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漁師と海竜 海原を行く  作者: 赤五
第四章 迷宮都市編(後編) 最深層に潜むもの
33/57

第5話 海竜リオウかく語りぬ

この話で物語的には中盤になります。(今のところのプロットでは)

早い話ネタバレ回です。

まあ、番外編のネタは大量にあるのですが(^ω^;

”リネス、オレの部屋に来い”


 リネスがケンカイからの念話を受け取ったのは、夜だった。

 メイは傷の治療のため、港の家では無く、白い黒犬亭の店主が勧めた医者の元に入院している。

 今晩は居ないのだ。

 そして、リネスは、ユッキが同じベッドで眠った後の時間をのんびりと過ごしていたのだが、急な念話に狼狽えた。

 

”え、ご、ご主人さま。今、夜ですよ”

”? ああ、メイもいないしな。都合がいい。直ぐに来い”


 え、メイさんがいないほうが都合がいいって、あの、その、ボク、まだ14歳ですよ、いやこの歳で体験している子だって、たくさんいますけど・・・などという台詞は、リネスの内心だけでぐるぐる回っていた。

 こんな時間に、リネスを自室に呼び出すことなど、これまで無かったのだ。


”え、えーと、本当に直ぐ行った方がいいんですか?”

”ああ、ユッキも寝ているだろう?今なら邪魔は入らん”

”ちょっと、体を洗ってからじゃ駄目ですか?”

”迷宮から帰ってきて、風呂には入ってただろう? どうかしたのか?”

”い、いえ、なんでもありません。直ぐに行きます”


 ボク、臭くないから大丈夫です。とは、念話では言えなかったリネスであった。

 



 ケンカイの部屋に入ったリネスを待っていたのは、ケンカイと、猫のリオウだった。

 

「え、ご主人さま、リオウさんもいるんですか?」

「当然だろう」


 ケンカイは平然と言う。


「えーと、ボク、できれば二人きりのほうが・・・」

「いや、爺さんが居ないと話にならんだろう」


 ケンカイは訝し気に言った。


「今回の事で、いろいろ確認しておきたいことがあるからな。

 リネスも不審に思っていることぐらいあるだろう?」

「・・・メイさんの代わりに、ボクを呼んだんじゃないんですか?」

「何の代わりだ?」


 リネスは真っ赤になって黙った。


「疲れているのか? 今日はいろいろあったからな」


 ケンカイは、猫のリオウを睨む。


「さて、爺さん。聞いておきたいことがあるんだが。今回は、誤魔化し無しだ」


 ケンカイは物騒に笑った。


「誤魔化したら、当分飯抜きだ。本体の方も、猫の方もな」

「ご主人さま、それは可哀そうです。リオウさん、どっちとも大食いなんですから」

「・・・オヌシラ、ワシを何だと思っとるのじゃ。

 そんな、しょうもない事をせぬとも、誤魔化したりはせぬわ」


 猫のリオウは、ケンカイのベッドの上に跳びあがった。


「さて、全部語ると夜が明ける。まず、何を知りたいのじゃ?」

「メイが怪我をした時の事だ。

 オレは最初からメイを庇うつもりだったが、何故かユッキを庇った。

 体が勝手に動いたとしか言いようがない。

 前から爺さん、ユッキのことで、いろいろオレに言ってたよな?

