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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第2章【正義争奪の罪人達へ】
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1.【√Sinner】


「さて、珍妙なことが起こったみたいだね。」


美人局かと見紛うような美しい黒髪、女性なのにもかかわらず存在感を発揮する抜群のスタイル。透き通るような声と、独特な口調で笑う美女は、青年をやさしい瞳で眺めながら長い脚を組み替えた。

しなやかながらも羽毛のような魅惑の肉感に、男という悲しい性をもったものならば、きっと釘付けになったことだろう。

しかし、相対する青年の瞳には、肉欲や性欲というものが、さっぱり抜け落ちているような気がした。


「メイド殺害事件で、()()()()()()()。」

「……使えもしない武器を、自分の力だと過信した馬鹿の話だ。」

「自分をそこまで卑下するものじゃないよ。」

「もういいだろ。」


革製のソファーに腰かけて話す女の背中に視線を飛ばし、なにかの葛藤に言葉を詰まらせながら、青年は無理やり会話を打ち切った。それに大した動揺も見せず、むしろ愛らしいというように女は目を細める。


締め切った室内、というには語弊があるだろうか。

まるで地中にでもいるのではないかと錯覚するような圧迫感。照明で明るく照らされてはいるものの、どこか拭えない奇妙な感覚。

本能レベルで刻み付けられた危機回避能力が、その焦燥感を秒刻みで増していく。そんな迷宮じみた部屋の中。2人の男女の雰囲気は、恋人でもなく、師弟でもない、独特のものに見えた。


「今日入ってきた騎士君はどうだったんだい?なかなかだっただろう?」

「確かに。正直、カルバラ達がいなかったら危なかったな。」


自身の身の危険を語っているとは思えないほど淡々と、青年は言葉を投げる。慣れた様子で椅子に腰かけ、決して狭くはないといえるテーブルにコップを置いた。


「でも、あれは染まる器じゃない。どちらかというと、」

「私たちに相反する子。」

「ああ。何か飼ってるぞ、あれは。」


底知れない雰囲気を密かに感じていた青年は、若干責め立てるように抗議の目線を女に向ける。それになにかを言うわけではないが、眉をひそめてしゅんと項垂れる女。年相応に成熟した魅惑のスタイルとのギャップは末恐ろしく、まるで忠犬のような愛らしさが爆発していた。


「1年か。」

「うん。……頑張ったね。」


青年は苦しそうな表情を隠しながら、目元を覆う魔装に触れながら言った。


「4日後。」


肯定するように、寄り添うように、抱きしめるように、慈しむように、まるで姉のように。女が静かに声を返した。


「ああ、」


青年は、重く、暗く、宣言する。


「…………ウドガラドを堕とす。」



時に。国すら壊そうという悪意の塊は、どのようにして生まれるのだろうか。

かの古代帝国を、たった一夜で滅ぼした者は、愛する人を奪われた恨みだったという。では、無力な青年はどんな理由で国を堕とすのだろうか。

国すら敵に回そうという暴挙の根源とは、1年前。『カーミフス大樹林の惨劇』へと舞い戻る。



エンテンシャーと呼ばれる移動手段がある。魔力機巧によって最大効率で進み、ほぼ全世界へと根をはる交通機関だ。地下に掘られたトンネル。その中を走り抜ける直方体の箱は、その実約40人を収容できるエンテンシャーだ。

まるでひとつの家のような巨大さを誇るそのエンテンシャーは、内部に多数の部屋、または座席が用意されており、その形態は多種多様である。

そんなエンテンシャーに乗り込む憂鬱そうな少女が1人。

ここ、カーミフス大樹林から中央都(セントラル)までを繋ぐエンテンシャーは、待合室のような座席が多く用意してあるノーマルタイプと、それぞれ個室が用意されている個室タイプに分かれている。

経費という名目で一対魔装の修理をした時、思っていた金額の倍額を請求されて途方に暮れていたため、申し訳なさから普通の座席のチケットを取ったのだった。

けれど、きっと心のどこかでは、その少年への負い目もあったのだろう。

馬鹿らしい、と頭を振って思考を叩き出し、魔装の包帯とまとめた書類を隣の座席へと置く。

2つの座席が1つのペアとなり、それが長く続いているスタイルのシートであるため、リディアの横にはひとつシートが余っていた。

そんなガラガラのエンテンシャーの中でぽつり、少年の名前を呟く。


「アキト……」


俯いた彼の顔を伺い知ることはできなかったが、きっと酷い表情をしていた。リディアでさえも目を背けたくなるような重い空気。そんな中で、少年に同行を勧めて断られたことは記憶に新しい。


「確かに、あの人の生存と被害報告は大事だけど……君は、どうするつもりなの?」


今は居ない無力な少年に、リディアは思いを馳せる。

リディアだって、断られて大人しく引き下がったわけでは無い。ガルドに頼み込んでアキトが自害に手を出さないように監視してもらうこともお願いしたし、リディアが報告を終えてカーミフス村に戻れる期間の分の宿代も出している。

