第4話 新チーム誕生
メイと再会した夜。
一緒に住ませろと言い出したメイをつれて帰ったケンカイが見たものは、港の家の前に積まれている荷物だった。
「ご主人さま、お帰りなさい。ああ、メイさんもやっぱり一緒ですか」
リネスの声が冷たかった。
「家に帰ったら、扉の前に荷物が山積みだったんです。
どけて中に入るのは大変でした。
ご主人さま、荷物が届くのなら、ボクにも言っておいてください」
「いや、オレも知らなかったんだが、これ、メイのか?」
「ん、ここに届けて貰うように頼んでおいたのだ」
「お前、勝手な事を・・・、ということだ、リネス。オレの知らなかったことだ」
「ご主人さま、メイさん、ここに泊まるのですか?
それにしては荷物が多いですけど」
「ん、いや、私は泊まるだけでは無くて住むぞ。ケンカイもいいと言ったしな」
「そういうことなら、事前に言っていただければよかったんですけど。ご主人さま。
ボク、何も聞いていませんよ」
「いや、オレもさっき言われたばっかりで」
「ボクは、ご主人さまの奴隷ですので、別に相談なんか、してくれなくても、いいん、です。でも、少しくらい、一年間も一緒、に、暮らしてきたんだから」
リネスが涙声になって、ケンカイは慌てた。
「いや、だから、オレも知らなかっただけだ。知っていたらリネスに話していた」
「本当ですか? メイさんと暮らすなら、ボク、邪魔じゃないですか?」
「邪魔な筈がないだろう。むしろメイが邪魔だ」
「いや、ケンカイ。それは私に対して酷い発言だろう」
メイが抗議する。
「あ、ごめんなさい。ボク、ご主人さまを困らせるつもりじゃ・・・」
「なんか知らんが、落ち着け」
とりあえずケンカイはリネスの頭を撫でた。
”爺さん、何かあったのか?”
”オヌシが出て行った後、ちとな、とりあえずリネスを宥めておくのじゃな”
「とりあえず、家に入れ。そういや、プレゼントが完成してたんだが」
「え?」
「首飾りだ、似合うと思うぞ」
ケンカイはリネスの肩を抱いて家の中に入った。
”で、あの後何があったんだ”
プレゼントの首飾りを渡して、何とかリネスを宥めた後、ケンカイはリオウに念話で話しかけた。
”オヌシが出かけてからしばらくしてな、ワシを抱きしめてきた娘と、鎧を着た男が戻ってきたのじゃ”
リオウが事情を説明する。
鳳凰亭の剣の誉れというチームだったな、とケンカイは思い出した。
”あいつらか、何しに来たんだ?”
”簡単に言うと引き抜きじゃな。
リネスが奴隷契約を結んでいるのは見れば判るからのう。
自分たちが金を出して自由にしてやるから、仲間にならないかと言ってきたのじゃ”
”あいつとの契約は、金が条件じゃないが”
”リネスもそう言っていたのじゃがな、オヌシが売り払う気になれば、金で取引できるのは確からしいのじゃ”
”オレはそんな気は無い”
”じゃろうのう。だが、そいつらはオヌシと交渉して買い取ることにする。その後自由にするから、仲間になるかならないかはその後、判断したらどうだと言ってきたのじゃ”
”それくらいで、リネスが動揺するのか?”
”あの娘、昔から捨てられることに怯えておったろう。オヌシが売り払う気になるという事は、オヌシから捨てられるということじゃしの”
”そういや、最初の頃は、そんなことを言ってたな”
ケンカイは、リネスが海賊容疑で逮捕されて犯罪奴隷となるところを、ミリア姫の頼みを受けたベッグと言う中年魔法使いの差し金で、普通の契約奴隷としてケンカイの所に来ることになった時の事を思い出した。
既に一年以上前の出来事だ。海姫の雷号を手に入れた切っ掛けの事件でもある。
”それで、妙に不安になったところで、港の家に帰ったら玄関にメイの荷物が山積みじゃ。
ワシもリネスもそんな話は聞いておらんかったしの。
オヌシがメイと暮らすのなら、自分は邪魔で、要らないと言われるのではと、悩んでおった”
”リネスを手放す気などない。それにしても妙に自分に自信が無い話だな”
”オヌシと違って、文字通りの14歳じゃぞ。あの娘は。魔法を覚えたのも最近の話じゃ。
自分に自信が無くても無理はあるまい”
”大体、要らないと言われるような奴なら、引き抜こうとする奴もいないだろう。何を卑屈になってるんだ。あいつは”
ケンカイは腹が立った。
そして、感情の赴くままにリネスに念話を送ったのだ。
リネスは落ち込んでいた。
自分の部屋に戻って、ケンカイから貰った首飾りを抱きしめる。
リネスのベッドの上では、ユッキが可愛らしい寝息を立てていた。
ボク、ご主人さまに八つ当たりしたのかなあ。メイさんのことで。
本当は、もう要らないって思ってるんじゃ。ひょっとしてさっきのことでそう思われてたりしないかな。
太腿の奴隷環をさする。
これは、ケンカイとの目に見える繋がりだ。
これが無くなっても、ケンカイとの繋がりは残るのだろうか?
メイさんと暮らすなら、ボクってただの邪魔者?
思考がぐるぐるとまわり、感情の整理がつかなかった。
そんなリネスに、ケンカイからの念話が入った。
”こら、リネス!”
”あ、ご主人さま・・・”
”お前、自分の価値を甘く見過ぎているだろう。変な心配しやがって”
”え?”
”大体、オレと爺さんの関係を詳しく知っているのは、オレ達以外お前しかいないんだぞ。
そんな奴を、易々とオレ達が手放すと思うのか?”