 影響がどうとか」

「うむ、それじゃが、オヌシがユッキを庇った理由は簡単じゃ。

 ワシがそう強く望んでいたからじゃ」

「爺さんが、望んだらなんでそうなるんだ?」

「ワシとオヌシは契約を結んでおる。それは覚えておるじゃろ?」

「ああ、あの島から脱出するのに必要だったやつだろう。おかげでオレは爺さんになっていたが」


 25歳だった自分が、一時的に50歳すぎになり、それが今では15歳の少年だ。真面目に考えると不思議な事である。


「オヌシ、契約のことをどこまで理解しておるのじゃ?」

「爺さんと念話が通じるだけじゃないのか?」


 それ以外の変化は感じたことがないケンカイだった。実際は、老化に伴う能力の低下が無くなったり、ほぼすべての言語を理解できるようになっていたりするのだが、それらはあまりにも自然に作用しているため、ケンカイの自覚は薄かった。


「まあ、オヌシは、ほとんど影響をうけておらんかったからのう。対等の契約など、ワシも初めてじゃった」

「普通はどうなるんだ?」

「ワシの影響が大きすぎてな、肉体が変貌することもあるのじゃ。

 以前、襲ってきた女面の怪物のようにな」

「本当かよ」

「そうならなくても、精神的にワシに圧倒されて、ワシの言いなりになる人形のようになってしまう事もある」

「そいつも真っ平だな。

 あの時、爺さん、そんな説明しなかったよな」


 ケンカイは目を細めた。


「そう、怖い顔をするな。今のオヌシにはワシの影響は殆ど無いのじゃ」

「殆どということは、少しはあるのか」

「その通り、強い思いは共有することがあるのじゃ。

 これは、お互い様じゃがのう。

 オヌシ、以前ワシがリネスに甘いといっておったが、それはオヌシの影響じゃぞ」


 うーむ、とケンカイは眉を寄せる。


「何か気持ち悪いな。爺さんは平気なのか?」

「平気もなにも、ワシはオヌシと契約せぬと、人の気持ちなど理解できぬからのう。

 あの時は契約するしかなかったのじゃから、今さらじゃな」

「あの、リオウさん。人の気持ちが理解できないってどういうことですか?」


 リオウがリネスに優しいのがケンカイの影響と言う言葉を聞いて、リネスは嬉しかったが、気になる台詞があったので尋ねてみる。


「言葉どおりじゃ。ケンカイと契約する前のワシからすれば、オヌシら人間なぞ蟻でも見るかのような視点でしか見れんのじゃ。

 それが竜となったものの限界にして、ある意味、真竜の呪いじゃよ」

「でも、リオウさんって、なんかとっても人間らしいですよ」

「それが、ケンカイとの契約によるワシへの影響じゃよ」


 リオウは肩をすくめた。猫の姿で行うその様は、妙に人間的な仕草だった。


「今のワシは、この状態を気に入っておる。じゃが、ケンカイとの契約が切れ、ただの海竜に戻った時は、何を気に入っておったのか理解できなくなっておるじゃろう。

 今のワシという存在は、ケンカイとの契約中にのみ存在する仮の人格のようなものじゃ」

「なんか、話が難しくなってきたな。

 まあ、いい。爺さんの影響でオレがメイよりユッキを庇ったというのは判った」


 難しい部分は無視することにしたケンカイは、自分がリオウの影響を受けたという事だを理解した。


「じゃあ、なんで、爺さんはそこまでユッキを気にしているんだ?

