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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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11.【されど金獅子は止まれない】

エンテンシャーが再度揺れた。しかし、今度は先ほどの揺れとは違う。今回は、明確に推進力の生成がなくなった。ほぼ宙に浮いている状態のエンテンシャーを進めるのは、エンテンシャー後部に設置されている、推進力を司る魔力製品。魔力を純粋たる推進力に変換するその装置を作るのに、賢者ですら相当な時間をかけたという。そんな難解な装置は、難解故に頑丈、正確。不具合で勝手に停止するなどという愚行は、絶対に犯さない。

しかし、現にこのエンテンシャーは走行を中止した。

導き出される答え。アカネ・アーバリシアが感じ取らなければならない答え。

相方は、任務を完了した。

ミカミ・アキトは、その力の全てでもって、このエンテンシャーの運転室を制圧した。

ならば、やらなければなるまい。

誰よりも弱い彼が、それを成し遂げたというのなら、誰よりも強くなければならない彼女は、刃をとらなければならない。アカネ・アーバリシアは、ここで笑わなければならない。


アニマ・アルサーが運転室へと向かうその足を、アカネが止めた。

通路を塞ぐアカネに違和感と警戒心を剥き出しにするアルサー。対するアカネの態度は、恐ろしいほどに達観していた。


「ミカミくん以外の相手なんて、反吐が出るな。」


一切の虚飾を捨てて、纏わりついた虚構を破り捨て、しかし、最奥の『それ』を垣間見せることなく、アカネは冷たい声音で『以外の男』の頬を叩く。アルサーへと敵意を放つ。

アカネは、魔力のスペシャリストだ。

月界というのは、それに該当するほどの破壊力、または効果をもたらすものを自動的に感知し、世界が認知することで成立する。月界に登録されたものは、魔法であれ規外魔法であれ、それ以外の技術であれ、以後使用する際の使用エネルギーを特殊な種類の魔力に統一。その技を確かなものとして使用者に刻む。

つまり彼女は、覚醒因子という魔力で反則的に発現するような力を、自分の魔力のみで作り出した人物なのだ。いわば、彼女は自分を世界に認めさせたといっても過言ではない。それも、概念的な意味で。

そのため、アカネはアキトと同じくらい、もしくはそれ以上にエンテンシャーについて詳細な情報を脳髄に刻んでいる。そして、それと同時に常人とは比べ物にならないほどの魔力感知能力も持つ。

アカネには、視えていた。

しかし、目の前にいる人物がそんな稀代の天才であるなどと、誰が予想できただろうか。少なくともアルサーには、そこまで考えが及ばなかった。だからこそ、彼は酷く落ち着いて、アカネに問いかけたのだ。


「弁明は後で聞きますが、取り敢えず、落ち着いて話せる環境に移動しませんか?」


そう言って、アルサーは真横に設置されたガラスの小窓を叩き割った。そして、その勢いで匿われていたボタンも強打。乱暴に、しかし確実に押されたボタン。それは、ほんの少し前。エンテンシャーに立てこもったアタモスファータの少年も利用した、エンテンシャーの防犯機能。

エンテンシャー内にいる人間の行動を縛る、絶対の領域。これが押されてしまえば、エンテンシャーにいる人間は効果時間が切れるまで絶対に動けない。これが、アルサーが用意したかった落ち着いて話せる環境というわけだ。

しかし、彼は一つの違和感に気づくべきだった。


「……?作動、しない?」


敵足りうる態度をとったアカネが、その仕組まれたような配置に対して、なんの頓着もしていなかったことを。自分の進路を明確に塞いだ相手が、敵が、己の命の確信もなく棒立ちするはずがないということを。


「エンテンシャーの機能は、ほとんどがその核の魔力機巧に頼っている。だからこそ、魔力導線に一切魔力の流れていない今のエンテンシャーは、本体の移動操作以外の駆動を封じられている。もちろん、その防犯機能もね。」


