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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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24.【リアリティー】

遥か己の直上、推し量ることさえできないほど遠いその空に、男は小さくため息を吐いた。

それが、広大過ぎるそれらへの苦笑だったのか、頭上にあるはずの空が、格下であるはずの自分たちに尽くす様への無理解だったのか、それこそ推し量ることのできない感情をたった一つのため息に乗せて、男は馬鹿でかい土のフィールドに立ちすくんだ。

周りを見渡せば、正方形のフィールドは魔力製品によって展開された特殊な結界によって内、外から共に衝撃を受け付けず、そこが完全なる隔離空間であることが伺える。過剰なほどに外界との接触を拒むそれらが、何故にその使命を拒絶とするのか。

男は、使い慣れた様子で備え付けられたパネルに触れて意思を伝え、それを承った魔力製品が小さく唸りながら結界に人一人が入れるほどの穴を寄越す。従順に従ってくれたそれに満足げに笑みを漏らして、同時に、大人しくやってきた筋骨隆々の男に対して、結界の中で待ちくたびれていた男はにこやかにほほ笑んだ。


「来てくれると思っていました。歓迎させてください、ようこそウドガラド騎士団へ。カルバラ・グリフィルトくん。」


そうして諸手を挙げて歓迎の意思を示す男に、気だるげに結界を跨いだ筋骨隆々の男、カルバラ・グリフィルトは、湛えた苛立ちを一片も隠さずにため息を吐いた。そのため息は、純粋無垢な嫌悪感からくるもので、先ほど結界の中で吐き出された複雑な不満の吐露とでは恐ろしいほど乖離したものだった。

手厚い歓迎に難色を示したカルバラのその反応で険悪さが立ち込める、というほど、それと相対する男は率直な人物ではなかった。

というより、そこまで器の小さな人物ではなかったというべきだろうか。

若さに目を細めるように眩し気な笑顔を見せる男は、カルバラの不遜な態度を諫めることもせず、変わらず優しい声音で言葉を続けた。


「きみは、確か迷宮都市国家の出身でしたよね。研鑽された戦意も、鍛錬の果ての肉体も、きっときみの今の力に直結しているものなのでしょう。」


カルバラの身体から立ち上る戦意、オーラとでもいえばいいのだろうか。力量を度外視してその人物の力を測るのなら、それは精神的な強度への指標となる。肉体も同様だ。騎士服の下で窮屈そうに押し込められている筋肉の数々は、膂力から胆力に至るまで、あらゆる物理的な力を可視化させるものだ。

それを指摘しながらカルバラから視線を外し、結界を司るパネルに指先を介して意思を送った。その挙動と突然の評価に対して怪訝そうな顔を更に顰めたカルバラは、背後の結界の入り口が閉じ、本格的な防御機能が魔力を巡らせ始めたのを知覚した。


「どうですか?入団祝いに、その力を試してみたくはないですか?」

「それは、俺に得があるか?」

「頼りないかもしれませんが、こんな見た目でも騎士団で数年魔力を振るっています。退屈はさせないと思いますよ。」


結界を問答無用で閉じられたとはいえ、カルバラがそこで投げつけられた手袋を拾わず、踏みにじったとしても、男は表情を変えることなくそれを回収するだろう。しかし、男の言うことも一理あった。

騎士団に入団してまだ日が経っていないカルバラは、騎士団序列で最下位に位置している。しかし、もしここで数年前から騎士団に所属しているという男を下したのならば、カルバラはほんの数日で騎士団序列に手を加えたダークホースだ。そこに伴う栄光は、騎士団の新人に手向けられるにしては過大なものとなるだろう。


「いいぜ。その新人いびり、ありがたく受け取るよ。」

「面倒くさい先輩のお節介、受け取ってくれて嬉しいです。」


皮肉たっぷりに決闘に噛み付いたカルバラに、男は気分を害した様子もなく感謝を示し、噛み付かれたことに気付いていないのか、はたまたそんな些細な痛覚を表情に出すことを彼自身が許さないのか。依然変わらぬ表情でカルバラへと向き直った。

