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漁師と海竜 海原を行く  作者: 赤五
第四章 迷宮都市編(後編) 最深層に潜むもの
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第6話 最深層への道

 前話について。 

 設定話は疲れるし、読み直してみてもあまり面白くない。

 こういうのは仄めかすだけのほうがよかったかな・・・

 

「よお、メイさんが怪我したって聞いたぜ。手前がついていながら何やってんだよお」


 赤黄頭が絡んできたのは、ケンカイが白い黒犬亭に到着した時だった。

 以前、一緒のテーブルで宴会を開いてから、鋼鉄の盾のメンバーとの仲は良くなっていた。

 特にラーリーは、何故かメイに懐いている。

 

「バカ頭は引っ込んでいろ」


 ケンカイはラーリーを押しのけた。軽くのつもりが、つい力が入って吹っ飛ばしたが、相手はラーリーである。ケンカイは気にしなかった。


「懲りぬ奴よのう」


 ムロイは小山の様な体躯で素早く動き、飛んできたラーリーを躱した。


「それでだ。剣の誉れのムルガルが死んだと聞いたのだが」

「あ、兄貴。ひどくねえっすか」


 抗議するラーリーをムロイは無視する。それどころでは無いのだ。


「ああ、処刑屋にやられたようだ」

「あやつ程、剣の腕の立つやつがのう。レルガ殿が嘆いていたのも無理はない」

「レルガ?」

「うむ、ムルガルの後見人の男だ。今は、誉れの道のリーダーをやっておる」


 ムロイはケンカイに、レルガがムルガルが元いたチームの現在のリーダーであることと、彼らの関係について簡単に説明した。


「それでだ、ムルガルの相棒をしておったリリスという女がいた筈じゃ。その女はどうなったか知らぬか?」

「・・・知らないな」


 ケンカイは判断に迷ったが、自分が首を斬り落としても生きて喋っていた女の事を、どう説明してよいか分からないので誤魔化すことにした。

 リリスが今どこで何をしているか知らないのは事実だ。まるっきりの嘘ではない。


「ふむ、レルガ殿の話ではそやつの部屋から、荷物の類が無くなっていたそうでな。一人で生きて帰ったのではと考えて、事情を聴いてみたいそうなのじゃが・・・知らぬのなら仕方ない」


 ちなみに、リリスの部屋から荷物を持ち去ったのは、メイからの連絡を受けたチャンター共和国の諜報部の仕業なのだが、ケンカイはそれを知らなかった。

 そこで、長距離通信用や簡易結果用の魔法道具が発見されている。

 ちなみに、メイはこの後、リリスの体の一部を貰い受けて持ち帰ることになる。

 ちゃっかりと、功績を上げることに成功していたりするのだ。


「迷宮での死は、儂等にとって織り込み済みとはいえ、誰かが死ぬのは辛いものだ。

 ケンカイも気を付けるのじゃぞ」

「ムロイのおっさんも気を付けな。21階層は化け物が出る」


 ケンカイは銀毛の人狼を思い浮かべたのだが、ムロイは処刑屋の事だと思ったようだ。


「そうか、まだまだ探索が進んでおらぬからのう。もっと手強い相手が潜んでいても不思議はない。儂等も十分気を付けるとしよう」

「今日は潜るのか?」

「そのつもりじゃ。ケンカイはどうする?」

「メイの回復具合次第だな。様子を見てからだ」


 メイは白い黒犬亭に常在している医者の元で、治療を受けて静養していた。

 ケンカイが今日この店に来たのは、容態を確かめるのが主だった。

 ちなみにリネスは、リオウの指導の下、港の家で魔法の勉強中である。

 おそらく数日は活動できないだろうから、今のうちに新しい魔法を覚えるつもりなのだ。


「じゃあさ。僕を仲間にしてくれない?」


 唐突に声が聞こえたのはその時だった。

 ケンカイが声のした方を見ると、そこには一人の男が立っていた。

 中肉中背だが引き締まった体をした20歳半ばの男だった。この辺りでは珍しい金髪が目立つ。そして張り付いたような細めの笑顔が印象的だ。

 

