第7話 地竜ハデス
「なるほどなるほど、いやあ、便利だね。これ、僕も欲しいなあ」
ハデスに案内された部屋は、恐ろしく殺風景なものだった。
椅子やテーブルすらない部屋に呆れたケンカイは、海姫の魔法道具としての機能は発動させた。
そして、自室が立派な部屋に早変わりしたのを見たハデスは、大して興味を示さなかった筈の海姫に感動していた。
「まさか、酒や茶が樽で用意しているだけとは・・・竜ってのはそんなに大雑把な生き物なのか?」
「それはこやつの性格じゃ。一緒にされるのは不本意じゃの」
既に正体を隠すことを諦めたリオウは、猫の分体で話を続けた。
「さてと、話をつづけるかの。それで、貴様、なぜここにいるのじゃ」
「さっきもいったじゃないか。ずっと棲んでいるって。
おお、ありがとう。お嬢ちゃん」
リネスがグラスに酒を注いで、ツマミと一緒にハデスに渡した。
「うん、これもおいしい。お嬢ちゃん、いいお嫁さんになれるね。いっそのこと、僕と一緒にここに住まないかい?」
「えーと、ボク、ご主人さまの方がいいです」
「リネスはやらんぞ」
「話を逸らすな、ハデス」
「それは残念。
ああ、そんなつもりはないよ。リオウくん。
キミ相手に隠し事なんて、する必要もないしね」
そして、ハデスは語り始めた。
とはいっても、心躍るような冒険譚があるわけではなかった。
要約すると簡単な話だった。
地面を掘って眠ろうとしたら、この地下迷宮に到達した。
せっかくなので、システムを乗っ取って自分の拠点にした後は、本体はずっと眠っている。
分体は眠る直前に作ってみたら、意外とうまくいって、こちらでは人間の思考が理解できるようになった。
なので、それ以来、本体を起こさないように注意しながら行動している、との事だった。
「眠る寸前に、人間の記憶が嫌になって、この分体に全部詰め込んだんだよ。
そうしたら、昔の自分そっくりの行動ができるようになってね。
まさか、こうなるとは、人生何が起きるかわからないものだよね」
「待て、そうなると、竜の本体には、貴様の記憶が無いのじゃな?」
「だと思うよ。確かめてないけどね」
ハデスは呑気に笑った。
「だって、確かめるには、本体を起こさなきゃいけないし、本当に竜としての本能しか残ってなかったら、何をしでかすか判らないからね」
「笑い事ではないぞい。貴様の本体が暴れ出したら、国の一つや二つはあっという間に亡びるのじゃぞ」
「うん、僕もそんな騒ぎは面倒だしね。これでも努力しているんだよ。
だから、この迷宮を支配させているんだ」
「もしや、本体の魔力を迷宮に使っておるのか?」
「正解。さすがリオウくん。理解が早い」
「どうりで、この迷宮だけが生き残っておるわけじゃ」
この迷宮都市に来て、最初に感じた疑問が解決したわい、とリオウ。
ハデスは、本体の竜の魔力を使ってこの迷宮を維持していた。古代魔法帝国が滅んだにも関わらず、この地下迷宮だけが稼働しているのには、そういう理由があったのだ。
「それで、いろいろ苦労してるのに、最近、やっかいなのが来はじめてね」
「それは、オレ達の事か?」
「違うよ」
ハデスは肩をすくめる。
「ああ、そのうちの一つはキミが原因といえば原因か。でもそっちはとりあえず片付けといたから」
それが、'姉達'が差し向けた怪物のことだとは、ケンカイには判らない。
「大昔からの因縁の方だね。リオウくん、魔法帝国の先兵とは遭ったよね?」
「リリスという女と、人狼の事じゃな」
「この前の連中か」
ケンカイは、首を斬り落としても生きていた女と、女の首を抱えて逃げて行った銀毛の人狼を思い浮かべた。
「女はともかく、人狼の方は厄介そうだったな」
「でも、あれより厄介な奴がいるんだよ。全く、最初に取り逃がしたのが失敗だったよね」
「本当に、あの男が生きているのか? あれは、化け物じみていたが人間じゃぞ」
「本人かどうかは知らないけどね。でも、あの組織の中じゃ、本人という事になっているようだよ」
「詳しいのじゃな」
「調べたからね」
ハデスは、ぞっとするような雰囲気を一瞬ただよわせた。
「それは、相手が気の毒じゃったな」
「でも、厄介なんだよね。あいつ、僕のいけない場所にいるから」
人型のハデスは分体であるため、本体から遠く離れることは出来ない。
「貴様、その体だと何処まで移動できるのじゃ?」
「そうだねえ、東は魔の海。西は大陸の半分までかな」
「ということは、あの男は、その範囲にはおらぬのか」
「そうみたいなんだよね。意図的に僕から逃げている訳じゃないだろうけど」
まだ、僕がここにいることに気付いてるわけじゃないしね、とハデスは笑って言った。
そして、唐突にケンカイの方を向く。
