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漁師と海竜 海原を行く  作者: 赤五
第四章 迷宮都市編(後編) 最深層に潜むもの
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第4話 地獄階層の探索

 ムロイ率いる探索者チームが発見した21階層。

 魔法罠と機械罠が混在する上、出現する怪物は全て処刑屋と呼ばれる強力な怪物である。

 20階層までは、存在する罠は魔法罠だけだった。そこに機械罠が混じった事で今までの罠の探索方法と解除方法では不十分となっている。

 更に、それまでの階層では滞在時間をオーバーした時や、大人数の攻略を行おうとした時のみに現れる強力な怪物の処刑屋が、普通に徘徊し、また唐突に出現する。

 今までの迷宮探索の常識が通じない階層なのだ

 しかし、そこで得られる物は非常に魅力的だ。

 これまでの階層では、希少品レアドロップとしてしか得ることのできなかった魔法道具が、普通の収穫品として得られるのである。

 欲に釣られ、21階層へ挑戦した探索者チームは多い。

 そして、そこでメンバーを失ったり、全滅したチームも非常に多かった。

 各店の筆頭探索者が集まった白い黒犬亭の探索者が挑戦しているにも関わらずである。

 いつしか、この階層は探索者達の間で、地獄階層と呼ばれるようになっていた。



「さてと、ここも久しぶりだな」


 ケンカイは21階層へ続く穴の淵に立っていた。

 自動人形型宿泊用魔法道具・海姫のテストが終わり、当初の予定通り21階層の探索を行うためである。

 最初は、ケンカイが鋼鉄の盾の救出に使った縄梯子しか、上り下りの手段が無かったのだが、今では木製の階段が取り付けられており、以前よりも楽に移動することが可能となっていた。

 これは白い黒犬亭の店主の頼みで、ケンカイ達、海熊の銛と、ムロイ達、鋼鉄の盾で資材を運び込んで組みつけたものだ。

 

「他のチームは・・・下に一つのチームがいます」


 リネスが鴎のジョナサンで偵察を行い、周囲の様子を確かめた。


「ん、最近よくいる待ち狩りをしているチームかな」

「だろうな」

 

 普通、迷宮の探索は迷宮の中を歩き回って行うのだが、21階層の危険性が知られるにつれ、20階層への通路付近で待機して、迷宮内をさまよっている処刑屋が現れるのを待つチームが増えていた。

 これは、21階層では滞在の制限時間が無く、長時間滞在してもそれによる処刑屋の発生がないために実行可能なやり方だ。

 そうやって、一体の処刑屋を倒した後、直ぐに21階層から退避することで安全性を高めているのだ。

 だが、その方法を使っている限りは21階層の攻略が進まない。

 文句を言うつもりもないが、ケンカイとしては当てが外れた気がするのも事実だった。

 21階層に降りてきたケンカイ達に、待ち狩をしているチームのメンバーが1人近づいてくる。

 大人数による攻略防止のための処刑屋は、この階層でも発生するので、迂闊に合流することがないように交渉役の人間がいるのも、ここでの特徴である。

 

