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漁師と海竜 海原を行く  作者: 赤五
第三章 迷宮都市編(前編) 21階層への道
21/57

第1話 迷宮都市・ユエンディーでの日々

三章全てを改稿版と差し替え完了しました。(8/13)


 迷宮都市と呼ばれるユエンディーは、チャンター共和国とヒンディア帝国の国境が接する海に浮かぶ島に存在する。

 昔、この島の所有権を双方が主張し、たびたび戦争の原因となっていた。

 戦争の原因となるほどの価値が、この島にあるのだ。

 それは、古代魔法帝国の時代から存続するという地下迷宮。

 そこからは、貴重な宝石などの財宝をはじめ、現在の技術では作れない魔法の武器、防具、装置、道具などを得ることができる。

 勿論、地下迷宮に潜ることに危険はある。

 地下迷宮に生息する怪物と突如現れる処刑屋と言われる強力な怪物。奇妙な罠達。

 そして何より複雑な迷宮の構造が、挑戦者達を葬り去ろうとするのだ。

 特に問題とされるのが、処刑屋と言われる怪物だ。

 一つの階層に長時間滞在したり、大人数で迷宮を攻略しようとすると突如現れる強力な怪物。

 その姿は様々であるが、同じ階層の怪物共より遥かに強力で危険な存在であることだけは共通している。

 どちらかの国がこの島を占拠して、軍隊を送り込んで攻略しようとしても、ことごとく処刑屋によって挫折させられている。

 軍隊を使った大規模な攻略を行おうとすると、何故か大量の処刑屋が早期に発生し蹂躙していくのだ。しかも、地下迷宮だけではなく地上にまで現れて軍を駆逐していったという。

 戦争の火種と、占拠しても攻略不可能な地下迷宮。

 あまりにも被害が大きくなった両国は、ついに自身での領有化を諦めた。

 お互いに不干渉とすることで、余計な争いを避け、損害を減らすことにしたのだ。

 それから、紆余曲折を経て、現在この島を実質上管理しているのは、探索者の店の協同組合である。

 探索者の店とは、迷宮への入口を店内に持つ店のことで、地下迷宮の探索を行うためには必ず入店する必要がある場所だ。

 地下迷宮への安全な入口は複数発見されており、その全てに攻略を支援するための探索者の店が建てられている。

 店の数は35軒。それは地下迷宮への入口の数と同じだ。

 迷宮都市に散在する探索者の店に、探索者は所属し地下迷宮の探索を行っていくのが、現在の島の掟となっていた。

 チャンター共和国とヒンディア帝国が島の領有を放棄してから、この島は両国を逃げ出した人や犯罪者が逃げ込む場所にもなっており、当初の治安は非常に悪かった。

 しかし、徐々に探索者の店が整備され、店主同士が協力することで、協同組合が誕生し、協同組合が力を増していくにつれ、島の治安は向上し、今では多少荒っぽいことが起きやすい程度の状況になっている。

 この地での一攫千金を企み訪れる人は非常に多い。

 当初は、そういう人間だけで島の社会は形成されていた。

 だが、この島で生まれ育ち、そして寿命を迎えて死んでいく人が増えるようになったころには、どこの国にも所属しない都市国家のような迷宮都市が誕生したのだ。

 この都市を支配し、管理するのは探索者の店の協同組合。

 今では、協同組合といえば、この組織を指すようになっている。

 そして、この島で生まれた者も、外から来た者も、探索者として活動するなら店に所属することが必要とされた。

 店は探索者を支援し、迷宮の入口の管理を行い、探索者同士の諍いを仲裁し、悪質な探索者は排除する役割を持っている。

 迷宮に関する情報を一番持っているのも探索者の店であるので、探索者にとっても有り難い店である。

 なので、自分に合う店を見つけることが、探索者としての第一歩なのだ。

 



