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用済みだと追放された天才を怒らせてはいけない。彼は世界を壊す『技術』を持っているのだから/復讐のアーキテクト  作者: 赤腹井守
プロローグ

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007 明暗の夜

 その日の夜、水郷都市ファウンテンはかつてないほどの熱狂と歓喜に包まれていた。

 Aランクモンスター【カルコサ】の討伐。街を未曾有の危機から救ったギルド『アウラ・コピア』のハンターたちを讃え、街の広場には無数のランタンが灯され、夜通しの大宴会が開かれていたのだ。


「ガハハハハッ! 飲め飲めヒバリ! お前もこの街の英雄だぞ!」


「ちょ、マスター、本当に僕はもう飲めないんで……っ! アルコール分解ルーンなんて体内に備えてませんから!」


 顔を真っ赤にして絡んでくる巨漢のディナステスに、ヒバリは木製のジョッキを押し付けられながら半泣きで悲鳴を上げていた。


 広場の中央では、若手のコキネラがテーブルの上に立ち、集まった市民たちを前に身振り手振りで熱弁を振るっている。


「――そんでよ! あの王都のトップ部隊が手も足も出なかったバケモンの装甲を、うちのルキオラ姉御がドカァァァンッ!! って一刀両断よ! もう風圧だけで俺たち吹き飛びそうになってよ!」


「おおおおっ!!」


 市民たちの歓声が夜空に響く。その騒ぎを、少し離れた席からベテランのドルクスが静かにエールを傾けながら、人の良い笑みを浮かべて見守っていた。

 受付嬢のアピスもまた、両手いっぱいに料理の皿を抱えてテーブルを回りながら、花が咲いたような笑顔でハンターや市民たちと談笑を交わしている。


「……ふぅ。ようやく解放された」


 ディナステスの魔の手から逃れ、広場の端の静かなテーブルにへたり込んだヒバリ。その隣に、そっと腰を下ろす影があった。ルキオラだ。

 彼女はいつもの戦闘服ではなく、街の娘が着るような簡素なワンピース姿だった。普段の冷徹な雰囲気は鳴りを潜め、その横顔には年相応の柔らかさが漂っている。


「……ヒバリ殿。今日は、本当にありがとうございました」


 ルキオラは、手に持っていた果実水をテーブルに置き、改めて深く頭を下げた。


「あなたの作ってくれた剣のおかげで、私は街を守ることができました。ずっと呪いだとばかり思っていた私の魔力が……初めて、誰かの役に立ったのです」


「顔を上げてください、ルキオラさん。僕はただの『器』を作っただけです。あのモンスターを両断したのは、紛れもなく君自身の力と勇気ですよ」


 ヒバリは謙遜して微笑んだが、すぐに技術者としての真剣な顔つきに戻り、小さく息を吐いた。


「でも……あの大剣は、まだ未完成です。君の全力の魔力を熱に変換できているとはいえ、排熱機構のロックを外して出力するまでに、どうしてもコンマ数秒のラグが生じてしまう。実戦において、あの遅さは致命的な弱点になり得る。僕の技術が未熟なせいで、君の出力に完全には応えられていないんです」


 オタク特有の早口で反省点を並べるヒバリに、ルキオラはふっと、花が綻ぶような美しい笑みをこぼした。


「それは違います、ヒバリ殿。どんな強力な武器にも隙はあります。その『溜め』の時間、私が敵の動きを読み、一歩も退かずに凌げばいいだけのこと。……私が、ヒバリ殿の作ってくれたこの素晴らしい剣に釣り合うよう、さらに鍛錬に励んでみせます」


