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漁師と海竜 海原を行く  作者: 赤五
第五章 交易都市ベルバウム
43/57

第5話 思惑

2015/01/18 改稿


枯葉組関係の所を大幅に改造。

やはり、その場の思いつきでだしたキャラは整合性がとれていませんでした。

第5話 思惑


「それでどうかね? イーリンは大人しくしているのかな」


 それは、低く落ち着いた優しい声だった。

 年齢からすると信じられないほど張りのある声だ。

 ムツキの大好きな声でもある。


「はい、今のところは」

「おや、思ったより消極的だね。ムツキ、脅かしすぎたのではないかね」

「は、申し訳ありません。大旦那様」


 メイド服姿のムツキが頭を下げるのを、老人は手を振ってとめた。


「いやいや、責めているわけではないないよ。ただ、あの直情的な娘にしては随分と大人しくしているのが、意外でね。

 あれから、1週間も経っているのに。少しは分別が付くようになったのなら、祖父としては孫の成長を喜びたいものだよ」


 交易都市・ベルバウアで、文句なしの最大手といわれるベルザウア家の当主、レイリクス・ベルザウアは穏やかに笑う。

 彼は背筋がしっかりと伸びた長身の老人だ。身のこなしも老いを感じさせるほど愚鈍な様子はかけらも無い。

 好々爺のようでありながら、えげつないといわれるまでの辣腕を誇る商人である。

 ムツキが再度イーリンの前に現われて、脅しを掛けてから既に一週間が経過していた。

 もちろんそれを命じたのは、このレイリクスである。


「それで、その男、ケンカイとやらだが、調べさせてみると、いくつか情報がでてきたのだがね」

「そうなのですか?」


 彼がイーリンを監視しているムツキを呼び出したのは、新たに入手した情報の裏を取るためでもある。

 

「うむ、私の方ではなく、レイドリスの部下からの情報だがね」

「旦那様の方ですか」


 レイドリスは、レイリクスの息子であり、イーリンの父親でもある。彼もまた、優れた商人として頭角を現している。


「なんでも、ユエンディーの迷宮で、大量に魔法道具を収集してくる探索者がいるという話でね。その探索者と専属契約を結べないか検討していたらしいのだ」

「ユエンディー・・・迷宮都市の探索者が、あの男だと?」

「なら、話が早いのだが、そこが奇妙な話でね」


 レイリクスは、優しげな目の奥に鋭い光を宿らせた。


「どうも、その探索者は10代半ばの少年だったそうだ。ムツキ、きみが見た男は何歳くらいだと言ったかな?」

「20歳くらいです。体格も完全に大人の男のものでしたので、間違いありません」


 顔だけに限れば、老けて見える少年もいるかもしれないが、体の成長まではごまかしようが無い。

 

「私も、ムツキの目は信用しているよ。なら、その男は同名の別人だと、普通なら思うのだがね」

「他にも何か?」

「これは、噂話程度の情報なので、信頼度が今一つなのだが」

 

