第5話 鋼鉄の盾
ムロイは、右手に装備した鋼鉄の盾を構えた。
チーム名の由来となっている特徴的な盾だ。
ムロイの巨体を半分以上隠す大きな盾。普通大きな盾はベルトで腕に縛り付けるようにして固定するものだが、ムロイはそういう固定はしていない。
右手で握り棒を掴み、まるで軽量のバックラーを扱うように構えている。
盾の表には、3本の大きな棘が縦方向に並んで取り付けられていた。
左手に持っているのは連接棍棒。棘付の鉄球を鎖で棒に繋いだものだ。
ムロイの前には、巨大な蛙がいた。
ジャンピングトードという、麻痺毒を持った蛙に似た獰猛な怪物。
地下20階層に出没する強力な怪物である。
ムロイとジャンピングトードは一対一で向かい合っていた。
ジャンピングトードが跳躍して、ムロイに襲いかかる。
巨体に似合わない跳躍力だ。うかつに受けるとそのまま潰されるだろう。
「せやっ!」
ムロイは、気合いの声と共に右手の盾でジャンピングトードを殴りつけた。
ジャンピングトードの巨体が盾と衝突し、吹き飛んだのはジャンピングトードだった。
壁にぶつかり、腹を見せる。
ムロイの左手のフレイルが振り回される。鎖につながれた鉄球が円を描き加速された後、一直線にジャンピングトードの腹にめり込んだ。
[コングラチュレーション、ジャンピングトードx1匹を撃退しました]
[ドロップ品として、青い魔法石x1を獲得しました]
「まあ、こんなもんじゃ」
ムロイは得意そうな顔もせずに、収穫品である青い魔法石を拾った。
「おお、やっぱりおっさんやるなあ」
ケンカイは感心していた。
「ん、盾を武器のように使うか。たしか、ヒンディア帝国にそういう技を伝承している部隊があったような・・・」
メイは、思い出そうとして眉を顰めた。
「物知りのようだが、儂はすでに帝国を捨てた人間じゃ。余計な詮索は探索者の仁義に反するぞ」
「ん、確かに。まあ、どちらにせよ思い出せなかったのだがね」
「変わった武器と盾ですよね。ご主人さま」
「お嬢ちゃんのご主人さまの武器よりは、一般的じゃがの」
ケンカイの持っているのは大銛。迷宮仕様として長さは短めでその分柄が太いものだ。
柄にはコの字の握り棒が数本ついている。銛先も迷宮仕様として斧と槍先を組み合わせたような特製品だ。先日完成したばかりの最新品である。
ケンカイが武器屋に注文した時の要望は、とにかく頑丈にしろ、であり、ケンカイの馬鹿力で振り回して乱暴に扱っても、簡単には壊れないという耐久性重視の一品である。
”これなら、大丈夫だな”
”そうじゃのう、ワシ等の為にもなる。あの失神女の調整を引き受けてもよいかの”
”爺さん、その呼び名は酷いだろ”
「よし、あんたが居れば、鋼鉄の盾の20階層の探索も大丈夫そうだ。
昨日の、サーシャの件、引き受けた」
「それは助かるが・・・」
ムロイは猫のリオウを見る。
猫のリオウはケンカイの使い魔であると説明していた。
「儂は魔法についてはよく判らん。ケンカイのやり方を教えてもうても、サーシャの鍛錬になるのかの?」
ムロイから見ると、ケンカイ達の罠の探索と解除のやり方は異様である。
なにせ、猫が先導して歩いていくだけで、罠の探索と解除を同時にやっているらしいのだ。
サーシャの魔法を使った探索と解除も、一般的な探索者のやり方とはかなり異なるのだが、それと比べても異様だ。
