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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
23/43

10.【隔絶のエンテンシャー】

至って普通に、至って確実に。エンテンシャーは、この異常事態を悟らせないほど滑らかな動きでフロムの景色を残像へと変え、やがて振動をほとんど感じさせない完全な移動状態に入った。

しかし、その通常は異常の中で行われたものであり、その異常の中の更にイレギュラーな存在の行く末を乗せた、まさに爆薬庫といえる状態の運行であった。

そんないつ爆発してもおかしくないエンテンシャーの中には、今この世界でアカネの次にアキトのことを熟知しているであろう少女から送り込まれた刺客が、堂々とした姿で調査を進めていた。

アニマ・アルサー。

アキトが送り込んだスパイとは別に、完全なる偶然でウドガラドに提供された騎士。一度アキトが勧誘に向かった時、その青年は自分が騎士学校、それも超名門であるフラントロウムの出身であることを明かしている。

世界序列第一位の国力を誇る、戦王国フラントロウム。どの代の王も強く、強力な月界を兼ね備えていたために、戦王の国と呼ばれる国。

国土も供給も軍事力も、どれをとっても最高級。この世界のほとんどの国が加盟する世界統治機関、グランティア整合同盟の長を務める国でもあり、国際的に騎士のレベルを徐々に押し上げる影の努力を続けている国でもある。

国内に作られた騎士養成学校。入学金さえ払えば、例え全くの支払い能力のない平民の子供であったとしても、何かしらの民間事業の仕事を紹介して授業に参加させてもらえるという、超実力主義を掲げる学校で、卒業すれば就職率は百パーセント。求人から職場を選ぶも、本国のために国軍に就職するも自由。その先には、絶対的な成功者の道が待っている。

しかし、卒業までの道は険しく、毎年即戦力になる卒業生は数百人ほど。量より質というには極端すぎるほどに少人数であった。

他国への助力を頼まれて就職してくるほどの実力を持ったアルサーは、間違いなくその狭き門を突破してきている。そしてアキトの目測が正しければ、彼は()()()()()()()()

ただそれだけでも厄介なのだが、アキトは彼をアタモスファータに勧誘する段階で、国への不信感の郵送に彼を使ってしまっているのだ。自分の名前はおろか、顔すら晒してしまっている。そして、もしかしたら、という推測の域は出ないが、彼はアキトの首元の傷跡を覚えている可能性がある。

普通に生活していたら遭遇することのないであろうほどの傷跡が、彼の中でどれほど意味を持つことになったか。アキトの人生とアルサーの人生の濃度、どちらが濃ゆかったか、それが鍵を握ることは想像に難くない。

暗い酒場ではあっても、顔を見られたのは確か。アキトの警戒も、そんな青年の活躍への期待を湛えたアカネの微笑も、妥当なものであった。


(考えろ、考えろ。貴重な戦力であるアルサーは、おそらく王城勤務。顔も名前も、覚えることは腐るほどあったはずだ。だとするならば、記憶の引き出し方は他にない特徴に引っ張られるはず。)


