22.【慢心創痍】
遅延しました。すみません。
温かな空。しかし、降り注ぐ光に一切の暖かみを感じないことを、ヴィエラはずっと、憶えていた。
騒乱の大戦争。その戦火が散り、安寧の時と忘却による再演が危惧され始めた、ある猛暑の日。暖期の中でも異常といわれるほどに上り詰めた気温と、それとは反対に冷やされた部屋の中。そこで水滴を纏っていた果汁飲料。メチルカの普及に伴って飲料、食料業界の供給は拡大。枯渇していた胃に、ダイレクトに食事が届くようになった。
そんな当たり前を享受しながら、しかし部屋を冷やす魔力製品の冷たさにどこか恐ろしさを感じて、ヴィエラは窓を開けて外の熱波にその身を晒した。
まるで陶磁器のように美しく、この世に存在する万象を凌駕する柔らかさ、なにより、それを引き立たせる体の部位の奇跡的なバランス。発展途上の身体であっても、将来の絶世を確信するほどに、その姿は美しいものであった。
そんな彼女が、自ら望んで窓を開け放ち、享受する必要のない熱波に身を置いて得た感想は、冷たい。ただ、それだけであった。
温もりとか、暖かさとか、そんな類のものを求めていたヴィエラにとって、ただ暑いだけの外気は独でしかなく、幼い少女の精神にひりつく、遅効性の感慨でもあった。
先十数年の少女を決定づけたその猛暑の冷たさに、世界すら沈黙を選んだ。介入するに値しないと、判断した。
そうして、少女はこの世界に妙な息苦しさを抱えて生きていくのだと、幼いながらの達観で瞳を揺らした。
「ヴィエラ、お前はいつも、私たちとは違うところを見ているように思える。」
背後から。まだ幼いヴィエラには認識できないほどに洗練された歩幅と、普通の人間ならば感じ取ることすらできないほどに最小化された足音で、父親が和やかな表情を湛えて扉を開いた。
沈殿していた冷気が抜け出し、微かな温度差に風がふっと突き抜けた。その小さな熱に顔を顰めつつ、無造作、しかしそれ故に底のしれない桃色の美しい長髪が揺れた。
父の言ったその言葉の全てを、当時のヴィエラには図ることができなかったが、それが慧眼である父の眼に映ったものだというのなら、きっとそうなのだろう。
もちろん、それは思考を放棄した退廃的な意見放棄ではなく、父に置いた信頼と、己の中にある確かな父の血が、それを酷く優しく取り込んだからに他ならない。
「わたしが……ですか……?」
まだ堪能とは言えない言葉で、あどけない発音で、ヴィエラは首を傾げながらその言葉の真意を問うた。
ヴィエラの父、ダンテル・アンスタクトは、騎士団に所属して序列上位に剣を捧げる生粋の騎士であった。
彼が一度剣を振り下ろせば、何十人という人間を殺すことができる。何百人という人間を救うことができる。そんな力を備えた父、ダンテルは、幼いヴィエラの中ではとても大きな存在だった。
ダンテルは、確かに強かった。しかし、ヴィエラの前で、妻の前で、それを一切悟らせないのだ。体つきも、引き締まっているというよりは若干だらしない体をしており、体重が増えたことに釘を刺されるのも珍しいことではなかった。
そんな父を、ヴィエラはなにより強いと思ったのだ。
「私は、いつまでも本物を探し求めている。」
窓の外を眺めていたヴィエラの隣に立ち、彼女に倣って外を眺める。
「それが剣であっても、自分という人間であっても、これが誰かから貰ったもので、自分ではないのではないか。そう、思うんだ。」
遥かに背の高い父の顔を見ることは、まだ小さなヴィエラには敵わなかったが、その表情が酷く優しいものなのだというのは、手に取るように分かった。
ダンテルは、そんな愛娘に視線を合わせて、しゃがんだ姿勢で小さく言う。
「ただ、お前はそうじゃない。いつも、私より遠くを、近くを、違うところを、見て、それを取り込もうとしている。きっと、それがお前の本物だ。」
