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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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16.【アニマ・アルサーの人生】

ミカミ・アキトとエンガン・ソウの一騎打ちに、些か後味の悪すぎる決着がついた静謐のエンテンシャー。時刻は、アキトとアカネがそれぞれを信じて戦線を解体した、あの数十分前にさかのぼる。

暗闇の支配する避難通路の入り口。全くと言っていいほどに力を開放していなかったアカネの、唯一見せた全力の片鱗。それすらも、自分のためというよりもアキトのためという側面が強いのだから救えない。そんなアカネの力。月界、『葬喰の聖域エルダー・サンクチュアリ』。

初級魔術でさえ特級魔術の領域に達する、化け物じみた魔術適性を持つソウの、全力での特級魔術。その力は最早魔法と呼んで差し支えないほどの力となってアカネたちを襲った。

しかし、アカネのその月界の前には、等しくそれらは魔術であり、例え魔法足り得たとしても、結果は同じだっただろう。

そして、それを成した月界に、今、アニマ・アルサーは囚われたのだ。

考えてみれば、それはただの引き算だ。

才能と努力が合わさって、一つの完璧な形となった。そうして、やっとのことでアルサーの手はアカネに届いたのだ。そんな荒唐無稽な吶喊から、才能が引かれて、特異が引かれて、残った努力は所詮十余年の血液の染み。果たしてそんなありふれた力が、この唯一無二に勝ることなど、あるだろうか。

この唯一無二からアルサーのありふれた力を引いたとき、そこには、どれほどの力の差が残るのだろうか。


「僕の負けだ。命の保証だけでも、してもらえないだろうか。」


そうしてアルサーは、己の在り方からプライドを引いた。残った命がそれで継続できるなら、出てきた値は最後の数値。最後に進む、命の数字。

両手を挙げて瞳を伏せる。声に乗るのは隷従の意思、挙動に香るは諦観の意志。

目前で特殊魔装に手をかけたアカネは、そんなアルサーの態度に対して困ったように眉をひそめた。


「困ったね……ミカミくんからの指示を仰ぎたいところだけど、今はあっちで戦ってるだろうし、私の一存じゃ決めかねるね。」

「問題ない。最悪、彼の戦闘が終わるまで待てばいい。僕も、貴方も、それくらいの冷静さは、持ち合わせている筈だ。」


アカネの揺らぐ戦意に、ここぞとばかりに飛びついた。

逸る心と裏腹に、漏れる言葉は酷く冷静で、それでいて感情の機微というものに一切気を向けさせない。それほどに、アルサーの生に対する執着には目を見張るものがあった。

だがしかし、それこそが、アカネの審美眼を大きく揺さぶった。

ミカミ・アキトの生い立ちを、アルサーは知っているだろうか。かつての惨劇、『カーミフス大樹林の惨劇』。それは、その惨たらしい事件性とほのめかされた剣士の影から、『グランティア整合同盟』の上層部の中でも邪推が蔓延するほど大きく捉えられた。

この事件をアイク出身のアルサーが知っていたとしても、なんら不思議ではない。が、しかし、その中核にいた人物がアキトだったということには、おそらく気づくことはないだろう。

だからこそ、アルサーはアカネの判定基準を測ることができなかった。

アカネこそ、アキトのようなイレギュラーと一番長く接していた審美眼を持っているのだ。アカネこそ。


生への執着の恐ろしさを、知っているのだ。


回転する刀身は一瞬でそれを一つの刃として、蒸気を噴きながら完全に接着。特殊魔装を完全に起動させる。それに対して諦めにも似た抗議をするほど、アルサーの生涯は平坦ではなかった。

