第5話 襲来(後編)
”爺さん、変なのが来たぞ。爺さんの仲間か?”
リオウはケンカイの見た'妹達'の姿を確認した。リオウとケンカイは正式な契約を結んでいるため映像も共有できる。
もっとも、ケンカイがリオウの見たものを見ようとすることはほとんどなく、ケンカイが言うところの<覗き>をするのは、ほぼリオウなのだが。
ケンカイが海竜であるリオウを覗き魔扱いする理由である。
”こいつらは、東海母竜の作品に似ておるのう。人の女の顔をわざわざ付けるなど、あやつ位しかせぬわ”
”強いのか?”
”わからぬが、さほど強さは感じんがの。むしろ数の方がやっかいそうじゃ”
”ご主人さま、なんか島の周りに一杯います”
リネスの念話が割り込んできた。
”こいつはまずいか。陸は苦手そうな体形なんだが・・・”
ケンカイの視線の先で、砂浜に乗り上げた怪物が四肢と尻尾を使って砂浜の上を移動してきた。
海中の時ほど早くないが、普通の人が走る速度よりも早い。
ケンカイ達を囲んでいた海賊達が移動に巻き込まれてひき潰されていく。
「なんと、このような怪異を操るとは。リーイン大佐は悪魔に魂でも売ったのか」
メイは持ち前の直感(思い込み)で目の前の怪物は、リーイン大佐が海賊もろとも自分を始末するために送り込んだのだと思い込んだ。
このような術を手に入れるなど、何処で出来るのか。可能性としては、迷宮都市あたりだろうか。と、勝手に推測していく。
それをわざわざ訂正して、いや、あれはオレ達を狙ってる奴らの手先みたいだ、と教えてやるほどケンカイは親切ではないし、そんな余裕もない。
パニックを起こして、ケンカイ達の方に襲いかかってきた海賊をなぎ倒しながら、できるだけ海岸から離れようとするケンカイ。
怪物に立ち向かった海賊は、'妹達'の移動に呑みこまれことごとく倒れていった。
逃げようとする海賊は、ケンカイとメイの待ち受ける方にいくしかない。
海賊と'妹達'がごちゃ混ぜになってケンカイ達に迫ってくる。
海賊にとって幸いだったのは、'妹達'は海賊のことは眼中になく、ただ進むのに邪魔であるなら踏み潰すが積極的に攻撃をしてくることが無かったことだろう。
だが、足をとめれば踏み潰される。
前に進めば、ケンカイとメイが待っている。
海賊達にとっては、自殺しようとしているのと変わらない絶望的な状況は続いていく。
ついに、最初の'妹'がケンカイの目の前まで迫った。
ケンカイは大銛を突きだし胴を狙う。
'妹達'は以前遭遇した魔人形と比べると遥かに小さい。それでも大人二人分の体長はある。
大銛が胴に深く刺さるが、それぐらいでは動きをとめなかった。
頭上から女の顔が振り下ろされるようにケンカイを襲う。
長い首がしなり、太い鞭のように動く。鞭の先についているのは女の顔だ。
素早く大銛を引き抜いて横に移動したケンカイのすぐ横に、女の顔が突き刺さり砂を巻き上げた。
ケンカイは首目掛けて大銛を突くと、刺した瞬間、銛先をねじりこむように回転させながら横に払った。
蛇に似た首に大穴があき、横に払われた大銛によって引きちぎられて首が落ちる。
そこまでして、ようやく'妹'は動きを止めた。
「これで、ようやくかよ」
既に身体強化は行っている。だが、いくらケンカイに膨大な魔力があっても永遠に持続できるはずがない。
ケンカイは山の方に後退しながら、迫ってくる'妹達'の数を見た。
「こりゃ、大仕事だ」
メイはケンカイから受け取った短剣を振り回して、海賊の斬撃を防ぎ、切り返していた。
ケンカイの短剣は肉厚の刃を持っており、片手で扱うには重すぎるので両手で扱っている。
すぐ近くでは、ケンカイが大銛を振り回し海賊をなぎ倒し、対峙した怪物の首を切断していた。
その動きは人間の動きではありえないほど早く力強い。
超人的な筋力に魔力による強化を追加した状態のケンカイは、実体のある竜巻のような超常的な何かだ。
メイの目では、その動きを捉えきれない。
「ん、凄い人だとは思っていたが、私の予想以上だ。となれば、あの時の一撃は手加減してくれていたのだろうな」
メイは脇腹をさすって、今朝のケンカイの一撃を思い出す。
「容赦ない人だと思っていたのだが、手加減をしてくれていたとは、これは、もしや・・・」
妹達の攻撃からはひたすら逃げる。メイの腕で捌けるような一撃ではない。
だが、素早い動きはメイの得意とするところだ。
綺麗なゴキブリと陰口を叩かれているほどなのだ。
「ケンカイ殿は、私に気があるのだろうか」
そして勘違いもこの女の得意とするところである。
「ん、いかんなあ。私のような美人はなんと罪作りなのだろう」
でも、さすがにケンカイ殿では年上すぎる、と思いながらメイは短剣を振う。