そうして大地のように笑った父に、ヴィエラは初めて暖かさを感じたのだ。息苦しさを払拭されたのだ。どうにもならない冷たさから、解放されたのだ。
それはきっと、彼のその感情が本物だったから。受け取ったヴィエラが本物だったから。その関係が、確かな本物だったから。
父のその言葉が、なにより。本物を見つけたことに、歓喜していたから。
★
ヴィエラの気高き精神に真っ向から対峙したカルバラは、煩わしいとでもいうように手を払い、全身に纏わりついた臓物だとか血液だとかを睥睨してこそぎ落とす。
ボトボトと地面に落ちて、かつての生命をただ一色に帰していく様は、なにもかもを冒涜する暴虐にして、この世の理、原初の常であった、なによりの弱肉強食を示した、確固たる狩猟だった。
そんな捕食者が、今まで喰らわれるはずだった生物に反撃の刃を向けられている。
銃を向けたはずの獣が、牙をあてがっている。
弱肉強食を超越しようとする。いや、なによりも弱肉強食に乗っ取った、反撃の狼煙。それが、この最強を削り合う戦いで、カルバラの拳を通し、ヴィエラの刃を試す戦さ場だ。
「すぅ……、」
息を吸った。ヴィエラの脳内で思い出されるは、不愛想で、いつもなにかに怯えていて、しかし、それをひた隠して、擦り切れそうな心労の中で、いつでも自分を責めていて、だから人に優しくして、そんな自分にすら罵倒を浴びせて、そんな難儀な男。
彼は、いつも目の下に隈を携えて、困ったように笑うのだ。それが、空元気の作り笑いだと、気づいているのに。気づいているヴィエラに、笑うのだ。
そんな笑顔に無性に胸が苦しくなって、そして、そんな男が自分に初めて話してくれたその言葉が、何より、その男の心の核を垣間見たことへの感慨が、その言葉の重みをどこまでも増していくのだ。
そうして、その言葉はいつでもヴィエラの胸の中に鎮座して、彼女の剣に寄り添っている。
「弱いことは、罪ではない。」
カルバラの魔力の脈動が、春刹に向かって集中していく。
「強くなろうとしないことこそ、罪。強く在ろうとしないことこそ、罪。」
それは、自戒だ。
それをいつでも心に住まわせて、刃を握るたびに思い出す。その信念に忍ばせて、強く在ろうとする。それが、ヴィエラの人生で培ってきた、本物なのだから。その信念が、彼の受け売りによって言語化され、自分の本物を自覚した。それこそが、彼女が強さを求める根幹なのだから。
あの日、騎士への道を歩みだしたあの日、彼女自身が定めた、どうしようもないほどに自分勝手で、救いようがないほどに心を消費する、しんどい決断だ。
しかし、それこそが、彼女をここまで押し上げてきた。這い上がらせてきた。
「強く在ろう、強く成ろう。」
彼女が心に定めた力の原点に、怖気ずく心も、逃げ出そうとする臆病さも、存在しない。
誰が彼女を褒め称えても、停滞を享受しても、安寧を願っても、他ならぬヴィエラ自身がそれを許さない。
自分は、弱い。それは、比喩でも、謙遜でも、言い訳でもない。それは、騎士団という化け物揃いの集団に身を置いた彼女が、心の底から実感した己だ。
だから、その己で満足してやることなどない。たとえ、他人の人生数回分の努力を重ねても、底に妥協を混入させない。今、自分が弱いことは、罪ではない。それは、いままで自分が積み上げてきた成果であって、下を見て恐れるための飛び込み台ではない。そこは、今までの研鑽を使い潰し、そして次の研鑽を積み上げるための下地だ。
そこで強さを放棄するのなら、それは罪だ。そんな自分を許容することなど、絶対にない。
だから、少女は、ヴィエラは、強く成ることをやめない。恐れない。逃れない。間違えない。