「誰だ?」

「嫌だなあ、僕だよ。ハディだってば」

「知らんぞ?」

「ああ、ハディか。あまり強引に売り込むのは止すのじゃな。

 ケンカイ、儂等はもう行く。メイの怪我が早く治るといいのう」

「ああ、伝えておく」


 ムロイはケンカイの元を去って行く。

 その後を、ラーリーが続いた。


「兄貴、あの男誰っすか? 俺、見覚え無いんっすが」

「うむ、ああ、誰だったかのう? さっきまでは覚えておった気がするのじゃが」

「兄貴、健忘症ですかい? 呆けるには早いっすよ」

「誰が健忘症じゃ。このバカ頭め。さっさと用意をせい。ラーシャとサーシャが待ち草臥れておるわ」

「あ、兄貴まで、俺の事をバカ頭って・・・、ちょ、ちょっと、待ってくれっす」


 そして、鋼鉄の盾は迷宮に潜った。


 おかしいのう、あの男、さっきは知っておる気がしていたのじゃが・・・

 ムロイの胸にささやかな疑問を残して。




 その少し前、白い子犬亭の店主は迷宮に続く門が開き、一人の男が帰ってきたのを確認した。

 探索者はチームを作り迷宮の探索を行う。一人で戻ってくることは珍しいが無い事ではない。

 その場合は、他の仲間を迷宮内で失ったということなのだが。

 しかし、その男にはそういう時に付き物の悲しい雰囲気が無かった。

 だから店主は普通に思った。

 ああ、帰ってきたんだな、と。

 何故1人なのか、そもそもこの男が門を通って迷宮に降りて行ったのを見た覚えがないという事が、何故か気にならなかった。

 なので、店主は普通に話しかける。


「よお、お帰り。迷宮はどうだった?」

「いつもと変わらないね。少しお客さんが増えたくらいかな」

「変わらないなら上等だ。俺は店が変わり過ぎて、最近ようやく慣れたところだよ」

「そうみたいだね」

「ところで、すまん、俺も歳かな。名前を度忘れしたみたいだよ。えーと、たしか・・・」

「ハディだよ。嫌だなあ。そんな歳じゃないでしょ」

「おお、そうだった、そうだった。収穫品があるなら預かるが・・・手ぶらのようだな」

「ああ、ちょっと持ってきた方がよかったかな」

「何、命の方が大事だろ」

「粗末にする人間も多いけどね。じゃあ、また後で」

「ああ」


 男は食堂の方に歩いていく。

 それを見送った店主は、苦笑いを浮かべた。

 あの男の名前を忘れるとは、どうやら俺も疲れているらしい、と。





 さらにその前、夜が明ける寸前の頃。

 '姉達'の'娘'は、迷宮都市・ユエンディーが見える位置にまで到着していた。

 '娘'は異形の形をしている。

 全身を鱗に覆われ、背には竜の翼をもち、4本の脚と2本の手と一本の尻尾。

 大きさは成人男性二人分くらいだ。

 あまり大きくは無い。

 しかし、'娘'はここに来るまでの間に、遭遇した交易船2隻と海賊船1隻を沈めていた。

 '娘'としては、通り掛けに少し手を伸ばして船板を切り裂いただけのことだ。

 母上の命令は、目につく物すべてを破壊すること。

 その命令に従った行動だった。

 今、彼女の目の前には、母上である'姉達'によって目的地とされた迷宮都市がある。

 後はそこで暴れるだけでいい。

 そう思って、海に浮かぶ体を強靭な足で加速しようとした瞬間、目の前に男が現れた。

 

「まったく、困ったものだよね。

 こんな物騒な物を送り込むなんて。

 キミ、どこまで意志が残っているのかな?