「よお、この先は俺達のチームが陣取ってるんだ。悪いが、他の通路に行ってくれ」

「オレ達は待ち狩りをする気は無い。通るだけだ」

「げ、先に行くつもりかよ。度胸あるな」

「行かなきゃ次の階層が見つからないだろう」

「まあ、さすが、海熊の銛、だな。俺達は身の程に合わせて、ここで狩るぜ。

 あんたらといい、さっきの奴らといい、ここで平気に探索できるチームがこうもいると、自身がなくなっちまわあ」


 ケンカイは気になった。この階層で探索と呼べる活動が出来ているのは、ケンカイ達と鋼鉄の盾ぐらいである。だが、鋼鉄の盾は今日は潜る予定は無い筈だった。


「他にも探索しているチームがあるのか。どこのチームだ?」

「ああ、あいつはムルガルだったな。剣の誉れだよ。チームの人数は3人に増えていたがね」



 剣の誉れのリーダー、ムルガル・ラシアはリリスの連れてきた男の動きに感心していた。

 ムルガルは、21階層での探索は、一度挑戦して今のままでは無理だと判断していた。

 剣の誉れは、罠の探索・解除を担当するリリスと、戦闘を担当するムルガルのコンビによって成り立っているチームだった。

 20階層まではそれで何も問題は無かったのだが、21階層は訳が違った。

 地獄階層に出現する怪物・処刑屋の相手をするのに、リリスの援護を受けてもムルガルだけでは手に余るようになったのだ。

 辛うじて処刑屋を倒すことは出来たが、その戦闘で負った傷や体力の消耗を考えると連戦をすることは自殺行為だった。

 戦力を増やしたいが、自分が元いたチームである誉れの道のメンバーを連れてきても、足手まといにしかならないのは明白だった。

 そもそも実力差がありすぎるからこそ、所属していた誉れの道を脱退して、剣の誉れ、という新しいチームを作って深い階層へ挑戦していたのである。

 悩んでいたムルガルの元に、リリスが、助っ人を探してきたといって男を連れてきたのだ。

 リリスが連れてきた男を、初めて見た時にムルガルが感じたのは、男の印象の薄さだった。本当に、そこにいるのか疑ってしまうような薄い印象しか残さない男。

 だが、よくよく見ると、鍛えられた体や鋭い目つき、隙のない動きといった強烈な出来る男という印象が沸いてくる。

 しかし、男全体を見るとひどく影が薄くなる。そんな奇妙な男だった。

 だが、ムルガルはリリスの目利きは信用していた。

 そのリリスが連れてきた男である。試してみるだけの価値はあるだろう。

 ムルガルはそう思い、一緒に21階層への探索をしてみることになったのだ。

 

「ラリスと言ったな。私は剣を使うが、きみの得物は何だ?」

「これを使う」


 ラリスはぼそりと言い、腰につけていた武器を見せた。それは、狼の爪の様な突起をもった護拳だった。


「変わった武器だな。間合いが短すぎないか?」

「慣れている」


 それだけを言うと、これ以上話しかけるなと言いたげにムルガルに背を向けるラリス。


「ラリス。あなた、無愛想にもほどがあるよお。雇い主様に向かって、その態度。あたしは感心しないよぉ。ごめんね、ムルガル。こいつ、これでも腕はたつから」

「いや、私は別に気にしていない。仕事を果たしてくれればそれでよい」

「攻撃は、ラリスに任せておいて。ムルガルは、|あたしを守ってね《・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・》」

「わかった、わかった。役割分担だな。罠には気を付けてくれ。ここでは、今までと違って機械仕掛けの罠もある筈だ」


 ムルガル達剣の誉れは21階層での探索を開始した。

 そこで、ムルガルはラリスの戦う姿を見ることができたのだ。

 ラリスの動きは速かった。黒い衣服を身に着けているため、その動きはまさに黒い風。

 速く、そして柔軟に動く。

 処刑屋と対峙しても、動揺を一切感じさせない。処刑屋がまるで格下の相手であるかのようにあっさりと倒してのけた。

 ムルガルですら、ラリスが処刑屋を貫いた一撃を見ることができなかった。

 ラリスが処刑屋の近くに、滑るように移動した後、貫かれた処刑屋を支えているのがラリスの右手であったことから、護拳を付けた右手の突きであったことを理解したほどだ。

 

