第1話 準備
白い黒犬亭が営業を再開して一か月が経った。
その間、他店において筆頭と見なされていた探索者チームが次々と移籍し、新しく発見された21階層へ挑戦していたが、21階層まで辿りつけたチームは少数しかいなかった。
そして、辿りつけはしたもののそこで無事に探索を終えて帰還できるチームは更に少なかった。
強力な怪物・処刑屋、魔法式と機械式が混在した罠が探索者達の活動を阻害し、21階層の探索はなかなか進展しない。21階層では一回戦っただけで満身創痍になって帰還する探索者チームが殆どである。勿論、一回の戦闘で全滅してしまうチームも多かった。
それでも、その一回の戦闘で得られる収穫品は、ここまで降りてくるときに獲得した収穫品の何十倍もの価値がある。
中には金貨では代えられない便利な物もあるのだ。
そのため、欲にかられ挑戦する者が尽きることは無く、そして力尽きる者も多かった。
いつしか鋼鉄の盾が発見した21階層は、地獄階層と呼ばれるようになっていた。
ケンカイは、武器屋に脚を運んだ。21階層から出没する怪物・処刑屋に対処するための武器を入手するためである。
当然、主武器は大銛であることには変わらない。
しかし、大銛を投擲した場合、残りの手持ち武器が手斧と短剣だけだと威力不足なのだ。
それを数度の21階層の探索で、ケンカイは自覚していた。
武器屋にある既存の武器の中で、ケンカイが気に入ったのは柳葉刀といわれる刃幅の広い片刃刀だった。
刀の持つ重量を利用して遠心力で叩き切るための武器である。
よく切れる鉈のような代物だ。
店の既製品だと、握り手の部分の強度が持たなかったため、特注品を作らせていた。
そのせいで、ただでさえ重い柳葉刀がさらに重くなっている。
「注文どおりに仕上げたが、本当にこれを使う気か?」
武器屋の店主が疑わしげにケンカイを見た。
今までの付き合いで彼が普通の少年では無いことは知っているのだが。
この刀を自分で試しに振ってみたところ、うまく扱えなかったのだ。
このような重い刀を振る為には、それ相応の腕力と技術が要求される。
振り回して回転させていくことで、威力を増して切るような技法もあるのだ。
「ああ、これでいい」
ケンカイは軽々と刀を持ち上げ、そのまま振り回した。
武器屋の店主から見ると、ケンカイの刀の持ち方から振り方まで全部間違っているように見える。
重量のある刀を、短剣でも扱うような動作で振っているのだ。
しかし、驚くことにそれが様になっていた。
ケンカイの怪力の前では、この程度の重さの刀など短剣と変わらないのだ。
この使い方だと、特別な技法など関係のない話だ。
「まあ、あの丸太槍を振り回すんだからな。それくらいは問題ないのか」
「あれは、銛だが」
「あんな銛があってたまるか」
迷宮仕様の大銛もこの店に製作を依頼している。
すでにいろいろ改良しすぎて、銛の原型を留めていないのは事実だ。
だが、ケンカイにとって太い木の先に刃物をとりつけた武器は大銛なのだ。
「もう一つの方は?」
「ああ、こっちは楽だった。こいつでいいんだろ?」
武器屋の店主が取り出したのは、鉄の棒の先端を直角にまげて尖らせたものだ。
「持った時の感触で、先端の向きが分かるように柄を工夫している。
持ち手の下に輪をつけているから、縄を通すこともできる。
これで何をするんだ?」
「ああ、打ち込み鉤だ。迷宮に出る怪物に、時々後ろの奴を狙うのがいてな。
こいつを打ち込んで、オレのほうに引き寄せる」
「迷宮の怪物と力比べって、おまえな・・・」
「負けるつもりは無いんだが」
「・・・まあ、さすが白い黒犬亭の筆頭、と言っておくか」
ケンカイがこの店に来るようになってから、散々驚かされてきたのだ。
