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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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23.【踏作】

弾け飛んだ己の骨肉。バチンと無理やり引き千切られた筋線維が、その役目を全うしきれなかったという慚愧を痛覚として届け、その健闘に黙祷を捧げる脳髄がカルバラに痛みを強要した。

眼下で噴出した血液と、その傷口から際限なく湧き出るそれらに紛れて鈍く光る確かなる塊。そして、それを支えるように形成される白い曲線が、決して外に出てきてはいけない類のものが、決して、外から見えてはいけないような類のものが。

露出して、露見して、どうしようもないほどに、露呈した。


「え」


身体を半ばからへし折られるような激痛の中、その痛みの爆心地といえる脇腹で、内臓でも、骨でも、血液でもない。確かな痛みと硬さでもって、存在感を文字通り内側から教えてくれる傍迷惑な鈍色があった。

魔力を多分に含んだ鮮やかな鮮血と、既に役目を全うしてどす黒く、どろどろと流れ出す血液。それを纏った鈍色のそれは、美しく紅を反射して、白く磨き上げられた刀身を赤く塗り替えて、深く、まだ足りないとカルバラの腹へと侵攻を進めていく。

たった一瞬のうちに、それら悠久に思える情報の伝達が、けたたましく脳髄を駆け巡った。


「彼の賢者の片割れほどとは言えないが、私はこれまでの人生においてこの剣にだけは嘘を吐いたことがない。」


惨たらしい傷跡にめり込んだ刃を強引に引き剥がし、刃との別れを惜しんだ筋線維を引き千切り、内臓を叩き切った。そんな一挙動にすら伴ってくる痛みに顔を顰め、しかし、それによって呆然から回帰した意識でカルバラは拳を固める。

そんな眼前の敵に、ヴィエラは一切の油断も慢心もなく、それ故に創痍でもなく、危なげのない確固とした意志で声を紡ぐ。


「だから、ここに誓おう。この剣に、嘘偽りなき言葉で誓おう。」


一切の躊躇なく振り下ろされる拳。それは、拳とは思えないような音を響かせてヴィエラの顔面へと直撃した。筈だった。啖呵を切って、油断して、隙を晒して間を棄てて、要らなくなった警戒に心を弾いていたはずだ。

がしかし、それが間違いだった。

ただの一片も、ただの一瞬も、彼女は油断なんてしていなかった。己が弱いということを、忘れていなかった。強く在らねばならないということを、忘れなかった。

カルバラの拳を受け止めた彼女の腕は、その細くしなやかな様相であるのにも関わらず、一切の攻撃を許さない。その拳の侵攻を、許さない。

微動だにしないそれが、もはや少女の出せる膂力でないのは、明白だった。

そんな少女への驚愕が、呆然とはいかずともカルバラを捉える。捕捉し、一切の挙動を許さない。思考の進行を、許さない。

好機。少女は云う。


「貴様を殺す。他ならぬ、私が、私に誓う。この剣に、誓う。」


そして、剣を持っていない方の手で、ヴィエラはカルバラの胸に触れた。


「『ディス』」

「は」


ゴボ、と。少女の指先の何十倍もの面積の肉が、完全に消失した。そして、それは面積だけにとどまらず、体積にまで手を加える。完全に肉の消失したカルバラの人体は、空けられた風穴から、風どころか風景まで吹かせて、その不可解すぎる状況にカルバラの身体は痛みの伝達すら放棄して、しとしと、と風穴に血液の幕を張った。

痛みに痛みを上書きされて、その上塗りを貫通するほどに突き立てられた屈辱の刃が、カルバラのこれまでの人生の下積みを貫いた。カッと燃焼するのは、怒りだけではない。むしろ、怒りはその怖気の中に混入した不純物といってよかった。

振り抜かれたヴィエラの指先が、纏わりついた不愉快な血液を地面へと飛ばし、フラついたカルバラへと握った剣の切っ先を向けた。


「先に言っておく。私は、手加減をしていたわけではない。貴様に、服従の意思が見られた場合、この国の法律に乗っ取って捕虜としなければならない。その確認作業をしたまでだ。」


