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漁師と海竜 海原を行く  作者: 赤五
第五章 交易都市ベルバウム
39/57

第1話 交易都市・ベルバウム 第三港区

改稿しました。

とんでもない間違いをしていたので、差し替えです・・・

なんで いつから三区と四区を間違えていたんだろうか



 ケンカイは、20歳くらいの年頃になっていた。

 迷宮都市・ユエンディーを出発してから、すぐにリオウの魔法によって、15歳の肉体から20歳の肉体へ変貌したのだ。

 きたるべき魔法帝国の宗主との戦いに備えて、もっと戦える体になっておいたほうがいいという地竜ハデスの意見に従った結果であった。

 もっとも、ケンカイにとっては、それ以外の理由の方が大きい。

 若すぎる人間という物は、遊べる場所も限られてしまうのである。

 そんなケンカイは、今、交易都市・ベルバウムに到着していた。

 ベルバウムは、ヒンディア帝国から更に西にある大国・ペルセウア王国に所属する港湾都市である。

 海上交通の要所にあるこの都市は、古くから交易の一大拠点として栄えていた。

 多くの大商家が本拠地をここに定め、西の大陸中を交易し、金を稼いでいるのだ。

 あまりにも商人の力が強いため、王国に所属しながらも自治権をもつこの都市は交易都市と呼ばれる商人の都市である。

 この都市には金と物、そして情報が集まる。その情報を求めてケンカイはここに来ていた。

 地竜ハデスとした約束、古より生きている魔法帝国の宗主・カリスを倒す為の情報を。

 別にケンカイにとっては、竜たちの仇敵としてのカリスには興味が無い。

 だが、そのカリスが海賊として活動しているのなら話は別である。

 海賊は殺す。

 それが、ケンカイの信条なのだ。

 既に報酬は前払いでハデスから貰っている。

 リオウの竜の角と様々な魔法道具だ。その竜の角の力によって、ケンカイは肉体年齢を変更することができたのである。

 なので、カリスを無視して故郷に帰るという選択はケンカイには無かった。

 だが、交易都市にたどり着くまでの西への旅を続けて2か月。

 その間にも、面倒事に巻き込まれたり、色々な騒ぎを起こしてはいたのだが、ケンカイにとっては些細な出来事でしかなかった。

 そして、カリスに関する情報を港々で集めながら航海をしていたのだが、現在の居場所に関する有効な情報を手に入れることは出来ていない。

 だが、カリスと思わしき海賊の噂は入手できた。

 裏の世界でも幻の海賊とされているようだった。神話の様に語り継がれる海賊。

 むしろ伝説の存在として実在を疑うような話も多かった。

 だが、カリスの部下と思わしき者達と遭遇した経験を持つケンカイにとっては、カリスは伝説上の人物ではない。

 ただ、倒すべき敵なのである。

 だが、現段階において、それは非常に難しかった。

 居場所が判らない。ある意味究極の問題である。

 それを解決するために訪れたのが、このベルバウムであったのだ。

 そして、そのために余計な騒ぎを起こし、巻き込まれてしまうのがケンカイなのである。


「ふーむ、それにしてもでかい港だな」

「ご主人さま、大きな船もたくさんですね。すごいなあ。噂には聞いていたけど」

「噂?」

「はい、大陸一の大都市、商人の都のベルバウムって、ものすごく有名なんですよ!