ちなみに一般的な探索者が、罠にどう対処しているかというと、
1~5階層では、罠を気にせずに踏み抜いて行く。浅い階層では罠によるダメージは大したことが無い。
そうして罠に引っかかっている内に、罠がある時の感覚が何となく判ってくる。
6~10階層では、罠からのダメージが上がってくるため、踏み抜いて行くことは危険である。なので、大抵の場合、チームで一番罠を感知することができるようになった人間が、先輩探索者の元に、罠の解除を習いに行く。引退した探索者が、罠の解除方法を教えることを商売にしている事も多いので、そちらに指導してもらう場合も多い。
迷宮の罠は、機械的なものでは無く魔法による罠である。
罠の解除は罠がある付近の魔力の流れを断ち切ることによって行う。
なので、罠がある付近に短剣を刺して、自然に発している探索者の微小な魔力によって罠への魔力供給も乱して解除するのだ。
もっとも、この理屈を完全に理解している探索者は少ない。
罠がありそうな所を刺していけば罠を解除できる。その程度の理解をしている探索者が殆どである。
「使い魔が歩くだけで、罠の探索と解除が終るとはのう。いまだに自分の目を疑っているのじゃが」
道理でで今まで誰も成し遂げたことのない速さで、迷宮の攻略を進めていたわけじゃ、とムロイは思った。
なにしろケンカイ達は普通に歩きまわっており、罠の探索と解除に立ち止まることがないのだ。
しかも、この階層にくるまでに出くわした怪物は、ケンカイがほぼ一撃で殴り倒している。ムロイから見ると、ケンカイ1人で探索など楽々とできてしまいそうだ。
ちなみにユッキはケンカイから髪を使うことを禁止されて、やることが無いので眠くなったらしくメイに背負われてうとうとしている。
リネスはいつも通り鴎のジョナサンで偵察をしているが、攻撃魔法を使っていない。
迷宮の情報は提供しても、こちらの手の内はできるだけ知られたくない。
特にユッキの攻撃はメンバーの中でも異様であるため、うかつに他人に知られる訳にはいかないのだ。
「まあ、そこはそれだ。魔法を併用するのが共通しているから、大丈夫だ。きっと」
実際に教えるというか、強制的に調整するのはリオウであるので、ケンカイには自信あふれる回答や、どうやってやるかという説明はできない。
「魔法使いが秘密主義なのは当然じゃ。こちらが頼む立場じゃ。無理にやり方を聞き出そうとはせんよ」
ムロイはケンカイが口を濁したのは、彼の秘術を秘匿するためだと思った。
それは魔法使いにとっては、当たり前のことなので不審に思うことは無い。
「ああ、そうしてもらうと助かる」
なにせケンカイには説明できない。
「それじゃ、明日はサーシャをオレのチームに入れる。鍛えなおすのに・・・」
”爺さん、どれくらいかかるんだ?”
”まあ、一日あれば大丈夫じゃの。ただ、オヌシの魔力を借りるぞい”
「明日一杯あれば大丈夫だろう」
「随分と早いな。有り難い事じゃが・・・」
本当に可能なのか不安になるムロイ。
リオウは、強制的にサーシャの魔法回路を調整するつもりなので、魔力と技術はともかく時間は掛からないと考えていた。
当然、今の時代の常識からは懸離れている。
「それじゃ、これからこの階層の探索を続ける。制限時間はまだ大丈夫だ」
ケンカイはにやりと笑った。
