第3話 他店の筆頭探索者達
ケンカイ達が白い黒犬亭に顔を出すのも久しぶりだった。
ユッキも一緒だ。
港の家で留守番するように言ってみたのだが、予想通り無理だった。
ユッキは、ケンカイやリネスと離れようとしないのだ。
不安は残るが、無理やり置き去りにして万が一暴れだしたりしたら、ユエンディーが血の海に沈むことになりかねない。
そう考えると、自分達の目の届く所に居てくれた方がいいだろうとケンカイは判断した。
地下迷宮に連れて行くことには、更に不安な要素も多いのだが、それでも連れて行く気になったのは、ケンカイがユッキと一緒に居たいという気持ちが大きくなっていたからだ。
正直、ケンカイにはどうしてそんな気持ちになっているのか判らなかった。
だが、ユッキから目を離せない、離したくない、そんな気持ちにずっと駆られているのだ。
「よお、久しぶりだな」
店に顔を出したケンカイ達を店主が迎えた。
「色々あってな。これは土産だ」
ケンカイは樽を渡した。
樽の中には、ケンカイが釣って活き締めにしておいた魚が入っている。氷も一緒にいれているので鮮度も保ったままだ。
「おお、いつもすまんな。厨房の連中が喜ぶ」
「こいつで、美味い物を作ってくれ。今日はそれが目的だ」
「なんだ、今日は潜らないのか?」
「飯を食ってからだな。今日は深いところまで行く気はない」
店主はリネスの方を見た。正確にはリネスと一緒にいる少女を見たのだ。
「新しい仲間か? それにしては随分頼りなさそうだが」
「色々あったんだよ」
前回の未鑑定分のものを受け取ったケンカイは、食堂に移動した。
一足先にテーブルを確保したリネスが、手を振ってケンカイを呼ぶ。
ユッキは、リネスの隣で周囲をキョロキョロみていた。
猫のリオウはテーブルの上にのり、ユッキの近くに座っている。
食堂はさほど混んでいない。遅い朝食を取りながら今日の探索を話し合っているチームがいくつかいる程度だった。朝のピークは過ぎた時間帯なのだ。
ケンカイが持ち込んだ魚は既に厨房に運ばれていた。
あとは出来上がりを待つだけだな、と思っていたケンカイの耳に、耳障りな声が飛び込んできた。
「なんだあ、この店はよお、しけた面してる連中しかいねーじゃねーか」
ずかずかと扉を開けて食堂まで入り込んだのは、髪を赤と黄色に染めた若者らしき男だった。
細身の長身の男だ。出している雰囲気は、完全に街のチンピラである。
普通、探索者の店にそういうたぐいの半端者がちょっかいを出してくることはない。
日夜危険と渡り合っている探索者の相手が務まるチンピラなどいない。
なので、あまりの事に店にいる探索者は呆気にとられていた。
もう一つの理由は、チンピラめいた男の肉体が、きちんと鍛えられたものであることに気づいたからだ。
チンピラの言動に似つかわしくない鍛えられた体。
店の探索者達は、若者の正体を掴めない事にも困惑していた。
「俺様は、鋼鉄の盾の将来のリーダー、ラーリーてもんだ。
今日から、うちのチームがこの店で探索してやるんだ。
有り難く思うこった」
店内にいる探索者達を睨みつけるように見回すラーリー。
その目線が、不幸にもケンカイ達のテーブルに止まった。
「なんだあ、この店ぇ、ガキどもの遊び場にしてるのかよ。
てめえらみたいなガキが探索ごっこしてるんじゃねえよ。
俺様は、探索者を舐められるのが大嫌いなんだよ」
「・・・この前メリッサが言ってたのは、こういう連中のことか」
「ご主人さま、さすがに、この人、例外だと思います」
「変な人。でも危なくない」
睨みつけた筈の少年少女達が、呑気に会話を交わしているのを見て、ラーリーの頭に血が上った。彼は、舐められるのが一番嫌いなのだ。
すくみ上るなり、泣き出すなりすりゃあ、大人しく手打ちにしてやるものをよお
