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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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5.【アンド】

明るい朝。この世界では当たり前の光景。この国では、当たり前の光景。戦火によって立ち上る魔力光によって不気味に輝く暗雲が、その空を厚く閉じ込めてから百年と少し。

空は晴れ渡り、平和に統治された国々で、戦争という概念はすでに形骸化し、戦火の炎で培われた軍事技術。その影は、今は古き風習となって、書物のシミへと成り果てた。

と、今は古き戦火の時代。人類の滅亡すら危ぶまれたという大戦争は、後世に語り継がれた結果、大したことがなかったと格下げされ、悲しい過ちとして処理された。

だからこそ、その空に大した感慨は得られないのだが、彼女は違った。

もちろん、彼女だけではないだろう。地獄を見た、血液に溺れた、()を見た。そんな体験に過去を汚された者たちは、きっとその赤を知らない空に涙の輝きを透かす。


朝。やっと街が動き出し、人々が違和感交じりの声であいさつを交わし始める時間。

金の髪をたなびかせる少女の部屋には、両親、兄弟。ましてや恋人などいるはずがない。なぜなら、そこは竜伐(サルヴァトス)寮。

都合四部屋の少女たちの家によって形作られる、まるで花園のような区域。

国の財産であるだけならば問題はないのだが、竜伐(サルヴァトス)のメンバーである三人は、そのすべてが例外なく絶世の美少女だ。たとえ戦闘力で勝っていようが、そこに妥協という的を据えてしまえば、苦情の矢が際限なく降り注ぐことになるだろう。

そんな世知辛い事情で、その竜伐(サルヴァトス)寮には、1日中万全の態勢で警備が張り巡らされている。

騎士団寮、王城勤務寮が併設される居住区の中で、まるで隔離されるように仕切られている竜伐(サルヴァトス)寮は、まさしく陸の孤島であった。

もちろん、腫物扱いはそれだけが理由ではないのだが、あまりそれを語りたがるものはいない。


「アキトの魔力紋が、反応してる……?」


そんな竜伐(サルヴァトス)寮二階。窓の外の景色を背負い、虚空に浮かぶ半透明のパネルに、微かながらも光を示すポイントが点滅していた。

アキトがガンガルバイト壁国に向かったと判明したあの日。

まるでターニングポイントのようになってしまったあの日。

リディアはアキトのどこか危うい雰囲気に、力を求める妄執の中に、無視できない狂気を感じ取った。

それから約1年。ウドガラドになにかしらのコンタクトがあるのではないかと睨んでいたが、頼みの綱であった魔力紋の反応はほとんど仕事を全うせずに消え失せ、リディアに落胆を運んできただけだった。

毎日確認できるほどリディアに余裕はなかったが、消えたはずの反応が現れたのだったら話は別だ。

なにかが起こるのではないかという胸騒ぎ、そして、少年が生きているということへの安堵。

背反する意思は体中を駆け巡り、最終的に心臓にたどり着く。

うるさい鼓動を落ち着けるように胸に手を置き、点滅する点に目を凝らす。


「孤児院……?」


示された地図の上、少年がいるのは孤児院を兼ねた教会だ。レグリエスタとの繋がり的に、関わり方を考えなければならない分、国の人間であるリディア達はその教会への理解は深い。

なにも不安がる必要はない。

そこで真っ当に働いている可能性もあるし、教会としての側面も持っているその孤児院に冠婚葬祭で訪れている可能性もある。いくらでも可能性は思いつく。アキトがある少女のお陰でそんな慈善的な精神に目覚めたとしても、何も不思議だとは思わない。むしろ喜ばしいことだろう。