”でも、ボク・・・”
”でもじゃない。お前の価値はオレが知っている。
大体、オレの見かけが若くなってから、妙に距離を取るようになりやがって、初めの頃の様にもっと頼れ”
”だって、若いご主人さま相手じゃ、なんか照れくさくて”
”とにかく、お前は、手放さないからな。お前が出て行きたいというのなら話は別だが”
”そんなこと、思ったことないです”
”じゃあ、それでいいだろう。余計な事を悩むな”
”えーと、ボク、傍にいていいんですよね”
”ああ、好きなだけいろ”
ケンカイからの念話が終わった。
「そっか、好きなだけいていいんだ」
リネスは抱きしめていた首飾りを身に着けてみる。
リネスの希望通り、派手すぎない普段使いできる綺麗なものだ。
リネスは嬉しくなった。たとえケンカイの周りに誰が来ても、自分の居場所はちゃんとある。
好きなだけ傍に居ていい。
それは、今のリネスには魔法の様な素敵な言葉に思えた。
「ん、ケンカイ。ところで、この子は誰だ?」
「ケンカイ。この人、誰? いい人?」
朝食の時、メイとユッキは初めて顔を合わせた。
リネスは機嫌よく朝食の準備をしている。
昨日の夜の不安気な様子は欠片もない。
首筋にはケンカイが送った首飾りがかすかに覗いていた。
「うむ、ユッキ。この人はメイだ。変な奴で変態だが、悪い奴ではないな」
「いや、酷い言われように思えるのだが。せめて美人を付けてくれ」
「美人の変態だ、気を付けろ」
「うん、あたい気を付ける」
「で、メイ。この娘はユッキ。海で拾った不思議娘だ」
「海で拾ったということは、遭難者か?」
「説明しづらいんだが、遭難者とは違うな」
正直どこまでをメイに話すのかは悩むところだ。
リオウとは先に話をしていて、ケンカイとリオウの関係については伏せることにしていた。
ケンカイを魔法使いと勘違いしているのがメイだ。その勘違いをできるだけ生かそうと考えている。探索者の店の人間も、ケンカイを魔法使いだと思っているので齟齬は少ない。
「なら、海に捨てられていたりしたのか? こんな小さな子を捨てるとは酷い話だな」
メイから見ると、ユッキは10歳ぐらいに思える。
一年前はリネスの事もそれぐらいだと勘違いしていたのだが、最近のリネスはいろいろ成長してきているので、段々と年齢通りに見えるようになってきていた。
「そういや、ユッキはいくつなんだ?」
「あたい、知らない。いくつ?」
「いや、オレに聞かれてもな」
「ボクは、10歳くらいだと思ってました」
「じゃあ、あたい10歳」
「まあ、ユッキがいいならそれでいいか」
「言動だけを聞いていると、もっと幼い気もするのだが」
「あたい、10歳」
嬉しそうにユッキがもう一度宣言した。
「リネス、あたいに歳もくれた。とってもいい人」
「ん、確かに不思議な感じのする娘だな」
メイがユッキの頭を撫でようとすると、ユッキが嫌がった。
ケンカイの後ろに隠れてしまう。
「なにか傷つくのだが」
伸ばした手をわきわきとさせて、メイが落ち込む。
「オレとリネスに懐いているからな。昨日の白い黒犬亭でも他の奴らにはそんな対応だったな」
メリッサもメイと同じように落ち込んでいたのをケンカイは思い出した。
「ん、まあいい、子供なんてお菓子でつればすぐに懐く。後で何か買ってきて餌付けしてやるさ」
メイは直ぐに立ち直った。
「それでだ、昨日、ケンカイにも言ったが、私は暇なのだ。地下迷宮探索に加わりたいのだが、いいかな?」
「メイさん、お仕事で来て暇ってどういうことですか?」
「ん、左遷だからな。好きな事をしてもいいのだ」
「ボク、意味がわかりません」
でも、まあいいかと、リネスはメイの参加に同意した。
「地下迷宮は危ないけど、メイさんなら大丈夫です」
「ん、綺麗なゴキブリと称えられた私のタフネスを役立てて見せよう」
「それ、褒められていませんよ」
「ケンカイ。あたいも行く」
「まあ、ユッキも連れていく気にはなっていたがな」
本来なら昨日、浅い階層で様子を見ようと思っていたのだ。
「いや、待て、ケンカイ。さすがに、こんな子供を連れていくのは不味いだろう」
「ユッキは、オレかリネスのどちらかと離れようとしないからな。置いておくと、一人でやってくる恐れもある」
「この娘がか? それは無理だろう」
「だから、不思議娘なんだ」
「うーむ、私には信じられないが。ん、魔法使いの領分で何かあるのだろうか?」
「微妙に違うと思うんだが、オレにもよく判らんな。まあ、さほど心配することは無いことだけは確かだ」
ユッキはホオジロ鮫を倒す不思議娘である。
「あたい。強い」
「でも、ユッキちゃん。無理しちゃだめだよ。ちゃんとボク達のいう事聞いてね?」
「強いのに。ダメ?」
「強いから駄目なの。じゃないと、連れていけないよ」
「言う事聞く。置いてかないで」
ユッキが、リネスにしがみ付いた。
「ん、まあ、ケンカイとリネスが言うのなら、私も従うまでだ。私は新入りだからな。ユッキと同じだ」
メイは腕を組んで頷いた。
「ところで、ケンカイ」
「なんだ?」
「私の所属するキミの探索者チームの、名前は何だ? 格好いいものだと素晴らしいのだが」
ケンカイはしばし考えた。
「そういや、決めてなかったな」
ケンカイとリネスのペアの名前が、今一つユエンディーに浸透していない理由であった。
「昨日会った連中は、鋼鉄の盾と、剣の誉れ、だったな」
ケンカイの感覚としては、そんな恥ずかしい名前をよく名乗れるなあ、である。
実の所、もっと自己陶酔したようなチーム名はたくさんあり、前述の二つなどシンプルなチーム名になるのだが。