「でね、ケンカイくん。キミ、ちょっと、あいつを殺してきてくれない?。
もちろんお礼はするよ」
「なんで、オレがそんなことをしないといけないんだ」
「えー、いいじゃない。リオウくんだって、狙われるんだよ。キミの相棒だろ」
「向こうがちょっかいを出してくるなら、叩き潰す。わざわざこっちから出向く理由がないし、面倒だ」
「でも、世の為人の為だよ」
ハデスは何気なく言った。それは、彼も驚くほど効果的な言葉だった。
「だって、そいつ、普段は海賊の真似事をして暴れているらしいよ」
「引き受けた」
「へ?」
ハデスは、まじまじとケンカイを見る。ケンカイは真剣な顔をしていた。
ケンカイ・テラスミ。ボルス島の漁師にて海熊の一族の男、そして大の海賊嫌い。
ハデスは、ケンカイがそういう人間だとは知らなかったのだ。
「今すぐというわけにはいかんだろうが、機会を見つけて殺ってやる。
そいつの事を詳しく話せ」
「え、えーと、僕としては嬉しいけど、なんで急に?」
「海のゴミは掃除しないとな」
ケンカイは嗤った。それは物騒な笑いだった。
「うーん、ご主人さま、相変わらずの海賊嫌いだね。
・・・ユッキちゃん、さっきからどうかしたの?」
どうやら竜らしいハデスと話しているケンカイを見ていたリネスは、ユッキの様子が普段と違う事が気になっていた。
ユッキは、さきほどから何事か考えているようだった。
眉間に皺をよせた顔は、普段の表情からは懸離れたものだった。
「さっきから、あんまり食べないし。お腹でも痛いのかな? 大丈夫?」
「・・・あたい、思い出した」
ユッキが俯いたまま呟いた。
「え、何を?」
「母様が言っていた事」
ユッキは、じっと猫のリオウを見た。
リオウは今までの取り繕った態度をやめて、猫の姿で普通に喋っていた。
「ユッキちゃんのお母さん?」
「そう。他の子達には内緒で、あたいにだけ話しかけてくれてた」
「なんて言ってたの?」
「あたいの父様の名前、知のリオウだって」
「えっ? えええええ~~~!!」
「ねえ、リネス」
リネスの驚きの声が響く中、真剣な表情のユッキが尋ねた。
「あたいって、猫の子供? どこか猫っぽいとこある?」」
「いやあ、今日のリオウくんは、僕を笑わせてくれるねえ」
「ワシのせいではないぞ」
ユッキの言葉を聞いて、笑い転げていたハデスが起き上がった。
「いや、キミ、自分の事、彼女に説明してなかったんでしょ。そりゃ、その姿だけしか見てなかったら猫の子供かもって、心配するよね。ぷぷっ」
「いい加減笑いやめんか、そもそもユッキは東海母竜マリアの分体じゃぞ。ワシの子供のわけがなかろう」
「情のマリアちゃん、ね。
彼女らしいじゃないか。そのことは、キミが一番知っていると思うけどね」
「じゃがのう、そういう嘘は・・・」
「嘘? いや、本当でしょ。
そういや、キミは人間との契約や使い魔の作製はよくやっていたけど、分体はあまり作って無かったよね」
「当たり前じゃ、そもそも分体というものは、リスクが高い上にコストも桁外れじゃしの。
大量の使い魔を作った方が役に立つというものじゃ」
「それは、魔法制御に長けていたキミだけだと思うけどね。
普通は複数の使い魔を使ってたら、発狂するよ。
まあ、いいや、分体っていろいろ造り方があるんだよ。
ゼロから作る方法、改造して作る方法。
そして・・・」
ハデスは、悪戯めいた笑みを浮かべた。
「自分で産んでしまう方法、もね。まあ、女の人にしかできないやり方だけどね。
キミだって、心当たりはいくつもあるでしょ」
「じゃ、じゃがのう」
「自分で産んで、精神支配も殆どやってないんじゃ、これって只の彼女の娘だね。
正真正銘の。
さて、そうなると父親は誰かなあ。僕は一人しか心当たりがないんだけどね」
「つまり、ユッキは爺さんの子供だったという訳か?
まあ、母親がそのなんとか母竜って奴なら、関係者というのも嘘じゃないが」
「い、いや、この場合は、そうであるというべきか、厳密には違うというべきか、魔法上のいろいろな問題や課題があってじゃな、そもそも、何を分体と定義するか、それが支配下に置かれている場合と独立している場合とで、古来より見解がわかれておってじゃな・・・」
「ああ、ぐだぐだ五月蝿いな」
ケンカイはユッキを抱き上げると、リオウの前に突き出した。
「要は、爺さんがこいつを自分の子供と認めるか、認めないか。
それだけの問題だろ?」
「極論だけど、今の状況だと、間違えじゃないね」
「そういうものなんですか? ハデスさん」
「リネスちゃんは、まだこの辺りの魔法を習得していないだろうから、わかりづらいかもしれないけど、分体ってのはややこしくてね。
たとえば、僕が女の人に子供を産ませた場合、僕の本体にとってその子供は何だろうね?