 ボクの暮らしていた町でも、いろんな噂が流れていました」

「ほう」

「すっごくにぎやかで、一攫千金の夢がかなう場所だけど、弱みをみせたら業つくな商人に骨の髄までしゃぶられるって」

「業突く張りな商人ねえ」


 ケンカイは、少し前に出会った女商人を思い出した。

 リネスも同じ商人を思い出したらしい。


「まあ、あの人は、その、自分に正直だったんじゃ・・・」

「無理やりいい方に考えなくてもいいぞ。まあ、もう会う事も無いさ」

「そうですよね」


 ケンカイは人の溢れる通りを眺めた。

 多くの通行人に多くの商売人。道に並ぶ露店。集まる人。

 交易所に行く人、出ていく人。

 船から降りたばかりらしい船乗りたちに、これから出航するらしい船乗りたち。

 活気のある酒場に、酔っ払い客狙いらしい娼婦たちも、日が高い内から姿を現している。

 もちろん、街に住む普通の人達も大勢いる。むしろ、人数的には一番多いだろう。

 日常的な会話と、非日常的な会話が飛び交い、喧噪はさらに増していく。

 なによりも。慌ただしく行き来していく人たち。

 そんな騒ぎが目の前の通りだけでは無く、同じような通りが都市の中に数十本あるのだ。

 この都市に、どれだけの人間が集まっているのか。

 想像するだけで目が回りそうになる。


「ここなら、いろいろいい情報話も聞けそうだな」

「でも、人が多いですね。はぐれちゃいそうです」

「そうか?」


 ケンカイはリネスの手を無造作に掴んだ。


「それじゃ、行くぞ。とりあえず情報のありそうな酒場がいいか」

「あ、あんまり怪しそうな所は、その、やめませんか」


 この都市に来る前に立ち寄ったいくつかの港で、連れていかれた怪しい酒場、危なかったり、いかがわしかったりした酒場のいくつかを思い出して、リネスは顔色を青くしたり赤くなったりした。

