4.【竜伐リディアは、英雄である】
そこは教会のようなものであった。
アキトの知識が浅いため、名称的には相違があるかもしれないが、その機能的には大した違いはない。
この世界の全てを、その手一つで作り上げたとされる創造主。その恩恵を絶やさないために、日々祈り、敬い、その畏怖でもって感謝とする。そんな、いわゆる宗教のようなものだ。
実際、ここのように孤児のために尽くしたり、主への感謝という名目で様々な慈善活動を行っている、所謂『善い』人たちだ。
そんな教会を占領したのには大きく分けて2つの理由がある。
1つは作戦基地としての側面。ウドガラド興国の首都的存在である興都のすぐそば。森ひとつを隔てた近距離。立地的な面での利便性。
2つめはその性質だ。魔力的に保護されたその教会は、一切の情報の流出を抑える。
来るもの拒まずの姿勢で運用されている教会は、総本山であるレグリエスタ聖霊王国への情報提供しか行わない。それ故に、現在進行形で行われているアキトたちの襲撃も、ウドガラドは知り得ない。ある種の鎖国状態となっているレグリエスタは、わざわざウドガラドに手は出さない。
情報の秘匿にも使える、非常にいい場所であった。
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早朝。アキトの体内時計ではおそらく午前4時。まだまばらな暗さが目立つ時間帯だ。しかし、フランベリアル設定の話は、襲撃数時間前に伝えるには少々ショッキングすぎる情報だ。すこし早めに集まって、しっかりと飲み込んでもらわなければならなかった。
「ミカミくん、私はあまりお勧めはしないんだが?」
「俺が落ち着かないんだ。お前のことは信用してる。だから、駄目か?」
そんな中、アカネとアキトは、広々とした庭で2人、そんな問答をしていた。
あまり乗り気でないアカネと、理論的には説明できないギャップを伝えるのに苦労するアキト。すれ違っているように見えて、彼らの答えはすでに決している。
「私は初級の魔術しか使わない。それでいいかい?」
「ああ、ありがとう。」
どこか話に決着がついたように見える彼らは、各々がその手に武器を持った。
アカネは、杖に流線型の絡まりついたような量産魔装、『汎用エーデン連射杖』を。
アキトは、最低ランクと言われる類のお粗末なナイフ。一応は量産刀剣魔装に分類されるが、魔力的な機巧は本当に最低限の安物だ。
「最後の練習だからね。しっかり感じてくれよ?」
簡単だ。模擬戦をしよう。ただそれだけだった。
★
アカネは、所謂魔装オタクというものだった。
量産魔装の100%を占める魔装ブランド、エバ・クラフト。オーダーメイドではなく、一日数千単位で生産されるような大量生産武器。それが、量産魔装だ。
オーダーメイドほど値が張らないうえに、エバ・クラフトというブランドがあるため、絶対的な安心感のある武器だ。
しかし、量産魔装。正確には差異が魔力導線2本以下のものを年期間中に600以上生産し、量産魔装として販売することはエバ・クラフト以外禁止されている。
エバ・クラフトの創設者であるメデル・テンプル。その偉業は凄まじく、現代の魔術の基になった現象を発見した人物として知られている。そんな偉人である彼は、この世界の一番大きな組織、国をまとめ上げる『グランティア整合同盟』を創立したひとりであり、エバ・クラフト以外の量産魔装の製造、販売を禁止したのだった。
そんなエバ・クラフトは、度々数量限定量産魔装を販売する。その形態は様々だが、ほとんどの場合で記念品のような扱いである。
例えば、アカネの手に持っている『汎用エーデン連射杖』。それは、4代目賢者が任命され、魔法の躍進がなされたことへの記念品である。
そんな通常販売されることのない魔装を、ほぼすべてスペア込で所有している。そんな魔装オタクが、アカネだった。
「さぁ、来ていいよ。ミカミくん。」
「量産刀剣魔装ッ!」
アキトの手にした魔装。アカネからしてみれば魔装ともいえないようなナマクラ。アカネに貰った、思い入れのある品だ。
アカネが最高ランクの魔装をプレゼントしようとしていたため、全力でお断りさせていただいたのは、1年ほどたった今でも思い出すほどに衝撃的だった。
