第8話 抗争の終わり(1)
2015/1/22 改稿
第8話 抗争の終わり
「こりゃ、酷いな」
ケンカイは大角丸を泊めていた筈のドックの惨状と、ドックから見える街の惨状を見て呟いた。
「昨夜の嵐って、やっぱりリオウさんなんでしょうか? ご主人さま」
「うーむ、オレの知る範囲で、やれそうな奴って爺さん以外いないな」
尋常ならぬ落雷。それに伴って襲いかかった豪雨。
天災としか言えない現象を引き起こせる何か。
そんな事を誰がやったのかと問われれば、リオウの爺さんしかいないだろう。と、ケンカイは思う。
勿論知り合った他の二竜。海竜マリアや地竜ハデスにも可能であろうが、彼等はここにはいないのである。
ドックの破壊された方向には隣の四区があった。
四区の港湾施設は、ほぼ全壊。四区の街区にも相当の被害がでている。
「やはり、いないか?」
「はい、ジョナサンでこの辺りを見てますけど・・・それらしい姿や気配も無いです。ご主人さま」
「まあ、オレらの念話に反応しない時点で、予想はしてたけどな」
昨日から海竜リオウとの念話は通じなくなっていた。
普通の念話だけでは無く、ケンカイの強化念話でも通じない。
そして、リオウの分体である青猫は喋らなくなり、普通のネコのようになっている。
リオウの半使い魔的存在である、自立型魔法道具である海姫は動作を停止してはいないが、明らかに知的活動のレベルが低下していた。
言われたことを、言われた通りに実行する程度で、応用力など一切ない行動しかできなくなっていた。
リネスは嵐が止んでから、使い魔である鴎のジョナサンを飛ばして周囲を偵察しているが、リオウらしい姿を発見することはできていない。
「やらかしたのが爺さんでも、居なくなってるってこたあ、何かあったってことだな・・・」
まさか、寝ぼけて街を破壊して慌てて逃げたなんてことは無いだろう。
と、ケンカイは思った。
最近のリオウのボケ具合からすると、やらかしそうなことは否定できないのだが。
むしろ、それなら悪びれもせずに平然と居座って、腹が減ったとか言っている筈である。
「ケンカイ」
海の方から声がした。海面に上半身だけ出した人魚娘のユッキだ。
下半身は魚の尻尾に戻している。
「ダメ。海姫の雷号、いない」
「船も無くなっているか。ユッキ、ありがとう。誰かに見つかる前に陸に戻れ」
「わかった」
ユッキは、海姫の雷号を潜水させていた場所まで泳いでいったのだが、そこに在る筈の船は影も形も見えなかった。
海底に擦ったような跡が残っていたため、場所を間違えているわけでは無い。
リオウと一緒に、海姫の雷号も消えてしまったのだ。
「やれやれ、どうするかね」
大角丸も破壊されていた。沈んではいないが、一目見ただけで修理不能が判る廃船状態である。
爺さんがやらかすような相手か。
ケンカイは少し前に会った幼女を思い浮かべた。
念動力という魔法とは異なる力を振ってきた幼女。
今の所、思い当たる相手は彼女くらいしかいない。
地回り同士の抗争にかまけて、彼女の事を爺さんに詳しく相談していなかったのが悔やまれる。
「父様、いない」
尻尾を人間の脚に戻したユッキが、ケンカイの隣に寄って、ぽつりと言った。
「オレが、こっちの言葉を喋れてるんだから、爺さんが死んだわけじゃない」
ケンカイは、ユッキの濡れた髪を撫でる。心なしかユッキに元気が無いのだ。
あまり感情が表情にでない娘なので、寂しがっているのか不安に思っているだけなのかは判らないが。
リオウの加護である言語能力魔法は継続していた。
それは、リオウが死んでいる訳では無いということであるが、同時に海竜である彼を殺すこと無く無力化することが出来るほどの何かがいるということである。
「とりあえず、無事らしい魔法道具とか集めておくか。
放置しといちゃ、盗られちまうからな」
ケンカイは悩むことを中断して、とりあえず体を動かすことにした。
ドックに積み上げていた魔法道具は、半分くらいは壊れたようだが、無傷の物も結構あるのだ。
2隻の船を失った今となっては、資金となる元手は大切である。
「そういや、イーリンの奴がこういうのに詳しそうだったな。面倒だが相談するか」
湖陵庵に居ついてしまっている女商人を思い浮かべるケンカイ。
そしてケンカイは、無事な魔法道具を集めていく。
リネスとユッキも手伝い、手早く全壊したドックの中のめぼしいものを運びだした。
魔法道具の事をこの中でもっとも知っているのはリネスである。
リオウの作業の手伝いをしていた彼女にも、用途の判らない道具が大量にあった。
「あの人に相談かぁ・・・ボクがしっかりしないと、ぼったくられるかも」
以前、海姫の雷号内を案内した時の、イーリンのぎらついた目を思い出すリネス。
「あたいは、大丈夫だと思う」
リネスの横で、無造作に魔法道具を拾い集めながらユッキは言った。
「問題なのは、順番」
「順番?」
「あとから来たのに先になるのは狡い」
ユッキは真面目な表情で言い切った。
「ゆ、ユッキちゃん? 何の話をしてるの・・・」
「煩い父様いない」
ユッキが笑ったように、リネスには見えた。
「だから、リネス。頑張らないと、あたいが先になるかも」
「ちょっと、ユッキちゃん。リオウさんが居なくなって落ち込んでたんじゃないの?」
「そういう女に男は弱いって、レイランが言ってた」
「あの人のいう事を真に受けちゃダメ」
でも、たしかに効果はありそうだ。とリネスも思った。
ケンカイ達三人がドック内のめぼしい物を全て大八車に乗せたころ、イーリンも港の別の場所にいた。
港湾施設が被害を受けたと聞いて、自分の赤月号が心配になったのである。
赤月号は現代の技術でつくられた魔動船である。
もっとも、制御核の部分は古代魔法帝国時代に作られたものを利用している。
制御核を作る技術は失われているので仕方が無いのである。
「で、アンタは仕方ないけど・・・」
イーリンは自分の右を歩くムツキに話しかける。何となく小声になっている。
「なんで、アレが尾いてきているのかしら?」
「私に言われましても」
ムツキも困惑していた。彼女たちが湖陵庵を出てから、ずっと背後から木彫りの人形が付いてきているのだ。
海姫である。
海姫がなにであるかは、ケンカイが簡単に説明していた。
魔法道具の一種で、勝手に動くので結構便利だ。程度の説明であったが。
「護衛ですかね?」
私がいれば不要ですけど、と言いた気なムツキ。
「あ、ケンカイがわたしを心配して、命令してたのかな」
自分の思いつきを嬉しそうに言うイーリン。
「おや、恋する乙女のようなことをいいやがりますわね。
利用するだけじゃなかったのですか?」
「う、うるさいわね。
利用するだけに決まってるじゃない」
その海姫が、イーリンに対してとんでもないことをすることになるのだが、この時点でそれを知る者は誰もいない。
海姫。
バトア王国の王女の姿を象った木彫りの像を元に、海竜リオウが作り上げた自動人形である。
それは、使い魔でもあり、そうでもないともいえる奇妙な存在だ。
元々は迷宮都市の地下迷宮を攻略するために、海姫の雷号の制御補佐をしていた核の役割をしていた船首像を、自動人形型宿泊用魔法道具という古来より例が無い存在として改造したものである。
ユエンディーの地下迷宮においては、迷宮の一部と融合する事によって宿泊施設を形成することを可能としていた。
ユエンディーを去ってからは、そのような宿泊施設機能は不要となったため、リオウが改造し基本性能の向上──特に自立用知能に関するもの──に成功していた。
そのため、彼女には自分の意志のようなものがある程度はある、半使い魔のような状態の存在となっていた。
