表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
21/43

8.【正義の在処】

エンテンシャーのジャック、暴力の化身。甚大な被害を受けた中央都(セントラル)。しかし、その情報の伝達は意外にも遅かった。

アタモスファータの情報攪乱技能の優秀さもそうだが、そもそもとしてここまで統率のとれた国崩しはなかなか起こらない。もちろん、起こすこと自体は可能だろう。それぞれの国には軍という戦力があるし、国ほどの人口があればその中から強者が生まれることも珍しくない。

しかし、その強襲を他国が行ったとして、ウドガラドとの報復戦争に発展することは容易に想像できる。だからこそ、戦争というのはその凄惨さを抑止力として世界の均衡を乱さないように作られているのだ。

もちろん、それがアキトたちのようにどの国にも属さない賊の犯行だった場合は、報復の余地すらないのだが、まずそんな個人団体が国を堕とせる戦力をかき集められるはずがないのだ。

つまり、アキト達の中央都(セントラル)強襲作戦は完全なるイレギュラー。悪魔の子であるアカネの奮闘で不可能である少数精鋭での国崩しに、ウドガラド側の対応が後手に回ってしまうのも納得できた。

そして、その皺寄せは情報伝達機能に直接の被害をもたらし、数千人単位の同胞の死を受けて尚、全く危機感のない人間が相当数居るという滑稽な国へと、ウドガラドを陥れるのだ。悲しいかな、その危機感の欠如は、完全なる無知によるものだ。

ひとたび被害状況が舞い込めば、変わらぬ暮らしをしている人々はパニックに陥り、本格的な大混乱となるだろう。中央都(セントラル)の広さ故の皮肉な状況が、異様な空気が、ウドガラドの中央都(セントラル)に立ち込めていた。


噴水の音が静寂に多少のアクセントをなぞらえ、しかしそれを台無しにするほどの声量で叫ぶ声が一つ。

住民の憩いの場である公園は、住宅街に作られるにしてはなかなかの規模を保有していた。

子供の遊ぶ遊具や、ランニングコース。さすがに湖や池の類はないが、煉瓦に舗装された道の通るその広大な敷地は、どこか静謐な雰囲気を感じさせ、朗らかな空気が優しくその空間を彩っていた。

と、そんな公園も、今日ばかりは少しばかり雰囲気が異なる。

いつもならば静かで子供の声くらいしか聞こえない公園の中央。煉瓦道で舗装されたスペースで、一人の老人が己の声で理不尽への怒りを説いていた。


「この腐敗したウドガラドに、私たちは反旗を翻さないといけない!」


もはや立つことすらやっとであろうに、息を切らして、肩を震わせて、しかしそれでも伝えねばならぬと、老人は杖を突き立てるようにして豪快に姿勢を保ち、歯根を食いしばって喉を震わせる。

傍聴者は、存外少なくなかった。

三十名ほどの人だかりが、その老人の反王家の主張に耳を傾ける。

賛同に頷く者。

不満そうに、しかし聞くことを答えとする者。

面白半分で意見に耳を傾ける者。

その言葉を書き記し、ひとつの糧とする者。

反応は様々だが、皆一貫して、その老人のスピーチに待ったをかけない。それは、この広場に主張の自由があるからだ。

何処の人間でも、どんな人間でも、その広場では意見を叫んでいい。そして、それと討論することはあれど、否定することは許されない。

数年前に設置された少々ガサツな意見の発信場所は、しかし案外使用者を増やしながら繁栄してきた。

もちろん、毎日、毎週、いつでも誰かが話しているというわけではないが、祝日などのように公園に人が多い時には、ほぼ毎回誰かが心の切れ端をそこに残す。

恋人への愛を叫んでみたり、咎人への憎悪を吐き捨ててみたり、友人への感謝を呟いてみたり、詩人が詩を詠むことも珍しくない。

そんな中で、国という自分の立っている場所を貶す演説は、良くも悪くも注目を集め、この発信場所始まって以来の盛り上がりを見せていた。

グノミオンと呼ばれる意見発信の広場は、己への不満すらも包み込み、それを意見へと昇華してくれる。

それほどに、寛大で寛容な場所なのだ。


「この国がまだ武装国家時代の人間によって統治されていた時代。」


かつて魔獣の駆逐に特化したウドガラド家によって成立したのがウドガラドだ。当初は帝国に劣らぬほどの実力主義で、王家は政治への関与を放棄し、行政は毎回混迷を極めていたらしい。しかし、それを見かねたウドガラド家はやっとのことで動いた。これまで一切政治に関与しなかった王がその血と力を磨き、王政を奪い取ったのだ。