「まだまだ、世の中には無名の達人もいるものだ。私も精進しなければな・・・」

「んー、ラリスは特別だから。ムルガルじゃ真似しないほーがいいよぉ」

「む、確かに現時点では彼に劣ることは認めるが、将来はどうなるか判らないだろう」

「でもねえ。ムルガルは人間で、ラリスは超人だから」


 リリスはにんまりと笑った。


「それに、将来があるかもわからないしねえ。

 だって、ケンカイさんがここに降りてきたし」

「予定通りにするのか?」

「だって、あなたもいつまでもここにいる訳にはいかないし。そうするのが一番でしょ」

「運任せの要素が多すぎる。リリスの悪い癖だ」

「それくらいじゃないと、面白くないよお」


 ムルガルには理解できない会話を交わす二人。


「二人とも何を喋っている? ここは危険な場所だということを忘れるな」

「はいはい、判ってますよお。ほら、処刑屋さんも来たし」


 リリスは通路の先を指さした。そこには、死神のような姿をしている処刑屋がいた。

 ゆっくりと近づいてくる。


「じゃあ、ムルガル、|約束は守ってね《・ ・ ・ ・ ・ ・ ・》」


 リリスは無造作に処刑屋の前に歩いていく。

 身を守るための短剣を抜いてもいない無防備な姿で。


「な、危ないぞ、リリス。何をしている!」


 リリスは答えない。歩みも止めない。ただ、処刑屋に近づいていくだけだ。

 ムルガルは、咄嗟に剣を抜き駆け出した。

 処刑屋が鎌を振り上げるのが見えた。

 剣での一撃を加えるチャンスだった。リリスなら鎌の一撃くらい簡単に躱せるはずだ、とムルガルは思った。

 だが、ムルガルはリリスの前に立って、盾になることを選んでいた。

 本人が意識しない内に。

 そして、振り下ろされた鎌がムルガルを貫く。

 自分が何をしているのか、何が起こったのかを理解できないまま、ムルガルは急所を貫かれた。

 激痛と薄れていく意識の中、最後にムルガルが聞いたのは満足そうなリリスの声。


「ありがとう。約束を守ってくれて」


 そして、ムルガルは息絶えた。その姿は無謀な挑戦をした探索者の末路にしか見えなかった。


「じゃあ、手筈通りお願いね。ラリス」

「我は気が進まぬが。不確定要素が多すぎる。運任せは好かぬ」

「あら、運任せじゃないわ。うまくいったら筆頭探索者のチームに入り込めるのよ」

「うまくいかなかったら?」

「その時は、あなたと一緒に宗主様の所に戻れるじゃない。どっちに転んでも、あたしには損は無いよ」


 ラリスは溜息をついた。


「死ねば戻るも何もないだろう」


 リリスはおかしそうに笑った。


「あたしが死ぬ? なかなか難しいよぉ」

「まあよい、リリスに協力をするとうっかり(・・・)言ってしまったのだ。宗主様の取り巻きもとやかく言うまい」

「じゃあ、お願いね。予定通り、チャンターの女をちゃんと殺してよね」

「わかった。そろそろ行け。人の匂いが近い」

「この距離じゃ、ラリスの感覚の方が上なのよね。ほんと、妬ましい人だこと」

「余計な事を言うなら、行動しろ。そろそろ押さえておくのが辛い」


 ラリスは、死神の様な処刑屋の首筋に指を突き立てていた。

 それだけで、処刑屋の動きが止まっている。

 そんな不思議な光景も、リリスにとっては当然の事だった。

 リリスもラリスも、魔法帝国の産んだ超人なのだから。



「前から、誰か来ます!」


 リネスは先行させていたジョナサンが見たものを報告した。


「女の人、男の人を引き摺って走ってきてます。

 あ、剣の誉れのリリスさんです」

「追われているのか?」

「ちょっと待ってください・・・処刑屋が後ろに!」

「メイ、下がれ!」

「ん、承知した。ケンカイ、油断しないで」


 ケンカイは、メイから事前に聞いていた話を思い出した。

 正直、普通なら信じられる話ではないが、ケンカイは海竜のリオウを知っている。

 それと比べれば、その程度の話が事実だとしても不思議ではない。

 リオウから制約術についても、詳しい内容を聞いていた。

 それは、言葉による約束を曲解しつつ押し通すという精神に作用する魔法。

 それさえ知っていれば対処は簡単だ。

 約束さえしなければよい、とケンカイは考えた。

 それは間違いでは無い。この後の失敗は、リリスとは関係の無いことが原因で起こったのだから。


”リネス、あの女の言葉に絶対返事をするな”

”え、はい。どうしてですか?”

”後で説明する”


 既に目前にリリスはいる。そして、その背後に迫る処刑屋。

 リリスの表情に不審なものはない。

 追い詰められた筈の女が浮かべているのは、恐怖。

 そして、そこに現れた救い主への期待と不安。

 この場で浮かべるにはふさわしい表情をしていた。 



 

「お願い、助けてっ」

 