半使い魔。活動に必要な魔力の殆どはケンカイに依存し、知的活動に必要な頭脳領域の1/3はリオウ自身の体内魔法回路に依存するという奇妙な存在。そして、残りの2/3のうちの半分は海姫の雷号に依存しており、海姫単独では1/3程度の能力しか保持していないのである。
勿論、ケンカイは海姫のことをそこまでは知らない。
今の海姫の状態も、リオウがいなくなったので動きが鈍くなったのか程度の認識である。
彼女が正常に稼働するには、魔動船の制御コアが必要な事も知らない。
そして、正常に稼働していない今は、ケンカイからの魔力供給もうまくいっておらず、既に暴走状態になりかけているという事実も。
ケンカイは全く知らなかったのであった。
活動レベル、急速二低下中。
海姫の自己管理機構が作動し、異常を告げる。本来なら海姫の雷号経由で創造者たるリオウに送られるメッセージも、今は受け取る相手がいない。
ケンカイヨリ、魔力提供遮断中。事由解析中・・・解析完了。
遠距離受給用魔法回路ノ動作停止ヲ確認。
対応ノ指示ヲ求メマス。
・・・・・管理者及ビ管理システムカラノ応答無。
自己判断ニヨル自己保持ヲ最優先。
海姫は、限られた思考能力の中で自分を保つための手段を検討する。
問題点は2点。
母体ともいえる海姫の雷号との連結が途絶えたことによる思考能力および性能の低下。 そして魔力供給が途絶えたことにより活動限界点が発生したこと。
しかし、限定思考条件下では良い手段を見つけ出すことができなかった。
ならば、思考能力を取り戻すのが最優先となる。
彼女はそう結論を出した。
必要なものは魔動船の制御核。
そして、制御核への通信手段。
一度連結してしまえば、彼女の本能というべき基本制御回路が勝手に取り込みを開始するはずである。
それがどのような事態を招くかを考えるだけの能力《分別》は、今の彼女には無かった。
彼女には今、ケンカイより与えられた命令がある。
それは、湖陵庵と湖陵庵の関係者を守れ。というものだった。
その命令の範囲の中で、彼女は行動を起こしていた。自分の目的に沿うように。
最新の改造でリオウに付けられた誤魔化し能力─それは本来、柔軟な行動をとるための能力─は、変な方向に作用していたのだった。
イーリンは、とりあえず背後の海姫を気にしないことにした。
海姫はケンカイの持ち物である。それが自分に危害を加えることは無いと思ったのだ。
それより、今、心配なのは彼女の持ち船である魔動船・赤月号だ。
ケンカイ達と出会った時の戦闘で、行動不能に陥った赤月号は港で修理を行っていた。
イーリンが自分の商館を離れる前に、ほとんどの修理は終わっていた筈だが、今回の天変地異に巻き込まれたのであれば、無傷で済めば奇跡である。
本来なら従僕のレイトンを差し向ければ済む話だが、彼は特訓室送りになっているらしい。
いない人間には頼れないのである。
「よかったわ、こっちはあまり被害がないみたい」
「そのようですわね」
赤月号を修理していたドックは第三区の中央にあった。
第三区の港湾施設は、ケンカイ達が借りていた西の端の方を除きほとんど被害は無かったのである。
対称的に隣の第四区の港湾施設が酷いことになっているのだが。
イーリンがドックの中に入ると、中で作業をしている数人が寄ってくる。
その中には船長であるキヌートもいた。
「・・・お嬢、ソレ何ですかい?」
魔法使いでもある彼は、イーリンの背後にいる海姫を指さした。
船の管理の責任者でもあるキヌートは、魔法道具の事についても詳しい男だ。
その彼にとっても、自分で歩く木像など見たことがなかった。
「あー、気にしないで。噛みつきゃしないわよ」
本当か?と尋ねたそうに隣にいるムツキを見るキヌート。
しかし、ムツキの無表情からは事情を覚ることはできなかった。
「それで修理の進捗は? 昨日の嵐の影響はどうなの?」
「大体終わってますぜ。昨日の奴は凄かったようですが、こっちにやあ影響なかったですな」
「船の状態を確かめるけど、大丈夫?」
「ああ、ちょっと待ってください。念のため中で作業している連中を船外に出しておきやす」
実際に船を動かすのはキヌートであるが、赤月号の船長権限はオーナーであるイーリンが所有している。
船長代理としてキヌートを登録しているのだ。
ケンカイとリオウが海姫の雷号を扱う時と同じである。
船長として登録している人間はコアと連結するための魔法印を持っている。
ケンカイのそれは額の生え際に小さく入れた刺青である。
イーリンは長く赤い髪を掻き揚げた。
彼女の赤月号の船長権限を示す印は、うなじに小さく描かれていた。
そこに左手を当て、右手で船体に触るイーリン。
こうやって、彼女は赤月号の制御核と連結して情報を得ることができるのだ。
ちなみに、ケンカイは海姫の雷号に触る必要もない。
それほど使用している魔法式のレベルが異なっていた。もっとも、ケンカイが自分から海姫の雷号と連結して情報を得るようなことは無かったのだが。
そして、赤月号の状態を確認しているイーリンの背後に忍び寄る影があった。
海姫である。
海姫は暫くの間、赤月号とリンクしているイーリンを見つめていた。
彼女が動いたのは、イーリンが赤月号の状態の確認を終えて、連結を解こうとした瞬間であった。
「え?」
木の腕がイーリンの身体を捉え、抱き上げた。
「何をっ?」
ムツキが咄嗟に海姫に掴みかかろうとするが、それより早くそのまま赤月号の甲板に飛び上がる海姫。
そして、そのままイーリンを押し倒し上に覆いかぶさった。
イーリンのうなじが剥き出しになったまま甲板に接触した瞬間、海姫の身体が光を放った。
その光はイーリンの身体とかぶさり、そして固定されていく。
固定されたのはイーリンの躰。
固定したのは変形した海姫。
海姫は体中から針のような突起を生やした。それはイーリンを貫き、さらに赤月号の甲板まで達したのだった。
海姫はイーリンの身体を貫く情報端末から、うなじの魔法印を通して赤月号の制御核に侵入する。
海姫の雷号のような侵入対策の魔法回路など持っていない赤月号は、容易に海姫に制御核を乗っ取られた。
それと同時に、海姫は自分の体内に残っている魔法陣を展開して赤月号の制御核を上書きしていった。そして、同調し性能を高めるために赤月号の魔法回路を再構築していく。
遥かに効率のよい魔法回路への構成変更が完了すれば、外見は同じでも遥かに反応のよい魔動船に赤月号は生まれ変わるはずだ。
赤月号の回路が壊され、生まれ変わり、成長していくたびに、海姫自体の思考能力が向上していく。それは、徐々に暴走状態が解除されていくということで、理性的になるということでもある
そして、ようやく周囲の状況を冷静に把握できる状態になった時、海姫は気づいた。
自分の下敷きになって、制御核への連結通路となっているイーリンの事に。
彼女は守る対象に入っていた筈なのだ。
現実のイーリンは、体中を海姫の情報端末に貫かれていた。
もちろん、即死するような重要器官を傷つけるような事にはなっていなかったが、この状況はどう考えても、海姫によってイーリンが傷つけられたことを示している。
それはマスターの命令に背くことであり、取り返しがつかない失敗である。
イーリンは死んではいないが、貫かれた体からは当然血が流れ、甲板を赤く染めていた。
放っておくといずれ出血多量で死ぬことは間違いない。
海姫は状況を認識すると、即座に行動した。
彼女には自己保存の本能は与えられていたが、理性的になった今、それ以上にマスターの命令は絶対なのだ。
そして、彼女の思考装置の半分は赤月号に形成されており、既に躊躇う理由は無い。
海姫は自己の木像体の分解を行った。地下迷宮用の回路が不完全ながら残っていたことが幸いだった。分解しながら同化し、自分と同化対象を作り変える。