しかし、そう簡単に行政機関が解散できるはずはない。代理の人間が現れるまで、実力至上主義の人間たちの圧政は続き、約二十年前、ようやっとその時代錯誤な人間達は死に絶えたのだった。

だが、それによって生まれた悲しみだけは、絶対に朽ちることは無い。


「自分たちに後がないと悟った前時代の役人たちは、人間の倫理を踏みにじり始めた!自分勝手な躍進を追い求めて、尊厳を重んじることをやめたのだ!」


表に出ることは少ないが、かつての政治が終わる頃、自分たちがこのまま政治に関わっても、関わらなくても、自分勝手な人生の結末が凄惨なものから変わらないことを悟った役人たちは、とうとう人間の領分を超えた。


「魔獣と人間の合成実験。そんな、非人道的な行為に手を染め、あまつさえそれを魔法などと嘯いたのです!」


ウドガラドは山脈に近く、魔獣からの侵攻が多い部類の国だ。そのため、魔獣の死体、幼体、生け捕り、成功率こそ低いが、そんな非人道的と称されるものを集めることは、さして難しいものではなかった。

そして、それを最悪の方向に利用することも、さして難しいものではなかったのだ。

人間の欲というのは恐ろしい。どんなに間違ったことであっても、脳内にあるのはそれに対する主観的な意見だけ。それ以外の考えをするりと受け入れられるのなら、それは自分の正義たり得ない。ただの見せかけのポーズだ。それほど、正義というものは覚悟を超えた先にある。

そして、イかれた自覚のないまま、狂気というのはこの世界に生誕するのだ。

魔獣と人間のハイブリット。

身体の造り、春刹(しゅんせつ)の概念すら、同じ世界にない。そんなとてつもない冒涜の結果で生まれた狂気は、見捨てられてからも憎悪をなくすことは無い。

それを魔法だと言い張り、一騎当千の捨て駒とした国も、腐敗しきっていた。それを否定することは、その死を冒涜することと同義だ。誰であってもできるはずがない。


「そんな最悪の研究を、まるで無かったことのように扱うこの国は、未だ腐りきっている!」


老人の演説は、まだ、ただの愚痴と言われてしまっても仕方のないほど稚拙なものだ。もちろん、多少出来た口調のお陰で、批判の声こそ上がっていないが、このまま演説が終了したら史上稀に見ぬ大罵声が起こることは間違いないだろう。

つまり、今現在行われているのは愚痴。演説で言う問題提起であり、傍聴人たちと語り手の距離を詰めるための余興と言ってもいい。

つまり、今から行われるのは近づいてきた傍聴者を自分の領域に引き込み、仲間を増やそうというパンデミック。所謂、演説の『中身』というやつだ。


「この国を、浄化する。それが、我々にできる未来への投資であり、義務であるのです!王家には、これまでそんな惨状を放置してきた咎を背負ってもらい、この国から去ってもらう!それこそが、この国の躍進への唯一の道!!」


王家が政治に関与する前。実力至上主義の中に自分たちが在ることを許容しなかった王族は、その非人道的な実験をほんの少しの間ではあったが見逃さなければならなかった。王家が政治の実権を握るのは、それほどまでに時間のかかることだったのだ。

僅かな時間だ。人によっては、誤差とされても仕方のない時間だったかもしれない。けれど、政治の実権を奪い合う両者の間に介在した被害者にとって、その時間は永劫のように長く、煉獄のように過酷なものだったろう。