世間を、いや、俺様をなめるんじゃねえぞ。
ラーリーは、更に脅すためにケンカイ達のテーブルに近づく。
そして、ケンカイの胸倉を掴んだところで、彼の意識は途絶えた。
「おい、あのバカはどこにいった?」
「えーと、先に白い黒犬亭に顔を出してくるって・・・」
「なんと、儂が先に挨拶をすると言っておいただろう」
「舐められちゃたまらねーぜ、とか言ってた。あのバカ」
「なんと・・・余計な騒ぎを起こしてなければよいのだが」
小山の様な大男が太い溜息をついた。
「となると、急ぐが吉か。行くぞ」
探索者の店・大穴亭の筆頭探索者チーム、鋼鉄の盾のリーダーであるムロイは、鈍重そうな見掛けを裏切る軽快な足取りで通りを歩きだした。
その後を、チームのメンバーである二人の女が続く。
彼らは本日より、白い黒犬亭での体験探索を行うチームなのだった。
「ご主人さま、やり過ぎだと思います」
「額を切ってるから派手に見えてるだけだ。ダメージは殆どないだろ」
「ケンカイ、強い」
ケンカイは、ラーリーが掴んできた瞬間、ラーリーのズボンのベルトを掴みそのまま上に放り投げた。見事に天井に頭を打ち付けたラーリーは、額を切って血まみれの状態で倒れている。気を失っているようだが、時折うめいているので生きているのは間違いない。
「やれやれ、あまり店を汚してほしくないんだけどねえ」
メリッサが苦笑いしながら、料理を運んできた。
「こんな奴を中にいれた旦那に文句を言ってくれ」
「まあ、そうさね。アンタ、どういうつもりだい。こんなチンピラに言いようにされるほど耄碌するにゃ、早いだろ」
店主に文句を言うメリッサ。
「いや、正規の紹介状を持ってやがったんでな。まさかこんなことをしでかすバカだとは」
「丁度いいじゃないか、この事を本部に話して、今回の面倒な体験探索なんて断っちまいな。こんな連中ばっかり来るんじゃ、堪らないよ」
メリッサが足で気絶しているラーリーを小突く。さすが元探索者、容赦がない。
「いやいや、それは困る」
太い声が聞こえた。
「うちの所のバカが騒ぎを起こしたようだ。申し訳ない。儂は鋼鉄の盾のリーダーでムロイという。店主殿には迷惑をかけてしまったようだ。本当にすまん」
店に駆け込んできたのは小山のような大男だった。いかつい顔をしているが、その顔と全身で申し訳ないという雰囲気を出していた。なんとも奇妙な男である。
ケンカイはもう興味を無くして、メリッサが持ってきた料理を食べ始めた。
ケンカイが持ってきた魚を捌いて、下味をつけた上で、高温の上質の油を掛けて調理したものだ。表面はパリパリと香ばしく、内部は蒸したように柔らかくなっている。
表面と内部の食感の違いが味を引き立てている一品だ。
隣では、ユッキが覚えたばかりの箸さばきで、同じように食べている。
「やはり、ここまで手の込んだ料理は、オレじゃ作れんな」
「美味しい」
「ユッキちゃん、口元、口元」
ユッキはケンカイとリネスに挟まれた場所で、料理を頬張り大喜びである。
実に微笑ましい。
「いや、あんたら、何、無関係のふりをしてるんだい」
その様子をメリッサが見咎めた。
「ちょっかいだしたら叩きのめして、そうでないなら放っておくって言ったろ。
またそのバカ頭が絡んで来たら、今度は手加減なしでやってやるよ」
ケンカイは床で倒れているラーリーを指さす。
「今は大人しいんだから、放っておいていいだろ。面倒事はあんたらで片付けといてくれ。
オレ達は、美味い料理を食べにきたんだ」
「その少年が、ラーリーを倒したのかい?」
ムロイと一緒に来た褐色の女がメリッサに尋ねた。
そうだとメリッサが頷くと、褐色の女は感心したようだった。
「あのバカは、頭はバカでバカでしょうがないが、そこそこ腕は立つんだけどね。少年の癖に大したもんだ」