始まったのは、追撃の乱舞でも、血液の噴出でもない。それは、ヴィエラの国のルールに乗っ取った、遠回しな降伏勧告であり、現状ウドガラドに残った戦力の中で最強クラスの力を持つ彼女にしかできない、贅沢な応酬だ。

そんな強者の特権の中ですら、ヴィエラはその確認作業に一切の手加減はなかったと宣言する。それが、彼女の信条であるから。


「そして、私は貴様にその意思がないことを確認した。もはや捕縛などという甘えた制裁に身を任せる必要はなくなったのだ。安心してほしい。」


向けた剣先。反撃を試みようと思えば、カルバラにとっては造作もないことだったろう。しかし、それは真の反撃たることはない。彼女の警戒は、言葉通りに抜かりなく。カルバラがそこを魔力の一粒ほどでも動こうとした時点で、携えた刃の切っ先の何倍もの大きさで敷かれた警戒の刃によって、絶命までのコマ送りを施行されることが確定されていたからだ。


「そして。」


そうして動きを封じられたカルバラへと、風穴から漏れるヒュー、という腑抜けた音に、浅い呼吸の音を重ねるカルバラへと、眼前に怯えた弱り切った獲物に向けて。


「恐怖してほしい。」


向けた切っ先はそのままに、魔力の円環がヴィエラの足に投影される。彼女のつま先から展開されるそれは、大きさを変えることなく何重にも重ねられていき、洗練された密度によって、やがて色素を恐ろしいほどに消失させていく。


「貴様を主人公とした物語が終わることを。」


わずかに、数歩のステップを踏んで、反抗することのできないカルバラめがけて軽くその円環ごと蹴りを与えた。

さすれば、円環は何十回という浸透を繰り替えしてカルバラへと衝撃を送り込み、それによって生み出されたダメージ分の振動が、波動となって空に溶ける。何度も、何度も。激震に見舞われる中、やっとのことで浸透を完了させた何発もの必殺の一撃が、やがて激発する。

体内で何重にも重なり合った衝撃が、我慢できないとでもいうように、押さえ込めないとでもいうように、どこまでも乱雑に、粗雑に解放される。全身で爆裂したそれらは、順当にカルバラを弾き飛ばし、魔法を一切用いない強引な魔力の暴力によってその巨躯を地面へと縫い付ける。

ヴィエラの云った通り。彼の物語が終わるのも、そう遠くない出来事だろう。が、しかし、終わるのは彼の物語だけだ。彼だけで完結することなど、ない。


「ウドガラドを主人公とした物語の中で、貴様は無様に死んだ反逆者だ。」


満身創痍のカルバラに、決して警戒を解かないヴィエラが瞳の赤を滾らせて糾弾を吐く。


「私と貴様の闘争を記した章でくらいは、主役を演じさせてやる。だから、」


ヴィエラの魔力が立ち上る。

血液に内包された魔力たちが、一目散に春刹を目指し、使われることはないと知っていても魔法の行使に備える。それが、身体能力を飛躍的に向上させる。

彼女の声を、絞り出す。侮蔑の視線をこし出す。惜しみ無き憤怒が、滲みだす。


「精々派手に死ぬといい。」


瞳の赤が、桃色の前髪を透かして軌跡を生み出すほどの高速機動が、ヴィエラを斜め上へと飛び上がらせる。しかし、それでも前進への力は抜かりない。しっかりと攻撃の先にカルバラを捉えたヴィエラは、遥か先から振り上げた剣を掲げ、地面に伏したカルバラに振り下ろす。

自由落下に伴って十分すぎる力を蓄えた剣は、恐ろしいほどに研ぎ澄まされたヴィエラの剣をさらに次の次元へとシフトさせる。少女の剣が命を刈り取る。


「『インフェルノ』」


少女の切っ先を顔面に捉えたカルバラが笑う。そして、詠唱した。彼の右腕から生み出された火種は、その内包した圧倒的な火力を霧散させ、バッと広がる高濃度の魔力と、それに付随する火花によって一時的にヴィエラの剣を遠ざけた。