グレンというイレギュラーのせいで苦悩は絶えないが、その報告さえ済めば、もう一度アキトに会うことができる。そうすれば、まだ彼を救えるかもしれない。

そんな焦燥感を胸に、リディアは瞳を閉じた。


「君は……弱いわね。」



「彼が、自分で……!?」


もはや表情筋の可動域がそれしか無いのではないかと思ってしまいそうなほどに完成したポーカーフェイスは、困惑という感情だけは伝えるも、表情の大きな変化はきたさないという器用な真似を実現させていた。

しかし、それがリディアを驚かせたということに変わりはない。

興国の鉄仮面と揶揄されることもあるリディアを、ここまで何度も驚かせた人間は、アキトが初めてなのではないだろうか。

そう、何を隠そうその問題は、ミカミ・アキトのことだった。


「ガルド様が言うには、『俺は地図だった』と……」


相対する水色の少女。目を見張るほどの美脚をロングスカートで覆い隠す華奢な少女、レリィである。

約10日。到底1人では終わることのないであろう書類の山を、友人と同僚に手伝ってもらい、最速でカーミフス村に帰ってきたリディアは、レリィにアキトの居場所を訪ねたのだが。


「どうして、壁国に行く、なんて」


問題の渦中でカーミフス大樹林をかき回したミカミ・アキト本人は、その10日の間にガルドによって隣国へと送り届けられ、既にいないということだった。

そんな静かな動揺すら絵になるリディアへと、周りを見渡したレリィが顔を寄せる。


「あの、あまり大きな声では言えないのですが……」


最低の音量まで落とされた声で、レリィがリディアに囁く。


「力を求めに行く。それを、リディア様に伝えて欲しいと、アキト様から。」


きっと、ガルドに止められたのだろう。周りを気にしながら話すレリィの態度には、まだ臆病さが見える。しかし、そんな恐怖すら己のうちに抑え込んで、託された言葉を紡ぎ直す。その健気な様は本当に愛らしく、リディアでさえ感嘆するほどだ。

しかし、今ばかりはそうは言っていられなかった。ガルドではなく、わざわざレリィに伝えたということは、きっとアキトから見て信頼が厚かったのがレリィだったからなのだろう。ということは、アキトはそれをどうしてもリディアに伝えたかった。無力な己の渇望を、その脳裏に刻もうとした。


「ガルド氏は、一度改名していたわね。」

「は、はい……就任前にしていましたが……。……?」


突然、一見突拍子も無いタイミングで放たれた疑問の言葉。それを不思議そうに肯定して、レリィが恐る恐るリディアの双眸を覗き込む。澄み切った空のような鮮やかさを放つ、綺麗な瞳。しかし、整った顔立ちは憤怒によってほんの少し歪んでいた。


「教えてもらえるかしら……その、名前を。」


震える声でリディアが言う。

それは怯えなのだろうか、怨嗟なのだろうか、憤慨の余波なのか、漏れ出した感情であるのかさえわからない。けれど、レリィにできるのはその名を伝えることのみ。

ガルドの昔の名前。彼の、本当の名前。


「カルト・カーミフス。」


グシャリ、と。リディアの手に握られていた請求書類が、シワを走らせて紙くずに成り果てる。

最早無表情になったリディア。されど、その瞳を満たすのは怒り。

何かに対する怒りというよりも、してやられたという悔恨の怒り。

自分で自分を引き裂いてしまいそうなほどに怒髪天を貫いた怒りは、熱量すら飛び越して永久凍土のごとき様相へと、リディアの心境を引っ掻き回した。

なにかしてしまったのでは?と肩を震わせて怯えるレリィに首を振って、感謝の言葉を述べて立ち去る。

そこに大した意識は動員されていなかっただろう。


カルトからガルドへ。大した変化はない。しかし、アキトは言った。力が欲しいと。アキトは行った。壁国へと。


「ガルドこそが、アキトを壊す道のりの地図(カルト)……っ」


導き出されることはひとつ。

ガルドによって連れ出されたアキトと、残された伝言。

かつて古代帝国を滅ぼした男は、1人の衛兵に手引きしてもらい、国中に闇を張り巡らせたという。その衛兵の名前こそ、『カルト』。完全なる別人。関与も、共通すらしていない。

しかし、名前の意味というのは、この世界では存外バカにできない。

実際、今それが証明されようとしている。


「最終地点は、この国の破壊。目的は、顕現魔法!」


正義は分かたれ、それは渦となる。

正義争奪戦。

強さこその正義。信念こその正義。対立する思想こそが、闇を生み出した。


少年は青年へ。最弱は、罪人へ。

全ては、


正義争奪の罪人達へ。

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