店主も少々の非常識は気にしないようになっていた。
「まあ、気をつけるんだな。少年。まだ若いんだ。無理はするなよ」
「・・・ああ、無理はしないさ」
いまだに少年と言われると少し戸惑うケンカイである。
リネスはケンカイに渡された指輪を嬉しそうに見ていた。
派手さはないが、落ち着いた色の宝石を嵌めた綺麗な指輪である。
この指輪は21階層の探索を行った時に、収穫品として獲得したものだ。
リオウの見立てでは魔力の消費を減少させる効果がある魔法道具だった。
そのため、魔法使いであるリネスが装備することになった。
えへ、ちょっとずるいことしちゃったかな、とリネスは左手の薬指に嵌めた指輪を見て思った。
これはケンカイに嵌めてもらったのだ。
ケンカイの故郷にも、チャンターにも、ヒンディアにも無い、リネスの故郷の風習。
それを思い出して、リネスはにやけた。
「リネス、嬉しい?」
ユッキがにたにたしているリネスを不思議そうに見ていた。
ユッキは特に新しい準備をしていない。
基本的にケンカイかリネスに引っ付いては、おいしそうに食事を食べている。
蒼黒く長い髪を止めているのは、相変わらずリネスからもらった髪留めである。
ケンカイが新しいのをプレゼントしようとしたのだが、ユッキはリネスにもらった髪留めに拘った。
どうやらお気に入りらしい。
「あ、ユッキちゃん、い、いつからそこにいたの?」
「ずっといた」
ユッキが寝泊りしているのはリネスの部屋だ。いることに気づかないほどリネスは浮かれていたらしい。
「指輪、綺麗。あたいも欲しい」
ユッキがきらきらした目でリネスの指輪を見つめた。
「ダメ、これは絶対ダメ。これはボクのなの」
毅然と拒絶するリネス。
ユッキの視線に負けて髪留めを片方上げた時の彼女は、ここにはいなかった。
「残念。でも、リネス似合っている。リネス綺麗だと、あたいも嬉しい」
「ユッキちゃん、ありがとう。えへ、似合っている? やだあ」
体をよじるリネス。
ユッキは思う。
よく分からないけど、嬉しそうなのはいいこと。リネスが嬉しいとあたいも嬉しい。
「あ、ユッキちゃん。この前買ったお菓子食べようか。おいしいよ」
「食べる」
そして、リネスを褒めると、お菓子がもらえる。ユッキは一つ学習したのだった。
「ん、この要領でいいんだな」
「あ、ああ、あんた、覚えが早いな。本当に初めてなのか?」
メイは迷宮の魔法罠の探索と解除のやり方を、引退した探索者に教わっていた。
これから先の迷宮では何がおこるか分からない。
最悪、一人で迷宮をさまよう事態になっても、対応できるようにと考えたのだ。
ケンカイの使い魔である青い猫と何度か並んで迷宮を探索している内に、魔法罠のある箇所がだんだん分かるようになっていた。
あとは解除のやり方だが、一般的な探索者の罠の解除方法を知るものは海熊の銛の中にはいない。
そこで罠の解除を教えることで小遣い稼ぎをしている元探索者を探し出して習ったのだが、メイはここでも才能を発揮し、わずか10日で教えてくれている元探索者の腕を超えてしまった。
うむ、相変わらず自分の才能が怖い、と自惚れることはメイには無い。
この類のことは、昔から簡単に習得してきており、出来てあたり前だと思っている。
むしろ、習得に10日もかかったのがメイにとって意外だった。
他の探索者が聞いたら怒り出すことだろう。
本来なら一年以上かけて学ぶ筈の技術なのだ。
「意外と難しかった」
「簡単に覚えておいて、何を言うか。なんというか、さすがにケンカイの奴の仲間か」
「おや、彼を知っているのか」
「ああ、向こうは知らないかも知れないがな。あいつが探索をしているところを見たことがある」
「ほう、ケンカイがこの都市に来た頃かな?」