 ユッキは東海なんたらの仲間とか言ってたよな」

「東海母竜じゃ。

 ・・・話してもよいが、少々長くなるぞい」

「ふむ、そうか」


 ケンカイはリネスに言った。


「食堂から、酒と肴を持ってきてくれ。長い話は、酒を飲みながら聞くのが一番だ。

 爺さんも、喋りづらい話なら、少し飲んだ方が口が回るぞ」

「まあ、酒を飲めるようには改造してあるがのう」


 リオウは猫の体を揺らした。


「オヌシと喋っておると、深刻に考えるのが馬鹿らしくなる。まあよい。ジジイの昔話じゃ。酒を呑んで喋ってやるから、話半分程度に聞くのじゃな」

「ああ、そうするさ」


 ケンカイはグラスを用意する。


「喋りたいが、後で恥ずかしくなることもあるだろう。そういう話は、酔って忘れたことにしてやる」


 ケンカイはニヤリと笑った。


「それが、ボルス島の漁師の酒飲み話だ」


 ケンカイとリネスを前に、海竜リオウの分体である青い猫は、目の前の皿に注がれた酒を舐めながら、ゆっくりと語り出した。

 それは、現代では知っている者など他にいないであろう埋もれた歴史の知識。

 時折話は脱線しながらも、ゆるゆると続く。

 それは、今まで誰にも話したことのないリオウの胸中でもある。

 ケンカイとリネスには、リオウの話が真実かどうかは判断できない。

 だが、判断はできなくても、聞き惚れることは出来る。

 世にも珍しい竜の昔話を。

 

 


 オヌシら、古代魔法帝国についてどこまで知っておる?

 魔動船である海姫の雷号の原型を作ったのが、古代魔法帝国だというのは言ったことがあるはずじゃ。

 それ以外にもちょくちょく話は出てきたと思うがの。

 ああ、そうじゃ。

 姫っ子の城で遭遇した巨大像を作ったのもそうじゃな。

 ワシはその時代を生きた魔法使いじゃよ。

 

 だから、正確な歳なぞ覚えとらんわ。

 誰がボケてるじゃ。竜の感覚からすると、一年なぞあっという間じゃからなあ。

 正確な年数など気にもならんようになるのじゃ。

 

 そうじゃの、どこから話すか。

 やはり最初からかのう。

 オヌシら、古代魔法帝国という名称を不思議に思うたことはないか?

 古くからある魔法帝国だから、古代魔法帝国。

 うむ、ケンカイよ。それは、現代の人間から見た言い方になるのう。

 それなら当時の人間は、魔法帝国と呼称しておったという事に成るのじゃが、今、残っている遺跡や遺産に刻まれた帝国の名称は、<古代魔法帝国>となっておるはずじゃ。

 ワシらの時代から、帝国の名称は古代魔法帝国だったのじゃよ。


 やはり不思議か。

 わざわざ古代を名乗る必要がどこにあるのかと、疑問に思うのが当然じゃ。

 実のところな、魔法帝国と名乗っていた時期もあるのじゃ。

 それは、古代魔法帝国が成立する前(・ ・ ・ ・ ・)の時期じゃがな。


 古代魔法帝国は、魔法帝国を倒したワシ等が作り上げたのじゃからな。


 ん? ワシ等とは他に誰がいたのか、か。

 最終的には、多くの人間が参加したがの。最初は、4名じゃ。

 本当は4名呼ばわりしてよいかどうか、迷う所なのじゃが。

 

 まあ、詳しく話すと本当に長くなのでな。

 かいつまんで話していくぞい。



 かって、魔法帝国と呼ばれる帝国があった。それは、今でいう東の大陸の全てと、西の大陸の大半を領土とする巨大な帝国だ。

 この帝国の始まりは、一つの魔法都市だったという。

 魔法至上主義を掲げた魔法使いの一派が、魔法の力を使って近隣諸国を統べて行き、やがて巨大な帝国に変化した。

 彼らにとって、魔法とは力であり、そして崇拝対象ですらあった。

 そのため、彼らを率いる帝国の主は宗主と呼ばれたという。

 

 

 魔法使いの力は、遺伝する事が多いのは事実じゃ。

 だからかの、魔法帝国は段々と血統主義になっていったそうじゃ。

 優れた魔法使いが祖となって、権力と財力を持った貴族の名家となっていった。

 ワシが生まれた時は、それが行き過ぎておってのう。

 貴族の名家に生まれぬ限りは、人として扱われぬような、そんな時代じゃった。

 しかも、魔法の能力の有無すら関係なくなっておったのじゃ。


 

 魔法帝国は、創始者を宗主とした国家形態をとった。

 宗主を支えるのは、帝国勃興の頃に活躍した優れた魔法使いを祖とする貴族の名家である。魔法至上主義を唱えた魔法帝国にとって、魔法の力をもつ魔法使いこと力の象徴であり、富を得る手段でもあったのだ。