 その噂程度の話から、今までどれだけの大きな商談を成立させてきたことか。

 レイリクスは、噂を分析する自分の才覚を信用している。


「西の方にある国で、少し前に王位を巡って争いが起こったそうだ。まあ、それ自体は珍しくない話だね。金と権力は争いを引き付けるものだ」


 そのことを、この男ほど知る者はいない。


「面白いことに、この争いの内容が劇になっているそうだ。西の方では大評判でね。

 なんていったか、変なあだ名の劇作家の作品らしいんだが」


 さすがに遠い異国の作家の名前は、レイリクスには思いだせなかった。


「その劇にでてくる救国の英雄の名前が、ケンカイというらしい。

 ただし、そのケンカイは老人だったそうだ」

「何か関係があるのでしょうか?」

「さてね、劇中で老英雄は海の女神に呼ばれて、東の海に還っていったそうだ。

 ・・・なんとも、面白いね」


 老人は、興味のあることを隠そうとはしなかった。


「ムツキ、歳を自在に変える魔法があると思うかな?」

「それこそ、伝説や眉唾ものの話では無いかと」

「私くらいの歳になると、皆一つの夢をみるものだ」


 レイリクスはムツキから視線を外し、ため息をついた。

 だが、それ以上の説明を彼はしなかった。


「さて、いずれにせよ、その男は興味深い。ベルザウア語を理解するという点を除いてもね」

「よろしければ、ケンカイに連絡をとって、大旦那様と合うように交渉してみますが」

「それもいいが、できれば、向こうに負い目を持って、私に会いに来て欲しいものだ。

 私のような年寄りは搦め手を使いたくなるのが悪い癖だね」」


 だが、そのほうが交渉はうまくいくのだよ。と言ったようにムツキには聞こえた。


「まあ、そのためにムツキを今日呼び出したのだが」

「何か、私にできることがあるのでしょうか?」

「今は、ここにいてくれることが、出来ることだね。久しぶりにムツキが入れる茶を飲みたいものだ」

「かしこまりました。・・・お嬢様の監視はよろしいので?」


 レイリクスはいたずらっぽく笑う。


「ムツキ、恋心を燃え上がらせるのに必要なものは何か知っているかい?」

「その方面には詳しくありませんので」

「おや、それはよくない。ムツキも女の子なんだから、知っておいたほうがいいね。

 それはね、邪魔をされることだよ。障害と言ってもいいね」


 レイリクスは、何を想像しているのか、くすくすと笑った。


「そして、燃え上がった恋心は切欠があれば暴走すらする。

 そう、丁度、邪魔な監視がいなくなったりした時に」

「大旦那様、最初からそのおつもりで?」

「さて、どうかな。

 それより、早くムツキのいれた茶を楽しみたい。自分の分も用意してきなさい」

「かしこまりました」


 ムツキはお辞儀をして、部屋を出て行く。

 大旦那様と慕う相手に対しては、イーリンを相手にしているときのような傲岸不遜な態度は欠片も見られなかった。

 その様子を見送りながら、レイリクスはつぶやいた。 


「さて、私の孫娘はどう動いてくれるのかな。楽しみだね」




「兄貴、第3区の件ですが、、、ふがああ」


 ごつい顔をした男が殴られた。


「てめえ、オレ様の機嫌を」


 わき腹に蹴りを入れる。


「損ねたいのかああ。ああっ!」

「兄貴、そんなこたあ思ってやせんぜ。やめて下せえ」

「はぁ、はぁ、くそ、無駄に頑丈な体しやがって。あああ、腹が立つことばかりだぜ。

 くそがぁあ」


 数度の蹴りをわき腹に受けた男は、ごく冷静に言う。


「で、第3区ですが、取り返すのはキツイっす」

「くそ、波風の木瓜ボケ共が。あの、女狐につけこまれるたあ、オレ様の根回しを台無しにしやがって」


 興奮している兄貴と呼ばれた男は、肩で息をしながら嘆いた。


「オレ様が叔父貴や本家を何とか、だまくらしてやったのによお。流れ者相手にあっさり壊滅だああ。

 くそったれ、面子も何もねえじゃねえか」


 荒れている男は、波風組にとって親筋にあたる人物であった。

 通称、枯葉のクルドア。四区を縄張りとする枯葉組の組長である。

 すぐに興奮して真っ赤になる気性の彼に付けられた渾名は、彼の性格と体格・・をよく現している。


「リドバウムの叔父貴も、ご立腹のようで・・・。兄貴、どうしやす?」

「オレ様達の面子を潰した流れ者なんざ、殺しちまうしかねえだろうが」

「へい、ですが、波濤組が、そいつを用心棒として客人としちまったらしいんで。

 今じゃ、筋者扱いでさ」

「筋者なら、大親分の決めた縄張りに手を出すこたあ、どんなこったか知ってるだろ。本部・・を突いて締めさせろ」

