番外編 バトア王国婿取物語
ミトア姫のお話と見せかけた、中年魔法使いのお話です。
さりげなく伏線に入れていたリンダ関係の話もあります。
賛否が別れるかもしれませんが、この話の流れは私が予定していた通りです。
数少ない決定していたプロットの内の一つですね。
それでは、
番外編はじまります。
「陛下、お話があります」
「うむ、我に宮廷筆頭魔法使いのそなたを拒む理由は無い。
だが、公務の時間が終るのを待つとは、そなたの私的な理由による話に違いないな?」
「は、それがしの個人的な理由ゆえ、今まで話すのを待っておりました」
バトア王国国王・ギトアは、興味深そうな表情になって、王城宮廷魔法使い筆頭のベッグ・ロール・ローラを見た。
ギトアは既に50歳を超えているが、精力的な姿には老いというものを感じさせない雰囲気がある。
それにたいして、ベッグは30台半ばでありながら疲れ悩んでいる雰囲気を全身から醸し出していた。
「実は、姫様、いやミトア様の事ですが・・・」
「ふむふむ、遠慮なく話せ」
「どうか、お諫めいただけないでしょうか」
その言葉を聞いた瞬間、ギトアの表情が変わった。ガッカリしたのと失望したのと、こやつは何を言っておるのだと言いたげな、不満が一杯となった表情に。
「ふむ、そうすると、そなたは何か?
ミトアに不満があるというのか?」
「いや、不満などと、大それたことを言うつもりなどございませぬ。だが、それがしでは、姫様とあまりにも不釣り合いではないかと、そう思う次第でございます」
「ほほう、不釣り合い、とのう」
ギトアはゆっくりと、喋った。
「それは面白いことを言うのう。ベッグよ」
そして、ベッグを指さす。
「そなたは何者だ。ベッグ」
「それがしは只の魔法使いでございます」
「只の魔法使い、か。その上に、ロール・ローラ家の現暫定当主、王国最強の魔法使い、姫の守護者、と、いろいろ肩書がつくよのう」
「いえ、それは・・・」
「まさか、ロール・ローラの血筋が、大したものでは無いと言う訳ではなかろう」
「・・・」
「しかも、当主の座を譲ることも確定しておる。そうなれば、そなたの立場は自由だ。
高貴な血を引き、実力もあり、かつ他の権力から一歩引いた立場になる。
そなた、自分がどれほど、ミトアの婿として相応しいか、判っておるだろう」
「いや、それは、それがしも既に30の半ばを超えておりまする。姫様は芳紀16歳。
いくらなんでも、年齢が釣り合いませぬ」
「我がミトアの母を娶ったのは、あれが14の時で、我が36の時だった。大差ない。
そもそも、王家となればもっと歳の離れた相手と番う事になるのも珍しくは無いのだ」
王はベッグをじっと見た。
「我が娘は、変わった。真理の瞳に振り回されることも無く、安定した精神を保てておる。
あの男が欲をださぬ以上、次は女王がこの国に君臨することになろう」
「そのようなことを迂闊に言っては・・・」
「すでに、皆も勘付いておろうことだ。
となると、問題は王配だ」(※王配 女王の配偶者のこと。あくまで女王の婿であって、王ではない)
ギトアは、父親の顔になる。
「なら、ミトアの好きな相手をあてがいたいと思うのは、親として当然の事。
それば、王として見ても相応し相手なら、何の文句があろうか。
失望したぞ、ベッグ。
てっきり、ミトアの婿になると言ってくると思っておったのに」
「陛下、それがしは、姫様に相応しい人間ではないのです」
「たわけ、大事なのは、ミトアの気持ちじゃ。そなたの気持ちなどどうでもよいわ」
平然と暴論を言うギトア。さすがのベッグも絶句した。
「かといって、王命をもってそなたに命じることはない。
我が娘の誘惑に耐えきれるつもりなら、やってみることだな」