 という内容の事を、この島に来たケンカイ達は知ることができた。

 それから既に、1年(・・)が経過している。

 ケンカイ達の地下迷宮探索は、予想外の長期に至っていた。


「こっちも外れか」


 地下迷宮の中は明るい。全ての天井が淡く発光し、迷宮内を照らしている。

 その中で、ケンカイは渋い表情で手持ちの地図に×マークを記入した。

 ケンカイは一年たっても外見に変化は無かった。あいかわらず15,6歳に見える顔だちである。


「ご主人さま、先行させたジョナサンが、怪物を見つけていますよ。こっちからです」


 茶色の髪と茶色の瞳の奴隷娘リネスは、14歳になって少し成長していた。

 茶色の髪は肩まで伸び、ばらけない様に髪留めで留めている。ケンカイからプレゼントされたリネスのお気に入りの髪留めだ。

 身長も少し伸びた。そして、全く無いと言われ続けていた胸も、なんとか成長している。

 お尻も丸みを帯びてきて、だんだん女らしい体形になっていた。

 まあ、それでも貧乳貧尻娘であることには違いないのだが、断崖絶壁のような一年前と比べると大きく進歩していると言えるだろう。

 さすがに女らしい曲線を持つようになった今では、昔のように短パンにタンクトップでお臍がみえるような恰好はしていない。

 今は、探索者風と言われる軽い革で補強された服を着ている。

 もっとも、それは迷宮内だけで着用する服で、迷宮をでると太腿の奴隷環が見える短パンを着用する恰好に戻るのだが、上衣に関しては臍だしタンクトップではなく、普通に袖のある服を着用している。お臍も見せたりはしない。

 魔法に関しても成長している。使い魔である鴎のジョナサンを操るだけでは無く、威力は弱いながらも、雷系統の術をいくつか習得していた。

 体術に関しても、ケンカイに鍛えられているため、そこそここなすようになっており、以前のような何もできない小娘ではなくなった。

 むしろ、ケンカイより探索者に向いている能力が多いかもしれない。

 

「ふむ、よい資材がとれるといいのじゃが」


 リネスの近くにいた猫が喋った。

 大きな長毛の猫である。

 濃い青色の毛が全身を覆い、額付近に宝石のような飾りと、美しい浮彫を施された首輪をつけた優美な猫だ。

 この猫の名前はリオウ。

 海竜であるリオウが作った分体である。

 使い魔に似ているが、それよりももっと高度な魔法の産物で、地下迷宮で手に入れた資材を利用して半年前にリオウが作り上げたものだ。

 本体である大アザラシのリオウは、港で大角丸と一緒にいるのだが、分体を駆使することにより陸で自由な活動を行えるようになったのである。

 もちろん、他の人間がいるときは喋ることは無い。賢い猫のふりをしている。

 3人同時の念話はできないため、3人が一緒にいるときは喋ったほうが意志の伝達が早い。そして、リオウの知識を活用することで、この半年での迷宮の攻略は順調に進んでいたのだ。

 それでも地下迷宮は深い。必要とするものを手に入れるまで、あとどれくらい深い階層に行かないといけないかは、さすがのリオウにも判らなかった。



 現れた怪物は、巨大な蛙の様な姿をしていた。

 数は3匹。

 遭遇した瞬間、ケンカイ達の脳裏に迷宮からのメッセージが届く。

 

 [ジャンピングトードx3匹と遭遇しました。健闘を祈ります]


 この迷宮内にいると、ひっきりなしに迷宮からのメッセージが念話として送られてくる。

 ただし、念話に使われている言葉は古代魔法帝国語だ。

 ケンカイとリネスはリオウによる加護によって、ほぼあらゆる言語を魔法的に理解できるようになっているため、その内容を理解することができた。

 だが、他の探索者にとっては、何かあるたびに脳裏に響くただの雑音であり、内容を理解することはできない。迷宮のあちらこちらに念話による道案内のようなものもあるのだが、それを有効活用できているのは、ケンカイ達ぐらいだろう。


 [麻痺攻撃をしてくる可能性があります。気を付けてください]


 ジャンピングトードが襲いかかってくる。

 2匹が跳躍し、一匹はその場から舌を伸ばして攻撃してくる。


 [舌には麻痺毒が含まれています。気を付けてください]


「ああ、うるせえなっ」


 ケンカイは無造作に大銛を振った。迷宮内で使うことを考慮して、柄の長さは短くしているが、その分太い木で柄をつくっている。

 大銛が舌を引きちぎり、切り返した大銛が空中の2匹を捉え叩き落とした。

 舌を失ったジャンピングトードに向けて、リネスが魔法を放つ。


「雷」


 一条の稲妻が走り、蛙の頭部に突き刺さった。


[コングラチュレーション! 貴方たちはジャンピングトードx3を撃退しました]


[ドロップ品として青い宝石x2 青い魔法石x1 蛙の舌x1を獲得しました]


