第7話 抗争の始まり
2015/01/19 改稿
大筋の変更はないですが、文章や会話の内容が変更になっています。
伏線っぽいのが無くなってたり、追加されてたりしています。
「じゃあ、もういいよ。すぐに撤収してね」
目の前の幼女・ミリスが言ったことを、第9特務隊隊長はすぐに理解できなかった。
言われた台詞もそうだが、なにより理解できないのは、ミリスの態度だった。
先ほどまでの、狂乱状態が嘘のように落ち着いていた。
そして、これまでの毒舌を含んだ言葉でもなく、かといって甘えた子供の演技をしているわけでもない。
利発そうな子供。もしくは分別のついた少年。
そうとしか表現できないような態度である。
「いや、しかし、ここを放っておくわけには。それに、協力をするよう命令されていますし」
通りは血に染まっている。原型を止めていない死体が散乱しているのだ。
「うん、こっちの任務だけど、もう目星はついたからね。これからは僕の仕事だし。
これ以上の協力はいらないよ。
これから、次の段階にうつるけど、最悪何が起きるか判らないから」
「はあ、次の段階とは?」
「秘密。知らないほうがいいと思うよ」
ミリスはにこやかに笑った。
「僕も、君達を処分するなんてしたくないし。
だから、何も聞かずに、早くこの街を離れてね」
ミリスは、二人を見た。そして、少し悩んだ後、話し出す。
「これを言っちゃうと、後で彼女に怒られちゃうかもしれないけど。
・・・ありがとう。ミリスの両親をやってくれて。
彼女、すごく喜んでいたよ。
そうは見えなかったかもしれないけど」
それだけ言うと、ミリスは背を向けて歩き出す。
「もう一度言うけど、すぐに街を離れてね。可能性は薄いけど、ひょっとしたらこの街、|なくなっちゃうかも《・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・》しれないから」
「失礼ですが、・・・貴方は誰ですか?」
「あ、やっぱり、それも判るんだね。惜しいなあ。
もう少し若かったら、仲間になれたかも知れないのに」
「?」
「他言しないでね。君を殺したくないから。
僕はマリス。
ミリスの将来の夫。それ以外は秘密だよ」
結局、第9特務隊隊長と部下の少尉はミリス─マリス─の指示通り、即座に街を退去した。
結果からいうと、ミリスが言った最悪の話の通りにはならなかった。
だが、この街の抗争の始まりに致命的な役割を果たす事件は起こったのだった。
「それじゃあ、結局失敗しやがったんだな」
「へい、兄貴。申し訳ないっす。オレッチ達が駆け付けたときゃあ、酷い有様でして」
枯葉のクルドアは、意外と不機嫌そうではなかった。
それがゴッオには不思議である。
クルドアは、頭の回転は速いが、それにもまして激情家だ。
部下の失敗には、すぐに手が出るのである。
もっとも、武術家として半生を過ごしてきたゴッオにとっては、大して効き目のある攻撃ではないのだが。
彼が腹心として使われているのも、荒事の腕だけではなく、八つ当たりすら平然と受け止めるだけの耐久力があるからである。
ただし、平然としすぎるとクルドアの機嫌が更に悪くなるので、いつもはダメージのある振りをしている。
「ああ、聞いている。波風の連中も気の毒なこった。
せっかく生き残ってたというのによ。
まあ、行きつく先は同じだったかもしれねえが。
それでも、親が見ても判らんような最期とは、嫌なこった。
波濤の連中の残酷さが判るってことだな」
「へ? 波濤組の奴らの仕業ですかい?」
クルドアはにやりと笑う。
彼の部下はゴッオだけではないのだ。
「そういうことにしておくんだ。奴らのシマで、奴らが恨んでいる連中がやられたんだ。
何の不思議もあるめえ」
すでに、噂はばら撒いてるしな。と、クルドアは呟いた。
「しかし、おめえよ。世の中を知らないにも程があらあ。
今回はうまくいったが、少しはこの街の事をもっと知っておきやがれ」
「へ?」
「おめえが手を出そうとしたのは、ベルザウアのお嬢ちゃんだよ」
「ベルザウア・・・て、あの?」
さすがのゴッオでも、ベルザウアの名前ぐらい知っている。
「いや、なんで流れ者がそんな方と知り合いなんで?」
「それは知らんが、間違いねえよ。
まあ、好都合だ。裸のお嬢ちゃんを、波濤の用心棒が抱えて行ったのを見た奴が大勢いる。まったく、攫うなんて、何を考えているんだろうねえ。波濤組は」
「それは、そういう事にするってことで?」
「おうよ。少しは頭が回ってきたか?」
クルドアは得意気に言う。
「じゃあ、次はどうするか判るな」
「・・・湖陵庵へ殴り込みですかい?」
攫われた令嬢の救出。情報が確定していない今なら、十分に大義名分になる。
しかし、ゴッオは躊躇う。
ケンカイという化け物を相手にするつもりは彼には無かった。
背伸びや無理をして届きそうなら挑戦のしがいはある。
御山の先輩である波濤組の若頭などはその類だ。
しかし、絶望的な相手に向かう趣味は彼には無かった。
