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漁師と海竜 海原を行く  作者: 赤五
第五章 交易都市ベルバウム
47/57

第8話 抗争の終わり(2)

2015/01/22 改稿


内容に変化はあまりないです。

「それじゃあ、湖陵庵ここの守りは任せた」

「何のことかね? 私は、只この店に長逗留するだけなのだよ」

「ああ、そうだったな。

 ここはいい店だ。ゆっくりするがいいさ」

「それじゃ、姐さん、ちと出かけてきやすので。ご用心を」

「ご主人様、ボクも行くんですか?」

「ケンカイ、あたいも手伝う」

「ちょっと、わたしは留守番? つまらないから連れて行ってよ」

「お嬢様、大人しくしてくれやがりませんかね。なんだったら、ベッドに縛り付けてあげましょうか」

「あらあら、それは面白そう。昔、あなたにもやったわよねえ。

 先生も、ゴンザも気を付けて。全く、そんなに性急に動かなくてもいいのに」」


 次の日の湖陵庵の朝は騒がしかった。

 前日、ケンカイはレイリクスの提案を聞いた。

 それは、単純な様で妙手であった。

 



「4,5,6区を獲っても、あっしらじゃあ仕切るほどの人手が・・・」

「獲った後、リトバウムの本家に献上すりゃいいそうだ」


 昨日の夜、ケンカイは、レイリクスに聞いた策をゴンザにそのまま伝えた。

 

「レイリクスの爺さんが言うには、それで波濤組にとっては丸く収まるそうだ。

 ・・・そうなのか?」

「いや、ああ、なるほど・・・。それは、思いつきやしませんでしたが。

 確かに、収まるかもしれやせん」


 ゴンザは、暫く考えて合点がいったのか、ケンカイに説明をした。

 現在、正確には波濤組の前組長が殺された頃から始まった地回り組の抗争の主因は、リトバウム家の力が分散し、リトバウムの本家と分家で争うようになったからである。

 近年は分家の力が増大して、というより本家の力が衰えているのが争いを呼んでいるのだ。

 交易都市ベルバウムは全部で13区に分れている。

 そして、本家が直接仕切っているのは9,10、11区の三つだけなのだ。

 そこに、3つ分の区を追加でシマにできれば、ベルバウムの半分近くを仕切る大勢力に復活する。

 ここで大事なのは、半分近くにはなっても、半分を超えることが無いバランスだ。

 その状態なら、恩を売った波濤組は、バランスメーカーとして重要な役割を担う事になる。

 残りの区が連立しても、波濤組さえ味方につけば半数を超えた勢力となることができるのである。

 

「そうなりゃ、確かにあっしらは安泰になりまさあね」


 そのために必要なタマは、朽木組のクリアスと枯葉組のクルドア。

 しかも、両者は現在、激しく争っているのだ。

 横入りするのには最適な状況でもある。

 波濤組の戦力はあまり多くない。今までは、若頭であるゴンザだけが戦力と言ってもいい状態だった。

 今では、用心棒のケンカイもいるが、それでも外に攻めようとするのなら、本陣である湖陵庵が手薄になる。

 だが、直飼い衆という精鋭を持つレイリクスが湖陵庵に滞在することで、その弱みも無くなっているのだ。

 あとは、標的を打ち取ることに全力を注げばいいだけである。

 つまり、暴れまわればいいんだな。とはケンカイの意見であった。

 

「先生だけが、目立っちまうと、後々困るんで」


 ゴンザは、申し訳なそうな表情を浮かべる。

 波濤組はとにかく人手が足りない状況なのだ。

 流れ者の用心棒では無く、組の人間が名声を得ることで人を集めなければ、将来が見えないのである。

 

「まあ、そうだな。ここで活躍したら、あんたも長年の恋心が叶うかもしれないからな。

 邪魔はしないでおく」

「い、いや、先生。何をおっしゃるんで」


 動揺するゴンザというのも珍しい見世物である。

 