「そりゃ、どうも」
「あら、つれないねえ。もっと自慢してくれるかと思ったのに。あたしはラーシャ。ムロイの仲間さ。うちのバカが迷惑かけたんだ、詫びぐらいさせとくれ」
「なら、さっさとどこかへ行ってくれ。それで充分だ」
「名前くらい聞かせてくれてもいいじゃないか」
「ケンカイ」
「おや、あんたが、あの? そりゃ、ラーリーじゃどうにもならなかったね」
「オレを知っているのか」
「名前はね、会うのは初めてだけど、こんな少年だったとはね。噂の魔法使いの少年探索者だろう?。うちにも1人魔法使いがいるからね。サーシャ、こっちに来な」
ラーシャの呼び声に答えて、ムロイの隣で一緒に謝っていたもう一人の褐色の女が振り向いた。サーシャと呼ばれた女は、目元まで覆うフードを付けている。
「あんたが、興味持ってたのはこの少年だよ。あのバカのせいで、あたしらのイメージまで悪くなるまえに、今のうちに挨拶しておきな」
「あ、はい、サーシャです・・・え?」
サーシャは挨拶をしながら、フードを目元から外してケンカイを見た。
サーシャの体が強張る。
「うそ、なに・・これ」
そして次の瞬間、サーシャは気絶をして床に倒れた。
「サーシャ?、サーシャああ」
慌ててラーシャがサーシャを抱え起こすが、意識を無くしたままだ。
隣では、ムロイという大男が、店主に土下座までして謝っている。
その横には、額から血を流しいるチンピラ。
「なんだ、こりゃ。オレ達は、飯を食いたいだけなんだが」
「ケンカイ、これ、美味しい」
ユッキはマイペースだった。
ケンカイも気を取り直して席について、料理に手を伸ばすのだった。
結局、鋼鉄の盾は気絶した二人を抱えて店を去った。
又、明日出直すそうである。
追加で運ばれた新しい別の魚料理に箸を伸ばしながら、ケンカイはいきなり倒れた女のことを思い出していた。
”爺さん、あの女、何でいきなり倒れたんだ?”
”さっきの女じゃな”
猫のリオウは食べるの止めないまま、念話を返す。
ちなみに、リオウ用には別の小皿を用意して、そこにリネスが料理を入れている。
”あの女、魔法使いと言っても、魔力感知能力を鍛えているタイプじゃの。
地下迷宮の罠を見抜くためじゃろう。地下迷宮の罠は、動作するのに魔力を利用しておる魔法罠じゃからのう。魔力の流れを見れば、どこにどんな罠があるか見当がつくのじゃよ”
”それが、何で気絶することになるんだ?”
”かすかな魔力の痕跡を追うことに慣れた目で、いきなりオヌシの魔力を見てしまったのだぞい、闇に慣れた目で、いきなり太陽を直視したようものじゃ。
脳への過負荷を逃がすために、失神したのじゃよ”
”そういうものなのか”
”オヌシは、自分の魔力が桁外れな事への自覚が薄いからのう。そろそろ魔力を隠すことを考えた方がいいかもしれんぞい”
”そういわれても、実感がないんだが”
”海竜であるワシと対等の契約をしている段階で、相当の負荷が魔力に掛かっておるはずなのじゃ、それで平気なのじゃから、桁違いもいいところじゃぞ。しかも、負荷のおかげで、無意識のうちに鍛えられてきとるしの。
オヌシの今の魔力は、ワシらが出会ったときの倍にはなっておるのじゃ。
魔法使いの素質が無いのが、これほど勿体ない奴もおらぬよのう”
”そうなのか、まあ、魔力は便利だから、あって損は無いな”
”主な利用方法が、酒用の氷造りではのう。他の魔法使いが聞けば、勿体なさ過ぎて歯噛みするぞい”
ケンカイ達は念話に気を取られていた。
なので、音もなく接近する人間に気付くのが遅れた。その人物は、密やかに猫のリオウに近付き、いきなり襲いかかった。
「きゃー、もふもふふわふわの、猫ちゃんだあ」
いや、襲いかかるかのように抱き着いた。
”な、なんじゃ?”
