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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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6.【エゴの在処】

ブー、という魔力の振動音がスピーカーを通して解き放たれ、まばらな人ごみに微かな静寂をもたらした。

白い壁に白い床、白い天井。何もかもが白に統一されたそこは、機械的な美しさを醸し出し、各々時間を潰している人々の色を一層際立たせる。

そんな空間。それは、大勢の人を乗せて街々を駆け抜ける巨大人員運送システム、エンテンシャーの駅であった。フロムと称されるそこは、地下に造られた巨大空間で、地上から階段を使って下りることで入ることができる。すれば、左右にある巨大なくぼみのレールに、エンテンシャーが停止するというわけである。

数層になっている駅もあるが、エンテンシャー自体が二階、三階、珍しいものだが四階建てのものになっていることがあるため、その措置である。

一軒家ほどの質量が高速で侵入してくるのだ。フロムの安全対策には常日頃から国が目を光らせており、それはそれは神経質な危険排除システムが設置されている。

エンテンシャーの通る窪みへの侵入防止ゲートをはじめとするそんな対策が、珍しいことに今日だけは停止されていた。


「次のエンテンシャーが来ない?」

「ええ。どうにも、運転手と連絡が取れず……進路内で停止している可能性があるため、後続のエンテンシャーとこのフロムに来るはずだったエンテンシャーを臨時進路で次の駅に案内しています。」

「居眠り……なんて理由だったらいいんだがな。」


腰元に専用魔装を揺らすフロム職員が、来ないエンテンシャーの異変を告げる。

不穏な気配を感じ取ったその職員二人は、苦々しい表情でエンテンシャー帰巣本能システムの操作を開始する。

エンテンシャーに信号を送り、自動運転に切り替える。

件のエンテンシャーは国外からの国際便。一度国境線で審査所に停車するため、なにかが起こったならその審査時である可能性が高い。もしそうならば、異変からは既に数十分が経過している。余裕を持てるほど楽観視できる状況ではなかった。


「フロムの避難誘導完了しました。それと……」


深刻な雰囲気の職員に、警備員の青年からフロム内の乗客の避難完了が告げられる。時間帯的にそこまでの人数はいなかった為、想定より早く完了したことは僥倖と言える。

しかし、彼の告げる完了の報告はそれだけではなかった。

遭遇したことのない異常事態に戦々恐々とする態度の裏側に、どこか安堵を滲ませる青年は、背後にかばった人影に視線を向ける。それを受け取った巨躯の人物は、無機質な表情でフロム職員を一瞥し、小さく会釈して背の巨大な特殊魔装を揺らす。


「ウドガラド騎士団、エレンテシアと申します。」


背の大剣が煌めいて、握る拳が軋んでいく。そうして、巨漢、エレンテシアは鋭い瞳を巡らせた。


もしもの事態に対する援軍の到着は喜ばしいことだが、エンテンシャーが止まるということは次の日のウドガラド情報の八割がそれになって不思議でないほどの大事件だ。そこになにかしらのトラブルが付随していた場合、もはや九割がたをその情報が支配することになるだろう。心配が尽きることは無かった。

エンテンシャー自動操縦システムによって帰巣本能を刺激された巨大な箱は、その内部に何を匿っているかわからない状態でフロムに到着した。

最大限の警戒をもって迎え入れられたそれに、ウドガラドの主戦力である怪物の魔窟、騎士団の一人エレンテシアは、片手に剣を構えて覇気を示した。

しかし、ゆっくりと停止したエンテンシャーからは、特になんの情報も出てこなかった。

突然の爆裂も、悠然とした犯罪者も、依然として現れない。漠然とした不安。そのエンテンシャーからは、何も感じることができない。

そう、当然、乗客の気配すらも、感じることはできない。


「魔双師の資格を持っている方は、何人いらっしゃいますか?」


エレンテシアが、低い声で問いかける。

魔法、魔術、そのどちらとも基準値以上に扱うことができることを認められた資格、魔双師。軍指揮官レベルになるには不可欠となるその資格は、国民の三分の一ほどの人間が所有しており、そこまで珍しいものではない。ウドガラドの平均的な国民自衛力が高いのはその影響も大きい。