そんな時間を、その老人は良しとしない。その演説者は良しとしない。


「この国は、実力主義者でも、王家でもない、我ら国民の作る国になるべきだ!」


実力主義者の圧政に耐える、暗雲の時代。

多少の犠牲を許容した王家の、他人行儀な政治の時代。

そのどれでもない。この国こそ、誰にも邪魔されることなく平和を育み、それを世界に分け与えられるような国になるべきなのだ。それこそが、この国の未来を、人類の未来を明るくする、第一歩なのだ。

そして、


「あまり、賢い意見とは言えませんね。」


穏やかな声が、その白熱した演説を遮った。

初老ほどの男だった。艶やかな黒髪を撫でつけ、柔和な笑みを浮かべる男は、老人にどこまでも冷静に告げた。

鍛えられてはいるが決して力強いとは言えない細腕。それにかかるのは、腰元で揺れる特異な魔装の部品だ。

左右両方の脇腹に取り付けられた件の魔装は、多少の凹凸はあれどほぼ直方体で、その長さは膝の少し上ほどまで伸びている。そんな魔装は、魔力的な輝きをチカチカと点滅させながら鋭く周囲を睥睨し、どうにも形容しがたい威圧感を拡散する。


「私の演説に、何か文句が?」


しかし、老人は演説への矜持を捨てない。自分の演説になにか不満があるのか。そう問うた。

おそらく戦闘への心得のある者へのその物言いを、勇気ある行動だと讃える者も、確固たる自我を羨望する者も、相対する人間の力量を量れない愚かさを蔑む者もいるだろう。

しかし、総じて言えることは一つ。その老人に、覚悟を超えた意思があると認めている。たとえそれが、死を運んでくるものだとしても。

そんな老人に、しかし笑みを崩さずに、魔装の男は言葉を紡ぐ。


「確かに、この国はかつて腐りきっていた。しかし、国というのは小より大を取るものだ。実験の小さな被害者たちの為に、今の大勢の民を一時的とはいえ不安に晒すのは、賢いとは言えない。ただそれだけですよ。」

「……なるほど……興味深い意見です。」


魔装の男は、国の在り方について意見を差し込む。

老人の意見を参考にして国を変えるのなら、今の政治体制のほとんどを改革する必要がある。

身分制度から王城勤務の騎士団たちへの対応。まず、そもそもの国の運用への技術の特異さ。そんな諸問題への解決には、多分に時間を要すだろう。そして、その間に国民は多大なる不安に晒されるだろう。それこそ、まるで魔獣合成実験の被害者たちのように。


「貴方の意見の稚拙さを理解して頂けましたか?」

「問題点なら、露見しましたね。ただ、私はこの意見を稚拙だと思ったことはありませんよ。むしろ、たった数行の意見に対して格を付けようとするその精神こそが、幼稚ではありませんか?」


ハハハ、と乾いた笑いが広場を席巻する。

両者ともに互いの意見を汲み取り、それを自分の意見と照合して、しかし尚、相容れないことが確認できたところで、魔装の男の腰元で、刹那の光が瞬いた。


「さて、論争の真似事はここまでにしておきましょう。貴方は私たちの仕事の領域を、侵そうとしている。」

「え?」


魔装の輝きは、些か鮮烈すぎた。

その光量は凄まじく、いとも容易く老人の視界を奪った。もちろん、その大がかりな魔装の効果が、ただの目潰しでないことはわかる。だからこそ、傍聴人だった彼らは、脅威を引き離そうとする逃亡人へとなるのだ。


「な、……にを……ぉ!!」


広場を覆い尽くす魔力の輝きは、依然止まることなくうごめき続け、それに囚われる老人をもみくちゃにする。

未だ直接的な攻撃手段となっていないところを見るに、その魔装は攻撃を主とする魔装ではなかったのだろう。特に何かを成し遂げたようには見えないのにも関わらず輝きを弱め始めるところを見るに、完全に支援系の魔装であることに間違いはないだろう。魔装の男が武器を持っていないあたり、強力なものであるというのも、確定的なことであろう。