「魔力抑制クリーム、あるか?」

「?あるよ?」


アルサーへの対策を考えられる時間は、おそらくほとんどない。熟考すればアルサーが、読み違えれば斬首が。

早く、正確に。無理の頂点にいるといっても過言ではない二律背反。アキトの、大嫌いな言葉。

この世の摂理で、特化するものは一つだけだと決まっている。

優秀な機能を持った魔装は、その分内側に多くの機巧を内包する。そしてそれは、直接の重量につながる。優秀な魔装は、その対価として身軽さを捨てるのだ。

そんな特化の摂理を無視して、人は何の対価も払わずに早さも、正確さも求める。

そんな強欲なことを言う人間が、大嫌いだった。なんの都合も考えず、それを人に丸投げする人間が、大嫌いだった。

そんな自分が、大嫌いだった。

不思議そうに魔力の抑制クリームを手渡してくるアカネに、アイコンタクトで感謝を示し、アキトたちの後方の個室への調査に入ったアルサーの行動を視認。

アキトたちの乗るエンテンシャーは、個室のない一般的な大衆用のものと、泊まり掛けや重鎮、大衆を好まない人々が利用する個室が設置されているものとの混合種。

アキトたちの座る椅子の行列の背後には、決して広くはないが快適であろう個室群が広がっている。

この大人数を調べるために、アルサーは一人一人にそこまでの時間はかけないだろう。つまり、アキトたちへの検査も、時間を置かずにやってくる。

考えて、それを講じるまでに、時間はかけられない。

絶望的な状況だ。詰みの局面だといわれても可笑しくない。だがしかし、それでもだ。アキトの異世界人生の全ては、最初から詰んでいるようなものだったのだ。

この盤面から挽回するのは、不可能に近い。

しかし、それは酷く、幸運なことだった。


「すみません、避難状況確認のために、確認作業をさせていただいているのですが、少しお時間よろしいですか?」


アルサーの声が、聞こえた。

タイムリミット。彼の速度からするに、相当効率的に作業を行ったのだろう。それこそ、顔だけ確認すれば終わるような。

客への混乱防止のために避難状況確認という偽の理由。その裏に隠した確認作業という名の炙り出し。


「ありがとうございました。」


そして、アルサーの確認作業は、本当に数秒で終わった。



人の顔を覚える。もちろん、街中ですれ違っただけの相手を覚えるほど、人間は情報の取捨選択が下手じゃない。しかし、自分が命の危機まで感じた相手を簡単に忘れられるほど、危機感も低くないのだ。

アキトは平凡な顔立ちだ。それこそ、街中ですれ違っただけならば、情報の取捨選択で捨てられてしまうほどに。しかし、その遭遇の仕方が悪かった。

アキトは、あろうことかアルサーに最大限の警戒を与えてしまった。

アルサーはいずれ騎士団に組み込まれるほどの力を持っている。そんな人間が命の危機を感じるほどの事態。それを無下にできるほど、国は情報の取捨選択が下手ではない。

国内、というより王城内には、起こるかもしれない事件に対する不信感が募るのだ。それこそ、小さな機微に敏感になり、身の丈に合わない戦力増強を図ってしまうほどに。

そんな混乱に乗じてスパイを潜り込ませるアキトの戦術だったのだが、こんなところで皺寄せが来ることまでは読めなかった。

ならば、その状況を切り抜けるのは身一つのアキトの動き次第。どれだけ脳髄に負荷をかけられるか。その負荷から、意味を見出せるか。

そこで、アキトの平凡さが役に立つ。

アキトとアルサーの遭遇は、決して平凡なものではなかった。

元の世界では平凡だった黒髪は、この異世界では平凡ではなかった。

平凡だという唯一といっていいアドバンテージですらも、中途半端なものになってしまう。それほどに、持っていない人間なのだ。ミカミ・アキトは。

黒髪の割合を見れば、アキトのその持ってなさがどれほどか、わかるだろう。

しかし、アキトの根本的な顔のつくりは、絶世の美男子でも、究極のイケメンでもない、ただの平凡な一般人。

アルサーは、その顔ではなく、特出した情報に喰らいついてしまうのだ。こんな風に大人数を調べなければならないようなときに限っては、一人一人に時間をかけていられない状況では、特に。

アキトの特徴、それは果たして何だろう。

まず黒髪。これだけはどうしようもない確定事項。この世界では平凡足り得ない、決定事項。そして眼鏡。託されたその特殊魔装は、確かに他では見ることのないほど特殊なものだ。一年以上身に着けていたアキトにはその自覚はあらずとも、間違いなくアルサーの中のアキトには、眼鏡が紐づけられている。

