20.【Art work for Unknown】
通常業務で王の護衛を担当する男。彼は、酷くやつれた目をしており、ウドガラド随一のワーカホリックとして有名だ。リディアにも負けず劣らずの無表情だが、その死んだ目からは逆に感情が読み取れるため、その金麗の少女ほどではないにしろ、話しかけにくさという面でいえば、彼は王城勤務者の中でトップクラスの人間だったろう。
そんな死んだ目を湛える王城の功労者。その業務は、アタモスファータの侵攻によってさらに激務へと流転していた。王を護衛するという任を一時的に解かれ、彼が参謀という大役を任せられたのは、決して繰り下がり的なものではない。彼は、王の護衛を担当するまで、紆余曲折の人生を歩んできている。
犯罪に加担することもある訳ありのギルドに所属し、そこから彼を引き抜いたのが現在のウドガラドの王、ファルナ・イミテウス・ウドガラドだ。
そんな限りなくグレーな経歴を持つウルガは、そのギルドで指揮系統の才能を開花させていた。
戦況を読み、それに応じた受け身の対策。攻め込んでいたと思っていた敵を翻弄するカウンターの一撃は、相手に多少の油断を見せることによって成立する、ある種の余裕を持った戦略だ。
そんなウルガが参謀となって動かされるアタモスファータの盤面は、現在比較的アラモスファータ有利に進んでいた。
各地で大方破壊の限りを尽くして、虐殺に身をやつしたアラモスファータは、王城から中央都全域に拡散した国軍兵士たちとの大立ち回りを演じている。数的に圧倒的有利を持っているウドガラドも、その攻撃、防衛機能のほとんどを司っていた騎士団の不在を狙われたのが痛かった。
ウルガの最善の采配でもなお、依然アタモスファータの優位は直立している。
だからこそ、ウドガラド側はウルガの比較的得意とする戦術で一転攻勢を狙いたかった。
「ミカミくん、このまま王城に辿り着けると思うかい?」
「ないな。あっち側が、このエンテンシャーの生存者を切り捨てたんだろうな。このエンテンシャーごとぶっ壊そうとしてきてもおかしくない。」
赤の暴虐によって血塗られたエンテンシャー。エセ勇者によって引き起こされた虐殺の余韻で休息を行うのは、さすがに悪趣味が過ぎる。アキトとアカネ、マリィは、虫の息であろう生存者と、歯向かわなかった、人間ならざる市民を階下に放置して、未だに戦闘の余韻のない上階で腰を落ち着かせていた。
そんな中で、一通りアキトを堪能したアカネが窓の外の景色を測りながら問うた。
それは、決して弱音だとか不安だとか、マイナスな感情から来たものではない。
それは、確かなアキトへの信頼と、忌憚のない意見を脳髄に反映することのできる冷静さによって引き起こされたものだ。
「エンテンシャーの進路が、全部限定的になってきてる。」
エンテンシャーは、エンテンシャー自体に組み込まれた魔力と、エンテンシャーの走る経路に埋め込まれた魔力が反発しあうことで浮遊し、そこに推進力が加わることで高速駆動を可能とする移動手段だ。地面に埋め込まれた魔力がなければ、反発する力はなくなり、浮遊が不可能になる。
当然、そこで推進力を加えても、地面に捨て置かれた大質量が動くはずもなく、エンテンシャーは残骸となる。そんな構造故に、エンテンシャーは分岐や曲線での操作に混迷を極める。
空気の噴き出るフィールドの上で、物が己を重さを忘れるのは当然のことで、まるで法則を無視したかのような俊敏な軌道は、自分でも操作できないほどの超速で動き回るのだ。
だからこそ、エンテンシャーは付近のフロムにあるマザーシステムの子機と接続することで、操縦の安全性を高める。
そんなマザーシステムと完全に遮断された隔絶のエンテンシャーは、現在アキトの強引な操縦レバーの自動運転によって動いていた。曲線を曲がるくらいならば、壁に埋め込まれた魔力が反発することで自動的に行ってくれるのだが、分岐路となるとそうはいかない。どちらか、どれか、そんな選択まで自動的に行えるほど、アキトの生み出した自動操縦は次世代的ではない。
だがしかし、この隔絶のエンテンシャーは、一切選択の余地がないのだ。