リオウがじたばたと暴れるが、離そうとしない。
「大きいけど、可愛い。そして、この毛並。ああ、暴れないで。
お腹に顔を埋めて匂い嗅ぎたいのに、痛っ」
「貴様は、相変わらず何をしでかしている。大人しくしていろと言っておいたではないか」
「でも、でも、可愛い猫ちゃんが、あたしを呼んでいたのよ。殴る事ないじゃない」
リオウを抱えて放そうとしない女の頭を殴ったのは、精悍な顔つきの20台半ばに見える男だった。動きやすさを重視して革製の防具を身に着ける探索者が多い中で、珍しく金属で補強された鎧を身に着けている。
殴られた女の方は、小柄な体格で20歳前位に見える。抱え込んだリオウが埋まるほど胸が大きいのが特徴的だ。
「いいから、その猫を放してやれ。嫌がっているだろう」
「ええ、そんなことないよ。あたしとこの子は相思相愛。もふもふ最高ー」
男は力を込めて女の頭を殴った。
痛む頭を抱えた女から、リオウは素早く逃げ出して、リネスの後ろに隠れる。
「いったあーい。いくら、契約主だからといって、暴力をふるっていいって契約にはなってないのよ。暴力はんたーい」
「いいから、黙れ」
男はケンカイ達の方に顔を向けると、深々と頭を下げた。
「申し訳ない。私の連れが迷惑をかけた」
「いや、まあ、大した被害はないからいいんだが」
「おお、かたじけない。私は、鳳凰亭に所属する探索者チーム・剣の誉れのムルガルという者だ。これからしばらく、この店にて世話になる」
「ケンカイだ」
「ああ、先ほど店主殿に聞いている。若いにもかかわらず、この店の筆頭探索者とは恐れ入る」
ムルガルという男は、自分の連れである女の首根っこを掴んだ。
「こいつは、私のパートナーで、リリスという。先ほどのような無礼は二度とさせぬと言いたいが、正直、制止しきれる自信がない。目に余る行動をとるようであれば、殴って止めてほしい。体だけは丈夫な女だ」
「ムルガル酷いー。あたしは、猫ちゃん大好きなだけの可愛い女の子だよ。こわくないよー、青い猫ちゃん、こっちおいでー」
リリスという女は、まだ懲りてないようだった。
「店主殿への挨拶が途中であるため、これにて失礼する。挨拶は又、後程」
ムルガルはリリスを引き摺って食堂を出て行った。
”よかったな、爺さん。ファンが出来た様だぞ”
”いや、本気で絞殺されるかと思うたぞ。見かけによらず、凄い力じゃの。あの女”
リネスの後ろからテーブルに飛び乗ったリオウは、再び料理を食べだした。
「また、変な人たちでしたね。まあ、さっきの男の人よりはマシですけど」
「ああ、あの赤黄頭に比べたらな」
「ケンカイ、これも、美味しい」
こうして、一時的にではあるが、白い黒犬亭に二組の凄腕の筈の探索者チームが所属することになった。
ケンカイ達にとって、彼らに対する評価は、今の所、変な奴らどまりである。
「ラーリー、お前いつまで街角のチンピラのつもりじゃ」
「いや、ムロイの兄貴が舐められちゃあ、まずいかと思ったんす」
「その考え方が、チンピラじゃ。お前も儂が選んだ鋼鉄の盾のメンバーじゃ。もっとしゃきっとせい」
大穴亭でラーリーはムロイに説教を受けていた。
「サーシャ、大丈夫?」
「あ、ラーシャ姉さん。え、と、ここは?」
「大穴亭よ」
サーシャはラーシャの看病を受けていた。二人は姉妹である。ラーシャが姉だ。
「それで、お前の見たケンカイという少年はどうじゃった?」
「え、あいつがケンカイだったんですか。いや、どうもこうも、いきなり前が暗くなって、俺、どうなったんすか、兄貴、」
「天井に頭をぶつけたと聞いた」
「あいつ、座ってたんすが」
「その態勢から、放り投げられたというわけじゃ」
「そんな、馬鹿な。そんなことができるなんて・・」
「それで、あなた、どうしたの?。いきなり気絶しちゃって」
「え、と、ケンカイくんを見たら、急に目の前が真っ白になって」
「それで?」
「そのまま、覚えてない。わたし、気絶してたの?」
「ええ、ここまで運ぶのに苦労したわ。あのバカも気絶してたし」
「でも、あの光はわかる。あれは魔力の光。あんな魔力をもってるなんて・・」
意図せずに気絶していた二人の台詞がかぶった。
「まるで化け物っすよ」
「まるで化け物みたい」
「全く、もう少し自重を覚えて欲しいものだ」