 僕の言う事が理解できている?」


 '娘'は男のいう事を気にしなかった。

 目の前の男が海に立っている(・・・・・)という事も気にしない。

 ただ、命令通り壊すだけだった。

 '娘'は腕を振るった。強靭な筋肉で覆われた鋭い爪を持つ腕だ。

 大型船の船板を切り裂く一撃が、男に命中した。

 そして、命中した腕が爆ぜた。


「はい、碌に意志が残ってないこと決定。

 雑な造りだねえ。となると、マリアお手製のじゃないのかな。

 それでも、都市で暴れられると被害は大きいんだよ」


 男は、'娘'の腕を圧し折り潰しながら、にこやかに笑って言う。


「お願いだから、帰ってくれないかな。そうしたら見逃してあげるよ」


 '娘'は海面を跳躍した。脚に生えている太い鉤爪で男を握り潰そうとする。

 

「交渉の余地無し、か。そう造られているんだね。可哀そうに」


 言葉とは裏腹に男は容赦しなかった。

 海面に立ったまま、男の右足が襲いかかる'娘'の腹を蹴りあげる。

 その一撃は、そのまま'娘'の体を二つに引きちぎった。


「まだ生きてる。無駄に生命力が強いねえ」


 頭部のある半分に、男は近づいた。

 そして、頭を掴み引き寄せ、囁く。


「ねえ、そこで話を聞いているんでしょ。

 次に手を出したら、僕がそっちに出向くよ。わかった?」


 そして頭を握りつぶす。


「珍客万来、だね。まあ、たまにはいいけど」


 そして、男は海面を歩き出す。


「あっちはどうするかなあ。

 変な事をしている訳じゃないから、干渉しなくてもいいけど。

 せっかく、起きたんだから、もう少し遊ぼうかな」


 そして、唐突に海に沈んだ。

 後に残ったのは、無残な姿を晒す'娘'の死骸。

 それも、じきに海に沈んだ。

 上り始めた太陽が照らす海には何も残っていなかった。





「ねえねえ、僕なら、迷宮の中の罠の探索もお手のものだよ。

 ちょっとの間でいいから、仲間に入れてくれないかな」

「本当に自信があるのか?」


 そして、その男はケンカイに話しかけていた。

 メイの怪我が治るまでに時間がかかることを知ったケンカイは、訝し気に思いながら、何故か承知してしまったのだ。


 そして、この出会いが迷宮攻略に大きな役割を果たすことになるのだが、この時点でのケンカイはそのことに気付いていないのである。


 翌日、ケンカイ達は地下迷宮の探索を行うことにした。

 出発の前に、ケンカイ達はメイが静養している筈の部屋に行ってみたが、メイはいなかった。

 そして、チャンターの軍関係の仕事で出かけたらしいことを、医者からの伝言で聞くことになった。

 ついでに、今度帰ってきたら治るまでベッドに縛りつけると、怒りをあらわにした医者を宥めることにもなってしまった。

 苦労してたのは、主にリネスだが。


 ケンカイからすると、保護が必要なのはリネスとユッキのような年少組で、メイのような大人の行動は自己責任だ。行動を制限するつもりは無かった。

 見掛けだけだと、自分も保護されてもおかしくない年齢の少年に見えているのだがその辺りは気にしないケンカイ。


 そして、ハディと他の面々を会わせる。


「初めまして。ハディさん」


 ごく普通に挨拶をするリネス。

 ユッキは、リネスの後ろに隠れている。

 分体の猫のリオウも、警戒するようにユッキの傍にいた。


”ケンカイ、こやつ、何か変じゃぞ”

”どう変なんだ?”

”判らぬ。だがユッキも警戒しておるぞい”

”危険を感じるのか?”