この絶望の中で、刃を握る。
「『アーン・ヴァルク』。」
胸の奥、体の中心が爆裂したかのような圧倒的な魔力の奔流が、体を巡り、春刹を走り、身体を迸る。
魔を束ね、侵略し、支配する法が、その圧倒的な魔力によって形作られる。
「貴様の本物を、見せてみろ。」
滲みだした魔力が瞳を満たし、やがて瞳の色を鮮烈な赤へと変えていく。
空間を伝って肌を焦がすほどの魔力。そこに、一切の余裕がないことを、カルバラも悟った。同時に、自分の余裕も刈り取られたことにも。
ヴィエラの所有する二つの魔法。その一つである『アーン・ヴァルク』は、発現したことについ数年前に気づいた、遅咲きの魔法だった。同じ時期に所有権を手にした宝剣『イグニシア』との併用によって、その魔法は短期決戦の魔力戦闘においてのヴィエラの力を大きく増幅させた。
それは、短期決戦に全てを賭ける、戦闘力を凝縮する、全てを出し切る、ブースト魔法。
エナジードリンクの効果と、その本質は同じだろう。しかし、彼女のそれは、次元が違う。たった数十分の魔力戦闘に、自分が今現在持っている魔力、力の全てを放出して、タイムリミットを迎えれば意識事刈り取られて再起まで三日はかかるという諸刃の剣だ。
そんな魔法を、彼女は一切の憂いも、躊躇もなく使用した。
彼女も、あの青年とは違う方法で油断だとか慢心を切り捨てるのだ。そうして、弱さを排除するのだ。仇なす敵を、排除するのだ。
「ぶち込んでやるよ!来ぉいッ!英雄ゥッ!!!」
ヴィエラの眼前に投影された円陣が、まるで狙いを定めるようにその輝きをブラす。しかし、やがてその先を定めた円環はヴィエラの背後へと一目散に収束する。都合五つほどの円環の全てが自律して、完全なる自分の意思によって推移した。
バラバラに弾き出された円環は、そうしてヴィエラの影に重なり、ちょうど影の中心で輝きを増しながらパスを返す。ヴィエラの身体に、小さく糸を伸ばす。
「捉えた。」
ヴィエラに繋がった魔力光が根元から幾筋にも増殖し、レーザーのようにパッと花開いた。美しい五角形を作り出したそのレーザーは、その美しさを損なうことなく回転を始め、超速の演算を開始する。
そして、もはや円へと変貌したレーザーの中で、ヴィエラは鞘に眠る『イグニシア』を握った。
レーザーが、煌めきと共に弾ける。
前傾姿勢のヴィエラを、とてつもない速度で弾き出す。
「ッ!?」
ガァンッ!!、と弾かれた刃のかき鳴らす不協和音は、しかし確かにカルバラの驚愕を引き摺り出し、確かな初撃のヒットを衝撃でもって暴虐に告げる。
超加速によって一瞬でカルバラを斬ったヴィエラは、弾かれた刃の違和感に刹那の思考を消費した。引き伸ばされた時間の中で、引き伸ばした一瞬の中で、カルバラから同等の力で弾き返されたのだと思考。
弾かれた力と慣性の法則によってカルバラを超えて飛ぶヴィエラは、崩れた姿勢を脅威的なバランス感覚によって空中で修正し、己を弾き出す力に逆らわず、それを利用して地面に着地。その加速の勢いそのままに、硬い煉瓦道をなんの恐れもなく駆け抜ける。
もはや人間の足が生み出せる速度ではない吶喊は、転倒限界ギリギリの左折によって、勢いを殺さないまま再びカルバラのもとへと向かう。
やがて、加速に回転する足が追い付かなくなる。あわや転倒という一歩手前、ヴィエラは続く一歩を拒絶した。地面を食むことを諦めた。
そして、そのしなやかな手で空を掴んだ。圧倒的な速度によって浮いたヴィエラを縛る摩擦力は最早存在しない。空を駆けるヴィエラの刃が、水平に空を斬る。その先に、確かな敵の存在を捉えて。
「っ、『ディス・バニッシュ』!!」
空気の弾けるような音が、刀身を霞ませるほどの速度で迫る刃に乗った力を一瞬で上空へと開放する。そして、止まらないヴィエラの身体に、無防備に晒された引き締まった腹に、その剛腕がめり込んだ。
