第7話 21階層への道
これで第3章の改稿が終わりです。
明日からは第4章を始めます。
初期投稿分は、明日の朝まとめて消す予定です。
”いや、これは酷いのう。というか、この迷宮を考えた奴は、よっぽどのひねくれ者じゃな”
”ああ、爺さんが絶対見つけられない筈だ”
21階層への道は、鋼鉄の盾が20階層の探索を行い始めて初日で見つかった。
それはもうあっさりと。
そして、ケンカイ達、海熊の銛は鋼鉄の盾を救助するために21階層へ向かっている。
21階層への入口。
それは、通路に大きく開いた落とし穴だった。
「ご主人さま、これって罠ですよね」
「ああ、罠だな。発動済だ」
「ん、罠に引っかからないと次の階層へ行けないのか。なんと、性悪なことだ」
21階層への道は、落とし穴。
当然罠である。
20階層から21階層へ続く深い縦穴が開いていた。
罠を解除してしまうと、21階層への道は塞がったままだ。
21階層へ行くには、この罠に引っかかる必要があったのだ。
ここまで降りてくる探索者達は、当然16階層からの罠の恐ろしさを知っている。
執拗に仕掛けられた致命的な罠を、慎重に解除していく者だけが辿りつける場所が20階層だ。
それなのに、罠に引っ掛からないと次の階層に行けないという仕組み。
全ての罠を即座に解除してきたリオウでは、見つけることができなかったのも当然である。
「しかも、これ、落ちたら戻れませんよね」
落とし穴に上に戻るための手段は用意されていない。
登るための準備なしで落ちた場合、戻る方法は無いだろう。
ケンカイは、用意してきた縄梯子を穴の中に放り込んだ。
端を木の杭で床に打ち込んでしっかりと固定する。
「さて、おっさん達を探しに行くぞ」
「ん、サーシャからの連絡で場所は判らないのかな?」
「本人達がどこにいるか判ってないんだ。こっちで跡を追跡するしかない。
そういうのは、メイが得意だろ。任せた」
「頼まれれば仕方ない。私に任せておけ」
メイは、追跡のプロでもある。才能だけは一流なのだ。
「ユッキ、どうかしたか?」
「なんか、怖いの一杯。危険」
穴の奥をじっと見つめていたユッキは、そう言うと髪留めを外した。
”確かに、危ない気配があるのう。どうやら、この迷宮はここからが本番の様じゃな”
”逆に言や、ようやくお目当ての物がでてくる可能性が高いってことか”
”そういうことじゃの”
「それじゃ、行くぞ」
ケンカイは真っ先に縄梯子を下りていく。21階層の床に足を着けた瞬間、今までとはテンションが違う迷宮の念話が脳裏に響いた。
[ようこそ、いらっしゃいませ。ここからは地獄のハードモードだぜ。死に戻り前提のイカレタ場所だ。強い魔獣がわんさか、戦闘狂垂涎の地獄だぜ。おっと、見返りもでかいから死んでも取るのを忘れるなよ。
ここからは迷宮の念話の支援は無い。この念話も次に聞ける機会は22階層に着いてからだ。死体じゃなきゃいいな。
25階層まで辿り着きゃ、さらにいいモノが手に入るぜ。何度でも挑戦を待っている。
それじゃあ、せいぜい頑張りな。
地獄の底で会えることを楽しみにしてるぜ。グッドラック]
[現在、本迷宮では自動帰還装置と再生装置が稼働していません。この状態での本階層への挑戦は、お客様にとって不幸な出来事が発生する確率が非常に高いためお勧めできません。それでも挑戦なさりたい方は自己責任において挑戦してください]
「なんとまあ、本気でヤバい所みたいだな」
ケンカイは嬉しそうに言った。彼にとって、此処までの迷宮の敵は歯ごたえが無い相手だったのだ。別にケンカイは戦闘狂というわけでは無いが、退屈は嫌いなのだ。
”サーシャ、今どうなっている? まだ、大丈夫か”
”先生、えと、全員生きていますけど、ムロイさんとラーリーの怪我が酷いです”
”今、21階層に降りた。場所は判らないんだな?”