”そういう気はせぬのじゃが。


「嫌だなあ、そんなに警戒しないでよ」


 ハディが笑顔で言う。

 顔はユッキの方を向いていた。しかし、まるで自分に言われたようにリオウは感じた。


「僕がいれば、迷宮は大丈夫だよ。君達が目的にしている最深層だって、絶対いけるって」

「何故、オレが最深層を目指しているって知っているんだ?」

「だって、探索者なら当たり前でしょ。本気で目指している人は珍しいけどね」


 ハディは笑った。


「僕はそういう人間が大好きさ。だから手伝いにきたんだよ。

 だから心配しなくても大丈夫。僕を警戒する必要はないよ」


 不思議な事に、ケンカイ達はハディを警戒する必要が無いように思い始めた。

 それは、リネスやケンカイだけではない。リオウですらそう思い始めていたのだ。

 だが、ユッキだけは警戒を隠そうとしていなかった。

 しかしそれも、ケンカイにはいつもの人見知りのように見えていた。



 

「ねえ、あんた」


 メリッサが店主に向かって尋ねた。

 メリッサは少しずつ目立ってきたお腹を撫でながら、ケンカイ達が入っていった迷宮の門を見た。


「あの細目の男ってさ、あたし、初めて見た気がするんだよ。なんで、ケンカイ達と一緒なんだい?」

「何言ってんだ、あいつはハディだ。昔から・・・いつからだったかな、あれ?

 いや、まあ、あいつなら大丈夫だ」」

「そうなのかい? ふーん。そんなに腕がたつのに、あたしぁ覚えがないねえ。前は誰と組んでたんだい?」

「何だ、お前知らなかったのか。元凄腕の探索者の名がなくぜ。

 あいつはな、ん、あれ? 誰と組んでたんだかな・・・

 まあ、ともかく大丈夫さ」

「あんたこそ、大丈夫なのかい。なんか、妙に物忘れしてるっぽいけど。

 この子が生まれて大きくなるまで、しゃっきりしてくれなきゃ困るんだけどね」

「ああ、心配するな。お前のためならまだまだ俺も現役だ。

 でも、そろそろ酒はやめてくれよな。産んだ後なら、いくらでも飲ましてやる」

「そりゃ、楽しみだね。いい酒を探しておくよ。

 でも、心配しなさんな。あたしゃ、先週から酒を止めてるよ。

 なんせ、あんたの子供を産むんだからね」

「お前に似るといいんだが」

「あたしゃ、あんたに似て欲しいがね」



「ムロイの兄貴、あれってなんて言うんっすかね」

「うむ、確か、バカップルじゃな。本人たちは気づかない内に、周囲を白目にさせる恐ろしい現象じゃ」


 とりあえず、食堂にいる探索者達は、最近繰り広げられる店主と嫁の甘い会話を聞き流した。

 そのせいという訳ではないが、彼らは誰も気付かない。

 ハディと言う男が、昨日までこの店に来たことが無い事に。



 ケンカイは迷宮に入ると、背負った袋から自動人形型宿泊用魔法道具・海姫を取り出した。

 海姫は自動的に起動する。

 