そして最後に身長。

アキトは、普通にしては些か高い身長を持つ。もちろん、グレンほどではないにしろ、通常の大人よりも中々に高い。それこそ、ギリギリ一般人レベル。そして、アルサーがそんなアキトと同じくらいの身長を持っているのはあの酒場で対峙したときに確認済み。だからこそアルサーはアキトの身長の高さを誰よりも身近に感じたはずだ。親近感として。


「それで、これが今のを躱す突破口だって?」


嬉しそうなアカネの声が、眼下から聞こえた。アキトの膝の上で頬を緩めるアカネの声が。

所謂、膝枕というものだ。膝枕されているアカネは、アキト、アルサーよりも身長が高い。そして、そんな女が膝枕をされている。初見で見れば、きっとこう考えるはずだ。膝枕をする側の人間は、その女性より背が高いだろう、と。

勝手な憶測、というより偏見だろうか。膝枕は、する側に体格的な余裕があるように思えてしまうのだ。

実際、それによってアルサーの目測は大いに狂ったし、アキトの身長の高さに対して正確な審査ができなくなった。といっても、それは無意識下のいわば基礎のようなもの。これで腹の底の勘を欺いたところで、剥き出しの警戒心がアキトへの疑念を示せば判明は必至。アキトの侵入劇は終わりを迎える。

ならば、後は外見。眼鏡を外し、魔力抑制クリームを髪に塗って馴染ませれば、外見的なアキトの特徴は、ほぼ全てがアルサーの記憶から乖離したことになる。

そして最後に、首元にアカネから貰ったナイフ型の魔装を紐でくくって提げれば、それは紛れもないミカミ・アキトのような何者か。

アルサーの目をかいくぐるのは必至だった。

アルサーはおそらく、アキトの首元の傷跡の数々に一番の関心を向ける。それは、騎士として彼が培ってきた健全なる精神。だからこそ、彼が一番最初に確認したのはアキトの首元だった。しかし、首元を外套で隠したアキトの傷を確認することはできない。そんなアキトの首元には、超高級品と一目でわかるエバクラフトの刻印。

アキトは、この魔装をアルサーとの邂逅でまだ所有していなかった。アキトがそれをアルサーへの抑止力にしようとすることは、あの酒場での邂逅では不可能だったのだ。

そんな人間が、突如高級品の魔装を所有することができる。期間的にそれはあまり自然とは言えない。

レベルの高い騎士学校で叩き込まれた正しい審美眼が、アルサーの仕事をどこまでも阻害した。

アルサーが敗北した理由は、それだけだ。


「にしてもこのクリーム、妙に髪に馴染むな……」

「つづりちゃん、最初は髪の染色剤を作ろうとしてこれができちゃったらしいからね。そのクリームの本質といえば本質だったね。」

「なるほどな……」


アカネと旧知の仲であるつづり。アカネからの綺麗な奥さんがいるという情報だけで成立している頭の中のつづりに感謝を表し、アキトはその感謝を落とそうとアカネに視線を移す。しかし。


「お前、どかない感じ?」

「えへへ、なんだか安心しちゃって……もうちょっとこのままじゃダメかい?」


早くどけというアキトの言葉に、自分の欲望に忠実なアカネの言葉が返る。アカネは、身長差カモフラージュに利用した膝枕に未だ頭を預けてはにかんだ。顔を赤くしながらも、安心感にゆるんだ表情を見れば、その言葉が嘘ではないことがわかる。

別にこのままの状態でも問題はないのだが、傍から見れば今のアキトたちは危機感ゼロでイチャつくカップル。随分と厄介な手合いだ。そんな衆目の白い目に晒されるのは、アキトにとっても心地のいいものではない。


