した止血。それは、すなわち、彼がまだ戦おうとしていることを指す。同時、彼が、模倣の力を捨てていないことを指す。

ぐちゃり、と、肉の軋み、弾ける痛々しい音の残響を宿して、忘れ難い本物の衝撃を宿して、その鮮烈な輝きを思い出して。


「見せてやるよ……本物ってやつを。」


迸る魔力の残滓に彩られた宝剣を切っ先を下して構え、魔剣を惜しみなく使えるように眼光を煌めかせる少女は、そのカルバラのただならない様子に眉を顰めた。ただ一瞬の敵意も、害意も、脅威も、見逃さない。許容しない。カルバラ・グリフィルトという存在の攻撃を、許さない。

だからこそ、ヴィエラにはそれを止めることができない。

彼の纏っていた腰巻きから、傷だらけの右腕がなにかを抜き取る。まるで医療用の魔力製品のようなそれに、ヴィエラは一切の脅威を検出しなかった。

当然だ。魔装というのは、その内部に害意というものが必ず混入する。それこそ、恐怖を感じずにはいられないほどに。それは、刀身を煌めかせる剣と変わらない。

しかし、その魔力製品にはそれが一切ない。刃のついていないナイフを見て恐怖を感じないように、害意を感じない魔力製品に脅威を感じられるほど、ヴィエラは少女としての精神を育んでいない。

カルバラが本物と呼んだそれは、なんだったのか。

ヴィエラが本物ではないと判断した魔力製品は、なんだったのか。

彼女は気づくべきだった。ここまで模倣に取り付かれた男が、ここまであっさりと本物を持ち出せるはずがないということを。それほど、己の道は容易いものではなかったということを。

自分を過小評価しすぎる彼女の、唯一の失念。

それは間違いなく、本物だった。しかし、決して、彼の本物ではなかった。

突きつけた切っ先を頭蓋に、こめかみにあてがって、細長い魔力製品のボタンへと指を添えた。ニヤリと笑い、本物へのトリガーに触れた。

カチリ。


「正義は、俺たちのものだ、そうだろォ?アタモスファータ。」


ゾッ、と。黒竜とは比較にならないほどの威圧感が、魔獣とは比較にならないほどの重量で顕現した。呼び出された重圧が、重圧としての役目を果たしていないのにも関わらず、それに付随するプレッシャーは天災といわれた黒竜を圧倒的に凌駕して見せた。

自分の本物を出すことは、カルバラには不可能だった。彼には、そんな大層なものの持ち合わせはない。仮にもしあったとしても、それが本物となって生み出された瞬間を、ヴィエラは見過ごさない。

では、彼が本物を出すことができたのはどうしてか。それは、模倣することになんの躊躇も抱かなかったからだ。

彼がこれまで行ってきた歴史への愚行に、戦人(せんじん)たちへの冒涜に、そんな倫理観が介在するはずなど、なかったからだ。

だから彼は、人の生み出した本物を、まるで自分のものであるかのように扱うことができた。プライドを踏みにじり、足元のそれを見逃すことができた。

正義から、逃亡することができた。

『アタモスファータ』を発動することが、出来た。


ただ一人の少女に、正義を押し付けることができた。



『あと十二時間後』       『自壊』       『自害』

                       『たった一度きりの反乱軍』      

 『フランベリアルを発動させようと』


『これは手段とか技術とかそういうものには成り得ない。』


 『誰一人として欠けさせることはない。』      『所詮ただの魔力収束』



『最強』            『それを使うしかない』

                         『少女の名は、』

       『存在していればいい。』


『俺の目標をそのまま取り入れた』  


    『俺たちであり、その魔装であり、この規外魔法の名前。』


「たった一度きり」   「勝利あれ。」   「ウドガラドを襲撃する間だけ」

















『アタモスファータ』


それは、可憐な少女の形をしていた。



それが顕現した瞬間の圧倒的な威圧感。それは、刹那と経たないうちに実体を伴ったものとなった。

全身を砕くような衝撃。比喩表現であったはずのその衝撃は、確かな魔力と現実という何よりも幻想に近い結果を引き連れて、生み出された少女の周辺を恐ろしいまでの破壊力で蹂躙した。

瞬時にその危険を察知したヴィエラは、限界を出し尽くした先の限界で、なんとか魔拳を応用した機動で衝撃の圏外へと抜ける。

一帯の建造物を、一介の残骸に変貌させた少女の衝撃波。それは、一軒家並みといわれるエンテンシャーが、数台は放り込めるほどの範囲に渡っており、ただでさえ小さな少女を、さらに矮小なものへと錯覚させた。