宝の持ち腐れを回避したとはいえ、それに満足したわけではない。己に見合った武器で、己に見合うほどの力を手に入れようと足掻いてきた。手にしたナイフの重さは、悲劇の最中で携えたものとよく似ていた。
踏み出す時の無力感は、すでに己のものだった。
身体を巡る魔力が、その速度そのままに駆けていく。向かう先は、ナイフのグリップに仕込まれている魔力の注入口。
アキトの体からナイフへ、ナイフの内部で魔力機巧へ。灯されるは、硬化の機巧。
天を貫く金属音が、教会に木霊する。
やまびこすら返りそうなほどの振動、受けたのは、アカネの杖。
振り下ろされた逆手のナイフは、煌めく切っ先を容易くいなされ、鋭く振り切られたアカネの細腕に、アキトの全身が投げ飛ばされる。
「っ!!」
くるりと受け身をとって立ち上がり、追撃の刃をつがえたとき。すでに、アカネの牙は目前に迫っていた。
「しっかり受け止めなよ?私の愛なんだからね。『パラケル』!」
杖からさらに空気弾が現れる。その質量は凄まじく、それこそ連射杖にふさわしい物量であった。
鼻先の空気弾を掠めながら回避、アキトを抜けていった空気弾は地面を小さくえぐり取り、その威力がアカネに治せる程度のものだと認識。その連射口から素早く距離を取り、気遣いに感謝しながら、小さく息を吸い込んだ。
曰く、それはかつての英雄譚への凌辱だった。
「賢者への冒涜」
眼鏡のスイッチを、空の左手で押し込んだ。
レンズ横から放出される魔力が雷の魔を形作り、その結合力でもって空間を世界軸から切り離す。抜き取られた時間、空間の中で、アカネの放った魔術はその一切の動力を切り取られ、まるで何かに押しつぶされたかのように霧散する。
眼前に散った魔力の残滓を掻き切りながら、中距離間をアカネへ向けて駆け抜ける。
そう、アキトがリンカーネーションから授かった魔装。その最大の武器である『攻撃拒否』は、既に捨て身の防御ではない。使用魔力量を抑え、効果範囲を絞ることで、都合20回ほどの使用が可能となった。
効果範囲。つまり、障壁範囲が狭まるということは、同時に扱いにくさも跳ね上がる。その不足した技量を、アキトはこの1年で補う。
お粗末。しかし、れっきとした魔力機巧。刀身にまとわせた魔力は、時に切れ味を上げ、時に強度を上げ、生存率すら跳ね上げる。
ぴん、と。小さく響くような音で金属が鳴いた。
アキトによって放られたナイフが、魔力の燐光を巻き、翻る。空中で煌めくナイフは、不自然に点滅していた。
「発光……?」
アキトの持つ最低ランク品の魔装は、機巧的に本当に最低限。子供に初めて買い与えられる、下手すればそれ以下ほどの品だ。だからこそ、売れないのだ。では、エバ・クラフト支店の販売者はどうやって売ろうとしたのか。
そう。遊び心を加えたのだ。魔力が走る刀身に、光属性の魔力が結合するような溝を刻んだ。もちろん、溝に入った魔力が勝手に結合するのだ。魔術などと言えるような代物ではない。初級魔術にすら届かないだろう。
しかし、そんな最弱の魔力運動が、そんな最弱の手助けをする。
空を舞うナイフに目を奪われたアカネが、ほんの一瞬アキトから目を背けた。
アキトはナイフを持っていない。攻撃手段を失っては、その攪乱も意味がない。それでも、アカネはその『間』に恐れを抱いた。
眼前には、眼鏡に手をかけたアキト。
「っ、『賢者への冒涜』!」
鼻先すら届きそうな距離での、攻撃拒否結界。そこに囚われたものは、推進力から始まり、あらゆる力を奪われる。空間すら凍結する、恐るべき結界だ。逃れることはできない。
放り投げたナイフが、自由落下でアキトの手中に収まった。
躊躇いも逡巡も、何もかもを置き去りにして、そのナイフを振り下ろす。幾度となく付きまとう無力感とともに、アカネめがけて。
「残念。もう少しだね、ミカミくん。」
攻撃拒否の拘束時間。それは、アキトの思うよりずっと早く訪れた。
既に結界から逃れたアカネの杖が、滑らかな動きでアキトの魔装を絡めとる。そして、弾かれた己の武器に目もくれず、拳を固めて振り下ろす。そこに、迷いはない。それすら軽々とかわし、長いスカートを翻しながらアキトの足をかける。