「オレは朽木組ってのを潰しておく。枯葉組は任せて大丈夫なのか?」

「へい、少なくともクルドアだけは、あっしで討ち取らねえと。先代が浮かばれませんや」

「あっちは集団だろう。波濤組の若衆だけじゃ足りないな」


 ケンカイはリネスとユッキを呼び付けた。


「お前ら、ゴンザのおっさんを手伝ってくれ。邪魔しない程度にな」

「わかった。あたい、頑張るから、褒めて」

「えーと、ご主人さま。ボクもですか?」


 随分と積極的なユッキ。戸惑っているリネス。


「ああ、だがジョナサンはオレの方に寄越しておいてくれ。ゴンザのおっさんに情報が伝わるようにな」

「・・・はい、判りました」


 妙に元気が無いリネスだった。


「どうかしたのか? 体調が悪いなら、無理はするなよ」


 ケンカイはリネスの顔を覗き込んだ。リネスは赤くなって顔をそむける。


「リネス、いじけてるだけ。気にしないでいい」

「いじける?」


 ユッキが口をはさむ。


「ちょ、ちょっと、ユッキちゃん、何言ってるの、何言ってるの」

「浮かれているイーリンを見て、落ち込んでた。

 それっていじけてる」

「な、なんで、ボクが落ち込まなきゃいけないの。

 ボクはご主人さまの奴隷なんだから。ご主人さまが選んだんなら、それは、仕方ないもの」

「まだ、先を越された訳じゃないのに。リネス、変」

「ユッキちゃんほどじゃないつもりだけど!」


「いや、まあ、何だ」


 ケンカイは二人がじゃれ合う様子を見て、呆れた声を出した。


「お前ら、明日やることを判っているのか?

 油断するなよ」

「「え」」


 二人は声をそろえた。


「いまさら、人相手に警戒しろっと言われても・・・」

「鮫より強い人、居ないと思う。居たら面白いけど」


 二人とも感覚が麻痺している。


「・・・そういう訳だ。安心してくれ」

「・・・頼もしいことで、有り難てえことこの上なしでさ」


 ゴンザは、頼もしい発言をした少女二人を見た。

 そして思う。出番を無くされる前に仕留めねばと。

 彼も自身の為に、頑張らねばならないのだ。


 明らかに数の少ない勢力が攻勢に出るという事は、本来危険なことだ。

 数は力。

 それは、地回り同士の争いにおいても当然のことである。

 だが、それは同じ程度の実力を持つ者同士が争う時の話だ。

 

「本当に、こんな所に潜んでたんだな」

 

 ケンカイは、一見すると広いあばら屋の様に見える建物に踏み込んでいた。

 ここは5区の外れ。

 レイリクスの直飼衆からの情報で、ケンカイは潜伏している朽木組の組長の居場所を知ったのだ。

 それがこのあばら屋である。

 ケンカイは1人でここに来ていた。

 リネスもユッキもゴンザが向かう枯葉組へ同行している。

 他の若衆も全て一緒だ。

 古くからの因縁が、枯葉組と波濤組の間であるらしく、この都市の人間にとってはそちらの方が注目を集めるだろう。

 所詮、朽木組は枯葉組のクルドアの裏切りによって、一気に追い込まれてしまった弱体化勢力なのである。

 少なくとも世間からは、そう思われていた。

 だが、クリアスも黙ってやられていたわけではないようだ。

 地回りのようなヤクザ者とは違う意味で暴力に生きる者達。

 傭兵集団を雇い、反撃の機会を待っていたらしい。


「わ、我々が、我が団がたった一人に・・・」

「おや、まだ喋れる奴が残っていたのか。こりゃあツイてるな」


 そして、その傭兵団はあっさりと壊滅していた。

 全員が叩きのめされていた。

 集団戦闘を得意とする筈の傭兵達。

 圧倒的数の優位を確信して、のこのこと乗り込んできたバカを仕留めるつもりだった彼らは、逆にケンカイの一撃で倒されたのであった。


「よう、悪いが教えてくれ。朽木のボスってのがいるはずだろう。どこだ?」


 片手にもった魔法の大銛──丸太に銛先をつけた武器──を、その男に突きつけるケンカイ。

 

「雇い主を裏切ることはできぬ。我が団の誇りに懸けて」


 どうやら、その男が傭兵団の団長らしかった。もっとも、ケンカイはそんなことに気付いていない。

 ヤクザだろうと傭兵だろうと、特に気にしないのがケンカイである。

 向かってくる奴は叩きのめす。それだけなのだ。

 

「じゃあ、いい。面倒だから、この屋敷ごと潰すか」


 あっさりと男に背を向けるケンカイ。

 そのケンカイに向かって男が剣を抜き、斬りつけようとした。

 完璧なタイミング。そう男が確信した一撃はケンカイに届かない。

 澄んだ音と共に、剣が叩き折られた。

 振り向きざまに横殴りに振られた大銛は、男の剣を折り壁を抉りとりながら、そのまま男に襲いかかった。

 骨の折れる音。幸いなのは丸太の部分が当たったので、体が両断されることは無かったことくらいであろうか。

 