「マスター、コチラノ方ハ、ドナタデショウカ」

「メイの代役だ。暫くの間、仲間になる」

「了解シマシタ」


「ふーん、自動人形だね。戦闘用ではなさそうだけど、荷物運び用かな?」

「あんた、驚かないんだな」

「え、ああ、驚いているよ」


 ハディは大して興味があるようには見えない。


「そうか、こいつは宿泊用だ。盾にもなる」

「それは、変わった用途だねえ」


 それだけ言うと、さっさと先頭に立った。

 この前、店に連れて帰った時の騒ぎと、ハディの態度を比較して不思議に思うケンカイ。

 その時は、珍しい自動人形見たさに人が集まったのだが。

 ハディはそのような視線を向けなかった。

 まるで、普通にどこにでもある物を見るような、そんな態度だった。



 ケンカイ達は迷宮を進んでいく。

 隊列はメイの場所にハディがいる他はいつもと同じだ。

 戦闘になると、ケンカイの後ろまで下がるところまで同じである。

 しかし、ケンカイはいつもと違う様に感じていた。

 理由は、ハディの視線である。

 明らかに、彼は危険な敵の動きより、ケンカイの動きを見ていた。

 だからといって問題があるわけでは無いのだが、観察されているようで落ち着かない。


「なあ、ハディ。あんた、怪物共への警戒が足りなくないか」

「大丈夫大丈夫。ここくらいの魔獣なんて、大したことないから」


 すでに階層は20階層。この下の21階層にいる処刑屋達と比べると大したことはないのは事実だが、それでも危険なことには変わりない。


「それより、ちょっと聞きたいんだけど。

 キミ、身体強化使えるよね。なんで、使ってないの?」

「この程度の連中に、必要ないからな。

 それに、あれに頼りすぎると筋力が落ちる」


 ハディは感心した表情になった。


「おや、それは知っているんだ。でも、防御系の身体強化なら常に行っていても関係ないよ」

「防御系? なんだそれは?」

「こっちは知らない、と。

 キミの知識って偏りすぎてるねえ」


 ハディは通路を指さした。そこには、21階層への階段があった。


「まあ、本番はここからさ。僕のことは気にせずにいつも通りにやってみてね」



”爺さん、こいつは何だ? やたらと仄めかしやがって”

”うーむ、判らんが。まあ、大丈夫じゃろ。オヌシもそう思っておるのじゃろ?”

”まあ、そうだが・・・警戒する気にはなれんが、なんというかしっくりしない感じがする”


 痒い所に手が届かない時に感じる焦りに似た感覚。

 今のケンカイの気持ちを代弁するなら、そういう事になるだろう。

 

”ご主人さま、このまま21階層へ行くんですか?”

”ああ、そうするつもりだが、どうした?”

”ユッキちゃんが、ずっと緊張してて、何か後ろで見てると怖いです”


 ユッキが暴発しそうなのだろうか、とケンカイは後ろをちらりと見る。

 ユッキは睨みつけるようにハディを見ていた。

 ハディもその視線に気づいているだろうに、気にした様子はない。

 ケンカイはユッキに近寄って、頭を撫でてやる。

 ユッキは少し表情を緩めた。

 ケンカイの腰のあたりにギュッとしがみ付く。

 

「あれ、変。ケンカイ達も少し変。気を付けて」


 そして、囁く様に呟いたのだった。


「うん、大体わかったよ」


 ハディがそう言ったのは、21階層へ降りてから処刑屋と4回目の戦闘が終った時だった。


「何がだ?」


 ケンカイは、大銛を壁から引き抜いた。

 複数の処刑屋と遭遇したため、最初の一体を大銛の投擲で壁に縫い付けてから戦闘していたのだ。

 