迷宮都市国家ラティアン。かつて、とある大魔法が行使され、魔獣の侵攻が深刻化した小国で、しかしそれを地下迷宮産業として魔獣素材の売買を生業とする商人と、それに素材を提供する冒険者たちによっていまだ栄える、冒険者の国である。

迷宮の魔獣を殺す冒険者。それにゆかりのある者以外、わざわざ危険なラティアンに居を構えることはない。そのため、ラティアン出身の平均的な戦闘力は、ウドガラド全体の平均的なそれらを上回る。

そんな腕っぷしの国から、わざわざウドガラドまで来て騎士団に入団する。その道程になにがあったのか、その先に何を夢見るのか、そう簡単に図り知ることはできないが、カルバラの力を測るくらいならばこの戦闘で事足りる。


「ではよろしくお願いします。」


すっと距離を詰め、差し出された手を見て、カルバラは瞳を小さく震わせた。

それは、きっと握手を求めているのだろう。完全なる実力主義。そこに至るまでの権力主義から一転、騎士団の中での序列は本当の実力至上主義だ。そこに、教養も礼儀も必要ない。実力至上主義というのはそういうものだ。

そんな甘えに註を下すのが、荒くれ者の跋扈する街で生まれ育った男の、成すべき定めだ。ラティアン出身の人間と戦うというのは、そういうことだ。


「よろしくな……馬鹿がよォッ!!」


差し出された手を握り、薄っぺらい友好の証を一瞬ひけらかして、果実くらいならば一瞬で果汁へと変えてしまえる握力と、肉体くらいならば一瞬で肉塊へと変えられるだろう膂力でもってカルバラに繋がれた手から、力が走っていく。

そして、意図も容易く空を回ったふくよかな男の身体。天地の逆転した、否、頭上と眼下が逆転した。それに違和感を抱かせる間もなく、更なる追撃の拳によってカルバラは男を遥か結界の限界に吹き飛ばす。

鈍い音をくぐもらせて舞った男は、これまた鈍い音を響かせて周囲を囲う結界に激突し、それに伴って発動した防御機能の魔力の燐光によって姿をぼかす。


「所詮騎士団もこんなもんかよ……」


己が象徴でもあり、命を預ける相棒たる武器。その半身を使うことすらなく、書類上の階級的には自分より格上の相手を沈黙させたのだ。カルバラの落胆は、至極当然の結果で、彼に許された正当な権利であった。

そして、そんな攻撃ごときで無力されるほど騎士団が軟弱ではないというのも、至極当然な常識であった。


「迷いや躊躇のない身のこなしに、私を吹き飛ばす純粋な力。研鑽の道程は、長いようですね。」


感心したように言葉を漏らし、吹き飛ばされたことによって生じた身体の感覚的な齟齬を晴らすため、大柄な体をポンポンとはたいて、男は無傷で躍り出た。

流石に騎士団に所属しているだけのことはある。カルバラが確実に入ったと誤解してしまうほどに、受け方がうまい。まるで攻撃をなかったことにするような力の流動的な受け流しは、ある種の攻撃拒否に近いものがある。

しかし、カルバラが一切武器を使っていなかったこともまた事実。


「めんどくせえことしやがる。」


口の中だけで呟いて、観念したようにカルバラは腰に差した剣を引き抜いた。

それは、レイピアのような魔装だった。細い刀身は、引くよりも突くことに特化した刺突の刃であり、筋肉を纏ったカルバラにはどこかアンバランスに見えてならない魔装。

しかし、彼が身体を鍛えたことと、その剣に魔力を託したことは、決して乖離したことではない。確かな根拠と、確かな研鑽の果て。カルバラは、レイピアを握ったのだ。


「今度は立てないぜ?」

「その貴重な機会、受けさせていただきましょう。」


踏みしめた一歩。カルバラの太い脚。筋肉によって強化され、筋肉によって維持されている健脚。それが、踏みしめて、握り潰して、抉り取って、まるでカルバラを固定するかのように強く突き立てられる。