「でもでも、可愛い猫ちゃんが目の前にいたら、我慢できなくなるのが、ふーつーうー」
「限度がある。あれでは只の奇人扱いだ。それで、貴様から見たあのチームはどうだった?」
「青い猫ちゃんが、可愛かった! ちょっと、冗談だよー。冗談。ムルガル、もう少し冗談を受け止めてほしいなー」
「私は、貴様の目利きに関しては信用している。だから雇っているのだ。ふざけずにさっさと話せ」
「えー。あたしの胸目当てじゃなかったのー。ちょっとショックかも。ぐすん。て、冗談だってば、無言で拳を上げるのはやめて、怖いから」
ムルガルは、気持ちを落ち着かせるために、暫し目を閉じた。
「それで?」
「んーと、ね、あの少年は論外。絶対関わらない方がいいよ。得体が知れないにも程があるし。
奴隷の少女は大丈夫かな。魔法使いだけど、性格は歪んでないと思うから。
もう一人の女の子は、よく、わからない」
「我らと同じく二人組だと聞いていたのだが、たしかに、真ん中にいた少女は得体がしれぬところがあった。だが、ケンカイ少年もそこまで警戒する相手なのか?」
「んーと、見た目は少年だけど、喋り方はもっと年上っぽいし、目つきはオヤジだし。
妙に老人みたいな枯れた雰囲気もあるのに、助平な目線を寄越すし」
「いや、貴様相手では、男なら仕方ないだろう」
「あ、ムルガルもそんな気になる?えー、どうしようかなあ、悩んじゃう」
「わ、私が言ったのは一般論だ。一般論」
「ぶー、つめたいなあ。でね、あたしの出した結論」
リリスは急に真面目な顔になった。
「まるで化け物、ムルガルの手には負えないと思うよ」
色々なところから化け物扱いされているケンカイだったが、本人はとりあえず料理を突いていた。
一連の騒ぎで、迷宮に入る気分では無くなったので、既に酒に手を出している。
「ユッキちゃんは、これね」
ケンカイの飲んでいる酒を欲しそうに見ていたユッキに、リネスが自分と同じ飲み物を渡した。アルコールはほとんど入っていないジュースの様な飲み物だ。
炭酸が入っていて、口当たりは刺激的である。
ケンカイが持ってきた魚の料理は、まだまだ続いていた。
今は、蒸した白身の魚の上に甘酸っぱい餡を掛けた料理がでている。
久しぶりの新鮮な魚に、店の料理人が張り切っているのだろう。
「甘い。しゅわしゅわ。美味しい」
「そりゃ、よかった」
ユッキの食べるペースは変わっていない。相変わらずの大食い娘である。
「ご主人さま、今日は迷宮に行かないのなら、これからどうします?」
「オレは、この前、宝石を預けた店に行ってくる。
そろそろできている頃だろ。あとはちょっと遊んでくるか」
「それじゃ、ボク、ユッキちゃんと一緒に都市を見て歩こうかな。夜は遅くなりますか?」
そういう店にケンカイが行くのは結構あるので、リネスも一々気にすることは無くなっていた。
「そりゃあ、状況次第だ。どっちにしろ晩飯はいらないな」
「わかりました。ユッキちゃん、ご飯食べ終わったら、お洋服買いに行こうか。ボクが買ってあげる」
迷宮に入るようになってから、収穫品を換金した金の1/4はリネスに小遣いとして渡されていた。
金額でみると、契約奴隷が貰える様な金額は遥かに超えており、この一年間の稼ぎで、リネスは既に金持ちに分類されるほどの金を貯めている。
もっとも貧乏人育ちのリネスとしては、金を使うことに抵抗があって、何かの機会でもないと浪費することはないのだが。
「それじゃ、オレは先に出るぞ。ユッキ、後でな」
「あたいも行く。一緒」
「ダメよ。ユッキちゃん。ご主人さまは、ボクたちが入れないお店に行くんだから」
「行きたい」
「ほら、新しい料理がきたよ。わあ、油で揚げてる」
「食べる。ケンカイ。行ってらっしゃい」
リネスとユッキに見送られてケンカイは白い黒犬亭を後にした。
店を出たケンカイの後をつける者がいた。
その尾行は非常に巧みで、常に人ごみに紛れて気配を消し、慎重に距離を取って追跡していく。
さすがのケンカイも気づくことはできなかった。
宝石飾りの職人の店に入り、預けていた宝石を加工した髪留めと首飾りを受けとるケンカイを、その影は真剣な目で見ていた。
ケンカイが店を出る瞬間、遂に影が動き出した。気配を消したまま、ケンカイの背後に忍び寄る。忍び寄る影の音にケンカイが気づいた。