「キミ達の事だよ。もっと、ちゃんというと、ケンカイ、キミのことだね」

「オレの何が判ったんだ?」

「えーとね、素質は特上だけど、まだまだ鍛錬不足ってことかな」


 ハディはにっこりと笑った。


「さてと、回収も終わったよね。さっさと先に行こうか」

「そっちは、行き止まりだったところだぞ」


 ハディの歩き出した方向を見て、ケンカイは地図を差し出した。

 だが、ハディは地図を見ようともしなかった。


「まあ、ものは試しっていうし。僕についてきてくれないかな」


 不思議な事に、誰もその言葉に文句を言うことは無かった。



 ハディが案内したのは通路の行き止まりだった。


「ちょっと、危ないから下がっててね」


 ハディは一人で行き止まりとなっている通路の奥の壁を触った。

 次の瞬間、通路の奥が光った。

 そして、激しい音とともに炎が吹き上がる。

 それは、後ろに下がっていたケンカイ達の鼻先まで到達した。


「なっ!?」

「ご主人さま、ハディさんがっ」


 もちろん、通路の奥にいたハディがこの罠を避けれる筈がない。

 熱気が通路に満ちている。

 そして唐突に炎が消えた。

 そこには無傷で立っているハディがいた。

 そして、通路の壁は無くなっていた。

 通路の壁は扉に変化していたのだ。

 ハディはにっこりと笑って言った。


「さあ、行こうか」


 その笑顔に邪心は感じられない。

 さきほどの炎など、何かの間違いだったようにすら思える。

 それほど、ハディに変化は無かった。

 

「てめえ、何者だ?」

「僕はハディだよ。それより、僕なんて警戒しなくていいから、先に進もうよ」


 ハディは扉を指さす。

 

「偶然にも、隠し扉が見つかったんだからさ。

 幸運には感謝しないとね。

 さあ、進もう」


 そして、今回もケンカイ達はハディの言葉に逆らうことができなかったのである。



 扉の先の通路は、緩い下り坂にになっていた。

 そして一本道である。

 

”罠が無いのう”


 しばらく進むとリオウからの念話がケンカイに入った。


”怪物や処刑屋も出ないな。どうなってるんだこの道は”


 それはケンカイ達が今まで体験したことのない迷宮の通路だった。

 通路自体は今までと同じようなものだ。

 地面の感触も壁の質感も、天井が淡く光っているところまで同じである。

 だが、何も起こらない。

 普通なら既に複数の罠や、怪物に遭遇している筈の距離を進んでも何も起きないのである。

 それは却って不気味だった。

 自然と大銛を握る手に力が入る。

 その気配を感じたように、ハディが喋った。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。隠し扉からつながる通路に罠を仕掛けるバカは居ないよ。そんなことしたら、隠し通路の意味がないじゃないか」

「何故、あんたがそれを知っているんだ?」

「そりゃ、僕がハディだからさ」

「回答になってないぞ」

「ふむ、これは通じないか。キミって本当に捻くれた才能だね。

 じゃあ、言いなおそう。

 大丈夫だよ。ここまで、何の問題も無かっただろう」


 その言葉を聞いた瞬間に、ケンカイは大丈夫な気分になった。

 いや、そう感じるのはおかしいと、心の一部が声を上げるのだが、それが表層まで上がってこない。だからむず痒い感じがする。

 ケンカイはそういう状態になっていた。

 それは今まで彼が感じたことのないストレスだった。



 そして、下り坂は続く。

 すでにこの坂を歩き出して、一時間は経過していた。

 ケンカイ達の間では会話が無い。

 正確にはハディとケンカイ達の間では会話が無い。

 裏では、念話の遣り取りをしていたのだが、何かおかしいと感じていても、ケンカイ達はハディについて歩いていく以外の気になれなかった。

 だから、ひたすら無言で歩いていたのだ。

 無言の更新が終ったのは、それからすぐだった。

 ハディが立ち止まる。

 彼の前には、扉があった。

 それは、今までになかった豪華な扉だ。


「ようこそ、ここが地下迷宮25階層。

 最終階層にして最深階層。

 キミたちの目的地さ」


 ハディが扉に触る。すると扉は自動的に開いて行った。

 開き切った扉の向こうにあるのは、巨大な森林と湖。

 天井は高く、鳥すら飛んでいる。

 地下迷宮25階層。

 そこは、密林を思わす濃い緑に覆われた場所だった。


 