エンテンシャー防犯システム。それは、ほぼすべての場合でマザーシステムに組み込まれている。エンテンシャー内の空間ほぼ全てに干渉するほどの魔力機巧は、単体で設置できるほど簡単に運用できるものではなく、マザーシステムのそもそものスペックの高さにあやかって作られているものに他ならない。

つまり、そこでいくらアルサーがボタンを押したところで、虚無に信号を吐き捨てているだけ。意味は既に消失している。


「っ、貴方は、一体何者ですか。どうして、僕の、私の前に立ちはだかる?」


堂々とした態度、というより、自分に課した力、それに絶対を信じているアカネの、余裕。それは、気味の悪いものだったろう。今、この場で、まだ正式なものではないが騎士であるアルサーに逆らう。それは、自分がアタモスファータだと認めている、またはそうだと勘違いされて殺される、その危険性を全く顧みていないことと同義だ。

自分は犯罪者だと、声高に宣言して、両手を広げて、尚それでも乾かぬ陶酔の循環に、滾る動力は表情筋に笑みを強いる。

それは、なんだった?

間違いない。絶対的強者の、舌なめずりだった。


「アタモスファータ、君には、ミカミ・アキトと、そう言った方がいいかい?」

「……ま、……さか、」


アルサーの困惑。それは、心の奥底で、脳髄の裏側で、自我の中心で、痛みを叫び、人生を穢し、咆哮を絶やさぬ、そんな害悪の名前であった。決して、取り払うことのできないものだ。決して、許してはならないものだ。

どうしようもないほどに、危険なものだ。


「アカネ・アーバリシア。この国を壊す男の、そうだねぇ……性奴隷、とでも思ってくれ。」


貼り付けた?違う。滲み出た。

そんな満面の笑みで、アカネは己を宣言した。かつて叶わなかった自分と、いつか叶える自分に向けて。

自分は、ミカミ・アキトに全てを捧げた、隷属の(しもべ)であると。



ぐちゃくちゃになった死体。頭蓋を擦り切られ、四肢を潰された凄惨な虐殺死体の中で、幼い少年の死体は、まるで何かの当てつけのように一際惨たらしく引き裂かれていた。

その横で上半身のほとんどを爆散させた女性の下半身が、生前の活発さを表現するように流動的に変わり果てた少年に、寄り添うように倒れていた。しかし、そんな綺麗ごとが、はたしてこの血の惨劇の中でどれほどの意味を持つだろうか。

そんな死体を無造作に蹴り上げ、弄ぶように弾き飛ばす巨漢が一つ。


「一番、一番だ。俺が、お前たちの一番を喰らう。」


ウドガラドの住宅地。家が密集し、窮屈な印象を受けることも多い都心の住宅地だ。住宅地、だったはずだ。今となっては、その面影すら感じられない。かろうじて感じられる名残も、今しがた破壊の王に蹴り飛ばされて千切れ飛んでしまった。

彼の破壊は、アタモスファータの構成員最強の名を欲しいままにする、筋骨隆々の偉丈夫。果たしてどれほどの修羅場を潜り抜けてきたのか、その身に刻まれる傷の量は並大抵のものではなく、きっと刻んできた傷の量も並大抵のものではなかった。

しかし、そんな彼ですら、最弱の命令を受けて、暴虐に一瞬の休憩時間を設けているのだ。この世界の力関係の構図には、些か単純さが欠如している。

そんな退屈な時間を死体遊びで埋める男。名を、カルバラ・グリフィルト。


「ミカミ・アキト、本当にここに来るんだろうな、最強の竜伐(サルヴァトス)が……」


退屈を極めて、とうとう絶対の君主であるアキトにまで不信感を抱き始めたカルバラ。しかし、その懸念は幸か不幸か空振りに終わる。


「貴様の蛮行、私が裁きましょう。」


それは、鮮烈だった。

輝きの暴力が刀身から放たれ、吹き荒れるカラフルな魔力が、その美しさと相反した破壊力で地面を削る。しかし、そんな摩擦力など無に等しく、一切の勢いをそのままに、魔力の乱舞がカルバラを直撃した。