「まあ、そうなるがな。最初は俺達は手をださねえよ」
クルドアは嗤う。
「叔父貴に話を回しておいた。叔父貴も次のリトバウムの頭になりたがってるからな。
ベルザウアに恩を売れる機会を逃がしゃしねえだろ」
クルドアの考えは、巧妙というより悪辣なものである。
叔父が動いて、手の者を送り込んで片がつけばそれでよし。つかなければ、どうなるか。
化け物のような用心棒がいるといっても1人しかいないのである。
「そうしたら、あの化け者は叔父貴のところに押しかけるだろうなあ。
その隙に、湖陵庵のレイランさえしとめちまえばいいのさ」
「そう、うまく行きやすか?」
「いかなきゃそれでもいいさ。その時は、叔父貴の不手際を責めて、そっちのシマを狙うだけのこった。その時ゃ、丁度いい犯人役もいるじゃねえか」
どう転んでも自分に有利になる方に策を考えておくのが、彼のやり方だ。
クルドアは、ゴッオに部下の取り纏めを指示した。
なにがあっても、いつでも対処できるように。
そして、何か《・・》はあった。
しかし、それは、クルドアにとっては予想外な、いや、予想したくもなかった出来事だったのだ。
「うーん、荒れだしたねえ」
ベルザウア家当主レイリクス・ベルザウアは、本のように見える魔法道具をめくり、中をみて呟いた。
彼が持つ本型の魔法道具は、彼の直飼いと呼ばれる部下達の報告を受け取るためのものである。
複数の本がセットになった魔法道具で、別の本に書かれた内容が、そのまま彼の持つ本へ浮かび上がるという代物である。
遠く離れた場所にも一瞬で情報を届けることができる魔法道具であり、この時代では貴重で高価な代物である。
レイリクスは、情報収集が得意な何名かの直飼い衆に、これを持たせていた。
そのおかげで、彼は屋敷にいながら常に最新で重要な情報を手に入れることができるのだ。
「そうなのですか?」
「枯葉のところが、なにか仕掛けているかな。自分だけで動けばいいのに、あの男は周囲を巻き込むのが得意なのが困るね」
「目に余るようでしたら、私が・・・」
「裏の世界は、裏の連中にまかせるのが、この街が出来て以来の伝統だからね。
あまり、私の方からは手をだしたくないな。おや、朽木の連中も不穏な動きあり、か。
街が荒れるのは、勘弁してほしいんだが。
商売に差支えなければ別にいいんだけどね」
ムツキはレイリクスの茶の相手をしながら、この数日を過ごしていた。
彼女にとっては、幸せな時間ではある。
「うん、これは、ムツキにも動いてもらう必要がありそうだね」
そして、彼女の幸せな時間は終わりを告げた。
レイリクスは、仕入れた情報から今の状況を推測する。
「リトバウム家も先代の頃からは、大きく力が落ちているね。
困ったものだ」
リトバウム家全体の勢力は落ちていないのだが、現当主が高齢のため、その後釜を狙っていろいろと争いが起きていた。
結果的に、リトバウム家は分裂状態になりつつあるのだ。
その争いが、表面に出ないのであれば気にする必要はないのだが、昨今の地回り同士の争いの根源がそこにあるため、交易都市・ベルバウムは近年騒がしい。
欲と面子が絡み合うのが裏側の世界である。
しかし、それだけなら可愛い物なのだがね、とレイリクスは思った。
「面倒なのが、動いているようだから、ムツキも気をつけなさい」
「面倒といいますと?」
ペルセウアの王宮が動いているのだろうかと、ムツキは思った。
ベルバウムはペルセウア王国に所属していながら、特殊な自治権を有している都市だ。
利権に絡むささやかな揉め事は、今までも良く起きている。
そのために自分が動いたこともあるし、仕掛けられて反撃せざるを得なくなった事もあるのだ。
表沙汰になるようなへまはお互いしないのであるが。
「ああ、ムツキが思っているのとは、ちょっと違うと思うよ」
レイリクスは困った様な、落ち着かない表情を浮かべた。
「気を付けるにこしたことはないというだけだからね。
それじゃ、ちょっと、私の孫娘の様子でも見てきてもらおうか」
「はい、畏まりました」
ムツキは一礼をすると、すぐに部屋を出て行った。足取りは軽い。
尊敬する大旦那様であるレイリクスの役に立つことが嬉しいのである。
「変に巻き込まれなければいいのだが。
王宮の妙な動き、時々あるが訳がわからないねえ」
レイリクスはムツキが出て行った扉を見て呟いた。
彼はムツキを気に入ってはいるが、実の所、彼女は彼の組織において重要な立場にいる訳でない。
彼女に秘密にしている危険な情報などはたくさんある。
そのうちの一つが、さきほど、本の魔法道具を通して入ってきていたのだ。
「他の国の王宮にも、不審な動きあり、か。
こんな情報がつながるってのも、妙なものだねえ」
齢をとったとはいえ彼の頭脳はいまだに明晰である。
そして、なにより、自分の勘については、全面的に信用していた。
「まあ、何が起ころうと、私の望みが叶うなら・・・」
レイリクスはペンを取る。
「嫌な予感がするから、こちらに向かっている交易船団は別ルートを経由させるかね。