同じく魔装を抜き、基本的な魔力機巧に魔力を通す。発動した魔力機巧が低く重低音を生み出し、それによって震えた空気の振動が、アルサー自身の鼓動すら助長させた。


「やっぱり、真に警戒すべきは君だったようだ。」

「光栄な評価だ、って言える状況じゃないな。」


アカネという強者の象徴に警戒を向けられる、賛辞の刃を向けられる。そのことが、努力の果てで剣を掴み取ったアルサーにとってどれほど嬉しいことか、簡単には表せまい。しかし同時に、アカネという月界師に手向けられる殺意がどれほどおぞましいものなのかも、想像することは混迷を極めるだろう。

そんな二律背反の感情に吐き気すら催したアルサーは、もはやこの勝負に敗北を確信していた。


そして、喉元を貫いた。

託されるべきは、自分ではない。

この世界には、どうしようもない壁というものが数えきれないほど存在する。それは、物理的に超えることのできない山脈であったり、家柄的にどうしようもない障害だったりする。

しかし、それと同時に、この世界には、どうしようもない壁を、どうしようもない壁だと思いながらもどうにかしてしまう怪物が存在する。

人はそれを英雄と呼んだり、勇者と呼んだりする。しかし、ただ一つ。

英雄も、勇者も、彼らはきっと、どうしようもない壁を、どうしようもない壁だとは思わないのだ。きっと、彼らはそれをどうしようもない壁だと言って、内心では確信している。

この壁は、突き破れると。

だからこそ、真にどうしようもない壁をどうにかしてしまったそれらは、きっと英雄でも勇者でもない。

彼らこそきっと、真に勇敢で、真に勇気を持っていて、それでいて、醜く泥臭い。

自分は、その器足り得るだろうか?

所詮エセ勇者すら飼いきれなかった、英雄を志すことすらできなかった、自我を保つことだけで人生を作ってきた自分が、そんな高みに上り詰めることができるだろうか。

そんな才能と自分の引き算は、どうしようもなく決していた。そんな中で、己で貫き、己から噴出した血液に溺れて、アルサーの思念は人生単位で貫かれる。


自分の命の選択を、最初から最期まで自分で行う。


それが、あの日自我を塗りつぶされそうになったアルサーが決めた絶対のルール。だから、アルサーはもう見切りをつけた。

自分は、その器ではない。英雄でも、勇者でも、どうしようも無い壁を越えたものでも、ない。それに値すると許された器ではない。ならば、このどうしようもない壁を、共有して、その上でどうにかする可能性のあるもう一人の自分に賭けようではないか。

命の選択は、絶対に他人には委ねない。その選択権すら他人に任せているような人間が、自我など語ることはできない。だから。

アニマ・アルサーは選択する。

目の前のメンヘラ女に自分の命の選択を穢されるより先に、アニマ・アルサーという触媒を使って、この世界にエンガン・ソウという名のイレギュラーを生み落とす。

そして、そして、この小さくてちっぽけな命がそれを成したときに、誇らしく言ってやるのだ。


「僕たちが、アニマ・アルサーだ。」


紛れもなく、二人で築き上げてきたこの人間を。人間よりも歪で、醜くて、醜悪な生き様を、英雄譚に、勇者録に、刻みつけて、汚して、塗り付ける。


掻き切った喉元から噴出する血液が、徐々に赤く、魔力をより多く含んだものへと変貌していく。そろそろ、潮時だろう。最早あれほど得意だった体内魔力の把握すら危うくなり始めた。そんな曖昧模糊な世界の中で、血まみれの中で、アルサーは再び自分を突き刺した。

春刹の次に魔力を司る、心臓に含まれる魔力機関。鮮やかな色が、黒を塗り替える。


最後に、たった一瞬。アカネに驚愕をかますことができたことだけが、アニマ・アルサーの人生の成果だった。

その青年の旅立ちに手向ける、手合わせだった。


何よりも死ぬことを嫌い、自分の身体を渡すことを忌避したアニマ・アルサーが、自分の選択で、その器をエンガン・ソウに譲り渡す。なんと皮肉で、醜悪で、美しいのだろう。

ここまで計算ぞくでこの現象が引き起こされていたのだとしたら、この世界は本当に糞のような世界だ。

そうして、たった一瞬のアニマ・アルサーは、血液の海に溶けたのだった。



「ミカミくんっ!無事だね?怪我もないね?」


いっそ過保護すぎるほどのボディランゲージで、アカネがアキトの身体をベタベタと触って異常の有無を調べる。女性的な肉感に富んだアカネの手が自分の身体を這うごとに、アキトの心から沸々と湧き上がってくるそれを見逃すことができなくなった。

