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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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15.【最高に後味の悪い醜悪】

エンテンシャーのマザーシステムがフロムと接続され、機能が完全に回復。帰巣本能にてエンテンシャーが回帰を始めてから数分。数分の加速とはいえ、その速度は魔力によって強化されたもの。既に外の景色は流線型の色彩帯へと変化していた。

アキトの講じた対ソウ対策。それは、民衆扇動による仲間割れの誘発だった。ここまでの混乱状態の中、ソウの魔力によって流血しているアキトが、どこまでも落ち着いた様子で呼びかければ、客席にわだかまっていた混乱は完全にアキトのもの。後から入ってきて自分こそが騎士だと自称するソウのなんと滑稽なことか。

今頃は、多少戦闘の心得がある者を先頭に、戦闘力の偏りすぎたリンチが行われているだろう。もちろん、戦闘力によってアドバンテージがあるのはソウの方だが。

そんな自分の業に溺れた愚か者を置き去りに、アキトは再び操縦室へと向かった。今までは、自分を追いかけてくるソウの脅威に気を遣わなければならなかったが、ソウを完全に無力化した今ならば、どれほど杜撰な索敵であっても簡単に操縦室へとたどり着ける。

もちろん、そこで油断するアキトではないが、心身に多少の余裕が生まれることは確か。先ほどよりも若干の軽さでもって操縦室へと向かうアキトに、一瞬、嫌ななにかが、うなじをなぞった。


「……?今のは……?」


それは、ソウの刃のような危うさでも、アカネの魔術のような本能的な恐怖でも、アキトの戦略のような擦切れたしんどさでもない。なによりも特別という言葉の似合う、そんな、一粒の、因子だった。



月界。

対個人を、例外なく、確実に消し去ることのできる技術、又はそれに匹敵するほどの力を持った武器。

最初から月界という力で顕現する例は少なく、磨き上げた顕現魔法、卓越した特級魔術、不可解な規外魔法、研鑽の果ての純粋な破壊力。そんな力、技術、武器が、ある一定の力を超えたときに、『月界』という形態に変化する。

そんなことをアキトが思い出したのは、自分のうなじで微かに存在を主張したそれが、どこか感じたことのあるものだったからだ。


「覚醒……因子?」


アキトがこの世界に召喚された時。約一年前の、あの日。アキトは、覚醒因子というもので月界の力を手に入れた。紅蓮の剣士がいうには、その因子は過度なストレスによって分泌されるらしい。

過度なストレスと簡単に言うが、過度、という言葉がどれほど過酷なものなのか、人は存外知らない。過度という二文字では表すことのできない、行き過ぎた暴虐。

それが、覚醒因子という聞こえのいい言い訳を手に入れたサディストの『過度』の示し方だ。

そんなとてつもない事象が、このエンテンシャーの中で、こんな短時間で、果たして起こりうるのだろうか?

自分が経験したあの地獄は、ここまで再現容易なものだったのだろうか?そんな考えに、一瞬足が止まった。しかし、自分の中の優先順位だけは絶対に間違えない。

それが、ミカミ・アキトという人間の本質だ。

これだけは、手放しで語ることのできる、数少ないミカミ・アキトの長所である。



滲む。滲む。

ジクジクと人の形を失っていく血液が、陳腐な感触と鋭利な痛覚によって噴出した。下品な音で地面にこびりついた自分の血液。それに対して若干の申し訳なさは感じるが、それ以上の感情はただの一片たりとも湧いてこなかった。