「ここまで分岐路にぶち当たんないのはおかしい。多分、エンテンシャーじゃなくて、エンテンシャーの走ってる道の方を使って、俺たちを操作しようとしてる。」
マザーシステムの基本的な遠隔操縦機能、帰巣本能。フロムからの遠隔信号によって、遥か遠くにいるエンテンシャーを操作することのできる機能。ウドガラド陣営からすれば、敵が乗り込んだエンテンシャーが王城に接近しているのだ。帰巣本能でもってすぐさまとんぼ返りさせるのが英断だ。
その選択を許容するアキトではない。既にマザーシステムの接続を遮断し、帰巣本能を封じている。
そこで、ウドガラド側はエンテンシャー本体を操作するのではなく、エンテンシャー本体が進むことのできる道を制限して、アキトたちを操作しようと画策しているのだ。
実際、ここまでの道で分岐路になり得る景色はあった。しかし、まるで何かに操られているかのように分岐路は魔力的に機能が停止しており、このエンテンシャーはもう一方の道に進まざるを得なかった。そう、実質的な一本道を進まざるを得なかった。
「このままなら、国境を跨がせて火種を排出するか、爆弾でも仕込んだ道に案内されて丁重におもてなしされるかだな。」
相手は実質的にこのエンテンシャーを遠隔操作しているのと変わらない。ウドガラドの手中にあるエンテンシャーがこの先どうなるのか、想像は容易だった。
アキトの中で生まれた現実的な意見から、楽観視が差し引かれ、油断が差し引かれ、悲観のフィルターが染め上げて、この空間に落ちたアキトの予測は些かどうしようもないほど八方塞がりの状況だった。
アカネが、いなければ。
「もし後者だったら、月界の残滓でなんとかなるけれど、経路ごと弄られてしまったら、本末転倒。王城には辿り着けないね。」
その可愛らしい顎に、しなやかで若干の色気を感じさせる細長い指を這わせ、アカネは後者を望んで前者を問うた。すれば、アキトはその前者を睨んで表情に陰を落とす。
「もし、可能性の話だが。相手が優秀な参謀だとしたら。」
アキトの改まった話題の提示に、アカネは続く序文をなぞって聴覚を澄ます。
彼は、決して優秀な参謀ではない。アキトの自己評価になるが、ミカミ・アキトを評価する周囲の声は、参謀としてではなく、生への固執を上手く扱った最弱に向けたものだ。
参謀というものは、戦況を見て、そこに自分の手を加えてどれほどの影響を生み出せるかによって善悪が決まる。しかし、アキトはその能力がない。
指揮系統に関しては多少の才覚を見出されるかもれないが、それを取りまとめ、既に確定づけられた戦況を弄繰り回せるなど、弄繰り回した先で矛盾に刺されないなど、不可能であった。
だから、アキトは戦況を動かす参謀ではない。戦況を作り出し、確定付け、その不変に賭ける、殿だ。
先手先手で追い詰めるアキトと、後手後手でそれをかき消す参謀。攻守は決している。しかし、その攻守を逆転させるのが参謀で、その先の絞首台をま逃れるために足掻くのがアキトだ。
だからこそ、アキトは参謀の思考を代弁することに、一つの間を置いた。
もし、自分が参謀という大役を背負って、心臓に突きつけられた刃をどうするか。思考した。
「俺たちは、間違いなく王城に辿り着ける。相手にとっては、リスクを度外視すればそれが絶対だからだ。」
最善の手を使おうとすれば、アキトがいったように、このエンテンシャーごと爆炎に帰すなり、国外へとご退場願うなり、方法は溢れているだろう。しかし、最善をかなぐり捨てて、多少のリスクを背負ってまで絶対的にアキトたちを始末できる方法を施行するのなら。
「王城という絶対の弱点には、この国の絶対がいるんだ。いや、在るんだ。」
最善ではなく絶対を。
ミカミ・アキトの絶対は、確かに王城を向いて震えている。その羅針盤が指し示すのは、絶対の道。
都合がいいほどに予測され続けてきた参謀が、唯一アキトの予想を裏切る可能性のある選択肢。
最善に甘えなかった、一番厄介な選択肢。
「ウドガラド最強にして、最大の魔法。」
曰く、その暴風は世界を呑み込み、荒野の風に魔力を落とす。