自分の子供になるのか、赤の他人と判断するのか、それともその子供も只の分体の材料だと利用するのか。
正直、正解はないんだよね」
ハデスは猫のリオウを指さす。
「ということで、大事なのはキミの気持ちと思い込みだけだよ。
さあ、キミはどう思いたいんだい。リオウくん」
結局、リオウはユッキを自分の娘と認めることにした。
それに対して、ユッキが
「あたい、猫じゃない」
と、ある意味正論で反論し、それに関する説明をすることに、リオウは多大な時間と労力を費やすことになったのだった。
「こういう時は、どう言えばいいんでしょうか? ご主人さま。
再会おめでとうございます?」
「さあな。オレも子供はいなかったからなあ。爺さんの気持ちの見当がつかん」
「あれ、ご主人さま、結婚はしてたんですよね」
「ああ、島で二人の女とな。子供はいなかった」
「そうだったんですか。・・・あの、亡くなられたんですよね?」
「・・・ああ、だからオレは海賊が嫌いだ」
「変なこと聞いて、ごめんなさい。
えっと、ボク、リオウさんやユッキちゃんに何ていえばいいんでしょう」
「何も言わずに、笑っておけばいいなじゃないか。
オレは、爺さんにニヤニヤ笑いをプレゼントするつもりだ」
ケンカイは意地の悪い笑みを浮かべる。
「まあ、あとは爺さんが目的の竜の角とやらを貰って、その魔法帝国の海賊ってやつを殺しに行くだけだな。
この迷宮で過ごすのも、これが最後か」
1年以上、生活をしたこの迷宮都市。さすがに、寂しい思いがこみ上げる。
「え、もう出発するつもり?」
ハデスが驚いたように言った。
「目的を果たしたんなら、当然だろう」
「いや、駄目だよ」
ハデスはきっぱりと言った。
「だって、今のキミじゃ勝てないもの。魔法帝国のカリスには」
リネスはその時、生まれて初めて殺気という物を肌で感じた。
「あ、何だって?」
ご主人さまが怒っている。それがひしひしと伝わってくる。
「だから、今のキミじゃ負けて死ぬよ?
うん、この僕が保証するね」
地竜ハデスは、平然と言った。ケンカイの怒気を全く気にしていない。
「海熊の一族。若頭筆頭。我は銛撃つ者 ケンカイ・テラスミ。
我が名を侮るか」
「いや、只の事実なんだけどなあ」
ハデスは、金色の髪をぼりぼりと掻いた。
「だって、キミ。今の僕より弱いし。なんなら証明してみようか?」
ケンカイはいきなり動いた。さすがに武器は使わない。
ただ、拳で殴りかかっただけだ。
だが、ケンカイの拳は凶器と変わらない。桁違いの握力で固めた拳は、岩をも砕くのだ。
「ほら、甘い」
ハデスは、そのケンカイの拳を掌で受け止めた。
「なんで、身体強化を使ってないのさ。
僕を舐めてるの?」
ハデスは、そのままケンカイの腕を極めた。
「だから、こうなるんだよ」
そして、腕を折った。
「!!」
「ほら、防御にも身体強化を使っていないし。
キミ、甘すぎるよ。せっかくそれだけの魔力を持っているんだからさ」
ケンカイは折られた痛みを無視して、蹴りを放つ。
ハデスは避けなかった。
だが、ハデスの頭を捉えた筈の蹴りは、鉄の塊を蹴りつけた感触をケンカイに伝える。
「今の僕でも、この程度の防御は出来るんだよね。
これが、身体強化を使った肉体防御。
僕ぐらい熟練すると、たいした魔力を使わないよ」
「てめえ・・・」
「ケンカイ、やめておくのじゃ」
ユッキと話していた筈のリオウが割り込む。
「こやつは、昔から碌な魔法も使えぬ男じゃったが、魔力を応用した身体強化技術に関しては、ずば抜けておった。
故に体のハデスと呼ばれておったのじゃ」
「碌な魔法を使えないって酷いなあ。さっき、僕の魔法に掛かっていたくせに。
まあ、昔から魔法使いらしくない魔法使いって言われていたけどね。
ああ、ケンカイくん。別に悔しがる必要はないよ。
なんたって、年期が違うからね」
折れた腕を抱えているケンカイに、ハデスが言った。
ケンカイの傍で、リネスがわたわたしている。治療用の道具を取り出そうと持ってきた荷物をひっくり返していた。
「あと、お嬢ちゃんも慌てない慌てない。
綺麗に折ったから、傷が変に悪化したりしないよ。
それに、その程度の怪我なんて直ぐに治るしね」
「え、ハデスさん、怪我を治せるんですか?」
「他人の怪我を治すなんて、聖人じゃないんだから無理だよ。
治すのはケンカイくん自身さ」
ハデスは、いまだに睨みつけてくるケンカイに向かって、屈託のない笑いを浮かべた。
「さあ、最初のレッスンだ。
身体強化による自己治癒のやり方を教えてあげよう。
キミも腕が折れたままじゃ困るだろう?」
「てめえ、ワザとか。ふざけんな」
「最初に殴りかかってきたのは、キミだろ。自業自得ってやつだね。
僕を殴りたくても、その腕じゃ無理だよね。
頑張って僕を殴るために、怪我を治そう。