「ムロイのおっさんの盾使い、もっとしっかり見せてくれ」
「手の内を全て迂闊にばらすほど、耄碌してはおらんが」
「それは、こちらも同じさ。気にするな」
「ご主人さま、前から怪物がきます。数は5匹」
ムロイを加えたケンカイ達は順調に探索をつづけ、大量の収穫品を得た。
しかし、この日も21階層への道は見つからなかったのだった。
そして翌日。
「宜しくお願いします。ケンカイくん」
サーシャは頭を下げた。頭を上げても、ケンカイの顔を見ようとしない。
「くん呼びは止めてくれ。まだ、眩しいのか?」
「はい。かなり・・・」
サーシャは魔力を見ることに特化した魔法使いである。本来は迷宮の罠に使われる微弱な魔力の流れを見ることに使うのだが、ケンカイのような常識はずれの魔力の持ち主の魔力を見てしまうと、眩しさのあまり耐えれなくなる事がある。
初回はそのせいで気絶してしまったほどだ。
直接顔を合わせるのが2回目となる今回は、事前に自分の魔法回路を調整したらしく失神するほどの衝撃は受けていない。
「ちょっと、待った」
何故か、メイが割り込む。
「ケンカイ、キミ、他の女に簡単に呼び捨てにさせるのは良くないぞ」
「いや、何でだ?」
「私の、特権が無くなるではないか」
メイの表情は真剣だ。
「そこのキミ、サーシャとか言ったな。彼を呼び捨てに出来る女は、私だけなのだ。
そのあたりを勘違いしないで欲しいな」
「えと、メリッサさんとか、リンダさんも呼び捨てにしてましたけど・・・」
リネスが、そっと言った。
「何、く、ケンカイ、キミは私だけでは満足できないのか、あんな年増にも・・・
ん、リンダって誰だ?」
「えーと、ご主人さまに聞いてください」
「メイ。あたいも、ケンカイはケンカイて言ってる」
ユッキが更に割り込んだ。
「あたいも、ケンカイの女?」
可愛らしく首を傾げる見た目10歳の女の子。
「ゆ、ユッキちゃん、意味わかってないでしょ? そんな事言っちゃダメ」
「ケンカイと仲がいいのはリネス。リネスってケンカイの女?」
「そういう事じゃなくって、え、ボク?! えと、それはその・・・」
混沌としてきた。ケンカイは、頭を抱える。
「ケンカイ先生。女の人に手を出しすぎるのは良くないと思います」
「いや、何の話だ。・・・先生?」
「くん呼びが駄目なそうなので、わたしの先生になっていただけるのですから、ケンカイ先生が相応しいと思いました」
本当に教えるというか、調整するのは海竜であるリオウだが、それを言うわけにはいけない。
昨日ムロイの腕を確かめ問題なしと判断したケンカイ達は、今日はサーシャを仲間に加えて迷宮の探索を行っていた。
サーシャが16階層からの罠に対応できるようにするためだ。
サーシャは魔力を見る力を魔法で強化することで、迷宮の罠の発見を行っている。
ただ、解除に関しては他の探索者と同様に、短剣で床を刺して魔力を流していた。
魔法使いであるサーシャは常人より解除に仕える魔力が多いため、他の探索者と比べると解除に必要な時間は短い。
だが、発見と解除を同時に魔力を用いてやってのけるリオウから見れば、時間がかかる上に解除に失敗する可能性もある不安定な方法だ。
”罠の発見は合格じゃな。問題は解除のやり方じゃの”
リオウの結論を聞いたケンカイは、念話を返した。
”どうすりゃいいんだ?”