アカネの瞳は、依然心配の色に潤んでおり、戦闘的にも体力的にも、疲労や危険性に関して大きかったのは自分であろうというのに、彼女はその全幅の心配をアキトに向けるのだ。

そうして全身の検査が終わったところで、アカネはほんの少し下にあるアキトの瞳を見て違和感を掻き抱く。脳内で蟠り、胸中を掻きむしり、口腔で流転するそれらを、とうとうアカネの肢体は留めておくことができなかった。


「ミカミくん、どうかしたのかい?その、……なんと表現したらいいのかわからないけれど、私の憶測で語ることを許してほしい……君は、」


漏れ出した一筋の水流は、ため込んでいた大量の質量をやがてせき止めることができなくなり、大量の言葉でもってアキトに降り注ぐ。しっかりと、そのうちに優しさだとか愛しさを多分に含んで。


「君は、なにか私に、罪悪感だとかそういう類の感情を抱いていないかい?」

「……っ…………」


まるで優しく諭すような、母のような、それでいて、もっと近くにいるような。そう、強いて言うなら、姉だろうか。土足で踏み込んできて、それに違和感を感じている間に、蟠っていた霧が晴れているような感覚。

そんな騒がしい心地良さに、アキトは弾かれたように視線を上げた。至近距離で八千万でも足りない感情が交換されて、それに甘んじようとした自分にすら嫌気がさして、アキトは再び視線を落とす。


「ミカミくんは、私には想像もつかないような作戦だとか、突破口を思いつく。だけれど、生きた時間も、今の力も、それに身長だって、今は私の方が上だ。」


アカネはするすると、しかし驚くほど丁寧に、アキトの心を雁字搦めにしている躊躇だとかプライドだとかを容易く解いていき、やがてそれがたった一本、根幹に罪悪感を内包した糸だったと見破るのだ。

もはや何も縛るもののないアキトに、アカネは額を合わせてはにかんだ。その美しい顔からは想像できないほど豪快に、けれど、これほど笑顔の似合う人はいないだろうと確信させるほど愛らしい表情で。


「それだけじゃ、君の吐露足り得ないかい?」


最早その勝負に、勝敗など存在しなかった。知能指数だとかIQだとか戦闘力だとか、そんな数値がほんの二桁変わるだけで、対話は演説になり、喧嘩は暴行になるらしい。それほど、今のアキトの攻防は意味のないものだった。

それこそ、喧嘩にも、防御にもなっていないほどに。


「俺は……殺せなかった。たった、たった数センチ。あとほんの少しだけ、この魔装をあいつの身体に埋め込むだけで、きっとあいつは死んでた。それでも……まだ、」

「いいよ。」


言葉を切って文を砕いて、強引な断裂だったはずだ。しかし、アカネのその静止は、驚くほど優しくて、現金なものだが好感度すらも二桁の推移を記録してしまうほどだった。

そんな状態のアキトをエンテンシャーの床に座らせて、自分もそれに倣ったアカネがアキトの横で正座の形をとった。そして、最終形態である膝枕へと移行した。


「ミカミくん、覚えているかい?私が、一番最初に君に言ったこと。」

「あいつを……リンカーネーションを、忘れろ……って。」


一年前。手を握られて、心を掌握されて、精神を支配されて。

それなのに、アカネはアキトの自我をなによりも尊重した。それ故に、アキトの自我を殺そうとした。


「ミカミくんが苦しいなら、それでいい。目標に絶対に理由が必要だなんて、誰も言わないからね。」


リンカーネーションを殺したあの剣士。グレンに近づきたい。もう、あの感情に、矛先を少女とした無力感に揺られるのはごめんだ。そんな理由で、アキトはウドガラドという目標を定めた。しかし、だからといってその理由を持ち続ける必要はない。もちろん、それが必要になることもあるだろう。