「ねぇ……ダメ?」


熟考。

心中の罪悪感やら不安やら情欲やらを説き伏せて、満を持してアキトは云う。


「わぁーったよ。次に何か起こるまでな。」

「決定事項なのかい?でも、ありがとう……ふふっ。」


嬉しそうなアカネの声に、何度目かわからないため息を吐く。何度目かわからない、美声という評価を下す。

どこか計算通り、といった風なアカネの額を指で弾き、乱れた前髪を整える。

窓から見える景色は、ところどころから煙が上がり、たまにではあるが人の死体すら見える。そんな、地獄絵図だ。しかし、それを成したのは自分で、望んだのも自分だ。

これは決して正しいことではない。しかし、アキトの正義だ。

何とか窓の外の景色から情報を探れないものかと視線を巡らせて、片手間でアカネの頭を撫でる。

それに満足そうにはにかんで、凛とした外見からは想像もできないような愛らしさで膝枕を堪能する。


「本当に、緊張感はねえのかよ……」


言葉の辛辣さとは裏腹に、どこか安心した様子のアキトは、窓の外に見える魔力光を知覚する。

それがどこか引っかかって、けれど、その情報を切り捨てて、懸念という記憶領域の枠組みに入れなかった魔力光という情報は、静かに、しかし確かに、泥濘のように、蓄積していく。

その不信感は、ないものに向けての不信感。だからこそ、それが懸念になることはない。もしそれを懸念としてしまったのなら。

ないものは、あるものとなってしまう。

あるものが、アタモスファータにとって不利になるものだったとしても。



アカネの緊張感の欠如、というより余裕。それは、アキトへの全幅の信頼と、彼とともに在れることへの喜びが根底にある。だからこそ、それを窘めることがどれだけ無駄か、アキトは知っている。

今更、好きだとか好きじゃないとか、そんな薄っぺらな確認作業などいらない。この関係は二人、共に満足しているし、その空気間にある種の確信を抱いている。ならば、それ以上の何かなどいらない。

それが、アキトとアカネの共有した暗黙の了解のようなものだ。

だからこそ、アカネは好意を隠さないし、アキトはそれに伴った行動に全て嘘を絡ませない。

ある意味では恋人よりも深い関係にあるといってもいい二人は、そうして戦場のど真ん中で膝枕をするなどという行動を是としているのだ。

しかし、アカネはともかくとして、アキトはそこまで自分を貫くということに慣れていない。

自分たちが犯罪者であるという自覚も消えないし、いつまた敵に襲われるかわからない。アキトの中の恐怖心の警鐘は、この国に立ち入った瞬間から、今この瞬間まで、絶えず鳴り響き続いている。

そしてその予感こそが、間違いなくアタモスファータを救うのだ。


「ッ!!!」


とてつもない音を響かせて、エンテンシャーが揺れる。

やはり、とそんな表情で窓の外を睨み、アカネの髪を傷つけないようにそっと撫でつけ、行動の決定権をほんの少しだけ返してほしいと意思表示。それに声を一切出さずに従うアカネは、なにかあったのかと周囲を見回す。

乗客全員が、アタモスファータの襲撃なのではないかと邪推して、勝手に自分を恐怖心の沼に突き落とす。自分で自分の行動を縛る乗客。しかし、アキトたちからしてみれば、無駄なことをしないだけマシだ。

アキトは、直感的にこの事件を予感していた。

もちろん、どんな事件が、いつ、どのような条件で起こるか、そんな詳細なものまでわかっていたわけじゃない。自分の計画したこの国崩しが、何の問題もなく終わるはずがない。そんな、過剰ともいえる油断の切除が、このエンテンシャーの揺れに誰よりも冷静でいるアキトを作った。

