第2話 妓楼 湖陵庵
2015/1/17 改稿しました。
ケンカイ達が案内されたのは、この店でも最上級の部屋のようだった。
「湖陵庵の最上階の部屋ですの。ここからですと、海も見えますのよ」
レイランがケンカイの手を取り案内しつつ説明する。
湖陵庵がこの妓楼の名前である。窓から見える海が、周りの岡や山によって湖のように見える場所に、この妓楼は建てられていた。
「お待ちしておりやした。どうぞ、先生、こちらの席に」
部屋の中では、ゴンザが待っていた。
部屋の中だというのに、仕込み杖は手放していない。そしてそれが自然に見えるほど、彼に馴染んでいる。
ケンカイを上座に案内する。リネスとユッキは、ケンカイの隣に座ろうとしたが、妓女たちに別の席に案内された。
ケンカイの右隣にはレイランが、左隣には少し距離をあけてゴンザが座った。
そして、ケンカイ達が席に座ると同時に、奥の扉が開き、料理を持った女たちが現れる。
妓女たちとは異なる服装をした彼女達は、手早く料理を並べると、一礼してそのまま去って行った。
驚くほど手の込んだ料理。
そこらの料理屋など足元にも及ばぬものであろうことは、その匂いと見た目の美しさで容易に想像がついた。
「湖陵庵は、料理でも有名ですの。お客様の中には料理だけ食べに来られる方もいらっしゃいますわ。もっとも、今日は、先生のために貸切にしておりますから、そのような方々もいらっしゃいませんが」
「そいつは、どうも。
ここまでされると、却って落ち着かないんだが。
オレはここまでされることをした覚えがないぞ」
これほどの高級な妓楼を借り切ろうとするのには、どれだけの費用とコネが必要となるか。ちょっとしたという表現では済まない宴会である。
「亭主の仇を討ってくれた上に、私達の悲願でありましたこの第三区の縄張りを取り返すことができたのは先生のお蔭です。いくら感謝しても感謝しきれないですのよ」
「波風組は、ペルセウアの代官の傘を借りた屑共の集まりでやしたが、数が多いのと後ろ立てがやっかいでして。先生のお蔭がなきゃあ、あっしらじゃこうも上手くいきやせんでした。
姐さんの好意は本モンってこたあ、あっしの首を掛けても誓いまさあ。
おまえたち、何をぼさっとしてる。
先生にお注ぎしないか。そっちのお嬢ちゃんたちにもだ。
ああ、酒じゃなくて、お嬢ちゃんたちには別の甘い飲み物の方がいい」
ゴンザが外観に似合わぬ気遣いを見せて、宴会を仕切っていく。
「それでは、先生への感謝と、これからの波濤組の発展を祈りやして。
乾杯」
「「乾杯」」
そして宴は始まった。
交易都市ベルバウムにおいて、港に交易館を構えられるのは大商会だけである。
それは、建てるために掛かる費用と維持するための費用が莫大で、利益を継続的に出すことが可能な組織の規模が、大商会と言われるような商家ではないと無理であるからだ。
利便性があるのは間違いないが、それよりもステータスシンボルとして機能している。
そのため、港に交易館を建てることは、一流の商人としての憧れでもあり、背伸びをして無理に手を出す商家も数多い。
そうすることで更に発展した商家も多いが、身の丈にあわず自壊してしまった商家は更に多いのが実情である。
そういったこともあって、交易館というものは造りに金を掛けたものが多かった。
その交易館の中でも一際大きく、豪華な館の中で、一人の少女が不機嫌そうな顔をしていた。
「それで、ケンカイは何処に行ったってのよ?」
「それが、運悪く、見張りの人間が交代する間に、宿を出て行ったらしく・・・」
「なによ、この無能、能無し、ろくでなし。見張りくらいできない奴なんて、首にしなさい。あんたが見張ってりゃよかったのよ。まったく」
「は、申し訳ありません。別の仕事もあったものですから」
「なによ。わたしの言いつけた仕事より大事なものなんて、この世にないのっ。それぐらい判りなさいよね!」