「それが、波風を潰したときは只の流れ者でってことで、本部の出る幕じゃねえってことでさ」


 そもそも、只の流れ者に組一つ潰されるような事態が稀れ、というか、ありえないことである。

 いくら、浮き沈みの激しい裏街道の連中とはいえ、そのような事態を想定してはいない。


「じゃあ、つまり、なんだ。オレ様が、泣き寝入りするしかないっていいてえのか。てめえは」

「へい、状況を分析すると ぐへっえ」


 今度は、右足がごつ顔男の顔をを直撃する。


「考えるのはオレ様の役目だろうが。てめえは黙ってろ。くそ、顔面までかてえな」


 蹴った足を抱えこむ兄貴と呼ばれた男・クルドア。

 そして、その態勢のまま、暫く固まる。

 次に顔を上げたクルドアは、それまでの狂乱状態が嘘のように、冷徹な表情をしていた。


「オレ様が、あの糞代官を抱きかかえてまでくれてやったシマは、あの女狐のものに戻ったって事だな。

 まあ、いい。

 少しは、抵抗がなくちゃあ、面白くねえってもんだ」


 そして、酷薄な笑みを浮かべる。


「それで、失態を犯した奴らはどうした。ちゃんと、確保してるんだろうな」

「そりゃ、俺らの仲間ですから ぐはあ」


 肘うちが、ごつ顔男の顎を打ち抜く。


「ああ、誰が仲間だって? 使えねえ奴は仲間じゃねえんだよ」

「さ、さすがは兄貴・・・」


 台詞の割りにはダメージを全く感じさせないごつ顔男は、首を振って立ち上がった。


「それでやすが、とりあえず病院に収容しておりやすぜ。何しろ、全員酷い怪我で」

「なんだ、そりゃ、ゴッオ。おめえ、何か冗談でも云ってんのか!?」

「へ?」

「病院に入れなきゃならん奴らなんて、この後、役に立つわきゃねえだろうが。

 なに、無駄金つかってやがんだ」

「でも、兄貴。俺達ぁ、親筋で・・・」

「バカかおめえは。ああ、バカだったな。おめえは」


 クルドアは、口の端から泡を吹きながら叫ぶ。


「役にたたねえ子筋なんざ、ただの、足手まどいなんだよっ

 そんな、連中を飼うのに金を使う? バカかてめえは」

「でも。。。」

「デモもストも関係ねえ。そいつらに伝えろ。シマを取り返さなきゃあ、全員、鮫の餌にしてやるってな」

「それは酷くねえっすか。兄貴」

「あぁ? てめえ、オレ様に意見しようってのか」

「いえ、とんでもねえっす。わかりやした。全員鮫の餌にしてくりゃあいいんっすね。

 鮫ならバラバラにする手間がはぶけて楽でさあ」」


 さりげなく、とんでも無いことをいうゴッオ。


「お、おい、何先走ってやがる。その、流れモンを始末すりゃ済む話だろうが。あぁ?。

 能無しどもでも、一斉にかかりゃあ済むだけだろうがよ」

「いや、兄貴。アレ相手は、無理でさ。御山を脱走したオレッチでも、正直、戦えといわれたらあ、御山に帰りやす」

「・・・なんだって?」


 ゴッオは、至極真剣で真面目な顔をしていた。欲と色に溺れて道を外した武道家としての彼も、あの男を見た後では、そう言うしかなかったのだ。


 ケンカイという男は、彼にとっても化け物の領域を超えた怪物だった。


「・・・おめえが、そう言うか。くそ、ついてねえな。オレ様は」


 クルドアは深々と椅子に腰掛ける。


「ああ、くそ、だからといって、放っておくわけにはいかねえ。実力でかなわねえんなら、搦め手と相場は決まってらあ。手下共に弱みを探らせろ。

 本人が化け物みてえでも、人なら、なにか弱みってものがあるってもんだ」

「へい。けど兄貴」

「なんだ?」

「オレッチ、それもいい予感がしないっすよ。いや、根拠は無えんですが」

「くそ、止めろ。おめえが言うと、本当にそうなりそうじゃねえか」


 クルドアは顔を顰める。いくら格下扱いをして、自分の妹を嫁に差し出しているとしても、ゴッオの実力と勘を無視することはできないのだ。

 彼が成りあがれたのも、ゴッオの助力が大きいのである。

 だが、どんなに腕力があろうと、実力が優れていようが、制御方法を知った方が主導権を握るのだ。


「ムウメルも、もっといい暮らしをしたがってるだろう。へ、てめえの女に格好いいところを見せるにゃあ、今が、最大の時期だぜ」

「・・・あっしにお任せを。だけど、波風の連中を使い捨てにしやすぜ?」

「ああ、そりゃ構わねえ。あのかしらの親戚の代官も、更迭されちまったしな。もう、連中に価値はねえ」

「そりゃ、ようござんした」


 ゴッザはにやりと嗤う。


「御山の先輩・・とも、手合わせしてみたいと思ってやしたし。俗界に落ちたもの同士、通じるものがあるんでやすよ」


 