「一応手加減はしたつもりだったんだが」


 ケンカイは無残な様子になった男を見て、呟いた。


「どうも、咄嗟に動くとやりすぎるな。身体強化も勝手に発動するし」


 それはハデスとの特訓のお蔭であるが、そのせいで人間相手には別の意味で苦労するのだ。

 ケンカイも人間の挽肉を量産したいわけでは無いのだから。


「さすがに、無抵抗になった連中に止めを刺すのはなあ・・・」


 相手が海賊であれば一切の手加減はしないケンカイだが、さすがに陸の上の相手ではそこまではする気になれない。

 

「ああ、面倒だ。さっきの奴にやらせりゃよかったな」


 人間を投げて屋敷の外に放りだす。見た目は止めをさしているかのようであるが、本人としては気を使っているつもりなのだ。

 

「さてと・・・」


 ケンカイは大銛を振りかぶり、床に叩きつける。叩きつけると同時に魔力を放つ。

 それは破壊のための力では無い。

 発生した振動を魔力にのせて、屋敷中に反響させたのである。


「地下、か」


 これは魔法では無く、魔力の放出による技の一つ。

 反響した振動を感じることで、周囲を索敵することができるという技である。

 勿論やり方を教えたのは、地竜ハデスであった。

 

「うーむ。まあ、練習にはいい機会か」


 ケンカイは魔法の大銛に魔力を込めた。魔力に応えて、大銛が更に巨大になっていく。

 リオウ特製の魔法の大銛は、爪楊枝から大木サイズまで自在に大きさを変える事もできるのだ。

 そして、大きくなった大銛の真ん中を持ち振り回すケンカイ。

 さらに魔力を注ぎ込んでいく。

 大銛が青い光を放ち始めた。

 光が渦を巻き、そして溢れだす。溢れ出した光は青い稲妻となって周囲を照らしたあと、一気に迸った。


「雷撃・・・やはり時間が掛かりすぎるな。威力はそこそこあるんだが、実戦で使い物になる技じゃねえな」


 ケンカイが呼び起こした雷は、周囲を焼き払い、衝撃と共に床を砕いた。

 それは、屋敷の崩壊を呼び、屋敷は地下室ごと崩れおちたのだった。

 勿論、地下に隠れていた人間が助かる方法は無い。


「あれ、どうやって仕留めたことを確認すりゃいいんだ?」


 ケンカイは埋もれた地下への通路を見た。これを掘り返すのは大変面倒である。

 

「もう一度吹き飛ばすか」


 そして、ケンカイはもう一度練習することができた。

 それは、死体すら残らない威力の雷撃で屋敷が完全に消滅するという結果になったのだが。

 

「やりすぎたか・・・

 まったく、力を抜くってのも難しいことだな。

 ま、仕方ないか」


 そして、気にしないことにしたケンカイ。

 屋敷の外に放り出されて生き残っていた傭兵たちが、化け物を見る目でケンカイを見るのも仕方のないことであった。”リネス、そっちはどうなっている?”

”あ、ご主人さま。四区に入ったところです。・・・どうしました?”

”いや、こっちは片付いたからな”

”え?”

”まあ、ちょっとやり過ぎたかも知れんが。関係の無い人間には被害がでてないから問題無い”

”あ、あの、こっちは、まだこれからですけど”

”随分と、ゆっくりだな。何かあったのか”

”いえ、ご主人さまが早すぎるんじゃ”


