第41話 暴露と嘘の崩壊
数時間後の朝。
俺が凛香の膝から目覚め、安堵の息を吐いていた頃、グループチャットに通知が鳴った。
『神薙凛香:本日の監視報告。淳弥くんと一晩を共にし、淳弥くんは寝なかったことを報告しますわ』
『雨宮梢:本日の監視報告。淳弥くんは起きていました』
『常盤栞:本日の監視報告。淳弥と一時を共にし、淳弥は寝なかったことを報告します。私との時だけは』
「私との時だけは……?」
画面に表示された栞の不自然なメッセージを見て、俺の背筋に冷たいものが走った。
まさか、凛香の膝で俺がぐっすり寝ているところを、栞に見られていたのか?あの時、閉め忘れだと思っていた会議室のドアの隙間から……。
一瞬、心臓が早鐘を打つように激しく跳ね上がったが、俺はすぐにブルブルと頭を振ってその恐ろしい思考を掻き消した。
(いや、まさかな。あの生真面目な栞に限って、そんな意味深なメッセージを送るはずがない。きっと『私との時は』とか、何かの打ち間違えだろう)
限界に近い睡眠不足の脳で、俺はひたすら都合のいい解釈をして自分を納得させると、見なかったことにしてスマホをポケットに押し込んだ。
+++
十月三日、金曜日。
修学旅行の最終日。ホテルの広々とした朝食会場は、バイキングを楽しむ生徒たちの活気で溢れていた。
「いやー、昨日の海は最高だったな!」
「今日の国際通りのお土産巡りも楽しみだぜ!」
渡大輔たち男子グループが騒ぐ中、俺も少し回復した体力でベーコンやスクランブルエッグを皿に盛り付けていた。
(昨日の夜もなんとか乗り切った。これで帰るまで耐えきれば……)
そう楽観視していた、その時だった。
「……淳弥」
背後から、氷のように冷たい声が響いた。
振り返ると、そこにはお盆を持った栞が立っていた。彼女の顔は蒼白で、細縁の眼鏡の奥の瞳には、かつてないほどの怒りと、深い悲しみが渦巻いているように見えた。
「し、栞?どうしたんだ、そんな怖い顔して」
俺が愛想笑いを浮かべた瞬間、栞は手にしたお盆を近くのテーブルにドン!と強く置いた。
そのただならぬ音に、周囲の生徒たち――渡たち男子グループや、少し離れた席にいた凛香、瑞希、愛莉たちも一斉にこちらへ視線を向けた。
「……嘘つき」
栞の声は震えていた。
「えっ?」
「淳弥のバカ!ショートスリーパーなんて大嘘じゃない!毎日三十分しか寝てないなんて、全部デタラメじゃない!」
朝食会場が、水を打ったように静まり返った。
「し、栞、急に何を言ってるんだよ。俺は本当に……」
「嘘をつかないで!!」
栞の叫び声が、会場全体に響き渡った。彼女の目からは、大粒の涙が次々と溢れ出していた。
「私、見たのよ……!昨日の夜、私のシフトが終わった後、淳弥が神薙さんの膝枕でぐっすり三時間寝てるのを……!その前の日だって、蜂屋さんに甘えたり、不動さんの膝で寝たりしてたんでしょ!?」
その暴露に、会場が騒然となった。
「お、おいマジかよ淳弥……!嘘だったのか!?」
「しかも、神薙や蜂屋たちとそんなこと……!?」
渡たちがドン引きしながら声を上げる。
凛香、瑞希、愛莉の三人も、自分たちの共犯関係や抜け駆けがすべて公の場で暴かれたことで、顔を真っ赤にして固まっていた。
「俺は……」
俺は完全に言葉を失っていた。頭の中が真っ白になり、言い訳一つ浮かんでこない。
「……私が怒ってるのはね、嘘をつかれたことじゃないの」
栞は手の甲で涙を拭いながら、絞り出すように言った。
「淳弥が無理して見栄を張ってたのは、どうでもいい。でも……なんで、私にだけ言ってくれなかったの?」
その言葉の痛切さに、俺は胸を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「他の人たちには本当のことを言って、甘えて、頼ってたのに……なんで、幼馴染の私にだけは最後まで嘘をつき通したの?私、淳弥にとって、そんなに頼りない?そんなに……信じてもらえなかったの!?」
栞の悲痛な叫びは、俺が一番恐れていた核心を突いていた。
彼女の理想を壊したくなかったという俺の身勝手な理由が、結果として彼女を一番深く傷つけ、孤独に突き落としていたのだ。
「違うんだ、栞……!俺は、お前が信じてくれてる『嘘をつかない淳弥』を裏切りたくなくて……!」
「そんなの、言い訳よ!」
栞は俺の言葉を遮り、ポロポロと涙を流しながら後ずさった。
「もういい……淳弥のバカ。私のことなんて、放っておいてよ!」
栞がきびすを返し、朝食会場から走り去ろうとした、その時だった。
「おい待てよ、常盤!」
渡が大声で叫び、栞の行く手を立ち塞がるように遮った。
「お前も毎日『淳弥は寝てない』って記録を見せてドヤ顔で報告してたよな!?お前ら女子全員で結託して、俺ら男子を騙してバカにしてたってことかよ!」
「え……?」
渡の唐突な矛先の変化に、栞が足を止める。
くだらない見栄から始まった嘘が、ついに最悪の形で崩壊した。
俺が一番傷つけたくなかったはずの幼馴染を、最も残酷な形で傷つけてしまった。
足元が崩れ落ちるような絶望感の中、俺は立ち尽くすことしかできなかった。