「なあ、爺さん」

「なんじゃ?」


 ケンカイはうんざりした表情を隠そうとしない。


「このうっとうしい念話、なんとかならないか?」

「無理じゃのお」


 リオウは猫らしく前足で顔を洗いながら言う。


「この迷宮にシステムとして組み込まれておるのじゃ、何度も言うたが、ワシが解除できるものじゃないぞい」

「ご主人さま、もう一年くらい聞いているんですから、そろそろ慣れても・・・」

「普段は気にしないんだがな」


 ケンカイは持っていた地図をリネスに見せる。

 通路に×印が並んでいた。


「この道も外れだ、いらいらしている時に、あの声を聴くと更にいらつくんだ」

「オヌシ、若くなったら我慢が足りぬようになっとらんか?」

「昔はもっと、落ち着いていましたよ。ご主人さま」

「うーむ。50歳頃のオレと今のオレだと、その辺りが違ってるのか。まあ、若いうちは血の気が多いのが普通か」


 なんでこんなややこしい事になっているのか、とケンカイは自分の運命を呪いたくなった。

 のんびり故郷の島で魚を獲って暮らしていけるのはいつになるのだろうか。

 そんなケンカイの思いに答えてくれる者はいない。

 ただ、いらつく迷宮からのメッセージが聞こえてくるだけである。


[警告します。本階層における滞在時間が1時間を超えました。残り約15分で制限時間です]


[制限時間超過後は、強制排除用の魔獣が解放されます。スリルあふれる戦いに憧れる方はそのまま滞在してください。そうでない方は退去することをお勧めします]


「もう時間か」


 探索者が処刑屋と呼ぶ魔獣は、強いだけではなく、倒しても何も手に入らないという代物だ。好んで倒したい相手ではない。


「戻りますか。ご主人さま」

「上の階層に退避して、資材を集めるか。立ち入り禁止時間が過ぎたらもう一度降りることにする」

「わかりました。念のため、ジョナサンを先行させますね」

「ああ、頼む」

「まだ、探索を続けるのか。ワシはそろそろ腹がへったんじゃが」

「猫の餌を持って来ればよかったな」

「ワシは猫の姿をしているが、別に何でも食えるぞ。この前の改造で、味覚は人間のモノに調整してあるしのお」

「それって、無駄に高度なことをしていないか?」

「旨い物を食うのが、とてつもなく幸せなことじゃとは、この年になるまで気づかなんだわ」

「海姫の雷号の修理が進まないのは、爺さんが余計な事に力を入れ過ぎてるんじゃないのか?」

「竜の角が見つからない事には、どうしようもないのでな。オヌシの歳もそうじゃがの。修理に関しても、できそうなところからぼちぼちじゃて」


 リオウが歩き出したので、ケンカイも後に続いた。


「ご主人さま、上の階までの通路には何もいません」

「罠の再生もしておらんな。特に気をつけんでもいいぞい」

 

 先行で偵察し敵の状態を把握できるリネス、迷宮に仕掛けら得た罠を一目で見抜くリオウ、現れた怪物を一撃で葬り去るケンカイ。

 このトリオをもってしても、地下迷宮の攻略はまだ果たせていない。

 目的としている竜の角を手にいれるまでに、あとどれくらいかかるのか。

 それは、誰にも判らなかった。


 ケンカイ達は、結局この日も次の階層への道を発見することはできなかった。

 現在ケンカイ達は20階層の探索を行っている。

 しかし、今までの階層とは事なり21階層への通路の発見に手間取っていた。

 20階層で探索したエリアは、既に他の階の倍以上になっているのだが、まだ次の階層への通路が見つからないのである。

 

 引き返していくケンカイの背中には、獲得した財宝や資材が大きな袋に入って担がれている。


[貴方たちの最大攻略階層から5階層上への到着を確認しました。これより上の階層は安全地帯として貴方たちを襲う魔獣は発生しません。ただし罠に関してはこの限りではありませんので、気を付けてください]


 そして、5階層分上に登った時にいつものメッセージが出る。

 これから上の階層には、ケンカイ達を狙う怪物は発生しない。

 もっとも、別の探索者を狙って発生した怪物と遭遇する可能性もあるので、完全に気を抜くわけにもいかないのだが。

 ユエンディーの地下迷宮は広く、35ヵ所もの入口が分散しているため、迷宮内で他の探索者と遭遇することは珍しかった。

 ただ、浅い階層においては、別の探索者と出会うこともある。その時はお互い近寄り過ぎないように通り過ぎるのが慣習となっている。

 これは、大人数による攻略と見なされて処刑屋が発生するのを防ぐためであり、用心深い探索者のチームは、前方に別の探索者を発見すると即座に進路を変えるほどである。

 それほど処刑屋は畏れられていた。

 ケンカイとしても、倒しても実入りが無いのでは意味がなく、わざわざ呼び寄せるようなことはしたことがない。

 処刑屋を呼び寄せるような行為は、関係ない者も巻き込まれる可能性があるため、探索者にもっとも嫌われる行為である。

 