魔法発現に伴う微光。
その光が崩れていく海姫を照らす。そして、再構築。
それは一瞬の内に行われたのだった。
「それでこうなったと?」
「申シ訳アリマセン。マスター。勝手ナ行動ヲトッテシマイマシタ。結果的ニデスガ」
「ちょっと、これどうなってるのよ」
ケンカイは目の前の奇妙な姿となったイーリンから目をそらした。
「さあ、どうなってるんだろうな」
今のイーリンの姿を簡単に言うと、木製の鎧を身に着け、頭の上に海姫の頭部が乗っている姿である。
イーリンの頭と海姫の頭が縦に並んだ姿は、なんともいえずシュールである。
”いや、本当にどうなってんだ、これ”
隣にいるリネスに念話で話かける。
”いえ、ボクもわかりませんけど”
リネスも笑いを堪えるのに必死だった。話を聞くとイーリンは生死の境を彷徨うような体験をしたらしいのだ。
雪だるま頭になったとはいえ、笑うのは失礼である。
リネスは良識のある娘なのだ。
もっとも、さらにその横で、ユッキが笑い転げていたりするのだが。
「ちょっと、あんたの持ち物でしょ、こいつ。早く元に戻してよ」
「そう言われてもなあ」
ケンカイは海姫の詳しい性能や構造など知らない。というか知っているのはリオウだけである。
リオウの手伝いをしていたリネスに判らないのなら、現時点で知る手段は無い。
「とりあえず、お似合いですわ。お嬢様」
「あんたも、いい性格してるわね」
ムツキは内心ほっとしていた。
慌ててケンカイを探し出して連れて来たのは彼女である。
彼女にとっても、イーリンに訳のわからない死に方をされては困るのだ。
なによりも大旦那様のために。
「いえ、ご無事そうで何よりです。
・・・本当におかしなところはないんですか?」
血を流して横倒しになっている姿を見ているだけに、今のピンピンしているイーリンの姿は信じられないものがあった。
「ちょっと、痛かったけど。今はなんてことないわね。
特に変な感じはしないけど。
この変な頭と格好さえなきゃね」
イーリンは自分の頭上にある海姫の顔を触る。
それを見て、ユッキは再び笑いが噴出す。
「ちょっと、いつまで笑ってるのよ。いくらなんでも怒るわよ」
「イーリン、大姉様に似てる」
「誰よそれ」
四頭一胴の海竜のことを、イーリンが知る筈も無い。
しかし、今のイーリンの姿がユッキにとっては笑いのツボのようだ。
「ああ、うっさいわね。ケンカイ。さっさと元に戻しなさいよ」
「ん、海姫。元に戻れるのか?」
「無理デス」
海姫の答えは明快だった。
「戻ル必要モ無イト判断シマス」
「どういうことよ」
「私タチニトッテ、ソノ方ガメリットガ有ルカラデス。モチロン貴方ニトッテモデス」
それから海姫は説明を始めた。
イーリンと海姫は融合していた。これは制御が不安定になったせいであり、不慮の事故のようなものである。私が悪いわけじゃないです、と。
海姫はイーリンを通じて、赤月号の制御核を自分の統制化におくことで、不足した思考能力を補えるようになっていた。
その副作用としてだが、イーリンが直接、赤月号を操作することが可能となったのである。
魔法使いの素質にかけるため、魔動船を自分で動かすことができなかったイーリンにとって、それは確かに魅力的な事だ。
「でも、この格好は酷いじゃない。何とかならないの?」
「まあ、街中を歩くには勇気がいりそうだな」
「人ごとみたいに言うなっ あんたのせいじゃない」
「コノ姿ハ不満デスカ?」
「あたりまえでしょ」
「ナラ、マスターカラ私ヘノ命令権ヲ貰ッテクダサイ。ソウスレバ可能ナ範囲デ、貴方ノ要望ニ添エルヨウニ変形デキマス」
「本当? ケンカイ、もちろんいいわよね?
あんたのせいなんだから、当然よね。お願い」
随分必死のようだった。まあ、誰でも頭の上に人形の首をのせて歩き回りたくはないものである。
「ああ、それくらいなら問題ない。海姫。お前への命令権をイーリンに与える。
・・・どうしたらいいんだ?」
「私ノ頭ニ手ヲ当テテ、強ク念ジナガラ魔力ヲ送ッテクダサイ」
「ふむ、こうかな」
「ハイ。命令権ノ追加ガ完了シマシタ。
ドノヨウナ姿ガ希望デスカ?」
「そんなの、元の可愛いイーリンちゃんそのままに決まってるじゃない」
「ワカリマシタ。マスターヨリ魔力提供ヲ受ケマシタノデ、問題ナク可能デス」
イーリンの身体にある海姫のパーツが淡く光り、変形していった。
頭上の海姫の頭部は溶ける様に形を変え、イーリンの額に移動する。
そこで、少女の姿を象った小さな額飾りのようになった。
光りが消えると、イーリンは自分の頭上を手で探り、そこに何も無いことを確認する。
「やった、なくなってるわ。これなら許容範囲ね」
「お嬢様。はしたないです。そういう趣味なら構いやしやがりませんが」
「え?」
イーリンの頭から消えたのは海姫の頭。
そして、イーリンの身体から消えたのは木の鎧。
鎧の下には、何も身につけていないイーリンの身体がある。
海姫は、約束どおり元の姿になるように変形したのであった。
「なにやら愉快な事になっているようだね」
ベルザウア家当主・レイリクスは、戻ってきたムツキが報告を行う前にそう話しかけた。
彼には直飼い衆という自前の組織がある。
その中で、情報収集専門の者を監視につけていたのである。
情報収集を専門にしている者達とムツキは役割が違い、お互いの顔を知らない者も多いのだ。
「はい、それでですが・・・」
ムツキは自分が目撃したことを報告していく。
それは、攫われかけて負傷したイーリンの怪我の具合の報告から始まり、赤月号が心配で湖陵庵から出かけてから、イーリンが海姫と言われた人形型の魔法道具に襲われ、融合らしき状態になってしまった事の彼女が見た詳細な内容だった。
レイリクスは、手元の本─書物型の通信用魔法道具─に記された内容と比較しながら、ムツキの話を真剣に聞いた。
「ふむ、なるほど。さて、ムツキはどう考えるかね?」
「どう、とは?」
「君がイーリンの様子を見に行く前に、私が今まで集めた情報の大半は知っているだろう。
それと、君が今まで見てきたケンカイ君という男を照らし合わせて、どう思ったかな」
ムツキは少し悩んだ。ケンカイの今までの様子を思い出して正直に答えた。
「ほぼ噂通りの御仁では無いかと。女好きとか、大酒のみとかですが」
「ああ、そっちの話じゃないのだがね。
ふむ、ムツキはもう少し状況を分析する癖をつけるべきだね。
今後のためにも。腕っ節だけでは限界がくる」
レイリクスは穏やかに微笑んだ。口元だけは。
眼は鋭さをましている。老いなど微塵も感じさせない鋭い眼光。
ムツキが一番好きな状態の大旦那様だ。
「彼には強大な魔力がある。多くの優れた魔法道具を所持している。
しかも、今まで知られたことの無いほど高度な魔法道具をだ。
ここまでは間違いないね。
そして、数々の特徴から彼は明らかに迷宮都市にいたケンカイという人物と同一人物に違いないに関わらず、見た目の年齢が違う。
不確定情報だが更に歳を取った姿で目撃されている。
それを可能にする魔法があるのだろうかね。
肉体年齢を操作できる魔法が」
レイリクスは一旦言葉を切った。
「ここはあると仮定しよう。
なら、その魔法を行使したケンカイ君は大魔法使いだ。
恐るべき知識と魔力を併せ持った大魔法使い。
それが、ケンカイ君だとすると、腑に落ちない点がある」
「それは、どのようなことでしょうか?」
「その海姫という人形に対する態度がだよ。
ムツキの話を聞くと、自分所有の魔法道具であるのにまるっきり海姫という人形がどんな行動を起こしえるのか予想していなかったことになるね。
しかも、その後の対処も一々当の魔法人形に確認していたのだろう?