しかし、何故だろうか。

彼の表情に落ちた影が、彼の残した言葉が、それら全てを否定しようとする。

脳裏で光る彼の笑顔に、どす黒い血液が上塗りされ、それを引き裂いた刃にアキトの顔がちらつく。あの憔悴した瞳が、ちらつく。

胸騒ぎは、当分落ち着きそうになかった。



「リディアが分からないような情報を、僕たちが知ってると思ったのー?」

「確かに。リディアは博識ですからね。貴方の情報収集能力に掛からないのは、至難の業だと思いますが。」


とは竜伐(サルヴァトス)寮で使われていない一室、彼女たちのリビング的な存在となっている空き部屋で、机を挟んで相対する少女二人の、リディアの疑問への返答だった。

ジト目で無知に不満を漏らす幼く見える少女、アミリスタ。

その横で、テーブルに人数分の紅茶を並べながら、柔らかく微笑む少女、ヴィエラ。

リディアと同じく竜伐(サルヴァトス)である2人の少女は、各々なりにではあるがその親しさをやんわりと醸し出しており、円満な同僚であることが伺える。

しかし、そんな中でリディアの表情は優れない。

アミリスタとヴィエラが分からない以上、リディアが調べられるのはここまでだ。

孤児院はレグリエスタ系列の教会を兼ねている。国の関係者であるリディアは、訪問はおろか、法治的なガサ入れですら許されない。


「その少年は、貴方がそこまで気に掛けるに値する少年なのですか?」

「……ぇ……?」


そんなリディアの落胆に、麗しい騎士の少女、ヴィエラは正義感に従って待ったをかけた。


「聞く限り、その少年は危険分子に成り得る可能性すらある。このまま禁忌境界に警戒申請を叩きつけた方が、賢明な判断なのではないか、と思ったのです。」

「それは……」


確かに、ヴィエラの言うことは的を得ていた。

アキトはリディアに「力を求める」という伝言を残した。それこそが、紛れもない犯行予告であり、何物にも代えがたい危険因子だ。

そんな少年を、果たしてリディアがそこまで気にかけて、心配する必要があるのだろうか。

自分でも分からない。しかし、それでも答えを導き出そうと、リディアは自分の胸に手を当てて熟考する。


「弟みたい、って思ったの。」


リディアの独白に、ヴィエラは真剣に耳を傾ける。その横で紅茶に口を付けるアミリスタは、珍しくリディアが自分のことを話し始めたことに少々面喰っていた。


「アキトは、決して強くない。むしろ弱い。性格も最悪だし、幼稚。稚拙で浅はかで身の程をわきまえない。口も悪いし無愛想、それに」

「そこまで言われると件の少年が可哀そう思えてきますが……」

「一応事実よ?でも、アキトはそれだけじゃない。」


それだけだったなら、リディアはここまでアキトを気にかけない。良い意味でも、悪い意味でも。

その少年の、青年の、どこか壊れた雰囲気も、どうしてだかおぞましい部分も、リディアは見逃すことができない。


「アキトは、弱い。それが、どうしようもなく怖い。ほっとけない。」


弱さ。

それは、その人物を大きく変えるきっかけにも成り得るが、どうしようもない方向に落としてしまう起爆剤にもなる。そんな諸刃の剣のようなものだ。

弱い自分を悔いて、前に進んでいける。そんな人間がいたとしたら、その精神はすでに弱いという領域にない。それは十分に成熟し、強い心と称していいだろう。

しかし、アキトの本質はその弱さにある。

彼はなにもかもが弱い。肉体も、技術も、精神も。

そんなアキトが、リンカーネーションを目の前で惨殺されて、健全な精神を保っていられるはずがないのだ。そして、弱い自分を呪い、不釣り合いな力を求めようとしたとして、なんら不思議はないのだ。


「アキトのあの弱さこそ、私たちにとって最悪の強さになってしまう。そう、思ってしまうの。」

「それが、貴方が少年を気に掛ける理由ですか?」

「そうね……」


リディアの共有した情報は、些か突拍子がなさすぎる。

一年前に遭遇したただの少年が、その時間を経て祖国を滅ぼす危険因子になる可能性があるなど、一笑で説き伏せられてしまってもおかしくはない夢物語だ。それでも彼女の言葉に説得力を持たせているのは、リディア自身の確信した、アキトの弱さの部分なのだろう。


「リディアはさ、結局、どうしたいの?」


一通り話し終えて、波紋の浮く紅茶に口を付けたリディアに、あどけない表情で結界術師アミリスタが問うた。

リディアがアキトを警戒していることも、その理由もわかった。しかし、リディアが結局のところアキトをどうしたいのか、どうしたいのか、それがたったの一端ですら語られていないのだ。