 特に、いかがわしい方の酒場は、まだ14歳のリネスには刺激が強すぎたのだ。


「そういう所の方が情報が手に入りやすいだろう」

「でも、せっかく大都市にきたんですから、綺麗でオシャレな店とか行きたいです」

「まあ、金はあるからな。どんな高級な店だろうが問題は無いが」


 ケンカイ達が迷宮都市で稼いだ金は莫大である。金使いが荒いケンカイでも、使い果たすのは当分先となるほどの財産を、海姫の雷号の中に蓄えていた。


「え、あんまり、高そうな所はもったいないですよ」


 でも、リネスの貧乏性は治らない。金を使うのに罪悪感すら感じるのがリネスだった。


「安くて、おいしくて、オシャレで綺麗な店を探しましょう。ご主人さま」

「それは、相当難しいだろう」

「でも、探すのが楽しいじゃないですか。ご主人さまと一緒に歩けるし」


 嬉しそうに握った手を、強く握り返すリネス。

 たまにはリネスに付き合うのもいいかと、ケンカイは考えた。

 どうせ、目当ての怪しい酒場は、夜にならないと開いていないことが多いのだ。

 昼間ぐらいは、自分の奴隷娘に付き合うのも悪くはないだろう。


「まあ、この都市にも着いたばかりだ。何があるのか見ながら探すのも、たまにはいいか」

「わーい。へへ、ユッキちゃんに後で自慢しよ」


 リネスは嬉しそうに笑う。


「あまり、ユッキを煽るなよ。後で反動がオレに来る」

「はい、あ、ご主人さま。あれ何でしょう。なんか、樽を背負った人がたくさんいますよ」

「飲み物を売っているのか?」


 それは、この都市名物の林檎酒売り達だったのだが、ケンカイ達は初めて見る売り方の商人たちだった。


「せっかくだ、一杯買ってみるか。結構いい匂いがしているしな」


 ケンカイは、一人の売り子に近づいた。まだ少年の面影の強い若い男だ。

 そして、それが、ケンカイ達がこの都市で遭遇した最初の厄介事の始まりだった。



「よお、2つくれ」


 ケンカイは、金貨を出して林檎酒売りの少年に渡した。


「え?」


 少年は戸惑う。金貨に対しておつりを払えるほど、手持ちがないのだ。まあ、当然である。

 普通、こういう場で流通するのは銅貨。よくても銀貨である。


「兄さん。細かいのない? それじゃ、おいらの樽まとめて買えてお釣りがいるんだけど」

「そうなのか」

「あ、ご主人さま。じゃあ、ボクが・・・あっ」


 払おうとしてリネスが、突き飛ばされた。

 割り込んできたのは、いかにもチンピラといった風情の男たちだ。

 リネスは、転ぶのを耐えたが、そのリネスの太股の奴隷環を見て、割り込んだ男たちは嗤った。


「け、奴隷風情が、俺様たちの邪魔をするんじゃねえよ」

「よう、バイス。稼いでいるようでなによりじゃねえか」


 男たちは、バイスと呼ばれた林檎酒売りの少年を取り囲んだ。


「おかげさまだけどね。何だよ。ショバ代は払っただろう。商売の邪魔だからどっか行けよ」

「おいおい、お前ら木っ端商人を守ってやってる俺たちに酷い言い方だな。

 まあ、俺さまは心が広いから気にしないが、親分は気にするぜ」

「・・・・・・」

「できればよお。自発的に俺様たちに感謝の証が欲しいんだけどなあ」

「俺たちも、暇じゃないんだ。

 組に納めてるショバ代だけじゃなあ」

「あんたら、新顔だろ。先代がいたら、道理が立たないって、沈められるぜ」


 少年は、男たちをにらみつける。

 だが、チンピラ達は、嘲笑った。


「ああ、だが今の親分は、俺様たちのマブダチだからよお。

 なーに、有り金全部なんていわないぜ。

 ちょっと、そこらの酒場で一杯飲めるだけの金でいいんだ。

 そしたら、俺たちがお前の商売仇を追い出してやってもいいんだぜ」

「ふざけんな。おいらたちは正々堂々商売してんだ。

 誰がそんなこと頼むかよ」

「ふーん、そうかい。なら好都合だ。

 じゃあ、金だけ寄越しな」

「おい」


 ケンカイが話しに割り込んだ。

 リネスを突き飛ばされて怒りが込み上げていた。

 それにしては、穏やかに話しかけたうちに入るだろう。

 ケンカイは、陸では出来るだけ大人しくしていると、自分の心の中で決めているのだ。

 問答無用で殺すのは海賊相手だけである。


「なんか知らんが、オレの用が先だ。客をないがしろにする気はないよな。坊主」

「あ、はい。兄さん、待たせてごめんなさい」


 素直に頭を下げる林檎酒売りの少年。

 それに対して、絡んできたチンピラ共の態度は険悪を通り過ぎ、暴虐だった。


「うるせえな、俺さま達を誰だとおもってやがんだ」


 チンピラどもの中で、リーダー格らしい男が、喚きたてた。

 普段から脅しをかけて威張らないと気が済まないタイプなのかもしれない。

 だが、相手を知らないという事は不幸なことである。


「ああ~~っ、この辺りを締める波風組のモンをなめてんじゃねえぞっ

 っっっぎゃああああ」


 そして、いきなり裏拳でケンカイを殴った。ケンカイは避けない。

 ただ、ハデスに叩き込まれた防御術を、発動していた。

 それは単純な防御術だ。魔力を流して、体の硬度を上げるというだけの術である。

 だが、ケンカイの魔力量でそれを行えば、鉄の塊を殴るのと変わらない。

 殴ったチンピラの手は、手首から折れた。


「リネスを突き飛ばした上に、殴ってくるか」


 ケンカイは平然としていた。表面上は。

 だが、その内心は激怒していた。

 それでも、最低限の理性は働いている。

 ケンカイの感情の揺れを察したリネスは、心配そうな表情と嬉しそうな表情を同時に浮かべる。

 そして、チンピラ達にとっての悪夢の時間が始まった。


「て、てめええ、覚えてやがれ・・・」

「ひいいい。痛いよおお 兄貴ぃぃ」

「お、俺の脚が、腕が、ひでええよおお」


 ケンカイは自重した。何しろ、全員を殺すどころか、再起不能の傷をつけることなく叩きのめしたのだ。

 まあ、どう見ても骨の2,3本は全員折れているのだが、ケンカイを相手にして、その程度で済んでいるのだ。それは、とても幸運なことである。


「俺達に手を出したってこたあ、組に逆らったってことだからなあ。

 へへへ、てめえ、明日の朝日を拝めると思うなよ。けっ」


 捨て台詞と共に逃げようとするチンピラのリーダー。

 だが、ケンカイはそれほど甘くは無かった。 

 チンピラが逃げ出すより早く、懐に入り込み喉を掴んで持ち上げる。


「そんな、面倒なことは真っ平だな」

「て、てめええ、ぐっ、うぇえ、放せ」

「に、兄さん。そいつら殺す気ですか。ちょっと、それはヤバイっすよ。

 そいつら、一応、この辺りの地回りの若衆なんで・・・」

「なにか問題があるのか?」

「いえ、もっと上のヤバイ連中がでてきたら、いくら兄さんでも・・・」

「ふむ」


 ケンカイは考えた。これは既に喧嘩である。

 喧嘩の基本は先手必勝。


「その、ヤバイ連中ってどこにいるんだ?」

「え、どうするんで?」

「先に、全員叩き潰す。ああ、心配するな。オレは陸の上では自重することにしているんだ。

 証拠も消せないしな。

 せいぜい、両手両足を折って、その辺りに転がしておくだけだ」

「ぐぅっ はあ、いきがるんじゃねえぞ。波風を潰す?