 リネスは、ケンカイからの念話を受けて顔をひきつらせた。

 もともと人間離れしているご主人さまだったが、最近は更に度を越している。。

 リネスも強くなったという自覚はあるのだが、ますますケンカイとは差が開いている気がするのであった。


「・・・リネス、また自分だけケンカイと話してる」

「え、しょうがないじゃない。

 それより、ご主人さま、もう終わったって」

「さすが、ケンカイ。凄い」


 リネスの様子から、ケンカイと念話を交わしていることを察したユッキが口を挟んだ。


「あたいも頑張って、ケンカイに褒められる」

「少しは手加減してあげてね、ユッキちゃん」

「・・・努力する」


 少女二人は緊張することなく、ごく自然な態度で並んで歩いていた。

 彼女の周りを囲むように歩いているのは、波濤組の若衆達だ。

 全員が緊張した表情を浮かべて、どこか動きが硬いのとは対照的である。

 地回りの構成員とはいえ、命の遣り取りを毎日している訳では無い。

 敵地に正面から侵入しているのだ。恐怖や緊張から逃亡する者がでても不思議では無かった。

 まだ経験の浅い彼らが逃げ出そうとしないのは、先頭を歩く男への信頼からだ。

 常に自分の体を張る波濤組若頭・ゴンザ。

 人斬りゴンザの通り名を持つ侠客でもある。

 彼はいつもの仕込み杖を持ち、いつもより落ち着いた表情のまま歩いていた。

 これはヤクザ者の出入りである。

 相手を打ち取る事も大事なのだが、それよりも大事なのは一般大衆に対して誰がそれをしたのかを知らしめることだった。

 そうすることで、その後の仕切りが楽になるのである。

 ゴンザは四区を手に入れるつもりでいる。五、六区はレイリクスの提案通りにベルバウム本家に任せるつもりであるが。

 今回の天災・ ・で、一番酷い被害を受けたのは四区だ。

 そこで生活していた者の中には、今までの生活基盤が丸ごと無くなった者も多い。

 そして、そういう環境こそ、波濤組の様な再興中の地回り組にとっては簡単に人材を得られる環境なのである。

 早い話が、食い詰めた若者を組に誘い込むわけだが。

 そんな思惑もあり、ゴンザは街中を堂々と進むのだった。




「くそったれ、一体どういうこった?」


 枯葉組組長クルドアは荒れていた。

 今までは上手くいっていたのだ。

 ベルバウム本家をうまく利用して、災難に襲われた四区を捨て、叔父の仕切っている五、六区を手に入れる。

 突然の災難によって自前の戦力を削られていたが、彼はむしろそれを理由にして本家から戦力を借り受けた。

 本家から派遣された人間を使った攻勢は、不意をつかれた朽木組の組織を的確に潰していくことができていた。

 あと少しで成功する筈だったのだ。

 

「兄貴、本家からの助っ人連中。やっぱり全員いなくなってますぜ。

 というか、本家から撤収命令が出たようでさ。おい、そうだな」


 ゴッオが一人の顔を腫らした男を引きづりながら部屋に入ってくる。

 大男のゴッオに頭を鷲掴みされた男は、怯えた表情を隠しきれていない。

 この男も、枯葉組への応援に派遣された男で、腕もそこそこ立つのだが。


「こそこそ逃げようとしてやがったんで。オレッチが少し懲らしめてやりやしたら、そんなこと言いやがったんでさ」

「おい、どういうことだ」


 床に投げ出された男の背中を踏みつけて、上から睨みつけるクルドア。

 

「知るかよ。俺は上の命令に従っただけで、事情なんて知らねえ」

「いまさら、怖気着いたわけじゃあるまいし。俺様に挨拶の一つもせずにいなくなるってな、どういう気の変りようだ。あぁ?」

「だから、知らねえよ」

「この、役立たず野郎がっ」


 男の頭を蹴りあげるクルドア。

 

「くそっ、事情が読めねえ。本家に顔を出すぞ。ゴッオついてこい」

「へい。ちとヤバそうな気がしやすぜ」

「判ってるから、お前を連れて行くんだろうが。さっさとしやがれ」

「まあ、オレッチも武器の用意はしてやすがね。

 こいつを使えるのも久々で・・・いざってときは、我慢しなくてもいいんで?」

「ま、仕方ねえな。

 俺様を巻き込むなよ?」

「もちろんでさ。と言いたいんですがね。その時はさっさと逃げて下せえ」


 ゴッオは腰にぶら下げた鉄の塊を撫でた。

 それは、厚く長く鋭い爪を生やした手の形をしていた。

 ゴッオは御山と言われる武術の里の出身のものである。

 彼が身に着けた技は、熊鉄掌拳と言われる派のものであった。

 熊の動きを模した拳法から発達した武術だ。武器として熊手の様な爪を生やした篭手を用いることが特徴である。

 狂い熊のゴッオ。

 武術家としては身を持ち崩した彼だが、腕の方に衰えは無いことを、彼の飼い主であるクルドアは知っており信頼しているのであった。

 