掻き消えた万象はただ、荒れ地となってのみ語り継がれる。
その魔力だけが知っている。いくつもの荒野を生み出して、世界の容量すら切迫させて、それほどに巨大な力で、その魔力だけが知っている。
『I know… wasteland』
枯れた世界を、知っている。
「月界にさえなる可能性のある、顕現魔法。」
一定の破壊力を超えた魔法、技術、魔装は、その形態を月界という技術に統一され、世界に認められる。
ウドガラドをウドガラドたら占めてきた、継承されし魔法。
魔力量の容量が大きすぎて、この世界に同時に四つまでしか存在することのできない魔法。
ウドガラド王家に代々伝わり、使用者によっては月界に登録されていた時代もあった規格外の魔法。
運用者によって月界と魔法の間を行き来する不安定な月界であるため、アキトたちの扱う疑似月界ではなく、懐疑月界に分類される、正真正銘の月界だ。
そして、このウドガラドの惨状の中で、アカネに対抗できる唯一の絶対だ。
もちろん、運用者によって月界になるかどうかの是非が割れるため、今代の王の力量によってその重さは
変わるだろうが、もしそれが確かに月界の形となっていたら。
それは、アキトの作り出して不変とした戦局を、唯一自分の、ウドガラドのものにできるチャンス。
もはやウドガラドが最善を放棄してでも絶対を取るのは、完全に決定づけられた事実といってよかった。
「は……?」
が、しかし。
参謀は、最善しか選べない生き物なのだ。
落下するエンテンシャーが、アキトたちを乗せたまま転落する。何が起きたのか理解できなくても、落ちていることくらいは理解できた。
そして、アキトも自分の思考に汚された意見を口にしてしまったという悔恨に、歯噛みせざるを得ない。
参謀は、最善を。なぜなら、彼らは握っている命の数が違うのだ。
それを危険にさらせるほど、甘い世界ではないのだ。
握りしめた命の数。それが、アキトの予想の斜め下を通過した、ウルガの戦略。
絶対に溺れた最弱は、絶対に囚われて視野を狭める。自分は、絶対の崩壊によって何度も命を救われたというのに。
ただそれでも、誰も最弱を責められない。
きっとこれは、悪手だったから。
所詮自分の命しか握っていないアキトが、およそ数千人の命を操って、数百万人の命運をかけて、数億人への影響を鑑みながら戦う参謀の視点になり切れるなどと考えたのが間違いだったのだ。
自分のことすらわからない最弱に、全てを割り切らないといけない参謀を理解することなど、出来るはずがないのだ。
★
ウドガラドは、中央都を中心として発展する、五つの都市を引き連れた国家だ。円状に分布する五つの都市、その中心で統治を行う中央都。そんなウドガラド興国は、聳え立つ山脈の向こう側から侵攻してくる魔獣からの被害を受けやすい場所にある。
中央都にまで被害が及ぶことは稀だが、そんな魔獣の侵攻を一身に受ける第五都市は、腕に自信のある者や、胸に威信を湛えた者。犯罪から足を洗った者、口下手な商人に花開かなかった娼婦たち。
三日三晩、いや。
一回考えれば。わかるほど危険なのにもかかわらず、そんな命知らずの馬鹿たちが集まってくるのだ。
そんな魔獣の被害。直近の魔獣被害は、非常に大きなものだった。
第五都市の都市代表の脅威を知ってか知らずか、ことごとく強者の気配を察知して、魔獣は姑息にも中央都にまで無傷で辿り着いたのだ。
もちろん、中央都に魔獣被害の前例がなかったわけではない。しかし、それが多いわけでもないのだ。大混乱の末、竜伐第二聖ヴィエラ・アンスタクトによって討伐された魔獣は、騒乱の余韻と激震の傷跡をもたらして解体された。
圧倒的な剣筋の冴え。異例の若さで騎士団序列を駆けあがる、ウドガラドでも有数の剣士である彼女の戦果は、騎士団の中でも大いに喜ばれ、その存在を確固なものとした。
がしかし、それによって被害を被った街はたまったものではない。
大質量の魔力によって爆ぜた煉瓦に、荒れ狂う熱波に溶けたメチルカ。破城槌の如き力量で突破を貫いた蹂躙の旋律。