メイはどちらかというと年下趣味であった。
「お孫さんでも紹介していただけると嬉しいのだが」
これで自分の性癖はノーマルだと確信しているのも、メイという女だった。
監察局の残念美人の仇名は伊達ではないのだった。
'妹達'は目的の魔力波動を発している人間に迫っていく。
目的のモノを捉えて連れて帰る。彼女達は、目標が生きていようが死んでいようが気にしない。
生きている方が良いのだろうが、死んでも問題ないだろう。
だって、自分たちも死んでから'姉達'によって、'妹達'として生まれ変わったのだから。
だから、死体を持って帰っても大丈夫。
きっと、'姉達'がなんとかしてくれる。そして'姉達'に褒めてもらえる。
そうなるのが'妹達'の最優先事項だった。
だから彼女達は止まらない。ケンカイの振り回す大銛にも怯むことは無い。
身体強化を行っているケンカイの振り回す大銛は、円形の暴風圏を作り中に入ろうとする全てを打ち砕いていく。
海賊も、'妹達'もそれを超えることは出来ていない。
いつしか海賊達の姿は見えなくなった。
全滅したのだろう。
だが、それを考える余裕はケンカイには無かった。
'妹達'は怯むことなくケンカイに襲いかかり続ける。砂浜が血に染まり、血の上に肉片が積み重なり、さらにその上に'妹達'の死体が倒れていく。
それでも押されているのはケンカイだった。
血に染まった大銛は、頑丈さが最大の取り柄である海熊の大銛だけあって、これだけの酷使にも耐えていた。
だが、このままだとじきに壊れてしまうに違いなかった。
さすがに手斧だけで、'妹達'を倒し続ける自信はケンカイにも無かった。
内心の焦りを隠しながら、ケンカイは大銛を振う。
”リネス、こいつら何匹いるんだ?”
”とにかく、一杯います。数えきれません。ご主人さま、逃げてください”
リネスはジョナサンを操って島の上空から偵察を行っているが、海から次々と上陸してくる怪物を確認して絶望的な気持ちになる。
いくらケンカイといえど、この数を全部を相手にするなんて不可能としか思えない。
”リオウさん、どうにかならないんですか”
”この場を切り抜けるのであるなら、手はあるのじゃが・・・
うむ、問題は、こいつらが何を目標にワシらを追ってきたのかじゃな”
”そんなの、今はどうでもいいじゃないですか。ご主人さまが死んじゃったら、リオウさんも困るんですよね”
”そうじゃの。非常に困る。あの島にまた閉じ込められるのは勘弁じゃ”
リオウはリオウで、今回の襲撃者である東海母竜の作品達が、どうやってこちらの居場所を掴んだのか考察していた。
今回、海姫の雷号を改修するにあたり、一番気を付けたのは魔力によるマーキングがされていないかを確認することであった。
あの雷の手に掴まれた時、実行者がリオウであるのなら確実に行っている。
だが、いくら調べてもそのような痕跡は無かったのだ。
となると考えられる可能性は魔力波動の感知による追跡である。
こちらの、おそらくケンカイの魔力波動を覚えられてしまっているのだろう。
雷の手を打ち払ったのはケンカイで、その時、大銛に魔力を込めて仕留め銛を放つという荒業を使っている。
その時の魔力波動を追ってきたのであるなら、今朝の魔力過剰使用による大念話が行われた後に、怪物達が襲ってきたことの説明がつくのだ。
そうであるなら、たとえこの場を逃げ出すことが出来ても、延々と魔力波動を追跡されて行く先々で襲撃を受けることになる。
これを何とかしなければ同じことの繰り返しじゃな。
リオウは今の自分で出来る範囲で、対応方法を考えていく。
島を脱出したばかりの頃には出来なかったことも、海姫の雷号を手に入れた今であるなら、あの頃には無理だった魔法も使うことができるのだ。
リオウはしばらく考えて、ある方法を思いついた。
その方法の問題点にも同時に気づくが、それ以外に良い方法はありそうにない。
”まあ、ワシのせいでジジイになったと怒っておったのじゃ。なら、今回のやり方なら怒りはせんだろう”
”え、何のことですか。リオウさん”
”うむ、詳しいことは後じゃ、とりあえず、アヤツを助けにいくぞい”
メイは不思議に思っていた。
彼女は、この怪物共はリーイン大佐が操っていると思い込んでいる。
それなら真っ先に狙われるのは彼女の筈だ。
だが、怪物共はメイでは無くケンカイに向かっている。
つまり、これは・・・
「ケンカイ殿が、命懸けで私をかばってくれているのかっ」
彼女の勘違いは終らない。
一方、別にメイをかばっているつもりなど欠片もないケンカイは、大銛がきしみ始めていることに気づいた。
もうあまり持ちそうにない。
焦るケンカイにリオウからの念話が入る。
”ケンカイ、助けに行くがの、海岸まで来れるか?”