あ、僕のことはハデス師匠って呼んでいいから」
「誰が呼ぶか」
ハデスは残念そうに溜息をついた。
「せっかく、久々に見つけた僕と似たタイプの子なんだから、素直に呼んでほしいけどなあ。
昔から師弟関係って憧れているんだよね」
「相変わらず、性格の悪いことをするのう。オヌシは。
ケンカイ、悪いことは言わぬ。
ハデスに身体強化のやり方を習っておくのじゃ。
確かに、ハデスは、ワシよりオヌシ向きのやり方を良く知っておる。
性格は歪んでるがのう」
「何度も言わないで欲しいなあ。傷つくじゃないか」
ハデスはケンカイに近寄ると、腕の折れた部分を無造作に掴む。
「っ!!」
激痛をなんとか堪えるケンカイ。
「はい、魔力を流してみて。ほら、早く。
ぐずぐずしてると、ずっと痛いのが続くよ」
わざと腕を揺らすハデス。ケンカイは激痛に耐えながら、身体強化の要領で魔力を腕に流した。
「よく、覚えておいてね。魔力の変化を」
そこにハデスが掴んだ腕から、自分の魔力をケンカイに流した。
そして、ケンカイの魔力を変化させる。
変化させた魔力は、そのままケンカイの腕を覆った。
「はい、お終い。
やっぱり、キミの魔力は凄いね。こんなにあっさり治るなんて」
ケンカイの腕の骨折は、完治していた。
さきほどまでの激痛も消えて、ケンカイが腕を振ってみても異常は感じない。
「え、あれだけで治るんですか。凄いです。ご主人さま」
「凄いのは僕だと思うんだけど。
お嬢ちゃんの大好きなご主人さまを治してあげたんだから、感謝のキスくらいしてくれてもいいんじゃない?
なんなら、もっとイイ事でも・・・おっと」
ケンカイの裏拳をハデスはあっさりと躱した。
「この治療のやり方って、結構疲れるはずなんだけど。
さすが、ケンカイくんは元気だねえ」
そして、今度はケンカイの両足を折った。
「っっっ!!」
「じゃあ、復習だ。さっきの魔力の変化を思い出して、やってみてね。
できなかったら、僕をお師匠様と呼んだら手伝ってあげる」
「だ、誰が呼ぶかっ」
「素直じゃないなあ。じゃあ、追加の宿題だ」
さらに、ケンカイの両手を折るハデス。
そして、猫のリオウを抱えた。
「さてと、リオウくんの目的のモノの見当もついているし。ちょっと取りにいってくるから、頑張ってね」
部屋の外に出ていくハデス。
海姫が結界を張っている筈なのだが、結界の影響を無視してあっさりと扉をあけて去って行った。
「くそ、あの性悪がっ」
「ご主人さま、大丈夫ですか。痛みます? ボクに出来る事ありますか?」
「さっき、あいつがやったやり方を試してみるか、
すまんが、水をくれ。
自分で取りにいけそうにない」
「はい」
リネスは、台所のある方に向かった。
慌ててコップに水を汲んで運ぶ。
「ご主人さま、持ってきました。えーと、自分では飲めないですよね」
両手両足を折られているケンカイ。
ケンカイが悔しそうな表情を浮かべている姿を、リネスは初めて見た。
「えーと、えーと、頭を上げてください」
リネスはケンカイの頭を自分の膝の上に乗せて、膝枕をする。
「はい、どうぞ。ご主人さま」
そして、コップの水を飲ませた。少しこぼれたが、うまく飲ませることができてほっとするリネス。
「他に何かすることありますか?」
「そうだな、そのままここにいてくれ」
「え、はい」
「リネス」
「なんでしょう。ご主人さま」
「もう少し肉をつけたほうがいいな。骨が当たって痛い」
「えー、でもボク、昔と比べたら大分太りましたよ」
「そういや、少しは胸も大きくなっていたな」
「ですよね。ボク、成長しています」
えへへ、と嬉しそうに笑うリネス。
しばらくその顔を見ていたケンカイは、ふっと溜息をついた。
「さて、気に食わんが、あいつがやったやり方を試すか。
さっさと、治して、今度こそぶん殴ってやる」
「頑張ってください。ご主人さま」
そして、ケンカイは先ほどの魔力の変化を思い出しながら、肉体治癒の練習を始めるのだった。
ハデスは部屋を出ると、リオウを放り投げた。
リオウは猫の体を操り、綺麗に床に着地する。
「危ないのう、何をするんじゃ」
「いや、ケンカイくん、凄いねえ」
そして床に崩れるように座り込んだ。
「ワザと蹴りを受けるんじゃなかったよ。首が折れるかと思った」
そして魔力を流して自己治癒を行う。
「なんじゃ、オヌシ、やせ我慢しておったのか」
「師匠として、みっともない、所は、見せれないしね。
それにしても、運動、音痴の、キミが、あんな子を、見つけるなんて、面白い、事だね」
「先に治癒を済ませんかい。聞き辛いのじゃ」
それから暫くして、ハデスは立ち上がった。
「ああ、酷い目にあった。この鬱憤は今後の特訓でお返しするかな」
「相変わらず性格の悪いことじゃの。
しかし、オヌシがそこまで入れ込むとは、アヤツはそれほどの器なのかのう?