肺腑に存在した空白と、そこに存在した空気と、それに好かれた血液が空に向けて吐き出される。
「がぁぇッ!……あッ!!」
嗚咽と共に吐き出された少量の血液。しかし、そんなものに構っている暇はない。
身体をくの字に折られるほどの力。それは、決してカルバラだけの力ではない。それは、速度を重視した吶喊によって培われた、ヴィエラ自身の速さがもたらした、強化された一撃。
しかし、そのリスクを背負ってでも、ヴィエラは知りたかった。自分の攻撃が、この男にどうして防がれるのか。
なにをもって、この男は超速の刃を弾くのか。
一瞬で腹から加えられた衝撃を四肢の先から逃がし、静止した身体をねじってカルバラの腹部に蹴りを突き刺す。ドスッ、と重い音でめりこんだヴィエラの足は、カルバラの身体の中心を的確に捉え、空中に在りながらも己の体重を的確に操作して全身全霊の一撃を生み出す。
突如発生した超威力の蹴りは、空気すら蹂躙してそれを揺らし、衝撃波の螺旋でもって対応する。彼女の足先から爆発的に発生した衝撃波は、カルバラの上体をグラつかせるだけに飽き足らず、小さな爆発でも起きたのではないかと錯覚してしまいそうなほどの破裂音でもってヴィエラの肢体を遠く弾き返す。
緊急回避によって追撃の拳を回避したヴィエラは、遥か遠くのカルバラを視界に収めながら確かな戦果に頷いた。
「魔法……それが、貴様の魔法か。」
これまで、超加速に研鑽の刃を乗せた絶命の刃を、カルバラは防ぎ、弾き、封殺した。それは、決して彼の鍛え上げられた肉体によってなされたことではない。たとえ筋肉に覆われていても、剣を、それも騎士団の斬撃を防ぐことができるほど、人体というのは臨機応変ではないのだ。
彼の防御には、必然の理が存在する。そして、ヴィエラは都合二度目の攻撃にしてそれを突き止めた。
何百人、何千人という死を触媒にしても導き出せなかった暴虐の正体を、彼女はたった二度の剣撃によって導き出した。真実を切り開いた。
内包されているのは、自分と同じ気配。
不可解で、難解で、不可思議な、恐ろしいほどに洗練されて、到底魔装ごときには再現できないであろう、際限のない美しさの羅列。魔力学の真髄を貪りつくした、魔の法。
ヴィエラの繰り出した攻撃は、その魔法によって同等の力で粉砕されるか、勢いをいなされたことで無力化された。その情報を手中に収めることができた。ただそれだけで、痛みを発信し続ける内臓にも報いることができるだろう。
「ああ、そうだ!『ディス・バニッシュ』、破壊を模倣し、再現する。それが、俺の破壊の根源。お前を殺す、唯の魔法だ!」
ぐわん、と遠心力によって弾き飛ばされる巨躯の体重。しかし、それから手を離すことは絶対に許さない。握りしめた重さは、全方向から引きちぎられるような力。それによって生み出されるエネルギーは、とうに距離感すら消失させる。
回転するカルバラの身体が、その全体重をかけた跳躍によってヴィエラとの距離を切り裂く。
一瞬で均衡を破壊する規格外の駆動は、しかし彼の巨躯には些か無理がある。おそらく、その大跳躍すらも、魔法の補助によって賄われている。
そんな予想に思考を浸している暇もなく、ヴィエラの眼前で横殴りの拳をしたためるカルバラから、魔力が湧き上がる。
「『ディス・バニッシュ』」
ヴィエラの肌の表面を、撫でられたような怖気が走った。もちろん、一瞬にして距離を縮められたことへの焦燥だとか、ここからの剣劇の組み方だとか、本能的に走ったものもあった。しかし、それは紛うことなき魔力であり、体外であるのにも関わらずそれを認識できるほどの魔力適正は、彼女にはない。
つまり。
(私の、体内に……!?)