 しかし、彼等はベルバウム本家に行くことはできなかった。

 出発するより早く、枯葉組の人間チンピラが注進にきたのである。


 波濤組が出入りを仕掛けてきた、と。


「真正面から? 一体いつの時代のやり方だ。舐めてやがるなあ」

「とはいっても、オレッチ達は面子の奪いあいが性分てことで。さてと、兄貴どうしやすか?」


 クルドアは考える。

 正面決戦など、彼の好みでは無い。顔を突き合わせて果し合いなど、不合理の塊。

 邪魔な相手は、こっそり始末するのが彼の基本的なやりかただった。

 とはいっても、相手は最近復活したばかりの組である。用意できる人間もたかが知れているはずだ。

 それは、四区に入ってきたゴンザ達一行の様子の報告からも明らかだった。


「あの化け物がいないのなら、オレッチ1人で十分でさ」


 ベルバウム本家の人間が居なくなったのは痛いが、それでも枯葉組の構成員の数は波濤組より遥かに多い。

 枯葉組の事務所に残っている人間だけでも倍以上いるのだ。

 それなら、波濤組で腕が立つのは若頭の人斬りゴンザだけだ。

 こちらにはゴッオもいる。

 人数も多い上に、地の利もある。

 波濤組は、実質ゴンザ1人で保っているような物なのだ。

 ここで始末してしまえば、三区を手に入れることもたやすいだろう。

 しかも、返り討ちという形であるなら、将来的にも彼が非難を浴びる心配も無い。

 つまり、クルドアが正面からの衝突を避ける理由は無かったのだ。

 しかし、彼も気になる事はあった。

 報告では、少女が二人一緒にいるとあったのだ。

 

 喧嘩の役にたちゃしねえだろうに、血迷ってんのか?

 

 その二人が、ある意味ゴンザより厄介な人間なのだが。

 彼がそれを知るのは事態が手遅れになってからである。


 

 

「わぁ、野次馬が多いなあ」

 

 リネスは、鴎のジョナサンを操る上空から周囲の様子を眺めていた。

 地回り同士の正面対決という噂が広がったのか、枯葉組の事務所を遠巻きにするように街人が集まっている。

 しかも、さらに集まってくるのが上空から見るとよく判るのだ。

 

「あれ?」


 リネスは枯葉組の屋上に人を見つけた。

 枯葉組の事務所は2階建てになっており、地面からは屋上の様子を伺うことは出来ない。

 そこに隠れるように人がいた。しかも4人。

 そして全員が手に弓を持っていた。


「・・・飛び道具。やっぱり、正々堂々と戦うなんてないんだよね」


 リネスは少し悩む。どこまで手を貸したらいいか、最初から迷ってはいたのだ。

 あまりボクが目立つのも、よくないよね。と、周囲の空気から感じてもいた。

 事務所の周りを取り囲む群衆は、地回り同士の喧嘩を見に来ているのである。

 彼らの感覚だと、娯楽の一つになっているのかもしれない。

 そういう欲求を満たすのも、地回り達の役割なのだ。


「でも、弓矢は危なすぎるし。排除しておこうっと」


 リネスはジョナサンを屋上に降下させる。屋上にいる男達に見つからないように気を付けるが、男達は階下の様子に集中しているらしく誰も気づくそぶりが無い。

 

「・・・雷」


 そして、体内に魔法回路を作成し使い魔であるジョナサンを経由して発動させた。

 高度な発動方法であり、威力も大幅に減少するが、それでも最低限の威力はあったようで、男達は全員が昏倒する。

 戦いが終わるまで目が醒めることは無いだろう。

 ジョナサンにつつかせて反応を見たリネスはそう判断した。


 只の奴隷娘であったリネスも、リオウの薫陶と迷宮での実戦を経て、さらに魔法使いとして成長していたのであった。


 こうして静かに最初の戦闘が起きていたのだが、それとは別の動きも始まっていた。

 枯葉組の事務所の扉が開き、中から人が出てくる。

 最初に出てきたのは、手に鉄の武器をはめ込んだ大男。

 そして、その後ろから枯葉組の構成員が続いてでてくる。

 人数は、ゴンザ達の倍はいる。勿論全員が武器を持っている。

 