 魔法使いの血は遺伝することが多い。そのため、帝国では段々と血統が重視されるようになる。

 初期においては、名家に生まれながら魔法の力を持たない者は、迫害の対象にすらなったのだが、時代が進むにつれて事情は変わっていった。

 今は、魔法の力を持ってないが、優れた血を引いているのだから、その子供は優秀な魔法使いとなる可能性が高い。だから、必要なのは、大いなる血を引いているかどうかで、魔法の力を持っているかどうかは関係ない。

 そのような主張が通るようになってきたのだ。

 魔法至上主義は、歪んだ血統重視主義、つまり貴族の血を尊び、他を全て貶めることに変化していったのである。



 

 もちろん、血筋というものも大切じゃが、世には全て例外というものがある。

 両親とも魔法使いの血を引かぬのに、強力な魔力を持って生まれてくる者も多かったのじゃ。

 ワシもその一人であった。

 じゃが、ワシが生まれた時代では既に魔法帝国は、そんな卑しい血から生まれた魔法使いを尊重するような国では無くなっておったのじゃ。

 むしろ、迫害どころか、見つけ出しては処刑するのが常じゃった。



 

 帝国初期においては、野に生まれた逸材を自分の一族に迎えて魔法の力を高めようとした名家も、時代が進むにつれて受け入れることが無くなり、それどころか、自らの権威を損ねる者とし排除するようになっていった。

 勿論、国是としては魔王至上主義を掲げ続けている魔法帝国は、そのような人材の排除を陰湿な手段で行っていた。



 

 奴らは、盛大に送り出したのじゃよ。

 野に生まれた魔法使い達をな。

 どこにじゃと?