ノイズのような音が走り、ヴィエラを捉えるように魔力が手を組みあっていくのが感じられた。手を繋いで、組み合って、溶けあって、ヴィエラを取り込んだ魔力の立方体が、確かにそこに存在する。しかし、無知覚魔力である魔力はなんの魔術形態にも結合せず、一切の物理現象に変換されることなくそこで存在を決定される。
その不可解、そして、そこに解がある。そんな気色の悪いほどの病的な魔力法則の活用。それが、魔法を魔法たらしめる、魔装を魔装留めるパワーバランスの織り成す、危機本能。
そこからなにが起こるのか、何をすれば助かるのか。考える暇もなく。
「ぇ……ぁッ!!」
空気を押し潰したようなくぐもった低い音が、小さなヴィエラの肺腑の中で反響した。内臓や骨肉から伝達されたそれを脳で受けて、理解した瞬間。体内の魔力が動くのを感じた。
カルバラによって作られた魔力の立方体。ヴィエラを組み込んで作られたそれに、カルバラの拳が激突した。横殴りのそれは、常人が受ければ絶命必至の殴打と呼ぶには大きすぎる膂力の一撃。
しかし、その一撃が軽く思えるほどに、続く衝撃の波動は、痛みに終わりがなかった。
魔力の一粒一粒。数えることなどできない。掬うことすらできない。そんな、途方もない膨大な魔力が、このヴィエラとカルバラの間という小さな空間にすら充満しているのだ。そんな魔力たちが、その一つ一つが、まるで操られているかのように動くのだ。
その流動から弾かれた魔力も、従うことを放棄した魔力も、指し示す指揮棒からこぼれた魔力も。そこには一粒たりとも存在しなかった。全ての魔力は等しく願いを聞き届け、それに気付いた世界は、その魔力によってもたらされる結果を反映せざるを得ない。
つまり、破壊が、再現される。
「かッ……ぁッ!!」
ヴィエラの腹部で破裂した魔力は、かつての破壊を思い出し、その余波でもって少女を遠く吹き飛ばす。
矢のように放たれたヴィエラの身体は、その美しい肢体が空気抵抗に耐えられなくなったことで水平飛行を放棄し、煉瓦造りの地面に激突しながらも、止まらない衝撃をひたすらに地面に吐き出し続ける。
砕け、分かたれ、離れ離れになった煉瓦たちが、粉塵と共に舞い上がり、吹き飛んだ煉瓦は続く粉塵を作るために周囲の煉瓦たちすらも手にかける。
破壊の跡を広げていくヴィエラの肢体。しかし、なによりその破壊を受け止めているのはヴィエラであった。
「まだだ。」
やっとのことでいなし切った衝撃そのままに跳躍。若干の転倒で皮膚を抉りながらも体勢を直して地面に着地したヴィエラの眼前、続く拳がその頬を捉えた。
轟音。
ヴィエラの背後に構えていた煉瓦造りのホテルへと吹き飛ばされ、少女の身に起こった衝撃の莫大さを物語る。巨大な四階建ての建造物は、意図も容易く四階建てだった残骸へと姿を変えた。
しかし、カルバラから放たれた衝撃がそれで終わるはずがなく。なんとかヴィエラが押さえていた膂力と、それにのった魔力が少女の身体を抜け、第二撃となって残骸を塵芥へと変換していく。
倒壊の衝撃によって爆ぜ、爆煙と残骸の立ち込める空間に、再び生み出された衝撃が波を作ってそれらを溶かす。吹きすさぶ暴虐の乱舞は粉塵を切り裂いて、生み出された爆撃の如き崩壊は轟いた爆音さえも叩き潰した。
残骸に呑まれ、粉塵に頬を汚したヴィエラは、ミニスカートから覗く生々しい美脚を、凄惨に赤く彩っており、それが扇情的でもあり背徳的でもあった。絹糸のようなサラサラの髪も、爆ぜた傷口から散乱した血液によってべっとりと汚され、皮膚に張り付いて鬱陶しさを加速させた。
破壊の再現を叩き込まれた顔面は、存外傷は少なく、痛々しく剥がれた皮膚から血液が幾筋か垂れる程度で済んでいた。
損壊が激しかったのは、腹で受けた魔法『ディス・バニッシュ』だ。
出血こそないものの、内部から弾け飛ぶような打撃の応酬は、彼女を吹き飛ばしただけでなく数本の骨すらも砕き飛ばし、粉砕されたそれらによって不可能になった手札も少なくない。