「結局、21階層への通路は見つからずか。他の探索者チームもここまでこないし、自力で探すしかないのが面倒だ」

「15階層くらいから、他の人たち降りてきてくれませんよね」

「まあ、普通の人間ではその辺りが限界じゃな。むしろ魔法使いがほとんどおらぬのに、よくいけるものじゃと感心しておるのじゃ」


 階層が深くなればなるほど、出てくる怪物の強さが上がってくる。

 深い階層ほど、価値の高い物を入手できる可能性が高いのだが、どんなに凄いお宝を手に入れても生きて持って帰れないのでは意味が無い。

 ケンカイ達は、自分が発見した通路の情報などを、一切隠さずに探索者の店に報告していた。

 これはケンカイ達がお宝目当てと言うよりも、より深い階層にあるはずの資材を求めているからで、どんどん探索者が増えて通路の発見が早くなる方が都合がいいからだ。

 普通の探索者は自分の知っている一部しか報告しないのが普通だ。

 より深い階層にあるものを、より高く売るためには希少性があるにこしたことはないからだ。

 ケンカイ達が探索を開始した当初は、ケンカイ達が見つけた新しい階層への道を使って争うように熟練の探索者チームが探索を行っていた。

 その結果、次の階層へ道の発見も早かったりししていたのだが、階層が深くなるにつれて探索を行うチームの数が徐々に減っていき、15階層を超えてからはケンカイ達しかそれより深い階層に行こうとしなかった。

 店には相変わらず発見した通路の報告をしているのだが、深い階層での探索者の被害が多くなるにつれて15階層より下の情報は、店の判断で選んだチームにのみ教えるようになっている。

 これは、無謀な挑戦者を減らすためである。

 その結果、次の階層への通路を探すのに時間が掛かるようになってきたのだ。

 16階層から下の階層は、ケンカイ達だけで見つけたようなものである。

 

「そろそろ、泊り込んでの探索も必要か」

「往復に時間かかっちゃいますしね」

「宿泊用の魔法道具は、あと少しで完成するぞい」


 普通、探索者が迷宮内にて宿泊することはないのだが、ケンカイ達のように深い階層まで潜るようになると、往復の時間だけでも相当かかるのだ。

 安全地帯が発生する5階層上でなら宿泊も可能な筈である。

 リオウはもっと別の方法を考えているようで、宿泊用の魔法道具の開発を行っていた。

 いままで泊り込みでの探索はやってこなかったが、これからの探索の手間を考えると真剣に検討する時期となっていた。

 

 


「よお、おかえり」


 白い黒犬亭の店主は、地下迷宮への入口に繋がる扉を開けて戻ってきた探索者たちに声をかける。

 彼らはこの店に来て一年くらいしか経たないが、すでに店の筆頭探索者チームとして認識されていた。

 ガキにしか見えないのに大した奴だよ。とマスターはいつも思う。

 リーダーである少年が、今日も大量の収穫品を入れた袋を担いでいる。

 顔だちは少年そのものなのだが、ごつい骨格と鍛えられた筋肉が全身を覆っているのが一目でわかり、それだけで周囲を威圧してしまう。

 そして、話すとわかるのだが、妙に達観した落ち着いた雰囲気があり、それも少年らしくはない部分だった。

 いずれにせよ、この15歳のケンカイという少年と、彼の引きいる探索者チームが優れた探索者であることは変わらない。

 彼らが自分の店に所属してくれて、今日も無事に帰ってきたことにマスターは安堵していた。

 

「今日の成果はどうだ? 何か面白い物でも出てきたか?」

「どうだろうな。大して変わらない。まあ、鑑定してくれ」


 少年は無造作に背負っていた袋をマスターに渡す。マスターは筋骨たくましい大男であるが、その袋を持つことができず、床に落としてしまった。


「おい、小僧ども、これを奥に運べ。6人以上じゃないと無理だ。もっと連れてこい」


 奥の見習いの少年達に声を掛けるマスター。


「お前みたいな馬鹿力じゃないんだよ。少しは気を使ってくれ」

「おお、すまん」


 少年は悪びれた様子は無かった。あいかわらず飄々とした奴だな、と店主は思う。


「ご主人さま。せっかく持って帰ったのに壊れちゃったらもったいないです」


 少年の契約奴隷である少女が、少年に向かって言った。

 少女は14歳らしいが、もう少し年下に見える。

 茶色の髪と茶色の瞳と、なによりも雰囲気が可愛い少女だ。

 もう少し成長・・したら、引く手数多だな。と少女の薄い胸と尻を見ながら思う店主。

 

「壊れそうなものは無かっただろう」

「でもでも、物は大切に扱わないとダメです」


 わかったわかった、と少年は少女の頭を撫でて宥める。

 