 真竜・・の討伐にじゃ。




 真竜、それは、魔法帝国の時代において、唯一認められていた不干渉対象生物。

 かの生物の行動を制限するために、魔法帝国は大軍を繰り出した。

 だが、それは直接対峙するためでは無い。

 真竜の行動範囲の外から結界を作り、徐々に封じ込めていくためにだ。

 そして、魔法帝国は真竜を、西の大陸の1/3の範囲に封じ込めることに成功・・していた。

 逆にいえば、世界のほとんどを手中に収めた帝国が、大陸の1/3を放棄しても隔離したかった相手が真竜だ。

 そして、魔法帝国は真竜を利用した。

 自分たちの国是を曲げぬように、しかし、確実に邪魔者達を処分するために。

 封じ込めに成功してから、不干渉対象生物では無くなった真竜の討伐に在野の魔法使いを動員したのである。

 貴族の血を引かぬ在野の魔法使い。

 それは、魔法至上主義を掲げながらも、血統主義に移行していた帝国貴族たちにとって、目障りな存在だった。

 だからといって直接手を下して殺すことは、建前になりつつとはいえ国是に反する行為だ。帝国貴族たち同士も権力闘争を行っている。

 相手の落ち度を見落とさず、常に相手を陥れることを考えている、そんな闘争だ。

 国是に逆らうような、うかつな行動をとることは、対立する貴族家につけいる隙を与えてしまうのだ。

 だが、帝国貴族たちは巧妙だった。

 表では対立しながらも、自分たちの立場を守るために裏では協力し、在野の魔法使いを処分する方法を確立していった。

 それが真竜の討伐である。




 奴らのやり方は巧妙じゃった。

 魔法使いの素質を持ち貴族の血を引かぬ者を、子供の内から集めて教育したのじゃ。

 もちろん、子供の親が簡単に手放す者達ばかりではないのじゃが、金と権力と流言で強引に集めておった。

 一番酷いのは流言かのう。あの時代、在野の魔法使いの素質のある子供は、放っておくと力を暴走させて災厄の元になると思わされていたのじゃ。

 そのせいで、どれだけの子供が殺されたことか。

 そして、殺すくらいなら金に換えてしまえ、国の施設に預けてしまえと。

 そういう風潮が出来あがっていた時代にワシは生まれた。

 普通の農家の3男としてな。もちろん、貴族の血など欠片も引いておらんかった。

 ワシが魔法使いの才を示したのは6歳のころじゃった。

 誰に習うわけでもなく、雷の魔法を使うことができたのじゃ。

 そして、それを両親に自慢して3日後、ワシは国に売り飛ばされたのじゃ。

 もっとも、そのことに気付いたのはもっと成長した後じゃったな。

 その当時は、自分の才能が認められたと勘違いして有頂天じゃったからのう。

 今思うと、歯がゆい事この上ないのじゃが。

 

 


 

 集めた在野の魔法使いの子供を、帝国貴族たちは教育した。

 魔法に関する教育は真っ当なもので、当時の最新理論を元にきちんとした教育が施された。

 それは、仏の帝国貴族が受ける教育より高度と言えた。

 ただ、当然最新理論に基ずく魔法というものは、手法が確立されていない危険なものも多い。その実験台にされていたという側面もあるが、通常の帝国貴族が受ける教育より危険だがより高度な教育が施されたことは事実である。

 たとえ、それが、死ぬことを前提とした真竜の討伐に向かわさせるためだとしても。


 

 教育施設は、全寮制じゃった。

 まあ、両親から引き離されて生活するのじゃから当然じゃな。

 ワシは、有頂天じゃったから至極陽気に日々を過ごしておったものじゃ。

 後から思えば、腹正しいことじゃがな。

 そこには、大陸中からいろいろな子供が集められてきた。

 それこそ、聞いたことのない土地から来た者も多い。中には、慣れぬ環境に馴染めず、泣き暮らしていたものもいたのじゃ。

 そう、東海母竜となる前の少女・マリアもそんな連中の一人じゃった。

 華奢なくせに、気が強い女じゃったのう。


 ん? なる前とはどういう事だと?

 文字通りじゃ、ワシもマリアも、後に竜と呼ばれる者達は全て、人間じゃったのだからな。


 

 

 リオウ達のような、魔法使いの才能がある在野の子供たちを集めて教育し、魔法使いとして成長したところで、真竜の討伐に行かせて死亡させる。

 それは、残酷なシステムだった。

 帝国貴族達にとっては、自分たちの地位を脅かす可能性のある者を始末し、かつ魔法を極めるための実験体を自由に手に入れることができるシステム。

 真竜の元に積み上げられる死体が増えれば増えるほど、彼等の敵はいなくなり、魔法の実験ははかどる。

 危険な魔法は実験体で試し、安全が証明されれば自分たちが取り込む。

 そのカラクリに気付いたのは、当の実験体とされた子供たちだった。

 それはある意味当然だ。

 自分たちの先輩たちが、ある日突然いなくなり、そして2度と帰ってこないのだから。

 そして、それが何年も何年も続くのだ。

 見ない振りをしていても、いずれは気づかされる残酷な事実。

 自分たちは、死ぬために、ここにいて教育を受けているのだと。




 ワシは優秀な生徒じゃった。

 成績が優秀というだけではない。

 残酷なシステムに気付かず、ひたすら魔法を極めようと危険な実験に手を出す理想的な実験体。

 それが当時のワシじゃ。

 そのワシの目を醒まさせ、残酷な事実に気づかせてくれたのがマリアじゃった。

 マリアも魔法の成績は優秀でな。ワシに匹敵する存在じゃった。

 お互い競り合って、魔法使いとしてどちらが優れた存在か証明しようとしたものじゃ。

 じゃが、スタート地点は異なっておったな。

 ワシは、自分の置かれた環境を疑っておらなんだ。

 マリアは、常に疑っておった。

 それは、ワシらが恋人同士《・ ・ ・ ・》になってからも、変わらぬスタンスじゃったよ。


 