少女は、さらに不機嫌になった。
激しく振った首の動きに沿って、綺麗な長い赤髪が揺れ動いた。
長い髪に半ば覆われた顔は、可愛らしいのだが、いかんせん、不機嫌そうな表情がそれを台無しにしている。
年のころは15歳くらいだろうか。体つきは大人の女性に近いが、我儘な言動が目立つためか子供っぽさを感じさせていた。
「とにかく、すぐに、探すっ。せっかく、見つけたのに逃がしちゃ駄目よ、ほら、すぐに・・・」
「その必要はないのです。イーリンお嬢様」
少女の言葉を遮ったのは、少女より少し年上に見える落ち着いた感じの女だった。
来ている者はメイド服と言われる一種の作業服。
出している雰囲気を一言で表すなら、氷のような美女。
そんな、冷たさを感じる美貌にふさわしい感情のこもらない声で、話を続ける。
「私、彼がどこに行ったか知っています」
「本当? なら直ぐに案内しなさい。今度こそ、首を縦に振らせてやるんだから」
「それは無理です」
「なによっ、このイーリンちゃんが、狙った獲物を逃がすとでも思ってるのっ!」
「いえ、お嬢様は非常に偏執的でいらっしゃいますから、逃がすことはないと思います」
「あんた、喧嘩売ってんのっ」
「いえいえ、とんでもございません。大旦那様の孫娘様に喧嘩など、恐れ多い」
さりげなく、恐れ多い対象は少女では無く大旦那様だということがわかる口調で女は喋った。
「ちょっと、あんた、やっぱり喧嘩うってるでしょおおお」
「いえいえ。
それより、無理だというのはどういうことか、気になりませんか」
「う、そういや、そうだったわね。何が無理だっていうのよ。このイーリンちゃんに不可能なんてないんだからっ」
「それはようございました。
無理だというのは、彼が今いるのが、湖陵庵だからです」
女は、指を振りながら言った。妙に癇に障る仕草だった。
「う、あそこって、超有名な高級娼館じゃない。なによ、あいつ、そんなところで遊んでいるわけ? 流れ者が入れるところじゃないわよ。あんた、嘘ついているんじゃないでしょうね」
「イーリンお嬢様。私、嘘をついたことなどございません。
大旦那様には」
「むきー、じゃあ、わたしにはつくってことじゃない。雇い主に対していい度胸しているわね」
「私の雇い主は、大旦那様です。お嬢様じゃありませんわ」
「う、それは、そうだけど、雇い主の家族に対して、あんたの態度、酷くないっ?」
「私、尊敬できる人しか、尊敬できないんですの。
嘘をつけない自分が恨めしいですわ」
「なによ、なによ。このわたしが尊敬できないって言うのっ」
「あら、お嬢様、心当たりがおありでやがりますか? 私、誰の名前も言っておりませんが」
「ムツキ、いい加減にしないか」
男が会話に割り込んだ。
「お嬢様をからかうんじゃない。ムツキの悪い癖だ」
「あら、どこかのお嬢様の失態をカバーするために、走り回っていた人はいう事が違うわね。お甘い事で」
「それが、自分の仕事だ」
「仕事熱心なこと。でも、体は一つしかないのだから、無理は無理と言っておくべきね」
「ちょっと、何の事よ?」
「いえ、どこかのお嬢様が勝手に出航して、勝手に危ない目にあったせいで、いろいろ根回ししなければいけないことが、山積みでしたの。主に、彼が」
「え?」
「まさか、今回の事が、何の呼び出しもお咎めもないままなのは、許された行動だったからなんて思っていませんよね。お嬢様」
「・・・」
「それは、関係ない。今回、ケンカイ殿を見失ったのは、自分の部下だ。つまり、自分の責任なのは間違いない。
ムツキ、ケンカイ殿の行方について何か知っているのなら教えてくれ。頼む」
男は頭を下げた。
その様子を面白くないものを見るように見るムツキ。わざとらしく溜息をつく。
「湖陵庵の女将が招待したようですわ。いえ、波濤組の組長が、と言ったほうがいいかしら」
そして、真剣な表情を浮かべる。