”はい、それほど離れてないとは思いますけど”
”こちらには追跡のプロもいる。それほど時間はかからないと思うが、何とか隠れてろ”
”先生、気を付けてください。ここにいる怪物って、全部、処刑屋です”
”わかった”
「今の所、鋼鉄の盾は全員生きてはいるらしい。おっさんの怪我が酷いらしいのが心配だが」
とりあえずラーリーのことはどうでもいいケンカイ。
「でも、サーシャさんと念話が通じてよかったですね。ご主人さま」
「思わぬ副作用って奴だ」
”爺さんの話だと、あと1日持つかどうかってところらしいが”
”ボクの時みたいに、ずっとじゃないんですか?”
”リネスは、爺さん経由からの繋がりだからなあ。特別だ”
今、ケンカイとサーシャは念話で会話することが可能になっていた。
リオウの説明では、先日のサーシャの調整の時に流したケンカイの魔力が、まだサーシャの体内に残っているらしく、それとサーシャの魔力が共鳴することで念話が可能となっているらしい。
「ん、ケンカイ。おそらくあちらだ。血の乾いた跡が少し残っている」
落とし穴から降りた先は、十字路の真ん中になっていた。
地面を調べていたメイが通路の一つを指さす。
「メイ、猫と一緒に先行してくれ。猫より先には出るなよ。
危険を感じたら、すぐに後ろに来い。
サーシャからの話だと、ここにでてくるのは、処刑屋らしい」
「まあ、キミが守ってくれるから安心しておくよ」
メイは猫のリオウと一緒に先頭に立ち、地面を調べながら進んでいく。
ケンカイ達もそれに続いたのだった。
サーシャはケンカイとの念話を切った。
先生はもうこの階層にまできてくれている、ようやく安心が不安を上回り、自分でも表情が明るくなったのを感じていた。
「ケンカイ先生が、もうじき来てくれるようです。ムロイさん、あと少しの辛抱ですよ」
「む、そうか。また借りを作ってしまうのが申し訳ないな」
「こら、動かないで。傷口が開くわ」
ムロイの怪我は酷かった。落下の衝撃では、足を挫くくらいで済んだのだが、その後に現れた怪物と戦った時の負傷が酷いのだ。
「あ、兄貴。申し訳ないっす。俺の失敗っす」
「こら、あんたも動かないの。脚が折れてるんだから」
「うむ、失敗なのは間違いないが、そのおかげで21階層への道は見つかった。やはり、お前は何かを持っている人間なのかもな」
20階層の落とし穴に引っ掛かったのは、ラーリーが原因だ。
基本的にサーシャが先行し、罠の発見と解除を行うのが、鋼鉄の盾のやりかたである。
この落とし穴の時も問題なく発見することができた。
だが、解除をしようとしたときに運悪く、怪物が出現したのだ。
サーシャは咄嗟に後退したのだが、サーシャを助けようと怪物に斬りかかったラーリーが、勢いをつけすぎて罠のあるところまで飛び出してしまったのだ。
そして、落とし穴が発動し、通路のある一角がまとめて陥没した。
当然、背後にいたムロイ達も一緒にだ。
ラーリーは落ちた衝撃で脚の骨を折っていた。サーシャは肩を激しく打ち左手が上がらない状態だ。
一番身軽なラーシャは怪我をせずに着地できていた。
ムロイも鈍重そうな見掛けにかかわらず、身軽な動きで受け身を取ることができ、脚を軽く挫く程度ですんでいた。
だが、その後に現れた怪物達。
様々な見掛けをしているが、共通しているのは黒い外観。死刑執行人の黒いマント姿を思い出させる怪物達は、別の階層では処刑屋と呼ばれる怪物だ。
この階層では、処刑屋が配置されていたのだ。
ラーリーやサーシャを庇ったムロイは、なんとか処刑屋を倒したが、代わりに深い傷を負ってしまった。
その後も現れる処刑屋と戦いながら、逃げ込んだ場所は部屋の様になっている迷宮の一角。
入口を塞いではいるものの、部屋の中に怪物が出現すれば逆に逃げ場は無くなる。
上の階層に戻るにも、必要な道具は何もない状態だ。
絶望的な状況に陥った事を悟ったサーシャは、悲鳴を上げて泣き出してしまいたくなったが、仲間を不安にさせることは彼女にはできなかった。
そして、その感情は心の中の叫びとなった。
”誰か、誰か、助けてっ!!”