「大体、おかしいのよっ!」


 イーリンは叫んだ。


「何がですか? お嬢様」


 レイトンは、できるだけ冷静に答える。

 もちろん、聞くまでも無くイーリンの怒りの原因はわかっている。

 監視役のムツキのせいである。

 彼にとっても、ムツキのプレッシャーに耐えることは、大変なのだ。

 それが、たとえ、スラム時代に兄妹のように過ごしてきたとしてもだ。


「だって、わたし、可愛くて綺麗でしょ?」

「・・・まあ、たしかに」

「でもって、ベルザウアのお嬢様でお金持ちよ?」

「それは、確かに」

「じゃあ、何で、こうなってるの?」


 イーリンが港の商館に閉じこもるようになってから、既に一週間が過ぎている。

 最初のうちは何度か抜け出そうとしたのだが、そのたびにムツキに捕まってしまった。

 

「好き勝手できるために必要な物を全部持っているのに、

 自由に行動できないなんて最悪だわ。ああ、もう、いらいらするぅ」

「お譲、入りますぜ」


 そんなイーリンの部屋に、彼女の持ち船である赤月号の船長・キヌートが顔を出した。


「あら、何かしら。船の修理は終わったの?」

「さすがに、もう少しかかりまさ。船体の損傷は思ったより酷くなかったんですが、魔法道具類の損傷が酷いんで。

 見積もり持ってきたんで、時間がある時に目を通しておいてください」

「することないんだから、すぐに見るわよ」

「おや? あの怖いメイドの監視は終わったんじゃねえんですかい?」

「え。どういうこと?」

「船に必要な魔法道具を揃えるのに、さっき本家の本社まで行ってきたんですが。

 あのメイドを、そこで見たんで」

「え、本当?」

「嘘をつく理由がありませんや。あんなおっかない美人を見間違えるほど耄碌してもないですぜ」


 イーリンは少し考えると、おもむろに叫んだ。


「ムツキのアホー、腹黒メイド、顔面仮面女っ て、レイトンが言ってたわぁあ」

「ちょ、ちょっと、お嬢様、なんてことをっ」


 レイトンが取り乱す。しかし、イーリンはそれを無視した。


「来ないわね・・・、本当にいないのかしら」

「い、いたらどうされたんですか、あいつは本当に容赦のない女なんですよっ」

「あら、言ったのはレイトンってことにしておくから、わたしの身を案じることは無いわよ」

「・・・お嬢、さすがにそれはないわー」


 キヌートの目が冷たかった。


「そうです、船長からも言ってくださいっ」

「俺も巻き込まれる可能性があるじゃないですか、やるなら俺が帰ったあとにしてくださいや」


 そして、態度も冷たい。レイトンに対して。


「せ、船長・・・あなたも酷い人だったんですね・・・」

「いやーね。ちょっとした冗談よ、冗談。そんなに落ち込まないで。

 レイトン。

 さあ、行くわよ」

「・・・念の為に聞きますが、どちらにですか?」

「そんなの、湖陵庵に決まってるじゃない。そこにケンカイがいるんだから」

「言っておきますが、湖陵庵は妓楼ですよ。お嬢様が訪れるにはいささか問題があるかと・・・」

「仕方ないじゃない。お爺様のパーティーであそこの店主とは会ったことあるし。大丈夫。問題ないわ」


 ベルザウア家の当主であり、大旦那とも云われる祖父は、湖陵庵の古馴染みの客でもあった。

 大事な得意先を招くようなパーティーをする場合に、店の妓女全員を借り切るよう事もしていたので、その時にイーリンは女店主であるレイランと会う事があったのである。


「きっと、むこうも覚えてくれてるわ。そうしたら、すぐにケンカイにも会わせてくれるわよ」

「そううまく行くでしょうか? それに、今は危険だとムツキが言ってたじゃありませんか」

「ああ、じれったいわね。ヤクザ同士の抗争なんてわたしには関係ないわよ。

 それに、そいつらもベルザウアを敵に回すなんてことはしないに決まってるわ」


 ベルザウア家は、交易都市・ベルバウムの実質上の支配者である。

 地回りといえど、わざわざ敵に回すような事をしでかすとは、イーリンには思えなかった。

 だから、彼女は自信を持って命令する。


「さあ、出発よ。

 さっさと、ケンカイに会って、わたしの魅力をわからせてやるんだからっ!」

「はぁ・・・」


 レイトンは胃が痛い。

 彼の雇い主はイーリンだ。雇い主には忠誠を。

 だが、ムツキの恐ろしさを忘れたことも無い。