 おかしいのは頭だけにしろってんだ。俺たちにはなあ、この都市の代官様もついてんだぜ」

「ふむ」


 ケンカイは少し考えた。


「じゃあ、そいつも締めといた方がいいのか。そいつのところにも案内しろ、坊主。

 代金はさっきの金貨で足りるだろう?」

「に、兄さん? 何を言ってるんで? 冗談ですよ・・ね・・・」


 バイスと呼ばれた少年は、ケンカイの目を見た。

 どこからどうみても、本気の目だった。

 すがるように、リネスを見る。

 奴隷環をつけた儚げな(主に胸と尻が)少女は、悟ったような、そして、きらきらと茶色の瞳を輝かせていた。


「ご主人さまが、ボクのために怒ってくれている。うぅぅぅ」


 頬を真っ赤に染めて、くねくねと体をよじっているリネス奴隷娘を見て、バイスは悟った。

 どうやら、このマッチョな兄さんを止めてくれる人は誰もいないということを。


 そして、それはまぎれもない事実だったのである。

 そして、ケンカイの暴威は、バイス少年の想像をはるかに上回るものだったのだが、この段階ではさすがにバイス少年にはわからなかった。

 


 記憶が飛んだような不思議な感覚に支配されたバイスが見た次の光景は、波風組の事務所が平地に変わっていた光景だった。

 それはもう綺麗さっぱりと。

 そして、代官の居場所を尋ねられ我に返ったときは、すでにケンカイ達はいなくなっていた。

 そして。バイス少年が、代官の屋敷が襲撃され、代官が首都に搬送されたことを知るまで、それほどの時間はかからなかったのである。




 波風組が潰され、第三港区の代官がいなくなって数日後の事であった。

 ケンカイを訪ねてきた一人の男がいた。

 

「失礼しやす。挨拶させてくだせえ」

「あんた、誰だ?」

「へい、只の使いっ走りでして。名乗るほどのモンじゃありやせん」

「そうは見えないんだがな」


 あの後、ケンカイ達は普通に港の宿屋に宿泊していた。

 そこそこ高級な宿屋であるが、海姫の雷号の快適な船室に慣れてしまったケンカイ達にとっては、あまり居心地のいい所では無い。

 他の宿泊客が聞いたら、気が悪くなりそうな感想であるが。

 それでも、そこそこの金を取るだけあって、不審な人間などは簡単に近づけさせないだけのセキュリティはある宿屋だった。

 そんな宿屋の部屋に現れた男。

 一見すると小太りした平凡な小柄な男なのだが、漂わせている雰囲気は堅気の物では無い。脚が悪いようでもないのに、杖をついて歩いている。


「ご主人さま、お客様ですか? ちょっと、ユッキちゃん、前はだけてる」

「ケンカイ、あたい、そろそろお腹すいた」


 ユッキと一緒に風呂に入っていたリネスが、来訪者の気配を感じて慌てて風呂から上がってくる。急いで身支度を整えてきたせいか、濡れた髪が首筋に張り付いて妙な色気が少しだけあった。

 そのリネスの後について出てきたユッキは、バスローブのような簡易な服を羽織っただけである。雑に紐を結んだせいか、胸元が大きく開いて、リネスのものと比べると遥かに豊満な胸の谷間が見えていた。こちらは完全な色気がある。

 ちなみにユッキは、その程度は気にしない。普段、人魚の姿で海に潜るときは、もっと胸元があわらになるような胸当てしかつけていないのだ。

 だが、海の中と宿屋の中では、与える印象は異なり、本人の自覚がないまま艶っぽい姿は充分に悩ましい物である。


「おや、これはお嬢さん方もいらっしゃったとは、こりゃ、ちと参りやしたな」

「何がだ?」

「いえ、あっしは、姐さんの使いで伺ったんで。姐さんが是非、ケンカイ先生に挨拶してお礼を言いたいと、言ってますんで」

「その姐さんとやらが誰か知らんが、礼を言われるようなことをした覚えがないんだが」

「またまた、ご冗談を。先生が波風組を潰したことは、既に知れ渡っておりやす。

 申し遅れやした。あっしは、波濤組の若頭をさせてもらっとります、ゴンザというつまらねえ男で。姐さんは、このたび、この第三港区の面倒をみることになりやしたうちの組長でさあ」