その熱波に、恐ろしく自分に近いものを感じ、ヴィエラは咄嗟に剣を引き、眉を寄せてそれを見た。

広がった熱波は、小さい魔力を重なり合わせて、小さな粒子とした。互いに抱き合って固く結び合った魔力は、理で確定づけられた結束を遵守して幾つもの粒子を展開した。

数えることは都合不可能であろう数の粒子が、立ち上がるカルバラの周りを浮遊して、徐々に回転を始める。カルバラを中心としてグルグルと回り始めるそれらは、徐々に輝きを増していき、彼が起き上がってボロボロの体の具合を確めたところで、勢いそのままにその筋骨隆々の両腕に吸い込まれた。

その独特な起動方法を、その奇怪な運用方法を、ヴィエラは知っている。今現在の騎士団からは欠如したその技術を、ヴィエラだけが知っている。そのはずだった。

それは、その技術は。


魔拳(まけん)……!?」


通常、風魔法でしか行うことのできない、人体との完全なる融合を成した革新的な技術。その難易度故にメジャーではないが、それによって数多の魔術師が力を増したのも事実。そんな技術を、この野蛮な侵略者が知っている筈がない。知っていていい筈がない。


「貴様……それを、どこで……!」

「お望み通り派手に終わらせてやる。ただ、主人公役はお前に任せてやる。俺は、自分の物語で主人公をやるからよ。」


プスプスと、空いた風穴と叩き込んだ裂傷に、彼の両腕に取り込まれた魔術が浸透していく。

几帳面なほどに丁寧に施される従来の止血を覆す、退廃的な止血が、カルバラの傷口で横行していた。

焼いて、焼いて、焼き尽くして、傷口すらも溶かして、流れる血すらも焼き尽くして、傷をなかったことにする。空いた風穴を完全に塞ぐことはできないが、血液が流れない程度に処置することはできる。

今までのヴィエラの攻勢を一切消失させるように、趨勢を振り回して、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜるように、カルバラの拳が、一切の攻撃なしに戦況を一転させる。一瞬で、掌握する。


「なぜ、貴様がっ……お父様の魔拳(まけん)をッ!!」


そうして一瞬にして取り返された戦況の操作権を前に、ヴィエラは叫ぶしかない。毛頭答える気などないのであろうカルバラに、父の魔を穢した悪しき敵に、その罪の所在を問うことしかできない。

今まで自分を追い詰めてきた圧倒的な存在が、ただの手札の一つを見てここまで激高して、冷静さを欠いて、無防備を晒すことが、カルバラにとっては可笑しくてならなかった。笑みが零れて、哄笑に変わって、涙腺にすら訴えかけて。

呆然とした少女の顔面に、灼熱の拳をあてがって。


「ッ!!」


常人からしてみれば常識外れな、しかし、ヴィエラからしてみれば普遍的な拳が、普通以上の威力で殴打、めりこんだ拳に顔を顰めて、成すがままに体ごとその威力に持っていかれる。そして、それを逃さないうちに、たった一発の拳から、続く連撃が弾ける。

空気すら焦がす灼熱の炎炎が、爆炎となってカルバラの拳から解き放たれ、ヴィエラに叩き込まれたダメージに拍車をかけて、威力を重ねて吹き飛ばす。

ヴィエラの軽い体は、立ち込める爆炎すら円形に繰り抜いて、物のように民家に衝突して沈黙した。

その速度は相当のもので、突撃した民家はほぼ全壊、立ち上る土煙の高さが、少女の安否をどこまでも不安にさせた。


「父親か……なら、お前がアンスタクトの一人娘。っ、フハハ、ハハハハハハッ!!」


滾る灼熱が勢いを失って、まだその両腕の中に燻る爆炎の種子を匿いながら。カルバラは、崩壊によって作り出された人工的な曇天に笑い声を響かせた。

反響しない笑い声、反響できない笑い声。弾き返される建物すら破壊に巻き込まれ、音ですらも哀愁を覗かせる、瓦礫の世界。再び瓦礫を追加した勤勉な主は、己の声に返る民衆の声がないのにも関わらず、その巨体を揺らして笑う。


「ああ、こんなに痛快なことがあるとはなァ?アンスタクト。」


そのアンスタクトはきっと、ヴィエラではなかった。彼がその言葉を向けたのは、ここにいる少女ではなく、ここにはいない男に向けたもの。そのヴィエラという少女を通して見た、魔拳の主、その男だ。