けれど、それが目標を阻害するのなら、理由なんて忘れてしまえばいい。考えることを放棄してしまえばいい。そうして、アカネはアキトを救ってくれたのだ。


「でも、君がその目標のために人を殺せないのは、理由のせいだ。私の提示した忘却という選択肢を、ミカミくんは選べなかった。君は、本当に強い。自分から、辛い道を選ぼうとしたんだから。」

「で……も」

「だから、なにも気に病むことはないさ。理由を持ち続けることで、目標が変わってしまう。君は、ただそのことを恐れているんだろう?」


アキトの目標、ウドカラドの陥落は、もっと強くなりたい。グレンを殺したい。そんな害意によって成り立っているものだ。しかし、リンカーネーションがそんなことを望んでいないことを、アキトは確かにわかっていた。誰よりも、アキトはリンカーネーションを理解していたから。

だからといって、突然この目標を変えようなどといえるはずがない。だって、このウドガラドの侵攻は、アキトが始めて、何もかもを巻き込んだ、アカネすらも巻き込んだ、戦争なのだから。


「俺はそれを、正義にするって、決めたんだ。もう、変えられない。」

「分かってる。君が正義について考えた時間を、私だって同じくらい一緒にいたんだからね。」

「なのに、人が殺せない。こんなに、俺は……弱いんだ。」


アキトは、殺せなければならないのだ。アキトは、それが間違っていると知っていて、リンカーネーションの意思を踏みにじると知っていて、グレンの言葉を選んだのだ。だから、アキトは殺すことを許容しなければならない。

それを、躊躇してはならない。それなのに、アキトの脳裏でチラつくのは頭のなくなった肢体。認めたくない、死臭。それを自分が生み出そうなどと、そんなおぞましいことを、アキトは選べなかった。

矛盾ばかりの中で、感情の板挟みの中で、アカネはそれを否定する。人の感情というのは、矛盾だとか、理解だとか、合点だとか、そんなものに当てはまるほど容易なものでは無い。


「ミカミくんは、強くなりたくてこの道を選んだんだ。君が弱いのは当たり前だろう?だから、いいんだよ。人を殺すための覚悟も、この道程で見つけていけばいい。」


憔悴したアキトの瞳の上で、アカネの深く、澄み切った瞳が、どうしようもない感傷を孕んだ瞳が、アキトを待っていた。その光景が信じがたくて、それが虚構になることを恐れて、アキトはアカネの手を握った。強く、強く、握りしめた。