”失神女に魔力を注ぎ込め、後はワシが調整してやる”
サーシャは、16階層に降りる今までの間に、ケンカイが行っている(実際はリオウだが、彼女たちはそれを知らない)罠の発見・解除方法を見て驚愕していた。
魔法使いである彼女だからこそ、使い魔を操り、使い魔を通して一瞬のうちに罠の発見と解除を行うというやり方が、どれだけ高度な魔法を操る必要があり、しかも多量の魔力を必要とするか、おぼろげながらも理解できていたのだ。
これほどの魔法を行使している現場を見ることなど、今後できないかもしれない。
そう思うとケンカイの一挙一投足を見逃すまいとするのだが、魔力を光として認識してしまう彼女にとって、ケンカイは眩しすぎてよく見ることができない。
なので、ちらちらとケンカイを見ては顔を伏せる背けるという不審な動きを繰り返してしまう羽目になっていた。
動きだけ見ると、恋する乙女が照れているようで、それがメイを刺激していたりする。
勘違いは、メイの特技なのだ。
”時間はどれくらい必要だ? 処刑屋が出るとまずい”
”1時間くらいじゃの。もし、余分に時間がかかりそうだったら、途中で中断すればよいだけじゃ。他の探索者もここまでは降りてこぬからの、ここでやるぞい”
”わかった”
「サーシャ、早速だが始めるぞ」
ケンカイはサーシャの肩に手を置いた。
「え?」
唐突と思えるケンカイの動きに、サーシャが戸惑う。
何をするかの説明もなしで、いきなり肩を抱かれたのだ。
「あの、先生。一体何をするんですか?」
「いいから目を瞑っていろ。直ぐに終わる」
「え、あの。え?」
誤解されそうな台詞の後に、ケンカイはいきなり魔力をサーシャに流した。
それは、サーシャにとっては光の奔流が自分を呑みこむように感じられた。
眩しいどころでは無く、光に焼きつくされる、そんな感覚。
今までに体験したことが無い圧倒的な刺激だった。
ケンカイの魔力がサーシャの全身に行き渡る。
サーシャはその刺激に耐え切れず、意識を無くした。
倒れる前にサーシャを受け止めたケンカイは、手に湿り気を感じる。
”失神女から、失禁女にレベルアップしたようじゃな”
”爺さん、下品だぞ”
”まあよい、先に必要な調整をする。そのまま抱いておれ”
リオウはケンカイの肩に飛び乗った。リオウはケンカイの魔力に慣れている。
サーシャの体内に残ったケンカイの魔力を操り、魔法を発動し、サーシャの魔法回路を変化させていった。
”予想より、楽に調整できそうじゃ”
”そうか”
それから30分後、リオウによる調整は終わった。
”終わったぞい。気絶していてくれたせいで抵抗がなくて楽じゃったのう”
どうやら終わったらしい、手に付く不快な感触(ケンカイにはそっちの趣味は無い)を我慢していたケンカイは、ほっとして、リネスに尋ねた。
「お前、予備の下着持っているか?」
リオウによる調整が終り、暫くするとサーシャは目を醒ました。
目が覚めたサーシャは、自分の状態に気づき顔を真っ赤にする。
「先生、酷いです」
「いや、オレにも予想外の出来事だった」
ケンカイは平然としていた。15歳頃の外見となっているケンカイがそういう態度を取ると、ものすごくふてぶてしく見える。
「でも、気絶していてくれたからな。抵抗が無くて楽にできた。そのせいで直ぐに終わったから良かったじゃないか」
いきなり肩を掴まれて、目をつぶっていろといわれて気絶させられたうえで、抵抗が無かったので楽だった。
ケンカイの言動を頭でまとめなおして、なんとなく赤くなるサーシャ。
「先生、いやらしい言い方しないでください」
「なんのことだ? それより、こっちを見ても大丈夫になったな。眩しくないのか?」
「あ、本当だ。先生が何かしてくれたんですか?」
”爺さん、何かしたのか?”
”別に何もしとらんが、オヌシの魔力を注いだからな。オヌシの魔力に体が慣れたんじゃろ”
「オレにお前の体が慣れたようだな」
「だから、言い方。いやらしいです」
「サーシャさん、ボクの予備ありますから、それを着てください」
リネスが荷物の中から下着を取り出して渡した。
ちなみに、リネスが何故予備を持っているかと言うと、迷宮に入り始めたころ例によってケンカイの無謀な行動の巻き添えとなった時に、汚した経験があるからだ。
「リネス用のだと、サーシャには小さくないか?」
サーシャは18歳。さすがにリネスよりは大きい。
「伸縮性があるから大丈夫ですよ。サーシャさん、ボクと大差ないし」
だが、尻に関しては誤差の範囲のようだ。胸用の下着ならさすがに着用することは不可能だったに違いないが。
「うう、お借りします。リネスちゃん。ありがとう」
とはいっても、此処は迷宮。一人でどこかに隠れて着替えるわけにはいかないのだ。
「ご主人さま。気を使ってくださいね」
「ん、着替えが見たいなら、今夜でもみせてやるぞ。だからこっちを見るな」
「サーシャ、何で、メイの後ろ?」
メイの後ろに隠れて着替えるサーシャ。
ケンカイは、リネスに逆方向を見ることを強いられた。
もっとも、ケンカイの15歳の肉体からくる好奇心は、猫のリオウの視覚情報を共有することで満たされていたりするのだが。
”早速、効果を確かめるかの。失禁女に先頭を歩かせてみるのじゃ”
”だから、その呼び名はやめてやれ”
「サーシャ、さっきので罠の解除のコツを習得した筈だ。試しにやってみろ」
「どうやればいいのでしょうか?」
”どうやればいいんだ?”