「だろうなあ、俺達が苦労していた階層を、散歩でもするように通って行ったよ。
あれを見て、俺達は解散したんだ。どうあがいても、ああはなれない、ってな。
まあ、俺達もいい加減いい歳になってたし、引退のいい切っ掛けだったね」
元探索者は、一瞬、昔を懐かしがるような遠い目つきになった。
「もう、あんたに教えることは無いな。悔しいが、授業料を頂けるのも今日で最後だ。
あんたみたいな美人に教えることができて楽しかったよ」
「ん、そうか」
メイは男を睨んだ。
「だが、私を口説こうとしても無駄だぞ。今、私はケンカイの愛人だからな」
「あのガキ、羨ましいことしてやがるな」
「羨ましがる気力があるなら、探索者に復帰してはどうだ? 今、白い黒犬亭は大盛況だぞ」
「おいおい、お嬢さん。俺の目と耳は節穴じゃないぞ」
元探索者は肩をすくめた。
「どんなに準備をしても、俺は地獄階層へ行くのは御免だね。ありゃ、普通の探索者の手に負えるモンじゃねえだろ」
「私が思っていたより、賢いようだ」
「ひでえ言いぐさだな」
「ん、気を悪くしないでくれ。一応褒めたつもりなのだ」
「どこがだ?」
「私はよく似たような褒め方をされるのだが、何かおかしいのかな?」
メイは首を傾げた。その仕草は美人の評判にたがわぬもので、男も一瞬みとれてしまう
「は、なんでもねえよ。まあ、21階層へ行くのなら気を付けるこった」
「なに、ケンカイも一緒だ。なにかあっても、本望というものだよ」
真剣な表情でい言うメイ。
「惚れた男の望みをかなえるのも、いい女の務めなのだ」
それが別れにつながるとしても、という言葉は彼女の内心だけで続いた。
リオウは、迷宮探索に使う宿泊用の魔法道具の仕上げを行っていた。
当初の予定より収納人数が増えたり、新しい方策を思いついて試してみたりといろいろ手間をかけることが多く、完成はかなり遅れていた。
だが、これが完成すれば行き帰りの時間が必要無くなり探索の効率は大幅に上がる筈だった。
ケンカイとリオウが目的とする触媒、竜の角を手に入れるためには必要な道具だと考えていた。
リオウが作業をしている場所は、他に誰もいない海姫の雷号である。
海竜であるリオウは、今は大アザラシの姿をしている。
そのため魔法器官のほとんどを失った状態だ。
それを補うのが魔動船である海姫の雷号であり、この船の中にいる限りは魔法道具の制作については、竜である頃と変わりなく行うことができていた。
無心に魔法道具の制作を進めているリオウだが、頭の片隅から離れない事柄がある。
それは、ユッキのことだった。
ユッキは、明らかに東海母竜の関係者である。
そのことをリオウは知っていた。
ユッキを見るたびに思い出さざるを得ない。
なぜなら、ユッキはそっくりなのだ。
竜化する前の東海母竜。
面影があるという程度ではない。まさに、そのものの姿をしていた。
リオウが人間であった頃に知り合った姿だ。
だが、今の東海母竜の本体も海竜の筈である。
では、ユッキな何者か。
広義な意味では、彼女の娘になるのだろう。
だが、リオウは既にユッキの解析を終えていた。
解析の結果は、リオウを酷く悩ませている。
リオウの出した結論、ユッキは、東海母竜の分体だ。
しかも、今は本体と独立している分体である。
本体との接触を断たれた分体が、独立した個体として行動を起こすことは稀にある。
ユッキもそのケースだろう。問題は、接触が再度持たれた時にどうなるかだ。
東海母竜は、今、休眠期に入っている。
彼女が休眠から目覚めた時に、ユッキに何が起こるのか。
それを考えると、どうしようもなく不安が押し寄せてくる。
その不安を抑え込むために、リオウは作業に集中する。
いずれくるかもしれない破綻の時を、想像しなくてすむように。