「店主のおっさん、取りあえず腹が減った。鑑定中だが先に飯を食いたいんだが。

 今日のお勧めは何だ?」

「おう、メリッサが市場でいい猪肉を仕入れてきてな。今日はそいつの肉がお勧めだぜ。

 朝から灰汁抜きもばっちりして、今いい具合に煮えている」


 探索者の店では、食事や酒を提供するための食堂や、宿泊するための客室などが用意されている。

 食堂では、酒を飲みながら地図を広げ、今後の探索計画を立てる探索者たちの姿が見られる。または、今日の探索を終え、成果の清算と打ち上げをしている者達の姿も多い。

 それらの探索者の人種は様々だ。

 この島は、チャンター共和国とヒンディア帝国の境にあるため、両国の出身者が多い。

 店の中の人種も、それぞれの国の出身者が4割ずつで8割。それ以外の国の出身者が2割といったところだ。

 仲の悪い国同士であるが、この島にいる人間は出身地の事を気にしないのが不文律となっている。誰でも受け入れるのが島の方針なのだ。

 そのため異国の者同士がチームを組んでいることも多い。

 そのなかには、どこの国の出身かもわからぬような奇抜な格好をしている者もいる。

 だが、そんな集団の中でもケンカイ達は目立っていた。

 まず、人数が少ない。

 若い少年少女の二人組だ。通常、探索者は4~6人でチームを組む。人数が少なすぎることは危険への対処がおろそかになることだからだ。

 人数が多すぎると処刑屋がでてくるので、この程度の人数が適正とされていた。

 二人組など、探索を開始したばかりで良い仲間を見つけれない者達が最初の階層を探索するときに組む時しか見られない構成なのだ。

 そして、常に鳥と猫を連れている。

 この鳥と猫は二人の使い魔であると思われていた。

 事実、鳥の方はリネスの使い魔なので間違いではない。

 猫の方は、ケンカイの使い魔だと思われている。事実とは異なるが、ケンカイはその誤解を解こうとはしない。

 使い魔を連れている二人組の魔法使い。使い魔を操ることは高度な魔法とされているので、年少でありながら、二人共優秀な魔法使いであると見なされている。

 そういう意味でこのコンビは目立っていた。

 もちろん、それ以上に、これまでに積み上げた実績が最大の目立つ理由なのだが。

 最近は大分減ったが、最初の頃は好奇の目で見られることが非常に多かったのだ。

 絡んでくる愚か者も多かった。全員がケンカイによって叩きのめされる結果となったのだが。


 探索者の店にまで帰り着ければ、本日の探索は終了である。

 あとは、収穫品を店に預け、鑑定してもらい、手数料(ピンハネという者もいる)を払って、不要なものは売り、必要なものは手元に残す作業が残っているだけだ。

 少年少女の探索者チームは、今日も最も危険な階層まで探索を行い、そして無事に帰ってきた。

 それは、この一年程繰り返された、既に日常的な光景なのである。



「お、確かに旨いな。これ」


 ケンカイは柔らかく煮られた肉の塊を頬張って酒を飲む。

 酒はきつめの蒸留酒で、ケンカイは左腕の魔法印によってグラスの中に氷を作り浮かせていた。

 

「はい、おいしいです。ヒンディア帝国の香辛料がよくきいてますね」


 ここより南方に位置するヒンディア帝国では、香辛料の名産地であり、料理にも良く使われているのだ。

 チャンターとヒンディアの料理が融合した無国籍料理は、この島の名物でもある。


”うむ、たしかに旨い。もう少しワシにも寄越すのじゃ”


 普通の猫なら絶対食べさせてはいけない味の濃い物も、猫のリオウにとっては関係ない。

 人前でしゃべるわけにはいかないので、念話でケンカイに要求する。


”本当に、よく食う爺さんだな。その猫の体のどこに入るんだ”

”胃は、大きく作っておいたでな。問題ないのじゃぞ”


「リネス、肉を追加してくれ、後、酒もだ」

「はい、ボク、ちょっと行ってきますね」


 リネスがちょこまかと人ゴミをかき分けて、厨房のあるカウンターへ向かった。

 迷宮から出て直ぐに着替えているので、既に革服は着ていない。

 むき出しの太腿は、男を引き付けるにはまだ魅力不足だが、健康的で可愛らしかった。

 

「ご主人さま、お酒です。料理は後でメリッサさんが持ってきてくれます」


 リネスはケンカイの隣に座って、酒の入ったコップを渡す。

 隣には座るが、昔の様にケンカイにもたれかかるようなことはしない。

 ケンカイが若返ってから、それまでの父親に無防備に甘えるような態度は減っていた。

 それはリネスが成長してきた証拠かもしれないが、ケンカイとしては何となく不満である。

 その不満は、父親が成長した娘に嫌われてしまうことへの不安に似たものではないかと思い当たり複雑な気分になることがある。

 