半球状に繰り抜かれた地面の中心地、遥か下で前髪に隠された瞳は、どんな感情を宿しているのだろうか。

自分でもその衝撃の範囲から逃れられたのが信じられないほどの速度で侵食した破壊力、その余韻の狼煙に、卑しい男の哄笑が響き渡っていることを見るに、カルバラもその破壊圏内にはいなかったのだろう。

貴重な情報源が生きていたことを喜ぶべきか、変わらぬ惨状で既に蛇足となったそれが生きていることに腹を立てるべきか。もはや何の感情も向けないことが正解だろうと腹をくくったヴィエラは、耳朶の中で反響する腹立たしい笑い声をなんとか無視して、顕現した『何か』、少女を値踏みした。

華奢なその身体は、顔立ちや体躯から幼く見えるものの、胸は普通以上に発達しており、体格の比較的出にくいブカブカの貫頭衣のようなものを纏っているのにも関わらず、露呈するボディラインに如実に表れていた。

美しい真っ白な白髪は、無造作ではあるもののショートカットほどの長さで、可愛らしい様相を呈していた。


果たしてそれが、何なのか。


もはや、敵だとか味方だとか、そんな小さな括りで判断されていいものではない。未だに襲い来る強烈な不安感と心臓の萎縮で、ヴィエラのその考えは既に確信となっている。実際、そうだったろう。

ここまで追いつめられてやっとのことで発動したものだ。それが恒常的に使用することのできるものではないということは、誰の目にも明らかだった。


「違う。……これじゃない。」

「……っ……ぇ……?」


言葉だった。美声。ただただ、美しい。

透き通っている筈なのに、それがひび割れて、裂けて、突き刺さるかのようで。抽象的なはずなのに、ダイレクトに心に入り込んでくる。そんな、恐怖にすら達するほどの、美しさ。

彼女の外見にも見られるそれを、美の象徴と呼ばずしてなんとする。

もはや肉欲すら超越し、崇拝にすら到達しそうな彼女への感情は、いずれ心をぐちゃぐちゃに引き裂いて、隷属する肉の塊にまで人をおとしめる。

そんな少女の肉声が、小さく、確かに、拒絶した。

自分という確固を中心として、この世界を拒絶した。

世界を、拒絶した。


「疑似、月界『終焉』。」



まっさらな、モノクロの世界だった。

白光の差し込む世界。それに照らされて初めて存在を認知される数多の粉塵。なにもかもが足りない。それゆえ、足りているものが洗練されている。不気味で、孤独で、怖い。しかし黒く靄がかった視界の中で、そこが理想の世界であるというのが理解できた。

吹きすさぶ暴風にさらわれるのは、己の髪の毛だけではない。どこからともなく飛んできた白が、黒い風の中でどこまでも存在を主張して、自分ものそのうちの一つなのだと理解する。

時たま、ノイズのように世界が革新されていき、無駄は必然に、必然は絶対に変わっていく。

あらゆる現象が色をなくして、意味をなくして、意思をなくして、しかし、律義に働き続ける粉塵の流動はこの無駄のない世界の中で唯一無駄に見えるものだった。

そうして、そんな感想を抱けば、黒く淀んでいた視界は地鳴りの中で開けて、灰色の空を映し出す。曇天は、梅雨の空に似ていた。そこに螺旋を描く黒の竜巻は、きっと自分が流れていたもので、自分がさらわれそうになったものだ。

そのもとでは、生い茂った雑草が暴風をものともせずに不動を貫いており、その中にあるたった一つの白が、周囲の黒すら喰らった。

真っ白になった空に浮かんだ巨大な月は、その下で行われているどこまでも無機質な現象たちに溶け込むように存在していて、そこを這いずり回る自分がどれほど雑多なものなのかを嫌でも再確認させられる。

緻密な計算の末、ただ一切の無駄のない音の羅列。それが奏でられることはあれ、荒ぶることは決してない。それは、等しく美しく世界を旋律にのせ、無機質な世界の単調さを、ダイレクトな美しさに変えるのだ。

対極に上った太陽は、いつしか世界を照らしていて、しかし、その暖かみのない世界では、彼はただの光源であり、温かみなんていう大層なものとはかけ離れていた。

流転する。

暗い世界から抜け出そうとして瞼を空けると、直上の曇天は眼下の暗雲へと姿を変えていた。螺旋を、羅列を、飽和を経て、律義に静かに落下する。

やがて、空を掻いていた手は砂を掴み、砂漠というには黒すぎて、裁くというには黒すぎて、背負ったそれは、なんだったのだろうか。ただ、それが汚染されないことだけが、唯一の望みだった。