我に泣きついてくるところを見ると、そろそろ耐えれぬのだろう、と王は笑った。
王の笑いの中にある真意を、ベッグは正確に見抜き、そして、王の観察眼の鋭さに脱帽したのだった。
現在、バトア王国は、あるスキャンダルに揺れている。
王国を揺るがす騒乱が起きてから1年と少しの間、王城を中心としてそのスキャンダル、もしくは醜聞、もしくは恋話は続いていた。
すなわち、第一王女ミトア姫の恋話。
相手はロール・ローラ家の現当主にて中年魔法使いのベッグ。
見掛けからすると、不釣り合いにも見えるこのカップル。
だが、以外にも各方面からの受けは良いのであった。
当人であるベッグを除いては。
「あら、兄様。またいらしたの?」
ベッグは、自分を迎える妹の声を聞いて、手に持った荷物を僅かに振った。
「今の我に、心休まる空間はここしかないのだ。ゆえに、ちゃんとお土産を持ってきておる」
「お土産と言っても、また、玩具でしょ。そろそろ部屋が一杯になるわ」
「なら、もっと広い所に越せばよかろう。それぐらいの金に不自由はあるまい」
「当主の年金がこんなに多いとは知らなかったわ。兄様が、魔法に明け暮れていれたわけね」
リンダは、一年前よりふくよかになっていた。
かといって、醜く太っているわけでは無い。ただ、体のラインが優しさを思わせる程度に丸みを帯びているのだ。
それは、以前の刀剣さながらのような雰囲気の頃とは別の美しさと色気をリンダに与えていた。
「それで、あの子は、今寝たばかりだけど。起こさないなら、見てもいいわ」
「ああ、それで十分だ。今、それがしの慰めは、あの子しかおらぬ」
「まだ、3か月なのに、このまえ掴まり立ちをしたわ。さすが、あの人の子ね」
リンダは、子供部屋にベッグを案内する。
その中には、一人の赤ん坊が寝ていた。
ケンデル・ロール・ローラ。
リンダの私生児にて、ケンカイの置き土産。
黒い髪の赤ん坊は、ベッグが入ってきたのに気付かず、すやすやと寝ていたのだった。
ベッグは子供部屋に入ると、ケンデルのベッドの傍に腰かけた。
ケンデルは、黒い髪、黒い瞳を持つが、顔の造りはリンダによく似ていた。
それはすなわち、ベッグにも似ているということである。
もぞもぞと動くケンデルを見ていると、なんとなく心が落ち着くのを感じる。
つい、柔らかい頬を突いてみると、ケンデルはベッグの指を掴んできた。
赤ん坊らしく体温の高い手が、ベッグの指を握りしめる。
赤ん坊の握力は意外と強いのだが、ケンデルの握力の強さはそれどころでは無く強く、武術家としての修練も積んでいるベッグにとっても、将来が楽しみだと感じさせた。
「うむ、力強い。握力の強さは武術家としての財産。立つようになれば、それがしが、ロール・ローラの武術の基礎を教えてやらねば。いや、それとも魔法使いの技を教える方が良いだろうか。
この子なら、どちらもいけそうであるな」
「まだ早いわよ」
リンダは笑いながら、ベッグをたしなめる。
「散々反対してたくせに、産まれたらころりと態度を変えるなんて、兄様も案外、子供好きなのかしら」
「お主が、この子を産むのに賛成した者の方が少なかろう」
ロール・ローラの当主であったリンダが私生児を産むことになったのだ。
周囲の反対は大きかった。
だが、リンダは自分の意思を曲げずに、子供を産むことを選択したのだ。
その結果、ロール・ローラ家の当主の座は失うことになったのだが、所詮暫定だと判っていた座である。リンダに後悔は無かった。
レオン爺が育てている次期当主候補は、まだ年齢的に当主の座を継ぐのは無理だと判断されていた。
ベッグが暫定当主として、当主の責任を負う事を決断しなければ、リンダは当主の座を降りることもできなかっただろう。