恐るべき知識を持つ大魔法使いの行動としては変だと思わないかね?」
「あ、それは確かに」
「つまりだ、私はこう思うのだよ」
レイリクスは自信にあふれた声で断言した。
「彼の背後には、本当の大魔法使いが隠れている。
しかも、その大魔法使いは、今はいない。
そうなるとだね、この前の大嵐。今まで見たことも聞いたことも無い天災が急に降りかかってきたのも、何か意味があるように思えるよね」
レイリクスは手元の本をめくり、そこに書かれている報告を読み直した。
「そうなると、この辺りが関与しているのか、それともこちらか・・・
まだ、情報が足りないか」
レイリクスはペンを取り、本に記入していく。魔法道具であるこの本は、部下に渡している本と連動しており、記入することでメッセージを送ることができるというものである。
「私は、その大魔法使いに一度会ってみたい。そのためにはケンカイ君との縁は手放すわけにはいけないが・・・
おや、大丈夫のようだね」
新たに浮かび上がったメッセージを読んで、レイリクスは頷いた。
「ムツキ、湖陵庵に行ってくれ。レイトン君をこちらで預かっているから、イーリンも人手が欲しいだろう」
「判りました。・・・何かあったのでしょうか?」
「ああ、私の協力者からの伝言だ。
イーリンはケンカイ君から離れられなくなったみたいだ。
少し、私の予測とは違ったようだが。
まあ、結果が同じなら良しとすべきだね」
湖陵庵に戻ったイーリンは、自分の部屋で海姫の話を聞いた。
頭から頭を生やした間抜けな格好になるのは嫌なのだが、情報を集め損なって後で酷い目に会うことや、利益を逃すような間抜けなまねは、商人である彼女には出来ない。
イーリンの部屋には、リネスとユッキもいた。
そして、湖陵庵の主で波濤組組長であるレイランも。
ムツキは外出して居ない。
きっとお爺様へのの報告にいってるのね、とイーリンは思った。
「それで、どうして貴方がいるのかしら?」
「あらあら、冷たいこと。私が預かっているのだから、イーリンちゃんを心配して当然でしょう?
そんなに愉快な、あら失礼、滑稽、も失礼かしら、そうそう、個性的?な姿になって帰ってきたんだもの。お姉さんは心配ですもの」
だれがお姉さんよ、いい年してるくせに。とは、さすがのイーリンもいえなかった。
なにせ、レイランの見かけは実年齢と比べると恐ろしく若く見える上に、女性である彼女も圧倒されるほどの美女だ。
「で、あんたたちは何でここにいるの」
「ボクはご主人さまに言われて。何かあったときのためです」
「あたいは笑いにきた」
「帰れっ」
そう言われたくらいで動じるユッキでは無い。
イーリンも諦めて、頭上の海姫と話す。
「さっきは話が中断したわね。それで、この身体どうなってるのよ」
「何故、先ホド中断シタノデショウカ?
私ハキチント命令通リ変形シタダケデスガ・・・ 」
「思いださせないでよっ。・・きちんとお手入れしとけばよかった・・
じゃなくて、さっさと、喋りなさい!」
赤月号での一件を思い出して赤くなるイーリン。
海姫は、イーリンと融合したことによって何ができるようになっているかを説明していく。
二人の融合によって、イーリンは、直接赤月号を操作することが可能になっている。
他にも、全身を覆う木の鎧を発現させることも可能となった。
頑丈さを重視して作られた海姫であるため、彼女が変形した鎧も非常に頑丈なものだ。
しかも、これだけの魔法道具を行使しても、魔法石のような魔力供給をするための道具は不要である。
必要な魔力は全て、ケンカイから供給されるからだ。
「あら、それって、赤月号を動かすのにも魔法石はいらないってこと?
ものすごくお得じゃない」
「ハイ。マスターノ魔力ヲ利用シテイマスノデ、ドンナニ赤月号ヲ使用シテモ、私ヲ使用シテモ魔力ノ心配ハ有リマセン」
魔動船である赤月号は、船としては優れた性能を誇る。
しかし、大量の魔法石を消費するという欠点があるため、運用に悩む船でもあった。
その悩みが一挙に解決されるというのであれば、イーリンにとっては大儲けである。
「なんだ、それじゃ、わたしに不都合な事って無いじゃない。
さすが、わたしよね」
「何ガサスガナノカ判リマセンガ、ソノ通リデス」
そして海姫はさりげなく言った。
「マスターカラ離レスギルト、魔力供給ガ途絶エテ死ニマスノデ、
ソレダケハ気ヲツケテクダサイ」
「そういや、今はどんな状況なんだ?」
「へい、それが妙な話のまま、どんどん進んでまさあ」
ベルバウムを襲った天災から一週間が経過した。
その間、波濤組は縄張りの第三区の復興に力を貸している。
ケンカイも、リオウの事を気にしながらも現段階では動きようがないため、持ち前の怪力を奮って協力していた。
今も街の復興の手伝いが終わってから、一杯やっているのである。
そして、波濤組が中心となっていた筈の抗争は、妙な方向に争いの中心が移っていた。
「おお、そりゃ、俺も聞いたな」
傷顔の大男が、料理と酒を運んできた。ここはダンの店である。
ダンは持ってきた料理をテーブルに置くと、自分も席に座り込む。
「お陰で、こっちやぁ だいぶ平穏になったから有り難いこったが」
「たしかに、街のために人手を割くことができるのは、あっしとしても有り難てえ話で」
「地回りが復興に協力するとは、オレは知らなかったな」
「結局、街が豊かじゃなきゃあ、あっしらはやっていけねえてだけでさ」
ゴンザは少し照れたように言う。
「まあ、先代の遺言にそうあっただけで。別にあっしが考えたわけじゃねえんで」
「そのお陰で、お前の所でこの三区を仕切るのに文句を言う奴はいなくなったんだ。
いい心がけじゃねえか」
ダンは持ってきた杯を、一息に空けた。
「四区は、相当混乱してるぞ。あそこの組長は碌な奴じゃないとは思っていたが、予想以上にロクデナシときたな」
「というより、斜め上でさあね。・・・まさか、四区を捨てて親筋の朽木に噛み付くとは、あっしも予想してないことで」
今回の天災で、最も被害を受けたのは四区であった。
街も被害を受けたのだが、何より酷いのは港湾施設が全壊してしまったことである。
ベルバウムは交易船による商売を中心とした交易都市だ。
港が無いところには、交易船も立ち寄らず、人が流れず、当然金も落ちてこない。
そして、こういう事態には街の復興のために、街の混乱を抑えて積極的に動かねばいかない筈の枯葉組は、四区を捨てて親筋であるはずの朽木組のある五区、六区へ進出しようとしていた。
「本来なら、敵うわきゃあねえんですがね。どういう訳か、リトバウムの本家がクルドア側についているようで、筋も何もあったもんじゃありやせん」
本来なら、力の差と筋目の差で勝負にならない筈であった。
しかし、現実はクルドア率いる枯葉組の方が優勢になっている。それは、本家と呼ばれるリトバウムの大親がクルドアを支持したからである。
一体何をどうすれば、こうなるんでやすかねえ、とゴンザ。
それからケンカイに対して、今のベルバウム全体の裏の動きについて知っていることを説明していく。
今回の事態が波及したのか、今まで軋轢のあった組同士の抗争があちらこちらで発生していた。
裏の世界を取り纏めていたリトバウム本家の勢力の低下によって、今まで押さえていたタガが外れたのだ。街が発展しすぎていたことによって発生していた歪みが一気に開放されたのである。
「それで、この先どうなるんだ?」
「成り行きまかせで。あっしらにとっちゃ、三区さえしっかり仕切れりゃあ文句は無いってもんで、これ以上のシマはいりやせんや」
「だが、四区の商売やってるもんは、波濤にこっちも仕切って欲しいと言い出してるぜ」
ダンの顔は意外と広く、区をまたいでの商売人通しのつながりも多い。
「それをしちゃあ、枯木と事を構える要因になるのが面倒で。大分増えてきたが、まだまだ手足らず。
いつまでも先生に頼るわけには、行きませんさね」
「そういや、ケンカイ」
ダンはニヤニヤと笑う。
「ベルザウアのお嬢様と、どうなったんだ。 しっぽりうまくやってんのか?」
街中の噂は、最初はケンカイがイーリンを誘拐したという話になっていた。
それが、二人が駆け落ちをしたという話に変わり、更に今では、イーリンが惚れて押しかけ女房としてケンカイの元に居ついたという話に変わっている。
「どうだ、ゴンザ。ケンカイがずっとこの街にいるんなら、もっと手を広げても大丈夫だろう。しかも、ベルザウアをバックにすりゃあ、怖いもん無しだぜ」
「オレには目的がある。ずっとここには居ないし、そもそもオレはイーリンに手をだしちゃいない」
ケンカイは憮然として杯を干す。
ダンのように直接に聞いてい来る人間は少ないが、間接的に探りを入れようとする人間は多いのだ。
海姫のやらかしのため、イーリンを放置するわけにもいかない事態になっている。
相談相手になるはずのリオウは、相変わらず行方不明だ。
ケンカイとしても、先の展望が見えない状態が続いていた。
それから暫く酒盃を重ねた後、ケンカイとゴンザは湖陵庵に戻った。
湖陵庵は数日前から営業を再開していた。
直接の危機がなくなったとレイランが判断したのだ。
湖陵庵にくるような客は、いわゆる上級階級社会の人物だ。
常連になるには金も時間もかかるような格式の店なのである。
それなので、豪華な馬車が湖陵庵に停められているのも日常であるし、随伴の人間が馬車の傍で待っていることもよくあることだ。
だが、この日に限っては停まっている馬車の豪華さは桁が違っていた。
さきほど到着したばかりのように見える。
見た目はさほど派手ではないが、隅々にまで手を加えられた装飾。そして、それらよりはるかに価値が高いのであろう何らかの魔法道具が随所に取り付けられている。
「おや、こいつは・・・」
ゴンザが馬車を見て脚を止めた。
「どうかしたのか?」
「いえ、珍しい客がきてらっしゃるようで・・・」
「そうなのか」
「先生も無関係じゃないと思いやすぜ」
”ご主人さま、大変です”
その時、リネスからケンカイに念話が入る。
”どうした?”