強化された石材に損壊を与えるほどの力とまではいかないが、その踏みしめる力の強大さを、その行為を必要とした意味も、カルバラと相対した男には、十分すぎるほどに理解できた。理解、させられた。


「特殊魔装『ベルーギルテ』ッ」


カルバラから立ち上る魔力が、降りしきる滝、その理を逆転させるように昇っていく。それは、無意味に放出されているものではない。カルバラのレイピア、特殊魔装『ベルーギルテ』に注ぎ込まれ、その役割を全うして世界に溶け、循環する魔力たち。

既に役目を終えた、誇り高き魔力たちだ。

そんな魔力をなびかせて、踏みしめた脚へと更なる力を送り込んで、欲求を司るとされる『ベルーギルテ』の名に恥じぬ身勝手さで、魔力を効果に変え、破壊力へと昇華していく。

起動した特殊魔装の象徴ともいえる機巧は、限界までため込んだ魔力によって徐々に軋みはじめ、怪しい金属音によって内部駆動の激烈さを物語る。


「味わえよ、俺の破壊ッ!!」


レイピアの刀身を周る円環が形成され、都合三つの円環が、刃の切っ先に行くにつれて小さく展開される。機巧によって生み出された破壊力を司る魔装の結果だ。まだ魔力の定着が甘く茫洋なのか、ブレながら浮遊感を感じさせるそれらも、次の瞬間には押し寄せる魔力によって固定され、まるで照準を合わせるように三つ同時に定着した。

踏みしめる力が、強く成る。

破壊が、放たれる。

引いたレイピアを、その圧倒的質量の筋肉によって生み出される膂力に任せて突き、放つ。円環が刃に吸収される。切っ先から、破壊が生まれる。

暴風が、荒れ狂う。

空を刺した特殊魔装『ベルーギルテ』は、そこを起点として生み出された魔力を、まるでレーザーのように破壊力へと転じ、距離という概念を無に帰すほどの勢いで地面を抉り取り、残骸すら残さぬ圧倒的で塗りつぶす。押し潰す。

一点、細く、なにより早く撃ち出された初動の一閃が、そんな結果を生み出し、それによって生まれた粉塵だとか地面の成れの果てを、更に生まれた衝撃波が吹き飛ばす。

絶対の盾であるはずの結界すら揺るがす破壊の調、生み出された破壊力はその軌跡から一切の存在を消失に帰して、再びなにかが生まれるのにすら躊躇いを抱かせる。

直撃したなら、骨どころか、魔力の残滓すら残らないだろう。

やっと魔力を喰らい尽くし、破壊を吐き出しつくしたのか、『ベルーギルテ』は、その切っ先の周囲の空間を歪ませて魅せ、それを終結として機巧のプロセスの全てを終了した。

同時、放たれた魔力の一直線をすり抜けた何かが、カルバラの顔面に手を添えた。発生したのは、風を起点としたのであろう小爆発。頬と脇腹の二点で同時に爆発したそれは、カルバラの体勢を意図も容易く翻し、それを知覚する暇もなく、明確な拳がカルバラの腹を撃ち抜いた。

重苦しい金属音、そしてそれが弾けるような余韻。到底拳によって生み出されたとは思えないほど悲惨な音、そして、螺旋として描き出される炎。

それは紛れもない、男の拳。カルバラを撃ち抜いて、業火を生み出し烈火と化す、炎の螺旋、焔の蹂躙、煉獄の再現。それは、拳を撃ち出しただけで現れた。

確かな爆発によるダメージを与えながら、文字通り爆散した炎は、火花を置き土産として終息し、吹き飛ばされたカルバラは、そのあまりの威力に肺腑から空気を引き摺り出され、絡む喉元で咳が弾ける。