”爺さんか、海姫の雷号を動かすのか?”
”この状況では、他に方法がないからのう”
”メイがいるぞ。見られたくないんじゃないのか”
”誤魔化すにしろ、口封じするにしろ、オヌシにまかせるぞい”
”物騒だな。後で考えるか。ここまで助けて見殺しも後味が悪い”
”オヌシ的には、勿体ないの間違いではないかのう”
”まあ、あの外見は勿体ないな。中身は結構どうしようもないが”
”ふむ、まあよいわ。すぐに浮上させるぞい”
”わかった”
ケンカイは大銛を振り回すのを止めた。
「メイ、海岸まで走れ」
「ん、ケンカイ殿、いや、これは無理だろう」
海岸からここまで押し寄せてくる怪物をメイは指さす。
「道はこれから作る」
ケンカイはメイを抱えて、大きく後ろにとびずさった。
左手にメイ、右手に大銛を持った状態のまま、大銛に魔力を注ぐ。
そして、メイを空中に放り投げた。メイが宙に浮いている間に、力を溜めて解き放つ。
「仕留め銛」
放たれた大銛は莫大な魔力を帯びて砂浜を貫いた。
正面から大銛をくらった怪物は砕け散り、大銛の軌跡に沿って衝撃波が奔る。
「キミ、本当に乱暴だな。愛情表現が歪んでいるぞっ!」
「?、訳のわからんことを言わずに、さっさと走れ」
メイは綺麗に着地すると同時に、ケンカイが強引に空けた逃げ道を走る。
文句を言いながら海岸に向かった。
ケンカイは腰にさしていた手斧を抜き取り、その頼りなさに眉をしかめながら振り回しつつ後をついていくのだった。
ケンカイに念話を送った後、リオウは海姫の雷号を浮上させた。
海底から水面に到着するまでに、舳の船首像付近に魔力を溜めていく。
”リオウさん、後ろからもまだ来ていますっ”
リネスは相変わらずジョナサンを使って索敵を行っていた。
緊張状態の中、集中して使い魔を制御しているため、この半日でリネスの使い魔に関する魔法制御の練度は大きく向上しいてる。
まだ本人には自覚がないのだが、使い魔を制御するために自分の体を制御できなくなるという事は無くなっていた。
”ふむ、数が多いのう。一撃では無理じゃな”
”どうするんですか?”
”ケンカイの魔力を使うとするかの。その方が後々都合がよいしの”
”?”