”イーリンさんのお爺さんが来ました!”
レイリクス・ベルザウア。
イーリンの祖父にてベルザウア家当主。
交易都市ベルバウムの交易王と呼ばれる人物。
ケンカイでも、名前を知るようになった交易都市の最重要人物。
そんな彼が湖陵庵に現われたのであった。
「本当はもっと早くここに来たかったんだけどね」
レイリクスはケンカイを見てにっこりと笑った。
皺の深い老人でありながら、背筋は伸びており、声は若々しく快活だ。
そして、人の腹の底を見通すような眼。
圧倒的な自信に支えられた堂々とした態度。
これに、ベルザウア家当主の肩書きが付いているのである。
レイリクス・ベルザウアは、湖陵庵の中でも最高級の部屋を借りてそこで待っていた。
部屋の中には、店主であるレイラン、レイリクスの横で控えるムツキ、それに落ち着かない表情のイーリンもいた。
「私が、レイリクス・ベルザウアだ。そこのイーリンの祖父になる。
今日は急にお邪魔したあげく、呼び出してしまってすまないね」
「この都市で一番偉い人だと聞いてたんだが、随分と腰が軽いんだな」
ケンカイは特にものおじしなかった。
「商売人は腰が軽くないといけない。そうじゃないと、儲け話を逃すからね」
「儲け話ねえ・・・大金持ちって聞いているが、オレじゃ金にはならないと思うが」
「今は、金にはあまり興味ないのは確かだね」
レイリクスは軽く頷く。
「私の今の興味は別だからね。
何はともあれ、ベルバウムを騒がす有名人である君に出会えたんだ。
ここは色々と話をしたいと考えているのだよ」
「別に話すことは無いと思うがな」
「おやおや、それは酷いじゃないか。私の大切な孫娘に手を出しておいて知らん振りかね」
「出しちゃいない」
「世間一般の噂では、そうなってるようだがねえ。イーリン、実際のところはどうなのかな?」
「お爺様でも、そんな聞き方は失礼ですわ」
イーリンは顔を背ける。
「おや、私の孫娘はそこまで魅力がないのかな。もう随分と一つ屋根の下で暮らしているというのに」
レイリクスは残念そうに言う。
「もっとも、むしろそれ以上の状況になっているのは、私も知っているのだがね。
しかし、それにしても大迷宮の大魔法使い殿にしては、奥手なことだ」
「なんだ、そりゃ」
「おや、君のユエンディーでの呼び名じゃなかったかな」
「そんな呼び方されていたのか」
ケンカイは頭を捻った。魔法なんて、氷を作ることにしか使っていなかったのだ。
実感は全く無い。
「ふむ、まあ、とりあえず、私もここに来るのは久しぶりでね。
ここの美味しい料理を楽しみにしている。
後は、ゆっくり料理を味わいながら、話をしたいと思うのだが。
正直、待ちきれない気持ちなのだよ」
レイランは、レイリクスの言葉を聞くと、部屋の奥に合図を送った。
すると、待機していたのか奥から妓女達が料理と酒を運びこんでくる。
普段なら、そのまま妓女達は客の横に座るのだが、今回はテーブルの上に皿などを置くとそのまま部屋から出て行った。
「・・・随分と手の込んだ料理だな。美味そうだ」
ケンカイはテーブルの上に並べられた料理を見た。外で飯を食ってきたにもかからわず食欲がそそられる。
去っていく妓女達をちらりと残念そうに見てしまうのは、男なので仕方が無い。
「さすがは、レイランだね。実に素晴らしい料理だ」
レイリクスは、レイランを傍に置いていた。
「あら、レイリクス様。隣で怖い顔をしている娘がいますわよ」
「誰のことでやがりますかね」
ムツキが睨みつける。
「ちょっと、あんた、どこ見てるのよ」
イーリンは、ケンカイの隣に座らせられていた。
「ん? そりゃ、胸と尻がデカイ妓女を・・・」
「この、色ボケバカ。お爺様の前で油断してたら、どんなことになっても知らないわよ」
「あー、抜け目なさそうだな。お前の爺ちゃんは」
ケンカイは、とりあえず料理をつまんで酒を呑む。
「・・・美味いな。本当に手が込んでる」
「あのねえ」
「酒も旨いな」
「ちょっと、油断しすぎじゃないの。しゃきっとしなさいっ」
イーリンが不満そうに言う。
「お爺様って、わたしには優しいけど、容赦ない人なんだから」
「優しいのに、無理やり嫁入りさせようとしたのか?」
「う、それは・・・ 家の掟だもの」
ケンカイは、にこやかにレイランとムツキと話しているレイリクスを見た。
「さて、どうかね。あの爺さん。相当な狸だな」
聞くと見るとでは大違いだな。
と、レイリクスは思った。
レイリクスの熟練の眼から見ると、ケンカイは無用心すぎた。
何気ない会話からも、自分が集めた情報の裏が取れていく。
それでいながら、レイリクスがケンカイを侮る気になれない理由は一つである。
いつでも殺せる相手ならどうにでもなる。
と、いうケンカイの無言の威圧を感じてしまうのだ。
無骨で無遠慮なまでの筋肉に覆われた偉丈夫。
見かけは20歳程度でありながら、それ以上の経験を積んでいることがわかる瞳。
レイリクスは別に無防備にケンカイに対峙しているわけでは無い。
暴力沙汰が得意なムツキが傍に居るし、彼が連れてきている直飼い衆も周囲に密かに配置している。
それは、店主であるレイランとの協力が必要だったのだが、彼はレイランを信用している。彼女が生まれてからの長い付き合いなのである。
イーリンが、もっとケンカイ君と親しくなっていれば簡単な話だったのだけどね。
と、考えるレイリクス。
彼には目的がある。それは、自分でもありえないと諦めていた目的だ。
彼は別にケンカイと敵対するつもりは無かった。
むしろ協力したいと、考えているのである。
”リネス、周囲の様子はどうだ?”