「よう、波濤の若頭。女の尻の下に隠れてりゃあいいものを、のこのこと何しに来やがった。ああ?」


 事務所の2階の窓が開き、そこからクルドアが顔を覗かせる。


「俺様の下につきたいってんなら、歓迎してやるぜえ。俺様は慈悲深いんだ。

 女郎屋の番頭でも大歓迎ってなもんでよお。

 それとも、そのショボイ数でカチコミに来たわけじゃねえよな。

 数の勘定すらできねえんじゃ、番頭も務まらねえしよぉ。

 今なら尻尾巻いて逃げても、追いかけねえぜ。

 さっさと帰るんだな」

「あっしは臆病なモンで」


 ゴンザは静かに言う。


「隙を見せたら、噛みついてくることが判っている野良犬相手に背を向けるなんざ、怖くてできやせん」

「俺様が野良犬だってのか」

「へい、五月蝿いばかりで、牙はありそうにないでやすがね」


 ゴンザはバカにしたように笑う。


「今も、高い所に逃げて吼えてるだけじゃありやぁせんか。

 組の看板を担いでいる割には、臆病なこって」

「斬った張ったしかできないバカが。頭を使うってことぐらい知らねえと、長生きできないのをしらねえようだ」

「・・・義理も仁義も無い御仁が言うと、実に説得力がありやすね。あっし程度の頭じゃ口で勝てそうにありやせんや」

「け、じゃあどうしてもやり合うってのか」

「尋常に勝負といきやしょうか」

「何言ってやがる。勝ちゃいいんだよ。俺様達の世界はよお」


 クルドアは手を叩いた。

 この合図で、屋上に隠れている射手が矢を射る手はずになっていたのだ。

 肝心の射手は、既にリネスによって行動不能になっているのだが。

 当然、矢が射られることは無かった。

 怪訝な表情になったクルドアだが、その動作を合図と見なして行動を起こす枯葉組の構成員チンピラ達。

 ゴンザを無視して後ろの波濤組の若衆に襲いかかる。

 主な武器は懐に隠してあった短剣か、中くらいの長さの剣である。

 波濤組の若衆も短剣を抜いた。

 そして、乱戦が始まったのである。



「ああ、先輩。先輩の相手はオレッチで」

 

 数の差で押し込まれるのを見て、ゴンザは応援に行こうとしたがゴッオに止められた。


「あっしには、別に後輩なぞいやせんが」

「御山を抜けた者同士、先輩後輩の仲じゃいけやせんかね」

「・・・あっしは先代への義理返しで御山を抜けたんで。乱行の挙句に追放されたんじゃねえんで」

「そいつは、ツレナイ返事でさね。

 せっかくの同郷の誼」

 

 ゴッオは物騒な笑みを浮かべる。子供が見たら泣き出すことは間違いのない笑顔だ。

 

「久々に楽しめそうな相手なんでさ。腕が落ちてない事を祈ってますぜ」


 ゴッオは大きく手を広げた。

 手にはめ込んだ鉄の塊が鈍く光る。

 それを見てゴンザは少し後ろに下がった。

 仕込み杖は抜いていない。彼の技の理からすれば当然であるが。

 ゴッオは構わずに踏み込んできた。

 巨体には似つかわしくない早い動きだ。踏み込むと同時に右手を振う。

 上から下へ。

 頭から叩き潰すべく振り下ろされた一撃を、ゴンザは横に動いて躱した。

 同時にゴンザの右手が動き、抜き放たれる刃。

 首筋に吸い込まれる銀光は、ゴッオの左手の鉄爪が弾いた。

 ゴッオは更に踏込み、下から上へ右腕を振う。

 股間を狙った攻撃を、ゴンザは左手の鞘で受け流した。

 さらに、相手の勢いを利用して後方へ飛びずさる。


「熊鉄掌拳ですかい」


 ゴンザはちらりとゴッオの最初の一撃が抉った地面を見た。

 踏み固められた道路に空いた穴。

 

「オレッチの攻撃が躱されたのは久しぶり。さすが先輩」

「そいつはどうも」


 ゴンザは再び刃を仕込みに収める。

 攻撃で態勢を崩したところを狙った一撃が防がれるとは・・・


「あっしも、腕が落ちやしたかねえ」

「オレッチが強いだけ」

「すごい自信のようで」


 腰を少し落とすゴンザ。先ほどより態勢が前のめりになる。


「あまり、時間を掛けたくねえんで。さっさと終わらせましょうや」



 ユッキは悩んでいた。

 頑張ってケンカイに褒めてもらいたいのだ。

 でも、リネスはやり過ぎないでって言ってた。

 

 どこまでやったら、やり過ぎ?


 そんな事を考えていると、枯葉組の構成員が襲ってくる。

 目が血走っていた。

 彼の立場からすれば当然だろう。

 なにしろ、ユッキの周りには既に累々と倒れた仲間がいるのだから。


 ヤクザ者の集団の中にいる二人の少女は、非常に目立っていた。

 体系は対照的なのだが、二人とも可愛らしい少女には間違いない。

 よっぽど人手が足りなくて、妓女の中でも腕力に自信がある女を連れてきたのだろうか? 