アカネへの心配。信頼。

勝ったのは信頼。アカネのことをどれほど心配したところで、彼女のピンチは等しく自分のピンチだ。アキトがいないほうが彼女はピンチから遠ざかるし、生存率も跳ね上がる。

必然の信頼を掴み取って、アカネに一言。その指示に頷いたアカネに全てを託して、アキトは運転室へと駆ける。その白に混じった黒髪を振り乱し、確かな足取りでもって。



エンテンシャーは、動力をすべて魔力に依存する魔力製品の一つだ。

その巨大な体は、質量など感じさせないような動きで人々を運び、不便さなど感じさせない乗り心地で安心を届け、その変わらぬ在り方で街中を行く。

しかし、そんなエンテンシャーの魔力的な構造について、人々はあまり知らない。

まずそもそもエンテンシャーを魔力製品だと思っていない人すらいるのだ。それほどまでに、エンテンシャーは巨大で、それなのに人々の生活に溶け込んでいる。

エンテンシャーほど巨大な魔力製品は、それこそフラントロウムの『ラーディアン・グロウリー』のように兵器レベルのものばかりで、あまり人々の生活に関わりがないと思われているのも、原因の一つだろう。

そんな巨体を動かす万能エネルギー、魔力。本当に都合の良すぎるそのエネルギーを、エンテンシャーはいたく単純な方法で運用している。

使うのは、基本的な魔力学の考え方。魔力に種類があると考えるものだ。

魔力は、人間よりも遥かに複雑なルールに従って動いている。

光が常時交錯、点灯する空間に魔力を閉じ込め、それを数年の放置するという実験があった。そんな実験が行われた後の実験室内部で、魔術の発動が酷く抑制されるという事象が発生したのだ。何か原因があるのではないかと様々な対照実験が行われたが、実験員たちだけでは解明できず、最終的に他の魔力学者たちや魔双師たちにも協力が仰がれた。

魔術に精通した人間を何人も招き入れ、魔術施行実験を行う。その繰り返し。しかし、ことごとくが魔術を弱められただけで、原因の解明にも至れなかった。

一種の心霊現象のように取り上げられ、話題にもなったが、魔術発動実験が続くにつれてその魔術抑制効果は弱まり、やがて完全に魔術を発動することのできる、ただの陳腐な部屋になり果てた。

人々の関心が一瞬で冷めたその実験の数年後、再びその魔術抑制現象は世界を席巻することになる。

再現されたのだ。魔術抑制空間が。その、原理の解明とともに。

原理といっても簡単だ。魔力は、変化したのだ。魔術に使用することのできる魔力から、魔術に使用することのできない、別の種類の魔力へと。

解明した人物はテルト・シャーグリン。数えきれない量の規外魔法を作り出し、しかし自分ではそれをたった一つしか扱えなかったという滑稽な人物。それなのにも関わらず、数多の魔力社会の進歩に助力した人物でもある。

この解明によって、彼は賢者の称号をその胸に光らせることを許された。

そして、その彼の解明したその原理こそ、魔力分類理論。

魔力には種類があり、元は同じであっても環境によってそこに種類が付与されると考えるものだ。

魔力の粒には知覚器官が二十六存在し、そのそれぞれにどんな情報を知覚するのかという種類がある。それに適応した環境に魔力があれば、魔力は種類を持つ。魔力の種類というのは、そんな知覚器官を核として生まれる。

魔力が二つの知覚器官で何かを感じ取ったときに、内部で情報が混濁、それを完全に消去する自己修正機能が働くこと。これが分かったのが約四半世紀前。

つまり、魔力に対して、絶対的にたった一つだけの条件を与えた時だけ、魔力はそれに対応した種類のものに変化するのだ。二十六種類の変化した魔力と、何の条件にも適応しない、生まれたままの魔力。合計二十七種類に魔力を分類することができる。それが、魔力分類理論の大まかな中身だ。

ケルト・シャーグリンの功績のお陰で、この理論はほぼ確定的な事実となったのだが、しかしそれを良しとしないものも多い。

魔力学会は、魔力に種類は無いとする確定的魔力論と、魔力分類理論の二つに分割され、その溝は今でも学会を深く二分している。

そんな魔力学のデンドログラムの中から、ウドガラドは魔力分類理論を選択した。それを発見したケルトに賢者の称号を与えたのだから、もちろん当たり前のことではあるのだが、それが世界的に魔力分類理論を分布させるきっかけとなったのも事実だ。