「ん、両方とも悪くないな。ここは、私たちも素晴らしい名乗りを上げるために、良い名を付けねば」
「今まで名無しでやってたんだ。無くてもいいだろう」
「それは違うぞ、ケンカイ。こういうのは様式美が必要なのだ」
「ケンカイ。名前、大切」
「ユッキまでそういうのか」
ひょっとして、この辺りの地方ではこういう感覚が普通なのだろうか。
「リネスはどう思う?」
「えー、ボクも無くていいと思うんですけど」
「ここは、恰好よく、氷帝の剣とか、吹きすさぶ風とか、大地を砕く者とかどうだろう」
「あたい、食べ物の名前がいい」
「ん、そうなると、難しいな。格好良い食べ物の名前か・・・」
「丸かじりの鯖、丸のみの鯵。いい名前」
「それは、おかしいぞ」
「でも、なんか、止まりそうにないです。ご主人さま」
「変な名前にされる前に、無難な名前を決めるしかないのか・・・」
メイとユッキのネーミングセンスに任せると、とんでもない物になりかねない。
結局、この日の午前中は、名前を決めることに費やされたのだった。
「海熊の銛、と。わかった、これで協同組合の本部に提出しておく」
店主は手に持った紙に、先ほど聞いたチーム名を記入した。
「今までは名無しだったのに、人数が増えると付けたくなったのか?」
「オレはいらないと思ってたんだが」
「何を言う。名乗りを上げるには名前が必要だろう」
「名前。大切。いる」
「新入りの筈の二人が煩くてな」
後ろで騒いでいる二人を指さす。
名前を決めている間に、ユッキとメイは仲良くなっていた。
触られても逃げ出すことは無くなっている。
「昨日見たときも、思ったんだが、ケンカイ。
こっちの美人さんはともかく、こっちの子供は無理だろう」
「ユッキはオレとリネスから離れないのでな」
それ以上の事情を説明する気はケンカイには無かった。
「お前さんなら、何か考えているんだろうが、これが他の奴がつれてきたんなら、店主の権限で即座に立ち入り禁止だ。
その子供が大怪我でもしたなら、いくらお前さん相手でも、そうなるぞ」
「ああ、気を付ける」
店主とケンカイが話している間、リネスはメリッサに捕まっていた。
「おや、あんたのところ、急ににぎやかになったねえ」
「ええ、でも、楽しいですよ」
「おやおや、しかしあの少年も、やっぱ隅におけないねえ。あんな美人な年上の女や、可愛い年下の娘まで連れてくるなんて。リネスちゃんも大変だね」
「え、ボク、平気ですよ」
「またまた、妬いたりしないのかい。ボクだけのご主人さまなのにーって」
メリッサはにやにや笑ってリネスを小突くが、リネスは平然としていた。
そして、メリッサにしか聞こえないように小声で囁く。
「あのね、メリッサさん。ご主人さま、ボクが好きなだけ傍にいていいって言ってくれたの。誰が来ても気にするなって」
それを聞いたメリッサは微妙な顔になる。
「なんか、それ、リネスちゃん、騙されていない? 他の女をこれからも連れ込むって意味に聞こえるんだけどさ」
メリッサは、ケンカイの故郷の島の風習が、一夫多妻であることを知らない。
「好きなだけ、ずっと、傍にいていい。ていうのが大事なんです。へへ」
「まあ、あんたが幸せそうだから、いいんだろうけどねえ」
あたしゃ御免だね。と言いたそうなメリッサと、ニコニコしているリネス。
そこにケンカイがメイとユッキを引き連れて戻ってきた。猫のリオウはユッキの後ろを歩いている。
「リネス、行くぞ」
「はい、ご主人さま」
そして、新探索者チーム 海熊の銛 の初めての地下迷宮探索が開始されたのだ。
店の奥から迷宮へと続く通路を通り、迷宮へとたどり着くと、ケンカイとリネスとリオウにはお馴染みとなった迷宮の念話が聞こえてくる。
[ようこそ、ここは古代魔法帝国公認の探索型地下迷宮 遠い地の迷宮です]
「ん、何だ、この音は」
「変な音、する。何?」
迷宮の念話は古代魔法帝国語で語られているため、理解できない人間には只の雑音でしかない。
”ユッキが判らぬのは、意外じゃな”
”爺さん、やっぱり、ユッキについてもっと知っているんじゃないか?”
”・・・あの娘のことは知らんよ”
[今回の挑戦者達によるチームは4名と認識しました。間違いであるなら、当方へ念話にて連絡ください。・・・・・・連絡がありませんので、認識を継続します]
[貴方たちのチームには、本迷宮初挑戦の方が2名存在します。当迷宮は、帝国法迷宮規格に沿って運営されております。そのため、登録名を自分で決定することが可能ですが、登録されない場合はこちらのコード規則に則り管理させていただきます。
登録名を申請してください。・・・・・・・連絡がありませんので、当方にて認識コードを決定しました]
[当迷宮における禁則事項の説明は必要ですか? 必要なら念話で連絡をお願いします。
・・・・・・・連絡がありませんので、省略いたします]
「ケンカイ、まだ扉は開かないのか。随分待たされていると思うのだが」
「もうすぐだ」
[要注意事項です。現在、当迷宮において、自動転送装置と再生装置の一部に不具合が発生しています。
そのため、本来なら運営中止をすべき状況ではありますが、挑戦者より運営継続の要望が多く出されているため、現在、この件に関しましては迷宮規格から逸脱した形で運営を続けている状態です。これは非常時における運営基準が明確化されていないため、当迷宮管理者の判断にて行っております。
当方の判断に同意できない場合は挑戦を中止してください。
繰り返します。本迷宮の、自動転送装置と再生装置の一部に不具合が発生しています・・・・・・・・]
[それでは、挑戦を開始してください。貴方たちの健闘をお祈りします。レディー ゴー!]
