第2話 蠢動する者達
東の海の果て、魔の海と呼ばれる領域にある知られざる島。
いや、島の様に見えるだけで、それは島では無い。
常に嵐に囲まれた海の宮殿、東海母竜の棲む場所。
竜の宮、と言われているそれは、巨大な宮殿であり城塞であり要塞でもある。
眠る主に代わって、管理を行っているのは'姉達'と呼ばれる人面4首1胴の竜だ。
彼女達は、常に話し合う。
意見が一致しなければ行動できない。
それが'姉達'であった。
1人が言う。
「妾たちの'娘'が完成しましたわ」
1人が言う。
「'妹達'と違って、妾たちの言う事はきちんと守るよい'娘'になりましたわ」
1人が言う。
「でも、外海でもよい'娘'でいてくれるかしら?」
1人が言う。
「試してみれば良いだけですわ」
4人が言う。
「なら、外海に送りましょう」
1人が言う。
「でも、目標の魔力波動は見失ったままですわ」
1人が言う。
「魔力波動を変えるって大変ですけど、できますわ」
1人が言う。
「変えられたなら、追跡できませんわ」
1人が言う。
「追跡できないなら、'娘'を出してもしようがないですわ」
4人が言う。
「目標を知る方法はないかしら?」
1人が言う。
「母様にお聞きすればどうかしら?」
1人が言う。
「母様を起こすのは失礼ですわ」
1人が言う。
「でも、母様のためですわ」
1人が言う。
「夢語りをするしかないかしら」
2人が言う。
「あれは危険ですわ。取り込まれたら、妾たちでも消えますもの」
2人が言う。
「でも、そうしなければ目標がわかりませんわ」
意見が分れ、彼女たちは行動ができなくなる。
彼女たちの話し合いは続いた。幾日も幾月も。
そして、ある日、彼女たちに天啓がおりてきたのだ。
”西、迷宮、遠隔の地・・・”
それは、母様からの念話だった。途切れ途切れでありながら、圧倒的な魔力に裏付けられた強い念話。
休眠している彼女から送られたメッセージは、それだけだった。
だが、'姉達'にとってはそれで十分だ。
1人が言う。
「遠隔の地の迷宮・・・あの島ですわ」
1人が言う。
「近くに転移門はありませんけど、'娘'なら直ぐに着きますわ」
1人が言う。
「でも、結局、目標が何か判っていませんわ」
1人が言う。
「目標は強かったですわ。なら、'娘'を暴れさせればいいですわ」
2人は言う。
「目標まで壊してしまったら大変ですわ」
2人は言う。
「その程度で壊れるようなら、母様にとっても不要ですわ」
2人は言う。
「それもそうですわね。でも、そうなったら妾たちが母様に叱られますわ」
2人は言う。
「母様は優しいですわ。妾たちが頑張ったのなら、必ず褒めてくださいますわ」
2人は言う。
「そうですわね。それに、そんなに母様の関心を引くなんて、妾たちも何十年もお会いしていないのに。目標が妬ましいですわ」
4人が言う。
「なら、目標が壊れてもいいですわ。そうすれば母様は、妾たちを見てくださいますもの」
4人が動く。
「それでは、'娘'を送りましょう。送って暴れさせましょう。目につくもの全てを壊してしまいましょう。壊れなかったら持って帰れば母様は喜ぶ。壊れてしまったら、母様は妾たちをみてくれる。いいですわ。とってもいいですわ。すぐに送りましょう。そうしましょう」
彼女たちは'娘'に近づいた。
「目覚めなさい。妾たちの愛しい'娘'」
それは、娘と呼ばれながら人間の女性を思わせる個所は無かった。
全身を鱗に覆われ、背には竜の翼をもち、4本の脚と2本の手と一本の尻尾。
大きさは、成人男性の倍くらいで、'姉達'と比べると遥かに小さい。
'娘'は、姉達の囁きに応じて、ゆっくりと目を開いた。
「はい、母上」
それだけを応えて、じっと佇む。
「あなたは、妾たちの'娘'。あなたに使命を授けます。
この地に赴きなさい」
念話の応用で、必要な情報を送り込む'姉達'。
「さあ、旅立ちなさい。そして、目につくもの全てを破壊しなさい。
壊しづらい者がいたら、妾たちに知らせなさい」
「はい、母上」
'娘'は動き出す。転移門の方へと。
目的の地の近くには転移門は無かった。だが、一番近い転移門から泳いで行けば数日の内に辿りつける距離だ、と'娘'は考えた。
そして後は暴れるだけでいい。なら、簡単な事である。そうするための機能は備わっている。
何故このような事をしないといけないのか、を'娘'が考えることは無い。
彼女は'姉達'の造った人形。命令に従うだけの存在である。
リリスは呆れていた。
組織からの連絡が来たのだが、その内容が直前までの命令と真逆だったのだ。
防音の魔法で盗み聞きなどができなくなっている自室で、存分に愚痴を言う。
「まったく、ここの迷宮の21階層への通路が見つかった途端、できるだけ魔法道具を集めろって、あたしがさっさとムルガルを始末していたら、どうしたのかな、かな?」
あーあ、とベッドに寝転がって伸びをする。
その態勢になっても、立派な胸はそびえ立っているのだから大したものである。
「宗主さまはともかく、周りのぼんくら共が問題よねえ。
そのあたり、あんたはどう考えてるの?」
リリスの部屋の隅には、男が立っていた。
一見すると、どこにでもいそうな影の薄い男だ。
「それは、我らのような手足が考えることでは無い」
「模範解答ありがとー。さすがは、ぼんくら共のお気に入りだよねえ」
「我が忠誠を誓うのは宗主様のみ。宗主様が認めている以上、我は彼奴らの指示でも従う。それだけだ」
「ぶー、かたいなあ。あっちが硬いのなら大歓迎なんだけどお」
リリスは妖艶に笑う。普段は決して出さない笑い方だった。
「それで、何か手立てはあるのか?