「ルキオラさん……」


 星空の下、二人の間に温かく、そして確かな信頼の空気が流れる。

 それを別のテーブルから見ていたディナステスが、配膳にやってきたアピスの脇を肘で小突き、ニヤニヤと笑いながら耳打ちした。


「おいアピス、見ろよあの二人。なんかいい雰囲気じゃねぇか?」


「もう、マスターったら! でも……ふふっ、本当にそうですね。ルキオラさんがあんな風に笑うの、初めて見ました」


 アピスもまた、嬉しそうに微笑んだ。

 まだまだ祝宴の熱気は冷めやらないが、ヒバリはそっと立ち上がった。


「すみません、ルキオラさん。僕はそろそろ戻ります。今日のカルコサとの戦いで得られたデータと、君の魔力波長の感覚が鮮明なうちに、新しい冷却ルートの図面を引いておきたいんです」


「……はい。無理はなさらないでくださいね、ヒバリ殿」


「ええ、おやすみなさい」


 ヒバリはルキオラに見送られ、一人、ギルドの裏手にある工房クリーンルームへと足を向けた。

 この平和で温かい夜が、永遠に続くと信じて。


 ◆◆◆


 深夜。祝宴が終わり、広場にいた人々はそれぞれの家路につき、静寂が街を包み込み始めていた。

 しかし、広場の片隅で、まだ飲み足りないと一人で樽を抱えて豪快にエールを煽っている男がいた。ディナステスだ。


「ぷはぁっ! 最高だぜ! 俺たちの街は、最強だ……!」


 泥酔し、ご機嫌に独り言を呟くディナステスの背後。

 ランタンの光が届かない深い暗がりから、足音もなく、一人の影が忍び寄っていた。


「……ん? 誰だ、こんな時間まで残ってんのは。おぅ、コキネラか? まだ飲むかぁ?」


 背後に不穏な気配を感じ取ったディナステスが、ろれつの回らない舌で声を掛けながら、ゆっくりと太い首を巡らせる。


 だが、彼の濁った瞳が闇に潜む者の姿を捉えるよりも早く。

 ――ジィィィィン……ッ!

 空気を焼くような異質な駆動音と共に、暗闇を切り裂いて橙色に輝く一閃がディナステスの視界を横から斜め下へと走り抜けた。


「あ……れ?」


 己の身に何が起きたのかすら理解する間もなく、ディナステスの思考は永遠の闇へと落ちていった。


 ◆◆◆


「……マスター! いい加減家に戻れって、みんな言ってますよ!」


 少しして、広場に呆れたような声が響いた。他のメンバーに言われ、しぶしぶディナステスを迎えに来たコキネラだった。


「まったく、あのおっさんは酒が入るとタチが悪いんスから……」


 文句を言いながら広場に近づいたコキネラは、ふと足を止めた。

 ランタンがいくつか倒れ、周囲に生臭い匂いが漂っている。そして、ディナステスが座っていたはずの大きなテーブルが、真っ二つに叩き割られていた。


「マスター……?」


 コキネラが恐る恐る割れたテーブルの奥を覗き込んだ瞬間。

 彼の心臓が、早鐘のように跳ね上がった。


「あ……ぁ……?」


 血だ。

 石畳を這うように、どす黒い血の海が広がっていた。そしてその中心に、巨漢のディナステスが仰向けに倒れていた。


 いや、倒れているという表現は生ぬるい。ディナステスの屈強な胴体は、鎖骨から腰にかけて、何かに綺麗に焼き切られていた。内臓がこぼれ落ち、傷口からはまだチリチリと肉の焦げる白煙が上がっている。


「マスターッ!! 嘘だろ、おいッ!!」


 コキネラは真っ青な顔で駆け寄り、血みどろの巨体を抱き起こそうとした。だが、ディナステスはすでに絶命していた。目を見開いたまま、その表情には恐怖すら浮かべる間もなく死んだことが窺えた。


(なんだ!? なんだなんだなんだ!? どうして!? どうなってる!? どうしてマスターが!?)