「今、……何をした……?」


信じられないといった様子で男に問いかけるカルバラは、違和感に疼く鳩尾をさすり、目を剥きながら呼吸を規則的の流れに乗せていく。

前後不覚の様子のカルバラに、男はその一撃に驕ることなく種を明かす。


「拳に込める魔術の力、……魔拳(まけん)さ。」


その日、カルバラ・グリフィルトは本物を目にした。

その日、男は本物となり得ていない力を吐露した。

その日、カルバラ・グリフィルトは贋作に手を染めた。

ある日、男は本物となり得るような力を生み出した。


アンドロシア家、先代当主。ヴィエラ・アンスタクトの実の父、ダンテル・アンスタクトは、与えた。

本物へと至るための手がかりを。それを足掛かりとして、カルバラは盗作に走った。

ただそれだけだ。

あの日違えたものは、ただそれだけ。

倒錯したのは、ただそれだけ。



「また!また!俺を邪魔するのはてめえ等だ!アンスタクト!そして、魔拳だ!!」


迸るヴィエラの雷撃を間一髪、というよりほぼ本能で避け、巨体の吶喊が細身の少女を襲う。

込められた怨嗟は、憎悪は、悲壮は、しかし、薄い。それでいて、自己完結で、自分本位だ。度し難い、醜悪だ。

体内を巡ってくれるはずの魔力は既に底を尽き、生産された魔力をすぐさま身体中に循環させてなんとか直立しているヴィエラに対して、その力は模倣であったとしても十分すぎるほどの脅威であった。

刻一刻と、頭蓋を締め上げられるような頭痛と、その奥底で限界を叫ぶ脳髄、春刹。なにより、それによってもたらされる純粋無垢な倦怠感と、煩わしさの塊である視界不良。

春刹に向かうはずの魔力も、腕を上げるための魔力も、体を支えるための魔力も、考えるための魔力も、叫ぶための魔力も、既にない。それでも、正真正銘根性だけで、頭の可笑しい精神論だけで、ヴィエラはその限界ギリギリの状況をなんとか渚で持ち応えているのだ。

そんな少女に手向ける、暴力の塊。なんと惨たらしい。


「が、鈍い。」


視界の端で霞んだ何かが己の拳を弾いたことに、カルバラは一瞬の長考の後飛びのいた。

何も、それは新手の攻撃手段でも、ヴィエラの隠し持っていた切り札でもない。それは、ただ、カルバラが失念していた彼女の手札。いっそ怪しいほどにひけらかされていた、手札。

それでいて、自分が捨てた手札。


「『イグニシア』ッ!!」


神速の縦振りを予感でなんとか弾き、魔拳で防御したのにも関わらず痺れが全身を伝うという異常事態に、カルバラは戦慄しつつも足掻き続ける。贋作をもって、オリジナルを穢し続ける。


「どけぇッ!!『ディス・バニッシュ』ッ!!」


模倣の魔法。

一定範囲の魔力の移動情報を、一粒の漏れもなく記録し、魔法によって生み出された効果範囲にその情報と自分の魔力を注ぐことでその状況を模倣するという演算機巧を中枢から覆すような超技術。しかし、それが春刹であり、生物の持ちうる武器だ。

刃を弾かれて宙に浮いたヴィエラは、回避行動をとることができない。地面に愛されていたからこその回避は、彼女と地面の逢瀬を引き裂く悪役によって封じられた。それはもちろん、衝撃を地面に受け流すことすら許してくれない。

彼女の身体を半ばから覆い隠す『ディス・バニッシュ』の効果範囲。自分の身体に他人の魔法がめり込んでいるのだ。肺腑を空気に晒すような不快感に顔を顰めながらも、どうにか攻撃を透かす方法はないかと摸索する。

しかし、そこまで都合のいい方法はなかった。

かつてカルバラが観測したのであろう魔力の情報が、ヴィエラにめりこんだ魔法の効果範囲の中で再現される。それがたとえ月界によって生み出された現象であっても、顕現魔法によって生まれた者でも、魔法に侵されたものでも、魔術に刻まれたものでも、魔力に重点を置いた観測であっても、彼の魔法は全てを模倣する。