”五月蝿いな。誰だ”
そして、奇跡は起こった。
サーシャはケンカイと念話をすることが出来たのだ。
「ん、止まってくれ。ケンカイ」
メイが急に姿勢を低くして、地面を探った。
細い棒のような道具を取り出して、地面を撫でるように擦る。
すると紐のようなものが姿を現した。
「こっちに伸びているということは・・・
あった。単純だが、効果的だな」
メイが紐を持ち上げると、壁から矢が飛び出して、反対側の壁に刺さった。
”なんじゃ、特に罠の反応はなかったぞい”
リオウの驚いた念話がケンカイに届く。
「メイ、それは何だ?」
「罠だな。もっとも、今までの魔法式のものとは違う紐と石弓を組み合わせた機械的な物だ。本当に性悪なものだね」
この階層では、今までの魔法罠だけではなく、機械的な罠も混ぜてきているらしい。
「威力は大したことがない嫌がらせ程度のものだが、ね。本当に厭らしい事だ」
壁に刺さった矢を抜くメイ。
「毒が塗られているわけでもないか。殺意が高いのが低いのかよくわからない。本当に只の嫌がらせか」
「メイには仕掛けられていれば判るか?」
「ん、任せてくれたまえ。こんな何もない通路に仕掛けてあるならすぐ判る。これが森林の中だったりすると大変なのだが。
今までの感じでは、機械式の罠の数は少なそうだが」
「じゃあ、今までと同じだな。追跡を頼む」
「任された」
その時、通路の角にぼんやりとした闇が出現した。
「メイ、下がれ!」
闇はあっという間に実体となり、ケンカイ達に向かってくる。
死神の様なマントに大きな鎌を持つ黒い姿。
それは、11階層より深い階層に出現する処刑屋。
メイが下がり切るより、死神の処刑屋が接近する方が早かった。
不気味な輝きの刃が唸りを上げメイに迫る。
ケンカイは、間に割り込み大銛で受けた。
受けた瞬間弾き飛ばそうと力を込めるが、死神の処刑屋は鎌を操り力を逃がして逆に懐に潜りこもうとする。
咄嗟に足で蹴り飛ばして距離を取るケンカイ。
両者の間隔が開いたのを見て、ユッキの髪の毛が放たれた。
死神を包み込むように迫り、そして、鎌に散らされる。
だが、髪を割って飛び出した死神は無傷ではない。体の数か所が切り裂かれていた。
迎え撃とうとするケンカイより先にリネスの魔法が死神を貫く。
「雷」
だが、死神は動きを止めない。それでも若干遅くなった動きが致命的だった。
身体強化を行って繰り出されたケンカイの大銛が、的確に死神の頭を捉えて貫き砕いた。
死神の処刑屋は動きをとめ、薄れて消えていく。消えた後に、指輪が残った。
「この階層だと、処刑屋も何か落とすのか」
さきほどの迷宮の念話の内容は嘘ではないらしい。ケンカイは指輪を拾うと、そのまま袋に入れる。
「今までの怪物どもとは、桁違いに強いな」
”この迷宮の本番はこれからのようじゃの”
”だな、さっきの指輪は何だ?”