「ご主人さま、ボクのコップにも氷お願いしていいですか?」


 リネスが自分のコップをケンカイに差し出した。

 ケンカイは無造作にコップに指をつけ、魔法印に魔力を流し魔法を発動させる。

 毎日のように行っているので、この魔法に関しては熟練者の域に達しているケンカイである。あっという間に、リネスのコップにも氷が浮いた。

 そして、食堂でのこの行為も周囲からはケンカイも魔法使いだと誤解されている原因である。

 魔法使いの二人組の探索者。

 魔法使いが少ない現代においては、さらに目立つ要素である。


「えへ、ありがとうございます」

「相変わらず、仲がいいねえ。おふたりさん」


 料理の皿を抱えた女が近寄ってきて、ケンカイ達のテーブルの上に皿をのせた。

 

「ほら、追加分だよ。少し量はサービスしといたから、たんと食べとくれ」


 メリッサは、白い黒犬亭のマスターの嫁である。

 昔、ケンカイ達に助けられた経験のある元探索者だ。

 結婚したのは最近だが、マスターとの付き合いは古くからあったらしく、また、現役時代はこの店に所属していたこともあって、あっという間に店の裏方を掌握し取り仕切るようになっていた。

 結婚してからも、陽気な性格と豊満な胸で店の人気者でもある。

 メリッサは自分でも酒のはいったコップを持っていた。

 そして、ケンカイ達のテーブルの席に勝手に座る。


「うん、さすがはあたしが選んだ肉だ。いい味だしてるね」


 そして、勝手に料理を摘み出した。


「おい、それじゃサービス分の意味がないだろう」

「あたしのような美人が酒に付き合ってやってるんだ。文句いいなさんな」


 メリッサは豊かな胸を見せびらかすように胸を張ると、急に小声になった。


「ちょっと、変な噂があってね。あんたに言っておこうかとね」

「なんだ?」

「他の店のさ、有名な探索者のチームが、うちの店に移籍するって話がでてきてね。

 それも、ひとつじゃなくて複数のチームがさ」

「どういうこった? それは基本的にご法度じゃないのか」

「普通ならそうなんだけどね」


 メリッサはコップの酒を一口飲む。


「うちの店は、あんたらが来てから急に攻略が進んじゃってさ。20階層なんて、いままでじゃ考えられない深さなんだよ」

「それで?」

「他の店では潜れないような深さまで、うちの店の連中は潜れているんだ。

 あきらかに実力が劣るチームまでさ。それが面白くない連中もいるってことだよ」

「自分たちなら、もっと深くまでいけるって事か?」

「こんな階層で止まっているのは、通路が判らないだけで、俺達ならもっと深い階層でも大丈夫に決まってる! て、鼻息の荒い連中がいてね。

 協同組合にねじ込んだらしいんだ。それで、正式に移籍させると角がたつだろ?

 で、体験させるってことで、一時的にうちの店に所属して探索させるってことで話がまとまりそうなんだよ」

「それが、オレ達に関係あるのか?

 オレとしちゃ、腕のいい探索者が来てくれるのは願ったりなんだが」 


 下の階層に降りてこない連中が多くて、通路の発見に手間取っているのだ。

 本当に腕のいい探索者が来るのなら、大歓迎であるのがケンカイの気持ちだった。


「あんたはそう言うと思ったさ。だけど、そういう鼻息の荒い連中は気も荒いからね。

 あんたに絡んでトラブルになるんじゃないかって、心配してるんだ」

「オレはいつもと変わらないぞ。何もしないなら放っておくし、ちょっかいだしてくるようなら叩き潰す。それだけだ」

「だよねえ。でも、他の店の連中も探索者仲間なんだ、できれば穏便にしてほしいんだけどね」

「店側の人間になると、意見が変わるんだな」


 現役時代なら、他の店の連中など叩きのめせと煽ってくるのがメリッサだった。

 

「ま、あたしもいつまでもヤンチャじゃいられないってことさ」


 メリッサは自分のお腹を撫でながら、酒のコップを空にした。


「さてと、厨房を手伝ってくるかね。じゃあね、リネスちゃん」


 そして、去っていくメリッサを見ながらケンカイも自分のコップを空にする。

 そろそろ鑑定も終わる頃のはずだった。

 必要な資材を取り分けて、不要なものは売り払わねばならない。

 必要な資材を見分ける筈のリオウは、皿の肉に齧り付いていたのだが、ケンカイは猫の首を掴んで持ち上げた。


”爺さん、そろそろ行くぞ”