ダンテル・アンスタクト。


「昔、お前の父親には世話になったぁ……そのお陰でッ!俺は、ここまで強く成れた!!」


一人、思わぬ再開に頬を歪め、倫理を歪め、ただ声を上げる歪な男が一人。

嗜虐心に満ちた醜悪な表情が、まるで値踏みするようにヴィエラを見る。

まだ土煙の立ち上る残骸から這い出して、背中から貫通した鉄杭を血液でどす黒く汚すヴィエラに向けられた心の底からの歓迎の意思。それが、どこまでも気色悪く見えて、ヴィエラは己に突き刺さった鉄杭を抉り取って痛みでもって精神を律した。

鉄杭が喰らった皮膚はもう既に終わった摩擦の痛みをいつまでも引き摺り、じっとりと舐るような鈍痛を擁してヴィエラの背中に張り付く。その痛みを越した先、程よく柔らかい肉を突き刺して、あまつさえ筋肉にさえ手をかけたそれに、脳髄の中に白くひりつく痛みが一つ。

引き抜かれたことによって空気に晒され、その一辺倒の痛みに気を遣うかのように苦痛を細分化する感受性に苛立ちを隠さず、ヴィエラは軋むほどに奥歯を噛み締めた。

そして、


「へ……ぇ……?」


視界を赤く染め上げていた魔力の奔流が、ほんの幾筋の螺旋を最後にパッタリと終息したことに、やっとのことで気づいた。


「『アーン・ヴァルク』が、……終わった……?」


身体の中に存在するエネルギー。それら全て、行動を持続させる力さえ徴収して、未来発揮されるべき力を現在(いま)の一瞬に開放する、短期決戦、一騎当千の魔法。その絶対の時間が、無情にも終わりを告げたのだ。

もちろん、その効果時間が切れることを、ヴィエラは知っている。その効果時間に入ることのできなかったヴィエラ・アンスタクトが、その後どれほどの苦痛に苛まれ、休養を必要とするかも知っている。

身体の中の力を使い尽くした後、生産された力を片っ端から使っていく焦燥感も、浅く不規則な呼吸も、死の淵をさまようような最悪の数日も、知っている。知っていたうえで、彼女はなんの躊躇いもなく『アーン・ヴァルク』を発動したのだ。

そんなヴィエラが、効果時間の概念を忘れるはずがないのだ。それなのに、ヴィエラはこの効果時間のリミットを読み違えた。完全に、取り残された。


「そ……ん、な……まだ、あと、十分は……持つはずなのに…………ッ!!」


ヴィエラがこの魔法に目覚めてから数年間の経験値が概算した結果と、ヴィエラがこの魔法を発動してから十数分の事実値が施行した結果。それが、乖離しすぎているのだ。

そうでなければ、ヴィエラはこんな醜態を晒すはずがない。格好の弱点を晒すはずがない。

そんあヴィエラの様子から、さすがのカルバラも悟ったのか、余裕綽々の態度で少女との距離を徐々に縮めていく。


「そうかそうか……そこまで疲れてたのか……ならしょうがねえよな?」


悪意を煮込んで混ぜ込んで、立ち上る悪臭を意に介さずに、カルバラは下種な思考に舌なめずり、呑み込んだ唾液を期待に換算した。

地面に伏して動くことのできないヴィエラに影を落として、カルバラは荒い息で目を血走らせながら少女を見た。視た。魅た。


「脱げ。そんくらいできんだろ?英雄。」


滝のように湧き出していた哄笑の嵐が、すっと鳴りを潜めて無になった。

唖然とするヴィエラの遥か上で、カルバラは無表情を苛立ちにすら変化させて言葉を反芻した。


「脱げって言ってんだよ。お前だけは生かして、ぶち犯してから殺してやる。」


思考すら纏まらないのか、カルバラは荒い息と期待が蔓延した瞳。同時に、苛立ちの声を飛ばす口腔と、取っ散らかった感情に体を揺らしながら、両腕にため込んだ魔術をじゅぅ、と唸らせた。