 コキネラは震える足で立ち上がると、すぐさま踵を返し、ギルド『アウラ・コピア』の本拠地へと全力で駆け出した。

 目的は一つ。通信室にある緊急魔導通信機で、非常事態のアラームを街中のハンターたちに知らせることだ。


「クソッ、クソッ! なんでだよ!」


 ギルドの本拠地に近づくにつれ、コキネラの顔色はさらに絶望に染まっていった。

 建物のエントランスの分厚いオーク材の扉が、何かの超高熱で内側から爆破されたように吹き飛び、焼け焦げている。


「アピス! みんな!!」


 悲鳴のように叫びながら、コキネラはエントランスに飛び込んだ。

 そこは、地獄だった。

 ロビーのあちこちに、アウラ・コピアのハンターたちが複数、見るも無残な姿で転がっていた。全員が刃物で斬り裂かれていたが、出血は少ない。なぜなら、その切り口はすべて超高温で瞬時に焼け焦げ、止血されていたからだ。


「アピス! どこだ、返事してくれッ!!」


 コキネラは涙目でアピスの名前を叫んだが、無音のロビーに応答はない。

 彼は血だまりを滑るようにしてカウンターの奥へと飛び込み、通信室のドアをこじ開けた。


「動け、動けよッ!」


 非常事態のアラームのレバーを力任せに引く。しかし、魔導通信機はすでに中枢の回路を正確に高熱で貫かれ、完全に沈黙していた。

 その時。

 背後の薄暗いロビーから、ひどく軽薄で、場違いな男の声が降ってきた。


「あれ、まだ一人いたんか」


「――ッ!!」


 コキネラが反射的に短剣を抜き放ち、背後へ振り向こうとした、まさにその刹那。

 ヒュッ、という空気を焼くような異音。

 コキネラの視界が、斜めにズレた。


「……え?」


 コキネラの左肩から右の脇腹にかけて、一直線の橙色に輝く熱線が走り抜けていた。

 痛みを感じるよりも早く、彼の肉体は斜めに焼け斬られ、ずるりと上半身が滑り落ちる。

 絶命していくコキネラの薄れゆく視界に最後に映ったのは――襤褸布のような砂色の外套の裾から覗く、金属と人工筋肉で構成された異質な脚部。そして、ジィィィィン……と嫌な羽音のような超振動を響かせながら橙色に発光する奇妙な直刀を弄ぶ、正体不明の男の姿だった。


 ◆◆◆


 その頃。

 自室でベッドに入ろうとしていたルキオラは、窓の外から微かに聞こえた異音――石畳が焼け焦げるような音と、かすかな血の匂いに気づき、弾かれたように身を起こした。


(外が騒々しい……っ!?)


 彼女は寝間着を脱ぎ捨て、数秒で戦闘服の革鎧を身に纏うと、部屋の隅に立てかけてあったバスターソードを背負い、窓から夜の街路へと飛び出した。

 石畳の路地に着地したルキオラの目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。

 街灯の下に、見知ったアウラ・コピアのハンターたちが、無惨に切り刻まれ、焼け焦げて倒れていたのだ。


「そんな……!」


 ルキオラが動揺し、倒れている仲間に駆け寄ろうとした時。


「ルキオラ!!」


 路地の奥から、血相を変えたドルクスが弓矢を背負って駆け寄ってきた。彼の肩は荒く息を打っている。


「ドルクス! これは一体……!」


「わからねぇ! だが、何者かがギルドと街のハンターを手当たり次第に襲撃してやがる! クソッ、どこのどいつか知らねぇが、これ以上一般市民にまで被害を出すわけにはいかねぇ! 協力してくれ、ルキオラ!」


「……勿論です!」


 ルキオラはバスターソードの柄に手をかけ、ドルクスと共に街の中心部へと走り出した。

 二人が大通りに出た、その時だ。


「ギャァァァァァッ!!」


 前方から、ハンターの悲鳴が上がった。

 ルキオラたちが目を向けると、一人のハンターの胸を、背後から橙色に輝く刃が貫いていた。

 刃の主は、砂漠の砂を被ったような襤褸布の外套を深く羽織った男だった。男がその奇妙な直刀を引き抜くと、刀身が空気を震わせる超振動の音を立てる。心臓を焼かれたハンターは糸が切れたように崩れ落ちた。