ボロボロの街並みを押しつぶして、それでも飽き足らない力を地下のエンテンシャー経路にまで向けて、魔獣の侵攻は些か派手過ぎる幕引きによって魔獣事件となったのだ。
端的に言おう。アキトたちは、まるでリサイクルでもするように。叩き潰された損壊の補填をするように。その損壊に、確かな意味を持たせて、価値とするように。
片手間の勝利に向かうウドガラドの参謀によって、ぶちあけられた大穴へと、エンテンシャーごと突き落とされたのだ。
「馬鹿じゃねえのか?」
皮肉なことに。
ウルガがウドガラドへのリスクを許容せず、絶対より最善を選んだ場合、それは、限りなく絶対に近い最善となるのだ。なぜなら、アキトたちが王城に向かおうとするエンテンシャーを破壊。または使用不能にすることができるから。
がしかし、それでは確実にアキトたちを仕留められない。先のことを考えたら。先見の眼を剥いて、深爪で手中を抉ったら、それがどれほど恐ろしいことかわかるだろう。殺意を燻らせた獣を、何の枷もなく解き放つのだから。
最善だ。完膚なきまでに。がしかし、絶対だ。この選択は、間違いだった。
「アカネッ!!」
喰らえ。喰らえ。喰らえ。
死を喰らい、廃して喰らい、絶対悪の糧とする。魔道すら穢し、喰らい尽くす。
支配の声は未だ轟き、死廃の声は未だ届かず。
世界すら葬る聖域に、たった一片の愛情を。
「疑似月界『葬喰の聖域』。」
アカネの背後から現出した闇が、小さいながらも確固とした闇で、曖昧な底をひけらかして、空中に踊るエンテンシャーの先頭部。魔力貯蔵庫や操縦室など、エンテンシャーをエンテンシャーたらしめる機巧の密集地帯を覆い隠した。
暗いそこで、喰らい、底で、聖域へと取り込まれたエンテンシャーがフッと消失した。
そして、一瞬の間をおいて回帰する。位を乗り越えて落下に伴った加速力を完全に消失させ、若干の座標改変までやってのけたアカネの疑似月界。それによって、魔獣によってあけられた大穴に落ちていくのみだったエンテンシャーが壁を抉り取りながら停止する。
突撃のエンテンシャーより比較的マシだった隔絶のエンテンシャーの外壁は、まるでエンテンシャーが崩壊する定めに囚われているのではないかと疑ってしまいそうなほど完膚なきまでにベコベコに。魔力によって少なからず強化されていた外壁も、自重と摩擦力の抗争には手を出せなかった。
鋼鉄の軋むような不協和音が岩盤をかき鳴らし、反響する振動が甲高い音で停滞を生み出した。
エンテンシャーほどの重量が暴れていた惨状を、被害を最小限に抑えて解決する。能力の全容がアキトにすらも把握できていない万能な月界も、それを自力で生み出したアカネも、そんな結果ですらも、月界の残滓によるものだという恐れも。
全てを奪い取って、支配して。
アカネ・アーバリシアの月界は、そこに起動を終結させた。
「ミカミくん、これは……?」
珍しくアキトの口にした予想が外れたことに驚きつつ、平然と月界を扱いきって見せたアカネが、上下の反転した状態で穴にひっかかっているエンテンシャーのことを意に介さずに問いかけた。
先ほどまで床だった天井の棒に必死につかまりながら、アキトはマリィを探しつつ答えを返した。
「俺が読み間違えた、悪い。」
自分の間違いに対して、言い訳も、御託も、必要以上の落胆も、一切の無駄をこそぎ落とした謝罪がアカネへと差し出される。しかし、アカネに差し出されなければならないメニューがそれではないことを、両者ともに理解している。
早々に自分の体勢を安定させようと、アキトの鍛えられていない足が支えを増やそうと再び天井へとかけられる。その作業をなんとか完了させて、アキトがやっとのことでアカネのご所望のメニューを準備し始める。
「多分だが、相手は俺たちの無力化じゃなくて、籠城戦を望んでんだと思う。」
アキトたちを完全に無力化するのに最適な絶対の武器。それは王城にしか存在しない。つまり、アキトたちの無力化を絶対としたいのなら、必要なのは王城への片道切符。しかし、それを発行できるほどウドラドの命は甘くない。