ヴィエラは、体の起伏にこそ面白みがないが、普通以上に鍛え上げられた筋肉と、そうでない部分のギャップが非常に生々しく、健康的な体を持っている。リディアとアミリスタのブロッカーによってあまり本人が意識することはないが、ヴィエラの美しさは王城勤務者、いやウドガラド随一といえる。

そもそも全員が絶世の美少女である竜伐(サルヴァトス)の世界的な認知度は非常に高い。

黒竜関連のいざこざがなければ、祭り上げられることすらあっただろう。

そんなヴィエラを見た時点で、カルバラが情欲を抱かない筈がなかったのだ。そして、今。カルバラは、恐ろしいほどに明確な理由を見つけてしまったのだ。

自分を騙すことでしか正当化のプロセスを遂げられないカルバラが、己を騙せるほどに確固とした理由が、彼女の血には宿っていたのだ。


憎き、ダンテル・アンスタクトの娘。


憎い相手の娘を、その歯牙にかける。それがどれほど背徳的で、復讐としてどこまでも正当化されやすいものだと、陳腐な頭で考えて、もはや到底脳髄の魔力が働いているとは思えないほどの弱々しい頭で、カルバラはその言葉を吐いたのだ。

ヴィエラの言った言葉も、あながち間違いではなかった。むしろ、的を得た、射抜いて、貫き通した指摘だった。ただ、立ち塞がるそれはどうしようもなくあって、目を背けるには存在感が在り過ぎた。


「……なるほど。私の身体が欲しい、と。」


カルバラの言葉に報いるように、ヴィエラは少しでも視線を合わせようと膝を立てた。身体中が、悲鳴を上げている。

半身の体重をかけられた足は、既に歩行どころか直立する力すら残っておらず、体内の魔力が増えるごとにそれを奪い取って、その先から消費していくほどだった。しかし、そうやって微々たる力では延命程度にしかならず、足としての機能は到底復帰しそうにない。

そんな状態で、ヴィエラは定まらない重心を何とか見つけ出して、確かに這いずった状態から復帰した。

その限りなく了承の行為に近い活力を見て、鈍い動きをまどろっこしいと感じたのか、カルバラはヴィエラの右腕を掴んで、強引にその身体を立ち上がらせた。

己の右手首を掴んだ手が、じっとりと汗ばんでいたことに、本能から押し寄せる嫌悪感が瞳の鋭さを交錯させる。


「分かってんじゃねえか、んじゃ、遠慮なくもらうぜ、ひひっ」

「いいだろう。欲しいなら、……くれてやる。」


カルバラの眼前に添えられた左手が、ヴィエラの小さな左手が、爆ぜた。


「ッ!?!?」


紫紺の雷と、焼け焦げた空気の残滓が生み出した深淵の如き漆黒。その間を縫うように弾けた魔術由来の雷。その威力は凄まじいものがあり、威力の向上を範囲の向上によって補っている特級魔術を超えるほどに洗練された高威力魔力だった。

突如少女の左腕を駆けた魔力の正体。それがなんだったのか、カルバラは理解することすらできなかった。それは、決して突然の雷撃に思考が止まったからでも、己の肉を焼く悪臭にむせ返ったからでも、迸る痺れに心臓が跳ねたからでもない。

ただ、見ようとしていなかったからだ。所詮倣うことしかしてこなかったカルバラが、習うという行為を知らなかったからだ。

その本質に気付かなかったからだ。


「貴様がお父様の魔拳を使っていることに、疑念も、憤怒も、憎悪もある。しかし、所詮その程度で父の魔拳を模した気でいるなら、すぐにでもその両腕を断ち切った方がいい。」

「あ?てっめぇ……ッ!くっそ、なんだ、……その、力ッ!!」


未だに顔面を焼き焦がす爆雷の余韻で、カルバラは視界の不良を享受していた。それと同じく、ヴィエラも、正体不明の効果時間短縮によって身体の不調を享受していた。

そんな中、精神だけは対照的だった。極めて冷静に怒りを露にするヴィエラと、ため込んでいた情欲でさえも露呈させられないカルバラ。

互いに余裕のない身体だ、余裕のない立場だ。しかし、心だけは、完成された少女の強さに軍配が上がる。


「魔術を媒介にしなければならない魔拳は、お父様が作り出した技術のほんの一端に過ぎない。」


カルバラの使用した、格闘術と魔力を一体化させた技術、魔拳。ヴィエラの父が生み出し、その難易度故に王城勤務者の中のエリートにしか普及しなかったというその力は、初期段階に魔力をどのようにして一体化させるかという難関にぶつかった。