迷宮の扉が開いた。
ケンカイ達は中に入っていく。
全員が入ると、扉はゆっくりとしまる。
[本階層は地下一階です。ここにいる魔獣は初心者レベルの物です。貴方たちのチームは実績がありませんので、本階層においても魔獣が発生します。ご注意ください]
「ん、これが迷宮内か。思っていたより綺麗なところだな」
メイが周囲を見回しながら言った。
「それに明るい。地下なのに灯りがいらないとは、こういうことか」
「まあな。不自然な所が多いが、気にしない方がいい。ここはそういう場所だ」
「ここ、危険?」
「まだ危険じゃないよ。髪留めはつけたままにしておこうね。ユッキちゃん」
この階層にでてくる怪物なら、ケンカイどころかリネスが魔法を使わなくても楽勝である。
猫のリオウが無言で一番前に出る。
罠の探索のためだ。
「まあ、道は判っているんだ。さっさと11階層まで降りるぞ」
いつも通りリネスがジョナサンを先行させた。
ジョナサンが見つけた進路上の怪物は、倒すのも面倒なほど弱い相手なのだが、試しにメイと戦わせてみると、メイは用意していた短剣であっさりと倒す。
収穫品もゴミの様なものしかでない。
「このあたりじゃ、いいものは取れないしな」
「ん、確かに歯ごたえが無さ過ぎるな。しかし、倒した怪物は消えるのか。面白い仕掛けだ」
初心者らしい感想を言うメイ。
ケンカイやリネスにとっては見慣れた光景だった。
ユッキはあまり気にしていない。
「朝、打合せしていたとおり、罠はあの猫が見つける。猫より先に出るなよ」
「ん、わかっているさ。あの猫がケンカイの使い魔か?」
「まあ、そんなもんだ」
そしてケンカイ達は先を急いだ。浅い階層には用がない。
必要な資材は、11階層より深い階層にいかなければ手に入らないのだ。
[本階層は地下11階です]
ケンカイ達は11階層にに到達した。これまでは特に問題は起きていない。
ここから現れる敵は今までより格段に強くなる。
もっとも、ケンカイの敵ではないのだが、ユッキやメイではどうだろうか。
「ユッキ、髪留めを外しておけ」
「ここ、危険?」
「うん、ちょっと危ないかも」
「メイは少し下がれ」
「いや、この娘を前に出すと危ないだろう」
「大丈夫だ。むしろ、巻き込まれないように気を付けろ」
「ん、まあいい。リーダーはキミだ、従おう」
不安気な表情を浮かべるメイだが、ケンカイの指示通り後ろに下がる。
これで、ケンカイとユッキが前で、リネスとメイが後ろという並び方になった。
罠は、リオウが無言で次々と解除していく。もっとも、念話でケンカイに罠の状況を説明してはいるのだが。
「ご主人さま。前の通路に怪物2匹います」
先行させたジョナサンが敵を発見した。
暫くして、ケンカイ達と遭遇する。
[レッドウルフx2と遭遇しました。健闘を祈ります。]
現れたのは、赤い毛皮をした狼だった、ただし体長は普通の狼の倍近くある巨大な狼だ。
咆哮と共にこちらに襲いかかる赤い狼。だが、その姿は蒼黒い何かに薙ぎ払われた。
「これ、危険」
ユッキの髪がばさりと広がり、次の瞬間、赤い狼に向かって振られたのだ。
後に残ったのは、体を細かく切り裂かれたレッドウルフ2匹の倒れた姿だった。
[コングラチュレーション! 貴方たちはレッドウルフx2匹を撃退しました]
[狼の大きな牙x2 と 赤い宝石x1 を獲得しました]
「これがユッキちゃんの力か、凄いなあ」
事前にケンカイから話を聞いていたリネスも驚いた。
「こりゃ、心配する事は無さそうだな」
通路を覆うように髪が広がり、逃げ場がない状態で切り刻むのだ。
狭い迷宮のような場所では、避けることは難しい攻撃だ。
「い、いや、今のはなんだ。ユッキがやったのか。一体どうやって?」
一番混乱しているのは、事前情報が無かったメイである。
「あたい、強い。危険な物は怖い物。怖い物は先に殺すの」
ユッキはメイを見た。
「メイ。あたい、怖い?」
「ん、驚いたが怖くないぞ?」
メイは言った。
「まあ、ケンカイが連れている女の子だからな、規格外なのも当たり前だ。
ん、事前に教えてくれておけば嬉しかったのだがな」
「そういや、教えてなかったな。でも見た方が早かっただろう」
「ん、確かに。ユッキ凄いな」
メイはユッキに近寄って頭を撫でた。
「メイ、あたい怖くないの? じゃあ、メイもいい人」
ユッキは大人しく頭を撫でられた。
「うーむ、どう見ても普通の髪なんだが、違いは少し太いぐらいか。よっと、」
「メイ、痛い」
ケンカイは、ユッキの髪をいじって引っ張り始めたメイを小突いた。
「お前、何してる。嫌がってるだろう」
「いたた、ああ、すまない。少し夢中になった」
「メイ、いい人だけど、嫌い」
「ええー、嫌うの早くないか。ほら、お姉さん、本当は優しいいい人だよー。今度、飴を買ってあげよう」
「飴? 何?」
「甘くて美味しい物さ。ユッキのような子供が喜ぶ」
「欲しい」
「うんうん、子供はちょろくていいな」
「約束?」
「はいはい、指切りしようね。ユッキ」
その様子を見ていたリネスはケンカイに囁いた。
「メイさん、意外と子供あしらいが上手ですね」
「ユッキが意地汚いだけのような気もするが」
”食い意地は張ってたのう”
”爺さん、何だ?”