闇が、溢れた。

ヴィエラから、否、ヴィエラに埋め込まれたカルバラの魔法範囲から血液のように噴出した闇が、少女の矮躯を覆い隠すように溢れ出し、拡散して、まき散らされる。


「ッ!?」


しかし、その暗黒の濃霧の異変をしっかりと感じ取ったヴィエラは、瞬時に魔法の効果範囲から離脱。そこから漏れ出した闇にも触れないように距離をとった。

それは、確かに模倣だ。カルバラが奪い取って、勝手に使用して、本物を冒涜する悪しき行いだ。しかし、それが必ずしも弱くなるとは限らないというのは、黒の青年ですら導き出した結論だ。その原初が強力過ぎた場合に限るが。

そして、今回の模倣はそれに値した。

一体、カルバラがどこでどんな紆余曲折を経てこの攻撃を盗み出したのかは不明だが、もしこの力の使い手と正当に戦っていたのだとしたら、絶対に彼はここにはいない。

それほどに、彼が呼び出した闇は深すぎた。


「持っていかれた……?」


ただでさえ足りないエネルギーが、ゼロの境界を越えてマイナスに突入したことで、ヴィエラはやっと理解した。本能に従って飛び退いたその黒の霧が、どれほど危険であったのか。

咄嗟に『イグニシア』の刀身に付与された結界に酷似した正体不明の力でそれらを切り払ったが、それによって防御されなかった脇腹は、なんの疑いもなく、確定的に、その闇の霧の中で蝕まれた。

ごっそりと、肉を持っていかれた。

腸ごと滑り落ちてきてもおかしくないほど滑らかに掬い取られた傷口からは、幸いというべきか血液が流出するのみで、今のところはモツの心配をする必要はないようだった。

もし、カルバラがこの力を完璧に掌握していて、何の恐れもなくこの闇を至近距離で叩きつけられていたなら、漏れ出した霧によって死にかけた今回とは比にならないほどの被害を被っていただろう。


「どうだ?お前が甘く見た模倣の力だ……!お前を殺す、模倣の力だッ!!」


脇腹からダクダクと流れ落ちる血液に視線を落としていたヴィエラに、唖然という解釈を定め、カルバラは震えながらも少女に啖呵を切った。貴様の本物は、俺の偽物に負けるのだ、と。

しかし、残念ながら彼の解釈は多少事実と異なっていた。ヴィエラがそこで浮かべた感情は、唖然でも呆然でもない。


「ふ……ふふふっ、はは……そう、そう。貴様のその模倣は、確かに今私を下した。」


ヴィエラは、決してこの世界の理を捻じ曲げられるような力を持っているわけではない。失った肉も、取り損ねた勝利も、途絶した魔法も。取り返すことはできないし、時を巻き戻すこともできない。

今、自分が敗北色が濃厚な落とし穴だというのは理解している。そんな中で、一撃を貰ったことも、それが忌避したはずの模倣によるものだということも。

だがしかし、カルバラが誤解している点がある。いや、それは、ヴィエラでさえも誤解していたことだ。


「だが、私のこれは、果たして本物だったか?」


宝剣『イグニシア』。出土品であるその剣は、人工的に作られた魔装と違い不審な点が多い。

各地でこのような剣が見つかることは多い。その多くは、物好きな研究者が、自分の命と引き換えに人生の成果を得ようとした矮小なフランベリアルの末路だといわれている。

『イグニシア』のようにこの世界に完全に定着し、存在を確固としたものとしているものは、相応の人数が自害したはずだ。そんな負の遺産が、未だに禁忌境界に裁かれずに残っている。

そして、それを武器とする者たちもいる。

それは、きっと誰も模倣でもない。誰かが生み出したいと願って、生み出せなかったことを憂いて、人生最後の賭けとして生み出した、本物で、唯一で、オリジナルだ。

しかし、唯一の武器を数多の振るい方で振るうとしたら、それは果たして本物であろうか?