魔力が凄いのは認めるのじゃが」
「魔法使いの素質が無い時点で、キミ視点から見ると落第だろうね。知のリオウ。
でも、僕から見たら宝の山に見えるよ。
あれだけ、筋肉を付けているのに骨を基準に動けているし。
しかも、相当頑丈な骨をしているね。
少々じゃ、自壊しそうもない。その上、あの魔力の量。
一体どうやったら、あんな人間が育つんだろう」
「本人は、魚を獲っていただけだと言うとるがのう」
「それこそ、まさか、だね。それって何かの隠語じゃないのかな」
「まあ、どうでもいいわい。それよりどこに向かっているのじゃ?」
歩きだしたハデスと並んで歩くリオウは、ハデスの向かう方向を見て首を傾げる。
行く先には巨大な壁があるだけだ。
「大した隠匿はしてないんだけどね。リオウくん、本当に弱っているねえ」
「魔法器官の殆どを失っておるからのう」
ハデスは壁に手を当てた。
「そういや、僕も本体に会うのは久しぶりだ」
そして、壁に流した魔力に応じて壁がわずかに光る。すると、壁の一部に扉が浮かび上がった。
「どれくらい放置してたかな。カビが生えてたりしたら嫌だよね」
「オヌシ、自分の体じゃろうが」
「だって、この僕と竜の本体は感覚遮断しているからねえ。そうでなきゃ、こうまで昔の僕みたいな行動をとれないよ」
「思い切ったことをしたものじゃな」
それは、竜の体を捨てるに等しいやり方だ。
「自分が自分で無くなっていく感覚ってのに、慣れないんだよ。リオウくん達とは違ってね。四竜唯一の肉体派な僕だからねえ」
扉を開き中に入るハデス。ついていくリオウ。
彼等が入った先は、大きな部屋になっていた。
そして、そこに横たわる大きな姿。
黄金の鱗、強靭な四肢。空を飛ぶには役に立ちそうもない太く厚い翼。
地竜ハデスの本体がそこで眠っていた。
「これは・・・」
リオウは地竜が横たわっている場所を見て絶句する。
そこには、様々な魔法道具や、魔法陣、結界が利用されていた。
「なんじゃ、これでは、休眠というより封印されているようなものではないか」
それらの効果は封印。
「うん、言ったでしょ。僕の記憶は全部こっちの分体に移したって。
本体に目覚めて貰っちゃ困るんだよ。
だから、ずっと休眠できるように頑張っているんだよ」
分体のハデスは、無造作に本体に近づいた。
「うん、よかった。カビとか生えていないね。綺麗なままだ」
そして、竜の頭部に近づく。
黄金の鱗から生えた角。地
竜の角は、槍のような細長いもので、しかも複数の角が生えている。
ハデスはその一本に手を掛けて、全力の力を込めて引き抜く。
「よっと。
髪の毛を抜いた程度の痛みしかないと思うけど。
うん、大丈夫。起きてこないね」
そして、しばらく本体の様子を観察した後、満足そうに頷いた。
「はい、これが欲しかったんでしょ。竜の角。
根本の核も生きているから、キミなら角を成長させることもできるよね」
「有り難いが、本体の扱いが雑じゃな」
「キミの状態になるほど、酷い扱いはしていないよ」
リオウの本体は、角どころか翼も牙も爪も失った状態である。
確かにそれと比べれば、複数の角の一本ぐらい何の影響も無いに等しい。
「ワシの本体など見ておらんだろう。何故、断言できるのじゃ?」
「今のキミの状態から推測したら、そうなるだけだよ。なにしろ、ケンカイくんへの影響が殆どないようだしね。
それより・・・」
ハデスは、本体の周りに散らばる魔法道具を指さした。
「使っていない魔法道具なら、持って行ってもいいよ。僕が集めた道具はとりあえずここに放り込んであるから。
でも、稼働している魔法道具には触らないでね」
「気前がいいのう」
「だって、僕の代わりにカリスを倒してもらうんだからね。これぐらいはしておかないと」
「そこまでの相手かの? 確かに本人じゃとしたら、驚異的なことじゃが。それでも、そこまで警戒せずともよかろう」
「ああ、キミは知らないのか」
「何をじゃ?」
ハデスは肩をすくめた。
「カリスが契約している相手、天竜だよ。
あの理のロイフィスと契約しているんだ」
「なんじゃと?」
リオウはハデスが言ったことが理解できなかった。
「僕も驚いたけどね。だから、カリスも本当の本人さ。
少なくとも肉体はね。精神がどうなっているかは知らない。きっと本人にもわかってないだろうねえ」
「じゃが、アヤツが一番、魔法帝国を恨んでおった筈じゃ。
なぜ、そのアヤツがカリスに加護を与えたのじゃ?」
「判らないよ。
でも、一番最初に、四竜から抜けたのもロイフィスだったよね。
それから、直接会って話したことは無いし。
どういう心境の変化があったのか、さっぱりだ。
今の僕には、竜の思考って意味不明だし」
ハデスは、再度、散らばった魔法道具を指さした。
「ほら、真面目に武器を造りたくなってきただろう?