もっとも、周囲の反対を黙らせたのは、ミトア姫の言葉だった。
「リンダの子供、いずれこの国を救うような英雄になるよ。わたしには判るもの」
真理の瞳の力を持つミトア姫の言葉の重さは、ロール・ローラ家の反対派を黙らせるのに十分であった。
そして、実際にケンデルが産まれ、赤ん坊でありながらも並外れた体力の片鱗や魔力の多さが確認されていくにつれ、ケンデルを溺愛する人間も増えて行った。
リンダの兄であるベッグがその筆頭であるが、次席はロール・ローラ家の家令であるレオン爺である。
ミトア姫は最初から、ケンデルの味方であり、保護者の一人でもあった。
そのせいで、リンダは益々ミトア姫への敬意を増していた。
元々そうであったのだが。
「昨日、姫さまがいらっしゃったわ」
「そ、そうか」
「私も早く体力を取り戻して、姫さまの護衛を出来るようにならないとね」
「それは、よい心がけである」
「姫さまの結婚式までには間に合うと思うけど」
「・・・・・」
「ねえ、兄様。姫さまが、ここに来たとき、何て言ってたかご存知かしら」
「いや、知らぬが・・・」
「女の子を産んで、ケンデルのお嫁さんにしたいって言ってたわよ」
「それは、その、気の早い話であるが」
「従妹同士でも結婚できるわよね?」
「あまり、血の近い者同士には問題があるという古の学者の説が・・・」
「私と兄様、母親は違うから、そんなに血は近くないわよ」
「・・・・・」
「ねえ、兄様」
リンダは、ぐっとベッグの服を掴んで引き寄せた。
耳元で囁く。
「いつまで、姫さまの求婚を無視するつもりかしら。
姫さまのどこが気に入らないの?いえ、気に入らない所なんてないわよね?」
ということで、リンダもベッグを追い詰める者の一人となっていた。
ベッグの憩いの場所が、また一つ消えたのだった。
ベッグはリンダの家を出て、自分の家に帰宅した。
それほど広い屋敷ではない。使用人も最低限しか雇っていない家だ。
ロール・ローラの暫定当主に返り咲くまでは、もっと小さな家に住んでいたのだが、今の立場ではそうはいかなかった。
帰ったベッグを迎えるのは、数人の召使いと、大量の書類。
ロール・ローラ家の暫定当主として、処理せねばならない書類の山である。
手早く書類を整理し、内容に目を通してサインをしていく。
もともと手馴れた仕事だった。
魔法使いとして修行を積んだ今では、昔の数倍の速さで書類を片付けていく事が可能だ。
もっとも、こんなことをするために修行を積んだのではないのであるが、とベッグは内心で溜息をつく。
一通りの書類を処理した後、休憩をいれようとして卓上に置いていた鏡に目が向いた。
そこに映っているのは、くたびれた顔をした中年の男。
若い頃には、そこそこ顔だちも整っていたという自負があるが、魔法使いとしての修行を積むにつれ、そのようなことは気にしなくなっていた。
まだまだ肉体は、若い頃の修練の名残のおかげで、引き締まった状態を保っている。
しかし、そのせいで痩せて貧相な印象を与えてしまう事も自覚している。
男としての魅力などどこにあるというのだろうか、とベッグは思う。
それに対して、ミトア姫は魅力的な少女だ。
16歳になった今では、体つきも大人の女を思わせるような柔らかなものになっている。
そして、真理の瞳の力を使いこなし、明るく気立てのいい少女だ。
昔、西の塔に閉じ込められていたころからは想像もつかないほど、成長し、花開いた少女がミトア姫である。
そういえば、あのころは・・・
ベッグの回想は、扉を叩く音で中断された。
「どうした」
「旦那様。お客様がお見えです」
「こんな時間にか。誰だ?」
「レトア様と名乗られておりますが、如何いたしましょうか?」
情報部の長にして、ギトア王の庶子。