先ほどカルバラに一撃を叩き込んだ高速移動を織り交ぜた斬撃は、もう使用できないだろう。そうしなければ、彼女はカルバラによって殺される前に痛覚によって狂わされる。
だから、
「どけ、」
「あ?」
ヴィエラの背中から投影された魔力の円環が、都合五つ。やがてそれらは花弁のように繋がり合って、重なり合って、そして、円環の織り成す円環の中心からヴィエラを弾き出した。
常識を超えた加速が、ヴィエラから滴り落ちる鮮血すらも弾丸へと変えた。
魔法を発動する暇もなく、それをいなす選択肢に辿り着く暇もなく。カルバラの顔面を撃ちぬいたヴィエラの靴底が、酷く軽快に、されど凄惨な音を上げる。
顔面への打撃。有り余った魔力にブーストをかけて、それを乱暴に放射することで推進力とする規外魔法じみた高速機動。杜撰すぎる魔力への冒涜は、しかし、魔力に一番望まれる、なにより奇異な指図。
そんな加速は、カルバラにぶち当たることによって例に漏れず姿勢を崩し、その皺寄せを空中でしなければならなくなる。そして、例に漏れず危なげのない着地を決めたヴィエラは、続く刃をつがえようと剣を構えるが、脇腹を蝕み続ける痛覚の過剰反応にその切っ先を下ろす。
彼女の意思とは関係なくヴィエラをダウンさせたカルバラの先の一撃は、驚くほど後を引いており、粘着質なダメージはヴィエラにたたらを踏ませて、危うげな雰囲気で転倒を促す。
それでも。
「まだッ!」
一歩。ボロボロの足が、それでも美しさを欠かないそれが、愛を解体し、解を介して排した鼓舞の言葉が、なによりヴィエラを奮い立たせた。
所詮少女の細足によって叩き込まれた蹴りだ。カルバラはいくつかの骨の軟弱さに唾を吐いて、ダクダクと舌を侵す血液をそれに乗せた。カルバラの連撃を止めたのは、ヴィエラの攻撃というより、その圧倒的な速度だった。それがヴィエラの魔法『アーン・ヴァルク』によるものだと知ってか知らずか、カルバラは多用できるものではないと確信していた。
実際、そうだった。彼女の無理やりの魔力放出によって作り出されたその圧倒的な推進力は、通常使用にも多少のクールタイムを必要とするほどに三半規管やメンタルに多大なる影響を与える。そんな力を、カルバラの攻撃をモロに喰らった状態で発動したのだ。
多用できないどころの話ではない。それが最後の加速であったとしても、不思議ではなかった。
が、しかし。ヴィエラの中で、いくらものが散乱しようと、どれほど懊悩が横行しようと、劣情が跋扈しようと、たった一つ、彼の言葉だけは覆われることも、見失うことも、消えることもない。
少女が痛みに屈することなど、弱さに呑まれることなど、あり得ない。
「それしかないのか?最強ッ!!」
一度は倒れかけたヴィエラに、カルバラは賞賛ではなく罵声を浴びせた。
その根性は認めよう。しかし、お前にできるのはそれだけか?と。ヴィエラの超加速は、確かにヒット数は多い。しかし、与えたダメージは微々たるものだ。竜伐の中で圧倒的な破壊力を持ち、その本物の破壊力は騎士団の中でも通用するほどだと称される彼女の戦闘スタイル。
それが、カルバラとの一戦では片鱗すら現れていない。
速度に任せてこちらを翻弄するその戦いぶりは、騎士というよりも盗人に近い。そんな誇りも何もないヴィエラの挙動。そして、痛みの足しにもならない足技。決して洗練されたとは言えない稚拙なそれらに、カルバラは苦言を呈したのだ。
お前の破壊は、どこにある?と。
「所詮模した破壊に満足している貴様に……ぐ、そんなことを言われるなど、滑稽だな……」
「あ……?口も立たねえんだな。最近の女は。」
「笑わせるな。立たないのはどちらだ?そのお粗末な脳みそで考えてみろ。」
所詮生殖器でしか語れない憐れな傀儡。遠回しに侮蔑を返したヴィエラに、カルバラは戦意を確かに受け取り、その凶悪な面に笑みを落とした。
「なら、寄越してみろ。お前の破壊をッ!!」
刹那。カルバラの脇腹を抉ったなにかが、血肉に塗れて濡れていた。
果たしてそれはなんだった?
紛れもない。ヴィエラ・アンストクトの剣であった。