どれにする? 僕が運んであげるから、荷物の心配はいらないよ」
「いや、まさか、本当に治っているって。
キミには驚かされっぱなしだよ。ケンカイくん」
部屋に戻ってきたハデスは驚いていた。
両手両足の骨を折って放置しておいたケンカイが、竜の角を取ってくる間に自力で怪我を治していたのだ。
「でも、魔力消費の効率が悪すぎるね。それだけ魔力があるのに使い尽くすって、ある意味凄いけど」
「ご主人さま・・・重いです」
ケンカイは、怪我を治すときに限界まで魔力を消費していた。最後の方は意識が朦朧となりながらも、ハデスを師匠呼ばわりするのが嫌で意地でやり遂げていたのだ。
そして、現在、ケンカイはリネスに抱き着いて気絶していた。
腰に手を回してがっちりと掴んでいるため、リネスは身動きが取れない状態である。
「僕が引き剥がしてあげようか?」
「え、でも、ご主人さま、疲れているだろうし、できれば起こさないで上げてほしいです」
「ふーん」
にやにやと笑うハデス。
「でも、床だと体に悪いよね。ベッドの方がいいでしょ」
ハデスはリネスごとケンカイを持ち上げて、ベッドに放り出した。
ベッドの上には、ユッキが既に寝ていたが、広いベッドなので十分にスペースがある。
放り投げた衝撃で、ケンカイの態勢がリネスの胸に顔を押し付けるようになった。
そして、それでも起きないケンカイ。
体内の魔力を全て消費しきって消耗しているのだ。
「じゃあ、おやすみなさい。僕はお邪魔だろうから、別の部屋で寝るよ。
ああ、リオウくんは、今晩ずっと魔法道具の選別をしているだろうから、帰らないと思うよ。あと、ユッキちゃんも連れて行っておいたほうがいいかな?」
「な、何を言ってるんですか。ハデスさん!」
「いや、その態勢になって嫌そうな顔をしていないお嬢ちゃんの為を思ってだね。
頑張るなら今がチャンスだよ」
「そ、そんな、こと思ってません。」
リネスは叫んだ。顔が真っ赤である。そして、リネスの声でユッキが目を醒ます。
もっとも、まだ寝ぼけているらしく目がとろんとしている。
「あれ、リネス。ケンカイも一緒?」
「え、う、うん。ユッキちゃん、もう起きるの?」
「あたい、まだ寝る。あと、リネスだけずるい」
ユッキは、ケンカイにしがみ付くように抱き着いた。そのまま寝息を立て始める。
「いや、ユッキちゃん、これはボクが抱きつているんじゃなくて、ご主人さまがね。
て、もう寝てるし。
あれ、ハデスさん、どこ行くんですか」
「いや、ユッキちゃんもそこがいいようだから、連れていくわけにはいかないじゃないか。
それじゃあ、また明日。
明日からは、たっぷり扱くつもりだから、今日の内はケンカイくんをゆっくり休ませておいてあげてね」
「あ、当たり前ですっ」
そしてハデスは出て行った。
「まったく、ハディさん、あ、ハデスさんか、本当に竜なのかな。なんか、ものすごく人間っぽいよね・・・」
ハデスが、そうなるためにどんな代償を払っているのかリネスは知らなかった。
とりあえず、今はこの姿勢をどうしょうかな、と考えている内に眠気が押し寄せてくる。
そして、いつの間にかリネスも眠っていた。
ケンカイの頭を抱えるように抱きしめながら。
「甘酸っぱいねえ。そう思わないかい。リオウくん」
「覗きとは、相変わらず悪趣味なことじゃのう」
ケンカイが聞いたら、爺さんが言うな、と突っ込むであろう台詞だった。
「いや、そんなつもりはないんだけどね。なんか、キミとマリアちゃんの事を思い出して懐かしくなっただけだよ。
キミたちも、傍で見てるとじれったい状態がずっと続いていたからねえ」
「そんな昔の事、忘れたわい」
「照れない照れない。久しぶりに会ったんだから、昔話でもしようよ。
そんな気になれるなんて、分体を作った甲斐もあったよ。
まあ、作ってからリオウくんに出会えるまで、随分時間が経ったけどね」
「どうせなら、古代魔法帝国時代に作っておいてくれたらのう」
「あのころは、竜になったばっかりだったからね。
すぐに竜の思考に染められていったし。
そういや、僕の本体が帝都を離れてから何があったのかな。
ようやく興味を持てるようになったら、もう古代魔法帝国が崩壊していたからねえ」
「そうじゃの、オヌシがあれからどうしたかも興味がある」
「そうこなくちゃね。じゃあ、まずは僕からかな」
そして、リオウとハデスは、数百年の互いの空白を埋めるように話始めた。
お互いに興味があること、どうでもいいこと、意味のあること、くだらないこと、話はとりとめなく続いていく。