そこで、ダンテル・アンスタクトは、生み出した魔術を一度取り込み、それを格闘術と融合させることで、直接的な攻撃力を兼ねた魔拳を作り出した。

しかし、そうして魔術という力に頼らざるを得ない力を、魔法や魔術と枠を違えたはずの魔拳としていいのか、ダンテルは苦悩した。そして、その唯一を貫き通すことを決めたのだ。

つまり、魔術を装填せずとも使用することのできる魔拳を、生み出したのだ。


「私が今使ったのが、その最先端。現在ウドガラドでも十二人しか使用者がいない、魔拳の真髄だ。」

「な……ッ、最先端ッ!?」


たたらを踏んで後退するカルバラから解放されたヴィエラは、ボロボロの身体に鞭を打ち、足りない力に舌打ちし、敵を討つために魔拳を撃った。そして、こし出された力の分疲弊した身体は、容易にバランスを失い、ヴィエラの魔力枯渇に拍車をかけた。

それでも、ヴィエラは進撃をやめない。その糾弾をやめない。


「運用方法にそう違いはない。それなのに、貴様はこれが魔拳であると気付くことすらできなかった。それだけで、貴様の力が所詮模倣。偽物だと、容易に理解できる。」


カルバラのグラついた精神に、ヴィエラの糾弾は恐ろしいほど鋭く突き刺さり、噴出する痛みに構わずに一切の容赦なく心を刈り取る。

実際に、ヴィエラの使用した最先端の魔拳と、カルバラの手札である最後尾の魔拳は、魔力の流れにのみ手が加えられたものだ。近接格闘での戦闘を得意とするカルバラがそれに気付けないということは、ヴィエラの指摘した通り、習うことと倣うことを履き違え、あまつさえそれを特技だと勘違いした痛々しい男の力がそれほどだった、と雄弁に語っているようなものなのだ。

本物を模した偽物、その真髄を知らない、贋作。

本物から派生する個性、それを擁さない継承は、正真正銘贋作だ。本物を超えるどころか、同じ土俵に立つことすらできない、出来損ないだ。

そんな力を、まるでひけらかすように披露して、哄笑を上げていた男のなんと滑稽なことか。

そんな力に屈さずに、本物を習い、本物に倣い、本物を超えんとする少女の、なんと勇敢なことか。


「見ておけ、蛮族。私の本物が、貴様の贋作を打ち砕く。お父様の本物が、貴様の偽物を暴き出す。」


それは、きっとカルバラに向けた罵声だけではなかった。

それは、倒れそうな己への、鼓舞の言葉で、叱責の念で、糾弾の叫びだった。

それは、己に刻まれた本物を試し、目の前の贋作に憤怒する、激怒だった。


それは、自分を本物だといってくれて、確かな本物を手にしていて、それなのに、まだ本物を手に入れていないと嘯く、自分の強さを疑わず、弱さを疑わない父の、その魔を穢されたことへの、怒り。それを打ち砕いてみせると叫んだ、少女の決意。

自分の帰りを待ってくれている暖かい両親を、安心させるため。死ぬもんか、と意思を固め、拳を固め、刃を研いだ少女の再起。


「偽物……?笑わせるな、これが偽物だろうが贋作だろうが、この力を使って勝てばいいんだ!それが本物だろうが偽物だろうが、俺は強い!この、誰の力でも使うことのできる無限の力が!!お前を殺せれば!それでいいんだよァ!!」


損傷は、圧倒的にヴィエラの方が酷い。しかし、醜悪な面で追い詰められているのはカルバラの方だ。

いいだろう。

その逆境の中で、無を指し示す残量の力で、勝ち取って見せよう。刈り取って見せよう。

その勝利を、正義を。


その偽物を、贋作を。


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