「てめぇ……!!」


 激昂したドルクスが、雄叫びと共に弓矢を構えた。

 だが。


「――遅いなぁ」


 キュイィィンッ! という、生身の人間からは絶対に鳴るはずのない機械的な駆動音が響いた。

 直後、男の姿がブレた。

 ドルクスの矢が虚空を切り裂くよりも早く、男は人間離れした圧倒的なスピードでドルクスの懐へと潜り込んでいた。


「なっ……!?」


 ドルクスが驚愕に目を見開いた瞬間、下からすくい上げるように放たれた橙色の刃が、彼の胴体を斜めに両断した。

 ジュワッ、と肉の焦げる嫌な音と共に、ドルクスの巨体が左右に分かれて地面に転がる。


「ドルクス!!」


 ルキオラは悲鳴を上げ、背負っていたバスターソードを抜き放った。

 恐るべき速度と、なんの抵抗もなく肉体を切断する異常な刃。あれは普通の武器ではない。


「なんてことを……っ!」


 ルキオラの黄金色の瞳が、激しい怒りに燃え上がった。

 彼女はバスターソードの柄を両手で握りしめ、自身の規格外の高電圧魔力を、一気に大剣の回路へと注ぎ込む。大剣が内側から赤熱し、スリットからチリチリと熱気が漏れ出し始めた。


「お? なんやそのデカい剣。すげー魔力密度やんけ。ちょっとおもろそうやな」


 襲撃者の男が、外套の下から興味深そうに口笛を吹いた。夜風になびいた外套の隙間から、月明かりを反射して鈍く光る機械装甲で覆われた腕と胸部が覗いている。

 人間のものとは思えない無機質な身体と、ひどく軽薄な口調。その歪なギャップが、ルキオラの背筋に名状しがたい悪寒を走らせた。


「――排熱バイパス、全開パージ……ッ!」


 ルキオラが柄のトリガーに指をかけ、溜め込んだ熱を放出し、超高速のパージ攻撃へと移ろうとした。

 しかし。


「火力はすごそうやけど――遅ぇわ」


 男の言葉と同時だった。

 ルキオラの目の前にいたはずの男の姿が、ふっと陽炎のようにかき消えた。


(――後ろ!?)


 ルキオラの優れた反射神経が背後の殺気に気づいたが、極大の魔力を大剣に注ぎ込み、パージ機構のロックを外すコンマ数秒の硬直状態にあった彼女の肉体は、即座に回避行動に移ることができなかった。

 ヒバリが反省していた、――未完成の剣の致命的なラグ。

 そのわずかな隙を、機械の刺客の凶刃は見逃さなかった。


 ――ブチュッ。

 鈍い、しかし確実に肉と骨を焼き切る音。


 ルキオラが息を呑む。

 彼女の視線を下ろすと、自身の左胸の真ん中――心臓のど真ん中を、背後から突き立てられた超高熱の魔導高周波ブレードが貫通し、生えていた。


「あ……が……っ」


 口から大量の鮮血が溢れ出す。

 注ぎ込まれていた魔力が行き場を失い、大剣がガラン、と重い音を立てて石畳に落ちた。

 刃が乱暴に引き抜かれると、ルキオラの華奢な体は、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。


「ヒバ、リ……殿……」


 血だまりの中で、ルキオラはかすれていく意識の中、技術者の顔を思い浮かべた。

 彼と出会って、本当の全力を出せて、幸せだった。

 もっと、彼と一緒に、完成した剣を振るってみたかった。

 黄金色の瞳から光が失われ、一筋の涙が血に汚れた頬を伝う。

 そして、一撃必殺の戦乙女は、最期の言葉を紡ぐこともできず、静かに息を引き取った。

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