「お前って、やっぱりすごい奴だな。」


どれくらい、そうしていただろう。

握った手の感触に意識を奪われながら、徐々に体へと意識が回帰し始めたころ。やっとのことで、アキトはアカネに称賛を送った。どちらかといえば、感謝に近い賛美の言葉。

そんなアキトの言葉に、アカネは不思議そうに首を傾げた。


「ミカミくんの方がすごいさ。それに、たまにはこうして甘えてくれないと、年上としてのメンツが保てないだろう?」

「ふっ、そんなこと気にしてたのか?」

「なっ!?重要だよ!ミカミくんだって年上、好きだろう?記録魔石の魔力書籍に姉モノの恋愛小説があったし……」

「なんで勝手に覗いてんだよ。まあ、いいけどさ。」


アキトと繋いだ手とは反対の手で、アカネは優しくアキトの頭を撫でた。それに心地よさそうに身を委ねて、談笑に華を咲かせる。


「ミカミくんはさ、もうちょっとデレてくれてもいいんだよ?」

「デレ?」

「膝枕くらいなら結構回数を重ねたけれど、それ以外でミカミくんに甘えられたことなんて、数えられるほどしかないじゃないか。」

「そう……かぁ?」


体感、アキトのこの一年間は、そのほぼ全てをアカネへの甘えで成り立ってきたようなものだ。

どうしもうもないアキトに、何もかもを教えてくれた。住む場所も、目指す場所も、心安らぐ場所も、居場所も、なにもかもを、アキトはアカネに甘えてきた。

それでも尚、アカネはアキトにそれを享受しようとする。


「塩らしいミカミくんは可愛いけど、あまり頻出するものでもないしね……」

「お前……人が落ち込んでるってのに。」

「実際そうだろう?ミカミくんが好きだった会社の自動販売機が撤去されてしまった時が最後だったじゃないか。」

「それで慰めろ、って甘えられて、嬉しいか?」

「めちゃくちゃ……!」


目をキラキラと輝かせながら、そのありもしない想定に鼓動を些か蠱惑的に高鳴らせるアカネ。それを理解できないというのは変わらないが、ここまで想ってくれるアカネに、アキトも報いたいと思った。


「俺、姉とかいなかったんだよ。こういう性格だし、人に甘えるのも気恥ずかしくてさ。正直、まだお前に膝枕されるのも、ちょっと緊張する。」


アキトの身の上話。アカネには知りえないその情報に、彼女は密かに喜びを噛み締めた。

それが異世界の話であることはさすがに明かせないが、少々踏み込んだ話題をしても、いいだろう。ここまで慕ってくれるアカネになら、それくらいの報い方をしても、いいだろう。

アキトからすれば、自分の話をするなど、本当に信頼している相手だけ。その話には、本当に大きな意味があった。


「だから、甘え方とかわかんないんだ。けど、お前の言う甘えるっていう状況が、どれだけ良いものか、俺もちょっと想像した。」

「いつでも大歓迎さ。」

「そうか……大歓迎か……頼もしいな。」


アカネの食い気味な主張と、優しい微笑に思わず笑みをこぼして、アキトはその日々に想いを馳せた。

クツクツと滲む笑み。アキトのそれに、アカネも嬉しそうに瞳を綻ばせる。

それはきっと、甘美なものだろう。


「姉ちゃん。」


ふと、思い出したかのように。アキトは小さく姉を呼んだ。もちろん、本当の姉ではない。仮初の、と言ってしまえばそれまでなのだが、それでも、その仮初の姉はアキトの心を優しく包み込み、常識だとか外聞だとか、そんなものと乖離した世界で接してくれる。

感動こそすれど、落胆などできるはずもなかった。

そんな内心の漏れ出した弟の虚言に、姉からの反応はない。


「え……お前……照れてんの?」


若干引き気味のアキトの視線の先、アカネは、まるで痛みに顔を顰めるように、胸を刺激する過敏なときめきの螺旋が痛みにすら到達したことを示すように、涙目の赤面で頬を信じられないほどフニャフニャに溶かしていた。


「え……へへ、きゅん、ってしちゃって。そのミカミくん……あの、……もういっかい」

「え、やだ。」

「むぅ~、どうしてぇ……」

「なんかそこまで大げさにされると、逆にしたくなくなる。」

「次はもっと我慢するからぁ!!」


最早年上の威厳などかなぐり捨ててただただ己の欲望に忠実になったアカネが、握ったアキトの手をグニグニと刺激する。未だに興奮冷めやらぬ状態なのか、底から微かに伝わってくる鼓動は恐ろしいほどのエイトビートを刻んでいた。

ここまで喜ばれると、若干の資産を手に入れたような気がしてポンポン出したくなくなるのが人間の性。それに紛れ込んだ純粋な羞恥も隠しながら、アキトはその握っていた手をぱっと放した。