「今、世間の裏じゃ、地回り連中がいろいろ騒がしいのです。私は、大旦那様から、お嬢様が安全でいられるように見張るるよう言い使っておりますの」
ムツキは優雅にスカートの裾をつまんで、一礼をする。
「つまり、私がお嬢様を湖陵庵に行かせません。お分かりですか?」
それは自信と自負に満ちた礼だった。
踊り。楽器。歌。
そして、たくさんの贅を尽くした料理。
旨い酒。
どれもが一流だった。
「なるほど、こりゃ、文句のつけようがないな」
そして、ケンカイに酌をする妓女の容姿も仕草も一流である。
「この娘たちは、常に自分を磨いていますの。
街角の娼婦とはお比べにならないでくださいまし」
「あら、レイラン姐さんの教えのおかげですわ」
ケンカイの左に座って、酌をしている妓女が恥ずかしそうに言った。
「そうでなけりゃ、私なんて只の山出しの小娘のままでした。
今では、少しは自分に自信が持てていますわ。
いろんなところが、ですけど」
ケンカイの横顔に、悩ましい息を吹きかけながら、わずかに体を触れさせて杯に酒を注ぐ。
「なるほどね。そりゃ、いい心がけだ」
思わず鼻の下を伸ばしたケンカイの頭に、箸が飛んできた。
当たる前に、あっさりと箸を掴むケンカイ。
飛んできた方向を見ると、ユッキが睨んでいる。
「行儀が悪いぞ」
「ユッキちゃん、そんなことしちゃ駄目」
「ぷん」
「先生、慕われてますわね」
「そうなのかね」
最近、ユッキが何かと絡んでくるようになっていた。
ケンカイは昔の食べ物にしか興味が無かった小動物のようなユッキが懐かしくなるときもあるのだが、これもユッキの成長だろう。
女が男に対する嫉妬というよりも、父や兄に対する独占欲を持つ娘や妹のような反応。
なんとなく、昔のリネスを思い出すケンカイだった。
リネスとユッキも、複数の妓女に囲まれて、何かと世話をされていた。
もちろん、男のケンカイに対する態度とは違い、妹の相手をしているような感じだ。
その隣で、猫のリオウも黙々と料理を食べている。
猫好きらしい妓女が、撫でたりしてくるのだが、特に気にした素振りは見せていない。
あんなに撫でにくそうなゴタゴタした猫を良く撫でる気になるものだ、とケンカイは思うのだが。
「あらあら、ユッキちゃんは結構お転婆さんなのね」
「可愛らしいこと」
くすくす笑いながら、新しい箸をユッキに渡したり、
「リネスちゃん。ちゃんとお肌のお手入れしているの?
若いからって油断していると、将来、大変よ。ほら、ここなんて傷んでるし。
髪のお手入れとか、ちょっと足りないわね」
「え、ボク、そういうの殆どしたことないんですけど」
「あら、それでこんなにいい状態なのね。ああ、磨けば光りそう。
お化粧もしてないわよね」
「はい」
「なのに、こんなに可愛いんだもの。お肌もすべすべで、もっちりしてるし。
でも、ちょっと、胸元が寂しいわね」
「くっ」
「あら、寄せてあげればすぐに大きく見せられるわよ。教えてあげようか?」
「え。ああ、それはその、・・・是非」
などと、リネスにいろいろ教えようとしたりしていた。
そして、暫くしてから、その中でリーダー格らしい妓女が、レイランに話しかけた。
「姐さま、この娘達のお肌と髪の手入れをしてあげたいんですけど。奥の美容室を使ってもいいかしら」
「おや、それはいいことだね。
先生、よろしいですか? きっと、あの娘達も、もっと綺麗になりますから」
「そんな部屋もあるのか、ここは」
「ええ。奥様方がいらして、肌の手入れを頼まれることも多いですの。うちの店の娘たちは全員、そういうことも出来るように勉強していますわ。
愛人として身請けされた時に、先の奥様達との仲を良くするのに、とっても便利ですの」
ケンカイはリネスとユッキを見た。よく判っていない様子のユッキと、期待に顔を輝かせているリネス。
リネスもそういう事を気にする年頃になったのかね、とケンカイは思った。