それは、鮮烈だった。

それは、斬撃だった。

それは、正義だった。

それは、紛れもない。竜伐(サルヴァトス)最強の剣士。ヴィエラ・アンスタクトであった。


「ああ……ああ!ああ!やっと、やっと来やがったか!?ハハハ!!!!!」


そんなとてつもない魔力の波動に晒されて、傷跡の上に傷跡を重ねるカルバラはしかしダメージといえるダメージを負っているようには見えなかった。筋骨隆々の身体の肉体美は健在で、表情は痛みに喘ぐどころか哄笑に歓喜を湛える。

そんな狂気を前に、依然無表情なヴィエラは、冷静に、ドライに。正義の執行を告げる。


「強いことは、罪ではなく美徳。貴様のような力をはき違えた輩こそが、罪なのです。」


血の枯れ果てるほどの努力の果て、美徳を獲得した少女は、その桃色の誇りを振り乱して云う。


「貴様は、不幸に愛されていますよ。幸運なことに。」



竜伐(サルヴァトス)第三聖。アミリスタ・アンドロシア。守りの概念を具現化したような能力を持つ、幼い童女。しかし、その実彼女は成人しているし、酒も嗜める年齢だ。だからこそ、彼女は、その一人前の責任を全うするために、この場で命を晒すのだ。無防備な状態で、獣の前に、現れるのだ。

その悪を裁くため。己の正義を、語るため。


「魔力の、発益所?」


魔力発益所。加工困難、または、加工するに値しない魔獣の死骸を、その内部にある魔力に語り掛けることで燃やして魔力を生成する、エネルギー生成所だ。ウドガラドの顕現魔法継承の祭典のために、連日フル稼働状態だったこの施設は、その分警備も厳しく、先日侵入した不審者をアミリスタは撃退したばかりだった。


「なにか、ここに来たい理由でもあるのか?」


完全なる抹殺とはいかず、残念ながら逃亡を許してしまったが、それからこの施設には人という人を一切入れていない。何か利用するようなものはないはずだが、アミリスタの眼前に広がる惨状は、明らかに狙いすまして作られたものであり、単なる偶然だとは思えなかった。