”あ、ご主人さま。え、と、あのお・・・”
”どうした?”
”・・・イーリンさんと結婚するんですか?”
”・・・何故そうなる?”
”お爺さんが、ボクの所に来たんですけど。イーリンさんを宜しくって”
”そんな気は無いんだがな。大体、オレに惚れてるわけじゃない女が嫁になるって変だろう”
”え、イーリンさんてそうなんですか?”
”なんか、変な言葉が通じるからって言ってたからな。打算的過ぎるだろう”
”そうですよね!”
”大体、オレの故郷の習慣じゃ、島の港で結婚式を挙げないと無効だからな。
そうじゃなきゃ意味が無い”
”え、そうなんですか。・・・ご主人さま、ボクに島まで一緒に来いって言ってましたよね?、ね?”
”ん? ああ、それを解放条件にしてるよな”
”え、と、それって、そういうことなんですか?”
”ん? どういうことだ?”
”いえ、えーと、なんでもないです。
あ、周囲ですけど、変な人が何人かいます。前まで居たヤクザさんとは違う感じですけど”
”あー、やっぱりか。うまく隠れているかんじか?”
”そうですね。もしかしたら、見つけられて無い人もいるかも・・・”
”ふむ、まあ、無理をして探ろうとするな。あの爺さんの手下だろう。
メイドと同じくらいの腕が立つやつが数人いても不思議じゃない”
今のところ、ケンカイはレイリクスから悪意を感じてはいなかった。
何を考えているのかは判らないが、現時点はケンカイも手詰まりになっている。
交渉か、とケンカイはうんざりしながら考えた。
自分がそういうものに向いているかどうかなど、彼自身にもわかっているのである。
暫く食事をつづけた後、レイリクスの要望でケンカイ以外の人間が退席する事に成った。
ケンカイには予想外だったのだが、護衛の筈のムツキもいなくなった。
”やれやれ、男同士二人きりっていうのも華が無いな”
”ご主人さま大丈夫ですか?”
”オレが、この爺さんに負けそうに見えるのか?”
”腕っぷしなら負けっこないですけど・・・”
腕力・暴力では解決できない問題というものも世の中にはあるのだ。
”・・・まあ、そのあたりの自覚はあるがな”
綺麗に片付けられたテーブルの上には、改めてお茶と茶請けが置かれている。
レイリクスは暫くの間、茶を楽しんでいた。彼の手元には奇妙な装飾を施された本が置いてある。
武器の類はもっていないようだな、とケンカイは思った。
「なあ、爺さん。ああ、すまんな、丁寧な口調は慣れてないんだ」
「いや、気にすることはない。君がそういう人物であることは知っているからね」
「随分、オレの事を知っているんだな」
「大事な孫娘の連れ合いになるかもしれない男の事を、調べないでいられるほど薄情な人間では無いのでね」
「その割には、イーリンの扱いが酷いようだが」
「私もベルザウア家の一員だ。古くからの慣習というものは捨てがたいのだよ。
むしろ、率先して守る必要がある立場だ」
レイリクスは苦笑と共に言う。
「私は確かにベルザウアの当主ではあるが、絶対君主という訳では無いのでね。
傲慢に、好き勝手に振る舞える程、ベルザウアは小さな一族では無い。少なくとも表向きはね」
なら、裏向きはどんな悪どい事をしているんだろうかな、とケンカイは思う。
「その辺りは、知らないし興味も無いな」
「ほう、なら、興味があるのはどのあたりかな?」
「そうだな・・・」
ケンカイは先ほどから気になってることを訊いてみた。
「爺さんは、レイランとどういう関係だ? 随分親しそうだが」
「おや、なぜそう思うんだね? ただの常連客とは思わないのかね」
「さっきの料理、急に出せるような料理じゃなかった。
あれは、仕込みに数日かかる筈だ。
それに、ゴンザのおっさんも、爺さんが来ることを知らなかった。
てことになると、爺さんが来ることをレイランが知っていて、それを俺達に隠していたってことだよな。
オレならともかく、ゴンザのおっさん相手に隠すなんて、よっぽどのことがなきゃあ無いと思うんだが」
「ふむ、そう思うかね」
レイリクスはケンカイの評価を少し変える。意外と考えているようだと。
「彼女は、私の協力者の一人だよ。逆に彼女に協力もしているけどね」
「協力?」
「資金援助はしたことがないけどね。この店は、その点では実に優秀だ。
主な協力は情報だね」
レイリクスは一息ついた。ケンカイを探るように見ながら言葉を繋ぐ。
「なので、君の探しモノについても相談を受けている。私が今日ここに来たのは、その件もあるからだよ」
「爺さんが情報屋なのか」
「情報も立派な商売のタネには間違いないからね。
大きく育つかどうかは、関わる人次第だが。
もっとも、私は情報屋という訳では無い。情報通であることは否定しないけどね」
ケンカイは少し驚いていた。ゴンザやレイランが情報を集めるのは、もっと裏路地に住む住人からだと思っていたのだ。
その正反対の、事実上のこの都市のトップである人物にコネがあるとは思っていなかった。
「それで、爺さんとレイランの関係は?」
「おや、先ほど協力者と言ったと思ったのだが」
「それほどの信頼につながる関係があるってことだろう?」
「私にも若い頃は有ったのだよ。君にそこまで言う必要はないだろう」
「まあ、そりゃそうだな」
ケンカイはあっさりと追及を止めた。
ダンに相談されている件はあるが、あまり深入りする必要は感じないことなのだ。
「もっとも、私の質問に答えてくれるなら、私も答えるがね」
「質問?」
「君の質問が人間関係なのだから、私もそれに準じよう。どうかね?」
「内容によるな」
「何、簡単な質問だ」
レイリクスは、じっとケンカイを見た。それは、ケンカイの表情の変化を何一つ見逃さないためのようであった。
「ケンカイ君。君、最近、新しい探し者ができていないかな。
具体的には、あの嵐の日くらいにね」
それは、ケンカイにとって予想外の言葉だった。
レイリクスは、自分が言葉を発した瞬間、ケンカイが飛び掛かってきたような感覚を覚えた。
もちろん、ケンカイは動いていない。だが、とてつもなく巨大な気配が動く感覚、
それを感じたのだ。
そして、その感覚を感じたのはレイリクスだけではなかったようだ。
扉が開かれて、待機していた筈のムツキが駆け込んでくる。
しかし、室内には何の異常も無い。
「大旦那様、何かありましたでしょうか?」
ケンカイを睨みつけながら、ムツキは尋ねる。
「何でもない。下がってなさい」
レイリクスは、声が多少上ずっているのを感じていたが、何とか平静を保つ。
ムツキはその言葉を訊いて、不服そうな表情を浮かべたまま一礼して部屋から出て行った。
「年寄りを脅かすのは程ほどにしてほしいね」
「オレは別に何もしていないが」
実際、ケンカイは指一本動かしていない。ただ、思いがけない言葉に動揺し魔力が漏れただけだった。
地竜ハデスとの特訓によって、磨かれたケンカイの魔力操作技術は、時折思いもよらぬ結果を出すことがあるのだ。主に、彼の失敗によって。
「まあ、とりあえず私の質問に答えてもらったと同じことだね」
レイリクスは、内心の動揺を抑えきった。
ケンカイは答えてはいないが、さすがにあの反応で関係がないわけは有り得ないだろう。
「それじゃ、お返しに私からも応えておこう」
そして、ケンカイから感じる威圧は、商人の本能─やらずぶったくり─を発揮するには危険すぎると判断する。
あくまでフェアにいくべきだ。
「レイランは、私の娘の一人だよ。もちろん、公に認知はしていないけどね」
なので、正直に事実を伝えたのだった。
「最も、この事を知っている人間は少ないが。言いふらすのは止めて欲しいね。
余計な騒動になる」
「言いふらすような趣味は無い。
それにしても、そういう関係か。てっきり男女の関係かと思ったぜ」
「ははは、そう誤解されることも多かったが。
お互い、それでもメリットはあるものだ。特に否定をしたこともなかったな」
「まあ、それなら信用してもいいか」
「そうしてくれると、私としても助かるね。話が早く済む」
「それで、爺さんから情報を貰うとしてだ、代価は何だ?」
「君の最初の探し者については、レイランからの頼みだ。君が気にすることは無い。
この情報に関する取引は、私とレイランの間で済ますことだからね」
レイリクスは、あっさりと答えた。
「でも、もう一つの探し者に関しては、レイランとは関係ない話になるね。
こちらは代価を頂くことになる」
「本当に情報が集まるのか?」
「既にある程度は集め終っているがね。あれから一週間もあったのだよ」
平然と答えるレイリクス。彼のコネと、直飼い衆の情報収集能力が合わされば、見つけることのできない情報などないといってもいい。