彼らは、所詮時間稼ぎにしかならないであろう籠城戦を選択し、その間に対抗策を用意しようというのだ。もし、そこで対抗策を用意することができたのなら英断。用意できなければ、戦犯。
随分と己の首を絞める二択に挑むものだと心底不可解そうなアキトは、まるで当然とでもいうように穴だらけの天井だった床に座るマリィを見つけて安堵した。
穴だらけ、というと可愛げのある表現だが、その実、表面積でいえばそこで覇権を握っているのは穴の方だった。つまり、マリィは非常に危険な椅子に腰かけているということだった。普通ならば冷や汗ものの衝撃映像だったのだろうが、それを成しているのがマリィだと認識した瞬間に安心感すら湧いてくるのだからその少年のもつ説得力は凄まじい。
「籠城戦……流石のお国さんも、これで私たちを無力化できたと思うほど楽観的ではないということか。」
「思ってるやつが大半だろうな。だけど、参謀だとか指揮官だとか、頭に立ってるやつは多分悟ってる。これくらいじゃどうにもならないってな。」
大打撃。そう呼んでいい被害を出しているウドガラドだが、元来、彼らは決して不出来な国ではない。防衛機構の要である騎士団不在の状況、その情報を漏洩させてしまった情報管理能力、それによってもたらされる役職の緊急踏襲。
仕組まれた不運が重なりに重なったせいで引き起こされた不振が、彼らをここまで追いつめているのだ。
そんな彼らが、彼らの頭が、これほどの策でアカネを無力化できたと考えるはずがない。
精々、エンテンシャーを失ったことによる移動時間の増加をもたらせた。というほどの達成感しか抱いていないはずだ。
この状況から脱することは、大して難しいことではないだろう。三分の二が魔力的、肉体的に絶大なポテンシャルを内包しているのだ。アキトをどうにかすることができなかったとしても、最悪アカネの月界に頼めば不可能ではないだろう。
しかし、問題はそこからの道のりだ。
実際、アキトたちの移動時間が増加してしまったのは事実で、アカネの月界によって多少相手方の予想時間よりは早く移動できるだろうが、アカネを温存しておきたいというのも本音だ。
人の二択に嘲笑を手向けたアキトも、人に言えないほど難解な二択を選ばなければならなくなるのだ。存外、彼とこの国の参謀は似たような性格をしているのかもしれない。
思考に意識を奪われてしまったのは、そんな予感が身体すら動かすデジャブに重なってしまったせいだ。
「っ、!まッ!!」
メインウェポンをいつでも取り出しやすいようにポケットに忍ばせていたのが仇となった。油断を切り捨てようという過剰過ぎた精神が、仇となった。すり抜けた魔装は、フロム職員から奪い去った狙撃杖でも、靴裏に仕込んだ量産刀剣魔装でもない。
それは、きっと、一番落としてはならないもので。一番、手を伸ばさなければならないもので。
アカネから受け取った特殊魔装が、すりぬけるように虚空に浮いて、奈落に落ちていく。そんな光景が眼前で演じられるのを見て、アキトはそこに何よりも危機感を抱いた。
何よりも、感じてはならない残滓を感じた。
だから。
なんの躊躇もなく両手を離し、保険にかけていた脚すらも振りほどき、魔装に倣うように落ちていく。
そこに、普段のアキトの計算も、油断を切り捨てた作戦も、命をかける演算も、なにもかもは存在しなかった。強いていうのなら。
それは、アカネという存在に対する、悲観だったのだろう。
「ミカミくん!?そんなもの……いいからッ!!」
そんなアキトの異変に瞬時に気づいたアカネの声を背に、依然伸ばした手は届かない。
どうしようもなくなった落下の速度は、既にアキトが落ちることなく取り戻せるほど甘いものではない。
落ちていく。落ちていく。ただ、それが必然とでもいうように。
それを取り戻すことだけが、ミカミ・アキトの願いであり、声であり、未来だ。
「駄目なんだ。これだけは……っ!」
いつかを夢見る演劇は、いつかの再演で読み返されるそれは、どうして描かれる?どんな結末によって導かれる?
果たしてこの世界はそれを、
誰がために描く?
活動報告を読んでいただけるとありがたいです。