 小柄でグラマーな女が、男を引き摺りながらこちらに向かって走ってきた。

 ケンカイにも見覚えのある組み合わせ、剣の誉れのリリスとムルガルだ。

 ムルガルは体に大きな切り傷を受けている。

 明らかに致命傷だと判る傷だ。既に息絶えている可能性が高い。

 その傷は、彼らの後ろから迫る処刑屋の持つ鎌によって付けられたようだった。

 ケンカイは、リリスの言葉に何の返事も返さずに大銛を構えた。

 リリスがケンカイの横で立ち止まる。

 ケンカイは一歩前に出て、処刑屋を迎え討った。

 既に何度か倒している処刑屋と同じ種類である。既に、相手がどのように動くか知っているため、ケンカイにとっては手ごわい相手ではない。

 死神の鎌に大銛の銛先をぶつけて叩き折り、斧刃の部分で頭部を砕く。

 一瞬で仕留められた死神のような処刑屋の影から、別の影が飛び出した。


「気を付けて、もう一匹いるの!」


 現れたのは、黒い布を纏った銀毛の狼に似た何かだった。

 処刑屋だと言われれば、そう見えるだろう。

 だが、その姿はケンカイ達でも見たことが無いものだ。

 それは、二本の脚で床を蹴り天井付近まで跳躍した。

 そして天井を二本の腕で押し、ケンカイの背後に向かって着地しようとする。

 恐ろしく速い動きだった。

 だが、ケンカイは相手の動きを目で捉えていた。

 素早く後ろに下がり、迎え撃つ。

 しかし、着地を狙って繰り出した一撃は、相手に躱された。

 銀毛の狼は、着地した瞬間さらに跳躍したのだ。

 それは体重を感じさせない軽やかな動きだった。恐るべき脚力だった。


 後ろの人間を狙っているのか!、とケンカイは思った。


  ケンカイの後ろにいるのはメイとユッキだ。

 ユッキは既に髪を解き、臨戦態勢になっている。

 ユッキの蒼黒い長髪は、武器にもなるし防御にも使える。しかも、ユッキ自身が相当頑丈だ。

 ユッキに比べると、メイの方が脆い。

 メイもかなり頑丈な人間には分類されるのだが。

 

 ケンカイは素早く下がった。

 銀毛の狼。いや、二本の脚で動くその姿は人狼と呼ぶ方が相応しいだろう。

 銀毛の人狼の姿は天井近くにあった。

 そして、再度腕で天井を押した。その動きはさきほどより、更に速い。

 ケンカイはメイを庇うつもりだった。

 だが、咄嗟に動いた体は、ユッキ(・・・)の前に立っていた。


 そして、銀毛の人狼はメイに襲いかかった。


 ケンカイが呆然としたのは一瞬だった。

 自分が何故ユッキを庇う位置にいるのかが判らなかった。

 だが、今危ないのはメイである。

 人狼の動きは速く、メイは対応できていない。

 ケンカイは大銛を投げた。既に身体強化は発動済だ。

 空中からメイに向かって蹴りを放つ人狼。

 足の指にはナイフの様な爪が生えている。

 足がメイに触れた瞬間、投擲された大銛が人狼に命中した。

 だが、大銛は人狼を貫けなかった。

 銀毛の人狼が、腕で銛を払う。人狼は拳に護拳を付けており、それで銛先を横に殴りつけた。

 それでも大銛の勢いを殺しきることはできず、人狼は壁まで吹き飛ばされた。

 そこにケンカイが柳葉刀を抜いて斬りかかる。

 鉈の様な幅広の刃が、人狼の背中を斬った。

 人狼は傷を気にした様子も無く、素早く飛びずさりケンカイと距離を空ける。

 ケンカイが切りつけたにも関わらず、傷は浅いようだった。

 銀の毛皮は、相当に頑丈らしい。


「雷網」


 その人狼に向かって、ようやく動きについてこれたリネスが魔法を放つ。威力は弱くなるが、広範囲にわたって雷を撒き散らすことのできる魔法だ。

 人狼の動きの速さから、普通の雷では当たらないとリネスは考えたのだ。

 だが、銀毛の人狼はその魔法ですら躱しきった。

 そして、そのまま迷宮の奥に消えていったのだった。


「メイっ!」


 ケンカイはメイに駆け寄った。

 メイは倒れていた。体の下に血が溢れていた。

 人狼の爪の一撃は、メイに命中し、その体を抉っていたのである。

 

 リオウは分体である青い猫を通して、その様子を見ていた。

 銀毛の人狼。

 その姿を見た時、それは、彼の古い記憶を呼び起こした。

 封印していた筈の感情が溢れる。それは、契約を結んでいるケンカイにも影響を及ぼすほど強いものだった。


”ケンカイ、あの狼は処刑屋ではないぞい。気を付けるのじゃ”


 そして、リオウは猫の分体を迷宮の奥へ進ませた。

 銀毛の人狼。

 迷宮に消えた、その姿を追って。

 



 