 女に板ばさみにされる。それも美女と美少女である。

 それが、こんなにも辛いものだとは・・・


 レイトンは助けを求めようと、キヌート船長を見ようとした。

 魔法使いでもある船長なら、何かあっても必ず役に立つはずだ。


「・・・いない」


 だが、既に船長はいなくなっていた。

 巻き込まれる前にさっさと退散したのだろう。となると、残りは余り頼りにならない自分の部下だけである。


「なに、やってるの。行くわよっ!」


 イーリンは、既に部屋を飛び出そうとしている。

 レイトンはもう一度ため息をついたのだった。

 




 ペルセウア王国には王国陸軍第9特務隊という部隊がある。

 名称の通り、正規軍の位置づけではあるが、通常の部隊ではこなせない任務を請ける少数精鋭の特殊部隊である。

 ペルセウア王国は、ヒンディア帝国から西にある西大陸有数の大国の一つだ。

 交易都市・ベルバウムもペルセウア王国に所属している都市である。

 第9特務隊の隊長は、今回の不可解な任務をどう理解すべきか悩んでいた。

 その任務とは、ベルバウムへの潜入および協力者への支援活動を行うというものである。


「ベルバウムへの余計な干渉は禁じられていた筈です。本当に我らが行動してよろしいのですか?」


 ベルバウムという都市は、特殊な都市である。

 ペルセウアに所属しておきながら、王国の完全な支配下にあるわけではない。

 交易商人たちの力が強すぎるのである。

 

「代官の一人が、地元組織の抗争に巻き込まれて負傷をしたとは聞いておりますが、そのようなことは、さほど珍しく無いはずです」


 ベルバウムを治める領主は存在しない。束縛を嫌う商人達によって拒絶されているのだ。

 ペルセウア王国は、ベルバウムの各地区に代官を駐在させて、税の徴収や表向きの治安維持を行わせているが、それらを統括する人物はベルバウムに存在しない。

 過去において、幾度か状況を打破しようと王国側も活動を行っていたが、そのたびに商人達の財力と実力行使によって阻止されてきた。

 もちろん、国軍が全力を挙げればベルバウムを屈服させることは可能だろう。

 だがそれは、金の卵を産む鶏を殺すようなものである。

 ベルバウムの生み出す莫大な金は、王国にとって重要であった。

 そして、ベルバウムの代官になるということは、いろいろ(・・・・)と金を手に入れる機会を得ることができるため、王国内でも人気のある役職だ。

 それは、ヘマを起こした前任者を擁護することはなく、むしろ蹴落して自分がその役職を手に入れたがっている連中が多数いるということでもある。

 つまり、仕事ができなくなるような傷を負った元代官のために、ベルバウムに余計な干渉をしようなどという人物などいるわけがない状況なのだ。

 王国からの必要以上の干渉の禁止。

 それは、明文化されているわけではないが、数十年にわたり実効力を持った規制として機能していた。


「うむ、その疑問は最もだが、私には、それに答える権限は無い。

 ただ、この決定は軍部ではなく、その上(・・・)からの指示によるものだとだけ答えておこう」


 それは、王家からの命令だということであろうか。と第9特務隊隊長は考える。

 彼の上司は、特務隊をまとめる立場の人物だ。軍部の上層部とのかかわりもあるが、それ以上に王家との関わりが深い人物である。


「それでは、軍部の上層部はこれを知らないという訳ですか。

 我等は軍部の所属です。勝手に行動するわけにはいきません」

「ああ、言い方が悪かったかな。もちろん、将軍達は今回の指示を知っている」

「反対された方はいらっしゃらなかったのでしょうか?」

「私が、君に命令を伝えている。それが総てだよ」


 命令となれば従う必要が彼にはあった。だが、不安は残る。

 どのような交渉が、軍上層部と王家の間であったかは判らないが、キナ臭い何かを感じるのだ。

 彼にとって、自分の部隊は自分の家族のようなものである。

 使い捨てられるような事態は避けねばならない。それほど、ベルバウムに干渉するということは面倒な事態を招くのである。


「潜入して活動するというのであれば、特に問題はありません。

 すぐに部隊を展開させましょう。

 しかし、協力者への支援とはどのようなことでしょうか?」


 協力者という表現を使うからには、その人物は軍の人間では無いことは確かである。

 