レトアの来訪を、召使いは告げたのだった。
レトアは長身金髪のギトア王に良く似た風貌を持つ若い男である。
顔だちは、異母妹であるミトア姫ともよく似ている。
だが、整った顔立ちをした男は、明らかに憔悴していた。
「レトア殿。このような時間に、それがしの家に来られるとは。
一体、どのような用件ですかな?」
「・・・率直にお聞きしたい」
レトアは、地の底から響くような声を出した。
「なぜ、ミトア様の求婚をお受けにならないのですか」
お前もか、と叫びたくなったベッグ。
レトアだけは、超然としているためこの話題に関わらない男だと思っていたのだ。
「もしや、それは・・・」
レトアは真剣な目つきだった。
「レイドラが関わっておるのではないでしょうか?」
「は?」
レイドラは、レオン爺の孫の一人で、小柄でグラマーな美女である。
以前は情報部に所属していたが、今ではレオン爺の元に戻っている筈だった。
リンダの事を慕う娘である。
「いや、私も最近は国外の情報だけではなく、国内の情報も集めるようにしております。
そこで、ロール・ローラ家の情報も集めているのです」
「それが何か?」
「もちろん、それは、現在の情報のみならず、過去の情報もです。
そこで得た情報の一つが・・・」
レトアは探るような目つきで、ベッグを見つめる。
「レイドラが、ベッグ殿の後妻候補であったというものです」
ベッグは昔を思い出した。最初の妻を亡くした頃の記憶だ。
あの時は、子供がいなかったため、直ぐに後妻を娶らされそうになったのだった。
それこそ、多量の候補を並べられて。
「ああ、そういえば、あの時にレイドラも候補になっておったような。だが、それがしは再婚する気は無く、ゆえに全てお断りしましたぞ」
「ええ、そのようですね。何しろ、その時のレイドラはまだ10歳でしたから」
「そうでしたかな?」
確かに計算するとそのくらいの年齢になる。あの時は全部断っていたので気にしていなかったのだが、レオン爺はとんでもないことを仕掛けていたようだ。
「ええ、それで私は覚ったのです。なぜ、ベッグ殿がミトアの求婚を受けないのか。
レイドラがなぜ、交際相手を探そうとしないのか。
ベッグ殿、あなたはレイドラが成長するまで、待っていたのではありませんか。
そして、それゆえに、ミトアの求婚を受けないのではないのですかっ」
いつのまにか熱くなっているのか、ミトア姫の事を呼び捨てにするレトア。
「・・・もしかするとですが、レトア殿は、レイドラに懸想しておられるのですか?」
「わ、私の事はどうでもいい。重要なのは、あなたの事です。ベッグ殿」
後妻候補であったことも今まで忘れていたくらいだし、そもそもレイドラは、リンダに憧れ続けているのである。恋人を作らないのもそのせいである。
だが、問題は。と、ベッグは思った。
ここまで思い込んで熱くなっているレトアを、どう納得させればよいのだろうか。
ベッグの弁明は、その日の深夜まで続き、レトアが納得したころには、精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。
対照的に、生き生きとした表情を取り戻したレトアが去って行くのを見守ったベッグは、改めて思う。
恋心とは恐ろしい物だと。
王城・白露の城は、一年前の騒乱の時に大きく損傷したが、今では完全に元の威容を取り戻している。
その城の中をベッグは歩いていた。
ベッグは王城所属の筆頭宮廷魔法使いである。
つまり、毎日、王城へ出仕する必要があるのだ。
時間に几帳面なベッグは、毎日同じ時間に登城する。
そして、王下に所属する者専用の通用門を通って入城する。
そこには、いつものようにニコニコ顔のミトア姫が待っていた。