”鑑定してもよいが、時間がないじゃろ。後回しじゃ。魔法の品であることは間違いないじゃろおの”
「できるだけ、出くわさないように祈るか。とりあえず、ムロイのおっさん達を助ける方が先だ」
「ん、こっちだな」
メイが分岐している通路の片方を指さす。
「ご主人さま、ジョナサンを先行させますか?」
「あまり遠くまではやめておくか。何がいるか判らん。少し先までにしておこう」
「はい」
リネスはジョナサンを操り、通路の少し先まで偵察させる。
その後をリオウとメイが続き、ケンカイ、ユッキ、リネスがさらに続いた。
それから、いくつもの魔法罠と機械罠、そして数度の処刑屋の襲撃があった。
3度目の処刑屋との遭遇の時は、処刑屋が単体では無く3体いたためケンカイ達は苦戦した。遭遇した時に先手を打って、一体をケンカイの仕留め銛で仕留めたのだが、その後の戦闘で手斧と短剣だけでは威力不足であった。
新しい武器を用意しておいたほうがいいな、とケンカイは腕の傷を見て思う。
傷は深くない。少なくとも動きに支障がでるほどのものではない。
「唾でもつけときゃ治るか」
「ダメです。動かないでください」
リネスがケンカイの傷を素早く消毒して、包帯を巻いた。
「今まで使わなかったけど、持っていてよかったです」
治療用の道具セットは探索者としては当然の所持品だが、今までケンカイ達がそれを使うことになったことは無かった。
「それにしては、手馴れていたな」
「練習してました」
どこまでもけなげなリネスである。
そして、さらにしばらく進んでからメイが扉の前で足を止めた。
「ケンカイ、彼らは部屋に隠れていると言ってきたそうだな」
「ああ」
「ん。なら、この部屋かな。足跡の痕跡がこの部屋に入っている」
”先生っ、助けてっ”
その時、サーシャから念話が入った。同時に目の前の部屋の中から聞こえる音。
”部屋の中に、処刑屋がっ!”
”!、扉の前から離れろ”
ケンカイは大銛を構えた。扉は反対側から抑えられているのだろう。簡単には開きそうにない。
押しても駄目ならぶち壊せ。それがケンカイだ。
「仕留め銛」
部屋の扉を強引に開けて入ったケンカイ達が見たものは、ムロイに襲いかかろうとしている黒い狼のような処刑屋だった。
サーシャはへたり込んでいる。
処刑屋に襲われた上、顔のすぐ横をケンカイの大銛が通過したのだ。
へたり込んだ床が少し濡れていても仕方ないだろう。
ムロイは傷ついた体を盾で支えるようにして立ち、背後に3人を庇っていた。
ラーシャが回り込んで短剣を刺そうとするが、黒狼は俊敏に躱してはムロイに襲いかかり盾に弾かれる。
だが、時折盾をぬって繰り出された鉤爪が、ムロイの体に更なる傷をつけていた。
「おっさん、伏せろ」
ケンカイが、扉を貫通したままの大銛を振り回して黒狼にぶつける。
咄嗟に伏せた筈のムロイの背中を掠めていたが、そんな些細な事を気にする余裕はない。
黒狼は自分の腹に衝突した扉に咬みついた。
扉が咬み裂かれ、粉々になった。
その隙にラーシャが短剣を投げた。短剣は黒狼の右目にあたり、顔に埋もれる。
苦痛なのか怒りなのか、怒声のような叫びをあげラーシャに飛び掛かる黒狼の腹を、ケンカイの大銛が抉った。
下から掬い上げるように大銛を振り、斧刃の部分を腹に叩き込んだのだ。
ケンカイの怪力をもってしても、黒狼は両断されれなかった。
しかし、天井まで弾き飛ばされた黒狼を、リネスの雷が襲う。そしてユッキの髪の毛が束になって黒狼の顔面を貫いた。
黒狼の処刑屋は動きを止め、そして消えていく。後に残ったのは黒い鉤爪だ。
「おっさん、生きてるか?」
「ああ、なんとかのう。助かった。ケンカイ、礼を言う」
「21階層への道を見つけてくれたんだ。これくらいはお安い御用だ。立てるか?」
「それなら、儂よりラーリーの方が酷い。脚をやられとる」
「女二人は?」
「ラーシャは無傷、サーシャは・・・ どうしたサーシャ、怪我でもしたのか」
サーシャは蹲っているままだ。
顔が真っ赤だった。
「ああ、そういうことか、おっさん。あまり触れてやるな」
”やっぱり失禁女じゃのう”
リオウの下品な意見を無視して、サーシャの世話はリネスに任せるケンカイ。