 リリスは怒りを抑えきれなかった。

 それは、当初の目的などどうでもいいと思えるほどの強い感情だ。

 リリスが最初に立てていた計画は、単純なものだった。

 ムルガルの死を利用して、ケンカイに近づき仲間となる。

 そのために、役割がかぶる上に自分の事をやたらと警戒しているメイを殺しておく。

 リリスの制約術を併用すれば難しい事ではない筈だった。

 そして、ケンカイを利用して迷宮の宝を集めて、組織へと持ち帰る。

 ついでに、妙な気配を感じた青い猫についても調査をする。

 そうするつもりだったのだ。

 だが、今のリリスにとって、そんな打算は過去のものだった。

 リリスは怒っていた。

 ケンカイは、ラリスを傷つけたのだ。

 宗主様にもっとも近い体を持つ男を、そしてリリスが愛してやまないモフモフの体を持つ男を、ケンカイは傷つけたのである。

 リリスは、ムルガルの死体から手を放した。

 ケンカイは、メイの傍にいる。

 リリスの武器は、制約術だけではない。むしろ、そちらはおまけに近い。

 リリスは超人。魔法帝国の産みだした生体兵器である。




 ケンカイは、メイの体を抱き起した。

 リオウからの念話があったが、今はそれよりもこちらの方が気になっていた。

 メイの体からは血が流れている。

 出血が酷いが、かろうじてメイは意識を保っていた。


「大丈夫か?」

「ん、大丈夫と言いたいが、実は結構痛い」

「出血が酷いな。傷をふさがないと」

「なに、心配するな。女は、男より出血に慣れているのだよ」

「強がっている場合か。リネス、メイの傷の手当てをしてくれ」


 ケンカイはリネスを呼んだが、リネスより先にユッキが近寄ってきた。


「メイ、血が出てる。傷塞ぐ?」

「できるのか?」

「あたい、できる」


 ユッキは伸ばした髪の一部を、メイの脇腹の傷に被せた。

 

「つっ」


 メイが小さな悲鳴を上げた。

 体の力が抜けて、ぐったりと意識を失う。

 ユッキが髪を外すと、メイの傷口は塞がっていた。

 正確には、メイの髪が傷口を縫い上げていたのだ。

 それは、細かく縫い合わされており、酷い傷が残ることは無いだろうと思わせた。


「消毒もした。これで、メイ、大丈夫」


 思わぬ特技を披露するユッキ。


「ユッキちゃん、凄いね」


 リネスがユッキの頭を撫でる。ユッキは嬉しそうに笑った。


「助けてくれてありがとう。ケンカイさん、それと海熊の銛の皆さん」

「いえ、どう・・・」

”喋るなっ”


 話しかけてきたリリスに返事をしようとしたリネスは、ケンカイからの念話で言葉を止めた。


「そっちの、チャンターの人も大丈夫? ごめんね、巻き込んじゃって」


 リリスは気にした風もなく言葉を続けた。

 豊満な胸を見せつけるかのように、両腕を胸の下から体に巻きつけている。


”ご主人さま、リリスさんがどうかしたんですか? さっきから変ですよ”

”こいつは、危険らしい。とにかく用心していろ”


「あ、巻き込んじゃったから気を悪くしている? さっきから冷たいなあ」

「あたい、不思議」


 返事をしたのは、誰も予想していなかったユッキだった。


「なんで、さっきの狼と同じ匂いがする? あなた、敵?」




 猫のリオウは、魔力の痕跡を追った。

 迷宮に消えた銀毛の人狼。その魔力は、リオウが知っていたものに良く似ていた。

 リオウが足を止めたのは、ケンカイ達から少し離れた場所だった。

 

「隠れているつもりなら、無駄じゃ。降りてくるのじゃな」


 リオウが話しかけた方向は天井。そこに、さきほどの銀毛の人狼が張り付いていた。


「オヌシが処刑屋では無いことぐらいは判っておる」

「・・・少年の使い魔か。使い魔が喋るとは驚いた」


 人狼が、ふわりと天井から落ちて床に着地する。着地するときに音は殆ど立てていない。

 膝の力をうまく使って体重を殺していた。

 

「あいつが何か感じていたのは、こういうことか。はて、それだけでは無い気もするが」

「随分と素直なことじゃな。

 あっさりと正体をばらすとはのう」

「もう、隠しても無意味。自分で計画しておいて、あっさりと撤回とは。女は感情の生き物というが、我には理解できん」


 人狼は、随分と人間くさい仕草で肩をすくめた。


「どうやら、皆殺しに方針変更のようだ。なら、少々話すくらい構わぬと言うものだろう」




 

 リリスはユッキの言葉を聞いた瞬間、後ろに回していた手を前に突き出した。

 その手は、女の柔らかな手ではなかった。異形の手だ。

 例えるなら牙をもった獣の咢。

 そして、手を支える腕が伸びた。

 倍以上に伸びた腕が、獣の牙をケンカイに突き立てようとする。

 不意打ちの一撃だったが、ケンカイはメイを抱えたまま素早く動いて躱す。

 