「私の魔装。残念ながら名前は明かせませんが、領域を司る、ウドガラド随一の結界感応魔装です。」

「ま……さか……」


光は霧散し粒子となって薄い膜のように広場一帯をドーム状に覆い隠し、二人であることを憂うには些か華のなさすぎる空間を作り出していた。

どんな効果を持っているかわからない魔装によって生み出されたドーム。そこに囚われている状況は、既に死んだといわれてもおかしくはないほどの危険な状況だ。回避不能な大技に横殴りにされ、血しぶきに成り果てるのも時間の問題だろう。

だが、その老人も、只者ではなかった。


「国に対して苦言を呈すのです。多少の自衛くらいならば、心得ています。」


老人の手中には、いつの間にか細身の剣が握られていた。通常の剣より僅かに長く、リーチに関して多少有利を発揮しそうな剣だ。それが魔装であることは、想像に難くない。

それでいて、エバクラフトの刻印が刻まれていない。レディ・メイドではない、完全なるオーダーメイド。特殊魔装だ。

既製品には到底叩きだすことのできない破壊力。それでいて複雑怪奇な魔力機巧の数々。つまり、端的に言えば。


強者である証だ。


「私の特殊魔装『填誅(スペルキャリオ)』の切れ味、見せてあげましょう。」


老人の攻略は、そう簡単にはいかないようだった。



両者が構える魔装は、特殊魔装の中ですら特殊な部類に分類されるであろうほどに特異なものだったろう。

老人の持つ魔装は、一見ただの剣に見える。しかし、その刀身に刻まれた凹凸は見逃すことが出来まい。

凹凸と言っても、それは無作為な歪みのようなものではなく、規則的に凹んだものだ。滑らかな斜面を見せるそれは、明らかな加工がされており、その内部に何かしらの魔力ギミックを仕込んでいることは想像に難くない。

そんな内部的な特異さを滲ませる特殊魔装『填誅(スペルキャリオ)』。それとは対照的に、明らかな特異さを振りまく魔装の男の武器。それは、外見的なインパクトからすれば、結界術への支援という存外地味な能力のものであった。

魔装の名前を明かせない。それは、魔装使いとしては普通のことだ。

魔装自体に知名度があり、能力が割れてしまっている場合。または、その魔装が名前を大きなキーとしている場合。さらには、魔装の名称が何かしらの伝承などから取られている場合。

様々な原因はあるが、結実する先には魔装の能力を悟られるということへの警戒があるのだ。事実、リディアも頑なに魔装の情報を隠蔽したがった。

しかし、そんな懸念を捨て去って不利を背負った老人は、よほどの自信でもあるのか、魔装をクルクルと回してソードパフォーマンスを披露するほどの余裕を見せていた。

そんな老人が、依然警戒を解くことのできないもの。それが、一見不可視の魔装。いや、魔装によって生み出された領域だ。

不可視と言っていいほどに光量を落としたドーム状の膜は、しかし未だに二人を閉じ込めたままだ。そんな情報量の少ないものに、最大限の警戒を示す。本質を見抜く、老人の慧眼だった。

そもそも、魔装の男のいう結界とはなにか。

結界は、魔力を媒介にして行われる、一種の魔術のようなものだ。

春刹(しゅんせつ)を一切運用せずに発動されることから、一見魔術のように思えるが、その原理は魔力の振動現象によるものではないため、規外魔法に数えられる。

そんな結界術は、使い手は決して多いとは言えないが確かに強力な力で、結界術士が一人いれば、戦場での犠牲を五十人は減らすことができるといわれているほどだ。

そこまで強力な力である結界術の普及率が、魔術に比べて低いのは、先に述べたように結界術が規外魔法に分類されるからだ。

春刹(しゅんせつ)さえあれば感覚で発動することのできるのが魔法だが、規外魔法は魔力の変換機関を一切使わないことで効果が得られることが条件となる。つまり、その仕組みを完全に理解したうえで、それに見合った操作をしなければならないということだ。