それは、ケンカイ達が目覚めるまで、長く続いたのだった。
「それじゃあ、ご主人さま。すぐに戻ってきますから。何か欲しい物、ありますか?」
「酒と肴」
「それは判っていますよ。ボク、市場でいいもの探してきますね」
「あと、メイの様子も見ておいてくれ。しばらく帰れない事もな」
「わかりました」
「集中を乱しちゃ駄目だよ。僕が帰ってくるまで、そうしていてね。
失敗したら、今度こそ僕の事をお師匠様って呼んでもらうから」
翌朝、とはいっても、迷宮の中では朝なのか夜なのか判らないわけだが、ケンカイ達が目覚めた後、重要なことがわかった。
食料や生活に必要な物資が不足しているのだ。
ハデスは、ケンカイの特訓が終るまで、この最深層に彼を閉じ込めることを宣言したのだが、いつ終わるかもしれない特訓が、飢え死にで終わってはどうしようもないので、リネスが買い出しに地上に戻ることになったのである。
ハデスが護衛をするので、ケンカイも心配はしていない。
そのケンカイは、今、湖の上に立っていた。
「じゃあ、基礎を教えてあげるから」
そう言ったハデスはケンカイを湖の中に投げ入れて、浮かび上がったケンカイの前に水面を歩きながら近づいてきたのだった。
そして、水面まで引き上げて、ケンカイの体に魔力を流した。
「その魔力の状態を維持してね。骨折が治せるようになったんだから、無理じゃない筈だよ。無理だったら、また、両手両足折るから、頑張ってね」
それはケンカイに、この後続く特訓の過酷さを容易く想像させる台詞だった。
そしてそれは、間違いなかったのである。
「まさか、水の上に立てるとはな・・・」
「ケンカイ、凄い」
あの男は気に入らないが、ケンカイの知らない色々な魔力の使い方を熟知していることは間違いがないようだ。本気で気に入らないが。と、強く思うケンカイ。
そして、ユッキは、久々に脚を尻尾に変化させて湖の中を泳いでいる。
久しぶりに泳げるのでご機嫌のようだった。
湖の中にも、危険な怪物はいるようだが、水中のユッキは陸上より格段に動きが早い。
「いや、ユッキも相当だがな」
幼い外見にかかわらずユッキは強い。特に水中では、ケンカイでも勝てる気がしない。
今も、水中から襲いかかろうとした処刑屋を、一瞬のうちに青黒い髪で包み、切り裂いていた。
「えへ、あたいも凄い?」
「ああ、ユッキは凄い」
にぱーと嬉しそうに笑うユッキ。
最初に出会った頃より、感情が豊かになっている気がする。
まあ、悪いことじゃないよな、とケンカイは思った。
「あ、何か出た。ケンカイ、見て見て」
倒した処刑屋が何かの収穫品を落としたらしい。
「オレが見ても何か判らんぞ」
そんなケンカイの言葉を無視して、ユッキは水面を跳躍してケンカイの上に降ってくる。
ケンカイは慌ててユッキを受け止めた。一瞬、水中に沈みそうになるが、なんとか魔力をコントロールして水面に立つことに成功した。
「危ない危ない。こら、ユッキ。はしゃぎすぎだ」
「だって、リネスばっかりずるい」
「いや、あれはだな・・・」
昨晩のことを思い出すケンカイ。魔力の使い過ぎで意識を無くして、無意識の内にリネスに抱き着いたまま眠っていたのだ。
「だから、あたいも抱っこしてもらうの。
でねでね、これが出たの。指輪」
ユッキは、小さな手に握っていた指輪をケンカイに見せた。
「ああ、これは見たことがあるな。確か、光って灯り代わりになるやつだな」
昔、希少品として手に入れたことのある指輪だったため、ケンカイにも用途が判った。迷宮で役に立つものではないが、普段の生活に利用できることと、落ち着いた洒落たデザインのために割と人気のある指輪だ。
「リネスみたいに、あたいにも付けて」
「ユッキの指には大きすぎるな」
以前、リネスに頼まれて魔力消費減少の指輪を左手の薬指に嵌めたことをケンカイは思い出した。
そういや、あの時、やけに嬉しそうだったな、きっと、その様子を見てユッキも欲しくなったんだろうと、ケンカイは思った。
「あたい、小さい?」
「ユッキの指は、小さくて可愛いけどな。指輪を嵌めるには、もう少し大きくならないとダメだな」
「あたい、父様と会って、いろいろと思い出したの」
「爺さんを、結局、父親として認めたのか」
「あたい、猫じゃないけど。とりあえず」
うなずくユッキ。
今のリオウの本体は、大アザラシである。
そっちのほうなら、尻尾が共通しているかもしれない。
「でね、あたい、本当はもっと大きいの」
「どういう意味だ?」
「だから、指輪付けて」