元は武装国家だった国柄、とでも言おうか。そんな資格の有無を問うたのは、騎士団であるエレンテシアの勘が危険を察知したという意思表示に他ならない。


「警備に二人、フロム職員は五人です。」


情報伝達、エンテンシャー処理、避難誘導。相当数いた警備員も、フロム職員も、人命優先のマニュアルに逆らうことはできない。この現場に集結している職員は約二十名。その中から七名というのは、雲行きの切れ間と判断していい。

どこにどれほどの戦力が必要なのかわからないこの状況でほぼ均等と言っていい戦力分布となっている状況を好ましく思ったのか、満足げに頷いたエレンテシアは、資格保有者の五名に声をかけ、臨時の調査団を結成。他の職員にいざというときの作戦を伝え、残った警備の資格保有者二人に、入口の突破を死守するように指令。

その熱烈な騎士団からの直々の使命に、感激した職員たちの士気は通常以上に高まり、蟠っていた絶望感にほんの少しの希望が差す。最善の采配をいとも容易く指揮したエレンテシアは、恐れることなくエンテンシャーへと近づき、大剣の魔装を起動した。

地面に突き立てられた刃に、紫紺の亀裂が光を放つ。


「特殊魔装『ラクエウス』ッ!」


嘶くように駆動する魔巧に視線を落とし、エレンテシア達のエンテンシャー攻略戦が始まった。



バチバチと火花が跳ね、床を転がってその命を溶かす。

エンテンシャーを照らし出すはずの照明はそのほとんどが死滅しており、完全なる暗闇が内部を支配していた。

暗闇というのは、悪戯に人の心を掻きむしる。

視覚からの情報がなければ、自分が認識するのは自分の情報だけだ。それくらいしか認識することがなくなるのだから当然のことだが、それこそが焦燥への第一歩。孤独を恐れる心理が自分一人の状況を嘆き、冷静を保とうとする心の冷たさが自分自身を焦らせる。

認識することのできなくなった状態でこそ、認識された情報は恐ろしく感じられるのだ。

そんなフロム職員の躊躇を叩き割るように、エレンテシアは何の迷いもなく突き進む。その確固とした足取りになんとか冷静を取り戻し、職員一行もそれに続く。

しかし、暗闇があるということには変わりない。

視界の不明瞭は変わらない。並ぶ座席に躓かないように、慎重に進んでいく。

エレンテシアの持つ大剣の切っ先は、確かな切れ味を持って床を刻み、溝を彫りながら線を描いていた。


そして、


「エレンテシア様……テーブルの上に、何かあるのですが」

「ここまでくれば、既に我々は敵の腹の中。いいでしょう。光を出せますか?」

「はい!」


座席の背もたれに取り付けられた簡易テーブルの上に、フロム職員が何かを見つけた。

ここにいる職員は全員が魔双師。光魔術に特化している者もいる。わずかな詠唱で体内魔力を活性化。結合した魔力を顕現させる。

輝きそのものがぱっと浮かび上がり、天に上る魂のように上昇。天井に着いたそれはやがて光をまき散らし、臨時の照明を生み出した。

敵に侵入を悟られることに対して、守りを捨てた果敢な姿勢のエレンテシアの作戦は一見勇敢なものに見えた。しかし、それが仇となることを計算に入れていなかったのは、巧いといえるだろう。


「な……ぁ……?」


思わぬ衝撃に、絶叫することすらできなかった。喉を震わせて、空気を震わせて、心を震わせて、逃げてしまえれば、どれほどよかっただろう。しかし、締め上げられた肺腑からは、どんな感情も等しく伏せられ、激情による停滞、恐怖政治のような様相を呈した脳内が五つ。