利益率は落ちるが、仕方ないな」
手早く本を広げ、指示を記入していく。
レイリクスの心配は、杞憂に終わらなかった。
彼にとっても、驚くべき出来事は、この後すぐに起きたのだ。
ベルバウム第三区港湾施設の一角。
小型~中型船なら、そのまま収容できる大きさの停船用ドックが立ち並ぶ一角がある。
そのうちの一つを借りて、獣引船である大角は停泊していた。
もちろん、一角大アザラシ姿のリオウもそこにいる。いつものように海姫の雷号は、沖の海中に沈めて待機させている。
改修したとはいえ大角丸は大き目の小型船である。
ドックには、まだまだ余裕があった。
なので、リオウは持ち込んだ魔法道具をドックの空きスペースに広げていた。
イーリンのような魔法道具に目の利く商人なら、涎をたらしそうな品々だ。
迷宮都市で集めてきた魔法道具に加え、地竜・ハデスから譲り受けた多量の魔法道具の一部。
リオウは、普段はこれらの魔法道具の改造をしながら、分体である青猫を操り、ケンカイと感覚共有して茶々を入れたりと、非常に高度かつ器用なことを行っていた。
本来の能力を発揮できない体になったとはいえ、リオウの本分はむしろそういった魔法技術や魔法知識にあるのだ。
彼が知のリオウを称し、称えられていた所以である。
しかし、最近、なにかおかしいのう。
大アザラシの表情がわかる人間であれば、リオウが悩んでいることが判ったかもしれない。
リオウの悩み。それは、自身の感情制御がおかしくなっていると、自分でも感じることだった。
それがいつ頃からだろうかと考えると、竜の角を手に入れて、自身の額に埋め込んでからだ。
竜の角によって、リオウの本体は、少しだけだが元の力を取り戻している。
それが影響しているのじゃろうか。
ケンカイに言われるまでもなく、ユッキに対する過保護といえる愛情の発露。
時に自制がきかなくなるほどの強い感情。
その一方で、親しい者以外には、どんどん無関心になっていく感情。
最近のリオウは不用心すぎると、ケンカイが言ったことがある。
海竜・マリアを警戒する必要がなくなったのが原因だと、ケンカイは思っていたが、それは違う。
リオウは不用心になっているのでは無かった。
自分の行動が、他の人間にどう影響を与えるのか、脅威を与えてしまうのかということに興味が薄れているのだ。
そして、リオウの思いだせない記憶が囁くのだ。
これは、危険だ、と。
そんな彼の思索は、可愛らしい声で遮られた。
「ああ、ここだね。思ったより、探すのに手間取っちゃったよ。
もっと早く見つけられると思ってたんだけど」
一人の少女が現れた。
幼女と言ってもよい、幼さの残る女の子だ。
少なくとも、見かけは。
「僕はマリス。初めましてだね。
知のリオウさん」
その日。
第三区の港の一角から、激しい閃光が立ち上った。
閃光は、第三区の港の一部を破壊し、隣の第四区の港を直撃した。
港の船は全て吹き飛び、港湾施設は壊滅した。
閃光はそのまま海上に伸び、海を割り、海底を焼き、空中に莫大な水蒸気を噴き上げた。
水蒸気は竜巻を作る。
そして、大嵐が発生した。
交易都市ベルバウムは、今まで経験したことのない大規模な天災に見舞われたのだった。
「先生、ちょいとお話が」
ゴンザがケンカイの部屋に顔を出した。
ケンカイが、イーリンを保護してから2日ほど経つ。
イーリンは湖陵庵に居座っていた。
彼女の怪我は、さほど酷いものではなく、既に動くことに問題は無いのだ。
だが、イーリンは怪我を理由にして出て行こうとしなかった。
もちろん、それが理由ではないのは、他の全員が知っているのだが。
「おう、すまんな。どんな塩梅だ?」
「なんか、妙な事になってるんで。ちょいと、姐さんが一緒に相談したいと」
「ああ、なんか物騒な雰囲気にもなってるな。こっちからも話しておこうと思ったところだ」
ケンカイは、湖陵庵周辺の地図をゴンザに見せた。
数か所に印がしてある。
「妙な連中が、この辺りに潜んでるようだ」
それはリネスが使い魔である鴎のジョナサンを使って偵察した結果だった。
本当は、あの物騒な幼女を探すためだったのだが。
ケンカイがイーリンを追い出せないのは、あの幼女にイーリンが狙われるのを恐れているからでもある。リオウが念動力と呼んだ、強力な力。
もちろん、ケンカイはミリスがイーリンを助けようとして暴走したのが、あの結果だとは知らないのだ。
だが、ケンカイに直接手を出すことを恐れる人間が、ケンカイの周囲の人間を狙う可能性について、ゴンザから説明を受けた後では、どうやら自分の関係者だと思われてしまったらしいイーリンを放置する気には成れなかった。
自分でも自覚があるのだが、慕ってくる女には弱いのである。
「本当ですかい。あっしらが掴んでいる所以外にもいやがりますか」
「昨日の夜あたりに、来たようだからな」
ゴンザは溜息を吐いた。落ち込んだ態度の割には生気あふれる仕草で。
忙しくなりそうでやすねえ、と。
ケンカイが、レイランの部屋に入ると客が居た。