”ああ、何でもない。独り言じゃよ”
「さて、収穫品を回収して先に進むぞ」
ケンカイ達は先に進み始めた。
”リネス。爺さんが何か隠しているように感じるんだが”
”ユッキちゃんが来てから、少しおかしいですよね。リオウさん”
”大したことじゃなきゃいいんだがな”
”重大な事なら、ちゃんと話してくれますよ。なんたって、知のリオウ なんですから”
リネスと時々念話を交わしながら、11階を目指していく途中で、数度の怪物との遭遇があったが、先頭に立ったユッキが一瞬で倒していった。
そして、11階への入口に近づいた頃、ユッキの弱点が発覚したのだ。
「あたい、疲れた。眠い」
5回目の戦闘が終った時、ユッキがそう言った。
”あの髪の攻撃は、相当魔力を消費するようじゃの。疲労状態じゃな”
”無敵って訳じゃないんだな”
”そうじゃの”
「ユッキちゃん。疲れちゃったの?」
「うん。あたい、疲れた」
「疲労状態の様だな、魔力の使い過ぎだ」
リオウからの受け売りを言うケンカイ。
「ん、そうなのか。ユッキ、眠いのか?」
こくりと頷くユッキ。目元がすでにとろんとしている。
「そういや、こいつ、飯を食うか寝るかのイメージしかなかったな」
海姫の雷号の中で暮らしているときは、まさにそういう感じだった。
”まだ幼いのでな、魔力の補充が追いつかんのじゃろ”
”魔力って寝ると回復するのか?”
”オヌシも使いすぎた時、倒れて寝ていたじゃろう”
一年前、今の姿になる寸前の出来事をケンカイは思い出す。
”そういや、そうだったな。普段、感じたことがないんでな”
”オヌシの魔力量は出鱈目じゃしの”
「ケンカイ、どうする。引き返すか?」
「もともと、オレとリネスだけで問題ないんだ。メイ、ユッキを背負ってくれ。
戦闘には参加しなくてもいいから、オレとリネスのやり方を見て覚えておいてくれ」
「ん、わかった。
しかし、キミたちのような人離れしている人間の中では、私のような普通の人間はどうすればいいか困るな。
次回までに何か考えておこう」
「お前に人離れしているといわれると、ものすごく複雑だ」
「心配するな、ケンカイ。そういうところも含めて、私はキミが好きだぞ。もちろん一番好きなのは外見と肌触りだが。やはり少年のすべすべ肌はいいものだ」
メイ大尉21歳。年下の少年趣味な美人の残念なお姉さんである。
その後、ケンカイ達は地下15階まで進んだ。
ケンカイとリネスの連携は、既に熟練の域に達しており隙がない。
ある程度資材が集まり、迷宮の外では夕方となっているころ、ケンカイ達は迷宮を後にした。ユッキは途中で目を醒まし、今はメイの背中から降りて歩いている。
「ふむ、ケンカイ。キミとリネスの連携は見事だった。ん、1年間の成果だな」
「まあな」
「だが、一つ疑問があるのだが」
「なんだ?」
「キミも魔法使いなのに、なぜ魔法を使わないんだ?」
ケンカイの戦闘方法は、ひたすら物理攻撃である。
魔法使いらしい攻撃方法は一度も使っていない。というより、そもそもできない。
魔力は有り余っていても、魔法使いの才能は無い。それがケンカイなのだ。
「・・・向き不向きがあってな」
「ふむ、リネスの様な攻撃魔法が苦手なのか。しかし、この前は」
「魔法使いとして秘密にしたいこともあるんだ。それ以上は詮索するな」
「ん、そういうものなのか。それは済まなかった」
”そういや、こいつもオレが魔法使いだと信じているんだったな”
”今晩、たっぷり氷を作るところをみせておくのじゃな”
”そうするか”
氷の作製は、魔法印に頼っているとはいえケンカイが使える唯一の魔法である。
魔法使いのふりをするのも楽じゃないと思うケンカイだった。
[お疲れ様でした。又の挑戦をお待ちしております]
迷宮の念話に送られて、ケンカイ達は白い黒犬亭の奥の扉から店内に入った。
「よお、心配はしてなかったが、新入りの二人も無事のようだな」
店主が迎える。メイとユッキに怪我が無い事を確認してから、満足そうに頷いた。
「今日は、浅いところしか行かなかったからな」
「どこまで行った?」
「15階層までだ。たいした収穫はないぞ」
いつも通りケンカイは背負っていた袋を店主に渡した。
中には今回の収穫品が入っているが、いつもと比べると量は少ない。
そのまま食堂に移動し、席を確保しているリネスの所に行く。
夕方から夜にかけては食堂に人も多く、すでに混雑していた。
いろいろな料理の匂いに誘われてか、ユッキがキョロキョロしているのが見える。
ざっと食堂を見回すと、食堂の奥に昨日見た赤と黄色の頭が見えた。
どうやら出入り禁止にまではならなかったらしい。
ケンカイは無視することにして、席に着く。
「ん、相変わらず混んでいるな。この店は」
メイは、以前ユエンディーに来た時、何度かここで食事をしたことがある。
「お蔭さまってとこだね。ほら、新入りさんたちへのサービスだ」
メリッサが勝手にメイとユッキの前にグラスを置いた。もちろん中身は異なっている。
「私は何度か来たことがあるのだが」
「でも、探索者としては初めてだろ。生還した初めてのお祝いさ」
「ん、ならいただこう」
猫のリオウはユッキの近くのテーブルの上にいた。
とりあえず、料理と酒を水を頼んだケンカイはユッキとメイのグラスを取り上げた。
そのまま刺青の魔法印を使用して、二人のグラスの中に氷を作る。
「ほら」
「ん、さすがは魔法使いか」
「冷たい。おいしい」
そしてメリッサが、酒と水を持ってくる。水は大き目の器に並々と入っていた。
ケンカイは、水の入った器に左手を当て、再度、魔法印を使用する。