しかし冷静さを忘れないそれが一つ。

千切り取られた中指が、それらを嘲笑うように一つ。

テーブルの上に、直立していた。


「傷害事件で確定です。被害人数は推定五十人。騎士団員をあと一人、援軍の兵士を付随させてください。」

「り、ひ……了解いたしました……ッ!」

「あと十五分経って俺が出てこなければ、このエンテンシャーごと国外に射出。これごと破壊してもらっても構わない。そう、本部に伝えてください。」


エレンテシアの声は、酷く落ち着いていた。

テーブルに置かれていた中指の状態は、まるで強引にむしり取られたように断面を汚しており、おそらく中指のなくなった手も止血処理がされている可能性は低い。

少なくとも、この状況を放置すれば一人が死ぬ。このエンテンシャーに乗っているはずの他の乗客が敵の手に掛かっているのであれば、被害者の数は何倍にも膨れ上がる。

絶対的な被害者が出ているのならば、想定敵であったものの存在が立証されたことになる。

エンテンシャーの制圧、あまつさえ国境審問すら手にかけた敵がいるなど、もはやそれは恒常的なありふれた事件ではない。猟奇的な大事件だ。

被害は最小限に。フロム職員に伝言を頼み、ここから先の決行はエレンテシア一人が預かる。

もし、エレンテシアが敵に敗北した場合、対処が不可能だった場合、十五分以内にことを済ませられなかった場合。

そのエンテンシャーを爆破する。

それは、自分の命を軽く見ているととられても仕方ないほど無謀な試みだ。しかし、それが騎士団である彼の愛国心ゆえの決断だと、その場の誰もが理解した。だからこそ、誰も止めることができなかった。

都合数か月で騎士団に上り詰めた鬼才、エレンテシア。しかし、騎士団の序列で言えば彼はまだ若い。もし、その命だけでこの国に降りかかる火の粉を払うことができたのなら、それは、きっと彼にとって至上の喜びだ。


「健闘を祈る。」


初めて瞳を和ませて、隠しきれない膨大な感情を滲ませて、エレンテシアはフロムの全てに敬意を表す。

ここから先は、自分の仕事だと。ここまでよくやってくれたと。

自分がここにいたこと、ここで国の為に働いたこと、その証明者が、目撃者がいてくれたこと、そのことへの感謝を、そして、愛を。

死ににいくのか。違う。正義を守りに行くのだ。たとえその先に、死が在ろうとも。



援軍は五分ほどで到着した。

エレンテシアの危惧していた、援軍が来ないことによるエンテンシャーの爆破は何とかま逃れたが、巨大な闇の中で戦う彼の命を気遣う声は、絶えることがなかった。

そんな暗雲の立ち込めるフロムに、ささやかな静寂が訪れる。

やってきた援軍。それは、全員が制服に身を包んだ、王城勤務のエリート達だ。頭脳面でも、身体能力面でも、精神面でも、騎士団には劣るもののこの国最高級の有用な人材たち。王城直属魔法部隊だ。

しかし、その中に、鎧を纏った者はいない。騎士団の人間が、一人たりともいないのだ。


「王城直属、魔法部隊です。騎士団の方は、遠征中であるため派遣できませんでした。申し訳ない。」


王城から直接派遣された国営の鎮圧魔法部隊。その集団の先頭を歩く男が、かぶったフードで目元を隠しながら言った。それは、心からの謝罪の気持ちだったのだろう。皆が落胆の溜息を呑みこんで、事態の収拾に向けて動き出す。

やってきたのは魔法戦闘のスペシャリスト。いわば剣を持たぬ騎士団だ。

剣と魔法のどちらも天才という値に引き上げたエリートである騎士団へ、魔法だけの勝負であれば彼らも一撃ぐらいならば叩き込めるはずだ。

思い直したフロムの面々も、希望の大きさをやっとはかることができたようで、微かではあるが表情を明るくさせた。


「突入するぞ!」


全貌を測ることすらできないほど巨大なエンテンシャー。その扉を開け、彼らは勇み足に成り得るほどに熱烈な戦意でもって、力強い一歩を刻んだ。

依然魔術の残滓の残る一階。中指の存在は聞かされている。その惨たらしい様に表情を変えず、魔力製品で中指のあるテーブルにマーカーを走らせる。証拠の確保が終われば、あとは戦闘だ。それがないことが何よりの願いなのだが、きっとこのエンテンシャーの中では激戦か、呆気ない死のどちらかだ。

各々が、飛び上がるほど高い魔装を片手に、二階へと歩みを進めた。

人が並んで二人、精々三人ほどしか通れないであろう階段を進む彼らの足取りに、迷いはない。

辿りついた二階。

暗闇に支配された二階は、食堂が設置された階層だ。

どうしても精密機器が集中するフロムの最下層は、その上の階層に回路の収納スペースを持っていることが多い。そのため、二階に直接人が乗り込む入口が設置されることは少ない。そんな、回路収納スペースに併設されている食材搬入口にあやかって、多くの車両には食堂がある。そして、それはこの車両も例外ではない。

ただ、その特性も今となっては憎たらしい。一階とは明らかに内装の異なる中を、完全なる暗闇の中進むのは至難の業だ。なぜなら、その進行に侵攻の可能性を深く考えないといけないのだから。