人が歩くことを自然に覚えるように、授けられた魔法は本能的に己のものだ。

しかし、人が学ばなければ習得することができないように、規外魔法は努力や研鑽、研究に明け暮れなければ己のものにはできない。


といっても、結界術の仕組み自体は他の規外魔法に比べて単純なシステムに数えられる。

この世界には、人が生み出すことのできる完全な停滞が三つ存在する。

魔術発動寸前の魔力の停滞。魔力を大量に取り込む魔力製品が大量の魔力を取り込み、空間の時間を進ませる魔力すら吸い尽くしたとき。

そして。


魔力がぶつかり合い、完全に打ち消し合った時。


魔力というのは不思議なもので、互いに全く同じ強さで、互いに同じ大きさで、互いに同じ条件でぶつかり合った時、完全に打ち消し合うのだ。この時、魔力は空間を蝕み、時間を進ませるすべてに混入している周囲の魔力を消し去る。つまり、時を止められるのだ。

そんな時の止まった瞬間。そこには、一切の変化を受け入れない絶対的な領域が完成する。

行動を、呼吸を、全身を、何もかもを縛り、停滞を強要する結界。それこそ、最も普及率の高い規外魔法、結界術だ。

もちろん、この条件を簡単に完成させることはできない。

人間は体内にある魔力ならば魔力導線からのアクセスでなんとか動かすことができるため、それを駆使することで魔力を弾けさせることができるのだが、その停滞を大量に生み出し、生み出したい形に成形、そして体外に放出して停滞を顕現させること。それがどれほど難しいかは、魔力というものに指先ほどでも触れたことがあるのなら簡単に理解することができるだろう。

しかし、その壁を超えた先には、指先で触れるだけで五十人を救える未来がある。

そのため、結界術を修めている人間は、体内魔力を動かすことを大変得意とし、老化しにくかったり、運動能力が高いことが多い。

と、そのような原理で、結界術というのは大変不安定な術とされている。発動した停滞が、途中で外部から流れ込んできた魔力に満たされて結界でなくなるように。

それは、ウドガラドの結界術士の頂点であるアミリスタ・アンドロシアですら、補助魔装を使わなければ巨大な結界は作成できないといえばわかってもらえるだろうか。

彼女は結界を本質としてはいるが、結界の性質からそれをメインとした運用はできていない。

ただ、ウドガラドの逆境の中で強く在ろうとするその少女が、そこで膝を折るほど軟弱な人間でないことも、きっとわかってくれるのではないだろうか。

そんな彼女が選んだ結界術がどれほど難解で、それでいてどれほど強力か、わかってくれるのではないだろうか。



意外にも、初撃を放ったのは魔装の男だった。

結界は、基本的に敵の攻撃を防ぐ不可視の盾だ。自分から攻勢に出て、刃を叩きこむというよりは、相手からの攻撃を受けて反撃する、相手の攻撃を見極めて的確なカウンターを決める、後の(せん)のような戦術を基本とするほうが主流。基本的な手法。

しかし、魔装の男はそう簡単に常識に囚われてはやらない。自分は、常識に捕らわれる側の人間ではない。結界で世界を捕らえる、焦界者側の人間だ。


魔装の男の手中で煌めいた魔力が、まるで宝石のように形を成し、あろうことかそれが亜音速で解き放たれたのだ。

爆煙のように拡散されるそれは、完全に無作為に飛び回り、しかし最終的に絶対的に、一切の例外をなくし、その牙を同じ場所へと喰い込ませる。

老人を標的として、矛を向ける。

しかし、老人はその煌びやかすぎる弾丸を、人ごみでも避けるように自然に回避し、続く追撃も、こめかみを掠らせながらも余裕を持った回避で潜り抜ける。そして、握った剣が瞬いた。

一瞬。本当に、見えたことすら奇跡といえるほどの速さで、弾丸が弾き落とされた。

魔装の機巧は、一切発動していない。それは、完全なる老人の力量。ただ強い武器を持っているというわけではない。それに見合った実力を、相対する老人は確かに持っている。


「厄介ですね。」


自身の十八番である弾丸を躱された魔装の男は、しかしどこか嬉しそうに滑らかな魔装の曲線に手をそえた。伝わってくるのは、内部で駆動する魔力機巧の振動。それは、まるで生きているかのように男に咆哮する。