レイランは相変わらず艶やかではあったが、疲労の色が濃い。
それが妙な憂いを帯びた色気になっているのは、さすがである。
そして、レイランの前に立っているのは彼女に負けないスタイルを持ったメイド服の女だった。
「お、久しぶりだな」
「懐かしむほど昔の話では無いと思いますが」
ムツキは優雅に礼をした。
相変わらずの無表情であるが。
「噂はいろいろと聞いております。大活躍の様でなによりですわ」
「大したことはしてないけどな」
謙遜でもなんでもなくケンカイはそう言った。
「それで、何しに来たんだ? オレに会いに来たわけじゃあるまい」
いつでも大歓迎だけどな、とケンカイ。
「お嬢様の様子を見に来ただけです」
「連れて帰るのか?」
「いえ」
ムツキは素直に答える。
「大旦那様からは、連れ戻す必要は無いと言われていますわ。
ですので、私もこちらでお世話になりたいのですが」
「という訳さね。先生」
レイランは、ケンカイとムツキの様子を興味深そうに眺めながら、
「ベルザウアの大旦那からの紹介状まで持ってきてますの。私としては断りようがないところなんですよ。
なんといっても、お得意様ですし」
「そうなのか、爺さんって聞いていたが、結構やるな」
「商売の取引相手の接待に、時々使われているだけです」
「そうなのよね、最近は。昔はすごかったんですの。あの方」
レイランは艶然と笑う。
それを見て、無表情な上に不機嫌なオーラを醸し出すムツキ。
「あらあら、怖い怖い。そんな顔じゃ、せっかくの綺麗な顔が台無しですのよ」
「私は顔で生計を立てている訳じゃありませんから」
「あなたなら、うちの店でもトップになれる素質があるのに、勿体ない事」
「まっぴらごめんですわ」
「相変わらずつれないのねえ。大旦那も隅におけないこと」
「あんたら、知り合いなのか?」
二人の様子に、ケンカイは不思議に思い尋ねた。
「知り合いってほどじゃないですわ」
「あらあら、冷たいわあ。お化粧の仕方とかいろいろ教えてあげたのに。あんなことやこんなことも、気持ちいいことも一杯教えてあげたのに」
「いやらしい言い方はやめてくださりませんかね」
「やあねえ。どこがいやらしかったのかしら。
私には判らないわあ。
ああ、先生。この娘がベルザウアの大旦那に拾われた時に、あまりの行儀の悪さを嘆かれた大旦那に頼まれて、ここで礼儀作法を教えたことがあるんですよ。
半年ほど住み込みで。行儀見習いって奴ですの。
あのころも生意気だったけど、もっと可愛げがあったのにねえ」
レイランはわざとらしく溜息をついた。
「・・・まったく、余計な事を。それでお嬢様はどちらに?
一応、仕事ですので、早めに確認しておきたいですわ」
「あなたが昔いた部屋にいるわ。あまり、いじめちゃダメよ?」
「変な縁ってのはあるもんだな。あいつがあんたらの知り合いだったとは」
「あっしは、あまり関わっちゃいませんでしたが。
その頃は、ちと別件で留守にしておりやしたんで」
「まあ、これで、少しは安心できるだろ」
ケンカイは、手の地図を広げてレイランに見せた。
「ゴンザのおっさんと、手分けして回りを掃除してくる」
「あら、こんなにもいるのね。表から裏から、まあ、面倒なこと」
どうやら、いろいろな所から今回のイーリン絡みで言われているらしい。
「なんせ、先生がベルザウアのお嬢様を攫ったとか、駆け落ちしたとか、世間では言われていますの。
それに便乗してかどうか知りませんが、煩い連中がいろいろ言ってきてましてね」
「煩い連中?」
「いまだに、親の顔をしようとするリトバウムの分家どもでさあ。うちは本家としか筋目がねえってのが、先代からの決まりなんでやすがね」
ゴンザが顔を顰めた。彼がそういう表情をするときは、随分と苦々しい思いを抱えている時である。
「ふむ、リトバウムね」
ケンカイはダンの話を思い出す。この街の裏を仕切っているらしい地回りの纏め役。
「やはり、根元から絶たないとダメかね」
さりげなく物騒なことを言うケンカイだった。
湖陵庵が直接狙われることは、本来有り得ない事だとゴンザは言った。
妓楼の中でも格式の高い湖陵庵は、ベルバウム中の有力商人たちにコネのある店で、地回り組と言えども、うかつに手を出して彼らに睨まれるのは不利益にしかならない。
いくら裏で実力があるといっても、ベルバウムは大商人達の街なのである。
「自分のシマに住んでいる大商家に愛想を尽かされて、別のシマに移られたら、それだけで上がりが減りまさあ。回状でも回されちゃあ死活問題で」
ゴンザは、足元で呻いている一人を蹴り飛ばす。
「ですので、やりたいときゃあ何かしら小細工するのが普通でやすが、使い捨てにできる連中を使うってのが一番多いんで。
けど、今回は違うみてえですな」
「そうなのか」
「へい、こいつらの面は、朽木の所で見た覚えがありやす」
蹴飛ばされて上向きになった男の顔を睨みながら、ゴンザは凄みをきかす
「で、朽木が出っ張るたあ、どういうこった?