「メイを頼む」


 そして、リネスにメイを預けると、腰の柳葉刀を抜いた。

 大銛はメイを抱えた時に手放していたのだ。


「変な女だとは思っていたが、化け物とは思わなかった」

「化け物って嫌な言い方だなあ。あたし達は人間だよ。どうせなら超人って言って」


 リリスは嗤った。


「そう、魔法帝国の超人。たかが普通の人間とは違う、優れた人間」

「化け物や怪物と区別が付かないがな」


 リリスが再び腕を振り回した。鞭のようにしなる横殴りの攻撃を、ケンカイは柳葉刀で受ける。


「そんな言われ方をすると心が傷つくんだよ。

 人間の証拠だよね。

 ラリスを傷つけた分と、今の分。纏めなくても皆殺し決定だよぉ」





「魔法帝国とはのう。随分と古臭い事をいうものじゃ。なあラリスとやら」

「リリスが喋ったのか。女はお喋りだというが、我には理解できんことだ」


 人狼・ラリスは、猫のリオウを睨む。


「それにしても、リリスの相手をしながら使い魔をこうまで制御するか。

 ケンカイという少年は侮れぬな。我に傷をつけるほどの腕も持っているのに、勿体ない事だ」

「勿体ない?」

「ここで、殺さねばならぬ羽目になるのが、だ。

 我らの仲間になるのに相応しい実力だというのに」

「それは、無理じゃろう」

「宗主様の素晴らしさを知れば、気も変わっただろうに。残念だ」

「魔法帝国の宗主、か。これまた古臭い呼び方じゃな」

「それを判る知識もあるか。ますます惜しい」

「今の世に、魔法帝国など。夢想にも程があるというものじゃ。亡びたのならそのまま消えておけばよいものを」

「亡びたのなら、再興すればよいだけのこと。

 そのために我らがいる」

「オヌシも案外お喋りじゃの。死に土産なら遠慮したいのじゃが」




 リリスは更に変貌した。額に目が開き、魔力の煌めきを宿す。

 だが、リリスが行動するよりも早く、ケンカイは腰の打込鉤を投げた。

 投擲に向いた武器ではないが、回転しながらリリスの顔面目掛けて飛んでいく鉤は、リリスの額の目が輝くと弾き飛ばされた。

 その隙にケンカイは床に転がっていた大銛を掴んだ。

 そして上から襲いかかる牙を受け止め、払いのける。

 リリスの変貌を見てから、直ぐに魔力による身体強化を行っていたケンカイの払いのけは、腕だけではなくリリスの体も巻き込んで壁に叩きつけた。





「死に土産をくれるつもりなら、一つ聞かせてほしいのじゃが」


 リオウは、一旦口を瞑り、ラリスのどんな反応も見逃すまいとするように睨みつける。


「今の宗主は誰じゃ? まさか、カリスではあるまいの?」


 ラリスは一瞬硬直した。それをリオウは見逃さない。


「なら、そやつは本物・ ・か? オヌシはどう思っておるのじゃ?」


 リリスは焦っていた。

 彼女の予想以上にケンカイが強いのだ。

 本来は、不意打ちとなる筈の一撃が何もダメージを与えれらなかったのが計算外だった。

 そしてケンカイの魔力による身体強化。

 普通、魔力による身体強化が継続できるのは僅かな時間のみである。

 体への負荷、魔力の消費が多すぎるため、そうなっているのだ。

 達人と呼ばれるような武術者は、見掛け上の継続時間を延ばすために、細かく身体強化の切り替えを行うことができるのだが、ケンカイは違った。

 桁外れの体力と桁外れの魔力で強引に継続しつづけているのだ。

 今のケンカイの動きの速さは、さきほどのラリスの動きに匹敵する。

 そして、力は遥かに凌駕していた。

 リリスは、額の目から放つ衝撃波と変形させた両手で攻撃を続けた。

 一瞬でも手を休めると、ケンカイからの反撃がくるのだ。

 そして、リリスはミスを犯した。

 ケンカイは一人では無い。仲間がいるのだ。


 ユッキは、目まぐるしく動きまわるケンカイとリリスを見た。

 二人の動きは速い。特にケンカイの動きは、ユッキから見ても常軌を逸している。

 迂闊に攻撃すると、ケンカイを巻き込むかもしれないという思いが、ユッキの行動を止めていた。

 