”こりゃ、まだ残ってるではないか。勿体ないのじゃぞ”

”爺さん、どんどん意地汚くなってないか?””リネス、行くぞ”

”はい、ご主人さま”


 そして鑑定済のお宝を選別して、今日の探索は完了する。

 それはこの一年繰り返してきた、いつもの事であった。


「ほら、これが今回の鑑定品のリストだ。

 値段が書いてないのは、初めて見る品だな。

 売るつもりなら、いつも通り本部に送って鑑定してから値段を決めることになる」


 店主がケンカイに、収穫品の鑑定結果をまとめて記載した紙を渡す。


「現物はいつもの所だな?」

「ああ、お前のはいつも多いからな、向こうの部屋のテーブルの上に並べている。

 今回も見ながら選ぶのか?」

「まあな」


 実際、資材として使えそうなものを選ぶのは、リオウが猫の分体を通して確認して選ぶのだが、まさか猫が選んでいるとは誰も思わない。

 これも、ケンカイが魔法使いだと思われる根拠になっている。


 奥の部屋のテーブルの上に、いつも通りケンカイ達が集めた収穫品が並べられていた。

 リストと見比べると、1/3くらいが鑑定不明となっている。

 これは、いままで収穫されたことが無い品で、この場では値段をつけることができないということである。新しい階層が発見された時によくあることだ。

 ケンカイ達が来てから、値段の付けれない品が大量に増えてきたので、店の人間にとっても慣れたことであった。


”爺さん、どれが使えそうだ?”

”そうじゃの、青い魔法石は全て使えるぞい。値段を見ときたいなら一個だけ本部とやらに残してやるのじゃな”

”他には?”

”あのあたりの爪と、角は再構成すれば甲板の修理に仕えそうじゃの”

”他の宝石類はいらないのか?”

”後の宝石類は、全部普通の宝石じゃな。装飾品としてならともかく、魔法的には意味がないのう”

”今回、新しく出てきた蛙の舌は使えないのか?”

”うーむ、あまり使い道はないのじゃが、おお、オヌシ、釣り糸が足りなくなってきたと言っておったな。なら、とっておけ。ワシが丈夫な糸に再構成してやるぞい”

”それは助かるな。こっちで手に入る釣り糸は弱くて頼りないからなあ”


 そんな相談をしていることは、事情を知っているリネス以外にはわからない。

 傍から見てると、ケンカイが収穫品をじっと見て、鑑定していようにしか見えないのだ。


「よし、こいつらは売らない。他のは金に換えてくれ」


 ケンカイは、リオウと相談した資材として使えそうな収穫品を袋に詰めていく。

 ついでに、状態のいい普通の宝石を3つほど選び、こちらは自分のポケットに入れた。


「ご主人さま、それ、どうするんですか?」

「そろそろメイが来るからな。この前来た時、リネスの髪留めを見て、ずるいずるいと駄々こねやがって。これで、同じのを職人に作らせりゃ、静かになるだろ」

「あ、そうなんですか・・・」


 リネスは少し落ち込んだ。ケンカイからのプレゼントである髪留めは自分だけの特権のように思っていたのだ。


「あと、お前ももう少しおしゃれしたいだろ。首飾りがいいか?」


 リネスは目を輝かせた。


「え、ボクにもいいんですか」

「ああ、また、普段使い出来るような物がいいのか?」

「はい、ボク、いつも身に着けておきたいの」


 リネスもおしゃれに拘りだす年頃である。

 綺麗な小物は嬉しかった。


「相変わらず、仲のいいことだな」


 その様子を見ていた店主が、革袋に金貨を詰めて近寄ってくる。


「ほら、今回の換金分だ。鑑定できなかった品の分は、後日になるが、構わないな?」

「いつも通りって訳だろ。構わんさ」

”今回は、魔法道具は出なかったしの。誤魔化されることもあるまいて”


 誤魔化すつもりは無くても、魔法道具の場合、本部での鑑定がうまくいかずに二束三文の値段がつく場合があるのだ。

 ケンカイ達の場合は、リオウがいるのでそうい場合は売らずに引き取ることにしている。

 それでも価値ある品に二束三文の値段をつけられると、騙されているようでいい気がしないのは確かだった。


「明日も探索するのか? それなら、明日の帰りに今日の未鑑定品の結果がでていると思うが」

「そうだな」”爺さん、どうする?”

”結構資材が溜まったのでな、海姫の雷号の改修と、さっき言っていた宿泊用の魔法道具の続きをしておくかのう。リネスの訓練もしばらくさぼっとるし、明日は探索は休みじゃの”

”例の宿泊用の魔法道具っていつぐらいにできそうなんだ?”