「ここが地下だと?」


 何かの間違いで地上に出たと言われた方が信じられる光景だった。


「ご主人さま。この木、本物ですよ。風まであります」


 リネスはジョナサンを飛ばした。

 ジョナサンは、悠々と空を飛ぶ。


「天井は相当高いです。本当に天井があるのかな?」

「ああ、あまり、飛ばさない方がいいよ。

 ここ、空にも危ないのがいるから」


 ハディが言い終わる前に、ジョナサンを狙って何かが襲いかかってきた。


「隼!?」


 それは隼に似ていた。もっとも、普通の隼は体中から稲光を発したりしない。

 リネスはジョナサンを操り、急降下させた。

 隼もそれを追いかけるべく、急降下しようとして一瞬動きを止めたところを、ハディの投げた石が頭を砕いた。


「ね、危ないでしょ」


 ケンカイは大銛を構えた。ハディが石を拾って投げた動作は、ケンカイにも見えなかった。それほど一瞬だったのだ。


「僕を警戒しなくてもいいのに」


 ハディは肩をすくめた。そして、猫のリオウを真っ直ぐに見て言った。


「そろそろ、彼にも説明してあげてよ。僕の事をさ。久しぶりだね。リオウくん」


”やっぱり、爺さんの知り合いかよ。誰だ、こいつは?”

”いや、知らんのじゃが”


 リオウは目の前の男を注意深く見た。

 確かに変な感じは、最初会った時からしていたのだ。

 だが、リオウには判らなかった。

 ケンカイが感じていたむず痒い感覚。それに近い感覚をリオウも感じていた。


「あれ? まだ恍けているの? 僕に調子を合わせてくれてるとばっかり思ってたんだけど」


 ハディは猫のリオウに近づいた。

 リオウが距離を開けようとするより先に、首筋を捕まえて目の前に持ってくる。

 そのまま暫くリオウを観察するハディ。


”ご主人さま、この人何なんですか? 敵ですか? この前のリリスさんみたいな”

”判らんが、敵のような気がしないんだ。さっきから、妙にやる気がそがれるというか、警戒心が薄れるというか。くそ、腹正しい”

”ご主人さまもですか? ボクもです。この人、おかしいんだけど、妙に信用しちゃってます”


 リネスと念話を交わしていると、ハディが大声で笑い出した。


「ちょっと、リオウくん。まさか、キミ、僕の魔法なんかに掛かっちゃってるの?

 これは、傑作だ。この僕が魔法で君に勝つなんて。わはははは」


 ハディは暫く笑い転げた。


「いやあ、こんなに面白いことがあるなんて、長生きするもんだね。

 リオウくん。相当、弱体化しているねえ。

 でも、これじゃ、話が進まないか」


 ハディは、猫のリオウを放り投げると、両手を叩いた。

 叩いた手から魔力が広がり、そして消える。

 手を叩いた音が消えると同時に、リオウが声を上げた。


「貴様、ハデスかっ。なぜここにいるのじゃっ!!」

”爺さん、喋れるのは秘密にするんじゃなかったのか”