そんなアミリスタの言葉に、リディアはそっとカップを置き、まるで今気づいたかのように再び思考に入る。


自分は、アキトを止めたいのか。それとも、手助けしたいのか。他の道を示したいのか。

そんな選択肢の数々が、ぐるぐるとリディアの中で渦巻いては消えていく。

リディア自身の立場、この国の状況、周りの環境。何もかもを抜きにして、リディアは本心からどうしたいと思っているのか。


「私は……気づかせてあげたい。」


やっとのことで考えがまとまったのか、リディアはたどたどしいながらも確かに言葉を紡いでいく。そんな友人の稀有な姿に、驚きつつ、しかし遮ることなく耳を傾ける。


「アキトが今求めようとしている力は、絶対に彼が求めているものじゃない。だから、間違ったアキトの道を全部塞いで、どうしようもなくなったアキトに、私が他の道を示してあげる。」


結局のところ、正しいという言葉は矛盾している。

正しい。それが自分の正しさなのか、大多数の意見の正しさなのか、それは誰にもわからない。明確に世界が定義づけていないそんな曖昧なものを、簡単に強要できるほど、リディアはまともな半生を歩んでいない。

だからこそ、アキトの考えと真っ向から対立する。

この国を滅ぼすことを目的とするアキトと、この国を守ることを目的とするリディア。どちらも、それを正しいと思い、正義だと思っている。ならば、その議論は平行線だ。

どちらも正しいし、どちらも正しくはない。そんなどうしようもない現象に終止符を打つために、闘争というものは存在しているのだ。

だから、アキトとリディアの考えがぶつかり合って、勝った方の正義こそが強い。

リディアが正義を勝ち取って、アキトに自分の正義を説く。そうして、リディアの正義を自分の正義に加えられる心がアキトにあったのなら、それは喜ばしいことであり、また、美しいことでもある。


「中途半端かもしれないけれど、私はその道を彼に示したい。それが、私が唯一リンに報いることのできることだから。」


樹林で血液の海に沈んだ少女に思いを馳せながら、リディアが断言する。

アキトの正義の結果を叩き潰すと。


「わかりますよ。私も、想いを証明するのはその強さだと思っています。一概に、肉体的な強さだとは言いませんが。」

「僕も~、その子のことは分からないけど、この国に手を出すんだったら許さないし、それが終わってこの国の為になるんだったら、僕は殺さなくたっていいと思うし。」


確固とした意志を示したリディアの宣言に、同僚であり友人である二人が続く。

その決断が正しいものなのか、それは彼女たちに図ることのできるものではない。だからこそ、証明するのだ。来る襲撃の勝者こそが、正義を語る資格があるのだから。



場所は教会兼孤児院。アキトたちの籠城するその場所に舞い戻る。

既に襲撃決行までは半日を切り、ここまでの一年で研ぎ澄ませてきた牙が武者震いに鳴り始める頃だった。そんな緊張感に張りつめた空気の中、アキトとアカネの周りの空気は些か弛緩しているように見えた。

というのも、未だに立体地図に目を通しているアキトへ、どこか別の緊張感におどおどしているアカネは膝枕を享受しているのだ。

革命軍であるアタモスファータの面々が見れば、たとえリーダーの二人だったとしても激怒されておかしくない。しかし、その逢瀬が交わされているのは教会の裏庭。わざわざ裏庭に出てきて空気を吸おうとするほど情緒のある人間は、ここまで血生臭い作戦に関わることはないだろう。そんな彼らの心理によって、アキトとアカネの秘密の会合(ひざまくら)は成立していたのだった。

アカネの膝枕を堪能しているアキトは、贅沢にも脳のリソースを資料の記憶に使用しており、絶景を前に眠りこけているような他人行儀さを感じる。


「ミカミくん。さっきも言ったけど、渡したいものがあるんだ。」

「……ぁあ。」


慈しむようにそんなアキトの表情を眺めて、アカネがやっとのことで話を切り出した。

そんな彼女の普段とは違う、最近はその声音の方が聞く機会が多かったが、その心をさらけ出すことへの不安を滲ませた声に、アキトは資料を芝生に置いて、アカネの膝の上からその瞳を射抜く。


「君は、魔装に対してあまり信用がないように見えるんだ。……だけれど、いつだって力を支えるのは武器だ。ミカミくんの目的を果たすためには、って……どうしても、理屈っぽくなってしまうな……」


最初は語り聞かせるように話していたアカネだが、徐々にその声を自嘲気味の苦笑で塗りつぶし、遂にはそんな擬態を完全に捨て去った。そうして、迷いのない表情で、確固とした意志を宿した力強い瞳で、眼下のアキトに自分の心中を打ち明ける。