ケンカイが頷くと、リネスとユッキをつれて妓女の半数が部屋を出ていく。珍しいことにリオウは付いて行かなかった。
”爺さん、行かないのか。珍しいな”
”ワシが行ったら、オヌシが覗き見するかもしれぬからのう”
”・・・前は気にしてなかっただろう”
”子供の頃と、今とでは違うわい”
リオウとケンカイは感覚の共有ができる。それにはもちろん視覚も含まれるのだ。
どんどん親としての自覚が芽生えているらしいリオウ。
なんか、ますます人間っぽくなっているなと、ケンカイは思った。まあ、悪いことじゃないだろうが、とも。
「さあ、お嬢さん達もしばらく戻らないだろうから、お前たち、着替えておいで
今度は、夜用のドレスにね」
「「はあい」」
そして、レイランは残りの妓女たちも部屋から追い出した。
「さて、先生。うちの娘たちが着替えてくるまで、少し時間を拝借したいのですが」
改まってレイランはケンカイに向き合った。
ゴンザは自分の席を立って、レイランの背後に立つ。
「なんだ?」
「実は先生にお願いしたいことが。いえ、別に面倒なことを頼むつもりはないのです。
ただ、うちの用心棒として、しばらくこの湖陵庵に滞在いただけないかと。
もちろん、その間のお世話はさせていただきますわ」
「用心棒? ここはもう、あんたらの縄張りだろう。
そんなものが必要なのか」
「それに関しては、あっしから説明させてくだせえ」
ゴンザが会話に入ってくる。おそらく、最初からそういう段取りだったのだろう。
「実は、先生のお蔭で、無事にこの縄張りを取り返すことができたんでやすが、何せ、人手がたりねえんでさ。
一度、うちの組は潰れたも同然となっておりやして、今、手を尽くして人を集めている最中でごぜえます」
「よく、そんな状態で、縄張りを引き継げたもんだ」
「それは、大親分の一声のお蔭でして」
「大親分?」
「へい、この都市の半分を仕切ってらっしゃる御仁でさあ。うちらも波風組もその御仁の子組にあたりやす」
「地回りの事情は、よく知らんが、そういう物なのか。だが、ならもう安心じゃないのか?」
「へい、なかなかそうはいかねえ事情ってのがありやして」
ゴンザは説明をした。
大親分と呼ばれる人物が束ねてはいるが、配下の組同士というものの仲は、常に抗争がおきているような状態らしい。
波濤組が復活し、第三港区を縄張りとしたことを気に食わない組も、自分たちこそが相応しいと思っている組も多々あるのが現状だった。
そして、大親分の声掛けで波濤組が縄張りを手に入れてはいるが、波濤組が縄張りを治めるだけの能力がなければ、別の組に譲渡されることになるのだ。
そして、それを狙って、敵対する組が裏で動き始めているらしい。
「先生は、波風組を潰されたお人だ。そんな方が、うちに留まってくれているだけで、縄張りを持つのに相応しいと云えるんでさ」
「それだけじゃないだろう」
「へへ、あっしがこの店を離れる事も多くなりやすので、先生にいていただけるだけで、安心できるってこともありやす」
「期間は? オレは旅をしているからな。ずっとは困る」
「へい、次の大集会までには目途がつく手筈となっておりやすので、三か月くらいかと」
「勿論、日々のお世話はこの店でしっかりいたします。用心棒代も先生に恥ずかしくない額を用意いたしますわ」
レイランとゴンザは合わせて頭を下げた。
「「どうぞ、ご考慮の程、宜しくお願いします」」
「うーむ」
ケンカイは少し考えた。ケンカイがこの都市に来た理由は、カリスに関する情報を集めるためだ。
表で集まる情報など高が知れており、裏の世界で情報を集める必要性を感じていたころである。
”爺さん、どう思う。用心棒代とやらの代わりに、カリスの情報を集めてもらうってのは”
”悪くは無いのう。だが、ここの連中に集めることができるのかじゃ”
”その程度の伝手はあるだろう。それに娼婦ってのはいろんな情報が、知らずに集まるもんだ”