”もうしばらく掛かるかの。迷宮の解析が進めば楽なのじゃが”

”じゃあ、それまでは探索中止で、準備を整えておくか”


 相談を終えたケンカイは、店主に向かって言う。


「探索の仕方を少し変えるつもりだ。その準備をするので暫くは潜るのを止める」

「ま、まさか、別の店に移るとか言わないよな。ケンカイ」


 店主が慌てた。他の店からの移籍騒動があるので、ケンカイがこの店を去る可能性が頭にあったのだろう。


「しねーよ。今のままじゃ往復に時間が掛かりすぎるんだ。その対策を考えているところだ」

「なんだ、脅かすなよ。対策ってどうするんだ?」

「迷宮の中で泊まる」


 ケンカイの返答はシンプルであった。


 そんな例は今までないな、と店主が呟く。


「そんなことをした奴は聞いたことが無いが、大丈夫なのか?」

「準備さえしとけば大丈夫だと思う」

「そうかね、しかし、本当にお前さんは、前例破りだな。これが若いってことかね」

「やりたいようにやってるだけなんだがな」


 ケンカイは肩をすくめた。そして、食堂の方に戻っていく。


「ご主人さま、この後どうします?」


 リネスがケンカイに尋ねると、リオウからの念話が届く。 


”ワシはもっと喰いたい”

”リオウさん、本当によく食べますよね”

”分体の維持にエネルギーが必要なのじゃ。この辺りが使い魔との違いの一つじゃな”


”リオウさんは、何か食べたいって言ってます”

”まだ食うのか”


 やれやれという感じで、ケンカイがリネスに言った。


「さっきの肉の煮込みを持ち帰って、途中で他の食料と酒を買って港の家に戻るか」

「はい、じゃあ、メリッサさんから買ってきますね」


 リネスは厨房に向かった。

 メリッサと話をして、持ち帰り用に肉を包んでもらう。

 もちろん、オマケをしてもらうことは忘れないリネスだった。


 そして二人は店を出て、港に続く道を歩いていく。

 探索者の店でも宿泊はできるが、ケンカイ達は港の一部を購入して家を建てていた。

 探索者の店の宿泊施設では、海姫の雷号の豪華な施設に慣れてしまったケンカイが満足できなかったのも理由であるが、大角丸と大アザラシのリオウを収納する場所が欲しかったこともある。

 港の家は、海の上まで張り出しており、家の中に大角丸を収納することができた。、リオウが快適に過ごせるだけの空間もある。

 家の内部は、リオウが魔法の道具を用いて手を加えたことによって、海姫の雷号の船室に匹敵するほどの快適空間となっていた。

 何よりの特徴が、いつでも入れるお風呂であるのは、ケンカイの好みである。

 ケンカイ達は、この港の家で寝泊りし、探索の時には白い黒犬亭へと出向いているのだ。


 港の家への帰り道に、ケンカイは宝石飾りの職人の店に寄った。

 持ち込んだ宝石をおそらく近々来るであろうメイの髪飾りと、リネスの首飾りに加工してもらうためだ。

 その後、近所の武器屋に顔をだし、依頼中の大銛の改造の進展具合を確かめる。

 迷宮の中では戦闘が多く、武器の手入れや修理が欠かせない。

 新しく武器を作ってもらう関係もあって、通りかかるたびに顔を出すようになっていた。

 そして、新しい大銛の完成が明日になることを確認し、明日また来ることを約束して店を後にする。

 その間にリネスは、商店街を廻りおいしそうな料理や酒を買い込んでいる。

 猫のリオウはリネスに引っ付いて回り、自分の欲しい物を次々に要求していた。

 夕方の商店街は、非常に混雑している。

 探索を終えて、なじみの酒場に繰り出そうとしている探索者達はもとより、普通にこの都市で生活している一般人も、自分の仕事を終え帰宅もしくは一杯飲みに繰り出そうとしている時間帯だ。

 それに、閉店時間間近の値引き商品を狙う主婦たちも加わり、商店街は騒然として渾然としていた。この活気が、迷宮都市・ユエンディーの繁栄具合を反映しているといえるのかもしれない。

 一度離れたら合流することは困難な人波のなかでも、ケンカイとリネスは無事合流することができた。

 念話を使える彼らにとっては、はぐれることは心配しなくてよいのだ。

 そして、リネスの抱えた大荷物をケンカイが持ち、二人は並んで港の家に帰っていく。

 鴎と猫を引き連れたその光景も、港の家が完成してから10か月近く繰り返された日々の風景であった。

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