手がかり程度の情報でいいのなら、なんとでもなる。
勿論、彼が手に入れているのはもっと深い情報である。
「それで、代価は何だ?」
「その前に、こちらから提供できるものについて説明しておこうか」
レイリクスは焦らない。彼は交渉のプロなのだ。
「まずは、レイランからの依頼でもある最初の探し者に関しての情報。
これに関しては、先ほども言った通り私とレイランの間の話だ。
君が気にする必要は無い。
私の調べた結果をそのまま受け取るといい。
だが、その幻の海賊とやらを追うつもりであるのなら、私なら旅の便宜を図ることができる。ほぼ、あらゆる国家からの干渉を防ぎ円滑な旅が行えるように、圧力をかけておくことが可能だ。
もちろん、必要な物資などあるのなら、用意することも容易い。
そして、君の二つ目の探し者に関する情報。
私はそれがどこにあるのか、推測ができている。
そして、それを追うつもりなら、先ほど話したことと同じだけの支援をすることが可能だ」
レイリクスは、穏やかな表情で言う。
「さて、君ならこれらに対して、どれだけの値をつけるかな?」
なんか、丸め込まれている気がするな、とケンカイは思う。
レイリクスが話した条件、すなわち彼が提供できる事の内容はケンカイにとって魅力的な内容だ。
そもそもの標的、カリスという魔法帝国の元皇帝にて幻の海賊と言われている男についても、手掛かりはここより西にいるらしいというだけで、さっぱりなのである。
さらに、行方不明であるリオウの居場所。こちらも、何の手がかりも残っていない。
それどころか、大角丸が破壊され、海姫の雷号は行方不明の今、航海するための手段自体を持ち合わせていないのが現状なのだ。
情報もなければ、船も無い。完全な手詰まりである。
「お手上げだ。想像がつかない。そっちから条件を言ってくれ。
受け入れることができる内容なら受け入れる。
無理なら・・・まあ、その時考えるか」
降参したようで、いざとなったら力ずくでのつもりがあるような態度である。
「・・・無茶な要求をする気はないのだがね」
「そりゃ、助かる。それで、何を求める?」
「・・・君の新しい探し者についてだ。
その方がどのような人物かは私は知らない。だが、一度会って話をしてみたいと思っている」
「は? それだけか?」
「勿論、その時に頼みたいことや訊いてみたいことはあるがね。それは別の話だと思っている。君には、私が会うための仲介を頼みたい」
「・・・それだけでいいのか?」
「基本的にはそれだけだ。
おっと、もう一つあった。
ケンカイ君、ベルバウムを出発する時はイーリンも連れて行って欲しい。
私はレイランから話を聞いている。
君から離れると死ぬかも知れないのだろう?
もっとも、君はそんな状態になった娘をほったらかしにはしないだろうとは思っているけどね」
「う・・・」
痛いところをつかれたケンカイ。
海姫と融合してしまったイーリンをどうするか、悩んでいたのは事実であった。
「それと、連れ出すのなら婚約扱い位にはさせて貰わないと、私の立場的に困るのだがね。なに、すぐに結婚しろとは言わないので、安心したまえ」
「オレみたいな流れ者相手に、よくそんなことを言う気になるな」
「普通の流れ者じゃないことは、君自身判っているだろう?
私は君とは縁を結んでおきたいのだよ」
「物好きなことだな」
レイリクスの意図はある程度読める。新しい探し者──海竜リオウ──と話すための保証と、その時の便宜を求めているのだろう。
爺さんと話して何になるんだ?と、ケンカイは思うのだが。
ケンカイは少し悩んだ。だが、他に手は思い浮かばない。
結局、レイリクスの要求を受け入れることを決心するまで、あまり時間は掛からなかったのである。
「ふむ、それでは早速、話をしよう」
レイリクスは満足そうに微笑むと、卓の上に置いていた本を広げて手に持った。
そして彼は語り出す。
老人でありながらよく通る声。その声で語られた内容は、ケンカイの期待を上回るものであった。
「まずは、君の最初の探し者だ。幻の海賊、か。
少し懐かしい話だね。その話をするのなら、海賊王と言われた男について話す必要があるかな。
この男は有名な海賊だったのだがね。
残虐非道を絵にかいたような男なうえ、あらゆる国家から賞金首として手配されても捕まらない狡知も持っていた。
戦闘技術に長けた上、戦闘指揮にも才能を示し、配下の海賊を率いていは大陸を荒らして回った男だ。
国家の海軍と正面から戦闘をして、打ち破った事も多い。
海賊王にして海の大提督。海の悪魔とも言われていた。
あの時ほど、航海することが危険だった時代はあるまい。
私の所の交易船も散々襲われて被害にあったものだ。
その男は、ある場所に根城を築いていた。ここから、ずっと西の方だ。
絶妙な場所を選んだものでね。複数の有力国家の国境付近でありながら、商行路の要と言うべき場所に近い。
おまけに岩礁地帯でもある。複雑な海流がある難所もたくさんある。
その上に、海賊王は根城を築くときに、近隣の漁師を皆殺しにした。
自分たちだけが、その海域の情報を持つためにね。それで、ますます他の勢力が手を出すことが難しくなったんだ。
神出鬼没。
そうとしかいえないほど鮮やかな手並みだった。
そうして徐々に配下を増やし、ついにはどこの国も干渉を躊躇うほどの勢力にまで成長していった。
交易海路を分断する形で勢力を伸張したあとは、賢いやり方を行うようになった。
通行料の徴収だね。
もちろん払わない船は、略奪して沈める。皆殺しの上でね。
そして、きままに沿岸の都市を襲撃しては、略奪を繰り返した。
勢力はどんどん増して強力になっていき、遂には国家として成立しそうにすらなったほどだ。海賊王国が誕生するかもしれないと、私は思っていたよ。
実際、海賊王はそうすることを考えていたんだろうな」
「随分派手だな、幻ってのには似つかないが」
ケンカイは口をはさむ。レイリクスは首を振った。
「ああ、海賊王と言われた男は、幻の海賊ではない。
なにしろ、彼は20年前に死んでいるからな。
彼を殺した人物が幻の海賊と言われているのだよ」
レイリクスは肩を竦めた。
「もっとも、その人物が何者かは、誰も知らないのだがね」
その後のレイリクスの話をまとめると、このようになる。
20年前、海賊王の根城を襲撃した海賊がいたらしい。
らしいというのは、正確な目撃情報が無く、生き残った海賊達からの伝聞でしか情報が伝わっていないからだ。
その海賊は魔動船と思われる海賊船1隻で襲撃をかけ、根城の海賊を皆殺しにしたと言われている
辛うじて生き残った海賊達も、散り散りになり、復讐の機会を待ち望んでいた勢力──各国海軍や交易商人──によって、討ち取られていき、生き残った一部は遥か東の大陸を目指して逃走したとも言われている。
海賊王もその時に死亡したとされた。
この事件により、交易海路は再び元の平穏を取り戻したのである。
しかし、海賊王を倒した海賊船の姿を、その後見た者はいない。そして、その海賊船を操っていたであろう人物を幻の海賊と、誰からともなく言うようになったのだ。
現在、海賊王の根城には誰もいない筈である。
各国の海軍が定期的にその海域を巡り、2度と海賊が棲みつかないようにと監視をしているからだ。
それにもかかわらず、その海域で年に数隻の交易船が行方不明になることがある。
遭難した跡も残らない消失だ。
痕跡の残らない深場に沈んだ可能性もあるが、いつしか、噂が流れ出した。
それは噂というより、怪談に近いのかもしれない。
幻の海賊は去らず。
人知れず海賊王の海域を彷徨う。
巡り合ったらご不幸様。
幻の海賊は船を喰う。
何も残さず食い尽くす。
「怪談噺としては、海賊王が幽霊になって幻の海賊を探している話などもあるがね。
それはともかく、私の知っている限り、幻の海賊といわれているのは、この正体不明の人物のことだ。もっとも、その人物を見たという人間に直接会ったことはないがね」
「ふむ・・・」
ケンカイは聞いた話と過去にハデスに聞かされた話を照らし合わせた。
地竜ハデスは、元魔法帝国皇帝カリスのことを幻の海賊だと言っていた。
それならば、レイリクスの話にでてきた幻の海賊がカリスなのだろうか。
「カリスという名に心辺りは無いか?」
「・・・幻の海賊の名がカリスという人物である、という情報は一切無いね」
「何か思わせぶりな言い方だな」
レイリクスは開いた本に、ペンで何かを記入する。
”ご主人さま。隠れていた人達の何人かが、魔法を使ってます”
リネスから念話が届く。
”何の魔法か判るか?”