早く答えねえと、お前さんもお仲間も手遅れになるかも知れやせんぜ」
ゴンザとケンカイは、数人の波濤組の若衆を連れて湖陵庵の周囲の掃除を始めていた。
もっとも、ここは陸上で海では無い。死体がでれば海に放り込んでお終いというわけにいかないため、極力人死には出ないように対処していた。
具体的には、ゴンザは手足の腱を仕込みで狙って相手を無力化し、ケンカイは急所を狙わないようにして殴っていた。
刃物を使ったゴンザより、素手のケンカイにやられた方がダメージが大きい。
なにしろ、急所を外してもケンカイの怪力である。手加減もしているつもりだが、骨の一本や二本は簡単に砕けた。
今の所、連れてきた若衆達の出番は無いのだが、この二人の腕っぷしをみて目を輝かせている。波濤組にきてまだ日の浅い連中だが、超人的な二人の活躍を見ていれば組への忠誠も篤くなるというものである。
それもゴンザの目的なのかもしれない。
暴力専門のようにみせかけて、意外と頭が回る男なのである。
そんなゴンザに脅されていた男は、暫くの間は沈黙を続けていたが、自分の身体から血が流れていくのに耐えれなくなり口を開いた。
「知らねえよ。俺達はここで待機してろって言われただけだ。な、なにも、あんたらに手を出すつもりなんて・・・」
「こんな物騒なモン用意しておいて、言う事はそれだけですかい」
部屋の隅には、男たちから没収した武器が積まれていた。
刃物類はともかく、機械弓や火付け用の油壺まで用意している。
どちらも街中で使うような武器ではなかった。
さらに、魔法道具の炎魔石までも見つかっていた。
「うちの関係者を攫うつもりか、あってもカチコミ程度だと思ってやしたが。
これじゃあ、どう見ても湖陵庵を焼き討ちにでもするつもりでやすねえ
生かして返す気が失せやすぜ
今だと、ベルザウアのお嬢さんも預かってるっていうのに。朽木は、ベルザウアも相手にするほど自信があるんで」」
「そ、そんなこと、するつもりはねえっ」
男は慌てた。
「大体、てめえらが攫ったんだろう。あそこのお嬢様をよ。け、どっちがベルザウアを敵にしてるんだか・・・」
「なんで、攫ったことになってるんだ?」
「どうやら、そういう事にしたい輩がいるようで。
しかし、そういうことにしたがってるのに、こんなモン用意してるってことは・・・
えげつねえこと考える奴がいやすね」
ゴンザは、溜息をついて立ち上がると、刃を抜かないままの仕込み杖で男の顎先を掠めるように払った。
「こいつを連れて、湖陵庵に閉じ込めておけ。あっしらは、この辺りを片付けてくる」
気を失った男を、若衆が担いで運んでいく。
「先生、申し訳ありやせんが、ちと急ぎましょう。
どうも、あいつら、ベルザウアのお嬢さんごと、うちらを焼き殺すつもりかもしれやせんや」
「そして、オレ達のせいにするってことか?」
「義侠の欠片もないやり方で。これも世の流れでやすかねえ
堅気は極力巻き込まないのが、任侠の渡世だったんですがねえ。
これじゃ、御山の連中とかわりませんや」
そして、ケンカイとゴンザは手分けをして湖陵庵の周囲の掃除を再開した。
リネスの協力によって発見された不審な連中は、昼過ぎにはすべて退場を余儀なくされたのである。
「ム、ムツキ・・・」
「お久しぶりですわ。お嬢様。
おや、御怪我をされているようですわね」
「えと、その、あの、わ、わたしは別にあんたのいう事を無視したんじゃなくて、ね」
イーリンは慌てていた。いきなり部屋の扉を開けて、暴力メイドが現れたのだ。
ムツキの忠告という名の強制を無視して、行動したのが今の結果だった。
そのことに後悔はしていない。むしろ、目的を果たすために前進しているのだ。
しかし、相手はムツキ。
お爺様以外は、等しくゴミとして見ている凶悪メイド。
無駄に胸がでかいくせに、態度は狭量で自分の都合しか考えない融通度零の冷血女。
イーリンはムツキの事をそう思っていた。
嫌な汗をかいているのが自分でもわかる。
「あら、どうなされました? 大きな額に汗が。
そんなに体調が悪いのでやがりますか?」
ムツキはがっしりとイーリンの肩を捕まえた。肩口から巻いてある包帯を手に取り、いきなりナイフで切り裂いた。
「大旦那様にご報告しなければいけませんの。他の個所も確認させてもらいますわ」
「ちょっと、きゃあ、どこ触ってるの。
いや、そこ、ダメ。痛いってば」
イーリンが暴れるが、ムツキはびくともしない。
手早く包帯を外し、イーリンの服を脱がしていく。
「え、なにすんのよ。そんなとこまで見なくていいでしょ
こら、きゃ、触らないでってば。
馬鹿力女! 変態! 変態女!・・・・」
暫く後、イーリンは脱がされた服と包帯を抱えてベッドの上で蹲った。
ほぼ全裸である。
「怪我は大したことありませんですわ。その包帯は大げさすぎます」
「そんなこと確認するために、わたしを脱がせたの? バカ、変態」
「それよりも、です」
ムツキはイーリンを指さす。
「せっかく、数日の猶予があったのに、いまだにケンカイ様を落とせていないようですわね。とっくに同衾くらいしているのかと思ったのですが」
「あ、あんた、どこ見たのよっ」
「いえ、臭いで判りますので」
絶句するイーリンを見ながら、ムツキは残念そうに溜息をつく。
「これでは、大旦那様の目論見が外れてしまいますわ」
「え、お爺様の?」
「おっと、口が滑りましたわ。
とりあえず、ここから連れ出す気はありませんのでご心配なく」