満身創痍というべきか。

たとえ素人の魔術であっても、その物量によっては玄人の魔術になり得るし。

たとえ騎士の身体であっても、その相手によっては人間の身体になり得ると。

そんな自明の理が、どうしようもないほどに横たわっている。これ以上ないほどに、残酷に、凄惨に。

過度に。


「あ……ぁ……ハ……ァ?」


演算機が、弾かれた。

この状況をどうにかするために、ソウは収集できる限りの情報を、その五感で集められるだけ集めた。その結果の満身創痍だ。

傷つけずに無力化する方法。アルサーならば心得ているかもしれないその方法を、ソウは持ち合わせていない。だからこそ、持ち合わせていた演算機に頼るのだ。

なんて、突破口を見つけた気になっていたソウを、演算機側が弾いた。

生まれてこの方、という言い方は語弊があるが、ソウがアルサーの身体に取り付いて、この世界に存在をし始めてから、演算機がソウの電気信号を無視することなど、一度もなかった。それなのにも関わらず、まるでそうすることが正解であるかのように、演算した結果、それが最善であったとでもいうように。

演算機は、一切の信号を拒絶して、反応という選択肢を演算から排除した。

もし、演算機に人格があったなら。彼が抱いていた感情は、きっと。諦観、だっただろう。

暴風の連鎖が、再びソウを叩き潰そうとしていた。

空間を切り裂く。示すは易く、成すも易く、その脅威に触れることだけが、その中で唯一の困難であった。

観衆の最前線に立って魔術のトリガーに手をかける男。それに続いて敵意の視線を飛ばす客たち。そして、そんな最前線の彼らの後ろで、血に縁のない生活をしていたのであろう者たちが、怯えた表情で俯瞰する。

それは、意図も容易く人に魔術を撃ち放つ彼らと、そんな彼らに滅多打ちにされるソウの両方共を見ていたのだろう。少なくとも、その視線は国を裏切ったものに向けるにしては些か複雑すぎる視線だったから。

とはいうものの。結局この場で一番の悪者はソウであるわけで、そうさせたアキトに対しての策は一切なく、それに仕向けられた魔術たちはあますことなく自分を切り裂く。

まるで照準を合わせるように向けられた手が、徐々にその姿を歪ませる。それは、過度な魔力の収束と、それによって物理現象すら生み出してしまえるほどのエネルギーの膨張によるものだ。

生み出されるのが風であれ火であれ水であれ、最終的にはソウの身体に差し込まれ混濁した血液を啜ることになる。本当に興味の欠落した魔術は、当たり障りのない風魔術。

掌の視覚的な歪みは徐々に増していき、やがて球体のようにねじ込められて駆動を開始する。歪みは球体だけに収まらず、エンテンシャー内の空気すら流動させはじめ、新たに生み出される風の刃を歓迎する体勢に入った。

衝撃波が爆ぜて腕を上り、それによって浮いた前髪の裏側で偽善の瞳が濁っていた。徐々に薄れ始めた衝撃波は、まるで逆再生されたかのように巻き戻っていき、加速すら伴いながら掌へと、砲身へと、銃口へと進む。

そして。

魔力と混ざり合った衝撃波が、斬撃となった。

張り詰めた弦を引きちぎったような不協和音が響き渡り、弾丸のような極小の魔力がソウに向かって撃ち放たれる。速度は充分、貫通力へと姿を変えて、命の風穴空かんと駆ける。

魔力は存外地味にソウの胸板に着弾し、まるで何もなかったかのように霧散した。しかし、魔術の不発を予感した誰もの予想を裏切って、一瞬を切り分けた刹那の間にソウの胸部から大量の血液が噴出した。

肉が断裂し、骨が砕け落ち、悲鳴の声さえかき消す大量出血の音色がエンテンシャーの室内を凄惨に穢した。

もはやそれはリンチだ。

見ていて目を覆いたくなるほどに陰湿で、最早何の意味も持たない、無意味な行動だ。そんな中で、ソウにとってだけは違った。もちろん、彼には自覚などなかった。彼の演算機は理解していたようではあったが、肝心のエンガン・ソウは自覚どころか希望すら見出していない。