ぐるりと反転する視界の中で、懐かしい感覚とともに地面に盛大にたたきつけられる。痛みが体を駆け巡り、響く痛覚の残響が静かに脳を揺らした。
どうにも、足回りの格闘に、アキトは弱いらしい。
「て、なにやってんだよ。」
「いやー、私も転んでしまっただけさ。特に意味はないから、気にしないでくれたまえ。」
「気になるわ。」
と、敗走の感慨も立ち込めるかと思いきや、仰向けのアキトに馬乗りになったアカネの表情に、長い黒髪の影が落ちた。
背中で感じる草の感触。それがざわめき、ひたすらにこそばゆい中、アカネだけがご機嫌そうにアキトの顔を眺める。
「またおっぱじめる気か?」
そろそろ背中をなでる不快感に我慢が利かなくなってきたところで、アキトの知るアカネの唯一の弱点を突いてみる。
「なっ!!な、ななな、何を言い出すんだ!?み、ミカミくんの変態っ!えっち!」
ぼっ、と赤面したアカネがぽこぽことアキトの胸板を叩きながら糾弾する。自覚はなかったのだろうが、その体勢はアカネがアキトに迫った時と同じ体勢だった。いつもの語彙の半分もなくなるほどに冷静さを欠くアカネは、見てて飽きないうえに、瞬時にアキトから飛びのいてくれたため、扱いやすいといえば聞こえは悪いが、素直で愛らしいものだった。
弾かれたナイフを回収し、魔力機巧の具合を確認する。随分と荒々しい使い方をしてしまったが、そこはさすがのエバ・クラフト。どこにも異常はないようだった。
アカネの声をBGMに、そのひんやりとした空気が鼻先をくすぐった。
「な、なあ……ミカミくん。」
「ん?」
微かに滲んだ汗と、その気化熱で全身を冷やしながら広々とした庭に座る。
草原の如き広さの地面に腰を据えて、そのチクチクとした草の感触を踏み潰しながらアカネの声にけだるげに、しかし優しく返す。
太陽のない大空を眺めながら、雲のない快晴を眺めながら、何かが足りない頭上の世界に、小さく思いを馳せた。
そんなアキトに、アカネの両腕が後ろからするりと絡まりつく。
アキトの頭を抱え込んだアカネは、その優しい抱擁に若干の震えを混ぜながらも、愛おしそうに微笑んだ。
「君に、渡したいものがあるんだ。」
★
ゴウン、ゴウンと、独特な駆動音を響かせながら、場違いなファンシー光を覗かせる暗闇。長い廊下。その先は見えず、深淵の如き闇が、その口をガパリと開けて間抜けな来訪者を待ちわびていた。
そんな不気味な廊下に、おぼつかない足取りの何者かが一人。
たたらを踏みながら進むその足からは、ぽつりぽつりと血がしたたり落ち、進む道のりを不謹慎に赤く刻む。
荒い息で両腕を振り乱し、かくやバンドマンのような暴れ方で血液を壁に叩きつける。それは、決して酒気を帯びているわけでもなく、ましてや荒れているわけでもない。
それは、その何者かが酷く傷ついていることを表していた。
「こんにちは。いい天気ですね。」
瀕死と言ってもいいほどの重傷を負ったその人影に、麗しい少女が声をかけた。場違いで能天気な言葉。ぴくりとそれに反応し、ゆっくりと振り返る影。
それは日常生活にあっては、まぁ正常な反応だったろう。しかし、ことこの状況においては、圧倒的なミステイクだった。
絶対的に、ここでは逃げるべきだった。
まず、外の光の差し込まない場所で、そのうえ何かの光源があるわけでもない場所で、何かをしていること自体が異常なのだ。まして、その人影は血すら流しているのだ。
そして、竜伐の少女に、刃を向けられているのだ。
「『レギアス』」
音はそれを震わせ、震えるそれは互いに手を取り、火となる。
ゴウッ、と少女の手中で虚空が燃える。すぐにそれは火種ほどの大きさに途絶えていき、暗闇に溶けた。
ほっと息を撫で下ろし、やっとのことで思い至った逃亡という選択肢に体力を総動員する。血液の流出もそのままに、駆ける足取りは危うく、響く呼吸はたどたどしい。
すぐに足が地面を食い損ない、ずるりと滑った体が壁に激突する。しかし、せっかく拾った命。その影に諦めるという意思はない。
血液をこすりつけながら、四肢をもがれる勢いで敗走する。
しかし、相手の少女は竜を下した立役者。命すら顧みず、祖国に勝利を差し出した女神。竜伐だ。