「引き受けてもいいが、用心棒代はいらん。代わりに情報が欲しい」
ケンカイは、用心棒を引き受ける代わりに、幻の海賊といわれるカリスの情報が欲しいことを説明した。
「西の方にいる幻の海賊・・・あっしには聞き憶えがありやせんが、知ってそうな奴の心当たりはありやす。それと、情報屋の伝手もありやすので、三か月もあれば手に入れられるたあ思いやすが。本当にそれだけでいいんで」
「私の方も、個人的に若干の伝手はありますの。
そちらにも聞いてみますわ。ですが、ゴンザの言うとおり、それだけで構いませんの。
旅を去れるなら旅銀も必要でしょうに」
「ああ、問題無い。金は余ってるしな」
別に余裕ぶっているわけでもなく、ユエンディーの迷宮で稼いだ資金はまだまだ大量に余っていた。そのせいもあって、金への欲望はケンカイには薄い。
「丁度、うちの娘たちも着替えが終ったようですわ。先生に用心棒をしていただけるなんて、娘達も安心できます」
レイランは、ほっとした表情となりながら、自らの手で扉を開けた。
着替えた妓女たちが、しずしずと部屋に入ってくる。
先ほどまでのドレスとは違い、今度のドレスは布が薄く、そして露出も多いものだった。
スカートは裾から腰まで切れ目が入っており、歩くたびに太腿が露出する。
胸元は隠されているが、薄い布で覆われているだけのため、胸の形がはっきりと判った。
一言でいえば、色っぽい恰好だ。
「さあ、お前たち。今日は先生がうちの用心棒を務めてくださることが決まった目出度い日だよ。たっぷりと自分たちの魅力を見ていただきな」
その声と同時に、室内に音楽が流れ、妓女たちが踊り出す。
それは今までの上品なものとはことなり、蠱惑的で魅力的な踊りだった。
官能的な踊りが終り、妓女たちが引き上げてからすぐにリネスとユッキが戻ってきた。
「ご主人さま、どうですかっ」
「ケンカイ、あたいの肌、すべすべ」
美容室から帰ってきた二人は、たしかに見違えていた。
ついでに興奮している。
「ここ、凄いですよ。なんか、泥とか塩とか、いろいろ塗られましたけど」
「くすぐったかった」
そして、今まで特に手入れをしていなかった産毛や、眉、髪の際などもきちんと剃ったり整えられている。
そして、唇には淡い紅をさしているため、華やかさが増していた。
「ふむ、どれどれ」
ケンカイは二人の頬を触ってみる。たしかに、指に吸い付くようなきめ細やかな肌になっていた。
「あ、手もすべすべです」
頬に当てられたケンカイの手を握るリネス。真似をしてユッキも握る。
船の仕事をしていて荒れ気味だったリネスの手は、見事なぐらいに滑らかになっていた。
「おお、確かに。その口紅も似合っているな」
「えへ、そうですか」
嬉しそうに笑うリネス。
「お化粧の仕方とかも教わっているんです。ボク、もっと綺麗になれるかなあ」
「あたいも綺麗になる」
「おやおや、仲がよろしいようで」
レイランが話しかけてきた。
「お休みになる部屋は、お嬢ちゃんたちと一緒にしたほうがよろしいですか? 先生」
「え?」
「あたい、それでいい」
ケンカイは、殺気を感じた。誰からかは言うまでもない。
”おい、爺さん。他の連中にも気づかれるだろうが”
「いや、別にしてくれ。この二人は、一緒の部屋でいいだろうが」
ケンカイは背後の猫のリオウを抱えると、ユッキに投げ渡す。
「ついでに、こいつもだ」
ユッキの腕の中で満足気なリオウ。ユッキは渋々といった風情である。
「わかりました。もう、お嬢ちゃんたちには遅い時間ですわね。そろそろ部屋に案内しますわ。明日からも、こちらにいらしてくださるのですから、ゆっくりしてくださいまし」
「え、そうなんですか。ご主人さま」
「ああ、しばらく、ここに厄介になる」
”例の海賊の情報を集めさせる代わりに、用心棒生活だ。一応、気を付けてジョナサンで店を警戒させておいてくれ”
”わかりました”
リネスは、使い魔である鴎のジョナサンを港から呼び寄せ、店の監視をするように指示しておく。