「やっと、来られましたか。」


惨状。糸だ。人を雁字搦めにして、それでも飽き足らず、建物をもぐるぐる巻きにする糸。

まるで巨大な蜘蛛が暴れまわったのではないかと見紛うような惨状だ。

磨き上げられた発益所の壁面は、既に蜘蛛の糸によって色彩を刻み、そこから他の建物に通じる糸の間には幾多の人々の死体がつるされている。

どうにも形容しがたい気色悪さに顔を顰めるアミリスタに、紳士風の服を着こんだ老人が、優しい声音で呟いた。

それは、悪だ。間違いない。紛れもない。

しかし、アミリスタにはそれが悪であるようには見えなかった。彼が、この国を壊す反乱因子であるようには、見えなかったのだ。

彼は、筋骨隆々の、傷だらけの男ではなかった。むしろ、簡単に折れてしまいそうな細腕で、杖すらついていた。

彼は、とてつもない魔力を内包しているような天才ではなかった。特殊魔装の規模を見れば、彼が何か魔法を所持しているわけではないことがわかる。

彼は、すべてに絶望し、世界の全てを恨む瞳を持ち合わせていなかった。

彼は、ハーリバーという男は、ただ一つ。この国だけを、憎んでいた。


「それでは、僭越ながら、余興を始めさせていただきましょう。」

「余興……?」


そんなハーリバーのアタモスファータらしからぬ容姿に困惑しているアミリスタを置き去りにして、彼は、待ちわびた邂逅に笑みを漏らしながら、手元の糸を手繰った。

彼の手中。掌から放出されているかのように、幾閃にもわたる糸が、ハーリバーの掌に収束していた。

彼がそれを動かしたということは。ハーリバーが糸を操ったことに他ならない。

即ち。


「お父さん!お母さぁん!!ねぇ、ねえってば!!!」


聞こえてきたのは、耳朶を引き裂くような、甲高い叫び声。それは、小さな少女のものだった。

茶髪の髪を二つに結んだ、普通の愛らしい少女だ。しかし、彼女の置かれている状況は、些か普通とはかけ離れているものだった。

右手首を吊るし上げられ、空中で踊った少女の眼前、その少女の両親だと思われる男女の二人が、首にかけられた糸に必死に足掻いていた。

彼らは、少女が自分を呼ぶ声も聞こえていないかのように、ただ一つ、自分の命に執着していた。命を途絶えさせようとする首元の糸。それを、どうにかして取り払う。それだけが、今の自分にできる、唯一のことだと。そうすることが正義だと。彼らは、娘との最後の瞬間になり得るかもしれないこの一瞬を、己の延命に充てていた。

自分の存在を必死に叫ぶ少女は、とうとう焦点の怪しくなってきた両親を見て、涙も枯れ果てたように抵抗をやめた。がっくりと項垂れて、命を放棄するように。

それは本当に、地獄のような所業で。

竜伐(サルヴァトス)であるアミリスタが見逃せるような所業では、なかった。


「『彼方を刻む焦界者(ラウレン・エニア)』!」


すぱっ、と。空気を切る爽快な音すら聞こえてくるほどに鋭利な何かが、少女の両親を縛っていた糸を引き裂いた。まるで空間ごと切り裂かれたような反則的な速度。それは、魔力、魔術の理すら超えて、たった一人、自分しか扱うことのできない、自分だけの魔力。

それは、魔法だった。


「結界術師であり、空間魔法の使い手でもある。本当に、貴方は境界に愛されているのですね。」


ハーリバーは、自分の糸が引きちぎられたことには目もくれず、まるで称賛するように手を叩き、持っていた杖で父親であろう男の腹を貫いた。

唐突に行われた刺突に成すすべもなく、男から幾閃もの血液が噴出した。


「っ、お前ッ!!」

「動かないでください、結界娘。貴方の慧眼ならば、この状況がもっとよく見えている筈だ。」


肺腑が爆ぜたような感覚に、冷静さを忘れて春刹を燃やしたアミリスタに、それを咎めるような口調でハーリバーが警告を重ねた。曰く、状況を見ろ、と。

いや、お前は、見えている筈だと。見えないふりはやめろ、と。

その言葉に微かに冷静さを取り戻す。

男は、確かにハーリバーの杖、というよりその鞘に匿われていた特殊魔装の剣に貫かれている。しかし、それはしっかりと急所を外して刺されたものであり、すぐに死に至るということはないだろう。

同時に、その男の横で呼吸のありがたみを現在進行形で感じ、陶酔すらしている女。おそらく少女の母親であろう彼女にも、首元にゆるりと糸がかけられていて、命がハーリバーの掌の中にあることがわかる。

そう、夫婦ともに、たった一瞬で死に絶える状況にあるのだ。


「どちらか、選んでください。」

「は……ぁ……?」


ハーリバーから放たれた言葉が、理解できなかった。


「私は、この少女を見逃します。貴方は、この少女のためになるだろうと思う方を、父と、母。どちらか救ってください。私は、いまから彼らを全力で殺す。さあ、選択してください。」

「なんで、僕はっ!」

「選択してください。得意でしょう?竜伐(サルヴァトス)。貴方がたは、きっと。」


狂っていた。狂気だ。滲み出る瘴気すら、見えそうだった。

アミリスタに、命を選べということがどれほど酷なことか、きっと彼女自身にしかわからない。決して、このように悪戯に行われていいものじゃない。しかし、ここで選択しなければ、二人とも死んでしまう。少女の希望が、今度こそ尽きてしまう。それは、本当の意味での最悪手。