たかが初級魔術。その発動をしくじるなど、たとえ狙い澄ましても難しい。
火属性初級魔術『レギアス』は、正常に作動していた。圧倒的な場数の経験によってもたらされる、技量によって。
「な……で!?」
血まみれの体に、緋色が軌跡を刻んだ。幾何学的に折れ曲がるラインは、やがてその体中を駆け巡り、黒に塗られた廊下を明るく照らした。そして、ぱちぱちと膨らみだす緋色が、足元から徐々に頭蓋へと抜けていく。
増殖する破裂音はその音量を上げ、緋色の輝きが終息した段階で一層激しく燃え上がる。周囲の暗闇を食い荒らしながら火種は燃え広がり、足首を砕いた爆裂の余波に影が声を漏らす。
しかし、それをかき消すような炸裂音が、今度こそ闇をかき消した。白すら感じる輝きに焼かれ、爆ぜた肢体ががくりと崩れ落ちる。
黒焦げになって煙すら吐き出すそれを一瞥して、少女は小さく息を吐いた。
「どうしてこんな時期に来ちゃったのかしら。せめて今じゃなければ、ここまでされなかったでしょうに。」
困惑4分と悲壮6分のため息で、その影への手向けとした。
「リディア、油断は禁物です。たとえ死体と成り果てようとも、どれほどの手練手管を用いてくるかわかりません。」
そんな竜伐の少女、リディアに優しい口調で注意を呼ぶ声が一つ。
堅苦しい敬語と、鋭く、しかしくっきりとした瞳で暗闇を透かす少女。
通常、竜伐は勤務形態的に拘束時間が長い。そのため、用意されている制服は着用せずとも、胸に徽章を付けていれば問題ないとされている。リディアも、制服を着用するのは公的な場に出るときだけだ。現に今も愛らしい服に身を包んでおり、制服ではない。しかし、その少女はご丁寧に硬派な制服に袖を通し、その堅苦しい雰囲気に場違いなミニスカートを揺らしていた。
唯一改造されているミニスカートは、同僚の悪ふざけなのだが、友達っぽい!と自分だけ微かに盛り上がってそのままにしているだけで、本人はミニスカート自体はあまり好きではないらしい。
そんなどこかずれているような少女は、ミニスカートとともに剣を携えていた。
装飾過多と言われてしまってもしょうがないほどの煌びやかな剣は、少女のピンクの髪に似合うやわらかな色をしたためており、暗闇の中でもキラキラと存在を主張していた。
スレンダーとでも呼べばいいのか。体の起伏に関してあまり恵まれていないピンク髪の少女は、それでも人を惑わす色香がある。
背徳感すら抱きそうな清廉潔白な精神。ウドガラドの剣に相応しい、まっすぐな少女だ。
「そこまでの使い手には見えなかったのだけれど……警戒して損はないわね。」
そうして、抜き去った杖、『プロキオン・クルーガー』に魔力を添える。
ぼんやりと輝くそれは、道楽用の発光機巧ではなく、それは漏れ出した魔力だ。不可視性の魔力が光に愛されるほどに、その杖に施された機巧は巧い。
「っ、リディア!」
先に反応したのは、そのピンク髪の少女だった。露わになっていたやわらかな美脚で鞘を弾き、鞘走った柄を手中に。
しかし、少女はそこで行動を止め、抜刀寸前の体勢で力を抜いた。
黒焦げの体が浮き上がり、真っ黒の中でやけに目立つ白刃が煌めく。
その鋭い切っ先は、リディアの動体視力を削ぎ切りながら、その真っ白な首元に吸い込まれる。
「感心しないな~。僕たちも残業で迷惑してるんだけど。」
カァン、と響き渡る音は、その刃を叩いたなんて生半可な音ではない。突き出される短刀を、腕ごとつぶすほどの衝撃。ひしゃげた刃はやがて曲線を亀裂に変え、不可解なひび割れ方でその命を散らした。
「魔装で何とかなるような火じゃないよね、リディアの魔法は。どうやって凌いだのかな?」
なにもなかった。たしかに、その刃とリディア間には、遮るものも、隔たるものも、阻むものも、何もなかったはずだ。
しかし、その少女はまるで最初からそこにいたかのように平然と存在している。
空間転移、瞬間移動。ロジックも魔力的な見解もわからないが、そんな運送業に致命傷を叩き込むトンデモなものは、存在するはずがない。そんな魔法を、なにかを、この世界が許容するはずがない。
ではなぜ、その少女はそこに立っている?