「私は、ミカミくんに生きていてほしい。それで、もっとミカミくんと居たいと思ってる。だから、少しでも君に備えを持っていてほしい。これは私の自己満足だし、ミカミくんへの押しつけだ。拒んでくれて構わないし、それが当然の反応だと思う。だけど、もし受け取ってくれたなら、それは、私にとって、至極の喜びだ。」


そうして美しく微笑んで、アカネは高級感のある黒い箱をアキトの顔の横にそっと置いた。

しかし、その体勢では見ずらかろうとアカネは丁寧にその箱の蓋を開ける。そして、中に入っていた物をアキトの頭上に示した。

それをおっかなびっくり手にしたアキトは、空にかざされたそれが魔装だとようやく気付く。それも刀身に刻印の入るオーダーメイドの高級品。アキトが今使っている最低ランクの魔装とは比べ物にならないほど高性能な魔装。きっと、騎士団レベルの人間がようやく手の出せるほど高額な物であろうことは確かだ。


「これって……」

「一応、エバクラフトの特注品で、この世界に一つしかない、唯一の、君だけの魔装だよ。」


和紙のような包装紙に刀身の大部分を隠したその魔装は、ずっしりとした重さでアキトに存在を主張する。その重さは、命を刈り取る重さだ。その鋭さは、戦うための鋭さだ。その輝きは、きっとアカネからの鼓舞の輝きだ。

黒く、しかし随所に白のアクセントの散りばめられたナイフは、空からの光に反射して鈍色の光を反射する。


「結局、貰っちまったな。」


アキトは一度、この魔装に出会う機会を拒んでいる。身の程に合わない武器だと、自分如きが扱っていいものではないと。しかし、結局アカネはその武器との邂逅をもたらしてくれた。

心の奥底では燃えていたアキトの羨望に気付いていたのかはわからないが、そこに形容し難い温かさが芽生えることは必至だった。

そんな申し訳なさと嬉しさがない混ぜになった感情でアカネに言えば、その感情を汲んだ彼女は優しくアキトの胸を叩いて微笑んだ。


「高かったんだぞ?」

「何年ローンで返せばいい?……ていうか、俺が払いきれるような金額?」


悪戯をする子供のような表情で、アカネがアキトに魔装の値段に言及する。生々しい話であるのにもかかわらず、どこか軽口のようにオブラートに包まれているのは、アカネのコミュニケーション能力のなせる技だろう。

それに冗談で返して、アキトは瞠目する。

その会話に、金銭というものは一切関わっていなかったであろう。

あるのは、一人の男と女が、互いに互いを想いあったという結果のみ。そんな事実のみ。


「できるなら、もし、ミカミくんがそれを許容してくれるなら。」

「……うん。」

「私の幸せと、交換だ。」


瞑った瞳の裏で、アカネの泣きそうな表情が見えたような気がした。もちろん、瞼に覆われた暗い視界の中で見えるはずはない。しかし、この一年で、既にアカネについては知り尽くしている。

実は甘党であること。

胸の大きさが祟って肩こりが酷いということ。

徹夜に重宝する市販のパワーポーションはあまり味が好きではないということ。

研究に熱中しすぎて食事をよく忘れること。


アキトと同居し始めてから危険な魔力製品類を片してくれたこと。

アキトの体調が悪い時、ずっと傍で看病してくれたこと。

アキトの精神が壊れそうなとき、選択から逃がしてくれたこと。


何もかもが、瞼の裏側に投影されては消えていく。思い出が、喜びが、幸福が、よぎっては消え、現れる。

本当にアキトは、彼女に支配されている。

もう、アカネの要素が、心の半分を占めるくらいに。彼女なしでは生きていけないくらいに。


「約束する、誓う。絶対に、お前が最後に笑えるように、俺は無い力を振り絞るって。」


そんなアキトの宣言にはにかんで、アカネは嬉しそうに青年の瞼を撫でつけた。

そのしなやかなアカネの指先の感触を受け入れて、アキトはふと湧き上がった魔装への疑問を口に出す。


「この魔装、名前はあったりするのか?」

「ぇ……へ?」


魔装の中でも、特殊魔装とされるオーダーメイドの魔装は、そのほとんどに名前がついていることが多い。

リディアの操る一対魔装『プロキオン・クルーガー』しかり、グレンの握る『鉄骨』しかり、その効果にあやかったもの、その見た目にあやかったもの、製作者にあやかったもの。名称の由来は様々だが、その名前が魔装の特殊機巧発動のキーになっていることも珍しくない。アキトがその疑問を持つのは、当然と言ってよかった。