自分がどれだけ傷を負おうと、この瞬間に割り切って、できうる限りの最善を選択する。彼女にできるのは、今のところそれだけだ。

ならば、やることは一つ。


「僕は、両方を助けるね!!『彼方を刻む焦界者(ラウレン・エニア)』!!」


右手で空間を切断し、左手で結界を生み出した。

それぞれが、剣から男の身体を引き剥がし、女の首を結界で防護した。

竜伐(サルヴァトス)、アミリスタ・アンドロシアの選択したのは、どちらかではない。

きっと、どちらかを確実に助けた方が、安全ではあった。しかし、この場で犠牲を許容することが、その少女のためになるのか?そんな思考の蓋を、彼女は無下にすることができなかった。


「これが、僕の選択だ。」

「そうですか、……残念です。」


そう。自分はどちらも見捨てなかった。そんな自己満足のための選択を、彼女は、無下にできなかった。

ハーリバーの特殊魔装の刀身が爆ぜる。再び突き刺さったそれは、男の身体を内側から弾き飛ばし、たった数センチ単位の肉塊に解体する。そこに使われた時間は、本当に一瞬。アミリスタの反応速度の、その先にある、身体操作の境地に至った動きであった。

どうしようもない現実。それを、どうにかしたいという願いが。傷つきたくないという弱さが、アミリスタの視線を母親の方へと歪曲させた。そして、動揺によって掻き消えたアミリスタの結界を意図もたやすくすり抜け、母親は呼吸の仕方を忘れて白目を剥いた。

括られた糸が、母親の首を細く、細く、キリキリと縛り、やがてへし折った。


「ッ……お前たちは、本当に……。……絶対に、許さない……」


もはや、少女は何も言わなかった。自分の両親を失って尚、何も。


「この試練は、壁は、どっちですか?師匠。」


ただ、アミリスタのズタズタの心には、そんなもの、見えていなかった。



その悪意は、皮肉なものだった。

彼のことを知っていたから。熟知とは言わずとも、その思考の一端を垣間見た後だから、少なからず彼女が、彼を気にかけていたから、きっとリディアという少女は、あの場で最大限の悪意を手向けることができた。

しかし、その悪意も精々数日分。アキトと過ごしたその数日分の悪意。それが、あの狡猾の代名詞のような男にどこまで通用するか。リディアには、それが気がかりで仕方なかった。

アキトには、完全な制御も、任意の発動もできないが、一応月界という力がある。それがもしあの閉鎖空間のエンテンシャーで発動してしまったら。被害者の数がどれほどのものになるか、わかったものではない。

しかし、それでも、リディアは絶対的な消耗を、アキトに与えることができたのだ。

ウドガラドからアタモスファータに向けた、初めての反撃とも言えただろう。そんな功労者であるリディアには、まだやらなければならないことがある。

一人の騎士をも呑み込んだ、エンテンシャーの籠城者。

おそらく、アタモスファータの作戦の中で一番最初に世間に露呈したその事件は、エンテンシャーの異常から始まった。

乗客の死、フロム職員の死、そして、騎士というものの死。それほどの死を貪っておいて、それでもなお飽き足らぬ貪欲さが、口を開けて次の犠牲者を待っている。

だからこそ、ウドガラドはその口に毒を放り込まねばならない。その口に、刃を叩きこまなければならない。


「特殊魔装『プロキオン・クルーガー』……」


小さく、詠唱した。

疾走しながらもその振動を感知した魔装は、その懐古的な生い立ちからすれば驚くほどに次世代的な性能を誇る。現在の最新機種、その数世代先の汎用魔装でも、これほど性能のいい魔装は現れないだろう。