ピンク髪の少女が割り込んだわけでも、リディアが反撃の引き金を引いたわけではない。
「っと、そうだよね、びっくりするか普通は。」
そんな驚きを、既に日常の一部とする少女は、思い出したように呟いた。
その少女は、幼かった。いや、竜殺しに駆り出されるほどだ、しっかりと成人はしているのだろう。しかし、その容姿は未成年。なんなら学生と言われても信じてしまいそうなほどに幼かった。
薄い紫がかった髪はさらさらで、セミロングほどの長さに伸ばされ、そのあどけない動きに伴って可愛く揺れる。
幼いと称した通り、身長から胸の大きさまで。それは、滲みだす精神と見た目のギャップがズレすぎて、思わず嘆きすらしてしまいそうだった。
「お……まえら……まさか……」
と、その視界の不明瞭さでもわかってしまう場違いな少女を見たことで、死を塗りつぶした侵入者は何かの確信を得たようだ。
といっても、このウドガラドで生きている以上、その名前を聞かないことはないだろう。
「金の魔術師に王剣の乙女。空間支配の結界娘。……竜殺しの立役者……」
「やっと気づいたのね。白旗をあげる覚悟もできたのかしら。」
歯噛みする影。しかし、その状況で勝機があるかと言われれば、リディアの言うとおり白旗を掲げるのが最善の道だろう。
なぜならば。その少女たちは騎士団の化物たちを退ける可能性すら秘める、とてつもない狩人だ。
「王剣、アンドロシア家の焦界者、竜伐第3聖。アミリスタ・アンドロシア。」
薄紫の髪をふわりと揺らして、幼く見える少女は名乗る。
手に持った杖は、距離すら切り裂いた手腕は、身体的な不利に動じない胆力は、その小さな体のどこに眠っているのだろうか。少女は名乗る。アミリスタ・アンドロシア。
夕弦の魔双師に師事し、その若さでアンドロシア家の当主を務める秀才。
影が小さく身じろぎして、冷や汗で頬を濡らした。
そこを、ピンク髪の少女が続く。
「王剣、アンスタクト家の当主。竜伐第2聖。ヴィエラ・アンスタクト。」
引き締まった、鍛え上げられた肉体。それは、彼女がその剣にどれほどの修練と覚悟を込めて握っているのかを示す。血の滲む、血の吹き出す、血の枯れ果てるほどの努力の果て、その少女は騎士家系のアンスタクト家初の女性当主となった。その年齢もさることながら、それに劣らない精神性。何をとっても努力の上にそびえたつその刃は、強く、鮮やかに輝く。
繊細な髪の一筋一筋を美しく染め上げる桃色は、アンスタクト家の女性に代々受け継がれる、偉大なる誉れだ。
いよいよ己の不利に決定的なものを感じた影が、一発逆転を狙おうと刃を収めて眼光を鋭く光らせる。
そして、金の少女が2人より引いた位置で杖を振り切った。
「名家でも、天才でも、唯一でもない。けれど、その『意思』を
継いで杖を抜く。リディア。」
その少女は、優れた家系に生まれ、エリート人生を約束された人間ではない。だからといって、才能をその身に宿し、イレギュラーとされるほどの実力もない。もしあったとしても、それは唯一の財産ではないし、この国の宝になるほど立派なものでもない。
では、どうして少女は竜を殺せた?その恐怖の体現に立ち向かえた?ウドガラドの宝へと登りつめた?
少女は持っていた。力を持っていない少女は、足りない力を補うための胆力も、勇気も、器量も、そしてそれをまとめ上げ、鍛え上げ、力へと押し上げる『意思』を、持っていた。
彼女に意思を授けた男は、無力だった。使えるのは、たった一つの規外魔法。すべてを守り抜くための、最強の盾。けれど、その男は死に果てる瞬間まで己を貫いた。
そのまっすぐな意思は、輝きは、しっかりと少女へと繋がり、声は紡がれる。
「竜伐、第1聖……。私が……」
震える心に報いるように。
凍える記憶に微笑むように。
笑えぬ彼に、再開を望み。
すべての救済に歓喜をたたえる少女は、リディアは、竜伐第1聖は云う。
「竜を殺した、英雄だ。」
声は、ひどく自身なさげで。けれど、彼女は絶対にその肩書きを放棄しない。捨てられない。
泣きそうなほど、枯れそうなほど、掠れそうなほどに小さな声は、どこまでも強かった。
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