リネスのジョナサンの扱いはますます上達しているため、細かな指示をださなくてもジョナサンの判断でこれくらいの事は行えるようになっていた。
引き受けたからには手を抜くつもりは、ケンカイには無い。
”爺さん、海姫を呼び寄せれるか? いざという時に役に立つだろう”
”目立たぬように来させるには、少々時間がかかるがのう。あれも、いろいろ改造したのじゃよ。なかなか、面白い仕上がりになっておるぞい”
呼び寄せるのを躊躇わせるような事を言うリオウ。
”爆発したりしないだろうな”
”自爆機能か、それは思いつかなかったぞい。面白そうじゃのう”
”やめろ”
最近、リオウのノリが軽い。先日、海竜であるマリアとユッキの身体を介して再会してから、ずっとテンションが高い状態が続いているのだ。
今まで気になっていたことが解決して吹っ切れたのかもしれない。
そうでなければ、あの商人娘に目を付けられることもなかっただろうなあ、とケンカイはふと思った。
ケンカイが、部屋に案内されて暫くたってから扉をノックする音が聞こえた。
あの後、宴会はお開きになりケンカイも寝室となる部屋に案内されていた。
用心棒生活をしている間は、この部屋を使って寝泊りしてもよいらしいが、今まで泊まっていた高級宿が貧相に見える程、立派な部屋だった。
置かれている家具はどれも高級品と思わしき立派な物で、風呂などの設備も当然のように備え付けられている。
それでも、部屋の真ん中に置かれた大きなベッドが一番立派な物だったり、風呂も複数の人間が同時に入れるような大きさになっていたりで、ここが本来どういう目的の部屋なのかは一目瞭然だった。
「誰だ?」
「こ、今夜のお相手をさせて貰います。入ってもよろしいですか」
ケンカイが期待していなかったといえば嘘になる。やはり、女もあてがう気でいるらしい。
ケンカイが了承すると、扉を開けて女が入ってきた。
薄絹を纏っただけの扇情的な格好。
すらりと伸びた脚どころか臍まで覗ける深いスリットが入ったスカートが妖しく揺れる。
そして、乳房の形もはっきりわかるほどぴったりと覆われた胸が揺れている。
顔だちは若干ふっくらとしており、柔らかなな曲線が色気を強調している。
そして、妙にそわそわした態度も、男の劣情を刺激するだろう。
ケンカイは、扉を開けて入ってきた女をじっと見つめた。
そして、言った。
「悪いが交代してくれ」
入ってきた女は特上と言ってもよい。だが、一つだけ問題があった。
「あ、あの、私ではお気にいりになりませんか」
「さすがに、若すぎる」
入ってきた女は色気溢れる姿をしてはいたが、どうみても15歳になっていない若過ぎる少女だった。
「先生、酷いですよ」
「ん?」
ケンカイの隣に寝ている妓女がそう言ったのは、遣る事をやった後だった。
余韻を楽しむ時間だが、ケンカイの隣で腕に抱き着いている妓女は、少し不満そうな顔をしていた。
「最初に来た娘にです。姐さんが、気をきかせて先生の趣味に合わせて来させたのに」
「いや、あれは若すぎるだろう」
「あの年ころの娘を二人も連れ歩いてるじゃありませんか。あの二人も可愛いですけど、あの娘を悪くないでござんしょ。ちょうど同じ年くらいですよ。
ようやく、姐さんの役に立てるって喜んでいたのに・・・
泣いてましたよ」
「いや、オレはそういう趣味じゃない。好みはあんたくらいの齢の女だ」
「あら、やだ。先生、そういうお世辞はもっと別の所で。
あたしじゃ、先生には年増で」
ちなみに、この妓女は20台半ばから後半くらいである。
「それとも、初穂はお嫌いでしたか。好きな旦那も多いんですがねえ」
初穂とは、経験の無い女の事である。
「ああ、それで態度がぎこちなかったのか。というか、オレは初見の客と変わらんだろう。
そんなの寄越すんじゃねえよ」
こういう所で、そういう女の相手をするのは店の信用を得た馴染の筈である。