そんな理由から、エンテンシャーの運用にはほぼ全てに魔力分類理論の反発作用が使われている。

魔力の第十五種類目と十六種類目。専門的には第十五知覚、第十六知覚と称される魔力。この種類に変化した魔力は、互いに互いを引き離しあい、反発しあう。これによって、エンテンシャーは一切の地面との接触を阻んで、快適な走行を可能にするのだ。

そんなエンテンシャーの構造を、アキトは魔力分類理論を知るきっかけとして大いに称賛し、一種のエンテンシャーオタクのような側面を持つ男となっていた。

そんなアキトからすれば、エンテンシャーの揺れが急な進路変更を行ったものだと気づくのに、たいして時間はかからなかった。



「すみません……乗客の一人なんですが……」


閉じられた運転室の扉。その白亜の扉にノックして、控えめな態度で身分を明かせば、内側から慌ただしい音と共に足音が近づいてくる。

危険走行を自動的に制限する安全装置。その音が聞こえないということは、おそらくエンテンシャーの運転補助システムは切られているのだろう。マザーシステムの不在によって、このエンテンシャーは完全に本部とのリンクも切断済み。帰巣本能を発動することもできない。

彼らは、とてつもないリスクを伴ってこのような急な進路変更を行った。

そうまでして進路を変更したかった理由はなんだ?

アキトの想定を既に外れ始めた王城特攻。その第一歩を解決することが、取り敢えずの対抗策。

白い扉がスライドして、中からフロム職員が出てくる。

その姿の背に見える運転室。確認できるのは、二人の運転員。通常業務の運転手より一人多い三人の敵戦力に腹の底で舌打ちし、その舌で善良な乗客を演じる。


「今揺れたのは、なにかあったんでしょうか?」

「あぁ……すみません、不安にさせてしまいましたね。」


出てきたのはおそらく初老ほどのフロム職員。腰に差したフロム職員専用魔装から、運転室の中でも一番階級の高いものだろうと予測。窓の外は真っ暗。トンネルに入ったのだろう。

見かけからだが、相手の外見。それと、現在の状況を鑑みるに、アカネに任せた仕事の兼ね合いも考えて、この状況はアキトが事を起こすのには好機。

かなり経験を刻んできたのであろうその柔和な表情に対して、微笑みを刻んだ表情を向けて、アキトはフロム職員の言葉を待つ。


「エンテンシャー走行路内に、不審なものを発見したんです。このまま進めば、エンテンシャーと不審物が衝突して、走行が困難になります。」

「迂回ルートで王城へ?」

「いいえ、迂回して王城へ向かうより、このまま別の避難所に行くほうが速いです。ですので、不審物を排除するまでは、そちらの避難所に在留していただくことになると思います。」


不審物。

このトンネル内でルート上に不審物。撤去するにしても、相応の時間がかかる。その時間を差し引いても、このまま王城以外のシェルターに進んだほうが安全だと判断した。実際、そうだったのだろう。

アキトの内心の推測通り、そのフロム職員は中々のベテランだった。瞬時にその判断をしてルートを変更したというのなら、アキトに匹敵、もしくはそれ以上の指揮能力を持っていることは必至だ。

もしこのままその緊急避難所に在留することになれば、アルサーの疑惑の目はさらに深くアキトたちを透かすだろう。そうなれば、もう何度目かわからないアキトたちの詰みの盤面だ。

このままエンテンシャーの目的地の変更、あるいは到着時間の遅延、それを許容することこそ、一番のしてはならないことだ。


「どうにか王城に進めませんか?彼女が不安がっているんです……」


意味深な目線で背後を振り返り、視線に込めたのは客席に残る恋人への心配。しかし、その奥底にあるのは既に客席にはいない相方への懇願。曰く、もう少し引き留めてくれ。


「これだけは、止められません。既にフロムに連絡を済ませてしまいましたから。」

「ッ……」


エンテンシャーの危険を自動で排除するマザーシステム。それを切って急な進路変更を行う。これを独断で行うのはさすがに彼でも困難だったのだろう。本部に進路変更の連絡と、おそらくその承諾も含めた解答を受け取り、このエンテンシャーは一切の連絡能力を失った。