”説明は後じゃ。後ろからの連中が、この船に取りついたら知らせるのじゃぞ”
”はい、わかりました”
「ところで、これからどうするのだ?」
波打ち際まで移動した後、メイはケンカイに尋ねた。
素直に従ったはいいが、生き残りの怪物達は方向を変えて、再度押し寄せようとしていた。
怪物と海に挟まれて他の逃げ場は無い。
「味方が来る」
ケンカイの答えは簡潔だった。今後の事もあるので、できるだけ情報を与えたくないのだ。
「いや、それらしき姿は見えないんだが。ん、いるのは気持ちの悪い女顔ばかりにみえるのだ」
'妹達'がさらに沖から押し寄せてきているのを見てしまい、メイは顔を顰めた。
「返事がないと寂しいぞ。ん、これが最後の会話になるかもしれないというのに」
ケンカイは、念話でリオウとタイミングに関して遣り取りしていたのだが、頬を突いてくるメイに閉口しながらメイの腕を掴んだ。
「くるぞ、伏せろ」
「え?」
そしてそのまま腕を引き、押し倒すように伏せさせる。
ケンカイ達のいる場所から少し沖合の海面が盛り上がった。
そして、水面を切り裂き、砂浜を抉りながら、海姫の雷号が姿を現す。
頭のとれた船首像は、すでに微光を放っていた。
”それ、いくぞい。頭を下げて巻き込まれぬようにの”
その念話が終ると同時に、海姫の雷号が輝く。咄嗟にケンカイはメイの頭を自分の胸に押し付けて、光が届かぬようにした。
そして、複数の雷が同時に落ちてきたかのような閃光と、轟音が響き、伏せた二人の上を稲光が奔る。
稲光は扇形に広がっていき、砂浜にいた'妹達'全てを焼き尽くした。
メイはケンカイに押し倒された後、ケンカイの分厚い胸に顔を押し付けられていた。
突然の行動に動揺して顔が赤くなるが、その顔は直ぐに青くなる。
ここは海岸。
二人が倒れているのは浅いとはいえ海中だ。
下になったメイは思いっきり海水を呑みこんでむせた。
「キミ、ちょ、ちょっと、がぼ、ごぼ」
文句を言うが、ケンカイの力で抱きかかえられては逃げられる訳がない。
その時、海中から現れた海姫の雷号が閃光を放ち、周囲に轟音が轟いた。
”次じゃ、ケンカイ、船に触って魔力を流すのじゃ、刺青を使う時と同じ感覚でな”
”リオウさん、後ろから化け物がまたきてますっ!””ご主人さま、大丈夫で、で・・・ 何やってるんですか!”
リネスがリオウとケンカイ別々に念話を流した。
リネスがジョナサンから見ると、ケンカイがメイを押し倒しているようにしか見えないのだ。
おまけに、苦しさからじたばたしているメイは、両手両足でケンカイにしがみ付く恰好になっていた。
”船に触ればいいのか”
ケンカイはメイにしがみつかせたまま立ち上がる。そのままさらに沖に進み海姫の雷号に近づいた。
メイは口から水を吐き出しながら、恨めしそうにケンカイを見る。
「私の性癖はノーマルで、こういうハードプレイは苦手なのだ」
「ちょっと黙れ」
ケンカイはメイを海姫の雷号に押し付けて、その顔の横から手を伸ばして船板に手を付けた。
「大体、さっきの光と音は何だったのだ。ん、ちょっと何を」
何を勘違いしたのか、顔を赤くしたメイを無視して、ケンカイはリオウの指示通り海姫の雷号に魔力を流そうとする。
この島にきてから何度となく繰り返した、左腕の刺青の魔法印の魔力を流す感覚。
魔力を流す対象を船に変えるだけか、とケンカイは思う。
普通ならそれは簡単な事ではない。
対象物によって、効率的な魔力の流し方というものがあるのだ。
闇雲に行っても、魔力を無駄遣いするだけになる事の方が多い。
だが、ケンカイの魔力は膨大だ。効率的でなくても必要量だけ魔力を流すことができればいいのなら、彼ほど適した者はいない。
ケンカイは躊躇わずに魔力を流した。
魔力は海姫の雷号に注がれ、リオウの制御を経て魔法に変換された。
”ほれ、もう少し続けるのじゃ。魔力を流し続けるのじゃぞ”
”まだ必要なのか?”
”とりあえず、ワシがいいと言うまで続けてくれ。そろそろ次の雷撃を出すぞい”
リオウは雷撃に必要な魔力が溜まっても、ケンカイに魔力を流し続けるように念話を送った。
「メイ、目を瞑れ」
「え、こんなところで。ん、それは少し強引じゃないかね」
何故か照れた様子をみせるメイ。
ケンカイが続けて言うより早く、リオウが魔法を発動させた。
再度、船首像が微光を帯び、続いて船体が輝いた。
二回目の雷撃は、一回目のものより激しく輝き、轟音が響く。
そしてその雷撃の魔法は、海姫の雷号に近づいていた残りの'妹達'を消し飛ばしたのだった。
「目が、目がー」
結局、目を閉じずに痛い思いをした一人がのたうち廻っていたのだが、何はともあれ怪物の襲来という危機はとりあえず去ったのであった。