”さっき、ワシがやっていた時の魔力の流れを真似してみろと言うのじゃ”
「さっき、この猫がやっていた魔力の流れを見ていただろう。あれを真似ろ」
「そ、それだけで、できるのですか。わたしを騙してませんよね。先生。
その、さ、さっきみたいに」
「別に、あれは騙したわけじゃないが」
「乙女の純情を弄ぶのは、わたし、いけいないと思います」
「いいから、さっさとやってみろ」
サーシャはチームの先頭に立ち罠の感知を行いながら進む。
16階層からは罠の数も多い。すぐに罠を感知し発見することができた。
さっきの、青い猫のように、ですわね。
サーシャは、記憶を辿り、猫のリオウが罠の解除をするときの魔力の流れを思い出す。
思い出した瞬間、サーシャの体から魔力が流れ出した。
そして、流れ出した魔力が罠をすぐに解除したことを感じる。
あまりにも簡単に行き過ぎて、サーシャは茫然とした。
”成功じゃな”
”そうなのか、随分と簡単だな”
”ワシの腕のおかげじゃ、と言いたいが、オヌシの魔力が、失禁女の魔力を一時的に消し飛ばしてたからのう。抵抗力が低下しておったから、楽に書き換えができた。半分はオヌシの馬鹿げた魔力のおかげじゃ”
”・・・とにかく、うまく行って良かったな”
”判らぬなら、判らぬといえばよかろうに”
「成功したようだな。どんな感じだ?」
「はい、簡単すぎて、却って不安です。いえ、わたしの感覚は罠が解除できたことを確認していますけど。理性が、そんなにうまくいくのはおかしいって言ってます。先生」
「確かに解除できてるじゃないか」
ケンカイは罠が仕掛けられていた所に足を踏み入れる。
何も起こらなかった。
「あと、魔力の消耗が少し多いです。でも、解除の時間が短縮されたから、その分休憩をとれますので、全体の時間は短縮できる、と、わたし思います」
”まあ、その通りじゃ。理解が早い娘じゃの”
”爺さんが褒めるのは珍しいな”
「その通り。理解が早い」
「ありがとうございます。先生」
サーシャはにっこりと笑った。新たな魔法を覚えるという事は嬉しい事なのだ。
しかも、こんな短時間で有効な魔法を取得できたのである。
ケンカイという少年先生と友好的な関係を築いたムロイの見る目に、サーシャは改めて感心した。
どうやってこの年齢でここまで魔法に精通することができるかしら、と思うサーシャ。
「もう少し、この階を探索したら、20階層を目指す。
先頭は慣れるためにサーシャだ。魔力が切れる前に休憩を取るから、その時期は自分で判断してオレに言え」
「はい。先生」
その時、ユッキがサーシャに近づいた。匂いを嗅ぐような仕草をする。
「え、ユッキちゃん。わたし、まだ臭いますか?」
「うん、臭う。ケンカイの臭いがする。メイと一緒」
「なんだそりゃ?」
”爺さん、どういう意味か判るか?”