暗闇は、終わらない。

しなだれかかってくる柳のような靄は、やがて己を構成する白に変わり、黒の中で否が応でも己を自覚する。誰かの消失を自覚する。

歪な翼は飛べるはずもなく。かといって、求めないわけにもいかなかった。

全ての黒を吸い尽くして、何もかもを呑み込みつくして、黒は廻って空を喰う。それを切り裂いた白が、また、鮮烈に描かれる。

しかし、それが白の中にあったのなら、それは有象無象に変わりない。

白に覆われた地面で、黒く咲く花があった。それは、先ほどまでと違う。確かな、正解だった。

どこまでも黒い空が、真っ白な世界を睥睨していた。月ですらも白に還元されて、情報の一つになり果てて。

それでも、音は変わらない。美しく、在り続ける。


曇天の中を進む。進む。進む。

稲妻にしてはまっすぐで、暗い色をした何かが、雲の間で交換されていた。真っ黒な世界から、真っ白で、地面すらもない世界へ。

崩壊した旋律は、もう無駄のない完璧を保ってはいなかった。

なにもかもが瓦解したそれらの中で、まるで救世主であるかのように、神秘の槍が回った。

居なくなったはずの誰かが、触れてくれたような気がした。

神秘の槍となって、地面へと突き刺さる。世界の脈動へと、己を流していく。崩壊する地面も、ひび割れる大気も、切り裂かれる雲も、なにもかもが美しい。

立ち込めていた曇天が、立ち塞いでいたモノクロが、急激に、世界が、晴れた。


美しい夕焼けが、虹の輝きが、どこまでも見渡せる世界で、確かに在った。


モノクロの世界が終わって、まっさらな大地にはいつしか遺跡のような壊れかけの建造物があった。いつ倒れてもおかしくないようなボロボロの柱と、もう風化してしまった壁面。教会だったのか、神殿だったのか、切り株のような小さくて低いテーブルには、小さなナイフがあった。

そこになにかが足りない気がした。そこに、あの少女がいなければならない気がした。

その中心には、絶対に、それがいなければならなかった。


汚れたナイフには汚れ一つなく、しかし、それが逆に不可解な規がした。それは、血液で汚れていて、もうどうしようもないほどに使い尽くされていて、ドロドロの紅に塗れているべきだった。


「ねえ、お前さ」


背後で聞こえた声に、やっとのことで少女は自分がヴィエラ・アンスタクトであったことを思い出した。

その世界が出来上がる前。まるでフラッシュバックするように流転したあの景色。それが、恐ろしいほどに自分に入り込んできた。それでいて、それがただの一つも理解することができなかった。

そこに、自分の知っているものが何一つなかった。

知らないことを、知らないまま詰め込まれる。そんな軌跡への冒涜。きっとそれを起こしたのは、彼女の月界。ヴィエラに問いかけた白髪の少女。

アタモスファータの擬人化した、その少女だ。


「どうやったら、死ねるかな?」



アタモスファータの擬人化。ただそれだけの顕現で、一帯の建造物を吹き飛ばしたフランベリアルは、その圧倒的な力の吐露によって、滞りなく成功したと確認できた。しかし、一度きりの反乱軍の切り札的存在であったそれを、もう切ってしまったという焦燥は、模倣に躊躇のないカルバラでも持ち合わせていた。

つまり、ここでその少女を使って確実にヴィエラを殺す。そうしなければ、ここで起こった顕現は、完全に無駄になる。

そして、月界が発動した。


「疑似、月界『終焉』。」


まるで最初からそこにいなかったように。目を離さなかった。それの一挙手一投足を、絶対に見逃さないと、コマ送りの間でさえも目を通した。それなのに、そこに少女がいないことが、酷く当たり前のことのように思えた。

まるで、そこには最初から何もいなかった。いなかったことが正解だ。そんな、強引なまでの理解の強要が、逆にその事実がまやかしであることを顕著に告げる。そこには、確かに己が顕現させたフランベリアル、アタモスファータがいたはずだ。

それなのに、なぜ破壊の痕跡のみを残して消えた?