リディアの使用する特殊魔装。金を積めば変えるオーダーメイドの特殊魔装と違い、彼女の運用する魔装は既に武器の範疇を超えている。

万能。本当に、そんな言葉の似合う魔装だ。

だからこそ、その魔装は一対魔装と言われている。全てを兼ねる、魔装。特殊魔装『プロキオン・クルーガー』。

あまりその存在を公にしたくないため、リディアは現場に疾走する途中に詠唱を済ませ、先に戦闘状態に備えておく。魔力の十分に循環した魔装は、既に咆哮するように魔力光を漏らしており、可視化された殺意が美しく見えた。

そんな陳腐な感想を抱いたとき、見えてきた。

竜伐(サルヴァトス)第一聖、リディアの相対する相手。アタモスファータの襲撃の開始から、唯一移動を封じたアタモスファータ。たったの一瞬も、移動という行為に時間を割かなかった、頑なな敵。

わざわざ敵の籠城するエンテンシャーに行く必要は、本当はない。エンテンシャーごと爆破すれば、簡単に排除することができる。その問題は、攻略することができる。しかし、この非常事態に、たった一つであってもエンテンシャーが使用不可能になるというのはウドガラド側にとって相当な痛手となる。

竜伐(サルヴァトス)という切り札によってそれを奪還したいと思うのは、当然のことだった。

しかし、もしかすると。あるいは、竜伐(サルヴァトス)の犠牲によって、確認したかったのかもしれない。

現在ウドガラドが出せる最大戦力の竜伐(サルヴァトス)ですら、このエンテンシャーはどうすることもできなかった、と。

そうして、目を背けたかったのかもしれない。

この未曽有の大襲撃から。

この周到すぎる予定調和から。

そして、それを仕組んだ少年から。

それが、かつて自分が救えなかった相手だという、事実から。


「アキトさん、僕、頑張るね?」


「アキト、私が、貴方を止めるわ。」


双方、ターゲットを同じにした言葉。しかし、前者のおぞましい声は。エンテンシャーの中で木霊する、悲しい声音は、その全てに負の感情を乗せ、一切の予断を切り離した、究極でいて孤独、それでいて空虚。そんな声だった。

後者、リディアの声。それは、前者の声と、本質的には同じだっただろう。

どちらも、アキトという少年に対して、絶対的な信頼を向けている声だった。

エンテンシャーを占領する少年は、アキトの絶対的な勝利に向けて。

リディアは、アキトの狡猾さが、決してこんなものではないという懸念に向けて。


されど、金獅子は止まれない。


火蓋は切られ、血肉は溶けた。境界を跨ぎ、命を掻いて、それでも少年は云うのだろうか。

自分は、弱い。力が欲しい。

そんな、子供の癇癪を、ほざくのだろうか。

それでも、そうだとしても。リディアはアキトを、止めなけれなばならない。

彼を救ったのは自分で、その結果、こんな結末を呼んでしまったのも自分だ。ならば、せめて。その後片付けくらいはしなくてはならない。その悲劇の主人公に、悲劇の主人公ぶった最弱に、突きつけてやらねばならない。現実の無慈悲さと、力の求め方と、そして、掲げた正義の誇りの重さを。

彼は、折れてしまうだろうか。

また、こうして誤った道に進んでしまうだろうか。

もう、立ち上がることができなくなってしまうだろうか。

憔悴しきって、疲弊して、もう死にたいと泣き喚き、もう死んだのだと俯瞰して、それでも、彼と、リディアだけは諦めない。諦められない。諦めてはならない。

あの瞬間、リディアがアキトを救った瞬間から、もう既に始まってしまったのだ。このどうしようもない世界の、どうしようもない人間たちの舞台は。愚か者たちの物語は。

だからこそ、誰もが彼を責めたてて、もちろん自分も怒り、怒鳴って、反省し尽くして、どうしようもない(ツラ)をさらにどうしようもなく暗くしたとき、リディアだけは云うのだ。