”ユッキは、魔力を匂いとして感じるようじゃの。オヌシが注いだ魔力の残滓が失禁女に残っているのを感じたんじゃろ”
”メイと同じってのはどういうことだ?”
”そっちは普通の匂いじゃな。嗅覚の鋭いようじゃの、ユッキは。
オヌシ、しょっちゅうメイに匂い付けしておるではないか”
”ああ、そっちの臭いか。て、ユッキはそこまで判るのか”
リオウの当てこすりは無視するケンカイ。
ユッキはそれだけ言うと、リネスの傍に移動した。
サーシャは戸惑っていたが、すぐに気を取り直した。
「それでは、先生。早速進みます」
「ああ、無理はするな。慣れるまでは、こまめに休憩を入れるのを忘れるなよ」
リオウからの念話をそのまま伝えるケンカイ。
この日の探索も無事に終わり、探索者チーム・鋼鉄の盾も20階層を探索するための準備が整ったのだった。
おまけ(鋼鉄の盾の他の二人とムロイ)
その頃、ラーリーとラーシャはムロイによって扱かれていた。
練習用の盾と棒を持ったムロイに、二人が同時に斬りかかる。
二人の武器は、普段迷宮で使用している物と同じだ。
危険といえば危険だが、それでも怪我の心配があるのは斬りかかった二人の方である。
「せやっ」
ムロイは右手に持った盾でラーリーの長剣を受け止め流し、同時に左手の棒でラーシャの短剣を受け止める。
態勢を崩したラーリーがラーシャにぶつかった。
そこにすかさず盾を構えて突進し、二人纏めて弾き飛ばした。
弾き飛ばされながらも、ラーシャは態勢を整えて着地し、すぐにムロイ目掛けて駆け出す。ムロイの横を抜けて背後に回ろうとするが、横殴りに振られた棒がそれを阻む。
かろうじて短剣で受け流すが、衝撃を逃がしきることができず動きがとまった。
動きがとまったラーシャを目掛けてムロイの右手の盾が頭上から振り下ろされた。
そして、ラーシャにあたる寸前でぴたりと止まる。
「ここまでじゃな」
息が荒い二人に対して、ムロイは呼吸を乱してもいない。
「ちょっと、ラーリー。なんであそこで、あたしにぶつかるのさ。邪魔じゃないか」
「うるせえな、兄貴にそうなるように流されたんだよ。いつもの手じゃないか、予想して避けろよ」
「あたしが悪いってのか」
「あそこで、避けてりゃ、次の兄貴の一撃を俺が受け止めて反撃できてんだよ」
「は、あんたがムロイの兄貴の攻撃を受け止める? 今まで一度も出来たことないじゃないか」
「なんだとっ、俺様は日々進歩してるんだ。今日こそ出来た筈なんだっ」
「は、妄想も大概にするこった。あたしにも勝てない口だけ野郎が」
「け、いつまでも昔の思い出を引きづってるんじゃねえぞ。今じゃ俺様の方が強いだろうが」
「面白い。やってみるか」
「上等だ、怪我しても文句いうんじゃねえぞ」
二人は練習用の棒に持ち代えると、いきなり打ち合い始めた。
ムロイが見るところ、二人の実力は同じぐらいだ。
決着がつくまでに時間がかかるだろう。
「まだまだ未熟じゃの」
それでも、向上心があることはいいことだ、と前向きに二人の行動を評価する。
若い芽を育てることは楽しい。
引退間際の老人のような事を思うムロイ。
小山のようなごつい体格に、厳つい顔。
老けて見られがちな彼は現在28歳。
ある意味ケンカイとは別の年齢詐欺である。
ラーリーとラーシャの喧嘩じみた試合は、両者ノックダウンで終わった。
ムロイは気絶した二人を抱えて部屋に戻り、傷の治療を行うとベッドに寝かせた。
面倒見のいい男、ムロイ。
彼こそ常に鋼鉄の盾の中心であるナイスガイなのだ。