ユッキは、体を震わせた。そして、体が燐光に包まれる。
ケンカイの目には、ユッキの魔力がユッキの体を覆い、封印のような何かを解いたように見えた。
「これなら、あたいの指にも合うよね。ケンカイ」
そして、ユッキは成長した。
年齢的にはリネスと同じく14歳頃に見える顔だちになった。
体も外見に相応しく、今までの幼女の体形から、少女の体形に代わっている。
胸を覆っていた胸当てから、こぼれそうになるほど胸が大きくなっていた。
リネスがみたら、絶句しそうなサイズだ。
そんな胸を、ケンカイに押し付ける恰好になっているが、ユッキは気にしない。
今までと同じ、無邪気な笑顔を浮かべた。
「はい、ケンカイ。あたいにも嵌めてね」
「ご主人さま、戻りましたー。お土産ありますよ」
「わーい、リネス。お土産なに?」
「えーとね、・・・・・え?」
「お酒が多いね。あたいも少し飲めるけど、お菓子とかあるの?」
「ちょ、ちょっと、えと、・・・ユッキちゃん、だよね?」
「変なリネス。当然じゃない。あたいはユッキだよ」
「なんで、大きくなってるの?」
「ケンカイに、指輪嵌めてもらったから。大きくなったの。リネスとお揃いだよ」
「え、なにそれ。て、ユッキちゃんっ、そ、そ、その指輪の意味判ってるのっ?
じゃ、じゃなくて、なんで大きくなってるのぉ! しかも、ボクより大きい」
「? あたい、背はリネスと変わらないけど」
「い、いや、その、む、胸とか」
「いやだなあ。リネス。それ、あたいが大きいんじゃなくて、リネスが小さいだけなの」
「くっ」
半日ほどして、リネス達が戻ってきた。
当然ながら、一番動揺したのはリネスである。
他の二人は、比較的落ち着いている。
「おや、ユッキちゃんは、年齢を元に戻しているね。
なんか、ますますマリアちゃんに似ているなあ。そう思わないかい、リオウくん」
「肉体の不自然さが消えておるのう。となると、こちらのほうが、本来の姿じゃな」
「爺さん、ユッキに何が起きたんだ?
目の前でいきなり姿が変わったんだが」
ケンカイは、水面で飛び跳ねてから、リオウとハデスの前に着地した。
魔力の加減で、水面をトランポリンのように弾ませるコツを、ユッキと戯れている内に習得したのである。
「まだ、教えてないのに、随分と器用なことをするねえ」
「そうか? ちょっとした応用だったが」
「相変わらず、そういう所は、妙に器用じゃのう、オヌシは」
ケンカイの氷の魔印の使いこなし方を知っているリオウにとっては、こういうケンカイの応用の仕方は不思議ではない。
「もともと、ユッキには不自然な所があったからのう。以前にもワシが言っていたと思うたが。
なにが原因か知らぬが、幼い姿に変化しておったのが、元に戻っただけじゃ」
「じゃあ、あれが、本来のユッキか」
「そうじゃな」
「リネスと同い年に見えるが、随分とスタイルが違うな」
「ケンカイ」
リオウが低い声を出した。今まで、聞いたことがない迫力のある声だった。
「ユッキを助平な目で見るのはやめるのじゃな。ワシの目が黒いうちは許さんぞい」
「いや、何を急に言い出すんだ。爺さん」
「おや、親の自覚が芽生えたのかい? リオウくん。
それとも、マリアちゃんにそっくりだから、他人に渡したくないってことかな」
「五月蝿いぞ、ハデス。マリアは関係ないわい」
「じゃあ、ケンカイくんが駄目なら、同じ竜の誼で、僕がもらってあげようかな。そうなるとリオウくんをお義父さんと呼ばなくちゃねえ」
「オヌシ、ワシが弱体化しておるからと思うて、甘くみておるのなら、その認識を覆してやってもよいのじゃぞ。奥の手というものは、いくつかあるのでな」
「いや、キミ。それ、自爆技みたいなものでしょ。冗談だって。冗談」
「お前ら、楽しそうだな」
ケンカイは、呆れた目で二人を見る。
この世に残された神秘の具現化した存在である筈の竜。
ケンカイの目の前にいる二人は、その認識を疑わざるを得ない軽口を叩いている。
「おい、ハデス。もう、水面での特訓ですることは無いだろう。他に、教えたいことがあるなら、さっさと教えろ」
「おお、随分と意欲的になったね。これは、僕の事をお師匠様って呼びたくなったってことかな? さあ、遠慮なく呼びたまえ。お師匠様って、おっと」
ハデスは、ケンカイの拳の一撃を躱した。
「うん、ちゃんと身体強化しているね。でも、もう少し発動を早くしないと。
次は、そのあたりを教えようか」
ハデスは嬉しそうに笑った。
「意欲のある弟子を持てて、僕も嬉しいよ。これは、たっぷり扱いてあげないとね」