「やっぱり、地回り者か」


 男の堅気では無い雰囲気から、そんな気がしていたケンカイ。


「へい、世間様に顔向けできるようなモンじゃありやせんが、恩にはきちんと報うのが、あっしらの渡世でして。

 あの波風を潰していただいたおかげで、無事、うちの組が復活することができやした。

 そのお礼を是非したいと、姐さんがおっしゃるんで。

 ここは是非、先生に足を運んでいただきたく、お願いにあがりやした」


 そういって、深々と頭をさげるゴンザ。

 

「礼、ねえ」


 たしかに、そういう世界に生きる人間は、そのような物を大事にする連中も多い。

 その反面、建前だけは同じ題目を上げる腐った連中も多いのだが。

 むしろ、腐った連中の方がほとんどだろうとケンカイは思っている。

 さて、こいつのいう姐さんとやらは、どっちだろうか。

 この都市にきた目的を果たすためには、いずれ裏の世界の連中と接触しないといけないのだ。

 なら、いい機会がきたということだな。

 そう思うことにしたケンカイ。今日まで碌な成果が無かったのも、その思いを後押しする。


「まあ、いいか。案内しな。飯ぐらいでるんだろう?」

「あたい、お腹すいた。ご飯でるなら一緒に行く。いいよね?」

「ちょっと、ユッキちゃん。ボクたちは留守番していようよ」


 食欲に忠実なユッキと、一般人の感覚からして裏の世界の人間と接触することをためらうリネス。

 リネスも、既に一般人とは言えないだけの能力を持ち、それ相応の経験を積んでいるのだが。


「へい、わかりやした。あっしから姐さんにはきちんと言っておきやすので、ご安心くだせえ。

 夕方頃、若い衆を案内によこしやすので、ご足労お願いしやす」


 そしてゴンザは去って行った。杖を突いているが歩く速さは人並み以上である。

 そして、その動きは見事なほど重心が安定した足運びだった。


「何が使い走りだ。油断したら首を落とされそうだ」


 ケンカイは、ゴンザが持っていた杖が、剣を仕込んだものであることに気付いていた。

 しかも、会話の中でこちらの実力を探るように、ケンカイの動きを観察していたことも。


「えと、ご主人さま。どうしましょうか。ボク達お留守番していた方が」

「いや、一緒にくればいいだろう。今日はご馳走してくれるはずだ」

「ご馳走! あたい行く。リネスも一緒だよね、ね?」

「えー、ああ、・・・はい」


 リネスは抵抗を諦めた。ユッキのお願いには弱いのだ。幼い姿をしていた頃を知っているせいかもしれないが、つい甘やかしてしまう。

 今では、ユッキの方が体形のせいで年上に見えてしまうのだが。



”なんじゃと、そんな危険な所にユッキを連れていくつもりか”


 そして、反対してきたのはリオウだった。同じ海竜であるマリアと自分の娘であることがわかってから、リオウはユッキに対し過保護である。

 それは、もう、ユッキが反発してしまうほどに。


”ユッキがそんな連中に何かされるほど弱いわけないだろう”


 それはケンカイだけがそう思っているわけでは無い。客観的な事実だ。

 ユッキは元々強かったが、ユエンディーでの年齢的な成長により、さらに強さを増していた。人魚だからといって陸が苦手というわけでは無い。難のあった持久力が向上している今、ユッキを倒そうとすると、ケンカイでも本気を出す必要があるだろう。


”それとこれは、話が別じゃ。何かあったらどうするのじゃ。心配じゃから、ワシも行く”

”いや、爺さんは、大角丸の改修に忙しいって言ってなかったか?”