器に入った水が氷に変化した。それも、器の水全部が一つの氷となったわけでは無く、グラスに入れやすいサイズの氷に分割されて変化している。
「一々作るのは面倒だからな、必要なだけ使え」
”相変わらず器用なことをするのう”
リオウの目から見ても高度な魔法の使い方だ。
「そりゃありがたいね」
真っ先に自分のグラスに氷を入れたのはメリッサだった。
「おい」
「けちけちしなさんな。あたしはこれに強いのをいれてちびちびやるのが気に入ってね。水代はまけてやるから、氷はもらうよ」
そのまま飲める水というのは意外と高いのだ。
「じゃあ、料理ができたら運んでくるから、ゆっくりしな」
メリッサは上機嫌で去って行った。
「ご主人さま、いっそのこと氷を売りに出したら商売できませんか」
「暑いときは結構売れるかもな。まあ、金に困ってるわけじゃなし、面倒なことはやらないでおこう」
「まあ、そうですね。はい、どうぞ」
リネスはグラスに氷と酒を入れてケンカイに渡す。
続いてリネスが自分の分も作っている。同じ酒を使って薄めにしていた。
そんなケンカイに向かって話す声があった。昨日も聞いた声だった。
「け、お前、本当に魔法使いだったのかよ。じゃあ、俺様を投げたのも魔法を使ってやがったのか」
「このバカが。謝りにきて喧嘩を売る奴がおるかっ」
ラーリーの赤と黄色の頭を、大男のムロイが殴った。いい音がした。
「すまぬな。ケンカイ殿。儂はムロイ。このバカが所属している鋼鉄の盾のリーダーをしておる。今日は、昨日の無礼を詫びるためにきたのだが、このバカ、さっさと謝らんか」
「へい、兄貴。おい、ガキ、昨日は悪かったな。次はああはいかないから、覚悟しとけ ぐえっ」
ムロイがラーリーの腹を殴った。こめかみに血管が浮いている。
「だから、いつまで街のチンピラのつもりじゃ。このバカが。ケンカイ殿、重ね重ね申し訳ない」
「あ、兄貴が謝ることはないっすよ」
「誰のせいじゃと思うとる」
「え、そりゃ、そのガキのせいで・・・」
「お前のせいじゃっ」
ムロイが蹲っていたラーリーの背中を踏みつけた。結構痛そうだ。
「漫才しに来たのなら、帰れ」
ケンカイは冷たく言ってグラスをあおった。
「最初からあのバカを連れてこぬ方が良かったわ」
結局、ムロイはケンカイ達のテーブルに居座った。
ラーリーは、奥のテーブルで他の鋼鉄の盾のメンバー達と一緒にいる。
「はい、どうぞ。濃さとか調整した方がいいなら言ってくださいね」
リネスがグラスを用意して、酒を注いで渡す。
「これは、済まぬのう、可愛いお嬢ちゃん。うちの所にもこういう気の利いたメンバーがいればのう」
「まあ、おっさんも苦労しているようだが」
あんなバカの行動に責任を取ろうとするのは大変だろう、とケンカイは思う。
「氷を入れた酒なぞ、初めてじゃ。こうも旨くなるとはのう」
「それで、何の用だ? 酒をたかりに来たのか?」
「そんなことはせぬわ。と言いたいが
この旨さではたかりたくなってきたのも確かだ」
ムロイはメリッサを呼び、別の蒸留酒を酒瓶ごと買った。
「ちときついがの、こいつの方が、この飲み方に合うかもしれんぞ。ケンカイ殿もどうじゃ?」
「どれ、うん、悪くないな」
「だろう?」
「ん、それなら私も欲しいぞ」
「おお、こっちの美女もいける口か。どんどんやってくれ」
「ん、たしかにいけるな」
「これだと、肴はこいつがいいか。メリッサ、預けている壺を出してくれ」
「これはなんじゃ?」
「この前作ったイカの塩辛だ。新鮮なイカで作って寝かしておいたからな。そろそろ食べられるはずだ」
「ふむ、塩気が多いが、旨みも多い。これは合うのう」
「私にも、私にも」
「おや、瓶が空じゃ。女将、もう一本、いや二本くれい。あと、揚げ物の良い物があればそれも欲しいのう」
「私は、野菜も欲しいな」
「昨日持ってきた魚は残ってないのか? あるなら、煮付けてくれ」
「おう、これも旨いのう」
あっという間に、ケンカイ、メイ、ムロイは酒飲みモードに変わった。
「あたいも飲みたい」
「ユッキちゃんは、まだ駄目。それよりこれ、美味しいよ」
「食べる。おいしい」
リネスは、ユッキと一緒にお食事モードだ。リオウもこちら側である。
そして、白い黒犬亭の夜は更けていく。
迷宮からの生還を祝い、祝杯を挙げる探索者達を巻き込みながら。
ケンカイ達の白い黒犬亭での酒盛りは遅くまで続いていた。
ユッキが眠そうになったため、リネスと一緒に先に港の家に帰っていた。
猫のリオウも一緒だ。
大型の猫の姿をしたリオウの分体は、普段は迷宮で戦うことはないが、リオウが精魂こめて造り改造し続けるだけあって強い。
もし、帰路のリネス達を襲うような者がいても、あっという間に喉笛を噛みきられるだろう。
もっとも、ユエンディーの治安はそれほど悪くない。特に危ない地域に足を踏み入れなければそんな心配はしなくてもいいのだが。
なので、ケンカイは特にリネスの事を心配する事無く、メイと一緒に、鋼鉄の盾のリーダー・ムロイと酒を飲んでいた。
ムロイ達はヒンディア帝国の出身であるらしい。ユエンディーに来ることになった事情については言いたくないらしく口を濁していたが、すねに傷を持つ者が集まるのもこの都市である。
ケンカイも詮索はしなかった。相手の事情に深入りしないことは、探索者の暗黙の不文律であるのだ。
だが、ヒンディア帝国の話自体は珍しい話が多く、ケンカイの興味を引く内容も多かった。メイが対抗するかのように、チャンター共和国の話をし、ムロイとちょっとした言い争いになってはいたが、それもいい酒飲み話だ。
「ん、だから、ヒンディアはやたらと辛い物が多いのだ。チャンターの奥深い料理と比べると劣るとしか言えぬのは仕方ない」