 それにしては1人は色気が、というより胸が足りなさすぎるよなあ。

 などと考える者もいた。

 人数的には倍以上の数がいたのだ。最初は余裕があった。

 枯葉組の構成員といえども、さすがに女を殺しに掛かるのには抵抗がある。

 だから、彼女達に対しては捉えようとする者が多かった。

 もちろん、下心もある輩が大半だったが。

 そして、その輩はユッキの近くに近づいた瞬間、倒れた。

 倒れる前に、黒い何かが顔面を掠めていたのだが、それを見切れるものはいなかった。

 ちなみに、リネスではなくユッキに襲いかかろうとしたのは、別に色気の差では無い。

 単純にユッキがリネスの前に立っていたからである。

 地下迷宮の時の並び通りで、前衛がユッキ、後衛がリネス。

 彼女たちにとっては、枯葉組の構成員など迷宮の浅い階にでてきた怪物より容易い相手だった。


 ユッキは目の前に迫ってきた男に対峙することもなかった。

 一瞬の内に、自分の髪を操作して薙ぎ払う。

 ユッキの長く蒼黒い髪は、自在に動く彼女の最大の武器である。

 それは束ねて、顎先を狙って振りぬいたのだ。

 本気でやれば、首を切断することも締め上げて折ることも可能である。

 手加減をしなければ、この場には死屍累々と枯葉組構成員の死体が並んでいたであろう。

 そして、ユッキが悩んでいる内に、どんどん戦闘可能な構成員の数は減って行ったのだった。


 

 

 ゴッオは自分の味方である枯葉組の構成員が、どんどん倒れていくのを見ても気にしなかった。

 いや、気にすることが出来なくなっていた、という方が正解だろうか。

 戦いの興奮が、彼を包んでいたのだ。

 彼はゴンザと対峙した瞬間から、頭に血が上っていく事を感じていた。

 攻撃を繰り出し、躱す。

 初手の遣り取りの緊張感。

 それだけでさらに血が上るのを感じる。

 そして今、目の前でゴンザが構えた。

 その構えを見た瞬間、自分の心臓がどくりと音を立てるが判った。

 目が赤く染まる。

 口から唸り声が漏れ始める。

 それに合わせて、体中が熱くなっていく。

 筋肉が膨張し、人の理性が崩れるいつもの感覚。

 狂い熊。

 戦いにおける暴走状態バーサーク

 それが彼の通り名でもあり、彼流・ ・の熊鉄掌拳の奥義でもあった。


 