「ッ、まあいい……英雄気取りのクソ女もいなくなってくれたんだ。俺の勝ち、俺の勝ちだ。」


そう、消えていたのはアタモスファータの少女だけではない。刃の切っ先を向けた竜伐(サルヴァトス)の少女も、同じように消えたのだ。カルバラによって荒野に変えられた住宅街の中で、たとえ華奢な少女であっても隠れられる場所があるとは思えない。なにより、そこで隠れる選択肢をする少女が、ここまでカルバラを追い詰められるはずがない。


「クッソ、クソが……どいつもこいつも、本物がなんだってんだクソがッ……」


ヴィエラの消失。しかし、彼女から与えられた傷が消えることはない。

撥ね飛ばされた左腕は、未だにジュクジュクと痛みを主張しているし、彼女の圧倒的な加速の余波が皮膚を粟立たせる感覚は根強く残っている。その宝剣の重みも、まるでかつてのあの男のような目で叩きつけられた本物も、残っている。

辛うじて直立していた柱に、その苛立ちをぶつけて倒壊させても、胸の中で沈殿したあの言葉が消えない。

そんなカルバラの視界の端で、なにかが激突したような轟音が響いた。

土煙を上げて、粉塵をまき散らして、それでも足りないと地面を抉りながら倒壊していく住宅街だったもの。己の破壊に他人の破壊が介入したことに若干の苛立ちを覚えつつ、それが新たな獲物なのではないか、という淡い期待を抱きながら、カルバラは強く、一歩を踏み出す。


「ッ、……クハ、ハハハハハァ!!」


そこには、まだ年端もいかない幼女がいた。


「丁度イラついてたんだ……よぉく鳴けよ?」


もはやそこに、アキトからの命令なんて意味を成していなかった。ただ、殺したい。

殺して、肉を剥いで、骨を砕いて、内臓を啜る。

生を壊して、聖を穢して、静へ進む。そんな暴虐に、それはどこまでもおあつらえ向きだった。

その幼女は、絶対に反撃してこない。竜伐(サルヴァトス)の月界術師、アミリスタが、外見は幼いとはいえ、そこにいた幼女はそれより遥かに幼い。

まだ魔法の発現すら知らないだろう幼女が、筋骨隆々の男をどうにかできる戦闘センスを持ち合わせているとも思えない。そう、そこにあったのは、限りなく本物に近い、偽物のサンドバッグだ。

その直前の死闘の勝利を省いて、その命が途絶える瞬間を手中に収めることのできる、贅沢なサンドバッグ。

本当に、その幼女がここにきてしまったのは、不幸なことだった。

フラリ、巨躯を揺らして歩くカルバラと、地面に横たわる幼女の距離が喪失していく。


「おい、見ろ、お前を殺す男を、見ろ。」


大きな手で幼女の頭を掴み、握り潰さないように細心の注意を払いながら、カルバラは己の存在を誇示した。恐れろ、おののけ、泣き喚け。それが、どこまでも自分を自分にしてくれる。

綺麗な茶髪の前髪は、ところどころが焦げており、それに隠されるように焼け焦げた血液の色も滲んでいるのだから救えない。その幼女は、相当な激戦地から生き残ったのだろう。

しかし、幼女は一切の反応を示さない。まるで、感情を喪失したように、何の反応も返さない。


「おい、てめ……ッッ!!」


苛立ちが募り、いよいよ握殺の気配すら強まってきたカルガラによって、揺すられた幼女の前髪が跳ねた。血液の接着剤によって頬に張り付いたそれは、今まで覆い隠してきた瞳を、まるで幕が上がるように露呈させる。

その、色をなくした瞳を、光をなくした瞳を、目的をなくしていない瞳を、露呈させた。


「あ……、ぁ……?」


それは、到底十に満たない幼女がしていていい瞳ではなかった。

死地を渡り歩いた歴戦の騎士団も、黒竜によってもたらされた恐ろしいほどの傷跡に揺れる少女たちも、全方位からのしかかる圧力に耐えながら己を示した王も、壊れかけの精神を寸前でせき止める少女も、そんな瞳をすることはできなかったろう。

しかし、彼は、カルバラは、その瞳を知っていた。いままで、散々見てきた。

目を合わせた瞬間に、こいつは違う。そんな感情が、意識をぶん殴ってくるような、壮絶な瞳。

目の前で大切を壊された、最弱の、目。

それでしか、渡り合えないほどの淀んだ瞳。


「ねぇ。」


そんな瞳に絶句したカルバラは、おもわず取り落としそうになった小さな頭に力を入れなおし、震えそうな手を必死に御して、幼女が発した言葉を咀嚼した。問いかけの発端を、震えに還元した。


「あなたたちの王様は、誰?」


遥か遠く。よくない歯車が、回り始めた気がした。

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