数多の人間が振るう振るい方。それは、その方法が確かに理にかなっていて、それでいて必要とされているから起こるものだ。それを使用することにすら模倣のレッテルを貼るのは、些か早計ともいえる。

がしかし、そんな数多に対して、たった一つのエッセンスで唯一を生み出せるとしたら、どうだろうか。

自分が本物だと思い込んでいたものは、まだ本物に至る途中の、発展途上だったのではなかろうか。

たとえそれが、剣技という確立されたものであったとしても、それを極めて満足しているような人間が、果たして模倣を糾弾してもいいものだろうか。

その答えを持っている物が、現状を本物としていいのだろうか。


「剣技を模倣というつもりはない。だが、私は模倣を語った。誰より模倣を忌避した。だからこそ、剣技ですら、私にだけは模倣だ。」


そして。


「私にはある。それを模倣たらしめる。それを、模倣から本物へと引き上げる要素が、ある。」


誰よりも模倣を嫌った少女は、更なる高み、彼女の言う本物へと至る要素を持っているのに、そこに至ろうとしないのは、模倣となにも変わらないという結論に至ったのだ。

それこそ、ヴィエラ・アンスタクトの剣技は模倣だと称するほどに。


爆ぜる。(いかづち)の迸る鮮烈と、それが収束して空気を波動させる激烈が、ないはずの力を振り絞る少女が、小さく呟いた。


「『アーン・ヴァルク』」

「ッ!?」


一度きりの魔法。たった一回きりの、魔法。

それでも、その一を超えなければ、マイナスに回帰したヴィエラ・アンスタクトは本物に至れない。温かな両親に帰れない。

ヴィエラの身体の中で、搾りかすのように些細な魔力が、その咆哮によって活性化を促される。大人しくしていられる冷静さを、奪い去る。魔力が暴れ出す。他に誰もいなくなってしまった、寂しい体の中を、ただひたすらに飛び回り、空間を喰らい、同胞を生み出し、暴れて、力を、エネルギーを作り出す。

そうして、先の己を削って、いつか来るはずの自分を、今この瞬間の自分を救うために呼び出す。

そして、きっと未来のヴィエラは云うのだ。


「勝て、私。」


そして、きっと現在(いま)のヴィエラは返すのだ。


「もちろん。」


正真正銘最後の力だ。

そこから先、この魔法の効果が切れれば、戦うどころか意識さえなくなり、最悪、またこの世界を目に映すことすらできなくなるかもしれない。それでも、例え未来が潰れていても、ヴィエラだけは負けられないのだ。

かつてのヴィエラは本物への要素を、いつか来るはずのヴィエラは本物への体力を。

そして、いまのヴィエラは覚悟を。本物への、覚悟を。己への、覚悟を。


円環がまるで蝶の羽のように重なり合い、美しい妖艶さを醸し出しながらヴィエラの背後で花開く。加速は一瞬、速度は劣る。二度目の『アーン・ヴァルク』では、さすがに一度目のような超機動はできそうになかった。魔力を強引に収束させる、魔拳の真似事の加速業だ。その効力は魔力に依存する。

だが、今回は彼女は本物を託されている。本物を託さなければならない。本物を完成させなければならない。

加速が劣っていたとしても、そこを補うのが、彼女の本物だ。


「ッ!この雌ッ、調子に、乗るなァアアアアッ!!!」


ヴィエラの加速は、カルバラとのファーストコンタクトに比べて劣っている。捉えて、捕らえて、刃を差し込むことはできずとも、カウンターを決めることくらいは造作もない速度だ。

つがえた魔力の行き先は、既に春刹に決まっている。『ディス・バニッシュ』の力が、後どれほどの脅威を隠し持っているかわからない。

今のところ、『ディス・バニッシュ』は腕を用いないと発動できないように思える挙動が多い。つまり、ここで決するとしたら、ヴィエラが腕を落とせるか、落とせないか。

やるしかない。決めるしかないのだ。

彼女は託されて、了承して、生み出した。


虹色の螺旋が、たった一瞬で軌跡を生み出し、視認すら恐れ多い速度でカルバラへと迫った。振り上げた『イグニシア』を、変わらぬ洗練された剣技が突き動かす。真っ直ぐな太刀筋は、一切の無駄もなくカルバラへと到達する。