暗闇から訪れる奇襲には、さすがの彼等でも対応が難しい。だからこそ、明かりというものは、つけたくなってしまうのだ。


「ッ!?」


詠唱によって輝いた、媒介となる水晶が、瞬く間に食堂の中を光で染め上げる。

テーブルの上で、眼球が一つ。ケタケタと笑っていた。

視神経だろうか。綺麗な球体から伸びる肉肉しい紐のようなものは、一階の中指同様無理やり引きちぎられたように断裂しており、微かな血液の混じった液体を滴らせる。

かつてウドガラドを襲った最悪の厄災、黒竜。その戦闘に耐え抜き、その上勝利を持ち帰った激戦の勝者たちですら、その光景には絶句した。

その目は、震えていたのだ。

笑っていた。恐怖に怯えるあまり制御できなくなった心が、既に自分のものでなくなった眼球を震わせるのだ。笑わせるのだ。


「気味が悪い……」


ぽつりと置かれたそれは、十中八九捕らわれた乗客のものだろう。いななく恐怖の咆哮も、碌な配慮がなされていない犯行も、誤解に塗り固められた騎士の覚悟も。

死散して、腐乱して、悲観する。

即ち、この突入に意味はあるのか?このままエンテンシャーごと爆破してしまった方が、安全で、楽で、なにより自分たちの為になるのではないか?

半ば人質のようになった彼らに対する正しい対応を、半ば死んだようなものであった彼等への対応を、自分の命を量る天秤を、違えたのではないか、と。あってはならない思考に、身を窶してしまったのだ。

そんな考えを少しでも紛らわせるように、恐怖を分配して、己の震えを鎮めようと、一人の男が言った。


「さっきから誰かに見られてるような気がするんだ。どうしようもなく悪辣で、粘着質な視線が、ずっと俺を舐ってくる。」

「……こんな場所に隠れているんだったら、俺たちが見逃すはずないだろ。」


彼等は魔法、魔術、魔力のスペシャリスト。同高度の魔力を感じ取ることくらいなら、鍛錬で身に着けた魔法への眼で容易にこなすことができる。しかし、そんな彼らの中に、この食堂フロアに気配を感じ取ったものはいない。

誰かに見られているという発言は、もはや妄言虚言の類だった。

しかし、誰も強く否定できない。誰も、その可能性を捨てることができない。誰も、その否定を証明できない。

そして、


「ぅああ、ぁあああああっ!?」


最後尾を歩んでいた一人が、壁面を指差して呻き声と叫び声の混じり合った震えた声を上げた。

それは、ただ純粋なる生理的嫌悪が、身体に与えた顕著な反応。

壁面にびっしりと突き立てられた数多の眼球を見た、正常な反応。

起こさなければならない、義務にすら匹敵する反応。


「っ、なん、……これ、は……」


言葉を失う。いや、奪われる。

目を奪われる。その純粋無垢な気色の悪さに。

身体を奪われる。その恐怖に吸い取られた身体の支配権が戻ってこない。

唇を奪われる。震えたそれからは、もはや何も毀れない。

完全なる静寂が空間を満たしたとき、緊張感は崩壊する。転じて、それはパニックとなって、いとも容易く彼らを呑みこんだ。


絶叫が、悲鳴が、雑言が。

命乞いの形をとっていても、現実逃避の皮をかぶっていても、冷静への道筋を騙っていても。

それは等しく、恐怖の裏返しだった。


視覚共有系の魔法を疑うこともできただろう。魔法、魔術に関して、ウドガラドで最先端を行く彼らなら、辿りつかない結論ではなかったはずだ。いや、辿り着くことはできたのだ。