「それほど、姐さんが先生に入れ込んでいるってわけですよ。波風を潰してくれた感謝の証です」
「そこまで、波風組ってのを憎む理由があったのか?」
「そりゃ、姐さんの旦那、先代の波濤組の組長ですが、波風の奴らに命を取られましたからね。敵討ちを狙っても、大親分にとめられていましたし、先生が事務所毎、奴らを吹っ飛ばしてくれてどれだけの人の気が晴れたことか。あたしもその一人ですよ」
「うーむ。大したことをした覚えがないんだが」
むしろ、ハデスによって鍛えられた成果の一部を試しただけのような気がするケンカイ。
ベルバウムに来る前の、海賊退治が消化不良気味だったのも原因で、ストレスを発散しただけのような気もしていた。
そんな事のために潰されたのだから、波風組にとっては災難としかいいようがない。
「でも、気を付けてくださいよ。先生。
名を上げたい気の荒い連中が、先生を狙ってくるかもしれませんし」
「そんなに、オレの名前が広がっているのか?」
「そりゃ、もう」
妓女は笑った。
「波風の連中は、そりゃあ、遣り口が酷くて。姐さんたちの仕事はできるだけ世間を騒がせない様に仕切ることですから。
それに、ペルセウアの代官と堂々と結託して、入港管理にまで手を出していたんですよ。
元々代官になる連中なんて、金目当ての碌でもない奴と決まってますけど、今回の代官は度が酷すぎて大不評でした。
先生のお蔭で、代官もいなくなって、皆、大喜びしてます」」
「いや、あいつ、オレが目の前に現れたら、勝手に転んで頭を打っただけだが・・・」
「おや、そうなんですか。先生」
それが、塀の上から、波風の組長を抱えて10m以上を跳躍したことは黙っておく。
ちなみに、その時の衝撃で波風の組長は腰の骨を折っているのだが、そんなことはささいなことだとケンカイは思っていた。
「面倒なことにならなきゃいいがな」
「もう、なってますよ、先生」
妓女はケンカイの厚い胸板に顔を押し付けた。豊かな胸がケンカイの脇腹に当たり刺激する。
「でも、この店にいる間は安心ですよ。楽しんでくださいまし」
「そうさせてもらうか」
そして、ケンカイは再び妓女を抱く。
湖陵庵の夜は、そうやって更けていくのであった。
宴が終ってすぐに、レイランとゴンザは二人きりで部屋にいた。
別に色事をするわけでは無い。
彼らにとっては、波濤組の行く末より大事なことはないのだ。
「で、どうだい。先生の腕前の程は?」
「へい、あっしが見たところ、底が知れやせん。波風を潰したってのも頷けまさあ」
ゴンザは素直に思ったままを喋った。
ケンカイの普段の何気ない動きや、体つきだけで判断したのだが、それだけでも武芸を磨いていた彼には、ケンカイの秘めた力の想像がついた。
なにより、得体のしれない強さを感じさせる気配。
それが、ケンカイの魔力によるプレッシャーだとは理解しないまま、ゴンザはその恐ろしさを感じていた。ゴンザは武術を極めるべく修行をしていた過去を持つのだ。
「でも、タイマンなら、あんたが勝てるんじゃないの。人斬りゴンザ」
レイランはゴンザの横にある杖をちらりと見る。
常に彼が持ち運びしている仕込みの入った杖。
「不意をつけば、と言いたいでやすが、どうやっても勝てる気がしませんさあ。
ありゃ、化け物ですぜ」
「ゴンザの口からそんな台詞がでるとはねえ。世の中ってのは広いもんだ」
「へい、全くで。御山の頂人以外にあんな人間がいるたあ、あっしも驚いていやす。
でも、先生のお蔭で、あっしも安心して明日から地回りにいけやす。とりあえず、波風の息が掛かってる連中を早めになんとかしておきたいんで。
若衆も何人か残しておきやすが、姐さんもご用心を」
「この店に手を出すような無謀な奴はいないと思うけどねえ。
この都市で旦那衆を敵にしたい組なんざ、いるもんかい」
ここでいう旦那衆とは、ベルバウムの大商人たちの事だ。