しかし、カルバラが魔術を使用した魔拳によって『イグニシア』を防いだことは記憶に新しい。馬鹿の一つ覚えで過去の自分の模倣など、他人の模倣をすることよりも愚かだ。ならば、ヴィエラにもうあとはない。

ここで生み出し、極め、振り切る。


「滅べ、贋作。本物に、いや、本物さえ超越した魔に、刈られるといい。」


振り下ろした剣は、カルバラに当たることなく地面を掻いた。あえてカルバラの防御とのタイミングをずらし、振り下ろした衝撃そのままに機動を変え、横一門の斬撃を叩き込む。

ガァン!!弾かれた剣は、呆気なくヴィエラを回避不能の危険地帯へと誘う。

まだだ。

発動した魔拳の応用が、彼女の高速機動を可能にする。失敗も、今は失敗にできない。


ダンテル・アンスタクトが生み出した魔拳の完成形は、体内に魔力を充満させて、特殊なひねりを加えた魔力運動で様々な魔術を掛け合わせたような特殊な結合状態を作り出すことによって生まれる力を利用したものだ。

従来の魔術を装填してそれを撃ち、残弾がなくなれば補充するという、魔術に頼りきった技術とは違う。それは、自らの身体の中に充満した魔力を、体のねじりだけで多数結合させ、魔術と同じような効果を作り出し、詠唱すら必要とせず多数の魔術を掛け合わせ、その上、近接戦闘に容易に組み込めるという革新的な技術。

まさに、魔法、魔術と並ぶ、新技術、魔拳(まけん)


マイナスにまで低下した魔力を、未来の自分から拝借した魔力によってプラスに満たし、体内で充満した魔力を捻じ曲げる。身体中で結合した魔力たちが、騒ぎ立て、暴れ出し、炸裂する。

それら全てを拳に乗せることで、魔拳(まけん)は完成する。しかし、今回は違う。

父親の模倣を飛び越えて、本物を乗り越えて。


ヴィエラ・アンスタクトだけの本物を描き出す。


超加速によって一気に吶喊したヴィエラの剣が、『イグニシア』が、再び斜めに斬撃を刻む。それに、意味はない。ない、はずだった。


「ぁ……っ、っ!ッ!?なぁッ!?」


刀身を走る雷撃が接触したカルバラの腕から彼の体内の魔力を焼き尽くし、手中から刀身に続く炎が、炸裂し、爆裂し、加速力を増す。それに添い遂げるようにして摩擦力を限界まで減らす風圧が、繊細な結合状態で放たれる。

新緑に跳ねる魔力の間を抜ける赤に、それを置いていく黒の稲妻。色とりどりの魔力の波動。それら一つ一つに意味があり、それらすべてがヴィエラの作り出したものだ。

加速は、止まらない。

魔拳(まけん)の魔力の螺旋、それを伴った剣が、その加速力のままに駆け抜ける。

撥ねられたカルバラの左腕が、面白いほど血液を噴出させて空に煌めゆく。

魔拳(まけん)(つるぎ)を掛け合わせ、本物に昇華させた、ヴィエラの力。


「これでどうだ?私。」


満足そうに、頷いて、そして、答えとした。

それこそ、彼女の力だ。本物だ。そして、父が彼女に透かした、本物の生み出したものだ。


「私の本物、『魔剣(まけん)』。」


それが、本物の初陣にして、発展途上の終戦。聖戦というには役不足だが、国を背負っているだけ及第点としよう。焼野原といっていい終わりの地で、一つの少女が始まる話。

そうして、ウドガラド唯一の『魔剣(まけん)』使いは、初めて、自分を信用することができた気がした。

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