 リオウは、今、大角丸の大改造を行っていた。もともと、希少性から目立つことを避けるために海姫の雷号はおおっぴらに使用できる船ではなかったのだが、さらに目立つことを避けたい理由が発生していたのだ。

 それは先ほどの話にもでてきた女商人も絡んでくる話なのであるが。


 ベルバウム到着前に、一度改造しているため、今の大角丸は3頭引きで中型の帆船ほどの大きさになっている。

 獣引船としては、珍しいほど大型のものだ。

 だが、内装や武装が不足していると言って、ベルバウムの港に着いてからリオウは、分体を出す手間すら惜しんで改造を行っていた。


”大体、ユッキがオヌシと同じ部屋の風呂を使うのがおかしいのじゃ。そんな船は欠陥品。

 ユッキに万が一が起こらぬよう、ワシが改造する”


 と、リオウは言い張った。そこまで、オレを信用できないのかと、ケンカイが言うと、


”男の下半身を信用するほど、ワシはバカでは無い”


 という返事が返ってきた。

 親バカに付ける薬は無い。


 そして、暫くしてリオウが現れた。普段使用している青い猫の分体だが、明らかに体に飾られた魔法石の数が増えている。

 あまりにも多いので、飾り立てられた装飾用のネコの剥製のようにすら見える。


「爺さん、悪趣味じゃないか?」

「せっかく、ワシの魔力許容量も上がったのじゃ。限界まで分体を強化しただけじゃ」

「撫でても、気持ちよくない。嫌い」

「ちょっと、ユッキちゃん。リオウさんは、ユッキちゃんのためにこうしたんだよ。いくら本当の事でも言っちゃだめだよ」

「リネス、それフォローしてないぞ」

「え、あああ、リオウさん、ごめんなさい。つい本音が」

「・・・リネスも、だんだんこの男に染まっておるのう」


 そんな会話をしている内に、夕方となり、ゴンザの言った若衆が案内をするために宿に来た。

 一瞬、派手な猫を見て動揺するが、物腰や態度は丁寧というか、明らかにケンカイに怯えて萎縮していた。今、この都市で流れている噂からすれば無理もないだろう。

 それでも垣間見える敬意から、この若衆もケンカイに感謝していることが判る。

 そんな若衆に連れられて行った先は、ある意味意外、そしてある意味納得のできる場所であったのだった。


 第三港区の歓楽街の少し外れ。ここには、格式の高い高級店が立ち並ぶ。

 そのうちの一つに、ケンカイ達は案内された。


「こいつは妓楼か・・・」


 簡単に言うと高級娼館となるが、建物の雰囲気や作りからして、金さえ出せば何とかなる類の店では無いことがわかる。馴染みになるのに必要なのは、金に時間とコネ。

 女を買うというより、芸や料理を楽しみ、そのついでに疑似恋愛を楽しむような場所。

 旅暮らしのケンカイにとっては縁のない場所である。

 ケンカイがよく行くのは、高級でも金さえだせばどうにでもなるような店だ。同じ場所に長期間居つくことのない旅人としては、それが限界である。

 ユエンディーにいた時は、長期間の滞在ではあったのだが、その時の外見年齢は15歳。

 若すぎるためにこういう類の店に出入りできる年齢ではない。


「へい、うちの組がというより、姐さんがやっている店になります。

 ゴンザの兄貴も中でまってますので、どうぞ、お入り下せえ」

「ご主人さま、ここってなんですか? 高そうな料亭ですか」

「いい匂いがする。お腹すいたの」


 外観だと、娼館と言うより風流で雅な料理屋に見えるのは間違いない。

 

「まあ、そんなもんだ。料理ぐらいでるだろう」


 出るのが料理だけでは無いことは黙っておくケンカイ。

 

”まあ、こういう店なら安心じゃの”

”爺さん、知っているのか”

”この類の店は、昔からあるものじゃ。オヌシがよくいくような店と比べたら遥かに安心じゃ。ユッキに手を出そうとする男もおらぬじゃろう”

”親バカもいい加減にしないと、ユッキに嫌われるぞ”

”ユッキがワシを嫌うはずなどないわい”

”どこからそういう自信がでるんだ”