「また、処刑屋が出てくることを考えると、オレがおっさんに肩を貸すのは不味い。
なんとか自力で歩いてくれ」
「おう、ラーリーはラーシャとサーシャに任せるかの」
「兄貴、俺、足手惑いなら置いて行ってくれっす」
「せっかく助かりそうな命を捨てようとするな。儂が仲間を見捨てるわけなかろう」
「まあ、どうしようもないなら見捨てるがな。まだそんなに切羽詰っちゃいない」
ケンカイは肩をすくめた。
大銛を担ぎ直し、部屋の外の様子を探る。幸いながら、他の処刑屋はいないようだ。
「さてと、ここから20階層への落とし穴まではそれほど遠くないが、油断大敵。
出し惜しみなしで行くが、オレ達の奥の手については黙っておいてくれるよな」
特にユッキの攻撃方法は異質だ。あまり知られたくない。
「もちろん。ここまでの恩を受けて、裏切るようなことは儂の誇りにかけて無いと誓おう。もちろん他のメンバーもじゃ」
鋼鉄の盾の残りの3人も頷く。
「それじゃ、来た時と同じ隊列だ。罠に気を付けろ。
そういや、おっさん、よく機械罠を避けれたな」
「そんなものまであるのか。つくづく厄介な階層じゃ」
「ああ、そういや、あたしがムロイの兄貴の傷を手当しているとき、肩に矢がささっていたわ。あれって、そういう罠だったのね」
「なるほど、それは刺さったのが丈夫な儂で良かった」
「おっさん、どこまでいっても男前だな」
そして、丈夫である。なんとなく故郷の仲間達を思い出すケンカイだった。
ケンカイ達は無事に白い黒犬亭に帰還することができた。
幸い、21階層から20階層の通路である落とし穴の場所まで、遭遇した処刑屋は単体だった。
短時間で引き返したため、罠も復活しておらずケンカイ達は来るときよりは遥かに楽に20階層へ戻ることが出来たのだ。
ムロイとラーリーは怪我が酷いので、そのまま医者に連れていかれた。
ラーシャが二人に付き添ったので、必然的に残ったサーシャとケンカイが、新階層への道を発見したことを店主に報告した。
この店の筆頭探索者チームであるケンカイ達が、ムロイ達鋼鉄の盾の救助に行ったことは知られており、店主への報告を聞こうとする野次馬連中が周囲を囲む。
その中でケンカイが語った内容は衝撃的だった。
まず、罠にかからないと21階層へ行けなかったということ。
そして、そこで遭遇した怪物が全て処刑屋だったということ。
だが、何よりの衝撃は、今回の探索でケンカイ達が持ち帰った収穫品だった。
何も、初めて発見された物があったわけではない。
今まで発見された物であるから、判る者が見れば、それが何かわかったのだ。
ケンカイ達が持ち帰った21階層の収穫品は、全てが希少品の魔法道具だった。
現在では製造不可能とされる希少な魔法道具。
21階層へ行けば、それが確実に手に入る。
これは探索者の欲望を大いに刺激する。
そして、迷宮都市ユエンディーの探索者の店の協同組合の歴史が変わる瞬間でもあった。
「数日でこうも変わるとは」
ケンカイは呆れていた。
店の規模は倍になっていた。
よほどの人手をかけて突貫工事をしていたらしい。
そして、店内の様子も様変わりしている。
なによりも目立つのは、迷宮への入口だ。いままで只の扉がついていたそれは、今では立派な門となっていた。警備役の人間までいる。
そして、門のすぐ横にある一角。
様々な鑑定用の道具が持ち込まれ、本部付の魔法使いと鑑定士が数人待機している。
「立ち入り禁止だったのは、こういうことだったんですね。ご主人さま」
「ん、店に出入りする人間も、ほとんど入れ替わったな」
「あたい、お腹すいた」
白い黒犬亭の店主が、協同組合の本部に今回の発見を報告してから本部は大騒ぎになったらしい。
翌日から白い黒犬亭は一時休業状態となり立ち入り禁止に、そして、大勢の左官が出入りし、あっという間に改築されていった。
別の建物を解体してそのまま持ってきて繋げたという話だ。
21階層への道の発見と、そこで見つかった希少品の魔法道具。
それが起こす騒動を予測し、協同組合の本部が先手を打ったのだ。
彼らの行動は速かった。
即座に店主会議を招集し、本部が急遽作成した原案をそのまま承認させた。