だからこそ、発狂した。

その眼球に、魔法的な介入はなかった。無かったのだ。魔力の一筋も、一粒も残されていない。

そう、その眼球は、何の理由もなく、何の意味もなく、無作為に、無慈悲に、不可解に、不可思議に、ただ、(おの)が欲望を満たすためだけに抉り取られ、磔にされたのだ。

狂気の沙汰。人のなせることではない。

密閉空間に充満したパニックはそう簡単になくなるものではない。

誰かが突破口という窓を開けて、そのパニックの元凶を逃がしつくさなければ、終わることのない恐怖の連鎖が、変わらず皆を蝕み続ける。

だがしかし、突破口というのはそう簡単に見つかるものではない。

突破というものがそこまで容易なら、突き破ることがそこまで容易なら、この世界の守りというものは、意味を失うからだ。


留まることを知らない恐怖は、判断力を鈍らせる。

なんの索敵もなしに三階へと駆けこんだ彼らの心中を、場違いな安堵が満たす。なにも安堵を感じる場面ではない。また暗闇の中、敵の所在はわからない。

恐れるべき場面だ。自分の命を視る場面だ。しかし、彼らの瞳には瞳の絨毯しか映っていない。あの狂気に身を晒すのなら、なんの躊躇もなく自分の身を危険に晒す。

それほどまでに、あの光景は歪で、おかしいモノだったのだ。


「三階……ッこ、れ……は」


床を走る溝。まるで剣の切っ先を滑らせたかのような美しさで線を描くそれは、暗闇の中を迷うことなく突き進む。それは、先陣を切った彼が、その光景に挫けることなく突き進んだことの証明に他ならない。

意図せず、騎士の軌跡が後続の者たちに希望を落とす。

項垂れていた士気は進むべき道を思い出し、暗闇の中で進むための勇気を振り絞る。ぼんやりと魔力を放つその軌跡こそを、道標とするように。

あの大きな背中が示した魔装の軌跡こそが、辿るべき道なのだと。

うるさい心臓の鼓動に嘘をつき、どうしようもない震えを叱咤する。

詠唱が響く。明かりが、三階の客席を照らし出す。


ひしゃげた鎧と、跡形も無くぐちゃぐちゃになった死骸が、心臓に突き立てられた骨と飛び散る血液の中でやけに眩しく見えた。


「どうして、どうしてッ!!」


不幸が、絶望が。

騎士によってもたらされた希望が、死によって無に帰す。望郷の逃避が、遺書の序文が、最期の言葉が。脳裏で何周も巡って、巡って、そうして、ようやく。

そこがこのエンテンシャーの行き止まりだと気付くのだ。



都合三階建てで構成されるこのエンテンシャーは、一階の所謂自由席である階層と、二階の食堂を挟んで指定席の三階という一般的なものだ。その他、トイレや簡易的なシャワールームなどもあるが、この路線は国際便とはいえ短いため、それほど設備は用意されていない。

もちろん、要人警護用の頑丈な車両や、遠距離用の宿泊施設の併設されたものもある。金額さえ出せば、個室を取ることもできる。しかし、このエンテンシャーは一般人向けの通常仕様だ。

比較的種類の多いエンテンシャーは、その開発競争も激化の一途をたどる。ここまで来れば天下のエバクラフトも市場を独占することはできず、むしろ他の開発企業に後れすら取っていた。

そんなエバクラフトの開発したエンテンシャーには、なんとか市場で戦い抜くために魔装技術を応用した機巧が織り込まれていることが多い。その機巧は様々だが、セキュリティー面で他の企業を突き放そうとするものであるのに変わりはない。

このエンテンシャーも、その虐殺の現場であるこのエンテンシャーも、例外ではない。


「特殊魔装『ウィル・ゲゼル・エンテンシャー』……コード0925。」


ひしゃげた死体から立ち上る絶望感の血生臭さに嗚咽を漏らし、自分の判断すら奪われる魔力のスペシャリストたちの背後で、そんな詠唱が聞こえた。

特殊魔装というのは、ほぼ全てに個体名が決められている。由来、形態、言語は様々だが、魔力とその個体名をパスワードとして、その魔装の真価である特殊機巧を発動することができるものが多い。

そして、エバクラフトの開発したエンテンシャーも、それに当てはまる。

緊急時、専用のボタンを押し、設定された詠唱を行うことで、車両そのものに刻まれた特殊機巧が発動する。


特殊魔装『ウィル・ゲゼル・エンテンシャー』


エンテンシャー自体を魔装に見立てた、大規模な特殊機巧。一般人が触れることのできるレベルで普及した、最大にして最恐、最強の魔装。

その力は、魔装のスペシャリストである賢者メデルが設立したエバクラフトの名に恥じない、強力な力。その力は、魔力のスペシャリストであるウドガラドのエリートですら手にかける、強力な力。