エピソードで捉えれば、これはきっとエンガン・ソウの覚醒。彼の成すことのできる最大限の足掻き。

だからこそ、そのエピソードには意味が生まれる。

打算も、計算も、演算すらもない。与えてもらえない。そんな過酷で、過敏で、過度な意味が。


「めんどくさいッ……もう、いいよ……」


吐血に汚れた両手と、それすら意味のないほどの大量出血。そんな自分の両手を眺めて、睨みつけるように全てに憎悪して、エセ勇者は、勇者らしからぬ殺意で咆哮した。

エセ勇者は初めて、自分の殺意で世界を射抜いた。



もしも。覚醒因子をソウが放出したのだとしたら、アキトたちにはどんな損害が、あるいは利益があるだろうか。操縦室へとその身を進める中で、アキトは拭いきれない不安に、脳内のリソースを食い荒らされていた。

並行して何かの思考に身をやつすのは、アカネと過ごしたこの一年で、アタモスファータ決行のための一年で、嫌というほど経験してきた。それは、襲い来る不安をいなすことも同じだ。

何度もネガティブの泥濘に呑み込まれそうになった。何度も自分の脳を客観視した。そのイコールの向こう側にあるのが正解なのか、何度も、何度も。

未成熟な式で、未成熟な答えを返す。それでも、それはイコールで繋げられるほどには何とか理にかなっていた。ただ一つ問題があるとするのなら。

その計算式の組み方が、些か歪すぎたことくらいか。


「マザーシステム、遮断」


目前の扉をスライドさせ、機巧の溢れる操縦室へと押し入った。フロム職員たちは既に魔力充填用倉庫に放り捨ててある。誰もいない操縦室で、アキトは静かにマザーシステムとの交信を遮断した。

直近のフロムから送られてくる魔力通信情報によって操作される帰巣本能はその稼働を停止し、ゆっくりと操縦走行システムへと切り替わる。

これで、このエンテンシャーのマザーシステム関連機能は一切の起動を封じられた。

完全に停滞したエンテンシャーは、アキトの手に落ちた。


「つって、別にこれ動かすだけならマザーシステムに繋がなくてもよかったんだけどな。」


エンテンシャーの手動操縦は、基本的に手を離すことができない。マザーシステムのサポートを受けない状態で操縦を行うのだ。当然の安全対策といえる。もし操縦機から手を離せば、エンテンシャーは徐々に推進力を失い、やがて停止する。

帰巣本能やマザーシステムの補助を使っているのならその限りではないが、基本的に操縦にはリアルタイムの操作が求められる。しかし、速度や進路変更、安全面の配慮を完全に捨てたのなら、重さのあるなにかで操縦機のレバーを倒して常時作動状態にすることで通常駆動することができる。

アキトがそれをしなかった理由は二つ。

一つは、ソウが操縦室に入ってきた時点で、その重りを取り払ってエンテンシャーが止まってしまう可能性があったから。帰巣本能による走行ならば、ソウがそれを止めるメリットはない。ほぼ完全な形でのエンテンシャー駆動を行うことができる。

もう一つは、アキトの作戦のため。どうしようもない青年の悪足掻き、いや、悪だくみのための。



血まみれの惨状で、血まみれの視界で、血まみれの軌跡で。原初の想いは、何もかもが血まみれの状態で始まった。

落雷のように何もかもをなかったことにしようとしたあの始まり。それは、体中から噴出する血液のむせ返るような匂いから始まったのだ。それは、本当に酷くて、残酷で、惨たらしい。そしてそれでいて、美しい、完全なる新生物の誕生だった。

もしも神が新たな生物を作るのなら、きっとああやって煌びやかに、盛大に、やかましくこの世界に生誕させるだろう。それくらい、アニマ・アルサーとエンガン・ソウという一人の人間は、品のない生き様をしていた。

だからこそ。最終的にソウという人間がいきつく先は、どうしようもない場所なのだ。それは、終着地というにはお粗末すぎて、結末というには断面が荒く、結実というには些か散乱しすぎた場所。

どうしようもなくなって、自分を変えることを嫌って、誰かを傷つけて、誰かを殺して、自分を殺さないために自我を殺す。

誰かを殺すために、自分の自我を殺して、自分を生かす。他人を殺す。

握りしめた手には、血液が。


「僕の、魔法だ。」


詠唱は、一瞬。

声は拙く、醜くて、血の赤色は切なくて、薄れた記憶の彼方から、母の温かな手が見えた。追憶の切れ()をどうするべきか、是非の答えすら出せなくて、決めることすらそれに委ねる。