申し訳なさそうに頭を下げる目の前の男の手腕に、思わず顔をしかめる。

このエンテンシャーは、完全に外界から隔絶された。それを、デメリットとしないほどの敏腕によって。


「……わかりました。すみません、突然。」

「いいえ。私たちも、何の連絡もできず申し訳ありません。これから、エンテンシャー内に放送をいたしますのォッでッ!!」


そして、そんなベテランの顔面がぶん殴られる。それをデメリットとしないための、細腕によって。

アキトの拳は、特に誰かからの指南によって強化されたものではない。アカネに肉弾戦の心得はないため、アキトの完全なる独学。しかし、彼の身長と体重がもろに乗ったその拳は、たとえ素人同然の技量であっても人一人くらいならば吹き飛ばす。

気持ちのいいほど爽快に吹き飛んだフロム職員と、気持ちの悪い血液の感触に奥歯を噛み締めるアキト。拳に響く痛みは、直接的にアキトの脆弱さを証明する。

しかし、それに頓着していられる暇はない。

運転席まで吹き飛んだ初老のフロム職員に気づいた残りの二人が、その暴挙を見咎めないはずがない。

なんの迷いもなくフロム職員専用魔装を抜き、前後の距離をとった陣形で構えた。

それは、魂レベルに刻み込まれた訓練のなせる業だった。二人同時にかかってきた場合、その狭い通路で二人の攻撃が何の障害もなくアキトに当たることはほぼない。アキトはその隙をつくことができる。

しかし、彼らはそれを考慮して、一人ずつ攻撃の手を持ち、アキトを相手取ろうとしているのだ。

ウドガラドの職員教育の徹底ぶりに苦笑して、それでもやらなければならぬと魔装を抜いた。

アキトの装備した魔装。アカネから手渡された、アキトのためのアキトだけの特殊魔装。

フロム職員の魔装。殺傷力ではなく、殴打による昏倒を目的とした鎮圧魔装だ。アキトレベルの人間がノーガードで喰らえば、確実に意識を刈り取られるだろう。

振り上げられたその魔装。振り下ろされるスピードは、アキトの想像を容易に上回り、突如目の前に出現したように見えた魔装の速度に目を剥く。フロム職員といえど、国直属の機関に勤める人間。その身のこなしは、既にアキトが防げる領域にない。

しかし、


「元から、防げると思ってねえよ。」


アキトの抜いた魔装。それは、あくまで攻撃用。超速で振り下ろされる魔装の暴虐を、たった数十センチのナイフで弾き、防ぐことなど、端からできると思っていない。ミカミ・アキトは、そんな慢心に甘えられない。

だからこそ、彼は絶対の手段に頼るのだ。絶対の防御、停滞の音色、雷光の片鱗。

その防御は、隔絶は、かつて賢者が我が物とし、今となっては最弱の小細工になり果てた、憐れな規外魔法。しかし、絶対の防御を可能にする、最強の盾。


賢者への冒涜(セル・ガルディエル)


ナイフを持っていない左手で、眼鏡、もとい特殊魔装を発動する。

それは、雷の魔術結合を利用した、世界の停滞。その停滞の中では、彼の大剣士、グレンですらも剣を振ることができなかった。それほどまでに、完成した防御。

フロム職員の魔装が火花を散らしてガルディエルを叩く。その反動は、相当のものだったろう。何せ、彼は止まった世界に全力を放ち、それを絶対的に上回る力で返されたのだから。

バチバチ、という魔法発動音の雷を横目に、鈍撃特化の機巧を発動させたアキトのナイフが、些か奇麗な動きで空を切る。そして、フロム職員の顎を正確に打ち抜いて、その意識を断絶させる。