だが、それは遅かった。
振り向こうとするケンカイより早く、影はケンカイの頭を抱える。
そして、自分の胸に押し付けた。
「熱烈な歓迎は実にうれしい物だ。ケンカイ。お姉さんに会えてそこまで喜ばれるとは。ん、私も女冥利につきるというものだな」
人前をはばからずに、ケンカイに抱き着いてきたのは、茶色の髪とメリハリの利いたボディをした女だった。年齢は20歳前後の若い女だ。
「メイか。誰が喜んでいる。お前が勝手に抱き着いて来ただけだろう」
「つれないなあ。わざわざ遠路はるばる逢いに来た愛人に対して、その態度はよくないと思うぞ」
ケンカイは抱き着く女をを振りほどいた。チャンター共和国監察局の残念美人がそこにいた。
「いや、本当はキミのいる探索者の店で会うつもりだったのだがな。ケンカイが店を出て歩いていたので、つい尾けてしまったのだ」
職業病かな、とメイは嬉しそうに語りだした。
「そうしたら、私のためのプレゼントを用意してくれていたではないか。感極まって抱き着いても何も不思議ではない。キミもそう思うだろう」
「何で、お前のためだと決めてるんだ」
「ん、この前リネスにプレゼントしていたのだから、次は当然私の番だろう。さすがに違っていたら、この場で泣いてやるぞ」
「いい歳して何を子供みたいな脅しをしてやがる」
「いや、私は本気なのだが、貰えなければ泣き叫ぶ覚悟がある!」
「やめんか」
どこまでも真面目な顔をして変な事をいうメイ。
ケンカイは溜息をついて、懐に入れていた髪留めを取り出した。
「ほら、なんか気に食わんが、お前の言うとおり、確かにメイへのプレゼントのつもりだった」
「ケンカイ」
メイは受け取らない。
「こういう物を女に贈る時は、それ相応の場所と雰囲気を考慮すべきだ」
「誰のせいで、今出す羽目になったと思ってんだ」
「ん、せっかくだ。まずはそういう雰囲気のある場所に行こうではないか、話はそれからだ」
メイはケンカイの手を取ると、腕をからめて歩き出した。
「おい、どこに行くつもりだ」
「まずは、美味しい酒を出す、雰囲気のいい店だな。心配するな。お姉さんがいい店を選んであげよう」
「いや、オレの方が詳しいと思うんだが」
「これは、年下の少年をいきなり高級な店に連れて行って、戸惑わせるシチュエーションなのだ。私の趣味に協力してくれてもいいだろう」
「お前、俺の本当の歳知っているよな?」
「なに、大事なのは見た目と肌さわりだ」
3か月ぶりに再会したメイは、相変わらずのメイだった。
そして二人は歓楽街の方に消えて行ったのである。
「それで、今回もいつもの休暇か?」
「実はな、大尉に昇進したのだ」
なんやかんやが有った後、とりあえず二人は一戦を終えた後の余韻の中、会話をしていた。
「それは、おめでとう」
「ん、ありがとう。自慢ではないが、私の歳でここまで早く昇進した例は少ないのだ」
「そりゃ、優秀なことで」
「それで、左遷させられた」
「は?、昇進したんだろう?」
「うむ、大尉になると支部長クラスとなる資格を満たすからな。ユエンディーの支部長に任命してもらったのだ」
「ここには、チャンターの軍隊はいないだろう?」
「大きな声ではいえないが、諜報局が人員を送り込んでいるくらいだな。もちろん、私にも知らされていない」
「じゃあ、何をするんだ?」
「だから、左遷なのだよ。何、キミと知り合った事件がいろいろと尾を引いてな。今、チャンター共和国はいろいろと物騒になっているのだ。
だから、ほとぼりを醒ますまでの逃亡先にここを選んだまでだ」
「つまり?」
「ん、暫くの間はずっと一緒にいられるということだな。私は嬉しいぞ。キミも嬉しがってくれるとよいのだが」
メイはケンカイの胸元に顔を寄せた。
「それでだ、取りあえず住むところも決まってないのだ。キミ、家を持っていたな。
私も一緒に住んでいいだろうか?
何しろやることがないからな。迷宮探索も手伝ってよいぞ。
いや、むしろやってみたい」
好奇心に目を輝かすメイ。こういう所は非常に子供っぽいところがある。
メイの腕について知っているケンカイは断る理由を思いつかなかった。
メイは非常に優秀な素質をもった軍人なのだ。
すこし頭の中が残念なのだが、それにも最近慣れてきているケンカイだった。