詠唱は一瞬。

それは、シンプルだった。


「『みんな、死ね。』」


ソウの眦から微かに残滓を生み出した瞳の光が、小さく世界に溶けた。

誰にでも向けられた殺意の言葉は、ただ一つ、ソウの自我の身を殺した。それで終わることこそが、みんなを殺すということ。

乗客の胸に突き刺さった魔装は、紛れもない。ソウのものだった。



ソウは死んだ。

正確には、ソウという人間の自我は、この一瞬死んだのだ。悲劇の主人公ぶって自分を守った賢明な転生者は、いっそ清々しいまでに自我を消し去って、唯の躊躇も消し去った。

見えなかった。それだけ。

ほんの一度の瞬きで、力なくぐったりと倒れていたソウの痩身が、血液に溺れていた悪しきスパイの身体が、コマ送りの世界を刻む勢いでそれを断ち切った。

自我を殺した魔法の最初の犠牲者は、風の魔術でソウに初撃を叩き込んだ筋骨隆々の男。自我のない正義感に胸打たれ、馬鹿正直に敵の云うことを信じて見方を撃った愚者。

生きている価値などない、愚者だ。


「あ……と……やめ……ぇがっ」


ソウの身体は、重さなど存在しないかのように、狭い廊下を壁すら駆けながら一瞬で距離を詰める。

そして、暗闇に光る刀身を一片の煌めきに帰して、神速の刺突でもってその愚者の命に刃を突き立てる。

噴出した血液は、返り血となってソウを汚してやろうと襲い掛かるが、そんな最後の悪足掻きにすら付き合ってあげようという精神はないらしく、無慈悲な刃が今度は背後から突き刺さる。

しかし、今度はその返り血を看取ってやろうという気があるらしく、寛大な気持ちでその肢体を両断した。胸から首を掻っ捌き、顎を砕いて頭蓋を破り、脳髄にかかりそれを啜って、新たな空気に煌めいた。その刃こそ、特殊魔装『クー・タ・グラス』。

暴虐は止まらない。

呆然としていた傍観者たちが、我を取り戻してその死闘の参加者に復帰する。各々の魔術詠唱が響き渡り、骨伝導によって結合した魔力たちが面白いほど美しい螺旋を描きながらソウに飛んだ。

爆炎の軌跡と風刃の歪みが重なり合い、互いが互いを鼓舞し、讃え合い、わめき散らすように加速する。

空間すら食んだ魔力の結果は、ソウの掴んだ男の死体に直撃して小さく燃え上がり、そしてそれを切り刻んで死体処理に力を込める。

ソウの使用した即席の肉壁を掃除した魔術の主は、そのあまりの滑らかな動きに戦慄し、なにか勘違いをした。


「これが私の使命なのね。やってやろうじゃない!『ウェルネ」


撥ねられた首が血液をまき散らしながら爆ぜる。首を刈り取った一閃と、次の魔装の超加速が頭蓋を潰し、脳髄と脳漿の雨を叩き降らす。はじけ飛んだ頭に気をとられれば、続く刃の軌跡が次々と皮膚を撫で、そのむず痒い感触に手を触れれば、それを皮切りに世界の法則を自覚した血液が噴出する。

新たな門出を祝う余裕すらないのか、聴覚をひび割れさせるほどに往生際の悪い断末魔があちこちで木霊する。

自分の血液に濡れた手で助けを求めれば、次は他人の血液がその手を濡らす。

救いを求めて視界の端で見えるのは、もはや切っ先の見えない早業で魔術すら散らす斬撃の応酬。

一つ時間を切り取るごとに、一つ人生が切り取られ、二つ死体が転がるごとに、二つ状況が流転して、見えない世界で死んでいく彼らは、後生を咽ぶ暇もなく、止まぬ苦汁を飲み干した。