「ああ、そろそろ来るはずなのだが。会ってからのほうが話が早いだろう」


 そのとき、扉をノックする音が響いた。

 上司の秘書官を勤める女性士官の声が聞こえる。

 その声は、妙に戸惑ったものであった。


「失礼します。お客様をお連れしました」

「うむ、入りたまえ」


 扉を開けて女性士官が入ってくる。

 隊長には最初、女性士官しかいないかのように見えた。


「ようこそ、おいでくださいました」


 そして、今まで聴いたことの無い丁重な口調で挨拶をする上司の視線を追いかけて、協力者の姿に気づく。


「子供?」


 それは、女性士官の腰のあたりまでの背しかない幼い子供だった。

 肩口で綺麗に揃えた黒い髪。華奢な体格。

 細い首が人形のようなイメージを与える女の子だ。

 それでいて、頬は子供らしくふっくらとしており、若干紅潮している。

 どこからどうみても、可愛らしい幼児だった。

 そして、その協力者は外見にそぐわぬ、可愛らしい言葉で隊長に向かって毒付いたのである。


「子供だからってなめんじゃねーよ。この木偶の坊が。

 あたしの足を引っ張ったら、そのでかいだけのキン○マ引っこ抜いて口にいれてやるぞ」


 それが、第9特務隊隊長と、幼い協力者の出会いであった。



 

「なかなか、個性的な協力者のようですが、これは何かの冗談なのでしょうか?」

「あ、てめー。引っこ抜かれたいのか。そういう趣味かよ。さいてーだな」


 可愛い容姿の幼子から紡ぎだされる口汚い言葉。


「冗談では無いのだがね。すまんが、口を挟まないでくれ。

 ミリス様、もう少し言動に気をつけたほうがよろしいかと」

「猫かぶるときゃあ、かぶってやるよ。けっ、くそくだらねえなあ。東の方じゃそろそろ面白くなりそうだってのに、のけ者扱いしゃがって。

 このあたしに、物見役させるたあ、上の連中はバカばっかりだぜ」

「ははは、それはミリス様の力を信用されているからですよ」

「ああん、てめーも口だけが達者な奴か? いらんおべんちゃらいうんじゃ、舌ひっこぬいてケツに突っ込むぞ」

「これは失礼を」


 その後も暫く交わされた、上司とミリスという幼女との会話を、隊長は呆然として聞いていた。

 なぜ彼の上司が、この口の悪い幼女に下出になっているのかが判らない。そもそも、なぜこの娘が協力者なのか、自分達に何をさせたいのかがさっぱり判らなかった。


「けっ、まあ、いい。じゃあ、しっかりその木偶の坊を教育しとけよ。あたしは疲れたから休む。出発は明後日だ。

 あたしがお守りしなくていいだけの腕がありゃあいいんだが。なきゃ、バラして魚の餌になるようぐちゃぐちゃに潰してやるから、覚悟しときな。

 まあ、役に立つようなら、ご褒美くらいくれてやるがよ」


 そして、大股で歩いて扉からでていくミリス。女性士官が慌てて後を追いかけていく。

 扉が閉まってから、数分後、隊長はようやく上司に声を掛けた。

 混乱している頭を整理するのに、それだけの時間が必要だったのである。


「本当に、アレが協力者なのですか?」

「その通りだ。君にやってもらいたいことはこちらの命令書に記載してある。目を通してくれ。必要なものは事前に用意しているが、不足分があれば上申したまえ」

「はあ・・・」


 隊長は命令書をめくり、内容を確認した。

 最初のページを読んだ時点で、自分の顔が引きつっているのがわかる。


「失礼ですが、これは・・・ 私より情報部のものが担当するのがふさわしいかと」

「それは無理だな」


 上司は断言した。


「情報部にはふさわしい人間がいなかった。ミリス様の好みは、君のような体格のよい男なのだよ」

「は?」

「君にはわからなかったかもしれないが、ミリス様は君の事を気に入った筈だ」

「あの態度でですか?」

「気に入ってなかったら・・・」


 上司は、心底ほっとした声を出す。


「今頃、君も私も生きて立っていない」


 上司は冗談を言っているのだろうと、隊長は思いたかった。

 だが、彼の目に映る上司は、この上なく真剣な表情を保っていたのだった。



 そして様々な者達の思惑が重なり、交易都市ベルバウムで騒乱の花が咲くのである

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