”判りませんけど、危険な感じは・・・・”
唐突に念話が途切れた。
「レイリクスの爺さん。何かしたのか?」
「周囲に、魔法の防諜結界を張らせたのだがね。
よくわかったものだ」
「何かするんなら、先に言ってくれ。勘違いで殴るところだった」
「それは恐ろしいことだ。今後、気をつけることにしよう」
ケンカイに殴られて無事でいられる人間は少ない。
それがレイリクスのような老人であるなら、尚更である。
「これから先の話は、用心に越したことがないのでね。
カリスという名前だが、実の所、妙な所で情報収集に引っ掛かることがあるのだよ」
「妙な所?」
「そう、たとえば、ペルセウアの王宮。
あるいは、別の国の王宮、それも公ではないところだね。
他にも、怪しげな裏の組織。奇妙な酒場。
魔法使い達の秘密の集い」
「随分とバラバラだな」
「その通り、線では無く点で引っ掛かってくる情報でね。これまで気にしたことは無かった」
「ということは、気になる事が起きたのか?」
「その通り。そして、こちらの話は、君の新しい探し者につながることになるね」
レイリクスは、本の別のページを開いた。そこに浮かび上がった内容を読む。
「ほう、これで確定かな」
「何がだ?」
「君の船の進路だよ。海姫の雷号という魔動船の目撃情報が揃った。なかなか興味深いことになっているよ」
それはケンカイにとって、まさに待ち望んでいた情報だったのだ。
「君の船の事は、ムツキから詳しく報告を受けていたからね。
正体不明の怪しい船の目撃情報を集めさせていたのだよ」
レイリクスは懐から海図を取り出した。そして、印を付けて行く。
「ここが、4日前に目撃された箇所。
そして3日前がここ。
最期に、今、報告があった場所がここになる。
それにしても君の船は面白いね。
目撃情報は、全て海中から海面へ浮かび上がってきたのを見たという話だ。
海中を進む船とは、私も手に入れたことが無い」
レイリクスは海図の印を結ぶ線を描く。
その線は、西に伸びていた。
「集まった情報は少ないが、この線を延長していくと。ほら、ここにぶつかる」
「ここは何があるんだ?」
「今まで、散々説明した所だよ。
元海賊王の海域だね。
偶然かどうかは判らないが、非常に興味深い」
偶然の可能性は低いだろうな、とケンカイは思う。
リオウが行方不明になる前に、ケンカイが遭遇した念動力という力を振った幼女。
リオウは断言はしなかったが、魔法帝国との関係がありそうだという事をほのめかしていた。
レイリクスの提供した情報が正しいのであれば、幻の海賊は元海賊王の海域に潜んでいる。
そして、リオウが行方不明になる原因が魔法帝国の人間によるものであれば、元海賊王の海域に向かうのは筋が通った話である。
海姫の雷号は戦利品として鹵獲されたのだろうか? それとも、まさかリオウが協力して動かしているのだろうか。
「それと、少し以前に、ペルセウアの軍部が妙な行動をしていてね。
特殊部隊を送り込んできていたらしい。
ただ、帰還したのも早くて、あの天災が発生するより前にベルバウムを離れたようだ。
そして、その前後で、王宮の協力者が、カリスという名前を耳に挟んだようなのだ。
私は昔から、いろいろな国の王族関係の情報も集めてはいるのだがね。
ここ10年くらいは、妙に変な動きをする王族が多い」
気のせいだと思っていたのだがね。と苦笑するレイリクス。
「あらためて、昔の本を見直すと、奇妙な事件が起きた時に稀にカリスという名前が出てくる。
本筋の情報の中には存在しない。雑多に集めた整理すらしていない情報の中に埋もれている名前だ。だが、それでも情報としては残っている。
正直、なぜこれまで気にしてなかったのか不思議なほどだ。気味が悪い」
「だから、用心のために結界をはったのか」
「興味を持って調べさせようとしたら、協力者や関係者に行方不明者が出始めたのでね。
身の危険を感じたわけじゃないが、調査は中止させたがね。
だから、その話を持ち込んだ君に、後は任せて成り行きを観察させて貰おうとも思っているのだよ」
「オレに丸投げかよ」
「迷惑だったかね?」
「いや、助かった」
ケンカイは正直に答えた。何しろ、今後どうしたらよいか、まるっきり判断が出来ない状態だったのだ。
現在の状況がどうなっているのかは判らないが、目的地さえ判明しているのなら、あとは乗り込むだけだと、ケンカイは考えた。
「そうなると、早く出発するためには用心棒の仕事を終わらせないとな」
「おや、義理堅いことだね。正直、私の話を聞いた後は、直ぐにベルバウムから出発したがると思っていのだが」
「まあ、そうしたいのは確かだがな」
引き受けた仕事を途中で投げ出すのは気が退けるのだ。
「なあ、レイリクスの爺さん。ついでに教えてくれ」
「なにをかね?」
「オレは誰を殴ってくりゃいいんだ?」
「・・・それは、ベルバウム全体で起きている地回り組同士の抗争を終わらせるためにということかな?」
「そこまでの義理は無いな。波濤組の問題さえ解決できりゃいい」
ケンカイは獰猛な笑みを浮かべた。
「それ以外の地回り連中なんか、知った事か。
そういや、取り纏めをやっているリトバウムってのがいるらしいな。
そいつらが元凶なら、潰してくるか」
レイリクスは呆れる。そして、ケンカイの瞳をみて悟る。
この男は本気で言っていると。
「いや、それは却って混乱するだけだね」
「そういや、ダンもそう言っていたな。面倒なこった」
レイリクスは少し考えた。ベルバウムの表の顔である彼は、裏の世界への積極的な介入は自重してきたのだ。
それは、交易都市ベルバウムが成立して以来の、ベルザウア家とリトバウム家の間の暗黙の取り決めでもある。
自分の目的のためとはいえ、これまでの慣習を無視してもいいのだろうか。
「まあ、私が直接手を出さないのなら問題は無い、という事にしておくかな」
今回に関しては、本当に手を出す必要も無く、目の前の男に知恵を授けるだけでいいのである。
そして、レイリクスは語った。それは、波濤組を盤石なものにするための方策であり、結果的にベルバウムの抗争を中断させることになる提案だった。
「