可愛らしい顔に、癖の無い長い金髪。最近、大きくなってきた胸がもたらす色気と可愛さが同居した美しい娘。
それがミトア姫だった。
「ベッグ、おはよー。今日もいつも通りだね」
「姫様。お早うございます」
「はい、今日の朝食。あっちに、お茶も準備できてるから」
ミトア姫はベッグの手を取り、通用門近くにある控室に入った。
ミトア姫は最近、毎朝、門でベッグを待っている。
しかも、手作りの朝食持参でだ。
ベッグの顔をみた瞬間の嬉しそうな顔。話す口調ににじみ出る弾む声。
そして、ベッグの挙動をさりげなく追ってしまう瞳。
それを見た誰もが思うだろう。
ああ、ミトア姫は恋をしている、と。
「それで、お父様ったらひどいんだよー。お前にはまだまだ礼儀作法が足りないって、ここのところずっと礼儀作法の教育ばかり。
もっと、実務の勉強をした方がいいと思うんだよね」
「いえ、外国の要人とも会う機会が、今後ますます増えるゆえ、礼儀作法は重要かと。姫様」
「そっか、ベッグが言うならもっと真面目に頑張る」
「それが良いかと」
「実務はベッグも手伝ってくれるしね。心配いらないよね」
「勿論でございます。姫様」
それから暫く会話が続き、仕事の始まる時間が迫ると、二人は席を立つ。
そして、今日もミトア姫は、ベッグの顔を見つめて尋ねるのだ。
「ねえ、ベッグ。いつになったら、わたしの事、ミトアって呼んでくれるの?」
それが、毎朝の光景。ミトア姫の求婚活動である。
何故、自分なのだろうとベッグは思う。
ベッグは魔法使いであることを、自ら選んだ人間だ。
そして、魔法使いの研究の一環として、幼くして西の塔に隔離されていたミトア姫に近づいた打算だけの人間なのだ。
しかも、自分には魔法使いの才能があった。その力は真理の瞳の研究を重ね、魔法の原理を、根源を、応用を、理解していくうちに徐々に強大な物となり、今ではバトア王国どころか近隣諸国を含めて最強の魔法使いとして認められるようになった。
ベッグは感じている。この先、自分は人間とは別の存在に変化するのではないかと。
魔法使いとは、自分の体内を魔法器官に調整することのできる人間だ。
魔法器官を調整して、魔力の流れを現象に変化させる。
普通なら、自分の肉体全てを魔法に適した魔法器官に調整などできるものではない。
だが、優れた魔法使いならば、それが出来る。
そして、その先。
拡張のしようが無くなった状態で、更に魔法の力を求めるならどうするか。
その究極の姿が、竜である。と、ベッグは考えていた。
魔法器官を付与した肉体への変貌。
その誘惑に、自分は耐えられるのだろうか、と。
そして、決断の日が訪れた。
西の塔へ来てください。それだけの短い手紙が、ミトア姫から届いたのである。
(舞台背景入れ替え)
(幕上げ、その前に口上を入れること)
「おお、姫よ。いずこにおわす。かような寂しき塔にて我を誘うとは。我は姫の守護者。
それ以外ではありませぬものを」
「ベッグ、幼き頃より私を見守り育み慈しんでくれた貴方。私はここにおります」
「おお、そこはあの忌まわしき部屋。姫を閉じ込めし悪夢の場所」
「そう、私はここにいた。暗い部屋の片隅で震える幼い私を、そっと抱きしめてくれたのは誰?。慰めてくれたのは誰?。笑い方を思い出させてくれたのは誰?」
「姫よ。姫よ。金色にて真理の瞳を持つ美しき人よ。
我がそうしたのは、我の目的のため。我は邪なもの。
自らの為に事を成すことしから知らぬ黒き魔法使い。
その者は、我でありながら、姫の思う幻。
優しき魔法使いなど、おりませぬ」
「でも、あなたは来てくれた。私の魔法使い。その思いに照らされた貴方。
心の中に、欠片でも私を愛する気持ちはもっていないの?
私を抱きしめる腕は無いの?