「え、そうなの?」
てっきり連れ戻されると思っていたイーリンは、安堵の表情を浮かべる。
「じゃあ、レイトンに言って館から、必要な物を持ってこさせて。特に服と下着」
湖陵庵に置いてあるものは、妓女用なのだ。
イーリンが身に着けるには恥ずかしいデザインのものが多い。
「あら、それは無理です」
ムツキはしらっと答えた。
「肝心な時に役にたたなかったようなので、私の推薦で大旦那様にお願いして、訓練を受けさせています」
「訓練って?」
「大旦那様の直飼になるための訓練と同じものです。
無事、生きて帰れば、今度は役に立つようになっていると思いますわ」
きっと、今頃、地獄を見ているでしょうけど。と、ムツキは笑った。
「大体、昔はスラムで私と少しは張り合えていたのです。鈍り過ぎですわ、あの男」
後日、レイトンは語る。
お嬢様関連の出来事で、あれほど後悔した出来事は無かったと。
そして、無事に訓練を終えた頃、イーリンはすでにいなくなっておりベルザウアの当主の直飼い衆としての彼の生活が始まる事になるのだが、それはまた別の話である。
「全員やられただあ? 何の冗談だ、てめえ」
怪我をした男を睨みつけたのは、禿頭の太った男だった。
朽木組の組長であるクリアス・リトバウムである。
「波濤なんぞ、あの若頭以外、女以下の連中しかおらんだろうが。
あぁ?」
「そ、それが、もう一人、例の化けモンが・・・それ以上で」
「波風を潰した奴か。あんなの、噂に背びれ尾ひれがついただけのシロモンだろうが」
クリアスは乱暴に机を叩く。
勿論、事実は小説より奇なりで、ケンカイはそんな噂より遥かに物騒で厄介な存在なのだが。
「ふざけやがって、役立たず共が!。ああ、もういい。次の手を考える。
とっとと、俺の目の前から失せろ」
クリアスは、手下を追い払うと乱暴に酒瓶をあけて中身を呷る。
「叔父貴、ヤケ酒ですかい」
手下の男と入れ替わるように痩躯の男が現れた。
枯葉組の組長であるクルドアである。
「廊下まで大声がきこえたぜ。・・・まあ、あの惨状じゃあ、無理もないってもんか」
「あぁ? 何でてめえが知ってやがる」
「俺様も寝て過ごしてるんじゃねえですからねえ。いろいろと情報は集めてる」
「それで、何しにきた。フザケタことぬかすと、いくら手前でも只じゃおかんぞ」
クリアスは凄む。クルドアの事は身内として可愛がって入るが、それだけに超えさせてはいけない一線がある。あくまで親筋は彼なのだ。
「いや、叔父貴。このまま舐められたまま終わるわけにはいかんでしょうが。
俺様に協力できることは、協力しますぜ。
大体、こっちから仕掛けたわけじゃねえのに、向こうから叔父貴の組員に手をだしてきやがったんだ。
示しつかねえでしょう。・・・まさか、叔父貴。怖気づいて尻尾まくつもりじゃねえですよね」
「てめえ、俺がこんな程度でビビるような奴だと言いたいのか。なめんじゃねえぞ」
「いや、とんでもねえ、さすが叔父貴だ」
クルドアは内心でにやりと嗤う。頭に血が上りやすいこの叔父は、実に操りやすい。
「けど、あの用心棒は厄介ですぜ。半端な奴らを集めても歯がたたねえのは、うちのゴッオも認めてまさあ」
「あの男がか?」
クリアスは顔を顰めた。クルドアの腹心の部下であるゴッオのことは彼も知っていた。
御山出身の武術家。
身を持ち崩したところをクルドアに拾われたらしいが、そうでなければ自分の部下にして手駒にしたいほどの腕の持ち主だ。
「逆にいやあ、そいつをなんとかしちめえば、あとは叔父貴の好きなようにできるってことで。
それで、提案なんですがね・・・金はかかりやすが、御山の連中を使うのはいかがで?
俺様なら伝手がありやすぜ。
金は掛かりますがね」
「兄貴、伝手ってオレッチですかい?」
ゴッオは顔を顰めた。
彼は廊下に待機して話を聞いたのである。
クルドアはクリアスと交渉をしていたのだが、無事に話しがまとまったのか、満足気な様子で部屋を出てきた。
そして、そのままゴッオをつれて朽木組の事務所を出たのである
「なんだ、お前。まだ山の連中と繋がってんのか?」
「いえ、オレッチは抜けてきたんで。いまさら顔を出すわけにはいけやせんや」
どうやら、自分に期待していた訳ではないらしい。
「けけけ、伝手なんざ、あるわけねーだろ。あんなヤバい連中に関わるなんざまっぴらだね」
「じゃあ、どうするんで?」
「何もしねえよ」
「そんなんで、いいんで?」
「いいんだよ。それで」
クルドアは嫌らしく笑う。懐に入れたクリアスの手紙を出すと、ゴッオに見せた。
「叔父貴もバカだぜ。連中は昔堅気だから、ちゃんと文で依頼しなきゃ仕事を受けねえって、信じるんだしよお」
「いや、兄貴。それは本当でさ。少なくとも御山の上の連中は、凝り固まってやすからねえ」
あまりの融通の効かなさに辟易していた頃を、ゴッオは思い出した。
「掟と修行にしか興味がねえ奴らですし」
「まあ、どうでもいいこったな。さてと、久しぶりに本家に直接顔を出すか」
「へ? 何か関係があるんで?」
「ああ、お前は知らねえんだな。リトバウムの大親分ってのは、御山の連中が大嫌いなんだよ」
「え?」
「昔、自分の息子を連中に殺られてな。表面じゃ気にしてねえ振りをしているが、さて、内心はどうかねえ」
「オレッチが行っても大丈夫で?」
「さすがに、お前の様な下っ端なんざ、気にしないさ。
けど、この手紙にゃ、もっと上の方の連中に仕事を頼むことが書いてあるんだ。