湖陵庵は、そういう大商人たちを幾人も得意客にしていた。
彼らの金の力は偉大である。
「へい、でも、踊らされて貧乏籤を引くって連中てのも必ずいるんでさ。
用心に越したこたあ、ありませんや」
ゴンザは別に予言をしたわけでは無い。
だが、その貧乏籤を引かされた連中というのは、直ぐに現れたのだった。
その日の夜遅く、湖陵庵にこそこそと近づく二人組がいた。
「あ、兄貴、本当にやるのかよお」
「仕方ねえじゃねえか。前金はもらっちまったんだからよ」
それは、どう見ても街のチンピラだった。
どうあがいても、湖陵庵の客になれるような人物では無い。
「でも、おれ、湖陵庵に仕掛けるってのを先にきいてりゃ、ひきうけなかったよお
あそこにゃ、あの人斬りがいるじゃねえか」
「うるせえなあ。大した事するわけじゃねえんだ」
兄貴と言われた男は、懐に手をいれ、石の様な物を取り出す。
それは、妙な光沢をもった石だった。
「嫌がらせに、この石を放りこむだけだろ。窓に当てりゃいいだけだ。
大したことじゃねえよ」
「でも、兄貴、それだけで金くれたのは変じゃねえかな」
「け、手前みてえにビビってる軟弱野郎が多かったんだろうよ。
おりゃあ、それくらいでビビらないけどよ」
兄貴分は胸を張る。だが、脚が震えていた。
人斬りゴンザの名前は、それほど恐ろしいものなのだ。
「と、とにかく、さっさと放り込んで、逃げりゃいいんだ。ほら、行くぞ」
「あ、兄貴待って下せえ」
「御二方、オマチナサイ」
その時、彼らの後ろから妙なイントネーションの声が聞こえた。
「ひっ、だ、だれだ」
「うわああ」
慌てて振り向いた二人。いつの間にいたのか、頭の先から足元まですっぽりと覆うマントを身に着けた怪しい人影がそこにあった。
「先ホドノ石ハ、魔炎石デス。ウカツニ扱ウト、爆発シテ炎ヲ撒キ散ラシマス」
「な、なにを言ってやがる、この野郎。変な恰好しやがって、顔を見せやがれ」
狼狽しつつも、人影が小柄であること。声の響きは妙だが女の声であることに気づき、兄貴分は余裕を取り戻した。
それを見て、弟分も強気になる。
「け、変な格好しやがって、そんなのでビビるおれさま達じゃねえぞ」
そして、人影のマントに手を掛けて引き剥がした。
「面ぐらいみせやがれ、可愛けりゃあ後で可愛がって、や、る、ぜえ?」
そこにいたのは、美しい少女の姿であった。
ただし、その少女はどう見ても、木でできた木像に見えた。
それが、動き、喋っていた。
「え、ええ、化け物だああ」
「うわああああ」
二人はいきなり逃げ出す。元々緊張しっぱなしだったのだ。
脳の許容量を超える物を見て、あっさりとパニックになっていた。
「不審デス。捕獲シマス」
木像の少女は、逃げていく男たちに向けてゆっくりと握った手を向けた。
「造物主ガ改造シテクレタ、腕ノ威力ヲ試シマス」
そして、木造の少女、魔動人形型宿泊用魔法道具・海姫は、手を射出した。
文字通り、手首から先が飛び出し、逃げていく男たちを的確にとらえる。
掴まえるつもりだったのだが、威力が大きすぎたようだ。
兄貴分の男は、飛んできた拳に殴られて吹き飛び、湖陵庵の門に激突した。
「アラ?」
そして、兄貴分は炎に包まれる。懐の魔炎石が爆発したのだ。
「ソウイエバ、ソンナモノヲ持ッテマシタネ」
燃え始めた門を見て、海姫は首を傾げた。
「・・・ワタシハ、阻止シヨウト全力ヲ尽クシマシタガ、一歩オヨビマセンデシタ。
トイウコトニシテオキマス」
海姫は、捕まえることに成功した弟分を引き寄せると、そう宣言した。
「アナタモ、ソウ思イマスヨネ?」
首をがくがくと縦に降る弟分。
海姫はリオウの手により、いろいろと改造をされた結果、新たな戦闘能力と、何よりも大切な言い訳能力も身に着けていた。
つまり、自己判断で適切な行動をとるための能力を付加されていたのである。
テンションの高いリオウの気まぐれは、こんな所にも発揮されていたのであった。