しかし、その後ろにいる最後のフロム職員への手立てを、アキトはほとんど持ち合わせていない。

賢者への冒涜(セル・ガルディエル)は、魔力消費を抑えているとはいえ連続使用はできない。アキトの一年間のナイフ術の鍛錬と、フロム職員の構える狙撃魔装の攻撃ヒット速度。どちらが速いかは、明白だ。

完全なる停滞を強いられたアキトは、持った魔装を地面に落とし、両手を挙げてその魔装に屈した。


「目的はなんだ。」


狙撃杖。量産魔術杖(イニシエスト)と称される魔装の先をアキトに突きつけ、フロム職員は険しい表情に微かな安堵を湛えた。

彼の構える狙撃杖は、中・遠距離間の魔術運用において重宝される、あまりメジャーではない量産魔術杖(イニシエスト)だ。基本的には後衛の援護射撃などに使われる魔術射出魔装だ。しかし、その特性は厄介で、魔術を弾丸のように丸め、疑似的な銃口を介して射出するのだ。近距離であったとしても、むしろこの状況だとするのならば近距離であればあるほど超危険な魔装だ。


「早く!目的を言え……!」


既に魔力の装填は済んでいるのだろう。彼のその態度からは、アキトをすぐに殺すのではなく、情報を引き出してから制裁を加えようという余裕が見える。ある種、どこか油断した状態。

アキトがいま出せる切り札があるとしたら。


「じゃーん。」


何の感慨も、何の脈絡もなく、外套を剥ぎ取って、己の首元を露出させた。

別に、そこに武器が仕込んであるだとか、絶対の魔法が刻んであるだとか、そんなご都合展開はない。アキトは二人目の対処で必殺技といえる切り札を全て使い切り、すっからかんの状態で三人目に硬直状態を指示されるほど貧相な装備と力しかもっていない。

だがしかし、彼は持っていないだけではない。しっかりと、失っているのだ。

アキトの首元を覆い尽くすおびただしい量の傷跡に、フロム職員は息を呑んだ。ほんの一瞬であっても、その安堵という意識の無防備に刃を差し込まれ、警戒という名の鎧から呻き声をあげてしまった。

自分は攻撃を受けました、と。馬鹿正直に、吐露してしまった。


量産刀剣魔装(アルザージエスト)


魔装に向けて詠唱する。その役割を思い出させ、奮い立たせ、刃とする、まさしく魔法の言葉と呼ぶに相応しい詠唱を、その刹那の空白に滑り込ませる。

アキトの右足の靴底。予期しない場所に仕込まれたその魔装は、最低限の機巧しか備わっていない粗悪品予備軍のものだった。しかし、彼は誰よりも早く自分の仕事を全うし、刀身に力を纏わせた。

流石のアキトであっても、そこまで御膳立てされた状況で撃ち負けるほど面白い人間じゃない。彼は平凡で、無才能で。定められた状況にイレギュラーを起こせるほど、持っている人間ではないのだ。

つま先から微かに尖る量産刀剣魔装(アルザージエスト)の輝きと、フロム職員の唖然とした表情を持って、エンテンシャー運転室襲撃戦は終着する。

殴打による昏倒一名。魔装打撃による昏倒一名。魔装斬撃の声帯断裂による気絶一名。いずれも、回復可能な損傷。しかし、確かに全員の意識を刈り取った。

ミカミ・アキトの一年間。その成果を、彼は既にこの戦いで出し尽くしたのだった。

現在発見されている魔力の種類

※読まなくても問題ありません。あくまで参考です。


第一知覚器官・・・効果不明


第四知覚器官・・・疑似聴覚転用可能


第五知覚器官・・・疑似触覚転用可能


第八知覚器官・・・索敵運用


第十五知覚、第十六知覚・・・互いに反発


第二十四知覚・・・通信機能

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