ムルガルとやらと組んで、命令をこなせるのか?」
「無理無理。そこそこ腕がたつけど、それだけだもの。地獄階層で探索できるような腕じゃないよ。本人もビビりだしねえ。
いまだに、自分が故国の大義のために生き延びねばって本気で信じているようなバカだよ。もう、とっくに、故国とやらは、あたし等の手中に落ちたってのに」
「そやつ経由で手中に収める計画もあったのだ。あながち間違いでもあるまい」
「その計画は、あんたのおかげで無駄になっちゃったのよねえ。あたしの一年を返して欲しいなあ」
「そこまでは知った事か。我は任務を達成したのみ」
男はそっけなく言い放った。
「んー、実際、21階層で探索できそうなのって、鋼鉄の盾と海熊の銛くらいなんだよお。
でも、海熊の銛の年増女に妙に警戒されちゃってるの。
あっちのほうが、有望そうなんだけどなあ。
ちょっと、ケンカイさん、規格外っぽいんだけどねえ。
あんたの見立てでも、関係なさそう?」
「正直、わからん。だが、あの力は本人の物なのは確かだ。朝敵共に力を借りている様子は感じられなかった」
「それじゃ、むしろ、仲間に誘ったほうがいいのかな? だって、超人ってことでしょう。誘惑してみよっか。結構、女として迫ったら応じてくれそうよ。彼」
男は黙った。何か考え事をしているようでもあるし、怒っているようでもある。
「冗談だってば、冗談。あたし、そこまで安い女じゃないし。だから、ケンカイさんを暗殺しようなんて考えないでね。利用するつもりなんだから」
「利用?」
「まあねえ。仲間に入れてもらうのが一番なんだけど、そしたら猫ちゃん貰うチャンスもあるかも」
「まだ、その病気は治ってないのか」
「直す気ないし、あの猫ちゃんも、何かモフモフだけじゃなくて、妙な感じがするんだよ。
つまり、これはあたしの趣味だけじゃないのだ」
「・・・それなら好きにしろ」
「モフモフを好きにしていいの?」
「ああ」
リリスはにんまりと笑った。
「じゃあ、早速モフモフになってよ」
「リリス、こんな事で能力を使うな」
「言質は取ったわよ。好きにしていいって言ったよね?」
「相変わらず、強引な能力だな」
「ぐだぐだ言わない。さあ、モフモフになあれ」
男は地面に四つん這いになった。全身から剛毛が生え、骨格がきしむ音が聞こえる。
しばらくたってそこにいたのは、銀色の毛皮をまとった狼。
狼が喋る。
「満足したか、なら、さっさと制約を外せ」
「まっさかー。モフモフを撫でずに終わるわけなでしょ。好きにしていいって言ったじゃない」
リリスはベッドの上に狼を引き上げた。
そして、大きな胸を当てるように抱き着く。
「大体、あんたが本気で嫌なら、抵抗できるじゃない。このむっつり狼。
いつも、あたしから誘わさせるって、甲斐性が無いにも程があるわ」
「ふん、知った事か」
「まあ、夜はまだまだこれから。部屋の外には一切音は漏れない。
楽しんでね」
狼と女の体が重なる。
そして響きだす嬌声が部屋の外に漏れることはないのだ。