 

 

 そして、魔法帝国の終焉を告げる事件が起きる。

 それは、在野の魔法使いを処分するための定期的な行事。

 リオウ達の世代が真竜討伐に派遣された時に起こったのだ。

 

 真竜とは恐ろしい存在じゃった。

 そして美しい存在じゃった。

 ワシ等の世代が討伐に参加する日が来た。

 人数は、ざっと200名ほどおったかの。

 全てが最低でも一流と言われるレベルの魔法使いじゃ。

 足手惑いということで、2流クラスの魔法使いは参加できなくなっていた。

 まあ、帝国貴族が排除したいのは、自分たちの血を引かぬ優れた魔法使いなのじゃから当然じゃな。自分たちの引き立て役は残しておいたということじゃ。

 真竜を封じておる結界の中に、ワシ等は連れていかれたのじゃが、最初ワシ等は勝てる気でいた。

 特にワシは自信満々じゃったわい。

 その愚かしい自信は、真竜の姿を一目みた瞬間粉々に崩れたのじゃがな。




 リオウ達の世代が10年に及ぶ教育を受け、一流の魔法使いとして認められた頃、真竜の討伐が計画され実行された。

 既に、魔法帝国は真竜討伐を定期的に実行するために、真竜を封じ込めている結果の直ぐ近くに転移門を建設していた。

 その門を通ってリオウ達は、真竜の討伐と言う名の処刑に参加させられたのだった。

 揚々と真竜が棲んでいる地点に移動しようとした魔法使いたちは、結界に足を踏み入れて暫く進んだ後、急に目の前に現れた存在に目を奪われた。


 真竜である。

 真竜が突如目前に現れたのである。

 長距離瞬間転移を行ったと理解できたものは少なかった。。

 それほど、静かに、魔力の乱れも大気の乱れも感じさせずに出現したのだ。

 むしろ、ここにいる全員が今まで何故見逃していたのだろうと思ってしまうほど、それは自然にその場に存在していたのだ。

 

 大人3人分の体高。サイズだけで見るのなら大きいとは言えない。

 だが、魔法使いにとってその姿は、聳え立つ巨大な山のように感じられた。

 魔力の桁が違う。しかも感じられる波動は魔力を隠匿しているときに感じる波動だ。

 

 次の瞬間、真竜は魔力を隠匿することをやめた。

 強大で高質の魔力が大気に溢れる。

 あるものはそれを暗闇を照らす灼熱の閃光として認識した。

 あるものはそれを大気を震わす轟音として認識した。

 あるものはそれを古く上質で強烈な匂いとして認識した。

 あるものはそれを大地を砕く振動として認識した。

 全ての魔法使いが、それぞれの方法で真竜の魔力を認識したのだ。


 共通しているのは結果のみ。

 全ての魔法使いが、自分の認識に耐えきれず地に倒れたことである。

 



 ワシには周囲の大気が爆発して輝き、体を切り裂くような衝撃を全身に喰らったような気がしたものじゃ。

 じゃが、それでも真竜は美しかった。

 体中の細胞すべてに訴えかけるような圧倒的な力は素晴らしかった。

 ワシが目覚めたのは、気絶してから暫くたってからじゃったのだろう。

 日が暮れかけておったからのう。

 今でも、その時の事は鮮明に覚えておる。

 脳裏に念話が響いたのじゃ。それは、強く、美しい波動じゃった。

 

 


 

 真竜は語りかけた。

 

”生あるものよ、起きよ。然らば、我が力を与えよう”


 そして、4名の魔法使いが立ち上がった。

 それが、古代魔法帝国の創始者となる4体の竜に変じる者たちであった。


 



 生き残っておったのは、ワシとマリア、それにワシの友人の2名だけじゃった。

 他の者達は、全て死んでいた。

 その時のワシ等は冷静な判断などできる状態じゃなかったが、真竜が嬉しそうな事だけは判った。ワシ等はあの一瞬のうちに、それが判るぐらいまで影響を及ぼされていたのじゃよ。