しかし、そんな当然の疑問を前にアカネは酷く狼狽した様子で視線を彷徨わせた。

まさかここまで心地いい枕に寝転がりながら行われた授与式が嘘だったわけではないだろう。今更魔装の名前を伝えることに、なんの不都合があるのだろうか。


「や……この魔装、魔力消費が多いから、ミカミくんが単体で使うことはあまりないと思うんだ。だから、名前は知らなくていいというか……」

「いや、だとしても名前は知っとかないとだろ。なんかやましいことでもあんのか?」


いよいよ誤魔化の利かなくなってきたアカネの頬を冷や汗が伝う。それはまるで、何かの逡巡に惑ってなし崩し的にこぼれ出る言葉のようなぎこちなさをはらんでいた。

しかし、彼女の頭脳と巧みな話術を駆使されれば、アキトの疑問がただ存在しただけの過去のログとなってしまってもおかしくない。その前に、伸ばした追及の手を彼女の琴線に届かせなければならない。たとえ、その指先だけであっても。


「教えてくれないのか……俺の貸金庫に、それはそれは貴重な一対魔装の欠片があるんだが……」

「なっ!?そ、そんな卑怯な手を……!」

「人類の叡智だぜ、卑怯な手。」


己の膝の上でなぜか得意げに語るアキトに、思わず身を乗り出したアカネが歯根を食いしばる。

それは、魔装オタクのアカネにとっては、喉から手が出るほど、身が這いずり出るほど欲しいもののはずだ。そして、そんな貴重な一対魔装の残骸は、その使い手であるリディアと死闘を乗り越えたアキトにしか入手することのできないものだ。


「ぐ……ぬぅ……私の貸金庫には、それはそれは貴重なメイド服の衣装があるっ!」

「ふっ、甘いな。俺はメイドが世界で一番好きだが、別に服に対して可愛さを見出しているわけじゃ」

「私のサイズにぴったりの!」

「なっ!?お、お前、そんな……その選択を、俺に迫るなんて……」


かつて見たこともないほど綺麗な形勢逆転を決めたアカネの用意周到さ。彼女の性格的に、それは嘘ではないだろう。彼女がメイド服披露イベントを決行する予定があったということの証明に他ならないが、それを引き合いに出されれば、狼狽するのはアキトの番だ。

ピンチとチャンスは隣り合って存在するという持論に基づいたアキトの生存選択は、この時ばかりはその主に牙を剥く。アキトがチャンスだと思って撃ちぬいた的は、その裏側にピンチを隠し持った完全なる罠だったわけだ。


「ぐ……今回は勘弁しといてやる……そのかわり、」

「生還したら、メイド服でミカミくんをおもてなしするよ。」


何とか勝ち取った危うい勝利に感謝を念じ、アカネは安堵の表情でアキトに約束する。

ここまで頑ななアカネに対して、アキトはもう言及してくることはないだろう。それがアキトとアカネの性格の合致する部分であり、約束を違わぬ部分であり、アカネが好ましいとする部分だからだ。