 ケンカイの突っ込みに、リオウは答えない。

 ただ、じっと、ハディを睨みつけていた。


「やっぱり、僕の認識攪乱に掛かっていたみたいだね。思い出してくれてありがとう。

 改めて、お久しぶりだね。リオウくん。いや、海竜・知のリオウと呼んだ方がいいかな」

「知のリオウ?」


 何故か、ユッキが反応した。

 そんなユッキの反応を気にする余裕もないのか、リオウは猫の姿のままで話した。


「好きに呼ぶがよい、ハデス。いや、地竜・体のハデス。

 貴様、ここで何をしておるのじゃ」

「何をと言われてもねえ。キミこそ何しに来たのさ。

 この地下迷宮は、僕の家みたいなものだよ」

「家だと?」

「そ、もうここに住んで何百年経ったか覚えてないけどね。

 妙に最近、騒がしいと思っていろいろ探っていたら、何と、キミが来ているじゃないか。

 びっくりしたのはこっちだよ。

 しかも、妙な分体の姿でさ。

 まあ、僕もキミのことは言えないけどね」

「やはり、その人間の体は分体なのじゃな」

「さっすが、理解が早い。それでこそリオウくんだね」


 ハディ、いや、地竜ハデスは、優雅にお辞儀をした。


「いらっしゃい。四竜筆頭どの。

 本当に会えてえて嬉しいよ。僕の本体は、ずっと眠っているから分体でしか相手できないけどね。

 さてと、それじゃ、聞かせてもらおうかな。

 リオウくん。キミ、何にしにきたの?」

「ちょっと、待て」


 ケンカイが間に入った。


「正直、オレの理解が追いつかん。結局、あんたは何なんだ?」

「竜だよ。リオウくんと同じ、竜。

 本体は眠りっ放しだけどね。

 だから、僕は分体。人とコミュニケーションをとるために作り上げた苦肉の作。

 そして、現在の地下迷宮の主。

 だから、僕を警戒する必要はないよ」

「・・・いや、普通に考えて、警戒する必要あるだろう」


 ハデスは、感心したようにケンカイを見た。


「凄いね。もう、この方法は使えなさそうだ。

 リオウくんの契約者だけはあるってことかな」


 ハデスは、リオウを見た。


「少なくとも、ここまで弱体化したリオウくんより、よっぽど役に立ちそうだよ。

 実に都合がいいね」

「あんたの役に立つつもりは無いんだが」

「勿論そうだろうねえ。それがキミだ。

 でも、取引ならする気になるだろう?

 キミたちがここにきた目的は何だい? きっと、僕ならかなえられることだと思うんだよ」


 ハデスは、抜け目の無さそうな笑顔を浮かべた。


「だから、きっと、キミは僕の役に立ってくれるよ。

 まあ、詳しい話は後にしようか。

 僕の棲家に案内するよ。大丈夫、お茶くらいは出すから」

「オレは酒の方がいいんだが」

「おや、気が合うねえ。実は僕もそっちのほうが好みさ」


 ハデスは歩きだした。

 

「さあ、こっちだ。あ、逃げるつもりなら気を付けてね。

 ここの魔獣は処刑屋とは比べ物にならないほど強いし、もう入り口も塞いだしね」


 ケンカイは慌てて後ろを振り向いた。自分たちが入ってきたはずの扉は既に閉じている。

 しかも、扉の合わせ目が無くなり、一枚の巨大な板になっていた。


「閉じ込めやがったのか」

「大丈夫だって、僕が一緒なら、魔獣も近寄らないよ。さっきのあの娘の使い魔のように離れるとどうなるか知らないけど」

「脅しているのか?」

「只の事実を言っただけだって。なんでそう喧嘩腰なのかな。まあ、僕にそんな態度をとれるのは凄いけどね」


 ハデスは、ずっと浮かべていた笑い顔を、無表情な顔に変えた。

 その瞬間、周囲を震わすような魔力の波が四方に広がった。

 魔力に当てられて、リネスは体中の力が抜けてへたり込む。

 それは、ユッキも、リオウも同じだった。

 だが、ケンカイは立っていた。

 さすがに、顔が歪み汗をかいていたが。


「うん、やっぱりキミは凄いね。面白い逸材だよ。

 リオウくんの遊び相手には勿体ないな」


 ハデスは笑顔に戻る。


「キミの相手は、きっと僕の方が相応しいんじゃないかな。

 リオウくんもそう思うだろう?」

「オレはそっちの趣味はないんだが」

「嫌だなあ、僕にも無いよ、そんな趣味」


 ハデスは、自分の腕をぽんと叩いた。


「昔から僕にあるのは、腕っぷしの強さだけだよ。

 そっちなら、キミも自信があるんだろう?

 まあ、僕から見たら、まだまだヒヨコだけどね」


 ハデスは自信たっぷりに言い切った。

 そして、ケンカイは後程知る事に成る。

 ハデスの自信は、実力に裏付けされたものであることを。


 こうして、ケンカイ達は最深層へ辿り着いたのだった。

 それは、予想もしていなかった迷宮の主からの招待という形であったのだが。

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