 リネスはメイを抱えてしばらく呆然としていたが、直ぐに我に返った。

 メイの傷口はユッキによって縫われており、出血は止まっている。

 だが、メイの体温は低かった。

 出血に伴う体温低下。それは、死につながりかねない状態だ。

 早く、メイを地上に運んで十分な手当てをしないといけない。

 リネスはそう思った。

 そして、リネスは躊躇わない。ケンカイとの付き合いは既に一年を超えている。

 彼女にとって、ケンカイはどうやっても死にそうにない異常に頑丈な男として認識されていた。

 それは、幼子が父親に抱く信仰の様な気持ちに近い。

 なので、リネスは魔法を放った。

 さきほどと同じ広範囲に広がる雷網を。

 ケンカイを巻き込んで発動させたのだ。


 リリスは驚愕していた。

 魔法使いの少女が魔法を放ったのだ。

 それも、無差別広範囲の魔法を。

 自分とケンカイの間合いは近い。しかも、両者とも動き回っている。

 その動きは、普通の人間ではついていけない筈の速さだ。

 攻撃魔法など放てるはずがない。そんなリリスの思考の裏をかいて、雷は飛んできた。

 広範囲に。そして無差別に。

 ケンカイを巻き込んだその魔法は、リリスの動きを一瞬止めたのだった。


 ケンカイは雷が迫っていることに気付いても、回避しようとはしなかった。

 ケンカイは知っている。己が纏った魔力が、強力な耐魔法の力を持っていることを。

 海竜のリオウでさえ、ケンカイに魔法の効果を及ぼすためには、ケンカイの魔力を限界まで搾り取ってからでないと無理だったのだ。

 ケンカイとリリスは同時に雷の魔法を受けた。

 そして、リリスの動きが一瞬止まる。

 ケンカイの動きは止まらない。

 ケンカイは大銛を突きだして、リリスの腹を貫き、壁に串刺しにした。

 リリスは悲鳴を上げながらも、そのまま前に進む。

 腹を貫かれたまま、普通に歩くように。

 そこをユッキの蒼黒い髪が襲った。

 リリスの額の目が光を放ち、衝撃波が髪を揺らす。

 だが、リリスの体に到達した髪は、リリスを切り裂いた。

 リリスの服が切り裂かれるが、その下の肌にはほとんど傷がついていない。

 丈夫な体をしていた。

 そこにケンカイが腰の柳葉刀を抜き放ち突撃した。

 鋼の煌めきがリリスの首を襲い、そして両断したのだった。




「・・・くだらぬ問答に興味は無い」


 ラリスは無表情を保っていた。


「それだけで充分じゃがの。あちらはケリが着いたようじゃな」


 リオウは、ケンカイの目を通してリリスの首が刎ねられるのを見ていた。


「・・・残念ながら、そのようだ」

 

 ラリスも何らかの手段で、リリスの状態を把握しているようである。


「今、リリスを失うわけにもいかぬ。使い魔如きを相手にしている場合では無いか」

「ワシを只の使い魔だと思うておると、大怪我をするぞい」


 猫のリオウが、重心を低くして構えた。

 青い毛にまとわりつくように電光が奔る。

 だが、ラリスは誘いに乗らなかった。

 再び天井まで飛び上がると、そのままリオウを超えてケンカイ達のいる方向に向かって走り出したのだ。


”ケンカイ、気を付けるのじゃ。さっきの奴がそっちに戻ったぞい”


 リオウは念話を送ると同時に、人狼ラリスの後を追って走り出した。

 既に、ラリスの姿は視界にない。それほどラリスの動きは速かった。



 

「随分硬かったな」


 ケンカイは柳葉刀についた血を見た。

 首を両断したにしては、あまり血がついていない。

 それを訝しく思うより先に、リオウからの念話が聞こえた。


”ケンカイ、気を付けるのじゃ。さっきの奴がそっちに戻ったぞい”


 銀毛の人狼。ケンカイは、さきほどの黒い風のような人狼の動きを思い出した。

 

「海姫、リネスとメイの前に立て。急げ」

「了解シマシタ」


 それまで後方に取り残されていた海姫が、リネスとメイの前に立った。

 海姫は頑丈な動く木像の形をした魔法道具である。

 さすがに、一撃で破壊されることはないだろう、とケンカイは思い、自分は海姫のさらに前に立つ。


「ユッキも後ろに隠れていろ。あの狼もどきはヤバい」


 最初の対峙では、辛うじて傷を付けて追い払ったものの、あの時の銀狼が全力をだしていたようには見えなかったのだ。

 リリスのように、何らかの攻撃手段を隠し持っている可能性が高い。

 大銛を引き抜く時間は無かった。

 柳葉刀を構えたケンカイ。

 そして、通路に目をやった瞬間、頭上から嫌な気配がした。

 

 ケンカイは反射的に刀を上に振り上げた。硬い物が衝突する金属音がし、ケンカイの目前に人狼が現れる。


「よく、我に気付いたな」

「手前、今、どうやった?」

「言う必要は無い」


 人狼が低く構える。四つん這いに近い態勢だった。

 ケンカイは、柳葉刀を真っ直ぐ人狼に向けた。


「リリスを倒したか。あれも魔法帝国の超人なのだが、大したものだ」

「魔法帝国の超人? なんのことだ?」


 リリスとの対決に全神経を注いでいたため、ケンカイはリオウとラリスの会話まで聞いていなかった。リオウの方は、ケンカイの様子を確実に把握しているあたり、感覚共有の年期の差というものがある。