 真竜は言うたのじゃ。


”我が力を受け入れよ。さもなくば死を与えるのみ”

”我が力は祝福にして呪い。竜と変じ魔法を極めるか、人としてこの場で死ぬか。好きな方を選ぶがよい”

”選べ、汝らは我が子か、それとも我が敵か、”

”災いと救いの主となるか、それとも朽ちて土となるか”


 ワシ等4人が聞いたと思った内容は、異なっておるがどれも意味は同じじゃった。

 そして、ワシ等は選んだのじゃ。

 力を受け入れることを、魔法を極めることを、竜の子となることを、災いと救いの主になることを。

 真竜の望みを聞きいれたのじゃよ。


 


 真竜の討伐が行われてから七日後の魔法帝国首都を、4体の竜が襲った。

 竜たちは魔法帝国の魔法使い達と戦い勝利した。

 帝国貴族達は、早期に降伏した少数のものを除き全て戦死。

 ただ、宗主と呼ばれる魔法帝国の皇帝は行方をくらましたといわれており、その生死も生き末も知られていなかった。

 僅かに残る記録は、魔法帝国歴242年に竜の襲撃があったと伝えている。

 竜たちは帝国を掌握すると、血統に依らない真の魔法至上主義を提唱した。

 そして、帝国初期の理想に立ち帰るためにと、帝国の名前を古代魔法帝国へと変更したのだった。

 そして、古代魔法帝国は、人々の間から元となった魔法帝国の記憶が薄れるほど長く続いていったのだ。


 


 

 ワシには、真竜がなぜ力をワシらに与えたのか判らん。

 ワシだけではない、他の3人も判らぬままだった。

 だが、真竜は生きるのに飽きていたのかもしれぬのう。

 真竜は、ワシらに力を与えて竜化させると、そのまま空気に溶け込むように消えてしもうたのじゃ。

 死んだのか、隠れたのか、それとも消滅したのか。

 いまだに判らぬことだらけじゃが、ワシ等4名は話あった末、協力することにした。

 すなわち魔法帝国への報復と、新秩序の確立。

 その結果が古代魔法帝国の誕生というわけじゃよ。


「東海母竜とやらが爺さんの恋人か、なら、なんで必死で逃げてるんだ?」

「ボクたちが、ここに来たのも、マリアさんがリオウさんに会いたいだけなんですか?

 なんか、ロマンチックです」

「いや、こいつはもっとドロドロとした関係だろう」


 なにせ、化け物としか言いようのない存在をけしかけられた経験があるのだ。

 とても、思い人に会いたい女の行為とは思えないケンカイだった。


「以前もいったであろう。竜になると人の考えが判らなくなると。

 古代魔法帝国の崩壊も、結局はそれが原因だったのじゃろうなあ」



 

 竜たる4名は、2名の海竜、1名の空竜、1名の地竜。

 彼らによる古代魔法帝国の統治は、100年程の間は何の問題もなく続いた。

 100年を経ても、彼らは変わらぬ姿のまま健在だった。

 だが、外見上は変わらぬ彼らの内面は徐々に変質していたのだ。

 強欲になったわけでは無い。

 冷酷になったわけでも無い。

 残忍になったわけでも無い。

 それは、ある意味もっとも酷い変化だった。

 彼等は、人間への興味を無くしていったのである。

 いや、正確には、人間の考えが、人間の感情が判らなくなっていったのだ。

 人間から見た蟻。

 竜の彼らは、人間をそのようなモノとしてしか、いつしか認識できなくなっていた。

 


 

 