「ミカミくんは、私のこと……嫌い……かい?」


肺腑の奥でジュクジュクと滲んだ羞恥から、アキトは手と手の繋がりを外したのだが、アカネはそれを嫌われたと解釈したらしい。不安そうな表情で、瞳を先ほどとは違う意味で潤ませながら、どこか嗜虐心を煽るその整った顔立ちに、ゾクと背筋が跳ねるのが分かった。


「別に、嫌いじゃねえよ。嫌いだったら、こんなに身、任せない。」


しかし、さすがにそこでアカネを泣かせようとは思わず、そっぽを向きながら最低限いえる範囲での行為を告げた。


「好きではないってことぉ?」

「うっわ、めんどくさ……」

「そういう事言わないの!!私も女の子なんだよ!?」


心底めんどくさいと、なかなか本気の表情で内心を吐露したアキトに、最早悲しみも忘れて怒りにすらシフトしたアカネ。乙女、を女の子と言い換えたのは、アカネなりの羞恥によるものか。彼女の美貌なら、まだ乙女でも違和感はないというのに。少々色気が過剰すぎるが。

と、微笑ましいほどの表情の変化に思わず頬を緩めれば、それを見たアカネも困り眉でほほ笑んだ。

幸せすぎて困る。そんな感情を体現したように、大層愛らしく。


「なあ、甘えてもいい?」


そんなアカネに、理性の糸が切れかかったアキトが真正面から視線を飛ばして乞うた。しかし、それは最早確定事項で、犯行予告と取られても仕方のないほどに独りよがりな声明だった。

しかし、アカネはそれに信じられないとでもいうように目を見開いて、一瞬でへにゃりとはにかんだ。目を細めて紅潮した頬を緩ませながら、愛おしい弟を愛でるように艶やかな表情で小首を傾げた。

それは、いいとか悪いとか、もはやそんな次元にない応答。どうやって甘えたい?そんな、選択肢だった。

既に膝枕という甘えるの中でも最上級のランクに入るであろうプレイを堪能しているアキトは、それ以上の甘えるという行為を知らない。手をこまねいていたアキトに、アカネはその手をとって体勢を変え、抱きしめた。

膝立ちのアカネが、正座したアキトを抱きしめるような構図。しかし、二人の身長差でその体制になれば、どうしようもない障害が、その間に立ちふさがることになるのは必至。


「む、胸……」


バツの悪そうなアキトの声が、アカネの豊満な胸の中でくぐもって聞こえた。

アカネは、服の上からでもわかるような巨乳。それは、この一年間をアカネと共に過ごしたアキトが一番知っていた。そして、それをさらに意識せざるを得なくなったのが、あのアカネの逆レイプ未遂。あの事件以降、アキトの視線が若干アカネを意識していたことを、本人も気づきながら歓喜していた。

そんなアカネのフワフワの感触。しかし、それは同時に、男にとっては猛毒にもなり得る危険な感触。


「お姉ちゃんの胸を意識しちゃったのかい?ふふふっ……しょうがない弟だなぁ……」


そんなアキトの状況を知りもせずに、姉という立場にあやかって女を感じさせることに成功したアカネは嬉しそうに笑みを漏らした。珍しく赤面するアキトを見て満足したのか、アカネはゆっくりとその抱擁の拘束を解いた。

しかし、アキトは依然アカネを抱きしめたまま。しかもあろうことかその身体をぐいっと引き寄せて、更に身体を密着させた。

傍から見ればアカネがアキトを壁ドンしているかのように見えるだろうが、その実アカネを引き寄せているのはアキトで、切なそうな表情できゅんきゅんしてるのはアカネだ。


「意識した。責任取れ。」

「えっ……ええええええ!?」


未だに己の胸に顔をうずめたアキトが、か細く消えてしまいそうな声で呟いた。甘える、という宣言に遵守しすぎたまるでお手本のような甘えぶりに、思わずアカネも余裕の立場から引きずり降ろされた。