社会の秩序を縛る、絶対の力。


「ッ!!」


たった一文の詠唱で得られるにしては大きすぎる魔法効果。それは、エンテンシャー内の人間の体内魔力を弄り回す、背徳的な技。

体内で分裂する魔力の分裂機能だけを停止させる、特殊な魔力波長。それによって、体内の魔力は極度の枯渇状態になり、実質呼吸を封じられたも同然の状態へと変貌する。

筋肉を動かすための力、脳を働かせるための力、それは、辿っていけば行くほど魔力に近づいていく。その力の根源ともいえる魔力が枯渇状態になれば、初期症状である貧血症状が起こり、最期に待っている死からは逃れられなくなる。だからこそ、新たな魔力を欲する身体は活動を停止し、命を保つために硬直を余儀なくされる。意識も脈動もそのまま、変わることなく生命は生き永らえ続け、ただ行動だけが不可能となる。

エンテンシャーが提供できる、最大限効率的で、魔力の保有量が多ければ多いほど危機感を感じやすい、ジャイアントキリングすら巻き起こす特殊機巧。

その魔法効果の中では、動くことはできない。とてつもない量の魔力を持っていない限り、魔力というものによって生かされている人間はその拘束からは逃れることができない。

もし、それを掻い潜ることが可能だとしたら。膨大な魔力を我が物とする、魔法特化型の騎士団序列上位クラスのもの。

もしくは、全く魔力を持たない、人間と呼ぶのもおこがましい、出来損ないだけ。


「か……ァ……ッ!?」


見えなかった。

視る、という自分の職務を放棄した眼球に叱咤を繰り返すも、返ってくるのはしっかりと役目を果たしたという反論の信号だけ。

簡単だ。それは、視れる領域になかったのだ。

既に感じることしかできないほどの速さで、巧さで、滑らかさで、『なにか』は首筋に刃を喰い込ませ、一切の抵抗を消し去って首を撥ねた。

同胞の首が飛ぶ異常事態に、魔力の温存使用に切り替わった身体は声を漏らすことすらできない。

けれど、きっと。手向けの言葉すら、そこには必要なかった。

確信があった。自分たちはここで死ぬ。このどうしようもない力量差に、圧倒されて。

完全なるアウェーであったであろう中で、ここまで戦局を操作した敵に、視ることすら叶わなかった敵に、自分たちは確実に命を刈られる。それに対する諦めを持ってしまうのは、強さ故の観察眼だったのだろう。

自分を見限ることのできる賢さで、それも彼らの正義だった。

思えば、ここまでのエンテンシャーの中でのすべてが、敵の思う壺だったではないか。


一階に晒された中指は、どうしようもないほどに直接的な挑発。その敵の挑発に、エレンテシアはまるで狙い澄ましたように果敢に立ち向かい、このエンテンシャーの中で消えた。既に、生きた証すら残されていないほどに。

食堂の壁面に張り巡らされた眼球の数々は、お前らを見ている、そんな敵からの忠告だったのだろう。それに気づかず。むしろ勢いを増して、彼らは易々と、自ら、敵の口の中に餌として入っていったのだ。

ぐちゃぐちゃになって内臓の漏れ出した死体は、何を示していたのか。

きっと、


「俺たちはもう、腹の中ってことかよ」


死を受け入れた身体は、自然に声を生み出した。魔力枯渇による死亡を心配する必要のなくなった身体は、やっとのことで限界を超えた。

力を抜くことで見える世界もある。

期待や緊張感をない混ぜにしたプレッシャーに、手中の魔装の重さに、瞳に宿した覚悟の輝きに、報いなければならなかった。しかし、もはや死を目前にした彼らの在り方に文句を付けられるものが、何処にいるだろうか。

何もかもを投げ捨てて、投げ捨てられるものが自分の命ほどしかなくなった彼らにとって、最期に映ったそれは絶望的なものだった。

己の首を絡め取る刃。そこに、一切の魔力を感じない。その魔装からは、一切の魔力の残滓すらない。

それを持つ、少年からも。


「これが、僕の正義だ。」


石灰色の髪を揺らした暗い瞳から、この世界に対する絶望的なまでの失望が、落胆が、憎悪が覗く。

一切の魔力を持たない少年。世界から見放されたといっていい異端の子供に、思わず笑いが喉を突いた。途中で刃にせき止められ、しかし抑えきれないと口腔に充満したそれは、最期には力なくあいた口から吐息として漏れる。

魔力に愛されて、魔力を愛した自分たちは、最期の最期で魔力に裏切られ、あまつさえ魔力に愛されず、魔力を憎んだ少年に殺されるのだ。

それはなんともまあ皮肉な話で。

正義の所在を問いたくなるほど、勝手な話だった。

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