強引な手段に抗議する店主もいたが、今回の発見に伴う今後の予想を聞かされると全員が納得せざるを得なかった。
その結果、白い黒犬亭は、上級探索者のみが所属できる探索者の店となった。
この場合の上級探索者とは、15階層で問題なく探索可能な者の事である。
14階層までの実績しかない探索者は、全て他の店への所属変更を強引にさせられた。
そして、白い黒犬亭には、それまで他店の筆頭と呼ばれていた探索者達が、次々と所属を変更して所属することになったのだ。
もっとも、他の店で15階層までの通路が発見されているのは数軒しかなく、筆頭と呼ばれている探索者達も実力不足と判断されれば、再び元の店に戻ることになるのだが。
その結果、白い黒犬亭は、頑丈すぎる迷宮入口の門を増設した、本部直轄の鑑定団が常在する唯一の探索者の店となった。
所属する探索者達は、21階層での探索を試みる上級者のみとなり、事実上、白い黒犬亭は、探索者の店として格上の存在となった。
今まで探索者の店に一切の優劣は無かったのだが、本部公認の上級者用の店として運営されていく事になったのだ。
これにより、白い黒犬亭は、探索者達が最終的に所属を目指す場所となった。
白い黒犬亭を頂点とする探索者の店の序列が出来上がったのだ。
「メリッサ、盛況だな」
「ケンカイ! 久しぶりだね」
メリッサの声が店内に響いた。その声を聞きつけたあちらこちらから、噂のケンカイを値踏みしようとする探索者の視線が向けられたが、ケンカイは気にしなかった。
「たかが4日来なかっただけだろ。店は随分変わったようだが」
「誰のせいだと思ってるんだい」
「ムロイのおっさんのせいだろ?」
21階層への道を発見したのは鋼鉄の盾である。しかし、20階層までの道を単独で発見したうえ、21階層で全滅しかけた鋼鉄の盾を救出したケンカイ達こそ、事実上の発見者だと思っている人間も多い。
ケンカイに向けられた視線は、そんな偉業を成し遂げた人物がどれほどのものか確かめようとするものだ。
彼らが見た人物は、噂通り15歳頃に見える少年だった。
体格や態度をみれば、並みの少年で無いことは確かだが、それでもケンカイの少年らしい外見は判断を誤らせる。
こんな少年でも21階層で探索できるのなら、俺達もできるに違いない。
それは、死につながる勘違いなのだが、探索者の生死は自己責任だ。
彼らが無謀な探索を行って死ぬことになっても、ケンカイは気にしないだろう。
「昨日から営業再開したんだがね、あたしも旦那も大忙しでてんてこ舞いさ。そろそろ養生しなきゃいけないんだがね」
メリッサは、自分のお腹を撫でた。
今までは殆ど目立たなかったが、膨れているのが判るようになってきている。
「店が繁盛した上に、お目出度となると、旦那は嬉しすぎて死にかねんな」
「店員が足りなくてね。働きたがる奴は多いんだが、使い物になって信用できる奴がねえ。
リネスちゃん、うちで働かないかい?」
「ボク、ご主人さまと一緒です。傍にいます」
「おや、相変わらずだねえ、はぁ、若いのを入れて1から鍛えるしかないか」
「ムロイのおっさんはどうしてる?」
「まだ、療養中みたいだ。店に顔を出してないよ」
「じゃあ、あれからまだ誰も21階層へは行ってないのか」
「昨日からだからねえ。今の所属探索者は凄腕ぞろいになったけど、まだ辿りつけてないみたいだね。あんたらもさっそく潜るのかい?」
「いや、今日は・・・」
ケンカイは、さっきから服の裾を引っ張っているユッキの頭を撫でる。
「新装開店の店の料理を楽しむことにする。新しい料理人とかもいるんだろ?
大食い娘が待ちきれ無さそうだ」
実際の所、今日は変わったと噂の店の様子を見に来ただけだ。
現在、リオウが突貫で迷宮探索用の新しい魔法道具を製作している。本腰を入れて探索するために以前から作っていた宿泊用の魔法道具。
それが完成した時から、ケンカイ達の探索は再開されるのだ。
「ご主人さま。メイさんが席を取ってくれてますよ。いきましょう」
「あたい、お腹すいた」
「ユッキは、そればっかりだな」
そして、ケンカイ達は次の探索に向けて英気を養う。
彼らの冒険はまだまだこれからである。