貰った勇気は魔力に。次の弾丸を装填しようとした魔装の男を、老人が静かな声で窘めた。


「最初に発動した魔装の能力は、方向を決定付けた領域の定義。そして、貴方の放った結界の弾丸を私に弾き飛ばすための、砲身。」

「ご名答。政治以外への慧眼は、本物のようだ。」

「そちらこそ、相手の力量をはかること以外に関しては、なかなかいい腕をしている。」


獲物を追い詰めた狩人のような笑みで、互いが互いを威嚇する。しかし、そこに獲物の表情をした者がいない。獲物のいない狩りは、もはやただの闘争。

狩人同士の仲間割れ。銃撃の応酬。

しかしそれこそが、この戦闘の意義。


「わざわざ隠した魔装の能力を言い当てられたのは、予想外でしたか?」


警戒の色を微かに滲ませた魔装の男に、老人は尚、余裕そうに問いかけた。

魔装の男が展開した光の膜。それが、彼の魔装の能力。

条件を絶対遵守する領域を展開する魔装。彼が今回その領域に付与した条件は、内部の弾丸を全て老人に撃ち出すこと。つまり、魔装の男が適当に結界の弾丸をばら撒けば、精密さには欠けるだろうがほぼ確実に弾丸は射出され、その先に老人を捉えるということだ。

だが、まだ弱い。

老人の習熟した剣才。そこに加わるのは、特殊魔装『填誅(スペルキャリオ)』。

まさに鬼に金棒状態の老人こそ、この場で笑みを浮かべるにふさわしい。


「発言を取り消しましょう。」


突き付けられた言及の刃を素手で掴み、挑発的な表情を返しながら魔装の男は自分の発現を撤回する。

そのうえで。


「政治以外に関しても、見る目は無かったようだ。」


魔装の男は、隠す気など毛頭ない嘲りを湛えて、老人に対して再びの罵声を浴びせる。

それは、老人が自分の力がそこまでだと侮ったことへの返答。

それは、老人を一瞬でも慧眼の持ち主だと思ってしまった愚かな自分への自責。

それは、老人が退屈を消し去ってくれる。そんな想いが打ち砕かれたことに対する落胆。

結界の弾丸の妄執は、その数を何倍にも増やして再び魔装の男から解き放たれた。

バラバラと投げ捨てられた弾丸の数は、ざっと見渡した限りでも五十を超える。それが、どれほどの破壊力を持っているかはわからないが、先ほど避けた弾丸が地面を深く抉っているところを見る限り、人間如きの体など容易に貫くであろうことは予感できた。

次は全力で。

その弾丸の乱舞が、きっと魔装の男の最大火力。ならば、老人がそれに全力で応えるのは当然のことだ。

構えた『填誅(スペルキャリオ)』に笑みを映し、老人に接近した結界の多くが自身の死を悟る。自分たちは、このあと剣に叩き落とされ、停滞を時間に押し流され、永遠に消滅するのだと、悟る。

だからこそ、爪痕を残そうと、盛大な最期を迎えようと。

結界の弾丸の全てが、爆炎をまき散らしながら自害した。


「え……な、で。た、すけッ!!」


老人を簡単に覆い隠すほどの爆発が、領域を埋め尽くした。

爆煙が蔓延したのではない。爆炎が蔓延したのだ。

灼熱の舌が空間を舐り、それでも飽き足らず赫灼の冒涜は老人の死体すら消し去ろうと爆散を重ねる。

結界によってその暴虐から己を守った魔装の男は、退屈そうに老人の死に様に唾を吐いた。

この国は、所詮こんなものだったのか。脳内を蹂躙したそんな考えに苦笑して、誰にでもなく魔装の男はそのからくりに言及する。


「結界は、時間を停滞させて何もかもを防ぐ。しかし、外から魔力が混入し、その停滞は長くは続かない。」


結界の持続時間。それは、打ち消される魔力の多さと比例する。

巨大な魔力を、濃密な魔力を、互いに叩き合わせれば、それだけ持続時間の長い結界を生み出すことができる。そんな原理を逆手にとって、魔装の男は弾丸を放った。


「中に魔術を仕込んだ状態で放てば、持続時間の切れた結界は内部の魔術を解き放つ。」


魔力を消し去って時間を止める結界の中に、魔力を仕込んだまま撃ち出すのだ。そこには通常の結界に掛かる魔力の余剰分に、内部の魔術を一定時間押しとどめるための魔力も必要となる。