 だが、猫のリオウをケンカイの使い魔と思っているラリスにとっては、直接ケンカイと会話をしていたという認識であった。


「この期に及んで恍ける気か。

 まあ、よい。今はリリスの方が先だ。

 貴様がカリス様の事を知っているのは気になるが、いずれ再会するときもあろう」


 人狼はその姿勢のまま、床を蹴りケンカイに向かって走る。

 ケンカイは刀を突きだした。だが、刀が敵を貫くことは無かった。

 突き出した刀の切っ先が当たる寸前、人狼の姿が消えた。

 人狼が巻き起こした風だけが、ケンカイの体に到達する。


「!?」

「あっちです、ご主人さま!」


 リネスの声が後ろから聞こえた。

 振り返ったケンカイが見たものは、リリスの首を抱えた人狼・ラリスの姿だった。

 

「どうやって移動した?」


 動きが速いという問題ではない。

 文字通り、ケンカイの目の前から人狼は消えうせたのだ。


「ラリスの得意技よ。凄いでしょ」


 答えたのは、リリスの首(・ ・ ・ ・ ・)だった。


「余計な事を言うな。お前は口が軽すぎる」

「あら、ごめんなさい。でも、助けにきてくれてありがとう。嬉しいわ」


 抱えた生首と会話をする銀毛の人狼。

 シュールすぎる光景だった。


「やっぱり、化け物じゃないか」


 ケンカイは、呆れた口調になった。


「そっちの胴体はいいのか?」

「仕方ないからあげる。魅惑の胸に悪戯しないでね」

「軽口をいっている場合ではない。自分で自分の計画を壊すとは、これだから女は理解できぬ」

「やあねえ。ちょっと、ラリスが傷つけられたから腹がたっただけだよー」

「・・・感情任せに行動するのはやめるのだな」

「はいはい、それじゃ、ケンカイさん。またね」

「失礼する」


 人狼は丁寧にお辞儀をした。

 頭を下げた態勢から、後方にとびずさる。

 後ろに3歩ほど移動した後、その姿は唐突に消えた。


”瞬間移動じゃな。また、変な能力をもっておるものじゃ”

”爺さん、どこ行ってたんだ”

”あの狼もどきと話をしていただけじゃよ”

”なんだ、また爺さんの知り合いか。変なのばっかりだな”


 ケンカイは刀を鞘に納める。

 

「とりあえず、店に帰るか。メイの治療が先だ」

”女の体を持ち帰ってくれ。調べてみたいのじゃ”


 ケンカイは大銛を壁から引き抜いた。リリスの体を貫いていたにもかかわらず、血はあまりついていない。

 

「大荷物だな」


 幸いながら海姫を入れていた袋がある。死体袋に入れるには、ふさわしいかどうか微妙な代物を詰めて、ケンカイ達は地上をめざした。




 銀毛の人狼・ラリスは、走るのと瞬間移動を組み合わせて迷宮内を移動し、あっという間に地上に到達した。

 そして、店は瞬間移動で通過し、見咎める人もいないままに夜の都市の暗闇を走る。


「それで、ケンカイさんはどうだった?」

「あまり、喋るな。この状態では辛かろう」

「あは、心配してくれてるんだ。それだけで、満足だよー」

「・・・恐ろしい少年だな。我はもう一度やり合いたくない」

「でも、それを決めるのは、あたし達じゃないよ」

「何故だ? 今回は敵対してしまったが、別に今後とも敵対していかねばならぬ理由がなかろう」

「見えちゃったんだよ」

「額の瞳でか?」

「そ、とっても便利なあたしの瞳が見ちゃったの」

「何をだ?」

「竜の影」


 リリスが告げた内容を、ラリスが理解しきるまで少し時間が掛かった。


「馬鹿な、全ての竜は休眠しているか封じられている筈だ」

「だよねえ。でも、見ちゃったんだから。今頃、取り巻き共が大慌てしてるんじゃないかな・・・」

「辛いなら黙って休め。ここから、再生装置のある拠点まで3日はかかる」

「なら、ぎりぎり大丈夫かな。じゃあ、ちょっと眠るね」


 静かになったリリスの首を抱えて、ラリスは瞬間移動を混ぜながら夜道を走り続けた。

 目標とする拠点はラシア王国。今は無きムルガルの故郷であり、今はラリスの所属する組織が掌握した傀儡の国でもある。

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