「お、お姉ちゃん、そういうのはよくないと思うなぁ……なんて」


よくよく考えなおしてみれば、自分がどれだけ大胆な行動をとったのか気づいたようで、アカネは遅れてやってきた羞恥心に頬の血管を蹂躙され、愛らしい表情をかわいらしい赤面で彩った。


「もうっ……ミカミくんは甘えん坊だなぁ……ほんとに甘え方を知らないのか怪しいぞ……?」


しかし、有無を言わさぬアキトの態度に最早これ以上の抵抗は無駄と悟ったのか、アカネもその幸福の渦に身を任せることにしたようで、膝立ちの状態でアキトの髪を静かに撫でつけた。

塗料によって白を見せるアキトの髪。それは、いつも自分の見ている黒のアキトではない。しかし、白から覗く黒の数本の毛でも、その下で瞳を潤ませながら抱擁を堪能している表情からも、ミカミ・アキトという存在を感じることができた。


「甘えん坊の弟くん?お姉ちゃんは、親愛の証としてほっぺにキスを要求するよ。」


もう、その桃色の空間に躊躇など存在しなかった。歯止めの効かなくなった二人の間にあるのは、自分たちの意思では超えることのできない、行為という線引きへの反抗のみ。その『行為』に抵触しないものなら、何でもしてしまいたい。そんな、強欲な男女の営み。

最早姉弟を模したとは思えないほどに蕩け切った空間の中で、アカネは証を要求した。

そして、それに応えることすら、アキトにとっては至極の喜びだった。


「俺なんかでよかったら。」


そして、ちゅっ、と。フレンチな唇の接触が、アカネの頬を微かに濡らした。

キュン、と微かに、しかし確かにその身を震わせたアカネは、目を見開きながらアキトの唇を凝視し、やがて左手で頬に触れた。

そして、幸せそうに、困ったように、眦に雫を携えて笑う。

戦場のど真ん中、一戦の跡。間違いない。彼も、彼女も、その命を賭して戦って、その命を奪い取る。それほどまでに緊迫して、張り詰めた弦のようにしんどい戦いだった。

そんな極度の緊張状態で、互いに互いを求めあってしまうのは、もはや誰にも責められない必然のようなものだった。

アキトもアカネも、恋人というには深すぎるほどの沼の中で、互いに身を寄せ合っているのだから。

ゆっくりとアキトの横に腰かけて、アカネが青年の手を取った。ゆっくりと指を絡ませて、アキトがアカネの眼に問いかけた。ゆっくりと時間をかけて、二人の姉弟は微笑みを交換した。

この瞬間ばかりは、アキトもアカネも互いに身体を預け合い、赤い顔で視線を伏せた。

エンテンシャーの駆動音が、徐々にそれに近づいていることを告げていた。

邪魔者のいなくなった今、エンテンシャーの操縦に関して心配することなどない。固定した操縦レバーに従って、このエンテンシャーは王城に直行する通路を進む。

そして、フロム職員の話だとその進路には障害物。

その障害物に遭遇するまで、それが何なのかはわからない。つまり、このエンテンシャーの桃色空間は、その障害物のもとに着くまでの空白に、淫蕩の赤が落とされて生まれたものなのだ。

障害物まで、あとどれくらいだろう。きっと、それに備えた姿勢も、準備も、必要だったろう。しかし、その二人の逢瀬を、きっと自然の摂理ですら邪魔できなかった。

ブーンと駆動する推進力生成を司る魔力製品。

エンテンシャーが激突する。それは、休息時間を見誤ったことによる障害物への激突では無い。

それは、ほぼ不意打ち、予想外と言える、背後からの激突。アキトの脳内ですら予測されていなかった、激突。

しかし、そんな轟音の中ですら、二人は微笑みを崩すことはなかった。

エンテンシャーが、激突する。

next→明日3/8 10:00

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