まるで煽るように、それでいて、励ますように。

不器用な優しさで、無遠慮な歩法で、歩み寄る。

いつぞやのように問いかけるのだ。


『だいじょうぶ?』


ミカミ・アキトを、続けるために。その愚か者を、笑うために。

彼女だけは、勝たなくてはならない。



真っ白な世界。色なんてない。しかし、強いて言うならば、それは黒く見えた。

何もない黒の世界。けれど、何もないという事象を極めすぎて、それらが彼には白く見えた。


「なあ、あの時、お前はこんな気持ちだったのか?」


ミカミ・アキトは、小さな声でそう問いかけた。

アカネでも、リディアでも。

リンカーネーションでもない。

彼は、紛れもない。唯の自分自身に問いかけた。

それは、どうしようもない真実。それを、ミカミ・アキトは薄々気づいていたのだ。

この戦いの意味を、アキトは正義だといった。けれど、リディアはそれを子供の癇癪だと思った。

しかし、その癇癪こそを、彼は正義だと思った。

だって、紛れもない自分が。自分ではない自分が、それを、ほんの少しでもかっこいいと。正義だと思ってしまったから。


「俺にはどうしても。これが過ちであるようには思えない。」


それは、たった一つの言葉から始まった物語だった。


「あいつは、強くなれって言った。」


その剣士の姿を、今も鮮明に思い出せる。この世界で二番目に憎んだ男。この世界で、一番憧憬を抱いた男。それでも、絶対に許せない、ミカミ・アキトの一番最初の師匠。

彼の言葉を、自分なりに解釈して、自分だけで噛み砕いて。そして、しょうがない。そうしないといけない。そんな自分勝手な嘆きで、国に手をかけた。


「なにも、間違っちゃいないんだ。強くなる。それが、正義なんだ。そうじゃなかったら、そうじゃなかったら、あいつは……!」


脳裏に浮かんだのは、ポニーテールを揺らす、快活な笑みの少女。もういない、少女。

誰もがそれを間違っているといった。けれど、それがただの一端の反骨心だったなら、どれほどよかっただろうか。

それは、ただの反骨心じゃなかった。馬鹿な自暴自棄にすら彩られた、世界への復讐だった。


「なあ、教えてくれよ。どうして、お前は俺に言葉をくれない?」


問いかける先が、今度は自分じゃなくなった。

その問いは、自分とか自分じゃないとか、誰か、他人、そんな概念的な境界すら飛び越えて、この世界すら飛び越えて、それでも飽き足らぬ強大なものに対する問いに変わっていった。


「どうしてお前は、()めてくれない?」


もう既に諦めたように。まるで、それに答えなど期待していないように。それから生まれる何もかもを、許容などしないかのように。

それでも尚諦めきれない問いかけを、彼は自分の中で、諦めるために呟くのだ。そこに答えが返らないということを安心の材料にしようと、諦める材料にしようと。積極的に、消極的を選ぶのだ。


「お前は一度、チャンスをくれた。お前は一度、俺を生かした。お前は一度、俺を殺した。」


それは、空の眩しさとは正反対に凄絶な、惨劇の森で。

それは、手の中にある力とは正反対に強大な、襲撃の都で。

それは、目に映るものとは正反対に綺麗な、監獄の城で。

それは、彼が望むものとは正反対に高潔な、金麗の女で。

それは、それは、それは、それは、それは。

それは……それは……それは。


「教えてくれ。この世界は本物か?俺は、今、正しいか?」


偽りの眠りから、起床する。

その強制的な覚醒の気配に、やはり世界は本物か、と苛立ちの中思った。だから、最後に、少しでも悪態をついてやろうとして、最高のジョークを思いつく。


「本当に愛してるぜ、」


抱えきれない悪意と、そこに感謝を感じてしまった自分への苛立ちも、何もかもを丸めて、ぐちゃぐちゃにして、それで、それで。突きつけた言葉は、正反対だった。けれど、きっと『それ』はその言葉を望まない。

だからこそ、アキトは嬉々としてその言葉を吐いたのだ。

誰だかもわからない相手に。しかし、きっとこれ以上関わることが最善ではないのであろう相手に。


「な、精霊王。」


世界が、揺れた気がした。


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