肺腑を満たした感情は、ただ一つ。


それは、醜悪だった。


救いのない暴虐に、流転のない悲劇に、先の続かない斬撃の嵐に、もはや美しさも風情もない。たった八つの情報を羅列することすら、その醜悪な様には無意味。

視界も、匂いも、痛みも、残響も、苦汁も。躁鬱も魔力も。

みんな死んだ。



座席はひしゃげて壁には血糊、余すことなく汚しつくされたエンテンシャーの内部には、絶望感と違和感に彩られた死臭がわだかまっていた。それこそ地獄絵図である気色の中、ソウに殺意を向けなかった者たちは辛うじて息をしていた。

もちろん、一切の攻撃をソウに与えていない人間は、彼の優秀な演算機によって人間だと認識されていない。ソウは、自分に攻撃を一度でも行った人間を人間だと指定して、それに乗っ取ってこの虐殺を引き起こした。それも、彼が自分を守るための防衛本能だったのだろう。

一層破壊の後の強い客席の最後部。もはや人間だったのかも怪しい散り散りになった死体の中、血液の海に溺れるソウが、まるで事切れたかのように項垂れて瞠目していた。

おそらく、意識はない。しかし、そんな彼に向かっていこうなどという無謀な馬鹿は、生き残った人間の中にはいなかった。

そして、ミカミ・アキトは呟いた。


「よく来たな。」


アキトの手は、綺麗だ。この死闘の余韻蔓延るエンテンシャーの中で、唯一誰からの攻撃も受け付けていないのがアキトだ。押し付けられた攻撃の余波はあれど、自分から受け取った攻撃の交差の跡はない。

真っ赤な鮮血の中、赤褐色の塗装の中、やけに眩しいアキトの白い指先が、真っ赤に染まったソウの灰色の髪を掴んだ。

まるで物でも扱うかのように乱雑につかんだそれを、アキトは一切の良心の呵責なしに引き摺り出す。

まだ生暖かい鮮血が、引き摺られていくソウの軌跡を描き出す。鈍い赤を、増していく。

パックリと割れた頭から噴出していた血液に、肺腑に到達した幸運な魔力たちの成れの果て、更には、骨肉を断った勇敢な斬撃の終着地。

その形態はさまざまであるが、自傷は等しくダメージへと変換され、ソウの全身を、エンテンシャーを真っ赤に染め上げるそれらの一部となる。

静寂の支配する中、怯えた乗客数人の奇異の目線の中、アキトは小さくそれらを睥睨して、もはや精神的に行動は不可能だろうとそれらを人間という枠から排除する。

幸運にも処理対象から外れら彼らを、幸運と呼んでもいいのかというところには疑問の余地があるが、そんな余白の存在すらも許さないほどに、澄み切った暗いエンテンシャーの中は静まり返っていた。

ソウの大立ち回りの影響で、照明も緊急避難用の魔力光も、その残滓すら根絶させて、暗闇の完成度を確かなものとしていた。

黒、というよりも青に近い色合いでエンテンシャー内を不気味に支配する闇の中を、死体寸前の肢体を引き摺る異体。やがてエンテンシャーの先頭に移動したアキトは、握った頭をエンテンシャーの地面に打ち付けて、さらなる血液の噴出に目もくれずに、それを蹴り飛ばした。

血液のなくなって軽くなった体は、面白いほどに地面を跳ねまわり、ゴロゴロと転がってエンテンシャーの外へと躍り出る。そして、鈍い音と悲痛な噴水を誕生させて沈黙する。

結局、アキトの想像していたほどのことは起こらなかった。

エセ勇者は結局エセで、自分の救いたいものを救えないどころか、自分で壊してしまうという馬鹿な結末を辿った。

薄っぺらい正義感の、なんと脆弱なことだろうか。

悲劇の主人公というのは、なんと滑稽なものだろうか。


「お前、案外面白いよ。」


砕け散ったガラスに映った自分を見て、アキトの声が木霊した。青く澄んだエンテンシャーの中で、その一言だけが、停滞から解放されているようだった。


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