愛をささやく口は無いの?」
「おお、姫よ。我は魔法に生きる者。人の生を捨てる者。
そのような物は、もっておりませぬ」
「私にはあるわ。
あなたを愛する気持ち。
あなたを抱きしめるための腕。
あなたに愛をささやくための口。
そして、あなたの真意を見る真理の瞳。
恐れないで、ベッグ。あなたの心の扉を開いて。
そこにあるものを見て。
きっと、そこには私がいるの」
「我が心の扉、姫はその鍵をお持ちなのか。ああ、光が溢れる。
闇に生きる我が生に光が満ちる。
その光の中にあるのは、おお、姫。
これは姫なのか」
「そう、それは私。
あなたと共に歩む者。
さあ、私の名を呼んで」
「愛しき人よ、我が姫よ。今、我は呼ぶ。
そなたはミトア。
我が心の光にて伴侶。
共に歩むもの」
「そう、私はミトア。
あなたに支えられて歩むもの。
愛しき人よ。こっちにきて。私を見て。そして抱きしめて」
(観客の反応を見て、アドリブで愛の告白を続けること。
最高に盛り上がってから、3つ数えて、相手を抱きしめる。
そのタイミングで、幕を下ろすこと)
リンダは、イタチの持ってきた脚本を放り投げた。
「イタチ、本当にこんな三文芝居を公演すつるもりなの?」
「三文芝居とは、ひどいっすよ。姐さん。おれっちは、人気の劇作家にて劇団主ですぜ」
「だって、姫様に聞いた話と全く違うわよ。大体、あの兄様が気の利いた愛の台詞なんて言うわけないじゃない」
床に落ちたイタチの脚本を、赤ん坊が拾い上げた。わずか6か月で歩くようになったケンデルである。
「ああ、坊ちゃん。おれっちの脚本、返して下せえ。ちょっと、どこへ」
ケンデルは、ちょこちょこと歩く。さすがに、まだ安定していない歩き方だが、妙に早い動きだった。
そのケンデルの動きが止まった。目の前で扉が開いたのだ。
「にーに、にーに」
入ってきたのは、ベッグだった。ケンデルにぶつかりそうになり、あわてて抱え上げる。
ケンデルはベッグが大好きである。
嬉しそうに、手に持った脚本でベッグの頭をぺしぺし殴っている。
「こらこら、おいたは駄目だぞ。ケンデル。うむ、それにしても成長が早い子だな」
ベッグはケンデルの手から脚本を取り上げた。
「うん、これは何だ?」
「イタチの劇団で、今度上演する劇の脚本よ。私も出るの。姫様役で」
「なぜ、お前が出るのであるか」
「へへへ、おれっちの知り合いで一番の金髪美女といったら、姐さんなんで。出ると言っても、台詞は役者が裏でいいやすんで。姐さんは、突っ立ているだけでいいんでさ」
「なるほど、それならリンダでも出来そうではあるな。どれどれ・・・」
ベッグは脚本に目を通した。その顔が引きつった。
「火よ」
軽く指を振るだけで呼び出した業火が、脚本を焼き尽くす。
「ああああ、おれっちの脚本があああ」
イタチが慌てて火を消そうとするが、間に合うわけもない。
「イタチよ。なんだこれは。こんな内容の劇を上演するつもりであるのか」
「三日後の、旦那の結婚式当日に発表するっすよ。ああ、また書き起こさなきゃいけないじゃないっすか。
旦那、酷いっす」
「酷いのは劇の内容だ。ゆえに、燃やした。次は、自分が燃えてみるか?」
「ひぃぃ、姐さん、助けてくだせえ」
「兄様。了見の狭い事を言わないで。本当に西の塔で起きたことを演じられるよりましでしょう」
「いや、それは、その」
珍しく歯切れの悪いベッグ。
「あっさり、姫様の色仕掛けに負けて押し倒しましたって劇を上演されるより、マシだと思うわよ」
「な、なんで、それを知っているっ」
「姫様から聞いたもの」
リンダは平然と答えた。
「あと、色仕掛けのやり方を教えたのは、私だし」
「な、な、な・・・」
「でも、まさか、そんなにあっさり引っ掛かるなんて思わなかったわ。
あまりに早すぎて、体の回復が間に合わなかったから、結婚式で姫様の護衛はできないし」
「それは、その・・・」
「さあ、兄様。結婚式の準備の途中でしょう? 今さら延期は出来ないわよ。
だって、姫様のお腹が目立ってからじゃまずいものね」
「・・・・・・・」
ベッグは沈黙した。黙ってしまったベッグの顔を不思議そうにぺしぺしとケンデルが叩いている。
ベッグは、ケンデルをリンダに渡すと、そのまま黙って部屋を出ていった。
「まったく、思い切りが悪いのかいいのか、どちらにしても手間のかかる兄様だこと」
三日後、バトア王国第一王女ミトアと、ロール・ローラ家当主ベッグの結婚式が盛大に行われた。
ベッグは結婚と同時に、ロール・ローラ家の当主を後継に譲り、これからは王配として、やがて女王になるミトア姫を支えていく事に成る。
結婚式の時には、既にミトア姫の胎内にいた新たな命は、結婚式から半年後、無事に誕生した。
成長して王女となったその子は、ケンデルと一緒に冒険をすることになるのだが、それはまた別の物語である。