さてと、大親分はどうされるかねっと。
まあ、叔父貴に脅されて仕方なく連絡を取ることを強要された、立場の弱い子筋の俺様は本家に泣きつくだけだ」
クルドアはにやりと嗤う。
「三区ひとつより、朽木の二つを獲った方が実入りはでけえ。ついでに獲れるならこしたこたあねえがよ」
あまり欲をかくと失敗するからな、とうそぶくクルドア。
そんな兄貴分を尊敬の目で見るゴッオ。
悪巧みを企む彼らは、この後おこる災難を察することは出来ていなかった。
第三区の港の一角。
貸ドックの中に現れた幼女は、誰もいない様に見える室内に向かって話を続けた。
「随分と苦労しちゃったよ。
せっかくリオウさんの念話を捉えたのに、特定するのに時間がかかっちゃった」
マリスと名乗った幼女は、無造作に積み上げられた魔法道具をちらりと見た。
「もう、気にしなくなっている頃だと思ってたのに。
ちゃんと探知妨害してるんだね。
それは理に通じるけど、こっちとしては面倒だよね」
”ケンカイ、ちとまずいことになったぞい”
リオウは念話を発した。しかし、返答は無い。
「あ、念話妨害の結界を周囲に張ってるから。それは無駄だと思うよ」
あくまで笑顔のマリス。
「それと、僕は話会いにきたんだよ。できれば、暴力沙汰はやめてほしいなあ。
あと、この体はミリスっていう女の子のもので、僕の本体じゃないから、無理して倒しても無駄だよ。
あと、ミリスには僕の子供を産んでもらう予定なんだから、傷つけたら怒るよ」
リオウは水面に浮かび上がった。大きな角を持つ一角大アザラシの姿を見て、マリスは目を細める。
「それで、話とはなんじゃ? 魔法帝国の落とし子よ」
「あ、判ってるんだ。さすがだね」
「念動力の時点でのう」
リオウは、警戒半分、興味半分だった。
「そこからの類推か、理に叶ってるね」
「あと、お主の喋り方が、昔の知り合いに似ておるのじゃがな」
「あ、そう? それは嬉しいなあ。父上が僕の目標だからね」
マリスはあっさりと言った。
「隠す気はないようじゃな」
「隠す必要がないもの」
マリスは無邪気に笑う。
「だって、僕達はあなたの為に行動しているんだからさ。リオウさん」
「ワシの為?」
「うん、だから、大人しく島に帰ってくれないかなあ。そうじゃないと計画が狂うんだよね」
「何の計画じゃ?」
「それはまだ秘密。
でも、リオウさんが島に戻ったら、教えてあげてもいいって言われてるから。
興味があるなら従ってよ。それが理に叶ってるよ」
「無理やり、喋って貰うという選択もあるがのう」
「うん、僕も無理矢理連れて帰るって選択もあるんだよ」
でもさ、とマリスは言う。
「僕たち、お互い分体同士《・ ・ ・ ・》じゃない。無駄な争いは止めようよ」
「なん・・・じゃと?」
リオウは自分の耳を疑った。
マリスは無邪気な笑顔を保ったままだ。
「ああ、正確には僕はちょっと違うけどね。僕はどちらかといえば、マリアさんの娘さんと同じ様なものだし。
でも、リオウさんは完全に分体でしょ。
それとも、その自覚はないのかな」
「ワシは知のリオウじゃ」
「うん、それも間違いないね。本体じゃないだけで」
マリスは、ごく当然の事を言うように告げた。
「だから、本体はあの島に封印されたままだって。そうじゃなきゃ、いくら弱体化したからって、そんなに力の無い状態になるわけないでしょう?
あなたは竜なんだから」
リオウは、マリスの言う事を冷静に分析しようとした。
自分で封印したと思っている昔の記憶。
封印している割には、ぽろぽろと毀れてくる。
それは、封印しているのでは無く、さいしょから持っている記憶がわずかなものしかないのではないだろうか。
自分と契約をしたにもかからわず、ほとんど変化のないケンカイ。
ケンカイだから特別だと思っていたが、影響を及ぼす程の力が自分に欠けているのが原因ではないだろうか。
たかが竜の角一本を付けただけで、力に呑みこまれそうになっている。
分体の持つ力の容量なら、それも当然だ。
「ワシはリオウじゃ」
「だから、それは否定してないってば」
「・・・ワシが分体だとしても、島に戻る理由にはならんじゃろ」
リオウには島で退屈を持て余していた記憶がある。
あの境遇に戻る理由は無い。
「うん、そうだよね。だから言ったじゃない。
僕達は、あなたの為に行動しているって」
マリスは、うっとりとした表情を浮かべた。
「準備はもうすぐ整うんだから。
そうしたら、あなたが島に戻ったら、あなたの本体を解放できるようになるよ。
島の封印なんて意味がなくなるし」
「封印をしていたのは、オヌシ達じゃろう。解放するなら、そのまますればよいではないか」
「それじゃ、駄目だよ。父上の目的に反するもの」
「理のロイフィス・・・じゃな?」
「外れ、かな」
マリスは首を傾げる。
「一応、父上はカリスってことになるのかなあ。まあ、どっちも一緒といえば一緒だけど」
「・・・そういう状態か。また面倒なことになっておるのう」
「うん、でもこの事を知っているのは、そんなにいないよ。同じ竜の分体仲間への誼で教えたんだから、秘密にしてね」
「そのような知識を持っているワシが、分体じゃと言うのか?」
「そうなんだよねえ。難しいところだよね」
マリスは素直に認めた。
「でも、父上は、あなたの方を分体と認めたんだし、それでいいんじゃないかな。
強い方の主張が正論になるのは、世界の理だしね」
”リネス、爺さんと連絡がとれるか?”