 店の入り口は、しっかりとした造りで派手はものではなかった。

 しかし、上質の木でつくられた黒光りする扉には、二人の男が控えており、案内役の男を見ると、黙って扉を開けた。

 軋む音一つ無く扉が滑らかに開く。

 その先の道の両端には綺麗に手入れされた生垣が並び、時折飾られた花が彩りを追加している。


「わあ、すごく綺麗なところですね。ご主人さま」


 リネスは見事な風景に感動していた。そして見とれているリネスを置いてけぼりにして先に進もうとするユッキ。

 どうやら食欲が刺激されているらしい。案内役の若い衆を追い越そうとしたので、あわててケンカイは、ユッキの腕を掴んだ。。


「こらこら、勝手に行くな」

「むー、ケンカイ、掴み方が酷いの」


 ユッキがケンカイの腕を振りほどく。そして、ケンカイの左腕に自分の右腕を絡めた。


「こっちの方がいい。さあ、いこ。お腹すいた」

「ちょっと、ユッキちゃん、何やってるの」


 追いついてきたリネスが文句を言うが、ユッキは気にしない。


「ケンカイに、あたいの掴み方を教えてるの。前に街中でこうやって歩いてる人、いた」

「いや、それは、その、親しい男女がするもので・・・」

「あたい、ケンカイと仲いい。問題ないの」

「そういう問題じゃないってば」

「リネスも掴めばいい」

「え?」

「リネスもケンカイと仲いいの。問題ないの」

「いや、ボクは、その、そんなの、恥ずかしいし・・・」


 ちらりとケンカイを見るリネス。

 ケンカイは、猫のリオウと睨みあっていた。


”こりゃ、ケンカイ。ユッキとべたべたするでない”

”知るか。ユッキから絡んできたんだ。爺さんこそ、親バカの度が過ぎるぞ”


 猫のリオウの身体の魔法石が妖しく光始める。

 

”言ってわからぬようなら、実力行使しかないのう”

”馬鹿か、爺さん。こんなところで血迷うな”


 ケンカイは、慌ててユッキと絡めている腕を解いた。

 ユッキは不満そうな顔になる。リネスは残念そうだ。

 リオウの体から妖しい光が消えた。

 ケンカイは素早く猫のリオウの首筋を掴んでぶら下げる。

 

”爺さん、そんなに心配なら、自分がユッキに抱き着いてろ”


 そして、ユッキの肩の上にリオウを乗せた。

 

「重い。硬い。うざい」


 特に体中にちりばめられた魔法石が、ふわふわの毛皮の感触を台無しにしいているのだ。

 ユッキは容赦がなかった。自分の肩の上からリオウをはたき落とす。

 リオウは綺麗に地面に着地するが、その顔は寂しそうだった。

 そして、急にじゃれ合いを始めたケンカイ達に戸惑う若衆は、恐る恐る声をかけた。


「あ、あの、お客人? そろそろ案内させてもらってもようござんすか」



 店の扉を若衆が開ける。

 店の中に入ったケンカイ達を迎えたのは、大勢の妓女だった。


「「いらっしゃいませ」」


 艶やかな雰囲気が満ちている。

 街角の娼婦や娼館の女のように、男を誘うための肌を露出したきわどい恰好をしている女は一人もいない。

 きっちりとしたドレスを着こんでいるが、ところどころは体のラインを想像させるように薄い布で仕上げられていて、それが色気を醸し出している。

 

「ご、ご主人さま。ここ、料理屋じゃないんですか」

「言っただろう。料理も(・・・)出るってな」

「ケンカイ、視線がいやらしい。めっ」


 最近、ユッキはこういう場面に反応するようになっていた。

 昔は、無関心だったのだが、これも体が成長した結果なのかもしれない。

 そして、妓女たちをかき分ける様に、後ろから一人の女が前に出てくる。

 妓女達と比べると年増の30歳を超えたくらいに見える女だった。

 ケンカイに言わせると、とんでもなく色っぽい女になるだろう。

 目元の黒子と、濡れたような瞳が合わさり、滴るような色気を発している。

 だが、女の発する雰囲気は妖艶さより貫録の方が勝っていた。

 

「先生、よくぞ、いらしてくれましたわ。

 私、この店の主をしております、波濤組のレイランと申します。

 お見知りおきを」


 そして、胸の谷間を見せつけるように深々とお辞儀をする。

 ケンカイの視線が思わず、そこに誘導されて、それに気付いたユッキがケンカイをつねった。


「今日は、精一杯おもてなしいたしますわ。どうぞ、おあがりくださいませ」

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