「甘い物好きな女子供らしい言い草だの。もっともヒンディアの女子供は、チャンターの様に軟弱ではないのだ。暑いときには辛い物を。これが強壮の秘訣じゃ」
「酒の肴になりゃ、どっちでもいいだろう」
大体こんな感じの会話が繰り返されたのだが、酒飲み同士のじゃれ合いの様な物だった。
「ムロイの兄貴、かえってこねーな」
「あんたみたいな、バカの相手をするのが嫌なんだよ」
「あん? お前らみたいな色気の無いのより、あっちの女の方を気に入ったんじゃねいのか」
「ケンカイくん、まだ眩しいわね。どういう魔力かしら」
鋼鉄の盾の残りのメンバー3人は、離れたテーブルで酒を飲んでいるリーダーを見て複雑そうな表情をしていた。
1人は眩しそうな表情だが。
赤黄頭のラーリーは、不貞腐れている。姉妹の姉であるラーシャは、不機嫌な顔でムロイの正面にいるメイを睨んでいた。
眩しそうなサーシャは、ケンカイのいる方向を気にしていた。
鋼鉄の盾は、リーダーであるムロイが以前所属していたチームが解散になった後で作ったチームだ。
今の3人のメンバーはムロイによって拾われて、鍛えられた様な物である。
ムロイはその厳つい外見からは想像できないほど、面倒見のいい男なのだ。
「大体、兄貴は何しにあのガキの所に行ったんだよ。あれじゃ、こっちが格下みてーじゃねえか。あんなガキ、呼びつけりゃいいのによお」
「あー、そういや、迷宮の攻略について聞くつもりだった筈なんだよね。
あたしが見るに、ムロイの兄貴、完全に忘れているわ」
「16階からの罠、凄かったですよ。わたし一人だと見落としありそうで怖かったです」
サーシャが今日の探索を思い出して、身震いをした。
彼女は、このチームの罠の発見及び解除の担当であり、そのために必要な魔法に特化した魔法使いでもある。
鋼鉄の盾は、本日、16階層にまで足を運んでいた。
そして、この店の探索者達がケンカイ達を除いて15階層で足止めされているのが何故かを理解したのだ。
16階層からは、罠の種類・危険度が大幅に増えていた。
それまでは、罠は嫌がらせに近い物が多く、引っ掛かっても致命的な物は少なかったのだが、16階層からは致命的な罠が多くなっていた。また、仕掛けられている数や、罠の復旧スピードもこれまでの階層とは比較にならないほどだ。
鋼鉄の盾にはサーシャがいるため、ある程度16階層の探索を行えたが、サーシャクラスの罠対策要員がいないチームでは、足を踏み入れることを躊躇することは間違いない。
無理やり探索を行えば、待っているのは死だ。
もっとも、罠についての対策をケンカイに聞いても、ケンカイも答えられない。
リオウの分体である猫が、全ての罠を発見し即座に解除しているためだ。
そのため、ケンカイには、16階層になっても罠の数が増えていたり、凶悪な物になっているという実感が無い。
ケンカイ達が他の探索者チームと比べて圧倒的に有利な点であった。
迷宮の罠は、迷宮が自動的に配置の変更や修復を行っているため、同じ場所に同じ罠があり続けることは無い。
たとえ、探索者が遭遇した罠すべてを報告していたとしても他の探索者には無意味なのである。
罠を無効化できる魔法道具が収穫品の中から発見されることがあるが、今まで発見されたその類の魔法道具は時間による使用制限のついた使い捨て品だ。
当然、需要超過となっており手に入り辛い上に価格が高いため、罠無効化のアイテムだけで迷宮を攻略しようとする者はいない。
非常時に備えて用意しておき、罠の担当者が怪我や死亡した時や、滞在の時間制限が近づいた時に使用するのが一般的な使い方になっていた。
「罠無効化のアイテムも高い上に数が売ってませんもの。何か、罠攻略のためのコツとかを教えていただければ、わたし、助かります」
「だからって、あんなガキに頭を下げるのは気にいらねえんだよ。兄貴ともあろう男がよお。くそったれが」
「そのガキにあっさりのされた癖にさ。認めなよ、あの少年は、少なくともあたし等よりは格上さ」
「ああん? 兄貴よりも上だとか言いださねえよな?」
「あんた、ムロイの兄貴を尊敬するのはいいけど、誰にでも噛みつくのはよしな。そのたびにムロイの兄貴が頭を下げる羽目になってるんだからね!」
ラーシャがラーリーを睨む。ラーリーは目を逸らした。
狂犬のような彼にも、あまりにも真っ当なラーシャの意見は耳が痛い。
「だってよお、兄貴が舐められたんじゃあ、堪らねえしよ。ムロイの兄貴みたいに凄い人を馬鹿にした奴だけは許せねえよ」
「ケンカイくんって、ムロイさんを馬鹿にしたかしら?」
「え、いや、自分の方が深く潜ってるからって、バカにするかも知れねえじゃないか」
「あら、じゃあ、実際には馬鹿にした態度をとってないわよね?」
「まあ、そりゃそうだけどよ」
「なのに、先に喧嘩を売って、ムロイさんが頭を下げる羽目になったのは誰のせい?」
「いや、それは、喧嘩は先手必勝でな・・・」
「その挙句、負けたのは誰かな? わたし知りたいなあ」
サーシャは結構えげつない。
そういう人間が魔法使いになると言われれば納得できる性格だ。
「ぐ、いや、そりゃ、俺様だがよ、兄貴の事を思って・・・」
「裏目にしか出てないよね。役に立ってないよね。足を引っ剥てるよね。それぐらいわかってるよね。まさかそれすらわからない程バカじゃないよね?」
サーシャの目が据わっていた。彼女も結構な量の酒を飲んでいる。
「サーシャ、ほどほどにしておやりよ。このバカ、泣きそうになってるからさ」
「姉さん」
矛先が変わった。
「いつまでも、あっちの女を睨みつけてないで、さっさとムロイさんに迫れば?