 最初に去って行ったのは、空竜じゃった。

 次が地竜。

 そして、次が海竜・マリア。

 ワシが最後まで残ったのは、人間と契約することで、人間の感覚を共有することが可能だったからじゃ。

 マリアも最初は、ワシと同様に人と契約しておったが、いつしか嫌がるようになり去って行った。そして、東の海で東海母竜を名乗りだしたのじゃ。

 他の2名は去って行ったのち、己の拠点を作り上げた後は眠りについてしもうた。

 当時ですらどこにいるか判らんようになった。

 ワシは独りになってから100年程は留まったがのう。

 孤独に負けて、マリアに逢いに行ったら、いきなり捕まって幽閉された。

 なんとか逃げ出すことに成功したのじゃが、捕まっておる間に当時の契約者が殺されてしもうてな。

 新しい契約者を決めるより先に、ワシの人間への興味が薄れてしもうた。

 ワシは真竜がいた西の大陸の方向に去ったのじゃ。

 その後、古代魔法帝国がどうなったのか、ワシにもよう判らん。

 西の大陸の西部は、真竜がいたせいで魔法帝国の影響が少ない土地じゃったからのう。

 それは古代魔法帝国の時代でも、大して変わらなかったのじゃ。

 そして、西の大陸近くの島を拠点にしておったら、いつの間にか近隣の人間に神様扱いされてしもうた。

 その後も、ごくたまに人間と契約をしたことはあったが、結局飽きてな。

 何度か休眠と覚醒を繰り返していたのじゃが、ある時、休眠から醒めてみると、島ごと封印されておったのじゃ。信仰心を利用した厄介な結界じゃった。

 その後は、オヌシが来るまで島に封印されたまま過ごしておったのじゃよ。


 


 時折脱線しつつも、リオウの長い話は終わった。

 既に夜は更けている。夜明けも近い。

 

「つまり、爺さんは未だにマリアって女のことを忘れられなくて、そいつに似たユッキに固執しているということか」

「オヌシの頭の中では、ものすごく俗な話になったのじゃな」

「違うのか?」

「・・・認めたくないが、大差はないのう」

「恋話ですね。しかも、悠久の時を経た恋話ですよ。ご主人さま。ロマンチックです」

「リネスもそういうのに憧れる年頃か。だが、爺さんの相手は、相当病んでいるぞ。オレたち人間から見るとな」

「今のワシから見てもそうじゃな」


 だから、捕まるわけにはいかぬのじゃよ、とリオウは呟いた。

 

「まあ、大体の事情は分かった。爺さんのせいで、オレがユッキを優先したということだな。爺さんの感情に流されないように注意すりゃいいだけか」

「簡単にはいかぬと思うが、オヌシじゃからのう」


 あっさりと、自分の影響を無力化できるかもしれない、とリオウは思う。

 それほど、ケンカイという人間は、リオウの知っている他の人間とは違っていた。

 リオウがケンカイと一緒に西へ向かう理由の一つには、ケンカイがどんな環境で育ったのかを知りたい気持ちもあるのだ。


 


 

 リネスが自室に戻ると、ユッキが目を醒ましていた。

 ユッキはリネスを不思議そうに見ていた。


「ユッキちゃん、どうしたの?」

「リネス、変」

「え? ボク、何か変かな?」

「ケンカイの部屋に行ったのに、ケンカイの匂いが薄い」

「え?」

「メイなら、もっと匂いがしてるのに」

「え、えーと。ユッキちゃん意味わかってる?」


 ユッキは首を傾げた。


「何か、意味ある? あたいは感じたままを言っただけ」

「えーと」


 リネスはどう言うべきが悩んだが、眠気に負けて考えるのが面倒になってきた。


「ボクにはまだ早かっただけだよ。さ、ユッキちゃん。もう一眠りしよ」


 そして、リネスはベッドに潜り込む。

 嬉しそうに頭を擦り付けてくるユッキ。

 そして、ユッキに似ているという人間だった時のマリアの話。

 リオウの語った内容を思い出しながら、リネスは眠りについたのだった。






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