”あ、ご主人さま、どうしたんですか?”
”ちょっと前から、爺さんに念話を送っても反応が無くてな”
”ちょっと待ってください。・・・本当だ。リオウさん、答えてくれません”
”寝てるのか? 珍しいな”
”リオウさんって、寝るんですか?”
”さてな、オレは見たことが無いな”
ケンカイは、何となく嫌な予感がしていた。
”あれ、リオウさんの青猫も寝てますよ。この子、眠りましたっけ?”
”見たことが無いな”
動かなくなった青猫を、ユッキが突いているが起きる気配は無かった。
”どうします? ボク、ジョナサンで見てくることもできますよ”
”・・・いや、まだ湖陵庵の周囲の方が心配だ。こちらの監視をしておいてくれ。
爺さんなら、何があっても大丈夫だろう”
”そうですよね。何たって海竜なんですから”
だが、妙に胸騒ぎがする。と、ケンカイは思った。
かといって、用心棒を引き受けた以上、今の状況で湖陵庵を離れることはできない。
体が二つ欲しいな、と分体を作るリオウの気持ちが何となく判る気になったケンカイだった。
「理のロイフィスにしては、乱暴な理屈じゃのう」
「そうかな? 間違ってないと思うけど」
「それで、お主たちの目的は何じゃ?」
「だから、まだ秘密だって」
マリスは無邪気に笑う。
「大丈夫、あなたにとっても悪いことじゃないと思うよ」
「なら、言ってもよかろう。それともワシを騙すつもりでおるのか?」
「そんなことは無いけど、父上から言うのを禁止されているんだよ。
本当は、僕だって言いたいのに」
マリスは残念そうに顔を顰めた。
「だって、本当に素敵な事だもの。これで世界は完璧になるって父上も言っているし」
「お主たちが何をする気か判らんのでは、島に戻る気にはなれぬな」
どうやら、目的を明かすつもりは無いらしいと、リオウは判断した。
「ワシの契約者であるケンカイもおるしのう。アヤツもあんな島に閉じ込められるのは真っ平だろうて」
嫌だから二人で協力して脱出したのだ。半ばリオウが騙したようなものではあったが。
「それって、嫌だってことだよね?」
「それ以外には聞こえぬじゃろ」
「残念。交渉決裂かあ。
でも、あなたじゃ今の僕には勝てないと思うけど」
「他人の身体を借りている状態で、随分と強気じゃな」
リオウは体を持ち上げて、水面に完全に浮かび上がった。
竜の角を手にいれてから、リオウの魔法力は大幅に向上していた。
魔動船である海姫の雷号が無くても、人間の姿をした相手に負けるつもりは無い。
「うーん、ちょっと違うよ」
だが、マリスは全く動じていなかった。
「ミリスの身体を借りている状態だから、強気なんだけどね」
「あの程度の念動力が、ワシに通じるとでも?」
ミリスが念動力を振った場面を、リオウはケンカイを通じて見ていた。
人間が操る力としては恐ろしいが、それでも、自分に通じる程の力とは感じなかった。
「それこそ、まさかだよ。ミリスの念動力じゃ無理に決まってる」
マリスは余裕のある微笑みを崩さない。
「そして、僕の念動力でも無理だよ」
「なら、大人しく帰るのじゃな」
「子供のお使いじゃないんだから、あ、まだ僕の身体は子供に近いけど」
マリスは肩を竦めた。
「知のリオウさんに、教えることができるって素敵だよね。
魔法と超能力の違いってのを」
そして、マリスから力が発揮された。
「同調と共振、これが出来るのが超能力だよ」
それは、リオウが見たミリスの力を数十倍にまで高めた代物。
あの時の力より、遥かに広い範囲で、遥かに強い力で押し寄せる念動力。
それは、一瞬でリオウを捕え、空中に持ち上げて固定した。
「な、なんじゃと・・・」
リオウは体を捩ろうとして、動けない事に気付く。
「ね、簡単でしょう」
そういうマリスの顔に余裕の表情は無い。それでも、唇は笑みを保っていた。
「だから、諦めて、僕に付いてきてくれないかな」
「なめるな、小僧っ娘が」
身動きが取れなくなったリオウの身体が光る。
リオウは、体内に魔法陣を描き、強引に魔法を発動させた。
発動した魔法は、自身の身体を焼きながら雷を呼びよせ、周囲に炸裂したのだった。
そして、大災害が発生した。
第三区の港の一角から、激しい閃光が立ち上り、暴れる。
閃光は、第三区の港の一部を破壊し、隣の第四区の港を直撃した。
港の船は全て吹き飛び、港湾施設は壊滅した。
閃光はそのまま海上に伸び、海を割り、海底を焼き、空中に莫大な水蒸気を噴き上げた。
水蒸気は竜巻を作る。
竜巻は海水を巻き上げ、大量の海水がリトバウムに降り注ぐ。
それは今まで交易都市・リトバウムは体験したことのない天災であった。