いい加減、子供みたいな態度ばっかりとってても、どうにもならないわよ」
「な、今は、あたしのことは、関係ないだろ」
「わたしは、姉さんの顔を立てて、我慢しているんだよ。姉さんが煮え切らないなら、妹のわたしがかっさらっちゃうかもよ」
「おい、サーシャ、酔ってるのか。飲み過ぎだぞ」
「酔ってません」
「酔っ払いはそう言うんだよ。ほら、水を飲め。酔いをさまそう、な?」
「なによー、酔ってないったら。姉さんのいくじなしー、うじうじ女ー」
「なんか、あんたのチーム、騒がしいな」
「いつものことじゃい」
奥のテーブルから騒ぎが聞こえてくるが、ムロイは悠然としていた。
「ん、私のように優雅に飲む女ばかりではないのだな」
「お前が言うな」
抱き着いてきたメイを押し戻しながら、ケンカイはふと気になった。
「そういや、ムロイのおっさん、オレに何の用があったんだ? あのバカの謝罪だけじゃないだろう?」
「おお、忘れておった」
ムロイはぽんと手を打つ。
「実は、今日、儂等は地下16階層へ潜った」
「おお、さすがは他店の筆頭だな。この店の連中は何故か15階層までしか行かないんだ」
「そりゃあ、ケンカイ、あれだけの凶悪な罠があれば当然じゃ。儂等もサーシャがいなければ、諦めて引き返した」
「そんなに大変なのか?」
「おう、まさかあそこまで大変だとは、自分で潜らんと判らんものよ」
ケンカイは気になった。リオウに確認の念話を飛ばす。
”おい、爺さん。ちと聞きたいんだが”
”なんじゃい。今忙しいのじゃ”
”何してるんだ?”
”ユッキとリネスと一緒に風呂じゃ。猫の本能かのう、勝手に体が暴れ取るのじゃが、ユッキがつかんで離さん”
”爺さん、何時の間に混浴が趣味になったんだ”
”無理やりユッキに連れ込まれたのじゃ”
”爺さんが本気だしゃ抜けれただろうに。まあ、いいか、いまムロイのおっさんと話してるんだが、16階層からの迷宮の罠ってヤバいのか?”
”ワシはオヌシには念話でつたえておったがのう。迂闊に引っ掛かると致命的な罠がごろごろしておるぞ”
”でも、爺さん、それまでと進むペースは変わってないよな?”
”ワシにとっては、罠の発見も解除も簡単じゃからの。そういう意味では、それまでの階層と差はない”
”ちなみに爺さん以外が、発見と解除をしようとしたらどうなる?”
”そうじゃのう。罠の量だけで考えても上の階層の倍は時間がかかるかの。解除の手間を考えると3倍か4倍は必要じゃの”
”それって大変だよな?”
”大変じゃの”
「それは大変だな」
「このままだと時間が掛かりすぎる。なにか良いやり方やコツがあるなら教えてもらえぬかと思ったじゃ。虫の良い話だとは思うが、今日のサーシャの消耗具合を見ると、次の階層まで行くのは相当困難なのだ」
「罠無効化の道具とかもあるよな?」
「一応持っておるが、常時使うには流通している数が少なすぎる。非常時用じゃの」
”爺さん、罠発見と解除のコツとかあるのか?”
”ワシのやり方を真似するには、最低でも魔法使いじゃないと無理じゃの”
”この前倒れたサーシャってのが罠を担当しているそうだ。確か魔法使いだと爺さんが言ってた女だ”
”それなら、ワシが魔法回路を調整してやれば何とかなるかもしれんが・・・”
”正直、21階層への通路の発見に手間取っているからなあ。人が多ければ見つかるのも早いかもしれん”
”うーむ。だがのう、今の時代、他人の魔法回路を調整できるような魔法使いはおるのか?ワシがやってしまうと大騒ぎにならぬかのう”
”そっちの問題か。いつもながら気にし過ぎじゃないか?”
”ばれぬように調整する方法を考えねばあぶないのう”
”考えるのは爺さんに任せるが、20階層へ来てほしいのは確かだ”
”うーむ。どうするか。そもそも、そやつら、20階層の魔獣を倒せるほどの腕はあるのかのう。無ければ、サーシャとかいう女を鍛えても無駄じゃぞ”
”どうかな、少なくともムロイのおっさんは、相当やれそうだが”
”だが、試さねばわからぬじゃろ”
”それもそうだが・・・”
リオウと念話で相談しているため、すっかり黙り込んだケンカイを見て、ムロイは虫の良すぎることを頼んで怒らせてしまったかと後悔した。
「ケンカイ、儂の頼みが無茶なことは判っておる。恐らくお前の秘術にも関するだろうしな。勝手な言い分だが、さっきの話は忘れてくれい。
せっかく旨い酒を飲む相手ができたのじゃ。
機嫌を直して飲みなおそうぞ」
「ああ、いや、怒っていたわけじゃない。ちょっと考えていただけだ。
そうだな、サーシャという女にコツを教えるのは出来るかも知れん。だが、こちらとしては20階層の探索をできない奴らに教えるメリットは無い」
「普通は、独占したがるものじゃが、ケンカイは変わっておるな」
「オレ達は、もっと深い所の探索をしたいんだよ。欲しい物があるならそこだからな。
だから今まで、オレ達が見つけた通路はすべて店主に報告してある。それは知っているよな」
「うむ、店主殿から聞かされておるし、情報も貰った。おかげで初日から16階層までたどりつけておる」
「そして、20階層から21階層への通路を見つけられずにいるのも事実。
20階層のかなり広い所まで探索したんだが、全く見つからない。これまでと違って、降りるための通路が少ないのか、なにか見落としているのか。正直わからん」
「20階層を探索しはじめてどれくらいだ?」
「大体2か月か。地図ばかり広くなっている」
「それくらいで見つかる方が珍しいのだが・・・」
「ムロイのおっさん、腕に自信があるよな」
「勿論。この都市のトップを争えるつもりじゃ」
そいつは結構。とケンカイは満足気に笑って言った。
「じゃあ、明日、オレ達と一緒に20階層へ行こう。そこで、おっさんが通用するなら、サーシャって女を鍛えてやる」