 目の前の男の変貌。一瞬の内に凶暴さが増す気配。

 しかし、ゴンザは気にしなかった。

 普通に切りつけるだけで仕留められる相手では無いことは、初手の遣り取りで判っているのだ。

 時間を掛けたくないのは本音だが、だからといって無暗に斬りかかっても無意味である。

 ゴンザは機会を待つ。

 そして、その機会はすぐに来たのである。


 我慢が出来なくなったのは、先に動き出したのはゴッオだった。

 焦ったわけでは無い。

 全身の昂ぶりに、狂騒状態に押し出されるかのように肉体が動いたのである。

 その動きは、さきほどよりさらに疾い。

 何よりも動きに躊躇いが一切無かった。

 どんな攻撃を貰っても、それがかすり傷でも、たとえ致命傷でも関係ない。

 相手を叩き潰す。それだけを意識した動き。

 ゴッオの突進に合わせて、ゴンザが動いた。

 抜刀はしないまま、仕込み杖を振る。

 重い打撃がゴッオの右手に当たるが、それで止まるような相手では無かった。

 左手がゴンザの首を抱え込むように伸ばされ、右手の鉄爪は仕込み杖を掴みとった。

 その瞬間、ゴンザは更に腰を沈めた。

 同時に体を半身に開き、刃を仕込みから抜く。

 そして体を戻す動作と同時に放たれたのは、突きだった。

 体全体をぶつけるようにゴッオの懐に飛び込む。

 そのゴンザを抱きしめる様に、絞殺すようにゴッオの両腕が動いた。

 だが、その腕はゴンザを捉えることができなかった。

 仕込みから手を放して、ゴンザが地面に転がる。

 素早く地面に落ちていた仕込みの杖のみを拾い上げ、ゴッオを見る。

 ゴッオの背中には、剣先が突き出ていた。

 しかし、ゴッオは止まらなかった。

 先ほどまでと変わらぬ速さで、襲いかかる。

 爪の攻撃は辛うじて杖で受け流すが、蹴りを躱しきれずゴンザは後ろに飛ばされた。

 膝立ちの姿勢となったゴンザに対し、更に襲いかかるゴッオ。

 剣が腹から刺さり、背中へ抜けている。

 その状態で動いているのだ。傷口が広がり滴り落ちる血の量は増えていた。

 それでも、動きに変化はない。

 狂い熊。狂乱状態の彼は止まらないのである。


「なんとまあ、タフなこって」


 ゴンザは呆れていた。普通なら致命傷、少なくとも行動不能は間違いのない一撃を入れたのである。

 それなのに、ゴッオの動きは変わらない。

 むしろ、ますます速く、強くなっている。

 

「あまり、人死には出したかねえんですがね」


 ゴンザは再び構えた。とはいっても、自分の獲物は仕込み杖の鞘のみ。

 剣はゴッオに刺さったままだ。

 そして、ゴッオは暴れまわる。

 既に敵味方の区別もついていなようだった。


「ゴンザさん。あの人、どうします?」

 

 リネスが声を掛けた。

 

「あたいが、倒してもいい?」


 ユッキも声を懸ける。


「いえ、ここはあっしが。お嬢さん達にこれ以上力を借りるのは、ねえ」


 ゴンザは首を振る。


「ここは、あっしの顔を立ててくだせえ。

 それに、あれでも、同郷の者で。

 余所者に倒されると、面倒なことになるかもしれやせんし」


 ゴンザはゴッオに向かって歩く。

 その動きは、一見ゆっくりに見えて、その実、速い。

 ぶれない上半身。それを支える脚。

 股関節から胸郭へつなぐ力。骨と筋肉の位置の調整。

 ゴンザは歩きながら、体を整える。

 それは、最高の一撃を繰り出すために必要な準備でありながら、只の歩みでもある。

 

 おや、久しぶりにうまくいってやすね。自分でも驚く体の状態だった。


 ゴッオはゴンザに気づいたのか、向きを変えた。

 既に彼の周りは血の海となっている。

 それは、ゴッオの流した血でもあるし、彼が見境なく暴れた犠牲者のものでもある。

 犠牲者には波濤組の若衆もいるが、それより枯葉組の構成員の数の方が多いのは皮肉なものである。

 もっともゴッオは気にしていない。

 気にしようもない状態なのだ。

 目につく者すべてを叩き潰す。抉り削り潰す。

 それしか意識していない。

 そんな彼に近づく男。その気配を感じた瞬間、ゴッオは鋭く踏込ながら突きを放つ。

 踏み込んだ足が地面をくぼませるほどの勢い。

 大地を抉った力をそのまま拳に乗せた一撃。

 鉄の爪という凶器をまとった拳は、一直線にゴンザの胸を目掛けて伸びていく。

 それは、ゴッオの生涯においても最高の一撃であった。


 ゴンザはゴッオの拳をギリギリまで引きつける。

 髪を掠めさせる、と表現される程の僅差の見切り。

 それと同時に下から上へ杖を振りぬいた。

 杖の狙いはゴッオの身体では無い。

 ゴッオに刺さった剣の柄。

 それを正確に叩く一撃。

 その一撃は、ゴッオに刺さった剣を跳ね上げた。

 ゴッオの身体を切り裂いて。



「くそくそ、何だってンだ」


 クルドアは逃げ出した。

 圧倒的に有利だった筈の状況。

 それが、あっという間に覆ったのだ。

 彼は、ゴッオが倒れたところを見てはいない。

 だが、ゴッオが刺され、自分の手下が訳の分からない内に倒れて行ったのを見て、すぐに見切りをつけたのだった。

 組の頭である自分さえ無事であるなら、いくらでも再起できるはずだ。

 俺様ならそれぐらい当然だからな。

 そう自分に言い聞かせる。

 これまで貯め込んで隠している金もあるのだ。

 もう、本家は頼るに足りない。ここは一旦ベルバウムを出て、他の都市で力を蓄えるべきだろう。

 そうだ、俺様の才覚ならどこからでもやり直せる。そうして力を蓄えたら、今度こそここに戻って復讐をするのだ。

 出来る、俺様なら絶対できる。

 そんなことを考えていたクルドアは、自分の頭上を鴎が飛んでいることに気付いていなかった。

 

 そして、暫く後、事務所から離れたところで倒れているクルドアを、波濤組の若衆が見つけた。

 これが、ベルバウムの抗争の終わりを告げる出来事となったのだ。

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