そう簡単に出すことはできない、文字通りの必殺技。最高に魔力消費の激しい、最終奥義。


「ただの結界だと侮ったのは、貴方の傲慢だ。これが、私の正義。」


消失した領域から爆煙が解き放たれ、空へと立ち上っていく。そんな光景を見上げて、魔装の男は云う。

メイス・ヒレンは云う。


「私の正義が、貴方の正義を上回った。それだけの話なのですよ。」


己の正義の勝利を、告げた。



「あ、ガェッああぁぁああッッッ!?!?」


その叫び声は、血液に塗れて、喀血に、吐血に、血痰に塗れて、絡まり合いながら爆散した。

魔装の男、メイスの腹を突き刺した剣は、細長かった。

刺突だけでは飽き足らず、その声は楽しそうに呟いた。

終わらせるための言葉を呟いた。始めるための言葉を呟いた。

終わりの始まりを始める、終わりの始まりの終りを、呟いた。


「特殊機巧、『填誅(スペルキャリオ)』……」


刀身から噴出した衝撃の波動が、魔装の男を内側からぐちゃぐちゃに引き裂いた。

ただの肉片となって地面に無残に散りばめられた醜い人間だったものは、今では地面を汚すだけの厄介なゴミと成り果て、先ほどまでの死闘が嘘のようにあっさりと死んだ。

刀身に纏わりついた胴体だったものの欠片たちをぐしゃりと地面に叩きつけて、その魔装の輝きを取り戻す。

人間の弱さとは、なんだろうか。

いくらでもあるだろうが、その中から選ぶとすれば、傲慢。そこから生まれる、油断だ。

では、そんな油断を、慢心を、完全に断ち切るには、どうすればいいだろう。

弱い人間は、油断などという贅沢を堪能することはできない。弱い人間は、油断を切り捨てられるだろう。しかし、強くなれなければ元も子もない。人間に、油断を完全に排除することは、傲慢を切り捨てることはできるのか。

答えは不可能だ。

誰もが驕り、誰もが下を見下す。そして、自分の足元を見ているのにも関わらず掬われる。

彼は、そんな愚かを成さなかった。最期の最期まで警戒を怠らず、いつでも己の最大限を出せるように機を伺っていた。

彼は、弱い人間ではなかった。

彼は、油断というものを持ち合わせていなかった。


彼が人間なのは、半分だけであった。


「所詮人間の貴方が語る正義など、私からすれば軽い。」


爆炎によってドロドロに溶けだした左半身。そこから、異形の片翼がはためいていた。

飛行に使うことはできないであろう。しかし、それを翼と表現せずになんとする。純白の輝きを湛え、確かな力を内に滾らせるその偉業を、翼と表現せずなんとする。

翼をなくし、羽根をもがれた鳥が異形となるように。

半分をもがれた人間は偉業を成す。

魔獣との合成実験から唯一生還し、魔獣を体内に飼いながら生を進む異形の在り方。

名は、ハーリバー。


「さあ、奪い合いましょう。最後に立っていた者だけが、己の正義を語り、それが本物だと証明する権利がある。。」


戦争が、始まる。


「我らは、正義を奪い合う愚かな罪人だ。」


老人は、ハーリバーは。翼をはためかせて宣言した。


「始めようではないか。正義争奪の罪人たちよ!」


己の正義を通すために、身勝手に戦う罪人。この戦争に関わったものは、絶対にその咎を背負うことになる。それは絶対だ。

これは、そんな戦争だ。


「勝つのは、アタモスファータ(われら)だ。」


正義の在処。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