ほっと息を吐き、しかしどこか浮かない顔で、アカネはそっとナイフの入っていた箱を回収する。


特殊魔装『アカネ』と記された説明書ごと、回収する。


「もう、乙女なんて名乗れる年齢じゃないぞ……」


自嘲気味に口の中で呟いて、アカネは空の輝きに目を細めた。

自分の名前の入った武器を送るというのは、魔装というものにただならぬ感情を持つアカネにとって大きな意味を持つものだったのだろう。

安堵なのだか後悔なのだか、よくわからない感情は、いつまでもアカネの内側で燻っていた。

朝焼けの中で、革命の決行は既にすぐ傍に。あと、一時間を切るのみとなった。



作戦は、頭に叩き込んできた。

擦り切れそうになる脳細胞を叱責し、まだやれると誤魔化した。それでも足りない知力の果てに、己の無力とアカネの力を見た。

絶対に、アキトだけではスタートラインにも立つことができなかった。アカネがいたから、アキトはスタートラインで、誰よりも前に陣取ることができた。

開始の合図が鳴れば、走り出すのは自分自身。そこからどこまで命を削れるのか、自分の欲望に貪欲になれるのか、報いることができるか。それが、この革命の核となる。

間違っているか?ああ、そうだとも。これは、間違っている。

愛しい人を殺されて、力を求めたいというのは、エゴ塗れでも感情の筋が通っている。

しかし、今からアキトがしようとしているのは、反抗期の子供の癇癪のようなものだ。喚き散らして、自分に不都合な現実にしてやったり、と口角を歪めて社会を乱す。しかし、それは本当に何の意味もなくて、もちろん自分の為にならないし、ましてや人のためになど、なるはずがない。

けれど、そのまま沈んでいくよりは。そのまま死んでいくよりは。

そのまま、失意に押しつぶされてしまうよりは、自分のうちの完全なる悪に身を落した方が、まだマシな気がしたのだ。


「あと数分。俺たちがウドガラドを壊すために戦うまでの時間だ。そして、俺たちが正義を掴みとるまでの時間だ。」


複雑な感情、と数文字で称すには難解すぎる心中を忘れて、今は眼下に広がる教会の面々に語りかける。フランベリアルのお披露目の時とは違い、皆一心に同じ感情に瞳をギラつかせ、その時だけは無法者たちの心が確かな総意として収束する。


「今まで、こんな何の力もない男についてきてくれてありがとう。お前たちが片手間でいなせるようなしょぼい男に、力を貸してくれてありがとう。」


アキトのそれは、ネガティブな発言に聞こえるだろうか。いや違う。それは、俯瞰した自分への自己評価だ。何の謙遜も、遠慮も、慢心も、一切の不純物をこそぎ落とした、客観的なアキトの評価。

そう、アキトは無力だ。それこそ、捨て駒にすらなれないほどの。

しかし、その自己評価は、悪戯にひけらかされたのではない。確かなる実力のもと、アキトによって放たれたのだ。


「俺は、力が欲しい。ただ、強くなりたい。お前たちは、この革命に、アタモスファータに何を求める?」


口角を歪ませて、その傷だらけの喉元から、低く響く声を掻きだす。

そこに含まれているのは、愉悦か、享楽か。否、希望だ。

確固とした備えに、良しとした仲間に、叩き落とした火蓋に。なにより、自分を諭したあの剣士に、ただ渇望した。力を、求めた。


「好きなだけ夢を見ろ。好きなだけ理想を抱け。見当違いでも、非難されても、軽蔑されても、身の程知らずでも、何でもいい。むしろ、デカすぎる夢を語って、世界を笑い殺してみろ。そして、死体の山の頂上で言えばいい。」


それは、きっと彼らの原初の感情だった。


「これが、俺たちの求めていたものだ、ってよ。」


アキトの声は、決して透き通った美しい声でも、聴きごたえのあるハスキーボイスでもない。当たり障りのないどころか、か細く弱い。悪いとされて当然なまでの濁声だ。

しかし、教会の中で椅子ではないものに腰かけているものの方が多い烏合の衆の皆が、心地よさそうに耳を傾けている。まるでオペラに聞き入るように、まるで神の御心を受け取るかのように。

その光景は不思議で、感慨深いものだった。それが、アキトとアカネが一年かけて築き上げてきたことの集大成であることは、想像に難くない。

それに満足そうに瞠目して、濁った瞳で、死んだ目で、アキトは高らかに宣言する。長の宣言にしては粗雑で、鼓舞の掛け声にしては迫力のない。

しかしそれは、間違いなく『力』を持っていた。

アキトの口腔から吐き出される声が皆の耳朶で響き渡り、増幅する感情が原動力となって彼らの脳髄を蝕んだ。


「これから、油断ぶちかました大国様に奇襲の拳を叩き込む。泣いても狂っても、これがアタモスファータの最初で最後だ。」


止まらない。止めさせない。

ミカミ・アキトが初めて選択した、自分とアカネだけの血涙の日々に。その中の安らぎの日々に誓って。


「ウドガラドを、ブチ犯してやろう。」


最低すぎる文句で、低俗な革命家たちは声を上げた。

全ては、正義争奪のために。

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